●昼に見えるのは
街についた撃退士達は、調査する対象によって二つの班に分かれた。
一つは浮遊する火の出現したハイキングコースを調査する班。
昼間の日差しに照らされた森の道は明るい。
不穏な空気はない。けれど同時に、手がかりも見つからなかった。
「浮遊する謎の火、か。只の心霊現象なら、いいのだがな」
呟くのは神凪 宗(
ja0435)。
狐狸、という言葉を思い出し、此処まで痕跡がないと狐に化かされたかのようだと自嘲する。
こういう具合だから、被害が出ていない今、天魔の仕業と断定出来ず、行動が起きなかったのだろう。
「つか、あからさまに怪しかったおかげで被害が出てないって感じだな」
浮遊する緑色の火。
確かに妖しすぎて、誰も近づこうとはしなかったのかもしれない。
千葉 真一(
ja0070)は首の高さに浮遊したという所に着目し、首を狙える場所、特に木の枝などを見ている。
「やっぱり何かこの場所には敵さんの思う秘密があるんですかねー。たとえば、それはそれはおいしいお菓子を隠してるとか! ‥って、そんな私みたいなことはないか!」
続けたのは二階堂 かざね(
ja0536)。遊んでいるかのような軽い発言だが、何か手がかりを探そうとする姿は真剣そのものだ。
グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)もくぼみや急な坂などないか探しているが、ハイキングコースにそういうものは見当たらない。一目で見える不自然というのがないからこその調査ではあるのだが。
「何か見つかれば良いのですが、上手くはいきませんね。それらしい跡は何かあると思ったのですが」
「天魔の透過能力、という奴か? 自分が居た痕まで残さないとなると、確かに厄介だな」
グラルスの言葉に、神凪が応じる。
出来る事といったら、地形や状態を確認する事だけ。
ないよりはマシだろうが、外れを引いただろうか?
そんな疑問を抱いたからこそ。
「もう少し、奥を探ってみましょう」
注意しながら更に奥へと進もうとしているのは東雲サクラ(
ja5199)。
後悔はしたくない。なら、行動を続けるべきだろう。
血痕も穴も、茂みにくぼみもない。ならせめて、と思い、もう少し奥へと脚を踏み入れる。少年が緑の火の玉と遭遇したという地点より、もう少しだけ奥へ。
危険だろうか。いや、そんな予感はまだしないと先へ進むと、草むらや曲がり角が多く、そして道幅は段々と狭くなっていく。抜ければ、広い場所に出るのだろうが。
「流石に、この先は危険だな」
感知能力に優れる千葉の声に、同じく何を感じ取ったのか、サクラもこくりと頷き、後ろへと後退する。
全員が揃ってない中では、危険。勇気と蛮勇は、違うのだ。
少なくとも、地形を把握する事は出来たのだと言い聞かせて。
一方、聞き込みに回った班も手応えは強くない。
が、それでも何かある、と感じる事は出来ていた。
これが初依頼となる双城 燈真(
ja3216)も、聞き込みを続ける際に、その目撃された回数、人の多さに何かあると予感を覚えていた。
昼に火を見たという情報はない。
が、夜のある時間、それも一定の場所に火は集中して現れているらしい。
ある意味、最も危惧していた火に遭遇した際の最大人数も五名でだった。鳳 静矢(
ja3856)の不安も消える。
蜜珠 二葉(
ja0568)が別の男性に問えば、嫌な予感がしたから逃げ出したという。他に聞いても、同様の逃げ出した、という反応ばかりだ。
「囮役は三人でも問題ない、か。それは安心ではあるな」
「ええ、けれど、何か居そうなのは確実ですわ。判を押したように、逃げたという応えばかり‥‥逆に、逃げなかったという反応をした人がいない、という事は」
