●罠
血臭と腐臭漂う公園に鬼面の巨人が待ち構えていた。
「キタカ」
強者の傲慢を滲ませながら振り返る。
公園の正門から入ってきたのは3人の若者だ。
アウルを感じるので間違いなく撃退士のはず。
「イツデモカカッ」
爆笑がディアボロの言葉を遮る。
「あ、あ、アホだろこいつ。わざわざ自分の首占めるなんてよー!」
バンダナの青年が腹を抱えて笑い転げていた。
言葉にも声にも恐怖の気配はない。
純粋に、ディアボロの滑稽さを笑っていた。
「あ、ごめ、ちょっと待っ……。ツボに入りすぎて笑いが止まらねぇ。すぐ倒してやっから待」
ひぃひぃと笑いすぎで呼吸困難な古島 忠人(
ja0071)の顔を見た瞬間、もとより短く細いディアボロの堪忍袋の緒がはじけ飛ぶ。
「死、ネェェェ!」
腐りかけの血で濡れた土に足跡をつけながら、目を血走らせた巨人が忠人に襲いかかった。
●決戦2分前
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)がスマホ操作を開始してから公園内外の地形が判明するまで、1分もかからなかった。
「木がここだから」
「あたし達はこちらから」
「僕らはこちらからですね」
作戦は数秒で決まり、撃退士達は二手に分かれて配置につく。
「よーし、がんばるぞー」
無駄に爽やかな笑みを浮かべて準備運動をする忠人をちらりと見てから、ソフィアは一度咳払いをしてから真面目っぽい表情を浮かべる。
「我々は挟み撃ちの形で戦う」
棒読みのソフィア。
「忠人が一番危険。がんば」
黛 アイリ(
jb1291)が親指を立てる。
「こんなこたろうと思ってたよチクショー!」
美女美少女に囲まれて盛り上がっていた数分前の自分を殴りたい忠人であった。
●囮
忠人の刀が軽い音を立てて巨人の胸板に跳ね返された。
「ダバレェッ!」
形は薙刀だが実質的に鉄骨風の巨大武器が恐るべき筋肉により振り下ろされる。
「ぎゃー、死ぬー!」
忠人は辛うじて回避はしたが至近距離を通過した衝撃だけで結構なダメージだ。
ディアボロは3分の1ほど埋まった鉄骨を引き抜きながら強引に忠人に向かって振るう。
しかし地面から抜く際にアウル製銃弾で目を狙われ狙いを外す。
鉄塊が再び地面を打ち、遺体の一部を土煙と共に粉砕した。
「強くなりたいのか力を誇りたいのか知らないけど……」
アイリの紡ぐ言葉は忠人より冷たく乾いている。
圧倒的強者に向けられるはずの恐れが無い。
哀れみが浮かんだ瞳を向けられ、巨人は己の奥歯を噛み砕いてしまう。
「無関係な人の命を奪った落とし前はつけてもらう」
アイリが冷静に拳銃を構えて撃つ。
顔面にアウルの弾丸がめり込み、面を貫くこともできずに砕けて散る。
ディアボロは撃退士の力の無さをあざ笑おうとして、何故かうまく表情をつくれなかった。
●激戦
巨人の拳が忠人を吹き飛ばす。
ディアボロはこれで勝負がついたと確信するがそうはいかない。
背後から鎖に巻き付かれディアボロが目を剥く。
予想外に攻撃に驚き、半秒未満判断に迷ってしまう。
「どーも、初めまして。怖いお面君」
夏雄(
ja0559)が思い切り鎖がまを引っ張る。
V兵器らしく強度に優れる鎖は、けれど捕縛用武器として作られた訳でも持ち主が拘束用スキルを使っているわけでもない。
ディアボロが体をよじるだけで鎖が離れる。
「っと、無理か……」
