●東口外
雀の羽ばたきが消えていく。
凪ぎの時間とでも言うべきだろうか。一瞬で街の物音が消え、辺りには静寂が広がっている。
先ほどまでの騒がしさは何処に。そう問いが発せられる前に、掌の乗った雀を逃がして刀を引き抜くのは雀原 麦子(
ja1553)。
「偵察する必要もなさそうだね。これは」
無数の雀を操り、周囲を偵察していた雀原だが、慣れた風の感触に目を細めた。
言うまでもなく、凪ぎがあれば乱がある。近づく足音は無数かつ、少しずつ自分達の存在を知らしめるように打ち鳴らされていく。
「はは。面白れぇな、隠れる気は一切なしか」
強奪となれば一気に攻め立て、奪って逃げるのが定石。余計な時間はない。
これ以上隠れられないと察したのか、一気にこちらへと駆け寄る気配にヤナギ・エリューナク(
ja0006)は口元を歪めた。
「ま、目の付け所は良いンだろーケドよ。阻止させて貰うぜ。火種から広げさせれネーんだよ」
待っている間に吸っていた紫煙昇る煙草を指先より投げ、一歩踏み出した靴裏で踏み潰して消すヤナギ。
その間にも見えてきた集団。東口外を担当する数の倍近く、けれど武装も動きも統一されていない。だが、それは紛れもない人のそれであり、光纏を纏い、ヒヒイロカネより武器を取り出していくのは撃退士のものだが、余りにも乱雑だ。言ってしまえば誰かに習って得たものではない。
我流といえば聞こえはいいが、そうではない。
武装や集団での統一感のなさは久遠ヶ原の学生にも通じる所があるが、これはまるで野良犬の集まり。
「――撃退士!? …いや、違う……?」
だからこそ、巫 聖羅(
ja3916)は疑問の言葉を漏らす。違和感を覚え、けれどそれ以上には続かない。
天魔などではない。だが、人でもない気配。
「しかし、問いかける暇も、聞く耳もなさそうですね」
接近してくる集団を冷たく見つめる月臣 朔羅(
ja0820)はその中から司令官に当たる存在を探すが、中核となりそうなものがいない。その辺りは自分達と同じだが、それを数段劣化させたようなもの。
各々が好きに暴れろ。現場判断に任せるといえば聞こえは良さそうだが、これはまさに烏合の衆だ。
「首級を落せば崩壊する、というものでもなさそうなのが辛い所」
溜息を一つ。高所の壁から見据える月臣だが、逆に統率の取れていないのは利点でもあろう。
――数では倍近い。
連携され、数で押されれば圧死するように潰される。
「どの道、泥棒はダメだよ〜♪ 盗んで良いのは女の子のハートだけってね☆」
一触即発の気配に、けれど気怖じされる事なく笑いかける藤井 雪彦(
jb4731)は四枚の符を散らす。
それは四神の守護からなる結界を産み出し、仲間達の守りを上げていく。
自分達に有利な場の形成。守勢に回り迎撃に徹するなら最優先すべき事でもある。
「乱戦なら有利な領域にしないとね♪ それに」
それらを理解しているとは思えない程、明るく場違いに軽い藤井の声が底冷えする。
「……ボクの目の前で女の子に怪我はさせねぇぞ?」
それだけは許せない、認めない。守る為にと四方に巡る四神符が藤井の意志に触れ、呪波が震える。より高まっていく加護。
そして互いに間合いに入る、瞬間。
後一歩で互いの剣、弓、銃、魔にそれぞれを捉える。これを戦場と呼ばずに何を戦場と呼ぶのか。
キイ・ローランド(
jb5908)が発したのは最後の警告か、それとも開戦の合図が。
「君達が選んだ、選ばなかったかは知らない。でも、こうして戦場に出ている限り、命の覚悟は出来ているんだよね?」
応答は笑いだった。当たり前だと。何とも軽薄な少年の笑い声に、鈍色の剣を構えてキイは告げる。
