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マスター:月路 麻人
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:25人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/01/25


みんなの思い出



オープニング

 某月某日。とある町に一匹の悪魔がゲートを展開させ、そこに住まう者たちが犠牲になった。
 撃退士に委ねられた依頼の内容は悪魔の撃退、ゲート外で逃げ遅れた人々の避難誘導及びけが人等の救助。
 これを以ってさらなる被害の拡大を防ぐ、というものだった。
 うんざりするくらいに、よく聞く話だ。ありがたいことに参考にすべき事例は山とある。
 だが問題が二つあった。
 三方を小高い山々に囲まれその町自体が山の上にあるということ、避難先である麓の町までは相当の距離を移動しなければならない、という地形。
 そして。


「全然話にならねぇよ、一寸先は闇、てか白」
 避難民、そして怪我人救助を担っていた第2班の九影が、携帯片手にその受話口に向かって叫ぶ。
「外の様子確かめに行った連中なんて、一分とかからず帰ってきちまったよ。俺たち撃退士はともかく」
 ここは町の会館、後ろを振り返ればけが人多数。
「一般人は無理だ、とても運べねぇよ。どんだけ少なく見積もったって丸二日はここに缶詰だ」

 ところ変わってここは久遠ヶ原。受話器の向こうで九影を相手にしていた上級生の三沢は、険しい顔つきで一呼吸置いた後
「分かりました。別の方法を検討してみますので」
 それだけ言って通信を終える。
「ルートを変更するか」
 横でやり取りを共有していた篠原が、苦い笑みを浮かべながら三沢に代案を申し出る。
 まるでそんなことは100%不可能だがそれでも言ってみるだけ、という感じがした。
「無理ですね。他は全てけが人が歩いて通れる道じゃない」
 黒板に張られた地図が物言わず、三沢の主張を肯定してやまない。
「吹雪が収まるまでの辛抱です。彼もそれは良く分かってる。ただ状況が状況なので焦らざるを得ない、それで電話してきただけのことですよ」
 吹雪になること、そしてその間選んだ道が避難路として使えなくなることは想定済みで、それらの情報は作戦に参加した者全員が共有している。そのためのフル装備だ。
 九影含む第二班は、一時的に現場の雰囲気に飲まれてるだけ。時間を置けばすぐに落ち着きを取り戻す。
 三沢はそう判断していた。
「ルートの変更はありません。ただ中間地点を設けることにしましょう。麓の町までの間にもう一つ町があります。近いので早期に避難勧告が出て、避難も完了しています。そこそこ大きなホテルがありますから、経営者に協力を‥‥」
 要請しましょう、とそう言葉を締めかけたところで、三沢の携帯が無機質な呼び出し音と共にヴヴッと震えた。

●第一班 撃退班 池澤の電話
「想定外」
 猛吹雪の中で池澤が、受話器の向こう側にいる三沢相手に淡々とその事実を告げていく。
「100人程度って聞いてた。でも実際は倍だもん。何匹か逃がしちゃったよ、ディアボロ」
 間断なく「方角は」との問いが返ってくる。
「分かんない。会館の方角は死守したけど」
 ねえこれってやっぱヘマしたことになるわけ、池澤がそう続けたところで電話の向こう側からは「追って連絡します」との言葉が入り、通信はそこで途絶えた。


「これが避難民の一時受け入れ先であるホテルの間取りです」
 黒板に張り付けられた略式図。
 三沢はそれを指しながら、多数の生徒の前で話を進めていく。
「鉄筋、五階建て。比較的新しい建造物であり今のところこのホテル含め町全体損害は出てません。電気もガスも水道も通ってます。ですが隣接する町からディアボロが侵入してくる恐れがあります。皆様には避難民とその護送班が到着するまでの間、このホテルの安全を確保していただきたいのです」
 宜しくお願いします、と三沢は深く頭を下げた。


