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マスター:燕乃
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:7人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/06/03


みんなの思い出



オープニング

※このシナリオはポイントキャンペーン第三弾の
 【G賞:あなたが発案したシナリオをマスターが執筆】シナリオです。
 当選者以外のメンバーについては通常通り募集を行います。
 また、キャンペーンシナリオの為、依頼の重複制限対象外となります。


●人形と天使と悪魔と


 この美しき瞳に心は宿るのだろうか。
 百年も残れば、人形も心を宿していけばいいのに。
 透けるような白い肌。静かに瞬く長い睫。夢見る姿は、王子を待つ姫君のよう。
「羨ましいですね」
 そんな造形美は結局、作り手のコンプレックスの現れだ。
 欠点らしきものがない。何かを込められた訳でもない。ただ、ただ美しく。まるで追い求めるように夢を詰め込んだドールアート。もはやここまでいけば呪物のひとつだ。
 誰よりも自分が歪だと思うからこそ、少女は悲しく微笑んで自らが作った人形へと触れる。
 いや、ともすれば自覚はないのか。無自覚だからこそ、ここまで翳りのない美を作ったのかもしれない。
「……こんなに綺麗だったら、私は天界から逃げなくて良かったのでしょうか」
 最初から何もないのだ。産まれ付きの翼は醜く、それ故に迫害から人界へと逃れた身。
 ようやく辿り着いた久遠ヶ原でも、自分の理解者はいない。
 天より堕ちた証であるかのように、彼女の空は今だ黒いまま。夜の訪れから逃れられない。
 黎明を待ち、作り始めたこの人形。人工的に生成された躯体と、リンクさせたモノのアウルで稼動する技術。殆ど魔導といって差し支えのない、天界と人界の技術の融合だ。魔具で似たようなものがあるが、これはその数段上を行く。
 擬似思考回路であるAIに、次々と書き込まれていくであろう知識、経験、記録。
 今は真っ白に夢見るだけだが、いずれは人のように笑い、泣き、怒って愛を謡うだろう。

――それを素晴らしいと想うことこそ、堕天の理想。

 それが真実成ったのであれば、魂の創造という禁じ手に他ならない。
 死者の記憶や感情をインプットすれば、擬似とはいえ死者蘇生が叶う。そんなこと、あってはならないということに気づけない。
 人が倫理として嫌うそれを、何も知らぬ堕天使が行う。そして、囁くのは無論、甘い悪魔の睦言だ。
 そして精神を吸収する天界の業と、魂を奪う悪魔の業があれば――人形は、さて、どうなる。
「いいえ、アナタがそれを望んだから、その子は生まれるのよ」
 妖しげな匂いを孕んだ女性の声。
 満開の花が散り往き、内部に含んだものを撒き散らしている。だが、堕天使の少女もまた白紙の思想。そこに含まれた悪意に気づけない。
 何時の間にか、堕天使の少女の傍らには黒い翼を広げるはぐれ悪魔の女性がいた。
「ユメが、魂を作る。素晴らしいわ」
「そうでしょうか。私のユメで、この子は……」
「ええ。勿論、上が納得する為の資金として、武装もつけてはいるけれど、いずれは心と魂をもって」
「こんなにも、綺麗なのに……」
「綺麗な花には、棘と毒が必要なの。不埒なものに潰されないために」
 揺らし、揺らす悪魔の声。指であやすように堕天使の少女の喉に触れ、目を細める。
「あなたのユメが、壊されないように」
「…………」
 己の美が鋼の色に包まれる。そうでなければ壊れされる。
 そんな囁きに、悪魔の笑みを誘うほどに戸惑う堕天使の少女。
 所詮は白く無垢な心。臆病さに震える瞳に、涙が滲むほどに可愛らしさが込み上げる。
 反論しないの?
 いいえ、出来ないのでしょう?


