●山中 第一の山小屋
「やっぱりここにはおらんかったな」
基準の山小屋に着き、捜査が終わると銀彪伍(
ja0238)が肩を落としそう言った。
「まぁ、当然といえば当然でしょうね。この辺りまでは地元の撃退士の方々が捜査をしていますから」
彪伍のボヤキに郭津城紅桜(
ja4402)が応える。
彼女の手元には先程、人数分用意されていた地図と報告資料があり、既に何度も読み返したのか、ホッチキスで留められた角は疲労しよれている。他にもあらかじめ決めていた三チーム用の通信機と、発炎筒が支給されていた。
「そうだね。ま、姉妹がここを通った事が分かっただけでも良かったよ」
Leviathan Melvillei(
ja1759)――通称・リヴィは燃え残った発炎筒の残骸を手にそう言った。彼女自身が先程山小屋の裏手から拾ってきた物だ。
ちなみに山小屋は、存外しっかりした作りをしており、ちょっとした家のようになっていた。その手前はちょっとした広場の様になっており、他の仲間達はまだ何か残っていないかと見て回っている。
「せやなぁ。これならここまでの来しなに決めた通りでええやろ」
「そうですわね。………山を登り始めてから既に一時間を過ぎていますし、次に行かないと危険かもしれませんわ」
「そいやチーム分けはどないやったけ? 自分はともかく他は覚えてへんのやけど」
「これを」
彪伍は紅桜が差し出した資料束裏の白紙にある、彼女が書いたチーム分けの表に目を通した。
第一班・花菱 水無月 リヴィ レイラ
第二班・天城 鳳 郭津城 玖珂
第三班・アイリス アーレイ 銀 高瀬
「あぁ、せやったせやった。助かるわ」
「………先輩。一応、ここのメンバーでは最年長なのですから、もうちょっとしっかりして下さい」
紅桜はそう言って悪びれた様子もなく笑っている彪伍を睨み付けた。
●第一班
「着いたっと!」
最初の山小屋から各チームに別れ小一時間ほど。先頭を歩いていた花菱彪臥(
ja4610)が元気良く声を上げた。
「結局、此処までの道中でサーバントと遭遇することはありませんでしたわね」
その後ろに続いた水無月葵(
ja0968)が言う。
「そうだね。楽で良かったね」
「楽ではありましたけど………。今回の任務の場合だと問題が先延ばしにされただけですね」
やや間延びした調子のレヴィの言葉に、レイラ(
ja0365)はそう言って、周囲を見渡した。
ほぼ基準の山小屋と変わらない。あえて違うとしたら、規模がやや小さいという点だろう。
「まずは山小屋の調査ですわね」
「そうですね。それでは二手に分かれて山小屋の中と周辺の探索を開始しましょう。十五分後にここに集合と言うことで」
――十五分後。
「いません、でしたわね………」
「可能性は三分の一だから、仕方ないけどね」
葵の落胆した様な言葉に、リヴィは励ます様にそう言う。
「とりあえず、他の班に連絡をとってみるべきですわね。僭越ながら私が」
通信機を任されていた葵がそれを取り出した。そのまま通信機越しに他の班と連絡を取る。
連絡はすぐについた。それぞれ丁度山小屋についた所で、これから探索を開始するとの事だった。どうやら一番に探索を終了させたのはこの班の様である。
「それでは私達は一旦、基準まで戻ることに致しましょう」
葵の言葉に特に異論が出る事もなく、四人は元来た道を引き返し始める。
「それにしても、見つからない物だよな。指輪って」
「………そうですね。山の中だから仕方ないというのは、あるかも知れませんが」