リプレイ本文

 ごうごうと唸り声をあげて、白い悪魔は町の一つを飲み込んでいた。
 ここではない、だがそう遠くない場所で、苦しんでいる者たちがいる。
 還ろうとしてる者たちがある。
 それを迎えるために。
一行は雪に閉ざされた町は、とあるホテルの前へと降り立った。


「一通り見てきたけど、とりあえず大丈夫みたいだよ!」
 ぽんぽん、と身体中にこびりついた雪、というよりももはや氷塊を手で払いのけ、犬乃 さんぽ(ja1272)が一行に告げる。
 ホテルはその外壁をぐるり一周、窓から見える限りではあるが、内部にディアボロの陰はなかった。
 そう付け加えて。
「お疲れさまですっ」
 労いの言葉をかける、並木坂・マオ(ja0317)。
「‥‥長い一日になりそうだねぇ」
 てかこれじゃ外から敵が近づいてきても分かんないじゃん、とため息混じりに見上げれば、翼を広げたユーノ(jb3004)の姿―――はその影が吹雪の合間にかろうじてちらついて見える程度。
 ユーノはさんぽ同様内部、そして周囲の警戒に当たっている。彼女もまた
「ツイてないものですわね」
 一寸先見えない世界に向かってそうクールに。
まあその方が生きてる実感が湧くと言うものですけど、と心の中で続けて背の翼を羽ばたかせる。
「とりあえずは電源の確保だ」
 龍崎海(ja0565)が言う。
 事前の通達によれば停電の心配はないようだが、無人とあってか内部は酷く薄暗い。
 恐らく暖房も利いてないだろう。
 海は阻霊符を発動させると「行こう」とガラス戸を開いた。
 一行はなだれ込むようにして、フロント前へ。
しん、と静まり返った館内にはなんとも不気味な雰囲気が漂う。
「な、何もおこらない、よね」
 エルレーン・バルハザード(ja0889)はそんな希望的観測を他の誰よりも自分に向けて呟きながら、ロビー階の制圧に向かう。
 そんな彼女とは対照的に
「敵はァ、ドコかしらァ」
黒百合(ja0422)は見るからに嬉しそう楽しそう、という表情を浮かべてエルレーンの横で周囲警戒に当たった。
 目指すはバックヤード。普段はお客様の目につかない、荷物が多く置かれてる。そんな場所。
 荷物搬入口、つまるところホテルの裏口に繋がる通路にうず高く積まさったダンボールを発見し、エルレーンが
「隠れてたら、怖いもんね」
 その陰を恐る恐る覗き込む。だがそこには何もなく
「なんで居ないのよォー」
 不満気な黒百合。
「でも別の場所にだったらァ‥‥いるかもよねェ」
 だなんて口にしたものだから、エルレーンはぶんぶんと首を振る。
しかしこの時、ホテル内には先客が居たのだ。
 暗闇に目を光らせ物陰からじっと一行を見据える、そんな存在が確かにあったのだ。

 その存在にいち早く気付いたのは黒葛 琉(ja3453)。
 そして彼と行動を共にしていた神喰 茜(ja0200)の両名である。
 琉は人の流れの多い場所、エレベーターや階段を重点的に見て回っていたのだが、その中途、3階から4階へと続く階段の踊り場まで来たところでその足を止めた。
 すぐ上で何者かの気配がする。何かを漁るような音が微かに響いている。
 銃を構え茜についと目配せする琉。
 それを受けて茜も蛍丸は阻霊符巻きついた柄を手で握り、その刀身を鈍く光らせた。
 敵ならばぶった斬る、それのみ。
 そして
「ニャァーッ」
 けたたましい鳴き声上げて飛び出した黒猫を一刀両断に―――してしまう前にその切っ先は寸でのところでビタリと止まる。
 暗がりの中走り去っていく猫の後ろ姿を目で追いながら、琉もまた銃の安全装置を元の位置に戻し肩の力を抜いたのだった。