――だって、アナタも心のない人形だから。


 精神を搾取する天使でありながら、何と滑稽なことか。

 ユメや理想といいながら、求める地平など見つけていない。囁かれたからついていくだけ。
 美しいだけのがらんどう。そういうものを、ニンギョウというのでしょう。ならば、アナタとソレはお似合いだわ。


 この人形が精神や魂、アウルを知識や感情を模倣して集積する目的があると知れば、どれだけ傷つくだろう。どう綺麗に泣き叫んでくれるのだろうか。この愚かで愛らしい堕天使は。
 白薔薇が泥水に落ちるような、儚くも無残な未来に悪魔は想いを馳せるから、微笑み続けるのだ。
 まあ、それは出来ればの話。心以前に現実世界では心無いただの『機械人形』としてすら満足に稼動出来ない。コストも莫大過ぎて、実用化するならそれこそ百年の歳月でも足りないだろう。
 が、幸いに二人にはそれだけの時間がある。積み重ねて、積み重ねて、戻れなくなるまで堕ちていこう……闇の中でこそ、純白の花びらは穢れる価値がある。
「さあ、上からの指示よ。これ以上の資金提供をすらなら、その戦闘用の人形の力を見せなさいと」
 とはいっても実際に動かして戦闘行動を取らせられる程に細部まで完成していないし、先の通りコストが莫大に過ぎる。
 よって試験運用は仮想シュミレート。
「で、でしたら、早く仕上げますね……」
 困ったことに、この堕天使の少女の取り付けた鋼は、夢想の色彩だ。
 人界で溢れる架空の兵器。そんなものを実用化させようとしているから余計に難しくなっていると、どうして気づかない。
 美しい人形の瞳に、心を宿したいのなら、そんな武器など不要なのに。
「愛らしいわね」
 唆された堕天使は、電子の世界にユメを描く。
 もうそこしか残されていないかのように。
 光の海と空へ、堕ちていく。



●人間と人形の境


「ヴァーチャルでの戦闘シュミレートの依頼があってね? 人工AIを詰んだ戦闘ドールの仮想戦闘をして欲しい、というものなんだ」
 けれど、と。
「これの開発を進めているのは堕天使とはぐれ悪魔の二人でね、どーも、こっちの二人が怪しい気がするんだよね。だって、依頼の備考にこう書いてある……『出来れば、人形に話しかけて感情ロジックを成長させてください』ってね」
 人工知能、人工の感情。ロジックも行き過ぎれば本物になる。
 それこそ人形への想念が、動く呪人形を生んだという昔話しのように。
「どうするかは君たち次第だよ。殆ど子供みたいなAIに、夢物語のような武具と、何も知らない白紙の感情ロジック。……痛いとか、戦うのは怖いことだとか、それでも守りたいとか伝えてもいいとは想う」
 どうして心を語って欲しいといったのかは判らない。
 だが、心は常にそれを胸に宿した者だけの唯一無二。
 その筈、だから。
 例え人形である身でも、その操り糸があったとしても。
 心に込められた言葉で、それを切り裂けるはず。
「さあ、君たちはこの人形に何を想う? 何を語り、何を告げ、どのような武器を見せるかな?」
 不気味の谷という言葉があっても、そんなのもう古いはず。
 天使と悪魔と、人と人形が踊る、電子の空。



●ニンギョウのユメ


「わた、しは」
 最初に感じたのは、指先が来る冷たさ。
 手にした鋼の武器が蛇腹剣という類という知識はわかっている。これで敵を切り裂くのだと。
 腰には光の粒子を放つ砲。肩には杭の乱射機。それら全て、敵を打ち砕く為にあると、知識はあるけれど。
「それを扱う、私は、何?」
 そもそも、私は何なのだろう。
 胸が空ろ。鼓動はなく、想う疑問に、鋼よりも冷たい何かを感じる。
 ただ回路の血管が、電気信号で彼女を動かす。
 ここはヴァーチャル。血の雫も身体の温もりもなく、声もただの幻聴なのに。
「――教えてよ」
 武器を振りかざし、嘆くように撃退士に踊りかかったのは、何故?
 堕天使のユメ。悪魔の誘い。人形の心。
 煌く光は、何も教えてくれない。
 冷徹に、公平に、そして無関心に人形の舞踏会が始まる。
 姫君を救うのは、優しさか激しさか?


