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澄み切った空には、うすい雲が棚引いている。幸いなことに、当日は天候にも恵まれていた。
開場三十分前。
久遠ヶ原学園の生徒たちは忙しない。
「さーさー、みなさん出荷だよ〜?」
運んだダンボールを開きながら、ユグドラ・フォーエ(
jb7284)は調子をとって歌うような声をあげた。箱の中から彼女が取り出したのは、彼女らがこのフリーマーケットで販売すべき品物。依頼者が世に生み出してしまった、大量の人形たちである。
サイズの大きい人形が詰まった、一際大きなダンボールを運んでいるクリフ・ロジャーズ(
jb2560)の元に、すかさずアダム(
jb2614)が駆け寄った。
「くりふ! 安心しろ! おれがてつだってやる!」
アダムはカッと目を見開いて、ダンボールの半分を受け持つ。
「アダムは頼もしいね。ありがとー」
そんな彼に、クリフは微笑を浮かべて礼を言った。
展示の邪魔にならない場所に作業台を持ち込んだ牧野 穂鳥(
ja2029)は、依頼者の青年にかざりつけの提案をしている。
「リボンや包装紙の見本を作っておけば、お客さんに選んでもらいやすいと思って……」
コルクボードにそれらの切れ端をきれいに留めたものを手際よく用意する歩鳥。それを目に付きやすいところに置けば、確かに彼女の言うとおり、選んでもらう際に便利だろう。見た目も良い。目から鱗といった顔つきで、依頼者はその提案を快く受け入れた。
「ムフ! 愛くるしい人形達なのである! 貴公が制作したとな!! 素晴らしいのである!」
人形を種類ごとに分けて、ユグドラが設置したひな壇へ並べていくのはラカン・シュトラウス(
jb2603)。非常に精巧な猫のスーツを纏う彼は、自身にそっくりな白猫の人形を見つけてうんうんと唸っていた。そして人目をはばかるようにして、準備に追われる依頼者へ、
「この白猫の人形を一つ取り置きして欲しいのである……」
などと、こそりと耳打ちするのであった。
仲間たちの協力で、スペース内の準備は整えられた。皆が一息つこうとしたそのとき、会場となる会館広場に、大きな拍手が巻き起こった。
フリーマーケットの開催を知らせる喝采であった。
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「さぁさぁさぁ! 寄ってらっしゃい! 見てらっしゃいっすよ!」
もこもこっとしたウサギの着ぐるみに包まれた大谷 知夏(
ja0041)の、気風のいい掛け声が響く。その隣には【星の輝き】により出現した巨大なウサギが佇んでおり、その目を光らせている。アウルで作られたウサギは可愛らしい造詣をしているし、目立ちはするが、如何せん威圧感がすごい。
知夏と同じく羊の着ぐるみを着た羊山ユキ(
ja0322)とアダムは、そんな巨大ウサギに興味を示して集まった子供達を相手に呼び込みをかけていた。
「どうぞ見て行ってくださいね〜、手作りの可愛いお人形ですよ〜♪ ……!? ユキの着ぐるみは売り物ではないのです!」
ぽんぽんと着ぐるみを叩かれ「これちょうだい」と声をかけられたユキはオロオロと弁明するも、その反応はむしろ子供たちを喜ばせる一方だ。
「ほーらにんぎょうだぞ〜おれのことを買っていかないか? 買っていかないのか?」
そんな面白がる子供達に向かって、アダムは元気よく声をかけた。手にした人形の手足を動かしながら、まるで人形が喋っているかのように振舞う。その行為は結果としてユキを助けることにもなり、群がる子供の数が減った彼女は、ほっと胸を撫で下ろしていた。
元気いっぱいの子供達の中には、対照的に、じっとひとつの人形を見つめているような大人しい子もいる。その女の子に目をつけたのはユグドラだ。彼女はその人形を手にとって、
「あなたの隣にこの子はいかが? きっと明日が素敵になるよ? ほら、真っ白けっけの名札がついてる。可愛い名前で呼んであげてね?」
歌うように口ずさむユグドラの、その笑みに後押しされて、女の子は人形を手に取った。彼女が初めてのお客さんだ。ひとつめが売れたことに、皆は顔を見合わせて「ありがとうございます!」と声を揃えるのだった。
「お名前はなんて書きましょう?」
人形から一旦名札を外し、記名サービスをするユキ。女の子がおずおずと耳打ちしてくれた名前に、ユキはにこりと微笑んだ。
「可愛いお名前ですね☆ さらさらさら〜っと……素的な名前を付けてもらってよかったですね〜♪」
人形を手渡す前に、ユグドラと共に販売を担当していた蛇蝎神 黒龍(
jb3200)、通称黒が、慣れた手付きでリボンを結ぶ。
「お客さん第一号やし、サービスしときましょ。これくらいやったらお手のもんやね……ほい、できあがりー。大事にしたってなー」
