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マスター:燕乃
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/10/22


みんなの思い出



オープニング

●削られていく心


 敗北の事実は覆らない。
 どんな言い訳を被せたと所で、受けた傷口は開いたままだ。
 後悔という血は流れ続け、化膿し始めている。
 心折れて砕け、割れて罅が入る。砕け散るのは精神か、それとも自分の身か。

「ちくしょう……!」

 前田走矢の支配する港の街拠点。そこで壁に拳を撃ち付ける男がいた。
 先ほども防衛の為に出撃し、身体は負傷まみれ。攻め落とす為の自分達が、ひたすら削られていく今。
 激しく拳を振り抜いたせいで傷口が開いて血が零れ、包帯を赤く滲ませる。だが、動けるだけマシというもので、この街に派遣されていた撃退士の二割は既に撤退を余儀なくされている。
「勝てない……のか……っ…!?」
 あの波状攻撃は『引き分け』だ。
 そう自分達に言い聞かせなければ、潰れてしまいそうな自分がいる。
 希望や勝機を見いだせず、街を取り戻すという約束からも逃げ出しそうな自分。
 歯ぎしり。そんな事をすれば、自分は二度と戦えない。一度逃げ出した戦士は、もうただの犬になる。
「……畜生っ!」
 再び壁に拳を打ち付ける。
 そんな事をしても無駄だ。遥か彼方、空の月に吠える犬に等しい。
 喉を張り裂けるような遠吠え。壁を打ち崩すような拳も、何もかもが無意味でしかない。
 ならば、自分は既に負け犬か。否、違うと頭を振う。
「勝つんだ……!」
 劣勢の軍が、その想いだけを縁に脈動する。
「もう引き分けも敗北も要らない」
 その熱は周囲の撃退士達に感染していく。
 真っ当な思考は消えていった。正気など要らない。そも、そんなものに頼ってはいては覆しようのない劣勢が今なのだ。
 現実、事実。戦場の在り来たりを覆す為に――戦意に混じった狂気は加速し、奔流となって駆け巡る。
 ただ一つ。もう敗北など出来ないと、流れる血が震えている。
「勝とう」
 呻くように。蹲っていた男が口にする。
 勝とう、勝とう。勝利を。敗北など決して認めない。
 声は波となって重なっていく。防衛と立て直しで精一杯である筈の、潰えかけていた闘志が燃え上がる。
 土台、窮地に追い込まれた人とはこういうものだ。熱して狂し、盛り上がる。条理を是とせず、無に見える勝機を見つけ出して引き出そうとする。
 振り上げられる拳。
 打ち鳴らされる鋼。
 勝利を、勝利を、勝利りを、さあ。
「守っているだけで、誰が勝てるというんだ……!」
 誰かが発した咆哮が、爆発的に正気を燃やして狂的な戦へと駆り立てる。



●久遠ヶ原依頼斡旋所

 港街を巡る戦いは劣勢となっている。
 本来であれば、立て直しに一度撤退すべき所だろう。だが、港という場所がそれを許してはくれない。
「ゲートが展開されてはいない、というのがせめてもの救いではあるんだけれどね。港っていうのは物流の要で、四国に住む人々が生活に必要な必需品、食糧や医薬品を含めた諸共を得る為のものでもある」
 空は翼持つもの達に落される危険性が高い。よって頼れるのは港となる。
 ミリサ・ラングナーはそう口にして、頬を歪めた。加えてあの港には戦略的な価値もある。海を渡ってサーバントが襲撃してくることは以前にもあった。あの時のように、別の天魔と戦っている最中にいきなり背後を突かれてしまう可能性とてあるのだ。
 一度立て直す為に撤退して時間を与えれば、また敵の増援が船でくるかもしれない。
 ゲートではないのだから、無尽蔵に出てくる訳ではない。
 それもまた、撤退するか否か判断も下せない理由になっている。万が一、或いはもしかしたら。そんな可能性が目の前にあって、港を解放出来た場合の物流と戦術、両方のメリットがある。
 だからどうしても退けない。
「港街を奪還する攻略部隊の一部が攻勢に出るようでね。半ば独断専行、突撃に近いんだけれど、無視する訳にもいかない」
 作戦は単純かつ明快な強襲作戦。敵サーバントが陣を敷く拠点の一つであるビルを攻め落とすというもの。
 必要とされるのは迅速さ。反面、そう簡単に落とせる相手ではない。
 かつて撃退署を攻められた時のように、前田は自分ではなく、念話が可能なサーバントに指揮を任せている。
「だから、成功さえすれば一気に逆転する筈だよ。周囲は混乱し、敵の拠点を一つ自分のものに出来る。ビルはそのま監視塔として、周囲を見渡す目になる。加えて周囲のサーバントは指示を失って混乱するから、その後は追撃と討伐戦。一気に前田の戦力を削り取れる」
 だが、そう上手い話ばかりである筈がない。
 それだけの結果に結びつく戦場であるなら、相手の守りも強固であるのが当然だ。
 敵サーバントが攻撃に討って出た瞬間を狙って陣を落すつもりというが、ならば残っているサーバントは精鋭だろう。本陣を任されるのは常に精兵と相場が決まっている。
「加えて、敵に発見されない為にこちらも少数で挑む。相手が気づいて増援を呼び込む前に倒す……正直言って、真っ当な作戦じゃないよ」
 ただし、それでも挑まなければ勝てない。勝機と兵力が削られていくのだ。
 久遠ヶ原の学生には、強襲部隊の一翼を遊撃という形で担って欲しいという。だが、危険性は普通の戦いのそれではない。敵陣に乗り込むという事は、撤退はほぼ不可能。全滅するか、されるかだ。
 瞼を伏せて、しばらく沈黙するミリサ。
 これが無謀な戦いだと理解しているからこそ、無言の裡に問いかけるのだ。
 それでもやるのか。胸にあるのは熱か、勝利への渇望か。このままずるずると負けて、引きさがれるのか。
「……勝ちたい?」
 そう問いかける目は、何処までも冴えている。
「危険を犯さずに勝てる戦いなんてない。確かにそうだね、でも、君達が決めるんだ」
 常に希望を語るミリサが、未来を信じる教師が、鋭い視線で投げかける。
 その魂、求めるのは何かと。