リプレイ本文


 振るわれ、空を滑る白い閃光。
 悲しげな光に見えるのは、虚空を切っただけのせいか。いいや、違う。
 それは嘆きに似た、声のせい。
 今、誰に放ったのか、目の前の人形はそれさえ分からない。
 怒りと悲しみを別ける心もない。真っ白なままに、渦巻いている人情の激情。
「無粋な……」
 ユーノ(jb3004)の呟きには憐れみがあった。
 この人形、ナハトに告げたのではない。作ったものに、そして動かそうとするものに想ったのだ。
 ただ、ただ産まれた者を責める謂れなどない。
 親が誰だ、何だという理由でその生命と心を、秘めたる魂の光は曇らない。
「ええ、ならば見せて頂きますの。紛い物ではなく、人形が人形として得る魂の輝きを」
 それは暖かいのだうか。冷たいのだろうか。
 その中身にあるのは罪科だけではなく、尊いものとてある筈。
 まだ見ぬものの、あると何故か核心してしまうユーノ。円を描くように距離を保ちながら回り込む。
「……真っ白な心」
 かつてのわたしに、どこか似ていると微風(ja8893)は呟く。
 何を望まれて産まれて来たのだろう。それは分からないし、まだ『彼女』は現実では自分の脚で歩くことさえ出来ない。本当の意味で雛鳥で、瞼を開いた先にいたのが微風たち。
 だから問う。知っている限りの武器を携えて。
 創ったものの夢を纏う、冷たく綺麗な鋼の人形。
 けれど。
「生き方も歩く先も、戦う力を持ったとしても、それをどう進むか、使うかは自分で決めるものです」
 双剣を握り締め、前へと踏み出す。

――わたしは、わたし以外の誰かを護る為に、この力を使いたい。

 淡く青味がかった、氷を含む霧のオーラを身体に纏い、微風は視線に想いを乗せる。
 儚げな身に宿すのは、この『少女』に先往く道を示す一助になりたいという、一途な祈りだから。
「生きる事は戦いに通じる、とも言うな。逆も然りだ」
 故に、今教えよう。戦うことと、生きること、その両方。
 ここにいて、そして問いかけてくれたから、リョウ(ja0563)は教えることが出来る。
 独りでは決して前になど歩けない。手を引いて導くことさえ出来ないのだから。
「では、一つ講義といこう。仮想の世界、夢の中でも得た想いと記憶は真実だと」