犬のぬいぐるみにリボンタイが添えられ、可愛さの中にちょっと凛々しさも加わり、愛嬌が増した一品に仕上がった。女の子は嬉しそうに受け取って、胸にぎゅうっと抱きしめる。ありがとう、と大きな声で言って、少し離れた所で待っている母親の元へ走っていった。
「これはなかなか……快感なのである……!」
誰もが照れくさいような、嬉しいような表情を浮かべる中、ひときわ感極まったらしいラカンがわなわなと体を震わせていた。
テンション上昇の勢いに任せ、猫スーツの背中から飛び出した翼を羽ばたかせ、ふわりと空へ舞い上がる。
「かわいい人形を売っているのである〜プレゼント等にお手頃なお値段なのである! いつ買うの……!? 今でしょ! なのである〜」
と、呼び込む声にも力が入る、ちょっと流行に乗ってみた系白猫騎士であった。
しかし、彼はそうやって目立ってはいけない系白猫騎士でもあった。
知夏やユキのような着ぐるみとは異質な、とても精巧な猫スーツに身を包んでいるラカン。その存在は、好奇心旺盛に過ぎるお子様達には刺激が強すぎた。
どこからか「あれ買って!」と親にせがむ声が上がった。
「ムフッ!?」
思わず高度を落とすラカン。目の前に駆け寄ってきた男の子の目は、キラキラと輝いていた。
「違うのである、我は売りものではないのである〜」
などと弁明するものの、火の着いた若い好奇心は簡単には止められない。ラカンに縋りながら、男の子は両親に買って買ってと懇願する。
「違うのです! シュトラウス先輩は売り物ではないのです〜!」
「ひ、羊山殿……!」
助けようとしてくれるユキに、ラカンはちょっとほろり。その肩に、後ろからぽんと手が置かれた。その手は黒のものだった。
「ラカン……」
「蛇蝎神殿っ……!」
黒の口からは子牛を乗せてゆくあの歌が。
「蛇蝎神殿ぉ――――ッ!?」
白猫騎士の運命や如何に。
それから少しして、最初に休憩を取っていた穂鳥が戻ってきた。
「お待たせしましたっ」
息を切らす彼女の手には、大きめの紙袋がふたつ。それをスペース裏手の荷物置き場にそっと置いて、表に回る。
「かわいい小物とか服とか……もうたくさんあって迷ってしまって……あっ、皆さんへ差し入れも……って、どうかしたんですか……?」
スペースの端の方、他の客の迷惑にならないような場所で、ラカンと小さな男の子、それとその両親と思しき夫婦が何やら話をしていた。両親はしきりにすみません、すみません、と頭を下げている。ラカンは困った様子で手を横に振っていた。いやいやよいのである……そんな声が聞こえてくる。
「あ、穂鳥ちゃん先輩! ラカン先輩がお迎えされてしまったっす!」
「え、え?」
知夏があせあせと説明するが、端的過ぎて何が何やら分からない穂鳥は、目をぱちくりと瞬かせた。そこで、すぐ側にいる黒へと視線を向ける。その意をすぐに察してくれた彼は、にやにや笑って言った。
「ラカン、貸し出し」
「ええ?」
「あの坊ちゃんに欲しい欲しいってせがまれてなー。どないしよー悩んで、んでしばらく一緒に会場見て回るってことで落ち着いたんや。穂鳥ちゃん帰って来たし、ちょうどラカンの休憩の番やから問題ないやろ。いやーモテる男はつらいなー」
「そ、そうなんですか……」
意気揚々と出発する男の子の後に続いて、ラカンも出かけていく。こうなりゃとことん、とでも思ったのか、男の子の手を取って、仲良さそうに去っていくのであった。
午後になると、皆も販売に慣れてきて、売り上げも順調に伸びてきていた。それには、知夏の出した依頼者への提案も、大きな宣伝効果になっていると言えた。
「実演販売とかしてみないっすか? 注目されてお客さん倍増の予感っすよ♪」
穂鳥の作業台を借りて、実際に人形を作る依頼者。さすが大量の人形を作り続けてきただけあって、その様は堂に入っている。子供のみならず、大人の女性や、中には男性までも立ち止まって覗き込んでいた。
「ここのお人形は全部! こちらのお方の手作りっすよ〜! 他にはない一点ものっす! ぜひぜひ、お気に入りのものを探して欲しいっす〜♪」
フリマが始まる前に会場内を軽く回っていた知夏は、他にも人形を置いている店をいくつか見つけていた。それらはほとんどが、古くなって不要になったのであろう既製品や骨董品といったもの。それらも確かに価値はあるのだろうが、こちらには手作りという付加価値がある。彼女はそれを前面に押し出した宣伝文句を考え、元気よく叫んでいた。
購入者も一気に増え、呼び込みよりも販売の方が忙しくなってきている。穂鳥がその対応に追われていた。
「ご希望があれば、包装紙やリボン、メッセージカードもお付けできますが……あ、リボンだけでよろしいですか? では少々お待ちください」
手早く人形にリボンを巻いていく穂鳥。丁寧な仕上がりで見目もよく、購入者も満足そうに笑っている。
「袋は……あ、よろしいですか? ありがとうございます。お客様が持ち歩いてくだると、それがそのまま宣伝になりますから」
「毎度おおきに、ありがとさんやなぁ」