一瞬、嫌な想像が二葉の脳裏を駆けた。逃げず、ついていった人はどうなったか。応える事が出来ない状態になったのでは、と。
そんな思考に囚われかかった二葉に静矢が告げる。
「これが天魔の仕業なら、本当に被害が出る前に片付ける。身を危険に晒すとしても、だ」
「ええ、被害が発生する前に対応出来たんですから」
まだ被害は出ていない。その前に此処に来られたのだと。
不満も憤りも、気負いもなく。凛とした眼差しで、遠く、緑の火が浮遊したという森を見つめる。
「大丈夫、安心しなさい? 私は君が何を言おうと、信じるわ」
暮居 凪(
ja0503)は天体望遠鏡の入ったバッグを落とした少年に焦点を合わせて、話を聞いていた。
最新の目撃者であり、最も多くを覚えているものがいるとすれば彼だ。笑顔で対応しながら、怯えている少年に問う。
絶対に守るから。瞳にその意思を乗せ。だから、教えてと。
渡したバッグは、サクラが現場で拾ってきたものだ。大事なものだったのだろう。感触を確かめるように少年は何度かバッグに触れる。
「ちなみに、その光が見えた方って何があるのかしら?」
「‥‥確か、茂みのある曲り角の方に、誘うように揺れていた、かな」
少年の言葉に頷き、先を促す凪。
●夜、誘う先
一度集まり、情報を交換、共有した上で、再び問題のハイキングコースへと来ていた。
今度も二班編成。囮役となるのは、凪、双城、静矢。
残る五人が少し離れて後方から続く形だ。
光源は皆思い思いに手に持ち、或いは身体につけて移動している。
そんな中、もし一つ不安な点を上げるのであれば、囮班として先行する三人は、実際にこのハイキングコースを見ていない。伝え聞いているだけという点。
実際に一度見たかどうかで、暗闇での行進や注意する場所は明確に解り、変わる。そこは失敗だったと言えるものの。
「これが天魔の仕業なら、絶対に討伐しないと‥‥」
小さく呟く双城。
それに引き寄せられたように、ぼう、と緑色の火の玉が現れた。
「‥‥やはり、天魔か」
数にして三。誘うように浮遊しながら、ハイキングコースの奥へ、ゆっくりと移動していく。
怪奇現象と捉えるよりは、天魔の仕業と捉えた方が確実である。
そういうものと実際に切り結んだ経験、というのもあるだろう。静矢はつられるように歩きだし、他の二名も後ろに続くメンバーを確認して、先とへ進む。
この距離なら気付かれず、逆に囮班に何かあっても気付けるだろうと一定の距離を測り、維持しようとする後続の神凪。全員が緊張しているかと思えば、かざねはポケットから取り出したキャンディーを口に含む所だった。
「まあ、緊張しすぎていても駄目だしな」
照れたようにてへっと笑うかざねをフォローし、千葉は先を歩む三人へと視線を投げた。彼らは、最初の曲がり角へと火を追っていく。
最初に感じたのは緊張。
双城の視野は灯りがあっても、夜道という事で狭い。
更に不慣れな山道という事で、こつ、と石を爪先で叩いてしまう。
冷たい外気に反して汗。それでもと、打刀の柄を強く握る。
守りたいのだ。初対面の人もいるけれど、それでも自分の守りたい人達だから、危険に晒したくないと。
逆に、一歩ごとに緊張が薄くなるのは凪。張り過ぎたかと思いながら、先導するよう動く緑の火を見つめ、事態の変化に備える。
要は守りたいのだ。守り抜いて、他人を危険に晒したくない。だからこの二人は囮役を買って出た。
逆に、腹の底から喜びを感じ始めた静矢。戦いの予感を感じて、うっすらと眼が細まる。
曲がり角を幾つか超えた。
道はどんどん細くなる。
