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マスター:燕乃
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:9人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/04/17


みんなの思い出



オープニング

●隠れたる核珠


 鮮やかな夕日が焼け落ちていく。
 地平を濡らした、余りにも赤い光。
 その強さに目が眩む。だが、視線をつい引き寄せられる。
 まるで砂上に立てられた楼閣のよう。すぐに壊れると思っているのに、その美しさと危うさに目が離せないのだ。
「そのようなものに、撃退士が引っかかるといいが」
 そう呟き、フードを深く被るのは天使フェッチーノ。
 隠された瞳は複雑な暗さを帯びている。謀略であり、喜びであり、打算と勝機。
 元からフェッチーノは正面から撃退士と衝突する気などなく、欺いて利を得るつもりである。戦って消耗するなど愚ろかしいとさえ。
 支配される側の原住民と、どうして小競り合いなどする必要があるのだろうか。ましてや、後一手でこの街、秋田市が手に入るというのに。
 元より功績を立てられない現状に溜まっていた鬱憤。我慢できないとばかりに、薄闇に包まれ始めた建物の一室で唇を笑みの形へとゆがめた。
 此処に来るかもしれないが、もう遅い。このビルの住民は残らず肉を腐らせるスライムや、強烈な毒霧を纏うサーバントで、文字通り音もなく制圧して支配している。
 ここは、フェッチーノの陣地。調べたあげた、この秋田市のなかでもゲートを開くに適切な場所。
 だが、それだけではダメだと、打ち込んだ一手。街にまずはどよめきが、続いて混乱と焦燥が走り、フェッチーノの身と、ゲート生成を隠すのだ。ゲートを作るための詠唱中は無防備だからこそ、街の外の騒動に視線を向けてもらわなければいけない。
 その為、主戦力は外においてきたのだから。この街を一晩かけて、ゆっくりと襲って貰わなければならない。
「さて、蠢く鬼蜘蛛の群れを、夜の中でどうするかな」
 嘲笑った唇が、言霊を帯びて異界の門、その核を作り上げていく。
 夜か来る。闇が迫る。だが、朝焼けと共に、この街は天界のものになるだろうと、暗い愉悦を覗かせながら。
 


●鬼影の群れ



 夕暮れが合図だったかのように、地平線の向こうから、黒い波が現れる。
 ぞろり、ぞろり。物陰から、森から、山から、或いは地の中から。ゆっくりと這い出していく、巨大な影達。
 潜んで時を待ち、主の告げた刻限をもって胎動を開始した鬼蜘蛛の群れ。
 そして鬼蜘蛛達を照らすのは、燈りを宿す狼の群れ。
 般若の面を数えることは次第に出来なくなっていく。合流し、増えて、あたかも迫る波のように蠢くのだ。
 それこそ以上な数の鬼の影が、ぞろぞろと、ぞろぞろと、人々に絶望を刻むかのようにゆっくりと迫る。
 備えはあった。敵襲だと告げた。だが、どう考えても、敵の数が多すぎる。
 十や二十なら攻め込める。五十までなら牽制と威嚇攻撃を続けただろう。だが、それが百ともなれば防衛を固めるほかにない。ましてやこれから時刻は夜。撃退士達にとって一方的な不利に立たされるだろう。
 異様に過ぎる数。まるで、夢や陽炎で現れたかのような黒い群れ。
 土蜘蛛を照らして影を作りだす狼の燈りが揺れる。
 何処までも遅々として、恐怖を煽る幻のように迫り――夜遅く、戦端が開かれる。
 共に持久戦。街を護るため奮闘する撃退士と、爪と牙で防壁を削る鬼蜘蛛。凄絶なまでの攻防の筈なのに、あり得ない程の静かさと、幾ら押し返し、切り裂いても霧を相手取るかのような手応えのない敵との戦いが始まっていた。
 長い夜になる。
 血の流れは、砂時計のように止まらない。