 こんな事、失敗したほうがいいのだろう。
 仕事に私情は持ち込むべきできない。カイン 大澤 (ja8514)は拳を握り締め、胸の中だけで呟く。
 感情もなく殺戮を繰り返す兵器。そんなものはあってはならないと想うからこそ。
「大振りだからな、防ぐなり避けるなりしてみろ」
 なら、この拳の一撃に乗せた感情が伝われば、否と否定はすまい。
 速攻で倒すのであれば問題ない。が、雑な攻撃パターンを学習されてもならないのだ。
 雀原 麦子(ja1553)はにこやかな笑みを浮かべて、嵐のように振るわれる刃圏の外で様子を見る。
「ヴァーチャル空間ね……。ビールは持ち込めなかったようだけれど」
 肌にぴりぴりと刺激を与える戦意は現実のそれと変わらない。
 であれば痛覚を初めとする感覚もそうだろう。だからこそ、伝えたいものは伝えられると思う。
「可愛い子は好きよ。綺麗な人形もいいわね」
 でも、それだけでは足りないでしょう?
 今だ戦技として未完な剣の握りを見て、くすりと笑う雀原。
 心技体の合一、など難しいことは言わない。でも、足りないとはナハト自身も思っているだろう。
「戦技教導というのはまた珍しいものです」
 その後方、石田 神楽(ja4485)もにこにこと微笑みながら黒の狙撃銃を構える。
 距離を取って散開され、誰を狙うか戸惑うナハト。本来であれば、こん瞬間に攻め込むべきだが、最初から全力ではダメだ。
「では、どうするでしょう?」
 ひとつ、ひとつ、丁寧に教えていこう。引き金に指をかけつつ、その機を待つ石田。
 そして、縦横無尽に走るのは白い影。宇田川 千鶴(ja1613)だ。
 持たずに済むのであれば、それで良いのでは。
 感情など、持っても辛くて、苦しいだけ。思い悩み、後悔するばかり。
 迅速を武器とする宇田川が、一歩出遅れたのはきっとそのせい。絡み付く想いが、脚を鈍らせ指先を重くする。
 けれど、それだけではダメだと知っている。
「いくで。折角やから、私も勉強させて貰うわ」
 虚空に煌いたのは純白の光。真珠の雫が流れたと想った瞬間、ナハトの肩に斬跡が走る。
 宇田川の指先から続いたのはか細い斬糸。動く速さを乗せ、ひっかけるように切り裂いて動きを崩す牽制と霍乱の一手。
 目に見えるものが攻撃の全てではない。恐らく動揺した瞬間、ぴたりと動きを止める微風。
「では、わたしが、護る技を」
 完全な静止は狙い撃ってくれといわんばかりのもの。咄嗟とはいえ、ロジック通りに放たれる蛇腹剣の切っ先。まるで吼える狼の牙の如く、風を唸らせて襲い掛かる。
 だが、微風は静かにその鋼刃を待ち受けた。右の騎士剣を滑らせ、迫る切っ先を横手へと切り払う。
 響く硝子のような涼やかな音色。鋼同士の剣戟と思えぬ静謐さの中で。
「――守るための力たちを、見せましょう」
 瞬間、まるで力学を無視して鎌首をもたげる蛇腹剣の切っ先。受け弾かれた衝撃を逆算し、微風へと再度迫る。
 左の騎士剣で捌こうとするが、僅かに遅い。
「なら、私が後衛の支援というものを魅せて教えましょうか」
 告げるは石田の銃声。足りないというのなら、余裕を創るまでだ。
 放たれた黒き弾丸は蛇腹剣の切っ先を弾き、軌道を逸らすと同時に剣速を鈍らせる。今度は鈍い音を立てて擦れ合う刃。そのまま捌かれて下に落ちる。
「相手は一人だけではないぞ」
 振るわれた剣と反対に、間合いへと拳打の間合いに踏み込んだのはカインだ。
 右のストレート。左のフック。一定のリズムで連続して繰り出される格闘技。単調な動きだが、手に持つ剣の間合いではなく、後退を強いられるナハト。眼が追いつくや否や、一気に後ろへと飛んでカインの右ストレートに合わせた蛇腹剣での斬撃を繰り出す。
 狙わせたとはいえ、見事なカウンター。
「中々、眼は言い様だな」
 が、即座に割って入るのは石田が銃口より放つ黒い燐粉のような粒子。
「先に言ったように、独りではない、というのが人生の戦いのルールだ」
 カインの周囲に防壁の陣を展開するリョウ。
直接我が身で庇う技ではないが、受ける為のスキルを持たない前衛を助ける為には必須の技。
「誰かを頼ってもいい。信じて背を預けても良い。……問いかけても良い」
「応えてやっても良いし、応えなくてもいい。自分の胸に、想いに聞きな」
 迫る剣閃を腕で受け止めるカイン。
「わた、しは……」
 再び追撃と軌道が変じて迫る剣閃。今度は避けるカインだが、石田の黒燐の支援を受けてもなお、胸板を削られる。
 同時にユーノが符より放つ雷撃が飛び、側面から再び真珠の煌きと共に糸が奔る。
「私は、何故、戦うの?」
 その痛みよりも、困惑。そして応えの出ないことに苛立つように、剣を振るいステップを踏むナハト。
 教えてといったのに。まだ問いかけてくる。
 答えてくれないのはそっち。だから、だから、攻撃している。いや、違う。
「……教えてよ!」
 まるで冷たく鋭い、氷刃の嘆き。ぴきりと走る、空気の乱れ。
 自問自答するにはまだ幼いロジック。学習するには足りないメモリー。
 けれど、この言葉を発しているのは、紛れもない冷たき人形。傷を刻まれながら、それ以上の痛みを覚えるように、剣を振るう、命のない少女。
 私はニンジョウ。それとも、ショウジョ?
「私達が何を与えるか、など考える必要ありませんの」
 微風の背後に庇われるように、ふわりと着地するユーノ。
「そんなことに想い馳せる余裕がありましたら、周囲を見なさい。あなたのカタチを探しなさいな」
「我思う、だけでは無く他者に自らは何かを問いかけた君は正しい。君は今、一人では無い……ああ、鏡があればいいのにな」
 逆に密着するリョウも重ねる。
「世界に触れて、自分がどうなっているか……鏡になれない俺達は、言葉でしか伝えられない。それを聞き、読んで、組み立ててくれ。自分のカタチを、望みを」
「それが魂を得るということ。難しかろうが、辛かろうが、まずは己と望みを知りなさい。……戦うべき、辛さを知るべき。そんな型に押し付けられたものでは、所詮は紛い物。魂の輝きや尊さが鈍りますの」
「なら……っ…」
 再び激しく響く剣戟音。
 張り付くリョウの槍と切り結びながら、けれど続く言葉をナハトは持たない。
 産まれた記憶も、それまでの背景もない純白さが、少しだけ色を滲ませる。じわりと、熱を帯びた気がする。
 まるで涙のように。錯覚でしかない筈のものが、人形の胸を疼かせる。





