●
水平線の彼方に沈みゆく夕日が、寂しげな教会を照らしている。
長年海風にさらされ続けたそれは、所有者の神父も高齢を召し管理行き届かず、朽ちていくのをただ待つだけ―――。
「天使と人間の幸せそうなカップル、素敵ですワ!」
オーロラの翼を広げて、嬉しそうに場内を飛び回るは、ミリオール=アステローザ(
jb2746)。
結婚式というだけでもめでたいことであるのに、その上天使と人間のそれと聞いてはテンションは上がりっぱなしである。
だのにどうして、二人は呪われねばならないのか。
そして教会内を取り巻くこのどす黒いオーラは、いったい―――。
ミリオールは首を傾げながらも、場内の警備に戻る。
「これはないわー‥‥」
神父が説教を行う教壇に腰を預け、依頼の詳細が書かれた書類に目を通しながらに、アストリット・シュリング(
ja7718)は溜息を吐く。
こめかみに人差し指の腹を軽く押し付け瞳を閉じ、小さく首を振ったのち、爆弾が仕掛けられてると思われる要所の点検に向かう。
然るべき時が訪れれば必要となるパイは、その中途で客席の隅に隠した。
花嫁の道具も点検が必要と考え、アストリットは新婦の控室へと向かう。
「人は本当の意味で、同じ物を見ることは無い」
オレンジ色の夕日に照らされた、随所に痛みが目立つ神の像。
それを見つめながら、ヴェーラ(
jb0831)はぼそりと呟いた。
用足しから帰ってきた桃花が彼女の傍まで来たところで、その足を止める。
「人と人とがすれ違うは、当然の理」
ヴェーラは言葉を続けながらも、アストリット同様持参したパイを客席に隠すと顔を上げ
「それでも私が気に入らないのは、誰かさんが自分の立場を正当化して、相手に押し付けてるからよ」
桃花を見つめるその冷ややかな眼差しは、どうにも「貴方のことだけどね」と主張してやまない。
桃花は一度床に落とした視線はヴェーラに戻すことなく、軽く会釈をして控室へと向かって行った。
「爆破は防ぎます」
残されたヴェーラの後ろから、その脇をすり抜け久遠 冴弥(
jb0754)が壇上へと進み出る。
「心変わりはあるでしょうし、愛するヒトと共に。その気持ちも確かでしょうから」
冴弥が見上げた先は、所々塗装の剥げたみすぼらしい天井。
屋根に爆発物が仕掛けられていたら、そして爆破されるようなことがあれば、危険極まりない。
冴弥は頬に手を、フゥと短くため息を吐いた。
「‥‥キッツいねぇ、龍は」
爆弾の捜索のため、と席の下に潜り込んでいた笹鳴 十一(
ja0101)が、彼女たちの会話を耳にしふと呟いた。
「(恋人同士だったってワケでもねぇなら、ただ結婚だけならまだ引き下がれたかもだけど‥‥命かけて宿敵と一緒に護ったのに労わられず、しかも祝福してくれるよねってな流石に、ね)」
しかしだが冴弥が言う様に、蛮行は止めねばならないのだ。
席の裏側に張り付いてないか、と十一は注意深く探りながら
「(なんとか言葉なりで穏便に気を晴らしてもらいてぇトコだ)」
そんな希望を今はただとりあえず、胸の内にだけ留めておく。
「せっかくの結婚式を邪魔されるわけにはいかないわ!」
教会の出入り口付近で爆弾捜索に当たっていた雪室 チルル(
ja0220)が自身の胸を叩き、意気込みを露わにする。
「婚式自体はどうでもいいが‥‥龍に過ちを犯させるわけにはいかないのでな」
石動 雷蔵(
jb1198)はそんなチルルとはやや対照的に、淡々と捜索を続けて行く。
「なるべくなら穏便に片を付けて欲しいもんだが」
雷蔵の言葉にうーん、とチルルが
「そうしてくれると助かるんだけど。‥‥あたいは誓いの言葉を立てるときや、ブーケトスのときが盛り上がるから、そのときが一番危ないと思ってるわ」
「万が一の時は、身体を張って止めるまでさ」
「あたいもよ!」
根っからの体育会系を見せつける、そんな二人の前に