 一方、機械室に到着した海とマオの両名は海が先に中の安全を確認し、その後に続いたマオが借りた脚立をよじ登ってブレーカーの蓋を開く。
 真っ暗な中で配電盤に目を凝らすマオ。
「これと、これ‥‥かなっ」
 かなり適当に、だが野性的な勘に裏打ちされた自信を持って、レバーをOFFからONへと跳ね上げる。
「OKだ」
 室内から廊下に至るまで照明が点灯したのを確認した海は、マオにそうサインを出す。
「でも暖房がまだみたいだね」
「ああ、そう言えば」
 蓄熱って書いてありました、そう続けてマオが脚立から飛び降りたところで
「皆にもそのことを伝えておいた方が良さそうだね」
 海は予め用意しておいたトランシーバーを口元に寄せた。


 ところ変わってこちらは食堂、はその扉の前には月乃宮 恋音(jb1221)。
「‥‥えぅぅ‥‥。‥‥こ、怖いですよぉ‥‥」
 蚊の鳴くような声で酷く怯えた様子で、やはり誰もいない室内をちらり、ちらりと。
 確認してる―――つもりではいる。
「誰もいないみたいだな」
 亀山 絳輝(ja2258)がそんな恋音の背中を軽く押して、ズカッと中に足を踏み入れた。食糧の入った袋をカウンターの適当にところに置くと、食堂の広い室内でぐるりと身体を一回転させる。
「うん、大丈夫だろ」
「そのようでございますわね」
 その後に続いた氷雨 静(ja4221)も一通り周囲を見渡した後、コクリと頷き同意を示した。
 地面の上を滑るような、慎ましい足取りで厨房へと向かう。
「電気が点いたってことは、キッチンも使えるようになってるってことだよね」
 よぉ〜し、はりきっちゃお。そんな雨宮 祈羅(ja7600)もまた厨房へと消えていく。
 そこにもやはり天魔の類はいなかったようで、調理器を転がす音が食堂内にも響き渡る。
 ホテル内の安全を確保するのが当作戦の第一義とは言え、食料の確保も同じくらいに大切なこと。いや、それよりも切ない思いで避難してくる者たちにせめて身体を温めてもらえたら、そういう想いであったのだろう。
「あ、やってる?」
 顔を覗かせソフィア・ヴァレッティ(ja1133)。
 ホテル内の点検を一通り終えた彼女もまた、
「こんな時でも料理は楽しくさせておらおうかな、と」
 持参した食糧を厨房に持ち込み料理の支度に取り掛かる。
 料理は得意の彼女、今回はパニーニを作るつもりのようだ。
 どんな料理か、と言えば実はあまり決まりがない。波型の型にはめて焼いた生地にサンドイッチのようにして具を挟んで食べる。
 食器要らずの軽食にぴったりの、そんなメニューである。
 一方静は豚汁、祈羅はカレーライスの担当だ。
「具はまとめて煮れば時短になって良いかも。材料もさほど変わりないし」
 どう? と言う祈羅に静が
「良い考えかと思います」
 和気藹藹と調理を開始する3人。
 そこへ点検を終えたエルレーンがその輪に加わって―――みたものの。
 何をすれば良いのか分からない。
 そんな様子でいた彼女を「お手伝いお願い致します」と静が優しく誘う。

 ところでエルレーンのあとに続いて入ってきた、金髪のお姉さまはどちらさま?
 一同「こんな子、参加者の中にいたかな」と首を傾げたが、彼女は素知らぬ顔で黙々と、調理のお手伝いに励むのみである。
「まったく私らしくないのよォ」
 ボソリと漏らした声は誰にも聞こえぬように、黒百合は目の前の食材を切り刻んでいく。