●蜃気楼の狼と蜘蛛



 違和感は誰もが覚えていた。
 いや、こうも長く戦い続ければ嫌でも気づくだろう。
 迫る牙と爪に身を削られ、血を流す。だが返しの刃を送れば、切り裂く手応えはない。
 それに驚き、疑問を抱けるのは余裕あってのことだ。虚を突かれた瞬間、別方向から強襲してきた鬼蜘蛛の一撃を受けて転倒し、後方へと運び込まれる。
 どれだけ戦っただろう。どれだけ切り捨てただろう。
 終わることのない戦いは撃退士に長時間の消耗戦を強制し。次第に後退を余儀なくされていく。
 だが、そこでようやく違和感と疑問を確信に抱くのだ。確かに倒れた鬼蜘蛛はいる。だが、その数が余りにも少ない。
 それは撃退士の負傷を見てもそうだ。これだけ長く戦い続けたのに、倒れるものの数はやはり少ない。泥のように身体中にこびり付いた疲れの中、ようやく熱い吐息を吐き出す。
「……まさか幻影、か?」
 全てがそうではないだろう。だが、恐らく半数近くの鬼蜘蛛がそうである可能性がある。
 夜闇での戦闘で視認不可能。更に多数と見せかけての脅しで防衛に専念させつつ、遅々として戦闘のせいで確信を抱かせるのを遅らせる。
 東北のサーバントたちは幻影を扱うものが多い。それは知っていても、目の前に敵がいればそこに反応してしまうのは仕方のないことだ。加えて、これだけの数で見せかけとは言え迫られれば、危機感を強く抱いてしまう。
 つまりは敵の術中。これは、陽動。
「くそっ」
 ならば時間稼ぎが目的の外部からの攻撃だ。この秋田市の内部で何か大掛かりなことが起きている可能性は高い。
「恐らくは、あの天使……だが」
 現場の撃退士が迫る鬼蜘蛛の脚を長剣で弾きながら、苦しげに呻く。
 鬼蜘蛛は決して弱いものでも、無視できるものでもない。加えて幻影で数を増やされ、虚と実を交互に叩き込まれて惑わされている。目の前の敵が本物かどうかを識別する手段がない以上、全てを相手取るしかないのだ。
 無視すれば一般人に被害が出る。だが、もしもこの陽動がゲート生成のためのものであれば……。
「少数を、街の内部の探索にまわせ」
 それは苦渋の決断。下手な戦力分断など愚の骨頂だ。
 判っていても、何もしないわけにはいかない。
 この街を、秋田市を明け渡すわけにはいかないのだから。



●影討ち


 そして、この現状の打破も必要だった。
 本物の鬼と、その幻影に押し潰されていく前線。消耗は損害へ、そして崩壊へと転がるばかり。
「もしもこの鬼蜘蛛の群れの幻影を作っているものがいれば、それはただの燈狼ではないはずだ。これほどの幻影を操り、作りだす特殊なサーバントを見つけて討て!」
 いまだそれらしき姿が見つからないのだからそれは後方に控えているのだろう。
 そして、疲弊した状態でそれを討てとは酷な話だ。当然のようにその護衛もいるだろう。幻影と本物の混じる戦場を駆け抜けて切り拓き、討つという困難さ。
 だが、やるしかない。発せられた指示に頷いた瞬間、ついに揺らめく幻燈の主がその姿を垣間見せる。
 見えたのは一瞬。鬼蜘蛛の群れの奥に護られるよう控えているのは、硝子のように透き通った、巨大な虎。唸り声と共に口から光を漏らし、新しい幻影の鬼蜘蛛を作り出したのが見えたからこそ――


「あれだ。あれを、討て!」


――その前に、それを護るように、十体ほどの鬼蜘蛛の姿が見えようとも、止まるわけにはかないのだ。
 戦場の不利を覆すため、幻惑の光と影を断たねばならない。
 敗北へと繋がる道で終われはしない。この戦場が終わらなければ、街の内部への探索に向かう撃退士の数も足りず、全力を出せないからこそ。
 鬼の脚を切り裂き、その顔を穿ち、ただ刃を硝子の虎へと向けるために。
 翻る閃光。幻影を討つため、残る力を燃焼させ、ただの一閃と化して突き進む。