夏雄は動きに逆らわずに自分から離れる。
巨人が追い打ちに鉄塊を振ろうとして、ようやく脇腹から響く強烈な痛みに気づいた。
「自らの力に慢心するとか、戦いにおいてもっとも避けるべきことなのに」
薄く鋭い刃で柔らかな内臓を切り裂いてから、ディアボロの反撃を警戒して楊 礼信(
jb3855)が後退する。
氷のように透明な刃から黒い体液が地面に落ちて犠牲者の血と混じり合う。
「雑魚ハ集マッテモ雑魚ヨォッ!」
吼えながら鉄塊を振り回し礼信を追撃する。
「ちょっとはこちらも構わないかい?」
鎖鎌が鋭く振られてディアボロのこめかみを削るが動きは鈍らない。
目を血走らせた巨人が体ごと巨大な刃を礼信にぶつけようとしたとき、凶悪威力の短い矢が巨人の頬を貫通し顎にめり込んだ。
「良い的ね。狙い易すぎるけど」
艶のある上品な声が降ってくる。
憎悪を滾らせ巨人が周囲を見渡すが見つからない。
「ここよここ」
公園の立派な木の上に不自然なほど美しい揚羽蝶が舞っている。
それはケイ・リヒャルト(
ja0004)の光纏だ。
美貌も所作も洗練されていて、睫毛の長い大きな瞳から見下ろす視線は多くの男の人生を狂わせかねない魔性を帯びていた。
「いらっしゃい、鬼仮面ちゃん」
巨人の口から吹き出た咆哮は、既に言葉の形を為していなかった。
突き出される刃を無視し、皮膚と筋肉を切り裂かれながらケイの座す木へ向かう。
魔性の女は動かない。
逃げる必要などないからだ。
この時点まで後方からの援護に徹していたソフィアが動く。
血塗れでなんだか危険なことになっている忠人は自力でなんとかしてもらうことにして、アウルを練り込んで手の平から開放する。
「状態異常に強くても、一斉にやればどうかな? 花びらよ、渦巻け!」
「合わせる! 力一杯ね!」
鎖鎌から鉄パイプに持ち替え夏雄が跳躍する。
ソフィアも花弁状アウルを制御し、傷を負った巨人の頭部に流れを向ける。
花弁が弾着して力だけを残して消え去るのと、文字通りの渾身の鉄パイプが巨人の頭頂部に炸裂するのはほとんど同時だった。
「ハ……」
鬼面の奥から笑い声が響く。
頑丈な巨人は内から攻める衝撃に耐えたのだ。
「ハハッ! 所詮ソノ程度ヨ!」
濃い安堵が籠もっていることに、ディアボロは気づいていただろうか。
「ソノ程度の力デッ!」
これなら勝てる。
体力も腕力も装甲も全て勝っている。
どれだけ撃退士が工夫を凝らしても自分の勝ちだ。
そんな力に酔う脆い精神を後頭部からの衝撃が襲い、何も考えられなくなった。
●危機一髪
「ったく」
得物を巨人の後頭部にめり込ませたまま、血塗れの忠人が荒い息をついている。
スキルの入れ替えと行使により最低限ぎりぎりだけ自己回復し、不意打ちで一撃を叩き込んだのだ。
「どんだけ強くても」
腕から力が抜けて刃が後頭部から抜け、ヒヒロイカネに格納される。
「黙……喋り続けて!」
礼信が癒しの術をかける。
適切な治療により体の各所からの出血は止まりはしたが、ダメージが大きすぎるようで生まれたての鹿のように全身が震えている。
「全部防げる訳ねーだろーが。素人かよ」
後は任せたと言い残し、忠人は地面にうずくまり大きく息を吐いた。
●復活と苦悶
根性を見せて見得を切る忠人に注意を向けているのは、治療中の礼信ただ1人だった。
他の面々は汗を拭う時間も自らを治療する時間も惜しんで攻撃に専念している。