 一方の恋音と絳輝は食堂にて片づけを初めていた。
 テーブルやカウンターの上こそ綺麗にされているが、とんでもない方向を向いてる椅子があったり料理を乗せるトレーの山が崩れていたり。
 それだけでもホテル内に居た者たちが慌てて避難する光景が、目に浮かぶようだった。
「こんなもんか」
「そうです、ねぇ‥‥」
大体良いみたいですよね、と恋音がさらに
「それじゃあ私、お料理お手伝いしてきます」
「私は見回りだ。そっちはよろしく頼む」
 そして絳輝が先ほどカウンターに放った袋はその口を開いたところで、食堂の出入り口に立ったシャリア(jb1744)がひょっこり顔を覗かせる。
「おう、どした」
「あ、あのぉ‥‥今ここに、何か来ませんでしたか?」
「お料理担当されます方たちは、もう厨房の方に」
「‥‥‥」
恋音の答えを受けてもシャリアは何か困ったような、不安そうな表情を浮かべたまま何も言わない。
「何かあったのか」
 決して悪気があったわけではないのだが、口調を強めた絳輝の言葉にびっくりしたシャリアは「あ、いえなんでも‥‥‥ないです」と語尾に向けて小さくなる声で答える。
「(おかしいな。確かに見た‥‥ハズなんだけど)」
 シャリアが一人心中でそんなことを呟いた、その時だった。
 一際強く吹いた風がホテルの建物を軽く揺らし、窓を叩いて去っていく。
 直後ふっと部屋の明かりが消えて、厨房からは「あーっ」という祈羅の声が。
 どうやらカレーライス用のお米を炊飯中だったらしい。
 だが事件は食堂の方でこそ、起きていたのだ。
 いつの間に忍び込んだものやら食堂の物陰に潜んでいたあの黒猫が、絳輝の袋の中からジャーキーを一切れ盗んで宙を飛んだ。
 追いかけようとする絳輝、だがその足を涙目になった恋音ががしりと掴む。
「オイッ」
 そのうちに猫はシャリア目がけてまっしぐら。
「ひゃぁあ‥っ」
 そのあまりにも突然の出来事に。
 怯えまくったシャリアにとってのそれはただ黒い塊が飛んできたようにしか見えず、猫は「こっち来ないでぇ」と頭を低くした彼女の脇をすり抜け廊下に逃げてしまった。

「ん、何かあったのか」
 つまみ食い目当てに食堂を訪れた蒼桐 遼布(jb2501)がその出入り口に立ってみれば、復活した照明の下扉の陰で震えるシャリアと、床に額をぶつけた絳輝、そしてそんな彼女に泣いて謝る恋音の姿。
 なにかしらん、と疑問符を抱えながらも遼布は厨房目がけてまっしぐら。
 パニーニの具材に手をつけようとしたところで、ソフィアがその手をぺちり。手痛い応酬を受ける。

 食堂へと続く通路を曲がって左、ちょうどフロントとの中間あたりでは鴉乃宮 歌音(ja0427)が見落としがちな用具室などの点検に回っていた。
 その手には自作の施設点検表が抱かれている。これがあれば引き継ぎがスムーズに行えるはずだと、安全が確認できた場所に〇印を記入していく。
 そして図面と見合わせたところ、1階は食堂を抜かせばこれで一通り見回れたことになる。
 持参した茶葉珈琲豆、果実の類を食堂に届けたら少しフロントで休もうか。などと考えお気に入りの音楽を流していたイヤホンを己の耳からピンと取り外すと、食堂へと向かう。
 その中途でジャーキー加えて走り去る猫の存在に歌音は気づいていたのだが、彼はまるで何事もなかったかのようにして目を閉じ進んで行くのであった。

 ところ変わってこちらは2階。見回り終えた茜は一足先に1階へ、一方の琉はリネン室へ。彼はそこでなるべくたくさんの毛布を腕に抱えて部屋をあとにすると、ロビー階へと向かう。
 その姿に面食らったのが逃げてきた猫だ。
 角を曲がったところで歩く毛布の山にジャーキー床に落としてその毛布の山、もとい琉に向かって「フーッ」と声を上げる。
「なんだ。良く見ればまだ子供じゃないか」
 毛布を廊下の隅によけひょいと猫を拾い上げる。
「おいで」
 君にこれはまだ早いんじゃないか、と拾ったジャーキーは猫から離し廊下を渡っていく。