リプレイ本文


 
 一瞬、一秒が惜しいのだ。
 きちきち、きちきちと蟲が歌う狂気と悪夢の音を鳴らす実と幻の群れ。
 鬼蜘蛛。その名がこれほど当て嵌まるモノもそうはいないだろう。
 幻影は幽鬼で心を犯す。実体は身体を切り裂く。ゆえにと識別の準備に動きを止めた一拍。
 その時、瞳がぎらりと光る。
 識別まで待機と、動きを止めた獲物の血肉と臓腑を食い破ろうと、牙が闇を裂いた。
 戦いの中で晒してしまった隙へと、突き進む鬼蜘蛛の爪牙。
「……させるかっ!」
 だが、響いたのは鋼の撃音。
 皆を庇うように前へと躍り出た青白い光の岸。
 最前衛に立つキイ・ローランド(jb5908)がその猛撃を剣盾を持って防いでいる。
 小柄な身体は衝撃で軋みを上げるが、一歩も退かない。だが、前衛を勤める鬼蜘蛛とてそうだ。更に脚による二連撃をそれぞれ剣盾を翳して受け止め、文字通り身を削って瞬間的な時間を稼ぐ。
 識別しなければ幻影に攻撃した所で空振りで、空振れば隙を晒して一撃を受けただろう。
 が、識別の為の隙もこうして産まれるからこそ。
「早く……!」
 隙を狙った鬼蜘蛛の一気呵成、その全てを一手に引き受けるキィ。
 果断であり、英断がまず一つ目の窮地を救う。対価に支払った血など勝利の為ならば安くて軽い。
 稼げたのは僅か数秒の間か。だが、その間に生命探知を終える知楽 琉命(jb5410)。
「正面と、左右の一体ずつです」
「そうかい……ッ…」
 敵は手強い。確かにそうだろう。
 瞬く間に増えたキィの負傷。それを見るだけとなってしまった事実に奥歯を噛み締め、永連 紫遠(ja2143)は指示された鬼蜘蛛へとペイントボールを投げつける。
 これ以上遅れは取れない。余りにも巨大な大剣を身体ごと旋回させ、一体目と定めた鬼蜘蛛の側面へと斬撃を繰り出す。唸る剣閃は触れれば鋼さえ粉砕するような剛のもの。
 だが、食い込むことさえ出来ず弾かれる刃。鬼蜘蛛の脚の外殻は余りにも硬い。
「けれど、こいつらが目標じゃないんだよね」
 もう一体の実体へとペイントボールを投擲しつつ、天羽 伊都(jb2199)は薄く笑う。
 狙うは元凶。硝子の身の虎のみ。
「幻影に怯えるのは嫌なんでね、まずは……当たりを引かせて貰おうかな」
「まやかしを扱うか。主の性格がそのまま出ておるような従者じゃのう」
 己は虎といつつ、幻影に頼る身。そんな主の天使へと僅かな失笑を漏らし、残る実体持つ前衛へとカラーボールをぶつけるリザベート・ザヴィアー(jb5765)。
「自信があるならば、その身をもって示せというものよ」
 闇の翼で上空へと飛び立ち、水の刃を繰り出すリザベート。虎を守る後衛の一体を狙ったが、それが本物かは識別できない。
「そして、やはりか……隠れるのは臆病の印よ」
 虎そのものが風景に溶け込み、消えていく。もう気配さえ感じない。
 近づかなければどうしようもないだろう。が、それをさせないための鬼蜘蛛達へと視線を落とす。






