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人気失った大通りに、大きな金属破壊音が響き渡る。
一体のローマ彫刻像が、路駐車を破壊してまわっているのだ。
その音に何事であるか、または先ほどまで上空をせわしなく飛び回っていたテレビ局の映像を見てなのか、付近の建物の窓際には人影がちらついている。
そんな中彼の彫刻像を討伐せんと、現場に降り立った撃退士たち。
「きゃああああ!!!」
一行の列から勢いよく飛び出した飯島 カイリ(
ja3746)が、開口一番黄色い悲鳴を上げた。
「あれって!! かの彫刻の天才が作った青年像!? やだ! まさかこんな所で拝めるなんて!!」
口元に手を当て感激、と目を輝かせる。
対し
「確かに『芸術』には違えないのでしょうけど‥‥」
些かならず慎みに欠けると思うのですよ、と微風(
ja8893)は頬に手を当てやや困惑気味な表情を浮かべる。
何か理由があるのでしょうか、と同年代の男が嫉妬してしまえそうな彫刻像の尻を遠目に考え込むうち
「(もしや天使♂が禁断の愛をこじらせて‥‥?)」
刀を構えつつも思考はトリップし、妄想の翼が無限大。でもそれじゃ芸術じゃなくてゲ(自主規制)になってしまいま(ry
「確かに危険ですね、色々な意味で」
龍仙 樹(
jb0212)は困ったような、だが半ば呆れたような表情を浮かべると、窓際にちらつく人影を目にメガホン構え
「注意呼びかけてきますね」
そして迅速な足取りで向かって行く。
「誰よ、あんなの作ったのは」
グリーンアイス(
jb3053)は闘う前から何かに腹を立てるかのような口調でそう言うと、翼を広げて地面を蹴った。
「後ろがアレじゃ、前もアレなわけでしょ」
空からのアタックなら直は回避できるハズ、と宙を渡っていく。
「とりあえずでっかいサーバントが暴れてるから叩き壊せばいいんだよね〜♪」
一行の中で焔・楓(
ja7214)はただ一人、暢気な様子を見せていた。
事前に提供された資料に目を通すことなく作戦への参加を決めてしまった楓は、まだ知らない。
小さな体には大き過ぎるほどの、接近遭遇が待っていることを。
「‥‥‥」
ことユウ(
ja0591)に至っては彫刻像に向かいながらも紙パック片手に、中身のバナナオレをストローでちゅーちゅーと啜っている。
この娘、何を考えてるのか分からない。
だが事件は接敵を果たす前に起きた。
「危ないので建物の中に避難しておいてください!」
その事態に気付いた樹が叫ぶ。
だがラーメン屋から飛び出したきたその男は寝耳に水といった様子で、彫刻像目がけて否自分の車目がけて飛び出して行く。
とそこにねじ込むようにしてユウが突貫した。
体当たりならぬ頭当たりで男の鳩尾に一発、くってりした男を建物内に押し戻す。
彫刻像が振り落とした鉄拳が白の軽トラを真っ二つにかち割ったのを、店内から確認した男が「ローンが、ローンがまだ残ってるのにぃいいっ」と断末魔にも似た悲鳴を上げる。
「保険で何とかするしかないと思う。適用内か知らないけど」
同情してる風でもないようなユウだったが、とりあえずは男を落ち着かせねばなるまいと説得を続ける。
「あー、テステス」
ガピー、と拡声器独特の割れた音を響かせ大通りの淵を歩くカイリ。窓越しに見える一般人に向けて
「Chao☆ ちょっとあの裸体壊すから、ボクらが戦ってる間はおとなしくしててね。 いいかい、絶対大事な部分を凝視しちゃだめだよ☆」
リアクションはすぐに返ってきて
「さっさとぶち壊せーっ!」
「俺の車もやられたッ!!!」
どうやら男性率が高いらしい。
「全力全壊で後ろからドーンっと行くのだぞ☆」
トンファー握りしめた楓はその言葉通りに彫刻像まで勢いよく詰め寄ると、地面を飛び跳ね空中に放物線を描き出しトンファーを打ち下ろす。