「可愛い、避難者さんやなぁ」
 猫を抱いた琉をいち早く見つけて大和田 みちる(jb0664)が黄色い声を上げた。
「寝床を作ってやろうかと」
「ええ考えやと思います。それなら、この子はうちが」
 琉の手から猫を受け取り胸に抱き
「大丈夫やで。うちらがちゃんと守ったるから」
 ミルク貰いに行こか、とそのまま厨房へと向かう。
 はて、しかし毛布を途中にしてきてしまった。どうしたものか、と琉。
「僕が‥引き受けましょう、か?」
 そんな彼を見て天宮 佳槻(jb1989)がおずおずと、その役目を買って出る。
「よろしく頼む」
 琉にそうお願いされ佳槻は
「ちょうど、手が空いてたもんで」
 食堂を出、フロントへと向かう。
 さて、そう言ってみたは良いものの子猫の寝床になりそうなものは、とフロント周辺を見渡すが、それらしきものは見当たらない。
 ふとガラス戸より外を見れば彪姫 千代(jb0742)が外回りを終えて、こちらに向かって来ようというところだった。だが何故かこの男、上に服を着ていない。
「ウシシシ! リュウ! 一緒にお化け驚かせような!」
「だからお化け違うって何度‥‥まあいいや、てかとりあえず服着ろよ!」
 千代の傍でそのことにツッコミを入れる龍騎(jb0719)。
 二人は雪を背負いながらホテル内に戻ると
「お化け見つけるまで探索なんだぞー!」
 と千代が。間断なく
「デカイ声出すな、オバケ逃げるだろ。あー、もうとにかく」
 風呂行くぞ、風呂!
龍騎がそんな千代を引っ張って行く。
「(温泉か。あとで俺も入りに行こう)」
 二人の会話を聞いていた佳槻が心中そんなことを呟き、呟いたところでそう言えば何をしてたんだっけ? とはたと我に返る。
「どうかした」
 来客用のソファに腰かけていた歌音が読んでいた本はパタリと閉じ、そんな佳槻に声をかけた。
「あ‥‥そうだ。子猫の寝床になりそうなものを探してたんだけど」
「それならこの先行ったバックヤードに、ダンボールやなんかが沢山あるから」
 見てきてみたら、との言葉に佳槻は礼を言うと、言われた通りにバックヤードへと向かって行ったのだった。
「終わりましたわ」
そんな彼と入れ替わるようにして現れたのがユーノである。
宴会場を避難民向けにリメイクして、戻ってきたところだ。
「相変わらず酷い天気ですのね。服が濡れてしまいましたわ」
「君も温泉に行って来たらどう? 僕も丁度今から見回りに行くし」
「それは良い考えですわね」
 では早速、と二人は浴場へと向かう。


 もちろんのことだがユーノは女湯。
 そして歌音は男湯、である。
 しかしそんな彼の後ろ姿を目で追ってユーノは「?」と頭上に疑問符を掲げた。
 それを知ってか知らずか、歌音は当たり前のようにして脱衣所内へと足を踏み入れる。
 そこに居たのがさんぽだった。
 ユーノと理由同じくして、濡れた服を乾かしついでに温泉に入りにきたところだった。
「浴場内はどうかな」
 歌音の言葉に服を脱ぎかけのさんぽが手を止めて
「先ほどから彪姫さんと龍騎さんが入ってて‥‥とりあえず大丈夫みたいです」
 そこへ「温泉、温泉ー」と半ば浮かれた調子で入ってきたのが遼布だったのだが、彼ははっと足を止めると歌音とさんぽに視線を行ったり来たりさせた後に
「わりっ」
 と踵を返す。
「わーっちょと待って、ボク男! 男だから!」
 遼布が何を誤解したかを瞬時に察したさんぽが、慌てて彼を引き留める。
 アンビリーバブル。
「びっくりしちまったよ」な遼布だったが二人の言葉に納得するとすぐに
「いやこうも寒いと温泉があるってのは助かるなー」
 調子を取り戻し服を一脱ぎにした。