●血乱狂戦


 衝突する鋼鉄の撃音に、男は意識を取り戻す。
胸の中で渦巻くはただ一つ。負けられない。負ける為ではなく、勝つ為に来た。その気迫、最初の想いは絶対に色褪せない。どんな状態でも、退けないのだと精神が咆哮を上げている。
 胸を焦がす熱を感じる。だからこそ、倒れた身体を起こす男。
 目の前にいるのは美しい女性の姿だ。軽装の甲冑を身に纏い、氷と炎を纏う翼を持つ、まるで天使のような……数多のエインフェリアを率いる上位サーバント、ヴァルキュリア。
「ここで、引けるか……!」
 周囲を打ち震わせる剣戟の音。自分達がその中央にいると、男は知っていた。
 既に地を這う仲間の息は絶え絶えで、己も剣を杖にせねば立つことさえ出来ない。それでも最後の一瞬まで、諦めてはいけないのだと知っている。
 諦観や達観などしてはならない。
 自分達が戦わなければ、天魔に支配されるこの世界だから。
 京都のように。東北のように。
 四国をあんなカタチにしたくないから。



 負けるつもりなんて、ないのだ。


 
 駆け抜ける姿は一陣の風のよう。
 自分達よりも若い、未だ学生である撃退士達が満身創痍の男とサーバントの間に割り込む。
 想いは様々。願いは多用。同じ色など、一つもないけれど。
 この戦、激流のような流れを斬り裂いて転ずるべく、握り締める。
 背中の仲間達に恥じぬ為に。かつて共に戦った、戦友に無様など見せられない。
 ならば何を吼える。
 何を求めて、何を手にしている。
 この程度の流れ、断ち斬れないのであれば、前田走矢に届く筈などないのだから。


――この敗北を覆せ。


リプレイ本文




 巻き上がる熱意は狂乱の色を帯びている。
 重ねられる剣戟と爆裂音。飛び交うそれらが獣の咆哮のように木霊して止まらない。
 いや、それは徐々に密度を上げていた。加速するのではなく、あくまで凝縮。戦況の分かれ目が此処だと告げるように。事実、この戦場はもうすぐに終る。
 敗北へと転がる歯車。終焉へと巡る道。
 故にこそ、一陣の風として駆け抜けた彼女達は意を決する。
「――中々に厄介な状態ね」
 呟き、槍を手にする暮居 凪(ja0503)。
 見据える先では氷と炎の翼を持つヴァルキュリアと、それを守るべく空を舞う都合四体のエインフェリア。
 あれさえ落とせば全ては終わる。自分達の勝利だ。だが、それには迅速さが求められる。敗北が決定づけられるより早く、電光石火の早業で全てを決めるしかない。
 そういう意味では、とある天使と剣を交えた時と同じだ。この戦いの後に、それはいる。
 勝機がない訳ではないのだ。だから少しでも戦力を。付き付ける切っ先を一つでも。
「京都の処理を中断してまで駆けつけさせたんだ。雑魚の相手ぐらい最後までしてくださいよ」
 背後で膝を付く男へと、龍崎海(ja0565)は発破をかける。それは高圧的な態度であるが、声に応じようと必死に動こうとする気配はする。
 だが、戦力とはなるまい。矢尽きて刀折れ。体力的にも精神的にも、これ以上の戦闘は見込めない。壁にはなるだろうが、その後には待つのは死のみ。
「――それさえ出来ないなら、せめて」
 男と龍崎の間で交わされたのは数言。敵の能力、性質。そして、死ぬなと。
「なら、勝利してみせましょう」
 十字槍を構え、迎え撃つべく構える龍崎。戦術はもう決まっている。後は踏み込む一瞬を狙うだけ。
 眦を決し、身体に闘気を巡らせる桐生 直哉(ja3043)も足先で間合いを計っている。一触即発の状態であり、撃退士側には時間はない。ならば最高火力を瞬間的に産み出す必要があるのだ。
 故に燃やせ。闘志を。
 決して負けられないと、想いを最高速度で回転させて巡らせろ。
「この戦い、無謀なものにしない為に……」
 敗北を覆して、あの戦乙女を討てと桐生の気が高まる。
「……全く」
 その反面、横に立つユーノ(jb3004)の紫の瞳は涼しげだ。
 激情は理解出来る。だが飲まれてはいけない。肝心なのは、この状況を無にしない事。
「此処まで繋がった事、ただの妄執ではない事を示す為、この戦、勝利を取らせて頂きます」
 瞳の前に掛かる銀髪を指先で撫でるように跳ねて、狙うただ一つを見つめるユーノ。いや、他の撃退士達もそうだ。
 元より、それしかないのであれば、各々がその為の役割を十全に果たすしかない。
「ここから先は、俺達に任せて下さい」
 そう口にするのは若杉 英斗(ja4230)。視線の先にいるヴァルキュリアを、射抜くかのように見つめている。
「まさに、死にもの狂いか」
 緊迫の空気は張り詰めた薄氷のよう。僅かな挙動で壊れて戦乱となる。
 だが、それでよし。己は不壊の楯であると自負を抱く故に、ラグナ・グラウシード(ja3538)は翼を生じさせて空中へと飛ぶ。
 それは闘いに突入するに十分な挙動。突撃槍を構えたエインフェリアが、空を翔けるべく翼をはためかせた。
 迎え撃つべ発するは、裂帛の気合。僅かに見えた勝機を手繰り寄せるべく、手にする大剣を振り翳す。
「構わんさ……見せてやるさ、人間の底力を!」
 ラグナの叫びが関の声となり、大気を裂く武威が衝突する。





