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午後8時。とある科学部の部長、小男が木田博隆に連れられ、部室に到着した一行。一息つく間もなく、2枚の写真を眼前に突き出され
「犯人たちの姿写真だ。阿修羅は黒崎香苗、鬼道忍軍は比良坂麻紀」
ではあとのことは宜しく頼むよ、といつものように眼鏡を押し上げたのち、背を向けた。だがその中途で足を止め
「あ、それから。部員たちには近づかないように言っておくよ。まあ心配せずとも皆、出たくとも出られない状態にあるのだけれどね」
ドアがぴしゃり、と閉められたと同時に、各自が準備に移る。
「少年の早く大人になりたいというささやかな望みくらい叶えてあげても良い気がしますけれどね。 全く犯人さんの考えることはよく分かりませんね」
窓に目張りの為の板を打ち付けていく、美麗なる容姿を持つ楊 玲花(
ja0249)。手際よく終えて、室内の邪魔になりそうな物を片付け始める。手伝いがてらにそれを横で聞いていた末松 愛(
ja0486)は
「男らしさは内面から! ‥‥だと思うけどなー」
まあでもよく分かんないな、とあどけない笑顔を見せた。
部室の隅々を見渡していた高虎 寧(
ja0416)が
「まあうちとしては目的自体はどうでも良さそうなんだけど‥」
引き受けたからには遂行しませんとね、と携帯電話を取り出し、他の面々に時刻の統一を呼びかける。一行が同意し、それを終えると、エステル・ブランタード(
ja4894)がバリケードにと椅子を出入口付近に運びながら
「部員の方がお腹を壊されたのは工作活動も疑われますからね〜。警戒しておきましょう」
との言葉を投げかける。それに答えるようにして、ぴっこ(
ja0236)が食糧の入った山羊蔵さんを胸に抱き、こくり、と頷いた。
一方、準備室では赤いマフラーを首に巻いた千葉 真一(
ja0070)が、換気扇を回し、万が一に備えてと薬の入った金庫を部屋の中央に移動させる。そこで
「毛生え薬か……本当に効果があるなら欲しがる人は山のようにいそうだ」
と一人苦笑うのだった。
●それは反則です
午前0時。準備室の扉の前では、持参していた寝袋に包まったぴっこが、すやすやと寝息を立てていた。部室の出入り口を守っていた愛も、ふあ、と小さく欠伸をかくと、眠気覚ましのガムを一枚取り出し、それを口に含む。そんな二人から視線を戻した寧が
「しかし。どうしてそこまで、とは思うわね」
と少し呆れた様子で呟くと
「色々とおかしい気もするが、言うだけ無駄なんだろうなー」
と真一がぼやき、そしてエステルが
「自分達の欲望の為に憧れの姿になろうとするのを邪魔するだなんて、させる訳にはいきません」
と強固な意志を、その緑色の瞳の奥に覗かせる。
その後、今までに出たゴミを一袋にまとめていた玲花がふと、立ち上がる。
「それでは、私は用足しに‥‥」
「あ。じゃあ、私が付きます」
各自が携帯はメールにて、寝る子はと聞かれれば育つと答える、と言う合言葉を確認し合う。こういう時こそ気が抜けない、と玲花が他の面々に周囲の警戒を促す。ぴっこには後で俺から、と真一が、そして他の皆に見送られ、玲花とエステルは部室を後にした。
長い廊下を行き、化粧室に到着するなり、エステルは
「ちょっと、待っててくださいね」
と目を閉じると、周囲に気を張り巡らせた。だが感知は万能ではない。念には念を、と二人は全ての個室が安全であることを確認したのち、玲花が個室へ、エステルが出入り口を固める。
だが流水音が響き渡り、エステルが廊下の警戒の為に室内に背を向けると、室内の最奥にあった用具用の小さな個室のドアが音も無く開き、中から睡眠ガスの入った缶を片手に麻紀が姿を現す。