「すみません。メールアドレスの交換をさせて貰えますか」
携帯電話は片手の、和泉早記(
ja8918)が立った。
「ありがとうございます。これで逐一連絡を取り合えば、作業も効率よく行えるかと思いますので」
スマートにアドレスの交換を済ませた早記は小さく頭を下げると、スイと背を向けまだ捜索の手が入ってない懺悔室へと向かう。
「(‥‥‥二人だけの場所でもないのに爆破とか、逆恨みの卑怯な犯行としか言いようがない)」
メンバーの龍に同情的な態度や意見を目の当たりにしながらに、早記は一人思う。
そうして狭苦しい懺悔室にある小さな椅子の下から、天井、壁に至るまでを虱潰しにし
「(でも、感情に理屈で蓋をするのも、ある意味卑怯かな)」
ひっそりと、少しだけ考えを改めるのだった。
「‥‥えー、と」
一人教会の床下に潜り込んでいた八角 日和(
ja4931)は、困惑していた。
事前に桃花から訊いた話によれば、ここは子供の頃によく隠れんぼで遊んだ場所らしい。
ならば身体の小さな自分が適任だと思い、捜索に訪れたわけなのだが。
まさか本当に見つけてしまうとは、で日和は自分の悪運をちょっぴりだけど呪った。
だが
「‥‥龍さんのこと、止めなきゃ。なにも不幸になって欲しい、とは思ってないだろうし」
勝手かもしれないけれど、そう信じたい。
そして日和は心の中で十字を切って、爆弾から伸びた数多あるコードの内の一本、赤色のそれをえいと引っこ抜く。
「‥‥‥と、止まったのかな」
爆弾が起爆するまでの残り時間を示していたであろう赤色の数字は、コードを引き抜いた瞬間より止まったままだ。
だが日和が安堵したのも束の間、再びカウントは減り始め、しかも先ほどよりも早くなってる気がしないでもなく―――ていうか絶対に早いよ、コレ!
「あわわわ!?」
「‥‥‥」
教会前の門はアーチの傍に立っていた神棟星嵐(
jb1397)は、水平線の彼方に吸い込まれていく太陽をじっと見つめていた。
たまに周囲を見渡し誰もいないことを確認しては、携帯電話で情報の伝達を行い、再び太陽に目を向ける、ということを繰り返す。
「(‥‥参席者はゼロ、か)」
手荷物を点検・整理する手間が省けた、と思うのと同時に、なんとなく物悲しいと言うか、寂しいと言うか。
決して桃花に同情してるわけではないが、龍に桃花を祝福するように言って聞かせるべきという思いは強くなる。
そこへ教会の外壁に不審はないかと探っていた黒須 洸太(
ja2475)が現れ、彼もまたアーチの傍に立つと周囲を見渡しながら警戒に当たる。
テロを防ぐには警備を厚くするのが一番の対策だ、と考えていた洸太にとって、会場の設営から参加することが出来なかったのは少し不満、と言うか悔しい感は否めない。
だが普段は明るく笑顔絶やすことのない彼が珍しくも不機嫌そうな態度をちらつかせるのは、それが理由なんじゃない。
―――敢えて思うことなど、何もない。
ただいかんともしがたい、割り切れない感情が、その胸の内を静かに支配していた。
「(時間を理由にする者は残酷だが、同時にそれを受け入れられない者は愚かなのだろう)」
対照的であると同時に相似的である二つの感情が、引いては押し寄せる波のようにぶつかりあって砕ける、その繰り返し。
「辛いよな‥‥」
教会が立つ場所より少しだけ離れたところで、スコップ片手に砂を掻き出し穴を掘っていた佐藤 としお(
ja2489)が、ふと手を止めてスコップの柄に手を、その上に顎を置き
「(僕だったらどうするだろうか‥)」
目を閉じて眉をひそめる。
ずっと想いつづけていた人を、誰かに奪われたら。
大切にしていた場所を、自分ではない大切な人との思い出で、上書きされていくことになったら。
平然と、それでも祝福してあげることが、自分には出来るだろうか?