 浴場内は湯煙、そして天然温泉が放つ独特の香りに包まれていた。
「ホカホカだぞ! リュウ気持ちいいぞー!」
「こういう場所では静かにするもんなのっ」
 千代と龍騎の声が響く。
そんな場内を歩き遼布はかけ湯すると、仕事より何よりの待ちに待った温泉にざぶんと浸かる。
 一枚ガラス越しに望める景観は相変わらずであったが遼布は「(実際冬景色の温泉てのはいいもんだよな」と心に思うのだった。

 一方の女湯では、仕事を済ませた雫(ja1894)が場内の温泉に浸り、その疲れを癒していた。
 彼女もまた外の景色を見やり
「長い一日になりそうですね‥‥」
 とぼやく。
 タイミング同じくして入った茜は一人、露天風呂へと向かった。
 場内は一通り見て回ったもののそちらは大丈夫だっただろうか、と雫は静かに身体をふやかすのだった。
 だがそんな心配も無用のこと。
 外は吹雪、だが湯煙熱く。
 傘広げた程度の屋根だが丁度良い風避け雪避けになって、茜はのんびりと、露天風呂を満喫していた。
 ヒヒイロカネは首にぶら下げているので万が一の時にも即時対応できる。
 でも今はそんなことは忘れて楽しみたい。
 普段の自分を忘れるこの時を―――と次の瞬間彼女は刃を抜いていた。
 立ち上る湯煙と雪の合間に動く人影、それを発見したためだ。
 だがそこに居たのはディアボロなどではなく、先客の鳳 優希(ja3762)だった。
 蛍丸を握る茜に気づいても、のほほん、とした顔で湯に浸っている。
「ディアボロじゃなかったんだね」
 茜はほっと溜息ひとつ。すると優希は
「ふっふふぅ。そうなのです! ユキはディアボロでは無いのですよ!」
 と間延びした調子で笑い
「それではお先になのです」
湯から上がる。
 向かった先の脱衣所にはユーノ、それから祈羅の姿。
「入らないわけにはいかないよねっ」
 喜び場内へと飛び込んでいく祈羅、そしてユーノが
「以降の外回りは凰さまの旦那さま方にお任せ致しますわ」
 そう優希に声掛け彼女もまた場内へと向かう。
「はいですなのー」
 優希が着替えていると、最中、隣の男湯は脱衣所から声が聞こえてくる。

「ほら来い、髪乾かすの!」
 龍騎が持っていたタオルで千代の髪を拭いてやろうとするのだが、残念かな、背が足りない。
「‥‥ま、まったくしかたねーな」
 その事実に気が付きつつも、まるで千代に責任があるかのような言い回しで。
 龍騎は備え付けのドライヤーに手を伸ばすのだった。