個室内で用を足していた玲花の耳に、どさっという物音が届けられたのは、その直後のことだった。マズイ、と頭の中で鳴り響く警告音。だが敵はやはりその行動に、一片の躊躇いも見せはしなかった。個室のドアは鍵を剥がれ勢い良く開かれ、そこに立っていた香苗がにたり、と笑う。
「ちょ、それは」
玲花が何かを叫ぼうとしたところで、香苗によってその口が塞がれる。
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部室内で待機中ながらも、周囲の物音に気を払い、神経を研ぎ澄ます寧。だがふと、何かに気付いたように、室内に取り付けられた、壁掛けの時計を見やる。2人が出て行ってから、かれこれ20分にはなる。
「ぴっこ、起きろ」
その様子に真一も事態を察し、傍らで寝ていたぴっこの身体を揺する。むにゃむにゃ、と寝ぼけ気味ながらも、目をこすり身体を起こすぴっこ。
「あ、帰ってきた」
背伸びした愛がドアの窓から廊下を覗くと、エステルと思しき人物が、真っ直ぐこちらに向かってくる。だがその傍にあるべきはずの、玲花の姿がない。
「あれ。一人だけだ」
「注意してね」
寧の言葉に愛がこくり、と頷く。ドアの前に到着したエステルらしき、が室内に入ろうとドアを僅かに開いたところで、愛がそれを制した。
「待って。合言葉が先。寝る子は」
続けて、との愛の言葉を受けたそれは、開いたドアの隙間からやはり緑色の瞳を覗かせると
「育たない」
と本物のエステルとは似ても似つかない、全くの別人の声で、短くそう答えた。
「‥‥‥」
室内の空気が一気に凍りつく。愛は背中に嫌な汗が流れていくのを感じ、寧と真一は無言で身構える。寝起きにまごついていたぴっこでさえ、その一言を受けてぱちり、と目を見開いた。
「入れてくれないのですか〜。それなら」
正体がばれてないとでも思っているのか、エステルに化けた麻紀は白々しい台詞を吐くと、隠し持っていた発煙筒のピンを抜き、それをドアの隙間から室内に向かって投げ込んだ。発煙筒は嫌な音を立てながら床の上を転がり、そして転がりながら大量の煙を周囲にまき散らしていく。だがそれに対し、寧が、機敏な反応を見せつけた。目張りの板の隙間から窓の鍵を解き開くと、拾い上げた発煙筒を外に向かって、放り投げたのだ。同時に吹き込んだ風が、室内に充満した煙を払っていく。だが吹き込んできたのは、風だけではなかった。
「危ない」
窓の外に映った黒い影。真一が張り上げた声に、寧がすかさず受け身を取る。目張りの板を蹴破り侵入してきたは、香苗だ。難を逃れた寧は、すぐさま反撃に転じた。その手から打ち出された手裏剣が、香苗の肩に突き刺さる。だがその態勢に無理があることは、一目瞭然だった。好機と見るや香苗は一気に間合いを詰め、寧の懐に潜り込む。そして確かに一撃、加えたはずだった。
「なん‥‥」
攻撃を受けたはずの寧が、何故か無傷で立っている。まさかあの間合いで躱されるはずは、とでも考え驚愕しているのだろう。目を見開く香苗を、寧の眼光が捉える。その瞳の奥に眠る何かを、ちらつかせながら。
「なにやってんのよ」
一行が気を取られている間に愛の横をすり抜けて見せた麻紀だったが、仲間の失態に思わず足を止めて罵声を浴びせてしまった。
「行かせないよ」
我を取り戻した愛。ち、と舌打ちした麻紀の手から、魔力砲が放たれる。
「やばっ」
反射的に頭を下げた愛の真上を、敵の攻撃がかすめていく。桃色の髪の毛が2、3本、ちりり、と音を立てた。
「‥‥な」
よくもやったな、と愛は当たれば激しい痛みを起こす力を込めて、足蹴りを放つ。金属質の刃が、空を切る。
「うふ、可愛い」
「ばか、麻紀」
余裕の表情でそれを躱していく麻紀、だが何かに気付いた香苗が声を上げる。
だが次の瞬間にはもう、真一の攻撃はさく裂していた。流れるようなステップ、その後、麻紀の鳩尾に足蹴りが叩き込まれ、その箇所には稲妻の如き光が余韻のようにして残される。吹っ飛びかけた意識でかろうじて「ROOT OUT!」という何処からか響き渡ったやけにカッコいいアナウンスが、その耳に焼き付けられた。