 硝子の虎。それは人の手で作られたものならば、どれほど貴重なものだろうか。
 壊れて砕ける儚き身は色なき桜のよう。一瞬だけ見えた姿は確かに美しかった。
 けれど、その身に詰まっているはの悪夢の幻影。決して手に入らず、あってはならないものだから。
「行きます……!」
 砕く為、この夜を終わらせる為、水葉さくら(ja9860)が疾走する。
 道を切り開く為に構えらた杖の頭部から四枚の翼が形成され、織り重なって一つの光剣と化す。
 放たれたのは闇を祓い、吹き飛ばす裂帛の刺突。輝きを軌跡と残した突撃は、実体ある鬼蜘蛛を後方へと吹き飛ばし、続く仲間達が進む空間を作った。
「邪魔ダね」
 狗月 暁良(ja8545)の狙いは速攻での虎退治。途中従える鬼の蜘蛛には擦れ違い様にマシンガンの銃弾を叩き込み、一瞬だけ動きを止める。
 脚を止めるだけで十分。その間にと、森浦 萌々佳(ja0835)も左右の鬼蜘蛛の間を掻い潜り、迎撃に向かった中衛の鬼蜘蛛と衝突を果たす。
 前衛六体を抜けたとはいえ、中衛と後衛も合わせてまだ六体。そのうちどれだけが本物かわからないのに、その瞳に臆す色などない。
「これぐらいの数……だからどうした、ですよ〜!!」
 森浦の腕に巻かれた鎖がじゃらりと鳴り、黄金の棘を持った白銀の流星が視認不可能なほどの速度で振り抜かれる。
 答えは轟く大気と音。般若の面へ叩き込まれた一撃に、戦場が震える。
 手応えあり。つまり、これは実体。衝撃音で戦場の全員に知らせることとなったもの。
 変わりに繰り出された牙を肩口に受け、意識が幻惑に包まれるが、屈さないと森浦は踏みとどまる。
 そして、空より降り注ぐ白い粉末。
 小天使の翼で空へと飛んだラグナ・グラウシード(ja3538)の幻影対策だ。
 実物には色と粉がつき、更に動けば粉末が舞い上がって動きを知らせるだろう。が、逆に幻影は消化剤を巻き起こさない。
「さあッ!お前たちの相手はこの私がしてやるッ!」
 ホームセンターに行く余裕などなかったが、近くにあった店から取ってきた消火器を投げ捨て、金の光を纏うラグナ。だが、鬼蜘蛛の一体もその姿に視線を奪われない。虎を守ることが最優先で、引き付ける動きに反応しない。
「……っ…」
 スキルに頼り過ぎた失策。が、舞い上がる粉末は中衛のもう一体が幻影であることを告げている。一つ成功し、一つ失敗している現状。
 天秤はどちらにも傾いていない。
 今は、まだ。
「さて、あたしの相手はあなたですね〜」
 一撃を与えた中衛の鬼蜘蛛を睨みつける森浦。
「邪魔ですから、さっさと倒れてくれませんかね〜!?」
 白銀の鉄球を揺らし、乱れる嵐の前兆と廻しながら口にする。
「無視するのならば、斬って捨てるまで……」
 妄念宿す両手剣を握り締め、刀身から白光を滲ませるラグナ。
 既に負傷したものは多く、だが、癒す時間がない。一度に二挙動が許されるのならば話は別だが、 探知に全力を注ぐ今、琉命は森浦の幻惑を解除するだけしか出来ない。
 琉命は僅かに視線を落として、呟く。
「……虎の近くへ」
 前衛同士の激しい攻防の中、更に奥へと切り込んでいく。





 キィの振るう剣盾の波打つ刃が、鬼蜘蛛の脚と衝突して火花を散らす。
 事実上、お互いに装甲を削り合っている状態だろう。
 側面に回りこみ続け、正面に立たずに急所の腹部を狙い一撃を放てば、脚で受けられる。
 手応えとしては、盾で受け、弾かれているようなものだ。
 鬼蜘蛛の脚は一種の盾。柔らかい腹部が急所である為、それを守るように動かす。
 だからこそ、キィは動きを止めない。少しでも無視して意識を逸らすならば、腹部を深く、確実に切り裂いてトドメを刺すのみ。
「……けれどっ」
「硬すぎでしょう……!」
 叩き付ける永連の龍殺しの剣をも弾く外殻。どんなに重い一撃をと思っても、断つには至らない。
 幻影は全て無視してこれなのだ。霍乱するように動き、一撃を与え、決して正面に立たないが、八本の脚を自在に操り、連撃を叩き込む三体とは五分。
 水葉も後方へと守りこみ、光翼による斬閃を繰り出すがまだ足りない。態勢を崩すほどの負傷を与えられずにいる。
「僕が暁良の美味しいところも、もっていきたいんだれどな」
 虎狙いへと一直線に駆けていった暁良へと流し目を送り、少し強がるような笑みを浮かべる永連。
 だが、状況は膠着している。後一人、後決定的な一打があれば破れる膠着を打破できないでいる。
「当たってはいるし、削ってはいるのに……堅牢な!」
 メンバー最大の火力を誇る天羽の剣閃も時折、脚の装甲に弾かれて消える。削ってはいる。削ってはいるのだ。
 だが、出し惜しみや負傷を気にして戦える相手ではない。実体特定は出来ても、スキルや生命力の消耗を抑えて戦えば、虎に向かった者たちへの支援が出来ない。
何より。
「下手をすれば、虎に逃げられますか」
 膠着した戦況を見続けた虎がそする可能性。気づいたからこそ、鬼蜘蛛の般若の面と真正面から対峙する。
 敵とて焦れていた。幾度となく交わす攻防の中で、臓腑を抉れぬこの状況に。
 獰猛さはこのまま攻勢へとなり、互いに突き出される牙と切っ先。擦れ違い、花火を散らして肉を穿つ。
 形としてはカウンターであり、相打つような一瞬。幻惑の毒に意識を蝕まれながら、天羽は苦しげに呟く。
「けれど、これでチェックメイトですよ……っ…」
 額を貫通した刃を捻り、鬼蜘蛛に苦鳴をあげさせる天羽。仲間の窮地を助けようと残る二匹が天羽へと脚をりん族で叩き付けるが、堅牢さでは天羽とてサーバント如きに劣らず、譲らない。
 串刺し、動きを止めたところへと振り下ろされる永連の剛剣一閃。唐竹割りに割り下ろされた一撃は鬼蜘蛛の柔らかい腹部を切り裂き、その命までを絶つ断命の刃と化す。
「ほら、暁良。このままだといいところ、僕が全てもっていくよ……」
 命を失った鬼蜘蛛から黒い刀身を抉り抜き、後衛へと向かこうとする天羽。その動きを止めようとした二体だが、そのうち片方は水葉の突撃を受けて横手へと吹き飛ばされ、もう一体は隙を見逃さないキィの斬撃が腹部へと命中して動きを止める。
「余所見をしている余裕が君にはあるのか?」
 そんなものはないのだ。お互いに。一体は倒したが、残る二体を倒しきるには時間が掛かる。
 戦力と余力を見て殲滅はほぼ不可能。となれば、虎を倒すしかないが、それが逃げない保障はない。
 逃げられるより、早く。
「さて、そろそろじゃの」
 上空から水刃を放ち続けたリザベートが呟く。