だが寸でのところで躱され、代わりにそこにあったタイヤのひとつをぼふんと破裂させた。
明確に言えば彫刻像は躱したのではなく、目の前の物に興味を失い次なるターゲットを求めて移動を開始したタイミングとそれとが重なってしまった、というだけである。
その上攻撃を受けたとも思ってない様子で、彫刻像は赤いワンボックスカー目がけて直行した。
「これ以上許してはいけませんね」
破壊活動はもちろんのこと、アンモザイク・サムシングはいただけない。
微風は流れるようなステップを踏み、手に握った柳一文字を横に振った。彫刻像の背にがっつり真一文字が刻まれ、そうして一行はようやく敵の戦意獲得に至る。
「こっち向かないでよっ」
中空にて接敵を狙っていたグリーンアイスであったが、彼のものが振り返ったと同時に具現化させた胡蝶扇を広げて視界の半分を遮ることに努める。
彼女はあくまでもガードのため、と言い切るがマツタケがレッツスイングしてるとこなんて見たかない、というのが本音であった。
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「ちょっとぉ!!?」
グリーンアイスの叫び声が大通りを突き抜けた。
彼女の攻撃を受けた直後に、蹲ってみせた彫刻像―――何をするかと思えば次の瞬間、折り曲げた膝を伸ばしバネのように跳ね上がると、彼女に鉄拳を奮ったのである。
グリーンアイスは神的反射で何とかその一撃は回避できたものの、扇で隠しきれていなかった視界の半分からコンニチワまでは躱しきれなかった。
こうなると精神的ダメージの方がでかい。
中空で気絶寸前の天使が一丁できあがり。
だが被害はそれだけでは済まされない。
アスファルトを粉砕しようという勢いで落ちてきた彫刻像がその場で仁王立てば、その眼前には楓。彼女は敵が着地の瞬間を狙ってトンファーを構えていたのだが
「わ、す、凄く‥大きいのだ‥」
見てはいけないものを見てしまった、漠然とだがそんな気がして思わず目を顔ごと背ける。
「何故そんなに見せたがりますかっ!」
そこから離れた場所にいた樹が今度こそ本気で呆れた様子を見せ、メガホン放った代わりにクロスボウ握りしめ応援に走る。
大した知能も与えられてないのだろうに、なぜそこまで。
疑問は尽きないが、とにかくこのままにはしちゃ置けない。
「粗末なものを見せるんじゃありません!」
敵を射程内に捉えた瞬間に引き金を引いてみせるも、狙い惜しくも逸れ、割れた腹の上っ面を削るだけに至る。ん? でも粗末なものってことはあれ―――?
そうこうしているうちにラーメン屋にて雑事を片付けたユウが戦場に復帰すると、それに目をつけた彫刻像が彼女目がけて突進した。
逆立ちキノコが空中ブランコではさぞかし走りにくかろうと言うに、その姿たるや堂々としたものである。
受けてたとう―――ユウは動かなかった。目を逸らさなかった。
犯罪フルボディに体当たりぶちかまされてすっぽーんと空を跳ぶも、色即是空。
彼女は勝負に勝った。さらに言えば試合には負けた。
「大丈夫ですかっ」
樹が地面に転がったユウに駆け寄り、次に備えてと庇護の翼を展開させる。
その脇では微風の一撃が空を切り、だがしかし敵を後ろへと確実に追いつめていく。
「ああ、肉体美と青年の初々しさを表すこの彫像を! 美しい君を! 貫かなくてはいけないなんて!」
そこに待ち構えていたカイリである。
銃口を彫刻像のお菊さんにロックオン完了した彼女は、迷うことなく漆黒の弾丸をぶっ放した。
直後竜が唸ったようなズォオンという音が轟き立ち込めていた黒い霧が晴れれば、彫刻像のそれは菊文様がひとまわり大きく―――つまるところ完璧に拡張されていた。
いつの間にか窓を開き乗り出してまでいた観客たちが一斉に、少々お下品な言葉を交えながらに喜びの声をあげる。