「悪いね、先輩。そっちの趣味をとやかく言う気はないけど、人の物に手を出そうってのは頂けないな」
必殺の一撃を決め、真一はヒーローたる己、ゴウライガの勇姿を見せつける。
「あの。ごめなの。も、おとなくしてれれば」
手荒なことはしないから、とは言いつつも警戒を緩めるわけにもいかず、麻紀に向かって魔法書を構えるぴっこ。相手に痺れを与える力を集めながら、もう観念してくれないかな、と一人心の中で願う。だがイカれた腹を抱えながら顔を上げた麻紀のその物凄い形相に、うっかりその手が滑る。ついでに余分な力も入る。
トドメの一撃を貰い、ぎゃっと叫んで白目を剥き、その場に倒れる麻紀。一行の戦意が一斉に、香苗に向かう。
「わ、分かった。降参。降参‥‥なんてするかああっ」
捕まってやるもんか、と持てうる力の全てを脚に込め、香苗は逃げた。まさか仲間を置いて、とその想定外の行動に、一行は出遅れてしまう。だがドアを抜けた先、廊下に出たところで香苗を待ち受けていたのは、振りまかれた大量のコショウ漂う酷い有様の退路だった。ぶえほ、と咳き込み立ち往生する香苗の前には玲花が、そしてその後ろにはエステルが立ちはだかる。
「よくも」
とうっすらと頬を赤く染めた玲花が、恥辱を受けた鬱憤を晴らさんとばかりに、もがく香苗に向かって容赦なく手裏剣を打ち込む。そして続けざま、エステルのワンドから打ち出された魔力の塊がその身にさく裂し、香苗はひぃ、と手を振り頭を振り降参の意を示す。
「ファンだと言うのなら、何故その人が望むことを受け入れてあげられないのですか。それで駄目になると言うのでしたら、新しい方を探された方がよろしいのではないかと」
立腹気味に息を吐き、エステルがすっかり小さくなった香苗に向かってそう説き伏せると、香苗は今度こそ本当に観念したのか、がくり、と肩を落としたのだった。
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窓から差し込んだ朝日が、平穏を取り戻した部室内を、それから顔に少し疲労の色が浮かんだ面々を、優しく照らし出していく。
「よく、やってくれたね。お疲れ様だよ」
ここで少し休んでいきたまえ、と博隆が椅子に腰かける面々に向かって、労いの言葉を投げかける。
「あの」
ぴっこはそんな博隆の傍に歩み寄ると、自分も薬を試してみたい意を告げた。
「ふむ。まあ、少しだけなら」
博隆は金庫から薬を取り出すと、それを刷毛でぴっこの鼻の舌とあごに塗りつける。
「おひーげ びーげ ぴこにもはえるかしーらの♪」
だが間を置かずして、塗ったところの肌色が青く、その青くなったところから黒い毛がにょきにょきと。あっという間にふさふさの髭が生え、顔だけ見ればまるで昔の絵本に登場する木こりみたくなってしまった。
「お、おおー」
鏡を見て、感動を覚えるぴっこ。だがその姿に愛はたまらず吹き出し、あはは、と腹を抱えて笑い転げる。
「効き目は10分で切れる。自分のお好みにカットして楽しむといいよ」
博隆が差し出したハサミを、ありがと、と笑顔で受け取るぴっこ。だが「俺にやらせて」と愛が手を伸ばす。
「酷い目に遭いました」
陽気にじゃれ合う2人の横で、眉をひそめる玲花。そしてそんな玲花をエステルが「同性だったのですから」と慰める。
「ん。何があったのかは訊かないが、あの二人には今までの嫌がらせで出た損失分、きっちりと身体で払って貰うことにしよう」
博隆が押し上げた眼鏡がぎらり、と光ったように見えたのは気のせいか。それに対して若干引き気味の反応を見せた面々だったが、玲花だけが臆せず「当然です」との台詞を吐き捨てた。
「まあ、皆無事でなによりだったじゃないか」
との真一の言葉に、寧がコップに注がれた麦茶に口をつけながら、こくり、と頷いた。