同じく販売担当の黒も忙しいそうにしている。隣の穂鳥と同様、簡単な装飾やラッピング等のサービスを行いながらだが、その手際はさすがである。今回持ち込んでいる鞄も黒の手製であり、くだきつねこというヌイグルミをトートバッグとしてアレンジしたものだという。出品物にも負けず劣らずの一品であった。
客足が増したことで、金銭管理も大変な状況になっている。依頼者は実演販売で出ているので、主な担当者であるクリフと、貸し出しから戻ってきたラカンが共同で管理を受け持っていた。
「つり銭も多めに用意しておいてよかったですよ。結構、大きいお金を出すお客様も多いですしね」
「うむ。間違えないように気をつけるのである……。しかしクリフ殿のコインカウンターは便利であるな。あるのとないのとでは大違いなのである!」
「お役に立ててなによりですよ」
にこりと笑うクリフの側に、呼び込みをしていたアダムがそろりと近づく。金銭を計上して整理してるクリフ達の手元を覗き込みながら、アダムはちょっかいをかけてきた。
「くりふ〜お金かぞえてるのか……? か、かまってくれないのか……?」
「ああ、アダム。ごめんね、また後でね」
その頭を撫でてやりながら、クリフは苦笑して言った。
「……あ、あそびにいくんだからな……!」
それだけ言い捨てて、アダムは持ち場へと戻っていく。二人のやり取りを、ラカンは何やら微笑ましく眺めているのであった。
「ユグドラ・フォーエ、戻ったよ〜って……うわぁなんかすごいね」
昼食から戻ってきたユグドラは、この盛況振りに目を丸くした。お弁当が入っていた自分の鞄を荷物置き場に戻して、素早く販売スペースへと入る。
「ああ、ユグドラちゃん! よう戻ってきてくれたなー、ボクもうへとへとやわー。ほな交代。黒さん休憩入りますさかいなー」
「お疲れ様、後はボクにおまかせ。黒さんどうぞ、ごゆっくり〜」
黒と入れ替わるユグドラ。彼女は再び歌うような口調で、道行く人に声をかけるのだった。
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日が短くなった昨今。午後五時ともなれば、辺りは夕暮れの気配が濃厚になる。会場内には運営のアナウンスが流れ、祭の終わりを告げていた。
「完売はできませんでしたけど、たくさん売れてよかったですね」
皆で協力して片付けを済ませた後、残されたダンボールを見て穂鳥が満足そうに言った。箱の数は三個。朝には十個あったので、約七割もの在庫がはけたことになる。成果は上々といえた。
「会場を回るもの楽しかったしね。いい一日を過ごさせてもらったよ」
来た時よりも荷物を増やしたクリフがどこか興奮気味に応えた。人間が作った物に興味があるという彼は便利雑貨をいくつか購入しており、その為、静かにテンションが上がっているらしい。が、楽しげな理由はそれだけではない。後でアダムにプレゼントするつもりで買い求めたループタイも、荷物の中に忍ばせてあるのだ。
「美味しいものもいっぱいあったっす! 後で皆さんにもおすそ分けするっすね!」
休憩時間には、同じくお菓子部の仲間であるユキと共に甘い物を食べ歩いた知夏。その場で食べるだけでは飽き足らず、持ち帰る荷物の中にもお菓子が紛れ込んでいる。
「ユキも可愛いリボンをゲットしました〜♪ 知夏ちゃんが選んでくれたんですよ☆」
ユキの茶色の髪には、確かに朝とは違うレースのリボンが結ばれていた。フェミニンな印象で、ちょっぴり大人っぽく見える。
「皆それぞれ、目当ての物が見つかってよかったのである。我もこの人形をいただけて、満足なのである〜」
依頼者に人形の取り置きを頼んでおいたラカン。彼が小さな白猫の人形を両手で抱いている姿は、まるで子猫を抱く親猫のそれだ。見ていて実に微笑ましい。
「残っていたのはお一人様ではないけれど、ボクと一緒に帰りましょう。さあさ、皆にバイバイしてね? それからあなたのパパにもね?」
報酬とは別に、依頼者からのお礼ということでユグドラも人形をひとつ贈られていた。彼女は受け取った女の子の人形を操って、人形が入っているダンボールに向かって手を振らせている。
「ほな時間やし、移動しよかー」
時刻を確認してから、黒が皆に声をかける。肩に掛け直したくだきつねこトートバッグには、彼が今回の依頼を受けたもう一つの目的であった古書が数冊収まっている。彼もまた、皆と同様、目的のものを入手できたらしい。
会場を後にする一行は、今日のイベントのことを振り返り、会話に花を咲かせている。
こんなお客さんが来ていた。
こんなラッピングを頼まれて驚いた。
子供達はとても元気で、こちらまで楽しくなってしまった。
貸し出されるのも悪くない。
えっそれはどうかと思います。
いろんな出来事を、和気藹々と――。
そして、そんな彼らに、依頼者の青年は唐突にこんな言葉をかけたのだった。
「ありがとう。君達に依頼を受けてもらって、本当に良かったよ」