振るわれ、空を滑る白い閃光。
悲しげな光に見えるのは、虚空を切っただけのせいか。いいや、違う。
それは嘆きに似た、声のせい。
今、誰に放ったのか、目の前の人形はそれさえ分からない。
怒りと悲しみを別ける心もない。真っ白なままに、渦巻いている人情の激情。
「無粋な……」
ユーノ(
jb3004)の呟きには憐れみがあった。
この人形、ナハトに告げたのではない。作ったものに、そして動かそうとするものに想ったのだ。
ただ、ただ産まれた者を責める謂れなどない。
親が誰だ、何だという理由でその生命と心を、秘めたる魂の光は曇らない。
「ええ、ならば見せて頂きますの。紛い物ではなく、人形が人形として得る魂の輝きを」
それは暖かいのだうか。冷たいのだろうか。
その中身にあるのは罪科だけではなく、尊いものとてある筈。
まだ見ぬものの、あると何故か核心してしまうユーノ。円を描くように距離を保ちながら回り込む。
「……真っ白な心」
かつてのわたしに、どこか似ていると微風(
ja8893)は呟く。
何を望まれて産まれて来たのだろう。それは分からないし、まだ『彼女』は現実では自分の脚で歩くことさえ出来ない。本当の意味で雛鳥で、瞼を開いた先にいたのが微風たち。
だから問う。知っている限りの武器を携えて。
創ったものの夢を纏う、冷たく綺麗な鋼の人形。
けれど。
「生き方も歩く先も、戦う力を持ったとしても、それをどう進むか、使うかは自分で決めるものです」
双剣を握り締め、前へと踏み出す。
――わたしは、わたし以外の誰かを護る為に、この力を使いたい。
淡く青味がかった、氷を含む霧のオーラを身体に纏い、微風は視線に想いを乗せる。
儚げな身に宿すのは、この『少女』に先往く道を示す一助になりたいという、一途な祈りだから。
「生きる事は戦いに通じる、とも言うな。逆も然りだ」
故に、今教えよう。戦うことと、生きること、その両方。
ここにいて、そして問いかけてくれたから、リョウ(
ja0563)は教えることが出来る。
独りでは決して前になど歩けない。手を引いて導くことさえ出来ないのだから。
「では、一つ講義といこう。仮想の世界、夢の中でも得た想いと記憶は真実だと」
●
こんな事、失敗したほうがいいのだろう。
仕事に私情は持ち込むべきできない。カイン 大澤 (
ja8514)は拳を握り締め、胸の中だけで呟く。
感情もなく殺戮を繰り返す兵器。そんなものはあってはならないと想うからこそ。
「大振りだからな、防ぐなり避けるなりしてみろ」
なら、この拳の一撃に乗せた感情が伝われば、否と否定はすまい。
速攻で倒すのであれば問題ない。が、雑な攻撃パターンを学習されてもならないのだ。
雀原 麦子(
ja1553)はにこやかな笑みを浮かべて、嵐のように振るわれる刃圏の外で様子を見る。
「ヴァーチャル空間ね……。ビールは持ち込めなかったようだけれど」
肌にぴりぴりと刺激を与える戦意は現実のそれと変わらない。
であれば痛覚を初めとする感覚もそうだろう。だからこそ、伝えたいものは伝えられると思う。
「可愛い子は好きよ。綺麗な人形もいいわね」
でも、それだけでは足りないでしょう?