「なら手加減はなしだよ――躊躇いなく命は奪う。騎士は守る為なら躊躇わないんだよ」
封じるように巻かれた布が、ずるりと緩む。
止められた剣気、戦意に僅かに怯む敵勢力。それを見逃す筈もなく。
「オラ、行くぜっ!」
「一瞬でも気を抜けば、そこで終わりよ?」
ヤナギのアウルで巻き上げらた土砂が五月雨の如く降り注いで撃ちのめし、月臣が投擲した黒球が多数虚数場が複雑に伸びる刃として複数の敵を抉り抜く。
上から落ちる岩石に、地面より上へと月へと伸びる黒棒の格子。逃げ場ないよう重ねられた二連撃だ。
が、上下から来るのであれば左右へと散開するのが常だ。それを指示するものを月臣は待ったのだが、それがいない。
丁度良い的といえばそうだ。
が、決してその動きが止まる事はない。脚が止まらないのがその証拠。
だが、そこに嫌な予感と妙な近親感を抱くErie Schwagerin(
ja9642)。彼らはバラバラでありながら、誰の指示も受けずに結託している。
「イレギュラー、或いはアウトローの絆、ね」
弾かれたモノだから、言葉なくとも絆を。
排斥の過去を持つものは、傷の舐め合いと哂われても歪つな結束を見せる。
「――でも知らないわ。案山子同士で集まるなら、焼き払うのみよ」
ぞっとする微笑みは魔女のそれだ。Erieの指先に集った焔が膨れ上がり、押し寄せる前衛へと放たれる爆裂の火炎華。弾け咲き、散り狂う魔火の花びらと熱波に先の連続の範囲攻撃にて一人が倒れた。
それを即座に後ろに蹴り飛ばす敵。乱暴だが、同胞の命を奪われない為には当然の行為だろう。本当に命を気にしないのであれば、踏み潰している。
「何か大変な境遇っぽいけれどね、遠慮はしないわよ?」
「二の足を踏む必要もなさそうですしね」
そして先陣を切るのは雀原とキイ。
騎士の少年の思想と誇りは先の通り。であれば、直刀を構える雀原はどうか。
楽しそうに微笑む貌からは伺い知れない。だが、飛び込むと共に振るわれた俊速の刃が全てを語っている。ただ早く、連続で止まる事なく。曇りも鈍りもない、鋭利なヤイバ。
考える必要などない。手加減などしていれば、自分や仲間の手傷が増えるだけだ。
「そっちが数でくるんなら、こっちは手数で勝負よ♪」
軽装の槍士にキイが踏み込み、横薙ぎに払う魔刃の閃光。芯を捉えて意識を断つが、別の一人の反撃の斧がその肩に振り下ろされる。キィの装甲を貫けずに甲高い金属の悲鳴を響かせるが、頑強な彼だから耐えられるだけ。
悩んでいても傷が増え、血が流れる。ならば雀原は誰より早く、誰より巧く、剣閃を放つのみ――考えるのは全ての剣が止まった後で良い。
「さあ、今は楽しみましょう。この場でも未来でも、考える時間なんてないのよ」
刀剣の世界に身を投じ、雨粒のように血飛沫を散す雀原に、その横で前へ前へと動くキィ。目指すのは後衛。戦陣を貫き、後衛まで剣を届かせる気なのだ。
中央へと切り込み、突破さえしそうな斬舞を見せる二人を飲み込むのは、爆炎。
だが、ここを切崩せば、今の爆炎を放ったダアトへと届く筈。無視出来ない敵を討つ為、火傷の痛みを堪えて、更に踏み出す。
「なんとも雑な……いえ……」
中央に斬り込んだ二人を無視し、押し寄せる敵の前衛へと龍玉蘭の漏らした言葉はそれだ。
端的に表現すれば酔っている。実戦でのやり取りも経験しているだろう。命のやり取りを何度かは潜り抜けているのは動きから感じ取れた。だが、これは断じて正気ではない。
「まるで暴れるのが目的のようですね」
言葉と共に、飛び足してきた少年へとランスでの刺突を繰り出す龍玉蘭。が、寸前で背に顕れた翼が羽ばたき、空へと逃れる。