 迫り来る鬼蜘蛛の脚の連撃を大剣で弾き、逸らし、裁くラグナ。
 真正面より戦うのは危険で、注目による効果は得られない。だが、残るは立ち回り次第と自ら隙を作り、防御に徹する騎士の剣。
 激突する音は鋼の気質を乗せ、両者譲らぬ戦となる。
「どうした、こんなものか……!」
 脚を弾き飛ばし、稼いだ一瞬に落涙の閃光が走り抜ける。
 伴った衝撃で横手へと吹き飛ばされる鬼蜘蛛。込められた憤激に呼応するように鬼蜘蛛がきちきちとその牙を鳴らすが、追撃にと振り下ろされた森浦の鉄球がその音を止める。
「頑丈にも程があるでしょうっ……」
 確かに強い。硬い。
 外殻に任せて荒ぶる動きは交戦記録の中で最上位に当たるほどの獰猛さをもっている。
 単純に言えば、ラグナと森浦の二人係りでようやく抑えられているほどに。
 いずれ撃破は出来るだろう。だが、それには時間が掛かりすぎる。
 殲滅は不可能。だからこそ、今、後方へと走りぬけた天羽や、その前に後衛へと向かった仲間達に託すしかないのだ。
「汚らわしき天魔風情が……!」
 足止めをされている。そのことに対する怒りをぶつければ、鬼蜘蛛の般若の面が、やはり怒りをもってラグナを見据える。



● 
 
 