龍に自己を投影する、だがその寸前で思いとどまり
「(爆破は絶対にさせちゃ駄目だ)」
首を振ることで行き過ぎた同情を振り払い、再びスコップの柄を握る。
丁度そこへ現れたが、血相と爆弾を抱えた日和である。
「ば、ば‥爆弾処理、お願いします――っ!!」
●
残照が空を紫色に染め上げる。
夜になってから挙げる結婚式、というのは珍しいのではなかろうか。
―――だが、そんなことはどうだって良い。
ここは花嫁の控室。
部屋の中央では姿見の前に、純白のドレスに着替えを済ませた桃花が立っている。
「ご指摘の箇所の安全を確認しました」
メンバーに向けたメールの一斉送信を終え、御堂・玲獅(
ja0388)は携帯電話をしまう。
「他にも思い当たる場所があれば、そこを優先的に捜索します」
「ありがとうございます。でも、さきほどお話したので全てだと思います」
「そうですか。ではこれより式が無事に終了するまで、私は貴方の護衛を努めさせていただきます」
玲獅の言葉に、桃花は再度「ありがとう」と鏡越しに小さく笑う。
「‥‥ひとつ、お尋ねさせていただきたいのですが」
心に掛かった靄。
それを晴らしたく、玲獅は桃花の「なんでしょう」という返答を待って
「龍さんのことは、どう考えておいでなのですか」
「大切な人、です」
てっきり仲間か友達か、その程度の答えが返ってくるものと思っていた玲獅は、少し驚きを隠せない。だが続けざま
「でも私にとっての特別な人じゃなかったんだって、今はそう思います」
桃花のその言葉に、玲獅は靄の奥から強い感情が湧き起るのを感じ
「貴方はご自分の想いを、龍さんへ正直に打ち明けるべきだと思います。今に至るまでの間、さまざまな葛藤があったのでしょう。ならば、是非とも」
だが桃花は姿見に寂しげな笑顔を写すだけで、何も答えようとはしない。
「昼ドラよりもどろどろしてるな」
入口の前に立った亀山 絳輝(
ja2258)が、誰に向かってでもなく、そんな台詞を吐いた。
「あんたどうして祝福して欲しい、だなんて言ったんだ? ここで結婚式挙げることにしたのは、どういう理由だ」
言いながらに絳輝は片手に抱えた脚立を照明の真下に付けると、よいせとそこを登り始める。
「龍には、龍にだけは――そう思って」
「‥‥あんたは大人だよ。ヒトの心を無視できるくらいの、な」
照明裏の安全を確認したところで、絳輝は脚立から飛び降りると、再びそれを手にして桃花に背を向ける。そして
「どうしてもこの場所じゃなきゃ駄目だと、そう言い張るか」
「はい。私はこの場所から、新しく始まりたいから」
「そうか。なら」
絳輝はちょっとだけ顔を横に、
「それならおまえら、一発ぐらいぶん殴られてやったらいいんじゃないか」
そんな捨て台詞を残し、部屋の外へと消えた。
だが入れ替わるようにして現れたアストリットの表情は、それよりもまだ厳しいものだった。
桃花にもはや攻撃的と言っても過言でないくらいの視線を送りながらに、
「日本語習ったら」
腕を組み
「でも貴方はまずその前に、思いやりを学ぶべきだろうけど」
「‥‥そう、ですね」
答えた桃花の言葉はこちらの意見を真摯に受け止めているようでいて、それでもアストリットの目には彼女がどこまでも諦めているようにしか見えず――しかし
「一言ですまなかった」
アストリットはそう言うと、彼女もまた部屋の外へと消えた。
姿見に映る桃花の表情は暗く、夜明けなど来ない風である。
「何か、やりきれないのですワ‥」
部屋の外で聞き耳を立てていたミリオールが、ようやく事情を知って力なく肩を落とした。