彪臥の言葉にレイラが返す。
指輪について知ったのはケースに入っていた報告書からだったが、それぞれに思う所があるのだろう。各々、任務遂行の中で出来うる限りの捜索を行っていた。
――ガサッ。
不意に大きく葉が揺れる音が響く。
四人が身構えたのはその刹那。円陣を組む様に背中合わせとなり各々の武器を構え、周囲を見渡す。
「来た様ですね」
レイラが緊張した鋭い声で敵への警戒を強める。
葉のすれる音が連続する。三方向から聞こえる事から、敵はおそらく三体。
「山小屋まで戻った方がよくない?」
「ですわね」
葵と彪臥の会話。その直後、四人は一斉に元来た道を駆け出した。それと同時、三つの気配がこちらの追尾を開始するのを察する。
山小屋前の広場に滑り込む。視界が開け、同時に途切れた草むらから飛び出したのは三つの異形。
全身を白い鱗に覆われた、人と同じ程の大きさの体躯の二足歩行の獣――。
報告書にあった、暫定名称の「ウィンターラプター」という言葉が思い出される。
「なんか、男の子が喜びそうな敵だね………」
リヴィがぽつりと呟き、三匹と睨み合う。ラプターの一匹が喉の奥から小刻みにカタカタカタと威嚇音を奏でる中、膠着。
「――行きます!」
膠着を破ったのはレイラだった。一足で間合いを詰める。それと同時にラプターが大きく後ろに下がろうとしたが、それよりも彼女が横に大太刀を振り切る方が早かった。
前にとがった独特の頭部が宙を舞う。それが地面へと着く前にそのラプターの残った身体が地面へと崩れ落ちた。レイラはそのまま大きく後ろに下がり、再び刀を構え直す。
彼女が地面に足をつけるのとほぼ同時、もう一匹のラプターが動き出した。
「ほらっ! こっちだ!」
彪臥が声を上げると、キシャァッ、と奇怪な泣き声を上げ彼に襲い掛かった。その小柄な体でショートソードを盾に攻撃を受ける。バチッバチッと雷光が散る様にオレンジ色の光纏が爆ぜ、攻撃を弾く。
彪臥に攻撃を仕掛けたラプターを葵が狙う。刃が大きくその体を抉り、悲鳴が上がるが、断末魔に届かない。
「さぁて、お仕事お仕事」
だが、その直後、リヴィが手に持ったスクロールから姿を現した光球が走る。大きく傷を受けたラプターにそれを回避する余裕はなく、その光がラプターの体を穿ち、絶命した。
残るは一体のみ。彪臥がショートソードで切り掛かるが、横に跳ぶ事で回避し、そのまま彼に飛び掛った。ぎりぎりで防御するが、僅かに腕に前足の爪が掠め、僅かに出血する。
「くっ。こんな時でなきゃ、背中にのって遊んでやるのに!」
苛立ち気な声が響く。そんな彼の横をレイラがすり抜け、飛び退いた直後のラプターに大上段からの一閃を放った。
「はぁっ!」
気合と同時、鋭い一閃が振り下ろされ、ラプターが縦一文字に両断された。
正面から一撃で切り裂かれ、真っ二つの姿でその場に崩れ落ちる。その直後、最後のラプターがいた辺りから、キンッ、僅かに金属が跳ねる様な音が響く。
「あれ? これって………」
リヴィがその音がした所に手を伸ばし、その音源と思われる物を拾い上げた。
それは小さくも美しい赤い宝珠のついた――指輪。資料にあった姉妹が探していたという、指輪だった。
●第二班
「結局、無駄足だったか」
自分達の担当する山小屋の捜査を終え、鳳静矢(
ja3856)は落胆した声を零した。
「確か一班の所にもいなかったんだろ?」
そう通信機を手にしていた紅桜に、玖珂一(
ja0812)が問う。
「えぇ。一班からは既に報告がありましたわ」