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だがしかしその直後、あくまで野次馬もどきでしかなかったはずの彼らに悲劇、というか不幸というか。
精神を立て直した楓が「そんなもの目の前に見せるんじゃないのだ! こんなもの叩き潰してしまうのだー!」と放った一撃が、彫刻像の股間は何某に見事さく裂したのだ。
途端大通りはそれまでとうって変わって、シンと静まりかえってしまった。
「おー、アレって相当痛いらしいけど、どうなんだろうね」
こちらも気持ち入れ替え涼しい顔のグリーンアイス、はその横で窓越しで内股に手を突っ込み顔歪ませる一般男性たち。
彼らは皆一様にその場でぴょんぴょん飛び跳ね女にゃ分かるめェ、分かるめェ―――! という顔をしている。
だが肝心なのは敵がどうであるか、だ。
そう、命を吹き込まれたとはいえ元は石膏の塊。痛覚などなかった、とばかりに彫刻像の整った顔はそのまま眉間に皺ひとつ入ることなく、目の前の楓に掴みかからんと手の平を大きく広げてみせる。
「なかなか硬そうですが、これでどうでしょうか!?」
武器を薙刀に持ち替えた樹が、敵の傍まで詰め寄っていく。狙うは必殺の一撃、彼が慎重に間合いを計らんとすれば敵はさせまいと、蹴り上げた脚がぶんぶんと風を切る。
攻防―――展開させたシールド越しにチラ見していた微風はその二文字に当てられでもしたのか、脳内は再び妄想が大暴走。どちらが攻め? ともはや彼女の中においての二人の関係は不適切なものでしかない。
「‥‥‥?」
樹は背中に悪寒を感じながらもついに見つけた一筋の機を逃すことなく、そこに渾身の力を込めて薙刀を振り下ろした。
切っ先より噴き出した緑色の光は彫刻像の肩を深くえぐり、そして見事にその右腕は地を転がった。
無残と化した像に続けざま、カイリの手を離れたダガーがその下腹部上部に深々と突き刺さる。
彫刻像は右腕を失いバランスを崩したのか、はたまた今度こそ痛みを感じて堪えきれなくなったのか。
フラリよろめいたところにグリーンアイスの炸裂符はその一撃を貰い、ドシンと大きな音を立てて尻もちをついた。がその直後、像の股間より黄色みがかった白い液体がぴゅーっと噴き上がる。
え―――? と一同顔を見合わせたが像が立ち上がったところで、その理由、というか正体は明らかになった。
彫刻像の尻に圧し潰された紙パックが張り付いている。バナナオレの五文字がくっきり印字された紙パックが―――。
「‥‥おいで、骨董品。燃えないゴミにしてあげる」
決して自分にとって大切なものを汚された、とかそういうんじゃない。
今日はたまたま慈悲とか容赦の持ち合わせが少ないの、だから諦めて。
尋常ではない量の雷気を帯びた彼女の身体が、バチッバチッと嫌な音を立てる。
直後放たれた雷の剣はカイリが突き立てたダガーに吸い寄せられるようにして、その一点のみに集中した。
影も焼き尽くさんという強烈な雷光、のち遅れてやってきた耳つんざく轟音が、天使の悪戯は歩く芸術に永遠なる終止符を打った。
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一大事終局した大通り。
股間の紳士奪われ哀れ無残な姿となって地面に横たわる彫刻像に、微風が真っ新なシーツをかけてやる。
世界平和のためならぬ、男性諸君の心の平和のためである。
だが一行とてその例外ではない。
「おい。おめーら」
そのしゃがれた声のする方を向けば、かのラーメン屋はその店主。
仏頂面のオヤジが手招きしている。
「ラーメン食べていけ」
それだけ言って店内に戻ってしまった。
「‥どうしましょうか」
樹が振り返ると一行の大半は食欲なさげな表情を浮かべていたが、
「いっぱい食べたらきっと忘れちゃうよー!」
そんな楓に釣られるようにして、皆ラーメン屋の暖簾をくぐるのだった。