●
再び訓練場である。
「大丈夫よ! あたい達なら楽勝なんだから!」
雪室 チルル(
ja0220)が燃えている。
出で立ちは雪ん子そのものなのだが、その目には熱い情熱の炎が宿っている。それに応えて
「‥‥うん、初依頼しっかり成功させようか」
クロフィ・フェーン(
jb5188)が頷いた。直前まで何か食べてたようで、それをゴクリと飲み干してから、彼女は緋色の目を向けた。
「うーん‥‥。どうにも当たり判定が怪しそうな感じかな? まずはそこから探ってみようか」
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)は場内を見渡しながら、これから展開される戦闘をイメージし、一意をチラ見する――が彼は気怠そうに突っ立ってるだけで、こちらの会話など一切聞いていない風である。
「‥‥‥」
そんな一意を見据え、ネピカ(
jb0614)は一人思う。
「(一癖も二癖ありそうな感じじゃのう、この依頼。ただ‥‥)」
どこか不安そうにしている奥野 永久子(jz0182) に視線を移し
「(‥‥目の前の敵を倒すだけでは、いかぬのじゃろうな。まあそこは本人次第、ということになろうが)」
ネピカはふ、と短いため息を吐く。
「お久しぶりです。覚えていますか。以前にもお会いしましたね」
黒井 明斗(
jb0525)が銀縁の眼鏡をかけ直し、永久子に「よろしくお願いします」と頭を下げる。
「もちろんです。あの時は、本当にありがとうございました。こちらこそ、よろしくお願いします」
永久子が深々と下げた頭を戻せば、明斗は頷きそして同行の面々にもまた丁寧に頭を下げていく。
その姿はどこか、永久子に仲間の大切さを説いているようでもあり――彼の意図したことが伝わったのかは定かではないが、永久子もまた彼に続き、他の面々に頭を下げてまわる。
そんな彼女の挙動に、一意の表情がほんの一瞬だけ、真面目なものに変わった。
「そうか‥なんとなく、先生の言いたいことがわかる気がするな」
レグルス・グラウシード(
ja8064)が小さな声で、ぽつりと呟いた。
「要するに、『誰か』じゃなくて、『誰と』なんだ」
その呟きを聞かされた(?)永久子は、彼の意図することには気付けずに、ただ頭を傾げる。
「そろそろ、始めるよ」
一意が口を開き
「体力的にアウトになったやつには俺が逐一退場のアナウンス出すけど、探知能力とか使うつもりなら、これが無いと情報として認識できないからな」
そう言って、一行の前に訓練用のスコープを差し出したのだった。
●開局
一意が奥の個室に引っ込んでしばらく、場内の様子は一変した。
訓練用のホログラム光弓を携えた天霊6体が崖上に散らばり、橋を越えた先の孤島には永久子が地面に座り込んでいる、という絵面である。
≪じゃ、頑張ってらっしゃい≫
その一声を合図に、一行は散会した。
レグルスが2体の天霊が固まったところに鼓動を探る能力を走らせ、スコープに映し出された結果を仲間に報せる。
「中央2体、後ろの1体に反応があります」
「まずは貴方たちの、特性を教えて貰わなきゃね」
ソフィアが地面を蹴り、その中央2体の横をすり抜ける。
そしてターゲットに決めた橋の手前とその近くにいた計2体を、捕捉できるかギリギリの距離のところで足を止め、彼女は雷霆の書を広げた。
一瞬太陽が落ちてきたのかという程の強い光が、そして次の瞬間にはそれが巨大な火球となって地に激突し、燃え広がった炎が2体の身体を焼いた。
そのうちの1体は橋の手前にいた者の身体が、黒く煤けて胸の一部が欠け落ちる。
「うん?」
異変に真っ先に気づいたのはレグルスだった。
中央の反応がなかった1体にどういうわけか、ソフィアの攻撃が決まった1体と全く同じ傷がついているのだ。
「‥‥‥」
ソフィアもまた、間合いを取るため後ろに跳んだところでその事実に気づき、目を見張る。
「先手はまとめて攻撃するわよ!」
迸る雪の結晶――チルルが右崖っぷちの2体に向かって、勢いよく飛び出した。