今だ戦技として未完な剣の握りを見て、くすりと笑う雀原。
心技体の合一、など難しいことは言わない。でも、足りないとはナハト自身も思っているだろう。
「戦技教導というのはまた珍しいものです」
その後方、石田 神楽(
ja4485)もにこにこと微笑みながら黒の狙撃銃を構える。
距離を取って散開され、誰を狙うか戸惑うナハト。本来であれば、こん瞬間に攻め込むべきだが、最初から全力ではダメだ。
「では、どうするでしょう?」
ひとつ、ひとつ、丁寧に教えていこう。引き金に指をかけつつ、その機を待つ石田。
そして、縦横無尽に走るのは白い影。宇田川 千鶴(
ja1613)だ。
持たずに済むのであれば、それで良いのでは。
感情など、持っても辛くて、苦しいだけ。思い悩み、後悔するばかり。
迅速を武器とする宇田川が、一歩出遅れたのはきっとそのせい。絡み付く想いが、脚を鈍らせ指先を重くする。
けれど、それだけではダメだと知っている。
「いくで。折角やから、私も勉強させて貰うわ」
虚空に煌いたのは純白の光。真珠の雫が流れたと想った瞬間、ナハトの肩に斬跡が走る。
宇田川の指先から続いたのはか細い斬糸。動く速さを乗せ、ひっかけるように切り裂いて動きを崩す牽制と霍乱の一手。
目に見えるものが攻撃の全てではない。恐らく動揺した瞬間、ぴたりと動きを止める微風。
「では、わたしが、護る技を」
完全な静止は狙い撃ってくれといわんばかりのもの。咄嗟とはいえ、ロジック通りに放たれる蛇腹剣の切っ先。まるで吼える狼の牙の如く、風を唸らせて襲い掛かる。
だが、微風は静かにその鋼刃を待ち受けた。右の騎士剣を滑らせ、迫る切っ先を横手へと切り払う。
響く硝子のような涼やかな音色。鋼同士の剣戟と思えぬ静謐さの中で。
「――守るための力たちを、見せましょう」
瞬間、まるで力学を無視して鎌首をもたげる蛇腹剣の切っ先。受け弾かれた衝撃を逆算し、微風へと再度迫る。
左の騎士剣で捌こうとするが、僅かに遅い。
「なら、私が後衛の支援というものを魅せて教えましょうか」
告げるは石田の銃声。足りないというのなら、余裕を創るまでだ。
放たれた黒き弾丸は蛇腹剣の切っ先を弾き、軌道を逸らすと同時に剣速を鈍らせる。今度は鈍い音を立てて擦れ合う刃。そのまま捌かれて下に落ちる。
「相手は一人だけではないぞ」
振るわれた剣と反対に、間合いへと拳打の間合いに踏み込んだのはカインだ。
右のストレート。左のフック。一定のリズムで連続して繰り出される格闘技。単調な動きだが、手に持つ剣の間合いではなく、後退を強いられるナハト。眼が追いつくや否や、一気に後ろへと飛んでカインの右ストレートに合わせた蛇腹剣での斬撃を繰り出す。
狙わせたとはいえ、見事なカウンター。
「中々、眼は言い様だな」
が、即座に割って入るのは石田が銃口より放つ黒い燐粉のような粒子。
「先に言ったように、独りではない、というのが人生の戦いのルールだ」
カインの周囲に防壁の陣を展開するリョウ。
直接我が身で庇う技ではないが、受ける為のスキルを持たない前衛を助ける為には必須の技。
「誰かを頼ってもいい。信じて背を預けても良い。……問いかけても良い」
「応えてやっても良いし、応えなくてもいい。自分の胸に、想いに聞きな」
迫る剣閃を腕で受け止めるカイン。
「わた、しは……」
再び追撃と軌道が変じて迫る剣閃。今度は避けるカインだが、石田の黒燐の支援を受けてもなお、胸板を削られる。
同時にユーノが符より放つ雷撃が飛び、側面から再び真珠の煌きと共に糸が奔る。
「私は、何故、戦うの?」
その痛みよりも、困惑。そして応えの出ないことに苛立つように、剣を振るいステップを踏むナハト。
教えてといったのに。まだ問いかけてくる。
答えてくれないのはそっち。だから、だから、攻撃している。いや、違う。
「……教えてよ!」
まるで冷たく鋭い、氷刃の嘆き。ぴきりと走る、空気の乱れ。
自問自答するにはまだ幼いロジック。学習するには足りないメモリー。
けれど、この言葉を発しているのは、紛れもない冷たき人形。傷を刻まれながら、それ以上の痛みを覚えるように、剣を振るう、命のない少女。
私はニンジョウ。それとも、ショウジョ?