天使、ではない。光の翼に似ているが、それにしては淡いのだ。
「まさか、ハーフ……?」
「さて、知らないよ」
呟きに対する返答は振り抜かれた剣より産まれた刃風だ。
先の槍を完全に避けきれず、脇腹を抉られた返礼でもある一撃に肩口を捉えられ、後ろへと下がる龍玉蘭。
成程と傷口を抑えて呟く。人でもない、天魔でもない半端もの。だからこそ年もバラバラで統一性がない。が、半端だからこそと集っているのだろう。血縁こそなけれど、身に混じり流れ、忌避を織り成した血は同じだと。
「ですが、それを言い訳にして犯罪に走って良い道理でありません。先に誤魔化したように、自分はこうだと胸を張れる正道が貴方にはないのですか?」
微笑みは絶やさず、けれど、槍の切っ先は脇へ抜けようとしたもう一人へと突き出し、動きを制止させる。
同時に後退。槍の間合いを維持するだけの機動力と多対一を維持出来る防御力が龍玉蘭にはあり、先の言葉が耳に届いた二人の注意は彼女へと向いている。
「犯罪か、生きる為か、楽しむ為かは、それぞれさ」
そして陽の翼をはたかめせ、強襲する少年。
誰も指示せず、指示を求めない集団。
無論、それは有利でもある。結局の所バラバラの個の戦いが複数産まれているのが現状。
いや、数でほぼ倍なのだからマトモな司令官がいればこのまま数の利を活かして押し潰す筈だ。質の面で遥かに勝ってもこの数差を覆すのは難しい。故に、この場での正解は東口外を制圧した後に進行、なのだが。
「ま、待ちなさい!」
ほぼ同数の戦力のみを残し、残りは外口を守る久遠ヶ原の学生達を無視して中へと入り込もうとしている。
時間が惜しい為の強襲であれば確かにそれは正しいのだろう。だが、誰かに指示されたのではない。あくまで、中にある物資が財宝であり、それを取るのが目的だと云わんばかりだ。
だからこそ、即座に乱戦へと突入している。様子見など一切なし。防衛に当たる撃退士を擦り抜け突入していく一団へと巫は眠りへ誘う霧を発生させ、二人を眠らせるがそれが限界だ。残りの十名近くが流れ込んでいく。
霧が晴れると同時に近づき、シンパシーにてその過去と記憶を探る巫。蘇るイメージと映像は、一つの事実を告げる。
「……ハーフの組織、なの?」
それも狙いは、まるで遊戯のように。司令官は事実上、不在。ただV兵器を求めてかき集められた者達ばかり。
アカリという名の金髪の少女が事実上の司令官であるのが、彼女は指揮する気も何もないのだ。
この数、群れに紛れて武器を得る。正面から戦うなど、むしろ嫌うような性格。
携帯を取り出し、仲間へと告げる巫。
「みんな聞いて。『アカリ』っていう金髪の少女が敵のボスみたい。兎に角、金髪の少女に注意して」
そして、そのアカリの戦い方は正面を嫌う――暗殺。
数で押し潰されないことが肝心であるのだが、その中で相手の注目を引く深藍色の悪魔がいた。
「やあ、やあ、諸君。御機嫌よう。寒い中よく来たね。早速だが、冷たくなってしまった君達の胸を暖めるようなゲームの提案をさせて貰うよ?」
闇の翼にて低空を飛ぶのはハルルカ=レイニィズ(
jb2546)だ。
まるで夜の紫陽花のような妖しさを浮かべて提案するのは、何とも魅力的な囁き。
「何、難しい事はない。君も、君も、飢えて足りないのだろう? ならば見事、私を倒してみないかい? 見事、悪魔を倒せた勇者には白銀の鎧と復讐者の剣だ。如何かな? 悪魔は遊戯の約束を破らないよ?」
V兵器が目的であれば、これは余りにも蠱惑的だ。一般品を遥かに凌ぐのだから、市場に出回るナクマラ十本より遥かに価値があるだろう。
逆に言えば、それを手に入れれば中の物資は要らないかもしれない。しかも、それを止める司令官が不在。