とぼとぼと歩き向かった祭壇の前に膝をつき、ミリオールは自分が信じる者の存在に祈りを捧げる。
いっそこの場所に雷でも落ちて、全てがなかったことに出来たなら。
龍さんは前に向かって、進めるようになるのではないか。
そう切に、願わずにはいられない。
―――夜嫁の幸せは、ともかく。
一転して。
花嫁の控室からは、元気溌剌その意気や良し、という声が飛び出した。
部屋に招き入れられた犬乃 さんぽ(
ja1272)が、きっと春に降り積もった雪よりも重たい、そんな空気の悪さを押し除けて、
「大丈夫っ! ぜったいに守ってみせるから、安心して」
過去に何があったって関係ない、さんぽは言葉を続ける。
「幸せな結婚式を破壊しようなんて、ボク許さないから!」
そんな彼に励まされるようにして、桃花は目の淵にちょっぴり溜まった涙を指の先で拭いながら、明るい笑みを見せるのだった。
「ニンジャーッ!」
瞳の奥で闘志の炎を揺らめかせ、己もまた火の玉のごとし、さんぽは場内の警備に走り向かう。
●開式
決して枯れることのない胡蝶蘭のブーケを胸の中央に抱き、桃花は愛しきアルアレスに手を引かれながら、朽ちかけの神父待つ祭壇前へと向かう。
桃花のドレスの端を預かる玲獅はそのことだけに集中してる風でいて、内心いつ龍が来ても良いようにと気を張り巡らせていた。
「桃花さん」
鈴代 征治(
ja1305)が席を立ち、祭壇へと向かう二人を呼び止めた。
「大切な式の最中に、ごめんなさい。でもどうしても言わせてもらいたいことがあるんです。桃花さん、 貴方が運命に翻弄されたのは知ってます。新し人との出会いや絆を、大切にしたいと思う気持ちも分かります」
征治が言わんとしてることの先が読めたのか、桃花は口を結ぶとアルアレスの腕をぎゅっと掴む。
「だけど貴方への想いを、思い出に出来ない人もいるんです。これから起こることは、その結果だと思うので、それだけは目を背けずに噛みしめてください」
そこでアルアレスへと視線を映し
「貴方が桃花さんを心から愛していると、僕は信じています。彼女のことを諦めきれない人がいるのは、貴方の与り知らぬことです。どうか、彼女を信じてあげてください」
「‥‥いや、知っていたよ」
アルアレスはそう言うと、征治にきちんと向き直り
「ご存知の通り、天使の私に与えられた命はヒトのそれと比べて遥かに長いものだ。きっと彼女を一人で逝かせてしまうことになるだろう。私はそのことで、どれほど悩んだことだろう。同じ時を生きることの出来る龍くんの方が、彼女を幸せにしてあげられるのではないかと、何度そう思ったことか。だが」
透き通るような青色の瞳が、桃花をじっと見つめる。
「私はどうしても諦めることが出来なかった」
その言葉に、征治はただ静かに頷いた。
だが新婦側の席に着いていた早記の目に映る桃花の横顔はどこか、いやどこまでも寂しげで、彼には桃花が何か後ろめたいものがあって彼女はそれを隠してるのではないか、という思いが尽きないのである。
「取り残されてもなお、一人で頑張り続けたあなたを、撃退士としては尊敬します」
気が付けば席を立ち、桃花に向け
「あなたはあなたの選択に誇りを持って、あなたを選んだその人を、幸せにして欲しい。哀しいなんて、言わないで」
言葉をかけていた。
子供の我が儘なんじゃないか、早記は自分でもそう思う。
だが桃花は微笑み静かに頷くと「ありがとう」と告げ、アルアレスと共に再び祭壇へと向かって歩み始める。
―――メンバーの携帯電話が一斉に震えたのは、そのタイミングで、だった。
●おしりまろやか