「強い相手なら尚更、確実に削っていこうか」
大胆に前に出て、ソフィアは至近距離から雷を撃つ。
威力はあまり変わらない。しかし朦朧としてろくに行動できない巨人の傷口に命中させられるほど近づいて撃てば、ただ撃つより効き目はある。
ケイの場合はさらに前のめりだ。
蝶のように舞い降りるとほとんど密着する距離まで近づいてボウガンを突きつけ、これまでの戦いで出来た裂傷や陥没に矢をめり込ませていく。
「ガッ」
痛みに耐えかねて悲鳴と共に巨人の顎が上がる。
ケイはさらに踏み込み、ボウガンを大きな顎にぶつけるようにして矢を放つ。
ディアボロは本能的な動きで頭を倒して直撃を避ける。
しかし矢は顎骨を砕いて巨人に鳴き声混じりの悲鳴をあげさせた。
「バステ切れまで後数秒!」
ソフィアの声に夏雄が行動で応え、鉄パイプを振りかぶり小陥没した脳天に振り下ろす。
凶悪な威力と儚い美しさを兼ね備えた花弁を、ソフィアがディアボロの大口に注ぎ込み弾けさせる。
口腔から体液が噴き出し巨人の上半身を無惨に濡らす。
「切れる!」
「まだまだぁ!」
鉄バットが唸り、分厚く強靱な頭蓋で守られた大きな頭部を激しく揺らす。
大口から断末魔じみた悲鳴があがり、しかし何故か急速に出血の勢いが衰え朦朧として鬼面の目に光が戻る。
希少かつ極めて実践的な機能が作動したのだ。
とはいえ撃退士に囲まれている現状には全く変化がない。
「キサ、ヨクッ」
貴様等よくもやってくれたな。
多分そう言いたかったのだろう。
鬼面巨人は興奮で目を血走らせ口から泡を吹きながら、全身の筋肉を怒張させ、教本に載っていてもおかしくない見事な動きで薙刀を振りかぶり振り下ろす。
アイリは自然な動きで薙刀の振り下ろされる空間に飛び込み、受け止め、流した。
骨がきしみ足首まで地面に埋まるがそれだけだ。
虚しく地面にめり込んだ大薙刀を引き抜くため無駄な時間がかかり、その間に全身にソフィアによる雷を浴び、ケイの0距離射撃で残り少ない体力を削られていく。
「死ッ!」
「させないっ」
至近距離の撃退士をまとめて薙ぎ払うため振るわれた巨腕を、カオスシールドを掲げた礼信が防いで吹き飛ばされる。
堅い地面にぶつかる前に忠人がその下に滑り込み、2人は軽い打撲傷より酷い傷は受けなかった。
「認メテヤル。貴様ラノ強サヲッ!」
直撃すれば熟練撃退士でも即死しかねい体当たり。
だが頭に血が上りきったディアボロの狙いは甘すぎて、アイリによって軽々と防いで流される。
「わたし達は……わたしは強くない」
盾で鬼面の魚喜を操作しながら、苦痛に耐えるのに似た顔でつぶやく。
「犠牲が出るのを防げなかった、強くなんかないよ」
一歩下がる。巨人は完全に敵を見失ってたたらを踏み、無防備な側面を晒した。
「その程度の強さに酔っぱらいたいなら酔っぱらったまま逝きなさい」
ボウガンをこめかみに押しつけ矢を放つ。
夏雄が鉄パイプで頭部の陥没をさらに激しくする。
「これで、終わりです!」
礼信が抜いた剣が太い首にめり込み、振り切られる。
サイズを除けば普通の人間にしか見えない頭がころりと落ちて、犠牲者の血を大量に吸い込んだ地面にめり込んだ。
連絡を受けてやって来た警察に遺体の収容を任せ、撃退士達は疲れた足取りで久遠ヶ原に戻って行く。
誰も得をしない、酷い戦いだった。
(代筆 : 馬車猪)