「私達が何を与えるか、など考える必要ありませんの」
微風の背後に庇われるように、ふわりと着地するユーノ。
「そんなことに想い馳せる余裕がありましたら、周囲を見なさい。あなたのカタチを探しなさいな」
「我思う、だけでは無く他者に自らは何かを問いかけた君は正しい。君は今、一人では無い……ああ、鏡があればいいのにな」
逆に密着するリョウも重ねる。
「世界に触れて、自分がどうなっているか……鏡になれない俺達は、言葉でしか伝えられない。それを聞き、読んで、組み立ててくれ。自分のカタチを、望みを」
「それが魂を得るということ。難しかろうが、辛かろうが、まずは己と望みを知りなさい。……戦うべき、辛さを知るべき。そんな型に押し付けられたものでは、所詮は紛い物。魂の輝きや尊さが鈍りますの」
「なら……っ…」
再び激しく響く剣戟音。
張り付くリョウの槍と切り結びながら、けれど続く言葉をナハトは持たない。
産まれた記憶も、それまでの背景もない純白さが、少しだけ色を滲ませる。じわりと、熱を帯びた気がする。
まるで涙のように。錯覚でしかない筈のものが、人形の胸を疼かせる。
●
戦に臨む心持ち伝えた筈。
言葉は幾らでも贈ろう。けれど、その前に、その為に。
「離れていても攻撃できる術の心得はございますので、ご心配なく……」
守る力を見せよう。あまり良い手本ではないかもしれない。
けれど、微風は願う心の強さのひとかけを知って欲しい。削れた生命力をユーノに癒されながら、双剣に氷雪の如き冷たい剣気を圧縮させていく。
事実、振るわれた剣閃は白銀とも青銀とも取れる輝きを伴う。
無数の斬気が氷と雪のようにが吹き荒れ、吹雪となって煌き、薙ぎ払う封砲一閃。
痛い程に美しくて、麗しく、そして強烈な一撃。魅せ技としては十分なそれに、宇田川の声が重なる。
「一列に並んだらアカン! ばらけるんや!」
宇田川の声でナハトが認識すれば、後は教本の通りのように砲を構えてしまう。
一列に並ぶのは『知らせる』為に叫んだ宇田川、微風、ユーノ、そして真正面から迫るリョウ。
「一度に言わないで……!」
リョウ、ユーノ、微風を打ち据える光砲の叫び。宇田川だけは空蝉で回避していたが、直撃すれば危険だろう。
「……すまん、下がる」
傷口から血が出ない。焼け切れて炭となっている弾痕を手で押さえてリョウが後方へと下がり、ユーノと微風も安安全圏へと逃れた。
「大丈夫です。まずは、武器の一つを砕きましょう」
にこにこと微笑む神楽。そして銃声。精密な一点への射撃は、ついに一枚の鋼板の粉砕へと至る。
これで蛇腹剣は砕け、砲は使わせた。
「後は、何やろうね?」
更に魔鎌に持ち替えた宇田川が迫り、迅雷と化して一閃を放つ。
瞬きの間に魔刃が薙ぎ払われ、間合いの外へと逃れた宇田川。一撃離脱と後ろへと下がられた者に追撃は出来ず、逆に反対より雀原が迫り、刺突を放つ。
「隙ありっ、てね。一人を追いすぎるとダメよ? 一途なのは可愛いけれど、横から刺されたら怖いものね?」
狙われたのは肩。竹刀とはいえ、元より高い火力を持つ雀原のそれは無視できるようなものではない。
肩から全方向に向けて乱射される杭の乱れ撃ち。回避できる空間がない程の速射と乱射はまるで黒い雨。
地面に、そして取り囲む三人に突き刺さる杭。
残りは反撃の爆鎧。そんな物騒なもの、綺麗な人形につけるんて無粋ね、と冴え冴え輝く直刀を抜き払う雀原。
これが雀原の本当の得物。その脅威は、先ほどの竹刀と比べる間でもないだろう。
八相に構えられた中、発せられる、女剣士の問いかけ。