 予報を少しだけ裏切って。
 夜迎え入れようとしていた空からは早くも雪雲が途切れようとしていた。
 男湯の場内には須藤 雅紀(jb3091)が一人。
 昼間は外内両方の警戒に当たっていた彼は仕事から解放されて、今回依頼同じくした香月 沙紅良(jb3092)とともにここ温泉に訪れていた。
 もちろん彼女は女湯、なのだがその仕切りもまた壁ひとつなのである。
 何も思うことなどない、と言えば嘘になる。だがそれが健全な男子というものだ、そうだろう。
 なんてことを考えていた天罰か、露天風呂に出たところで「足元滑ります」の注意看板を見落とした彼は「うぎゃーっ!」と見事にすっ転んでしまった。
 その声に驚いたのが沙紅良だ。
 彼女もまた露天風呂に浸かっていたのだが雅紀の悲鳴にただごとではないと、備えていたバスタオルを手に仕切りの壁を軽やかに飛び越える。
 あいたたと打ち付けてしまった腰をさすり雅紀が顔を上げれば、目の前にはバスタオルを身に纏った沙紅良が
「どうなされましたかっ」
 と心配そうに見つめている。バスタオル。すなわち布一枚。服一枚と厚さそう違わぬはずであるのに、なぜだかそこには雲泥の差がだね。で
「い、いや大丈‥」
 ぶーっと風呂場に鮮血が舞う。


 空に月が浮かぼうかという時刻になると、天候はますます回復してきた。
 風は弱まり降る雪も小粒に、この調子なら未明にも晴れそうだ。
「慣れてないもんでな、腰が」
 駐車場の雪かきに励んでいた絳輝がそう言って、くきりと腰を鳴らす。
「大丈夫ですか、無理はしないでくださいね」
佳槻が心配そうに、だが何かを思い出したようにして
「あとで温泉に入るといいですよ。腰痛にも効果があるって、書いてありましたから」
 夕暮れ時に浸かった温泉の感想を述べていく。しかしそのあとでふと雪かきの手を止めて
「それにしてもこれだけの量があったんじゃ、朝まで掻いても終わりそうにないですねぇ‥」
 ちょっとげんなりとしかけた、その時だった。
 地にこれでもかと降り積もった白いはずの雪が刹那紫色に染まったかと思えば、一閃、どうっと大きな音を立てて薙ぎ払われていく。
 大雪の半分は蒸発もう半分は生じた風で一カ所に吹き溜まり、それの前には鳳 静矢(ja3856)が刀を構えて凛とした面持ちで立っていた。
 その手があったか‥‥、と除雪担当一同武器を構える。
「おっきいカマクラつくるのーっ」
 ホテル入口付近で見張りをしていた優希だったが、雪山を見て嬉しそうに、たまらず駆け出した。
 その様子に笑みを零す静矢だったが、優希の後に豚汁を乗せた盆持つ静が姿を現したのを見て
「手伝おう」
 と先に、班にそれを配っていく。
 そして自身は二つ分の豚汁を受け取ると、物凄い勢いで巨大カマクラを完成させた優希のところへ
「憩いとなれば良し!」
 不思議な温もり漂うその中で喜ぶ優希に
「ああ、きっと喜んでくれるだろう」
 静矢は数時間後には到着する避難民のことを思う。
 そのためにも我々がしっかりと守らねばな、と再度気を引き締めつつホテルを見やる。
 だがそれでも、今は束の間となろうこの安寧としたひとときを楽しもうと。
「今度また来ようか」
 依頼とはまた別で、とそんな言葉を続けた。
 そうしてとっぷりと夜も更けて。
 客室ツインルームの一室では、沙紅良が「喉が渇きました」と寝ぼけ眼でベッドから起き上がり冷蔵庫の前へともそもそと―――中にしまっておいたミネラル・ウォーターを取り出し喉を潤す。
 そしてそれを冷蔵庫に戻しベッドに戻ったまでは良かった、いや良くなくてなんとそこは自分の、ではなく雅紀が眠るベッドだったのだ。夢うつつの彼女は自分がやらかしてしまったことにも気が付かず、当たり前のようにして掛布団の中へと潜り込む。

 ―――夜が明ければそこには三つ指ついて地面に額を擦りつける雅紀と、顔赤くして身体を震わせる沙紅良。
 だが雅紀はそんな中でも己が手に残る感触はその余韻を心中こっそりと、だがしっかりと噛みしめつつ。
 彼が何をして彼女が何をされたのかは、ご想像にお任せするとして。