後ろの1体が手前の1体の身体に重なって見えなくなった――つまり射線を直線的に絞った――ところでチルルは身の丈を越える大剣を振りかざす。
力の塊は白い悪魔となって煌めく氷の礫を撒き散らしながら、一直線に2体の身体を貫いた。
あとに残ったのは無傷のままである手前の1体と、胸部を抉られた後ろの1体。
そして再び――ソフィアの攻撃が効かなかった1体に、それと同様の傷が走る。
「???」
チルルもまた、その不可思議な現象に首を傾げる。そんな彼女の横をすり抜け
「‥‥‥」
ネピカは橋の手前へと突貫した。
「(どういうことなのじゃろうな。だがまあ、物は試しじゃ)」
彼女はひとつ、予想――目の前の天霊は弓が本体なのではないかという――を立てていたのだ。
後続の救護班のためにも、まずはその道を切り開く。
その想いでネピカは駆け、黒く煤けた天霊を相手に、強力な頭突きを食らわせる。
惜しいかな、狙いは逸れたが振り乱れた桃色の髪は天霊の腹部に重なり、その箇所がカラリと欠け落ちた。そして言わずもがなあの中央の1体にも、それと同様のダメージが反映されていたのである。
ネピカの弓が本体であるという予想は覆されたわけだが、逆を言えば弓以外の部分でもちゃんと攻撃が当たる、ということだ。
残る問題は、
「(‥‥ダミーにこちらを攻撃してくる能力があるのか否か、ということじゃな)」
そんなネピカの心の内を知ってか知らずか、敵は動いた。渦中は中央の、レグルスが広げた探知の網にかからなかった1体の身体にノイズが走り、ネピカの背中目がけて光矢を放ったのだ。
「危ない!」
チルルの声掛けにより間一髪、横に跳んだネピカに敵の攻撃は当たらなかったが、代わりに彼女がいたところの地面が深く抉れた結果となった。
「(随分と意地の悪い設定じゃのう)」
――いや、しかし本当にそうなのか?
レグルスとソフィアは、ネピカとは別の考えを巡らせていた。
敵は攻撃を一切受け付けない、すなわち実体とダミーに分かれている。
ダミーは実体がダメージを負うと、同様のダメージを受ける。
ここまでは恐らく確定だろう。
だがしかしダミーに攻撃能力がある、これは?
その疑問を解く鍵は恐らく、橋の手前にいた者にも同時にノイズが走っていたことに関係してる、筈なのだ。
そんな中、
「行きます」
明斗が地を蹴った。味方の範囲攻撃成功、それを合図にして対象の救護を担う彼は、長尺の槍を構えて孤島目がけて突っ走る。
だがこのままでは、橋の手前にいる実体であろう天霊の一体のすぐ横を抜けることになり、そうなれば 敵を引き連れて行くことになるのは目に見えている。
それでも明斗は迷わない。躊躇わない。何故なら、
「私が囮になります」
クロフィがその背に天の翼を羽ばたかせ、明斗の背後は上空を飛んで行く。
中央の実態と思われる1体がそんな彼女に狙いを定め、弓を軋ませた。
光矢はクロフィの身体を貫き、彼女のかけていたスコープ全面に雷のような光――恐らく攻撃を受けた際の演出だろう――が走る。
「う、うーん。これは痛いーとか何か言った方が、いいのか‥‥な?」
空を飛び続けながら、クロフィは一人、リアクションに戸惑う。だがふと何かに気づき、すぐに
「今の攻撃、ノイズが走らなかったよね?」
眼下の仲間たちと頷き合う。
「大丈夫ですか」
永久子の前に行きついた明斗が、彼女に駆け寄り、その足に治癒を施していく。
「ありがとうございます」
永久子の頭にいつかの光景が蘇り、彼女は少し照れくさそうに笑った。だがその表情はすぐに不安なものに変わり
「でも、大丈夫なんでしょうか。こんな得体の知れない敵を相手に‥‥」
「ええ」
明斗は永久子の言葉に少しだけ哀しいような、寂しいような表情を見せた後、彼女に背を向け
「僕は信じてますから」
そう言って盾を構えるのだった。
●解錠
不可思議は続く。それは
「僕の力よ‥‥敵を打ち砕く、流星群になれッ!」
レグルスはレーヴァテイン、星の煌めきが中央2体の敵を打ったとき。