ハルルカは名刀をの煌めきを揺らす妖異。火に吸い寄せられる蛾のように、個ばかりの混血児たちが欲望を乗せた斬撃や魔術、銃弾を放つがその悉くをハルルカは弾いていく。
尋常ではない生命力と防御力。強欲に憑りつかれた武では、悪魔は絶てないと笑っている。
「さあさ、欲しい子から寄っておいで。ふふ、あはははは!」
一人で五人を相手取り、けれどまだ追い詰められた様子もない姿はまさに悪魔――だが。
「へぇ、本当にくれるの?」
自分の背後を取った存在にハルルカに、背筋がぞっと震えた。
悪意や狂気の類ではない。笑う気配は余りにも純粋で、子供らしささえ残っている。
ただ、奔る武威が凶を纏っている。つまり、暗殺の剣。血霧巻き起す殺しの技を感じたのだ。
悪魔ではない。死をもたらす天使の血の混じった、死神の囁き。
だが、反応出来ない。放たれた斬撃は疾風より速い迅の刃。痛みを感じる間もなく翼を両断して背を斬り付けられ、地面へと叩き付けられる。
即座に横手へと転がるハルルカ。三名からなる追撃を避け、視線を送れば金髪の少女が翼を広げ、闇へと消えていく最中だった。遁甲の術――気配を消して、再度の暗殺に。
手を翳し、赤く変色する力にて回復するが、追う力はハルルカにはない。衝撃が抜けきれず、迫る切っ先を捌くので必死なのだ。一手で自分のゲームが覆された事に、ハルルカは苦笑する。
が、それを見たハウンドが叫ぶ。
二つの自己強化で戦線へと乗り出すのが遅れたのだが、その分戦場を見渡せていた。
一瞬でも意識を奪えればと考えているが、その為にはまずは武器を届かせさせないといけない。
「巫の言った敵の司令官の『アカリ』は内部に他の敵と共に入っている! 身を隠しながら行動しているから、注意してくれ」
大声で叫ぶハウンドへ、苦笑の気配が届く。前線が立て直されている間に、ハウンドと月臣が抜けてアカリを追うが、それによって数で劣り、苦しい時間となる。
●西口
内部への突入と侵入がなされたとの報を受け、しばらく。
迎撃要員の一人である雨宮 歩(
ja3810)が皮肉げに微笑み、闇の向こうへと視線を向けている。
気配はなかった筈。だが、ふとした瞬間に気付く事とてあるのだ。こちらの間合いと相手の間合いがほぼ同じで、自分達ならどうするかと思えば、それは単純。
それは傍らに立つ天宮 佳槻(
jb1989)も同じ。どうしてV兵器の情報が相手の耳に入ったのかは解らない。だが、そういう手合いは闇や暗がりを利用するのが得意というもの。
そして、隠れる影がなければ、火を付けて明りを作れば良い。例えそれが住宅で、火事となろうとも変わらない。
「ようは火事場泥棒、という事か」
天宮が空中に描く五芒星が敵意ある存在の接近を阻み、楊 礼信(
jb3855)は星の輝きで周囲を照らす。
感じたのは僅かな物音。確実にいるかは解らないが、奇襲を受けない為に臨戦態勢を整えていたが、もう限界が近い。誰かが隙を見せた瞬間に攻撃が来る。
そして、このまま睨み合っても埒が明かず、精神が削られていくだけならば――
「さあ、始めようよ」
そこにいる最精鋭。強襲による一点突破の敵を照らし出し、戦いを開始をこちらが決める。
だからこそ、光の刹那、天井から降り注ぐ無数の三日月の刃も、四方八方から現れる闘神の剣群は当然。猛威振るう刃の嵐に切り刻まれる事になるが、これが来る事は避けられない。
「さぁ、無様に踊ろうかぁ」
だが、それでよし。畳返しを二連続で産み出し、それぞれの切っ先から逃れた雨宮だけがそう言う訳ではない。
空を斬り、貫き、焦がして爆散させる範囲攻撃の連撃。範囲内から外れていたくとも、そうすれば強行突破する隙を作る事となる。よって三人が巻き込まれるが、退きはしない。