一番初めに龍の姿を発見したのは、夜の砂浜を歩き回り警戒に努めていた、森田零菜(
jb4660)だった。
零奈はメール送信済みの表示を確認したのち携帯電話を懐へとしまうと、微かな月明かりを頼りに、遠くでバギーのアクセルをふかしヤル気を見せつける龍の姿を捉える。
「(まあ、人の恋愛の形なんて自由だからどうでもいいけどね。 でも現実というのは本当に残酷)」
そして少し呆れたような、短いため息を吐く。
「爆弾、これまでに見つかったのは11個だったっけ」
その数字に何か意味でもあるのかそこのところはさっぱりだが、それで全てという保証は何処にもない。
こういうのは本人の口を割らせるのが一番てっとり早いわけで、零菜は白旗振り振り龍のいる方向へと向かって歩き始める。
「私は味方だよー、と」
だがあと20歩弱、というまできたところで龍が
「止まれ。それ以上近寄ったら爆弾を爆発させる」
「‥‥それは無理だと思うよ。教会に仕掛けられていた爆発物は全て、処理されちゃったから」
精神的な揺さぶりを利用した鎌かけ、だが
「テメェの目は節穴か?」
「‥‥は」
夜の闇に溶けてしまいそうな全身黒ずくめの出で立ちに気づくのが一歩遅れたが、この男、自分の身体いっぱいに爆弾を括り付けている―――正気とは到底思えない。
「(彼の中にあるどの感情が、自身をここまで追い詰めるんだろうね)」
やれやれと嘆息は胸の内にだけ留めて、零菜は教会を指さし
「まあ、いいよ。私は味方になってあげる。警備は裏をかかれるのを読んで、裏口の方を手厚くしてあるから、正面から突破するがいいと思うよ」
嘘と気づかれぬように、終始一貫淡々とした口調で告げる。
「‥‥元よりそのつもりだ」
龍は低く唸るように呟くとバギーのアクセルを全開にふかし、教会へと向かって砂埃を巻き上げて行く。
だがそうはさせじ、と岩陰より飛び出したが螺子巻ネジ(
ja9286)である。
彼女は夜光に当てられダークグリーンに染まった髪の毛を振り乱し、龍の進路を塞ぐようにして砂地にかかとを埋めた。
「久遠ヶ原の螺子巻ネジなのです!」
ネジが両手を広げてみせれば、バギーはその寸でのところで車体を大きく半回転させ、加速を止める。
「桃花様とアルアレス様から、お話を頂き参りました。貴方様にどうしてもお伝えしたいことがあるのです」
「どけ、邪魔だ」
車体の先を捻りネジの脇を抜け、あくまでも強行突破する姿勢を崩さない龍。
だがその進路上にも、ネジの後ろから忍術書片手に現れた市来 緋毬(
ja0164)が、立ち塞がる。
「こんなこと、今すぐ止めて下さい」
ヒトはどうして自ら傷を負い、そしてそれを広げようとするのだろう。
取り返しのつかないことになる前に、まだ間に合う内に。緋毬は
「これからを進んでいけるのに、これからの幸せを探す事が出来るのに、やった事が影を落としてしまう‥‥そうなってほしくないのです」
心に傷を背負うことがいかに辛く、苦しいことであるか。
それを知る緋毬は思いの限りを言の葉に乗せて、必死の説得をする。
ネジもまた
「龍様、結婚式を滅茶苦茶にする事で龍様はどうなりたいのですか。大好きだった人を悲しませる事が龍様の愛の形なのですか。傷付けられたから傷付け返すのですか。私はこんなものが愛の結末だとは、絶対に信じたくありませんっ!」。
自分はまだ、燃え上がるような恋を知らない。
しかしだからこそ、なのだ。
だからこそ、龍をこのまま行かせるわけにはいかなかった。
歌とダンスと笑顔な普段の自分を、この時ばかりは金繰り捨てネジは
「真っ直ぐにご自身の気持ちを伝えてはいかがでしょう。きちんと桃花様に想いを伝えて、 桃花様の想いを受け止めてください」