「ね、助けて、教えてって悲鳴をあげるばかりじゃなくて、戦いをもっと楽しんだら?」
「……そん、なの」
どうすればいいのか解らない人形の瞳。
揺れることさえない、宝珠のようなそれを見つめる雀原。
「武を競い、自分を磨き、強い相手と戦い、そしてもっと自分が強くなれる。心もそういうもの。……強い心が、強い言葉を産むことだってあるのよ?」
同時、背後へと回る影。カインがするりと反転し、勢いの乗った拳を背から肝臓へと打ち込む。
応酬として放たれる杭の嵐。
カインと雀原の負傷は一気に増していく。
が、不屈の意思をもって、切れた頬から流れる血の雫の熱を感じる雀原。カインもまた、どんなに傷を負っても愚直に攻める。
人の諦めの悪さ。他人の痛み。恐怖。知って欲しいことは山ほどあって、我が身をもってしか見せられないのであれば、もう否応もない。
背を見て人は育つ。人形もそうなら、無様な姿なんて見せられない。
「次は――本気よ」
切っ先にまで篭る激烈な雀原の武威。
笑顔とは裏腹に、刀身から立ち昇る烈威の気配に身構えるより速く、袈裟に斬り下ろされる乾坤一擲。それこそ、魂ごと燃やすような斬気に、咄嗟に爆裂を持ってナハトは相殺を選ぶ。
「ま、だ、まだよっ……」
結果として甚大な負傷を得たはずなのに、剣を瞬かせて爆煙を切り裂く雀原。
これが武。これが矜持。強さとはこれ。この中に、魂と願いを掛けて。その上で笑えるなら、それは殺戮兵器なんかじゃない。
そして駆け抜ける微風。驚愕か、或いは納得か。呆然とするナハトの身に、神速を誇る双つの斬撃が襲う。
砕ける鋼。それは、熱を帯びたままだった砲。
守るための力だといったことに嘘つわりはない。その剣に、ナハトにあった迷いなど微塵もなかったからの結果。
「君を取り巻く全ては、君と同じ一個の命だ。想いが有り、悩み迷ってそれでも生きている。忘れないでくれ」
この選択、この言葉、全て、想いあり、心から発せられたものだと。
「この全てを」
勝ちたい、強さを求めて。己を知りたい、その中身の輝きの為に。
「……ええ」
そして風圧。カインの拳が、ナハトの眼前で止まっている。
寸止めしたのではなく、思わずしてしまったのだ。過去の自分と重ねてしまって。
「私は、こんな武器なんか、いらない……壊してくれて、有難う御座います」
戦いたくないとはいわない。そこまで強く自分を認識できていない。
笑うことも、涙することも出来ないロジック。けれど、確かに欲しいものと、いらないものが産まれた瞬間。
「――貴女は、貴女や。自分の存在に疑問を持つ、心持つもの……それなら、後は自分で貴女の名前をつければいいんちゃうかな」
人形が、自分の心と魂に名を。
産まれた感情に、名づけるように。
既に求めているのであれば、きっと片鱗は既にあったのだろう。
石田は動きを止めたナハトを見つつ、そっと宇田川の頭を撫でる。今の感情を産んだのは自分自身。だから、このヒトには、自分の心を大切にして欲しい。
「ああ、そうですね。まずは――負けました。あなた達の、強さと心に」
そっと、接吻のような優しさで、負けを認める。
「――あなたたちの強さと、言葉を認めて、私の心を認める為に」
揺れたから。だから優しさや温もりを感じるのだ。
きっと、眠り姫が目覚めて、物語の生まれた瞬間に。
「今は、まだ見つからなくとも、あなたたちの心に、いずれ負けないものを、この胸に」
夢見るように、口ずさむ。
電子の海。仮想の世界。溺れるように、求めていく。
それが、外の世界に飛び出すまで。大切な海底の宝物を探して。
ずっと、ずっと、未完成の心を持つ、ヒトのように。