むしろ逆。攻撃された事で位置が掴めたと、礼信が無数の流星を叩き込む。こちらも範囲による魔法攻撃。複数が巻き込まれない為に散開するスペースはない筈であり、命中すれば重圧を付与する光粒子の群れ。
だか、それでも双刀と薙刀を手にした二人。装備の軽重から判断すればナイトウォーカーが現われる。天宮の描いた魔除けの五芒星で接近こそ叶わないが、それぞれ見えない弾丸と、不浄な気を礼信へと放つ。
範囲を重ねた上での単体二連。意識が霞み、膝を付く礼信。
けれど、その瞬間を狙っていた天使の少女の笑みが転がる。
前方から突き出された両手から微細な光の欠片が煌めき、流星群の如く降り注ぐ。破壊の光雨。触れれば壊し消滅させる魔の輝きだ。
模した技だが、秘められた威力は贋物だと断じれない。エリーゼ・エインフェリア(
jb3364)の放つ裁きの光に、前へと躍り出た二人の生命力が一気に、文字通り血と共に蒸発していく。
「あははははっ、全員死んで下さい♪」
空を飛び笑う白の天使、エリーゼ。彼女は返り血さえ残さずに消滅させる程の魔力を再度練り直そうとした瞬間、迅雷と化して飛ぶ影。その背には黒い翼。
「よくやりました」
倒れた双刀使いを労わるように口にした忍び装束。携える忍刀の切っ先は空を飛ぶエリーゼへと向けられ、胸を貫
「――我が同胞を笑うならば、そのまま血に沈みなさい。その純白さは、気に障ります」
攻撃力は高くとも、防御は脆い。紙以下だ。空中で浮き駒となった彼女を守る存在はなく、そのまま転身と共に抜かれた刀から噴き出る血潮を追って地面へと落ちる。ようは連携。守りる仲間のいない砲台ほど脆く、そして狙われるものはない。
そして、落下より早く更なる前進する忍装束。
けれど、その飛翔は太陽の輝きによって止められる。強烈な光の弾丸が真正面より迎撃され、地面へと転がる。
「少数による一点突破か……足を止めてもらうよ」
遠方、太陽の魔術を操るソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)がいた。忍び装束が全力移動の一手で近づける距離ではあるが、次の先手を取れるか否かの勝負。加えて、背後にいる存在も無視出来ない。
「選択の結果だ、文句はないよねぇ」
錆びついた鋼のような不吉な匂いを感じさせる声。直後、雨宮が放ったのは血色の禍々しき刃。肩口に触れたと同時に顕れたそれが、礼信がコメットを放ったのと同じ場所へと飛び往き、そこにいる存在を切り刻む。
彼の深層心理。血にて血を求める性質。命のやり取りを楽しむ己の反映である禍々しき赤影の手裏剣。
「複雑だねぇ」
嫌でも自覚してしまうのだ。
自分自身からは逃げられない。だってほら、此処にいるのが証拠。
雨宮は自分で選んで、此処にいる。
「まぁ、これがボクの本質なんだろうねぇ。なら、逃げずに向き合うまでさぁ」
そして眼前の薙刀持ちの陰陽師の足元へと鎌鼬を放つ天宮。
「投降するならば殺しはしない。無理に奪う命はないのでな。……では、どうする?」
突破するも魔砲に狙われ、正面では礼信が自身を治癒して立て直している。正面から激突すれば、勝てる確立は五分以下。それも負傷を抱えて中央まで到達する必要がある。
じり、と西口の突破班が後退する。だが、敵は撤退までしない。
「……時間稼ぎ、ね」
魔術を紡ぎながら、一瞬で勝負の付く戦いにソフィアは意識を落す。
いうなれば、西部劇さながらの早打ち勝負。
●東口内部と中央
東口から突入した数は、目視出来た限りで八名。
だが暗闇と遁甲の術を利用したアカリが何処にいるかは不明ではあったが。