だが目の前の龍より返ってきたのは、バギーは車体の横腹より射出された閃光弾。
それは緋毬の忍術書が風を切り払い退けるよりも先に、中空で破裂すると共に強烈な光を二人に浴びせ、バギーは再び砂埃を上げて走り出した。
「これから先、何があるか分からないのですよっ!!?」
眩んだ目の片方を瞑った緋毬が叫ぶも、それは虚しく龍の背中をかすめるだけ――。
●
教会前の門に立つ藍 星露(
ja5127)の先だけ三つ編みにした長い髪の毛が、砂埃の混じる夜風に揺れていた。
バギーを乗り捨てた龍が、いよいよもって修羅の如き闘気を全身に纏い、星露の元へとゆっくり近づいてくる。
「(‥‥止めないと、ね)」
龍との距離が縮まるほどに、星露の胸は痛んだ。
目の前の龍が龍ではなくなっていった。
龍が責めるは桃花であるはずなのに、まるで自分のことのように感じる。
「‥‥私、過去に桃花さんと同じことをしたわ」
星露の横を通り過ぎようとした、龍の足が止まる。
「状況は違うけど、自分が彼にやったことはほとんど同じよ。そのことで罪悪感はある。でも不思議とね、後悔はしてないの」
「だからどうした。俺には関係ないことだ」
「‥‥‥」
星露は向き直ると龍の背を見つめ
「桃花さんを責める代わりに、私を責めればいい。気が済むまで。だからこんなこと、止めて欲しいの」
無意識に胸元に伸びた手は、その下に隠された大切なものを守るように。
星露は声を震わせる。
「お願い」
だが返ってきたのは罵倒でもなくまして中傷でもなく、
「‥‥言う相手を間違えてる」
止まらぬ、龍。
「どうして? 本当に好きなら、利用されようと棄てられようと、構わないじゃない」
返す言葉を失ってしまった星露の代わりに、洸太が扉の前に立ち塞がり言う。
「お前たちには関係のないことだろう。そこをどいてくれ、俺は」
言わなきゃいけないことがあるんだ―――。
憤怒と嫉妬、羨望と絶望と。
己の内にある全てを震わせ、修羅は突き進んで行く。
蹴り破った扉は床に崩れ落ちて、大きな破壊音を教会内に響かせる。
それはまさに、桃花の指に誓いの証である指輪が嵌められようかという、その時だった。
「あたいが絶対阻止するんだから! 邪魔はさせない!」
説得は失敗に終わった。ならばあとは至って単純明快、実力行使で圧し切る、それのみ。
咆哮高らかに龍が己の身体より毟り取った爆弾はそのピンを引き抜けば、手から離れたそれをチルルが空中でキャッチ。
さらに玲獅の手からキラリと光る何かが伸びたと思えば、次の瞬間にはチルルの手の中にあった爆弾が絡め取られ細切れに、中に詰まっていた火薬がわっと舞う。
そこを突き抜け祭壇前の二人に突貫しようと、龍が床を蹴ろうとしたところで、両手をいっぱいに広げたさんぽが眼前に立ちはだかる。
「2人の結婚式を破壊しちゃおうなんていうのは、龍さんの自分勝手じゃない。愛してる人が幸せになるなら、どんな時だってお祝いできるはずだよ、本当に桃花さんのこと愛してるの!」
さらにさんぽの横に並んだ征治が
「強引な暴力に訴えるのは子供のすることです。納得がいかないならとことん本人達で話し合うべきです。貴方は自分の気持ちを伝えて、彼女の気持ちを聞いたんですか?」
畳みかける。
「ふざけんなっ! 下がれっ! 下がらねえと今すぐこれ全部爆発させて、何もかも吹き飛ばしてや‥‥」
「お願い龍、もうやめて」
祭壇前に立つ桃花が叫んだ。
征治とさんぽの間から覗く龍と、視線がかち合う。
「お願いだから」
「黙れ」