「と、言う事は、姉妹は三班の所か。ならこっちはサーバント探しに移った方が良くないか?」
天城空牙(
ja5961)がそう声を上げる。
「そうだな。いずれにせよ、戻るべきだろ………っ」
空牙の声に同意した静矢が唐突に周囲の雰囲気が変わるのを感じた。
他のメンバーもそれを敏感に感じたのだろう。自分達の得物に手を掛け始める。
「囲まれちまったか」
一が武具を構えつつ小さく言う。
じりじりと追い詰められている感覚に緊張が走る。
「………おもしれぇじゃねぇか」
空牙が不意にそう呟いた。それと同時、彼の姿が気配に向かい飛び出す。
「な、一人で!?」
静矢が声を上げると同時、周囲の茂みに隠れていたそれらが姿を現す。彼の突出が契機となった。ラプターだ。
だがその中に一体。異質な固体が混じっていた。
他のラプターに比べ二周り程大きい。その固体は空牙の前に立ち、二体の僕をつれている。他に三体の個体がいるが、その三体は紅桜、静矢、一を囲み、空牙だけ分断された形となった。
「予想外だな」
先走った一体の攻撃をうけつつ静矢が言う。同時、大型の固体を含めた三体が空牙に向って飛び掛った。囲まれた状態で、回避もままならず、空牙はその攻撃を防ぐ。俄かに右目が金色の光彩を放ち、彼はその攻撃に耐る。
「ハッ! そんなもんかよ」
声を上げ、光纏した右腕を空牙は自分に最後に飛び掛った固体に叩き付けた。短い悲鳴を上げ、まず一体のラプターが爆ぜる様に吹き飛び絶命する。
「………とりあえず、こちらを始末を優先しますわ」
その様を見た紅桜が言い、彼女は手元のスクロールを開き、詠唱する。
「我に仇する者よ、轟音と共にその身を滅ぼせ。ミ・イカヅチ!」
彼女が叫ぶと同時、輝く光球が舞い、今、静矢を襲った一匹の頭部を穿った。抉る様に細い首から頭部が消え、着地できず地面に叩き付けられる。
それと入れ違う様に、別の一体のラプターが突出した。
紅桜を狙ったそれを静矢が防ぐ。彼はその攻撃を受け切ると、返す刀でその内の一体に斬撃を放つが、一歩届かない。
更にもう一体が彼を襲うが、一がその間に入った。シールドでその一撃を受けきると、そのまま横薙ぎにその一体を切りつけるが、致命傷には至らない。
その間にも空牙は二体による集中攻撃を受け続けていた。
従者のラプターに拳を放つが、当りが弱い。一旦は大きく殴り飛ばすが、直ぐに体制を立て直される。
その中、紅桜が再び光球を放った。それが彼らを囲む一体を穿ち命を奪うが、残った一体はそのまま静矢に飛び掛る。
「なめるな!」
ダメージは大きくない。その手に握った紫の光霧を纏う大太刀を退いたラプターに向って振る。渾身の横薙ぎがラプターを捉え、上半身が宙を舞った。
残りは二体のみ。その二体も空牙に対して夢中になっており、不意を突く位置取りは容易だ。紅桜の光が大型のラプターを穿つ。
それが致命的になった。大型のガラ空きの腹に、空牙が拳を叩きつけた。
同時。大型の体が爆ぜ、風穴がその胸元に生まれた一瞬の後、その場に崩れ落ちた。
最後の一体は何が起こったのかも分からないまま、背後に回った静矢と一によって絶命させられる。
「たくっ………。やっと終わったよ」
一がフードを頭を掻きながら、ぼやいた。
「だが、これで九体。もう何匹も残ってないだろ」
予想外の遭遇だったが、ここで大部分を殲滅できたのは僥倖だ。全員が緊張が解け、座り込む中、紅桜が通信機を取り出す。
「他の班に連絡をとりますわ。………十分ほど休んでから行きましょう」
●第三班
――バタンッ!