「いました」
抜けられたと報告のあった後、田村 ケイ(
ja0582)が探索で見つけた隠れる金髪の少女。手にした刀も血に濡れていたが、ケイの放ったマーキングで位置を確認出来るようになる。
後は随時報告すれば不意打ちからの暗殺じみた行為は不可能だろう。乱戦の闇に紛れた凶剣ほど怖いものはない。毒が利かない撃退士だからこそ、まだ安心できるものだ。
が、残る八名。止めなければどちららせよ意味がない。
「敵はハーフ、ね……そう、どちらにしても意味がない。だから、止めるよ」
穏やかな微笑みと、少し芝居がかった口調の弥生丸 輪磨(
jb0341)。けれど、その言葉に秘められた厳しさは本物だ。舞い散る空色の羽根を伴に、誘うのは無数の流星。
轟音と共に四名が巻き込まれ、白い粒子に絡まれて動きが鈍る。それでも前へと出て、止まらない。
「困ったね。君達をそれほど突き動かすのは、何なのかな?」
溜息と共に、大太刀を振り上げる少女の前に立つ弥生丸。緊急活性化させた小盾にて、受けると同時に引いて衝撃を殺す受けの技。斬撃をまともに受け止めたのではなく、流したに近い。
そのまま密着せず、雷撃を纏う細剣での刺突を繰り出して後退する弥生丸。
「生きる為? 殺す為? 自由になる為か、それとも生きるだけなら学園に来るという手もあるよ?」
「何を……言っている」
剣魂。傷を己で治癒する少年に、もはやそれほどの力は残っていない。
闘えば勝つ。だが、その後にどうすれば良いというのだろう。そもそも今回の依頼は守る事。物資だけ守って、血で濡れた武器をまた何処かに出した、というだけでは悲しい気もする。
「学園がどんな場所か――僕が教えてあげようか?」
構えた細剣が、稲妻を持って周囲を照らす。道を知らぬ混血に、それでも道を切り拓いた場所があるのだと。
「さて、ではこの事件。ハーフではなくても起こりうる話。貴方ならどうしますか、雪人さん」
呟いたのは安瀬地 治翠(
jb5992)だ。東口中の二重防衛戦は、単純な話として前衛が足りずに突破され、既に中央での攻防へと移っている。
故に目の前に迫る敵。その背景もある程度、仲間からの通信で得て、察して、聞いていた。
ある意味、血というものほどの呪縛はない。絞り出しても、次から次へと溢れる呪いだ。醒めない真紅の悪夢と言い換えても良い。
だからこそ、時入 雪人(
jb5998)は淡々と語る。悪夢ほど親しんだ夢もない。
ましてや、これはまるで子供のそれだ。
「僕だったらもっと効率的に、集団的に動く。こんなのはただの子供の『悪ふざけ』だ」
己もハーフだからこその雪人の言葉。混血だというなら、遊戯に興じず這い上がる覚悟もない。成程、子供の言う悪夢だ。それから逃れる方法を模索していない。
「成程。それなら、もう少し外に出ても良いのではないですか? 効率的に、集団的に動くのでしょう?」
「五月蠅い。俺の引き籠り体質には関係ないだろう。やるべきものがやる、だ」
確かにと告げ、瞬間、共に磁場を形成する安瀬地と雪人。
共に目の前に迫ってきた二人を対応するつもりだ。
正面に立った安瀬地が攻撃の軌道を予測して銀と翠の盾で防御し、カウンターで放った刺突が刺 さった所へと雪人の疾風と雷を纏った機械杖が閃光の如く振るわれる。
防御と攻撃の完全に判れた動きは確かに能率的であり、効果的。敵を包囲するには数が足りないが、二人の連携であれば負けはないだろう。
もっとも、二対二の話で、更に敵の数が増えれば話が別だが……。
闇を斬り裂く一条の白銀。
煌めきは夢のように。だが、確かな退魔の力を帯びた、魔を滅する為の銃撃だ。