だが飛び出そうとしたところで征治とさんぽにあっけなく取り押さえられた龍は、仕方なく床に這いつくばって奥の歯を軋ませるしかない。
そしてあっという間に後ろ手に縛られ、身体に纏っていた爆弾の束を取り上げられれば、やっと観念したのか。
龍は力なく床に顔を伏せた。
「‥‥いいわ。龍が祝福してくれないのなら、私。この人と結婚しない。ずっと一人でいるわ、ずっと」
「桃花」
アルアレスが静かに、首を横に振った。
「そんな嘘は彼に通用しない。それに例えそれが本心からの言葉だったとしても、彼は絶対に納得しないだろう」
そして桃花の目に溜まった涙を拭いさり、彼女の指に誓いの証を嵌める。
「私は永遠に貴方を愛します。桃花」
桃花はしばらく自分の足元を見つめていたが彼女が再び顔を上げたとき、そこにはどこか哀しそうなだが確かに喜びに満ちた笑顔があり
「私も永遠に貴方を愛します。アルアレス」
そして神父がその誓いを認め、二人は永い口づけを躱すのだった。
「‥‥‥認めねえ」
龍が床に向けて、低く呟いた。
顔を上げて呪うような眼差しを二人に向け、
「神が赦そうとも世界が赦そうとも、俺は赦さねえよ」
その台詞に黙ってられない、が雷蔵である。
「起こしてやってくれ」
そうして無理やり身体を起こされた龍の前に立つと、雷蔵は力強く握った己の拳を、一分の躊躇いもなく彼の頬に撃ち込んだ。
吹き飛んだ龍は教会の外まで弾き出され、砂の上に転がると、まるで意識を失ったようにピクリとも動かなくなる。
「阿呆がっ! 男がどうして胸を張れんっ!!」
お前は自分の大切なものを守り通したのだろう、雷蔵の言葉が龍の胸を打つ。
だが衝撃で緩んだロープを振り払うことに成功した龍は後ずさり、懐に隠していた起爆装置のスイッチを取り出しそれを天にかざす。
「ひとつでも残ってたらそれでいい。跡形もなく、じゃなくたっていい。滅茶苦茶にできれば、それでいいんだからな」
「龍さん!」
教会の奥から飛び出してきた青柳 翼(
ja4246)が、龍の前へと進み出る。
「気持ちは痛いほど分かります! でも、どうか抑えて下さい! 爆破した所で貴方が犯罪者になってしまうだけです」
「それ以上、近寄るなっ」
だが翼は首を横に、龍の元へと少しずつ歩み寄って行く。
悪いのは彼じゃないのに、どうしてここまで傷つけられなければいけないのだろう。
苦しめられなければいけないのだろう。
そんなの間違ってる、翼は自分の考えを信じて突き進む。
「龍‥‥」
そう哀しげに龍の名を呼ぶ後ろの桃花に、翼はきと振り返り
「貴方が」
こみ上げてくる感情に、言葉を詰まらせながらも。
「失踪中何があったか知りませんし結婚にも言う事はありませんが、今まで周りの人達や龍さんがどんな気持ちだったか想像して下さい。三年間自分勝手したんです、大人になったと宣うなら相応の行動がありますよね」
睨みつけるような眼差しと共にぶつける。
それの返答など必要ない。翼は即ぐに直ると龍に向かって
「今は耐えて、然る後、正々堂々決着を着けましょう」
それが貴方にとっての最善です、そう締めくくる。
「‥‥桃花さん」
指震わせる龍をどこか冷めた目で見つめていた冴弥が、静かに口を開いた。
「自分の大切なものを愛するのは貴方の勝手ですが、彼の心を蔑ろにしていいという理由にはなりませんよ。彼をここまで追い詰めたのは貴方ですよ」
その後に洸太が
「彼の気持ちを知りながらも無意識に利用してるのなら、貴方も同罪じゃないかな」
続けた言葉もまた、桃花にとっては厳しいもの。
だがそんな二人の間、桃花と龍の間に、月詠 神削(
ja5265)は進み出ると、彼はそこで膝を折り―――次の瞬間には砂地に手をつき頭を下げていた。