 戦に臨む心持ち伝えた筈。
 言葉は幾らでも贈ろう。けれど、その前に、その為に。
「離れていても攻撃できる術の心得はございますので、ご心配なく……」
 守る力を見せよう。あまり良い手本ではないかもしれない。
 けれど、微風は願う心の強さのひとかけを知って欲しい。削れた生命力をユーノに癒されながら、双剣に氷雪の如き冷たい剣気を圧縮させていく。
 事実、振るわれた剣閃は白銀とも青銀とも取れる輝きを伴う。
無数の斬気が氷と雪のようにが吹き荒れ、吹雪となって煌き、薙ぎ払う封砲一閃。
 痛い程に美しくて、麗しく、そして強烈な一撃。魅せ技としては十分なそれに、宇田川の声が重なる。
「一列に並んだらアカン! ばらけるんや!」
 宇田川の声でナハトが認識すれば、後は教本の通りのように砲を構えてしまう。
 一列に並ぶのは『知らせる』為に叫んだ宇田川、微風、ユーノ、そして真正面から迫るリョウ。
「一度に言わないで……!」
 リョウ、ユーノ、微風を打ち据える光砲の叫び。宇田川だけは空蝉で回避していたが、直撃すれば危険だろう。
「……すまん、下がる」
 傷口から血が出ない。焼け切れて炭となっている弾痕を手で押さえてリョウが後方へと下がり、ユーノと微風も安安全圏へと逃れた。
「大丈夫です。まずは、武器の一つを砕きましょう」
 にこにこと微笑む神楽。そして銃声。精密な一点への射撃は、ついに一枚の鋼板の粉砕へと至る。
 これで蛇腹剣は砕け、砲は使わせた。
「後は、何やろうね?」
 更に魔鎌に持ち替えた宇田川が迫り、迅雷と化して一閃を放つ。
 瞬きの間に魔刃が薙ぎ払われ、間合いの外へと逃れた宇田川。一撃離脱と後ろへと下がられた者に追撃は出来ず、逆に反対より雀原が迫り、刺突を放つ。
「隙ありっ、てね。一人を追いすぎるとダメよ? 一途なのは可愛いけれど、横から刺されたら怖いものね?」
 狙われたのは肩。竹刀とはいえ、元より高い火力を持つ雀原のそれは無視できるようなものではない。
 肩から全方向に向けて乱射される杭の乱れ撃ち。回避できる空間がない程の速射と乱射はまるで黒い雨。
 地面に、そして取り囲む三人に突き刺さる杭。
 残りは反撃の爆鎧。そんな物騒なもの、綺麗な人形につけるんて無粋ね、と冴え冴え輝く直刀を抜き払う雀原。
 これが雀原の本当の得物。その脅威は、先ほどの竹刀と比べる間でもないだろう。
 八相に構えられた中、発せられる、女剣士の問いかけ。
「ね、助けて、教えてって悲鳴をあげるばかりじゃなくて、戦いをもっと楽しんだら?」
「……そん、なの」
 どうすればいいのか解らない人形の瞳。
揺れることさえない、宝珠のようなそれを見つめる雀原。
「武を競い、自分を磨き、強い相手と戦い、そしてもっと自分が強くなれる。心もそういうもの。……強い心が、強い言葉を産むことだってあるのよ?」
 同時、背後へと回る影。カインがするりと反転し、勢いの乗った拳を背から肝臓へと打ち込む。
 応酬として放たれる杭の嵐。
 カインと雀原の負傷は一気に増していく。
 が、不屈の意思をもって、切れた頬から流れる血の雫の熱を感じる雀原。カインもまた、どんなに傷を負っても愚直に攻める。
 人の諦めの悪さ。他人の痛み。恐怖。知って欲しいことは山ほどあって、我が身をもってしか見せられないのであれば、もう否応もない。
 背を見て人は育つ。人形もそうなら、無様な姿なんて見せられない。
「次は――本気よ」
 切っ先にまで篭る激烈な雀原の武威。