茂みは風で揺れ、ざわざわと耳の中をかき乱していく。
そうして、しばらく。どくどくと鼓動が耳の後ろで暴れている。細い曲がり角を、曲がりきる。
瞬間、ふっと緑の火が消えた。
「‥‥え?」
それは余りにも静かで、唐突な変化。双城が、静矢が、反射的にお互いの背を庇おうと動くより早く、背後の茂みから二匹の狐が飛びしていた。
早い。最初から自分達の伏せている場所の前方へと浮遊する火で移動させ、背後を取るつもりだったのだろう。狐火を追うつもりが、何時の間にか火に注意しすぎて狐に背後を取られてしまっていた。
狙いは二人の足首。完全に虚と背後を突かれ、転倒する二人。
続いたのは白い影。他の二匹より大きな白狐のサーバントが、転倒し無防備を晒す双城の首を目がけて牙を剥く。
飛び散る鮮血。
だが、それは双城ではなく、凪と白狐のものだった。
「早いわね。でも、避けられないなら、当たる場所を選べばいい事」
文字通り、自分からぶつかる捨身の一撃で、双城への追撃を防いだ凪。白狐の牙は肩に食い込むが、凪の持つサバイバルナイフも、白狐の肩口へと突き刺さっている。
形だけ見れば相打ち。だが、それで十分。
「すまない、暮居」
脚を負傷しながら立ち上がり、鋭く太刀を振う静矢。大きく遠のいて、二匹のサーバントは距離を離す。
その隙に双城も転がるように立ち上がれば、後方から駆け寄る音。
「読みが当たってたか。しかしホントに狐とは」
「今、参りますわ」
先んじ、敵の姿を発見した千葉は驚き、二葉は苦無を握り締めて一気に距離を縮めようとする。だが、僅かに移動距離が届かない。
全力移動していれば届いただろうが、気付かれない為にと取った距離が此処で仇となってしまった。そこに後悔を感じながら、神凪も走る。
が、それは接近攻撃ならの話だ。グラルスのスクロールによる射撃は、狐を射程に捉えている。
「まずは一撃目です」
飛び出した光弾は茶色の狐の腹部へと着弾し、閃光と共に毛を焼って肉を焦がす。サーバントの意識が後続班にも向く。背後を取ったつもりが、挟撃される形となってしまっていた狐達。
けれど臆する事なく、二匹の狐が緑の火弾、狐火を産み出し、お返しとばかりにグラルスへと飛ばす。
「させませんっ」
その狐火の射線を身を投げ出し、グラルスを庇ったのはサクラ。打刀で受ける事は成功したもの、火に衣服ごと肌を焼かれる。けれど苦鳴一つ漏らさず、狐を見据える。
礼か謝罪か、グラルスが口を日施工としたのをサクラは制し、自分は前へと駆ける。
「グラルスくんが天魔に狙われると、魔法攻撃できる人がいなくなっちゃうからね」
それは強がりなどではなく、事実。遠距離攻撃をするのが、グラルスしかいないというメンバーを考えての判断。
続いてかざねもトンファーを回転させながら突撃する。
「んー。狐かわいーなー! でも、でもー! 敵だから仕方ないよね! ここは心を鬼にして、戦うしかないー!」
可愛らしい口調だが、その勢いは激しい。
白狐の眼が光る。妖しく揺れ動く狐火が、双城へと襲い掛かった。
●狐と戯れ
「落ち着け‥落ち着いて見ればこんな幻覚なんか‥」
緑の炎で双城の視界が包まれ、陽炎のように揺れる。
けれど、これはただの幻覚だと断じ、茶の狐へと一刀を振り下ろす。手応えはなかったが、避けた所へ味方の追撃が走る。
二葉の苦無。喉を狙って刃が滑り、首筋を削る。重ねるように続いたのは千葉の一撃。
「天・拳・絶・闘‥‥ゴウライガっ!!」
メタルレガースによる蹴撃で顎を強打されて吹き飛び、身を横たえて動きを止める茶の狐。戦線に復帰しようと身を起こすが、もう遅い。完全に動きが止まっている。