「ここは収めてくれ、龍さん。そして桃花さんはどうか、彼のことを許してやって欲しい」
顔を上げ龍と桃花の視線を貰い、神削は
「‥‥昔、俺も同じような目に遭ったことがるんでな。分かるんだよ、なんとなく。誰も悪くないのに誰かを責めたくて仕方なくて、自分が情けないやら惨めやらで。なのにそれをどこにぶつけたら良いのかも、ぶつけてどうにかなるのかも分からずに」
龍がふと顔を横に向けると、一人砂浜の奥に消え行くは星露の背中。
「ありきたりな言葉で悪いが、龍さんがそれを解決するには、時間が必要だと思う。俺は、俺のときは一年以上かかった。でもきっと」
必ずその時は訪れるから待って欲しい、神削は再び頭を下げる。
「貴方は‥」
そんな神削の前を、砂を踏みしめ星嵐が
「自分の気持ちを桃花さんに、伝えようとしましたか」
そうでないのならボタンの掛け違えが起きるのも当然、そう付け足し「手前勝手な言い分ですが、好きな人の幸せはやはり祝福するべきです」
しばらくの沈黙は龍の手から零れ落ちた物が砂に埋もれた時の音で破られ、龍は「ああ分かったよ」と一言だけ呟くと全てを失ったかのようにして力なく背を向ける。
「罪悪感が少しでもあったなら、忘れてやらないことだね」
教会の壁に腰を預けていた十一が、桃花とアルアレスの二人にだけ聞こえる大きさの声で、そう呟いた。
●愛と明日は目には見えないものだから
「子供みたいに大喧嘩でもすれば?」
龍を呼び止めたヴェーラ、そしてアストリットの手にはパイ。
「本音一つ言ってないんじゃない」
そう言ってヴェーラがパイを差し出せば、向き直った龍が肩を震わせそれらを両手に、わざとらしく足を踏み鳴らす。
だが桃花とアルアレスの前まで来たところで、二人の姿は目に溜まった涙でじわりと滲みいく。
再び力なく地面に倒れ伏す勢いで膝をつき
「ちくしょう」
龍は叫んだ。
―――桃花を幸せにしてやれるのは俺じゃなかったなんて、そんなこんちきしょうなことがあるのかよ、と。
そして桃花に向けて「綺麗だな」と泣き笑う。
「龍さんは、一人じゃないよ。悲しみを乗り越えて、ヒトは強くなれるんだと思う」
零菜が、そして緋毬が
「出会いはきっと、ありますから」
だから大丈夫、そういう思いを込めて。そんな彼女たちの陰で日和が
「(良かった)」
そう胸の内で呟き、安堵の溜息を吐くのだった。
―――しかし。
「茶番は‥‥終わった?」
その声に一同顔を上げ、出所を探して周囲を見渡すも姿が見えない。
直後教会の屋根の上で焔が噴き上がり、炎とともに眠るもの(
jb4000)の姿が炙り出され、
「ならばコレは‥爆する‥‥のみ」
ネムの足元には、乗り捨てられたバギーから押収した砲台と、いくつかの弾。
あ――――ッ!!!
と一同が叫ぶ暇すらネムは与えず、彼女は一分の躊躇いなくそれに点火した。
しかしまあ、運命の女神は希望も絶望も等しく裏切ってくれる存在のようで。
打ち上げられた爆弾ははるか上空で爆発―――夜空に色とりどりの大輪の花を咲かせる。
それは龍が火薬と名のつくものは、手当り次第にかき集めた結果だった。
タイミング同じくして砂の下に埋められた爆弾が一斉に作動を果たし、ドンと地面を揺すれば一同の頭上に砂に混じって無数の花弁が降り注ぐ。
仕掛け人のとしおが桃花とアルアレス、それから龍に向けて、
「プレゼントです」
ちょっと照れくさそうに笑った。
一方のネムはと言えば、教会の屋根の上から花火を眺めながらに、やや不満げな面持ち。
だが即ぐに
「空を‥爆してみせた」
ぼそり呟いたのだった。