斧槍を振るっていた阿修羅の胸を打ち抜き、そのまま衝撃で後方へと倒れさせる。狙撃手の技だ。
「そもそも、近付けられると思っているのか?」
影野 恭弥(
ja0018)の遠距離攻撃。近づく前に負傷している敵ならば倒れるだろう。それでも前進してくる相手は厄介の一言であり、後ろへと隠れながら下っていく。
無表情に、淡々と、けれど一つ引金を引けば、一人倒れていく戦場。影野の銃と瞳。
「止まりなさい、窃盗罪で全員犯逮捕です!」
それでもトラックに近づいた一人へと突撃銃を放つのは一条常盤(
ja8160)だ。
突然の銃撃で腕を撃たれた所へ、ハイランダーへと持ち変えた一条が繰り出す刃に足を切られ、転ぶ。
転倒したその顏の横、切っ先が付き付けられれば、止まるしかない。
「無益な殺生は好みません。私もあなたを助けたい。捕まって下さい」
ほぼ全てのメンバーが捕まえられるのなら捕縛を選んでいる戦場。だから苦戦したなどとは口に出来ない今。
理想論だが、殺意を持って挑めば、この子供の『悪ふざけ』にも殺意が宿っただろう。
だからこそ、悲しく思う。傷つける事に己の心が痛みさえ覚えて、龍は鳴くのだ。
龍、リンド=エル・ベルンフォーヘン(
jb4728)の嘆きは雷光だった。
トラックの扉を開け、中のV兵器を奪取しようとした二人を迎え撃ち、薙ぎ払う轟音と稲妻の息吹。それを怒りや猛りというには余りにも切ない。
敵対すらならば、寄るならば討つ。そこに躊躇いがないのは続けて奮われる爪牙の一撃、一撃が、放たれる散弾の炎勢が物語る。だが、過剰なまでの暴威の姿は、何処か苦しげなのだ。
痛いと言っている。だから攻撃は避けず、身で受けて赤い涙を零す。
容赦の必要などないと、渾身の反撃を――けれど、その爪が震えるのは、剣と激突したせいだけだろうか。
猛り狂うようなリンドの動きに、後ずさるハーフたち。
此処は無理だと、逃走の気配すらしている。
だが、せめてものとトラックの近くにあった荷物へと手を伸ばした瞬間、暗色に塗られた鋼糸が、突撃の戦軍を呼ぶ。絡まった糸が、突入の合図。
「止まれ。今なら、まだ止まれる!」
糸は巻き取られるように消滅し、変わりに飛翔する男の姿。
強襲の元軍人、島津 忍(
jb5776)だ。
その手に握られているのは打刀の如き、ただ打撃力を求めた刀身。兜を割り、意識を断つべく振るわれる激閃。
不意打ちのそれに対応出来る筈もない。意識が混濁し、膝を付いたハーフへと鋼糸を巻き付け、拘束する。自分も武器を失うに等しい事だが、最早戦況は決定づけられている。
「終る、か……」
若者が死ぬ戦場ほど悲しいものはない。
そして、道を知らぬ子供ほど、容易く死ぬのだ。誰も死なない事を祈り、島津は帽子を引き寄せた。
●アカリのカゲ
そして、凶の剣を振う少女へと追い縋る赤と黒、そして銀たる月臣。
「しつこいよね。アンタ達……ほら、そっちの子も気配隠せなくなっているのに」
「そういう貴方も、しつこいですね。そろそろ、倒れませんか?」
最早空を飛ぶだけの能力も失ったのか、地を走るアカリ。ハウンドも追跡していたが、途中で負傷した上、他の敵に阻まれて離脱。
残るは最初からアカリの一点狙いだった月臣と、アスハ・ロットハール(
ja8432)にマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)。共に全力を出し切ったに近く、それでも闘気を滾らせて挑む赤き魔杭と黒の偽神。
「こちらには終りを司るものがいるからな。それだけは、こちらが決めさせて貰う」
正面から挑み続けるアスハの身体は幾つもの斬撃跡が刻まれ、一歩追いかける度に鮮血を散らす。