すかさず駆け寄り、逆手に持った刀を閃かせたのは神凪。跳躍、そして勢いを乗せて降り下ろす。刃は肉と骨の抵抗を覚えながら、額を断ち斬るように進み、抜ける。
「動きを止めたのが命取りだな」
「ああ、最初の不意打ちで仕留められなかったのが敗因と知れ」
紫の霧のようなアウルを纏った静矢の一閃。
白狐を狙った袈裟斬りの一撃は深い裂傷を産んで血飛沫を上げ、刃を戻すと同時に神凪が静矢と背中合わせの形を取る。
続いたのはグラルスの光の弾。白狐へと吸い込まれるように飛び、脇腹を抉って通過していく。
白狐の意識が逸れる。
好機と感じたかざねが、白狐へ突撃の勢いと旋回させた身の遠心力を加えたトンファーを見舞う。胸部に直撃、手応えありと覚える。
「こぷたーアタック!」
遊びのようなネーミングだが、その打撃力は確かだ。衝撃に身体を揺らす白狐。
反対に凪は、誰かが狙われ負傷しないようにと注意を払いながら戦場に立っている。
「正々堂々と戦わない辺り、戦力としては低いのかしら?」
軽やかなステップと共に、白狐へとナイフを薙ぐ凪。
白い毛が斬られて夜に舞い、血飛沫が後を追う。そこへ踏み込んだサクラの刺突が繰り出された。
脚の肉を削ぎ落した一撃。これ以上消耗すれば危険と首を森の木々へと向ける白狐。逃亡の気配。だからこそ。
「おっと、逃げようったってそうはいかないよ。これでどうだっ!」
阻霊陣の使用は今からでは不可能。ならばとグラルスは再び光の弾を作り出し、逃走経路を先読みして放つ。当たりはしない。が、逃げようとした方向の土が爆ぜて、動きが止まる二匹。続けてかざねと静矢が二匹の先へと回り込み、逃走を妨害する。
ならばと茶の狐の眼がグラルスを捉えた。
自分達の逃走の妨害の起点となるグラルスへ一矢報いようとしているのだ。
が、それは再び。
「させませんっ!」
自分から狐火に当たりにいき、身を挺して庇うサクラに防がれた。
絶対に守りきる、盾になるのだという気合いが、彼女を動かしている。負傷も厭わず、再び打刀を構えた。
「そこだっ」
幻覚に囚われた間々、けれど双城の刃が茶の狐を捉える。逃げる事を防ぐ為の脚を狙った一閃。肉を断ち、骨を削った手応えが双城の手に伝わる。
「犠牲者が出る前に‥ここで倒す!」
そうだ。此処で倒すのだと、千葉も気迫を込める。
姿勢を崩した茶の狐へ、身を捩じり、旋回させ、重量を乗せた蹴撃を放つ。倒れろ、被害者が出る前に。
「ゴウライキィィィィック!」
気を込めた蹴りで豪快に吹き飛ばされ、身を横たえる茶色の狐。もう動きはしない。故に、残るのは手負いの白狐一体のみ。
凛した意志を瞳に乗せ、二葉がその最後の一匹へと肉薄する。
「覚悟は、決めているんです」
苦無の刃は白狐の背へと突き刺さり、抉りながら引き抜かれる。反対側からは駆け寄った凪の突撃が迫る。
「逃がさない。狐の祟りなんて、見たくもないわ」
狙ったのは、勢いを乗せ、前足の甲を串刺しにする一突き。サバイバルナイフが楔のように地面と白狐を縫い付ける。
それでももがき、強引に戒めを解いたのは天魔の端くれだからか。逃亡は不可能と知り、直線に駆ける白狐。目の前に立ちはだかった静矢に対して、一撃を見舞った上で逃走する気なのだ。
だが、その挙動は一度、静矢は見ていた。首を狙った噛み付き、もう知っている。
「我が紫電の剣閃‥甘く見るな‥!」
二度は通じぬと、烈威の斬撃。飛び掛かる白狐の首へとカウンターで奔った刃は、相手の勢いをも利用して首を斬り飛ばす。
「後悔は、したくないよね」
それがどんな形でも。
誰かが傷つき、そして失われる後悔を拒絶した撃退士達の戦いは、ここで一先ず幕を閉じた。
被害者はいない。その結末に安堵の息を零して。