 戦況と作戦は琉命に掛かっているといってもいいだろう。
 見えない相手をどう識別するかという一点において、琉命の生命探知が唯一の中核だ。
 意識を凝らす。見出す。色なき陽炎に身を包み隠した、硝子の虎を見つけるために。
 姿がなくとも、視認できずとも、確認できる生命があればそこにいるはずで。
「――そこです!」
 感じ取った生命の息吹。精密な場所がわからないからと、持てる水風船の中身を散らすように投げつける。
 中身は蛍光塗料。一面に飛び散ったその色水に、浮かび上がる虎の姿。
 これに反応がなければと思えば危険だ。迎撃に脚の一撃を受けた狗月が、負傷を意に介さず、宣言する。
「オーケー。判った――一気に決めるぜ」
 鬼従える妖虎退治とはまるで中国の伝奇小説。
 燃えるような舞台。これを成せば戦いに勝てるとう状況。闘争心が沸き立つ。滾らないはずがないのだ。
「ぶん殴って、終わらせてやるよ……!」
 見えなかった虎へと、縮地による急速加速で疾風と化して迫る狗月。
 幻影と実体に精神と肉体を相当消耗させられたが、それもここまで。一撃を持って決めると、紫焔を灯す撃拳が唸りを上げる。
 目に見えないのはこの一撃の迅さとて同じ。
 鬼神の剛拳もって、砕け散れ、硝子の虎よ。
「ぶっ壊れな!」
 爆ぜる轟音。大気と、そして硬質な何かが砕けて、地面に散らばる。
 バウンドする着色された硝子の虎。もがきながら地面から起き上がろうとするのが見えるが、負傷は甚大だ。
「逃げ道のないキングへの、一手です」
 そして、後衛の鬼蜘蛛に阻まれていた天羽の両手剣に黒光が集まる。
 純粋な破壊の力。それを刃筋へと収束させ、振り振りぬけば放たれる漆黒の飛翔斬。
 我が身を壁として庇おうとした鬼蜘蛛とて意味がない。貫通して切り裂く黒光の刃閃に、鮮血が飛び散る。
 立ち上る土煙。倒せたかと問おうとした瞬間、再び周囲の色に溶け込む硝子の虎。
 発光塗料のせいで完全ではないが、それでも鬼蜘蛛を盾にして逃走するには十分。僅かに足りなかったかと、天羽と狗月が構える。
「――まあ、良い。見える、見えぬはこの際最早関係あるまい」
 その負傷ではの、と空から地を染め上げるのはリザベートの巨大な火炎球。
 範囲諸共、悉くを焼き尽くすべく紡がれる魔法の焔。その大輪華。
「妾の焔と、この状況。多少身をかわせる程度では避けきれまいて」
 既に逃げようと狗月と距離を取っている硝子の虎。その身、夜に溶けよと放たれる。
 炸裂する業火の魔術。識別する必要なしと、範囲の全てを巻き込む紅蓮火に、周囲一体が赤く染まる。
 残されたのは、黒く焼け煤けた虎の遺体。
 が、倒したのだと、息を付く間もなくラグナが叫ぶ。
「撤退だ、こっちも持たないぞ!」
 前衛を努める水葉、キィ、永連の負傷は激しく、キィに至っては自己治癒を連続使用している状態だ。
 ラグナと森浦の相手取る中衛も押してはいるが、撃破には至らず。加え、狗月と琉命は幻影の消えた今、後衛を務めていた三体の鬼蜘蛛を目の前にしている。
 このまま戦えば撤退不能の全滅。元より殲滅戦をしようとしていれば、この戦力では足りない相手。
 そこをぎりぎりとはいえ、間違えていないからの勝利。
 リザベートに向けて飛ばされた三本の糸が彼女を捕らえ、地面に叩き落す。意識を失わないのは琉命が展開した神の兵士のお陰だろう。
 そのまま一気に後退して離脱を図る。幻影の消えた今、後は残る撃退士に任せれば勝てるだろう。
「やっタな、紫遠」
 だから、自分達はやれることをやったはずだと、狗月は永連を抱き締めて。
「ああ、後は……」
 夜が明ける、前に。
 朝日がこの街に届くことを祈って。
「後はバトンを渡して、任せましょう」
 負傷した身を押し、殿となって鬼蜘蛛の追撃を防ぐ天羽が告げる。
 ここが人の街、領域となるか。
 それとも、奪われるかは今だわからず。
 誰か彼かの祈りの元、鬼蜘蛛の影は払われる。


――朝日は、何処に。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 災禍塞ぐ白銀の騎士・キイ・ローランド(jb5908)
重体: −
面白かった!:23人

仁義なき天使の微笑み・
森浦 萌々佳(ja0835)

卒業 女 ディバインナイト
飛燕騎士・
永連 紫遠(ja2143)

卒業 女 ディバインナイト
KILL ALL RIAJU・
ラグナ・グラウシード(ja3538)

大学部5年54組 男 ディバインナイト
暁の先へ・
狗月 暁良(ja8545)

卒業 女 阿修羅
エレメントマスター・
水葉さくら(ja9860)

大学部2年297組 女 ディバインナイト
黒焔の牙爪・
天羽 伊都(jb2199)

大学部1年128組 男 ルインズブレイド
智謀の勇・
知楽 琉命(jb5410)

卒業 女 アストラルヴァンガード
その名に敬意を示す・
リザベート・ザヴィアー(jb5765)

卒業 女 ダアト
災禍塞ぐ白銀の騎士・
キイ・ローランド(jb5908)

高等部3年30組 男 ディバインナイト