身を守る闇色の羽根も杭もない。纏う術を全て斬り裂かれ、使い果たし、それでも一向に闘志を失っていない。
自力という相性の差が此処まで顕著に表れる戦いも珍しいだろう。アスハの攻撃はアカリを捉えきれず、アカリも全力で攻め立ててもアスハを止められない。
……いや、全力で攻められないからこその状態か。
「如何様な血でも、是認できません。そもそも、ここは戦場」
握り締めるマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)の拳が、目の前の敵を粉砕すべく黒炎を散らす。
「踏み入った悉く、終焉するべき――私はそれのみ」
ついに最後の縛鎖を放つマキナ。その拳に宿る武威はアカリでも無視出来ない。
触れれば己を縛り上げる黒焔が編む鎖が現われる術でさえ危険なのに、この威力も馬鹿に出来ないのだ。まともに戦って当らないのは確かだが、当れば消し飛ぶのも解っている。
「全く、こんな化け物がいるとはね。困ったもんだよ」
嘆息と共に薙ぎ払われた拳に刀身を突き立てるようにして受け流すアカリ。見ればするりと避けている。
実体が何処にあるのか、マキナをして困惑する素早さ。返しの刃が掠って、マキナの首筋に赤い雫が浮かんでいる。
「こっちを向け」
それがトドメとならなかったのはアスハの突き出したバンカーによる杭の一撃。気を逸らす為の一撃だが、やはり空を切った。届かない。
が、全くその身に一撃も届いていないかといえば、そうではない。
金髪は血に濡れ、左腕には罅が入っているだろう。肋骨も危ういだろう。マキナの拳が後一撃通れば、紙切れのように吹き飛ぶ。
「…………」
だからこそ、回避に専念している。
マキナの黒の剛腕と、アスハの赤の穿撃と、月臣の狙う断識の銀光。
ただ、それももう限界。一条の視界に入った瞬間、アカリの足元へと振り抜かれる黒光の斬撃波。態勢が崩れて、膝を付く。
「さて」
その時、一瞬の間をマキナが持たせたのは感ではあるが、同時にアスハへの信頼でもある。
放たれる杭は、確実な死を求めるように頭部へ。吸い込まれる杭は、絶対の瞬間に命を穿つだろう。
――だから、外れる。
もしくは故にというべきか。この時、この瞬間まで残していた空蝉に吸い込まれた杭。文字通りの最後の切札だろう。
「そして、本当の終わり」
現れるアカリの本体。杭と拳に意識のキャパシーの全てを持っていかれ、後退しようとした所を読み狙い、月臣の一撃が意識を割る一撃となって叩き込まれる。
続く撃は文字通り終わりだ。防御など無意味と断じる強制の一撃は、必殺の機を逃さない。
戦に終わりをと、落ちる闇。横殴りに叩き付けられた黒き終焉の一撃に、アカリが横手に吹き飛ぶ。
文字通り、吹けば飛ぶような軽さ。骨も容易く折れているだろう。意識を失ったどころか、重体の筈。
「……何故、笑っているのでしょう?」
その身体を拘束する月臣が、まるで子供のいたずらがバレたように笑っているアカリの顏を見て、僅かに違和感を覚えた。
戦場が終われば、拘束か逃亡か――それを問うものもいた。
積荷は渡せないけれど、手にした武器は渡せるとした者。
天も魔も人も、その狭間にいるものも手を取り合っているものが要るのが久遠ヶ原だと説得する者。
全員が捕まった訳ではないだろう。逃げたもの、隠れたものもいる筈。
ただし、ほんの少しだけの話をすれば、こういう事になる。
まるで悪戯のように始まったこの襲撃。纏まりのないこの犯罪組織は――彼らに云わせれば、兄弟なのだと。
血の繋がりよりも大切な、混血の印を刻んだ兄弟だと。
彼らは、兄弟を見捨てない。
そんな予感を漂わせて、戦いは終わる。