 所変わって男湯。
 ただ今清掃中の看板を立て掛け、海と雫の両名が浴場内の清掃に励んでいる。
「推理小説ならこんなロケーションだと殺人事件でも起きそうですね‥‥」
 そう言って思わせぶりに、口元に手を当てる雫。
「違う話になっちゃいそうだけどね」
 海が屈託なく笑う。
「冗談です」
 だが「露天風呂の方の床も磨いておいた方が良いですよね」とデッキブラシ片手に雫が先んじて外に出れば、そこには血の跡と思わしき黒い染み。
「‥‥‥どうやら、防げなかったようで」
「え、今何か言った?」
 雫が海に向けて首を振る。


 護送班が到着する予定の時刻が迫っていた。
 雪のない駐車場にはマオとみちる、それから掃除を終えて戻ってきた雫の姿。
 出入り口付近にはマオが造った雪だるまが、可愛らしく並んでいた。
 あの黒猫はと言えばしばらくはみちるの腕の中でごろごろと喉を鳴らしくつろいだような様子を見せていたのだが、ふと雫と視線がかち合った瞬間、
「ニャッ」
 と地面に飛び降り背を向ける。
「‥‥あ」
 みちるは手を伸ばしたが時すでに遅く、猫は何処かへと走り去ってしまった。
 そこでふと、思う。
 命とはそういうものなのかもしれない、と。
 我々がこれから迎え入れようとしている命もまた、いずれは何処かへと還っていく。
 各々の居場所へと向かって、走り去っていく。
 そういうものであるのかもしれない。
 刹那兄のことが脳裏によぎり、みちるはその兄に胸を張って会えるように頑張らなければと心に誓う。
 晴れ渡った青空の下はそう遠くない場所に、護送班とそして避難民たちの姿が見え始めていた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:9人

血花繚乱・
神喰 茜(ja0200)

大学部2年45組 女 阿修羅
魔に諍う者・
並木坂・マオ(ja0317)

大学部1年286組 女 ナイトウォーカー
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
ドクタークロウ・
鴉乃宮 歌音(ja0427)

卒業 男 インフィルトレイター
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
┌(┌ ^o^)┐<背徳王・
エルレーン・バルハザード(ja0889)

大学部5年242組 女 鬼道忍軍
太陽の魔女・
ソフィア・ヴァレッティ(ja1133)

大学部4年230組 女 ダアト
ヨーヨー美少女(♂)・
犬乃 さんぽ(ja1272)

大学部4年5組 男 鬼道忍軍
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
いつかまた逢う日まで・
亀山 絳輝(ja2258)

大学部6年83組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
黒葛 琉(ja3453)

大学部9年38組 男 インフィルトレイター
蒼の絶対防壁・
鳳 蒼姫(ja3762)

卒業 女 ダアト
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
世界でただ1人の貴方へ・
氷雨 静(ja4221)

大学部4年62組 女 ダアト
撃退士・
雨宮 祈羅(ja7600)

卒業 女 ダアト
【流星】星を掴むもの・
大和田 みちる(jb0664)

大学部2年53組 女 陰陽師
泡沫の狭間、標無き旅人・
龍騎(jb0719)

高等部2年1組 男 ナイトウォーカー
撃退士・
彪姫 千代(jb0742)

高等部3年26組 男 ナイトウォーカー
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
撃退士・
シャリア(jb1744)

高等部3年25組 女 インフィルトレイター
陰のレイゾンデイト・
天宮 佳槻(jb1989)

大学部1年1組 男 陰陽師
闇を斬り裂く龍牙・
蒼桐 遼布(jb2501)

大学部5年230組 男 阿修羅
幻翅の銀雷・
ユーノ(jb3004)

大学部2年163組 女 陰陽師
撃退士・
須藤 雅紀(jb3091)

大学部3年63組 男 ルインズブレイド
シューティング・スター・
香月 沙紅良(jb3092)

大学部3年185組 女 インフィルトレイター