最初に探知にかかった実体はともかくとして、ダミーと思われていた1体まで傷を負うというのは一体どうしたことか。
さらにチルルの手前にいたダミーはその身体にノイズが走れば、先ほど同様チルル目がけて光矢を放つ。放たれた矢はチルルの身体を突き抜け、背後の岩をも粉砕する――かと思えば、ネピカがレグルスの攻撃によって傷ついた実体であろう1体に追撃、2発目の頭打を放てば今度は全く手応えが無し。
「こいつらさっきから全然移動してないくせに、まるで移動してるみたいね! 不思議だわ!」
チルルが2発目の凍れる力を放ちながら、何の気なしにそんな一言を呟いた。その一言で、舞い散る花弁は風の一撃を放った後のソフィアがハッと気が付いたのだ。
「分かった! 実体とダミーは、立ち位置を交換できるんだよ!」
それに続きレグルスが
「ノイズが目印ですね。入れ替わったときにノイズが走る、そういう仕様なんですきっと」
攻撃を仕掛けてくるのは、あくまで本体のみ。
そうと判ればもう惑わされない。
だが次の瞬間誰よりも速く動いたのは、橋の手前の天霊だった。今の今までダミーでしかなかったその身体にノイズが走り、永久子を後ろに控えた明斗を的に定めて弓を引く。
明斗はその攻撃を受け止める覚悟で盾を構えたが、
「いけない!」
叫んだクロフィがその射線上に飛び込み、光矢の一撃をその身に受けた。光矢は護壁を展開させた彼女の身体を突き抜け、背後に控えていた明斗の盾にぶち当たり砕け散る。
「ね?」
敵の光矢には貫通力がある。クロフィは身を呈して、それを味方に伝えたのだ。
≪クロフィ、おまえ今体力危険値だぞ≫
と言ったところでスピーカー越しに響くは、一意の声。意地が悪いんだか親切なんだか、よく分からない男である。
「え、もしかして自分ピンチ?」
「回復しておきますね」
明斗がすかさずクロフィの身体に治癒を施すと、そのやり取りを傍で見ていた永久子が「(仲間って‥いいな‥‥)」
胸の内で一言、そう呟いた。
次の瞬間―――。
ネピカによる全身全霊、魂の限りを込めた渾身の一撃は橋手前天霊の背中にさく裂、見事それの撃滅を果たしたのである。
同時に中央、それのダミーと思しき1体も消滅したことで、
「残る実体は2体、ということですね」
「これ以上は攻撃させない! 一気に決めるわ!」
レグルスが2発目の星を降らせ、チルルが最後となる氷撃を放つ。
●
元の姿を取り戻した場内はその中央、永久子の周りに一行が集う。
「光矢に貫通力があることに、どうして気付けなかったのかしら」
攻撃を受けておきながら、とチルルが悔しそうに両の拳を握る。
「‥‥あ、あの。でもすごかったですよ、先輩。あれなら一人でだって」
だが永久子の、その言葉にチルルは向き直ると、
「え‥?あたい一人じゃ無理に決まってるじゃない」
「でも‥」
「奥野さん」
明斗が永久子の言葉を遮り、優しく諭すような口調で話し始めた。
「僕の今回の役割は、貴方を護ることでした。でも僕が貴方を護り通すことができたのは、仲間の力があったからこそなんです」
明斗の真っ直ぐな目に、永久子は一度視線を落とすと
「私、もしかして間違えそうになってたんでしょうか」
「一人じゃ勝てない敵でも」
レグルスが進み出て、永久子の問いかけにそっと答えた。
「心強い誰かと一緒なら‥‥きっと勝てるって、先生はそう言いたかったんだろうね」
「‥‥‥」
その言葉に永久子は「解散、解散」と後ろ姿を見せ去って行く一意の背中を見つめ、そして再び一行の方へと向き直ると
「あ、あの‥ありがとうございました。私色々と、勉強になりましたっ」
深く頭を下げるのだった。
「また、遊ぼうね」
そう言ってクロフィが笑う。
「‥‥‥」
ネピカが見つめる先では、出入り口付近にたどり着いた一意がスマホ片手に声を潜ませ
「そんな怒んなくたっていーじゃない。すぐに行くからさあ、もうちょっとだけ待っててよ」
――そんなに立派な男には見えないのじゃがのう、と胸の内でぼそり。
真相は光弓の天霊のようだ。