 笑顔とは裏腹に、刀身から立ち昇る烈威の気配に身構えるより速く、袈裟に斬り下ろされる乾坤一擲。それこそ、魂ごと燃やすような斬気に、咄嗟に爆裂を持ってナハトは相殺を選ぶ。
「ま、だ、まだよっ……」
 結果として甚大な負傷を得たはずなのに、剣を瞬かせて爆煙を切り裂く雀原。
 これが武。これが矜持。強さとはこれ。この中に、魂と願いを掛けて。その上で笑えるなら、それは殺戮兵器なんかじゃない。
 そして駆け抜ける微風。驚愕か、或いは納得か。呆然とするナハトの身に、神速を誇る双つの斬撃が襲う。
 砕ける鋼。それは、熱を帯びたままだった砲。
 守るための力だといったことに嘘つわりはない。その剣に、ナハトにあった迷いなど微塵もなかったからの結果。
「君を取り巻く全ては、君と同じ一個の命だ。想いが有り、悩み迷ってそれでも生きている。忘れないでくれ」
 この選択、この言葉、全て、想いあり、心から発せられたものだと。
「この全てを」
 勝ちたい、強さを求めて。己を知りたい、その中身の輝きの為に。
「……ええ」
 そして風圧。カインの拳が、ナハトの眼前で止まっている。
 寸止めしたのではなく、思わずしてしまったのだ。過去の自分と重ねてしまって。
「私は、こんな武器なんか、いらない……壊してくれて、有難う御座います」
 戦いたくないとはいわない。そこまで強く自分を認識できていない。
 笑うことも、涙することも出来ないロジック。けれど、確かに欲しいものと、いらないものが産まれた瞬間。
「――貴女は、貴女や。自分の存在に疑問を持つ、心持つもの……それなら、後は自分で貴女の名前をつければいいんちゃうかな」
 人形が、自分の心と魂に名を。
 産まれた感情に、名づけるように。
 既に求めているのであれば、きっと片鱗は既にあったのだろう。
 石田は動きを止めたナハトを見つつ、そっと宇田川の頭を撫でる。今の感情を産んだのは自分自身。だから、このヒトには、自分の心を大切にして欲しい。
「ああ、そうですね。まずは――負けました。あなた達の、強さと心に」
 そっと、接吻のような優しさで、負けを認める。
「――あなたたちの強さと、言葉を認めて、私の心を認める為に」
 揺れたから。だから優しさや温もりを感じるのだ。
 きっと、眠り姫が目覚めて、物語の生まれた瞬間に。

「今は、まだ見つからなくとも、あなたたちの心に、いずれ負けないものを、この胸に」

 夢見るように、口ずさむ。
 電子の海。仮想の世界。溺れるように、求めていく。
 それが、外の世界に飛び出すまで。大切な海底の宝物を探して。
 ずっと、ずっと、未完成の心を持つ、ヒトのように。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:4人

約束を刻む者・
リョウ(ja0563)

大学部8年175組 男 鬼道忍軍
夜のへべれけお姉さん・
雀原 麦子(ja1553)

大学部3年80組 女 阿修羅
黄金の愛娘・
宇田川 千鶴(ja1613)

卒業 女 鬼道忍軍
黒の微笑・
石田 神楽(ja4485)

卒業 男 インフィルトレイター
無傷のドラゴンスレイヤー・
カイン=A=アルタイル(ja8514)

高等部1年16組 男 ルインズブレイド
穏やかなれど確たる・
微風(ja8893)

大学部5年173組 女 ルインズブレイド
幻翅の銀雷・
ユーノ(jb3004)

大学部2年163組 女 陰陽師