「ひっ」
鍵を閉めた扉が壊れる音が響き、短く悲鳴が上がった。妹の体を姉はしっかりと抱き締め、音のした方向を睨みつける。その目にはどんな事をしてでも妹を守ろうとする強い意志が宿っていた。
「あの! 誰かいますか!」
そう声が響き、今破壊された扉から少女が現れた。
アイリス・ルナクルス(
ja1078)がその正体であった。その言葉と自分より年下と思われる彼女の姿に、姉は呆気に取られる。そしてアイリスの視線がそんな姉を捉えると、扉から半身を出し、声を上げる。
「皆さん! いました! いましたよ!」
あらん限りの声で彼女が叫ぶと、彼女はいまだに呆気に取られる姉妹の元に駆け寄り、微笑みかけた。
「助けに来ました。もう、大丈夫です」
そう言って彼女は租霊陣を握った掌で地面に触れ、それを展開する。薄暗い山小屋の一室を光が走り、それがこの部屋をサーバントに対する防壁へと変化させた。
「これで大丈夫です。今、私の仲間がサーバントの退治をしていますので、もう少しだけ我慢して下さいね」
ようやく状況を理解できたのか、姉が、は、はいっ、と声を上げた。
――シャアァァァァァッ!
その直後、表から僅かにサーバントの叫び声が響く。姉の腕の中で、妹がビクリッと身体を震わせた。
「さぁ来いよ! 頭の悪いトカゲ風情が!」
高瀬颯真(
ja6220)がそう言って飛び掛ってきたラプターの攻撃を受けた。ラプターが飛び退くと、ほぼ同時に、防御にも使った剣を突き出し、ラプターの腹を貫く。
「次、行きます!」
更に声が響き、アーレイ・バーグ(
ja0276)の手にしたロッドから光が漏れ、その光輝がラプターを追撃した。その一撃が颯真の作った傷口を抉れ、奇怪な断末魔が木霊した。
この山小屋を襲った「ウィンターラプター」は二体。今、一体が倒れた事で残りは一体のみである。
その残った一体に、彪伍が大振りなリボルバーを発砲。それをそいつはサイドステップで回避する。
「全く。案外、すばやいなぁ」
リボルバーを構え直しつつ彪伍がこぼす。だが、残りは一体のみ。姉妹の確保が済んでいるのなら余裕かと誰もが思った――だが。
乾いた木材が一気に壊れる形容しがたい音が響いた。
「破壊音!?」
それにアーレイが驚き、音の方を振り返る。山小屋の一部が破壊されたのが微かに見えた。
「な、奇襲やてっ!」
彪伍が叫ぶ。それとほぼ同時に、颯真が注意の逸れたラプターから攻撃を受ける。
「邪魔すんなよ! この間抜け」
颯真が剣の柄で思い切りラプターの首筋を殴りつける。それが運よく急所を捉え、ラプターは首の骨を粉砕され、絶命した。
「っ!」
諸に木材の破片を浴び、アイリスは顔を顰めた。そのまま視線だけをめぐらせ、姉妹を確認すると、どうやら自分の背中にいる事が幸いして、ほぼ無傷の様だが、とてもそこから動かせそうにない。
アイリスは正面を睨む。そこは薄い木材の壁を体当たりでぶち破ったラプターの姿があった。彼女は最早意味をなさない租霊陣から手を離し、剣を構える。
そんな彼女に、ラプターはカタカタカタと喉を鳴らし威嚇する。
「ちょっと待ったぁ!」
一触即発の雰囲気の中、声が響いた。彪伍の物だ。その声にラプターは振り返り、一番に駆け寄って来た彼に躍り掛かった。それが諸に彼を直撃し、二人はもんどりうって倒れ込む。
そのラプターの側面に颯真の剣が叩き付けられる。それに続いて、アーレイが繰り出した一撃がラプターの側面を捉え、不意を突いた筈のラプターは、残った壁に叩き付けられ動かなくなった。
「もう大丈夫だよ」
そう言って、壁の穴から入った颯真が姉妹に声を掛ける。それが切欠だったのか、姉妹はピークに達していた緊張の糸が切れ、彼の元に倒れ込んだ。
その姿を彪伍とアーレイは見届け、通信機を担当していたアーレイがそのマイクに口を近づける。
「こちら第三班。目標の姉妹を保護しました。二人とも無事です。それとサーバント三体排除しました」
そう告げると同時、通信機越しに他の仲間の歓声が聴こえる。
悪夢の様な一夜の終わりを告げるに、相応しい歓声だった。