 
 時間がない。
 それは全員の認識。弱いものから順々に倒していくという順当な作戦では時間切れだ。
 今も何処かで強襲部隊の撃退士が倒れている。いずれ包囲され、ヴァルキュリアへとは指一本触れられず、数の津波に溺れる事となる。
 だからこそ、始まれば躊躇などしていられない。
「合わせろ、森田」
 影野 恭弥(ja0018)の声は鋭い。初撃こそが肝要な作戦故に、絶対に外せないのだ。
 手にした拳銃に込められたアウルは腐敗の毒を帯びている。それは膝を付き、狙撃の姿勢へと入っている森田良助(ja9460)も同じこと。射手二人の第一射こそが最大の意味を持つ。
 それを感じたのか、ヴァルキュリアの眼前へと踊り出すエインフェリア。レイピアを手にしたその個体は予想通り、防衛目的の個体だったのだろう。
何かは解らずとも、初手には意味がある。故に庇わせる。その思考は戦術眼として正しいだろう。
だが、だからこそ、その程度は予期しているのだ。
「少々退いて貰おうか!」
 影野と森田のトリガーを絞る指が一瞬止まり、代わりに放たれたのは涙滴の如き白の衝撃波。大剣を振って放たれるラグナの気閃。
 衝突と共に弾け飛び、射線を塞いでいた筈のフェンサーが横手へと吹き飛ばされる。
 咄嗟に動こうとするヴァルキュリア。だが、遅い。裏を掛かれて回避動作の始まりが鈍い。
「頼む、うまく当たってくれよ……!」
 そして、そんな相手に森田と影野。二人の狙撃手が弾丸を外す筈がない。
 胴へと着弾する森田の狙撃。身を犯す腐敗の毒に応じて、ヴァルキュリアの氷翼が吹雪を巻き起こす。それは意図せぬものであり、ヴァルキュリアを守る筈だったエインフェリア四体全てを切り刻む氷刃の乱舞となる。
 自動的に発動する識別不可能の範囲攻撃。味方の巻き添えを受けた形となったエインフェリアへ、更に影野の放つ腐敗の弾丸で引き起こされた氷嵐が身を刻む。
 敵手の性質を利用した奇手。確かに負傷したエインフェリア達。
 だが、ヴァルキュリアは意に介さない。戸惑う事もなければ、悩むことさえなかった。手にした剣を振い、産み出したのは四つの氷槍。
 穂先が狙うのは影野だ。先の返礼だと、高速射出される鋭き氷柱。
 回避しようとする影野だが、間に合わない。代わり、間に割って入るのは暮居だ。
「さっき、アナタもこうしようとしたでしょう?」
 後衛を狙うのは戦術の基本。敵の狙いを阻みつつ、こちらの攻撃は確実に当てる。一歩でも攻撃を受けて停滞すれば、即座に敗北に繋がるだろう。
 だからこそ、影野と森田を守るように位置取っていた暮居と龍崎は正しい。連続して受けた四発の氷槍は威力も制度も下がっているが、防御の上から削り取っていく衝撃と重さを持っている。苦鳴を噛み殺して耐えた暮居だが、その生命力の四割近くを持っていかれていた。
 防御の上から削り取る連撃。受ける為のスキルの数もごっそりと削られている。
 もしも影野が受けていければ、一撃で意識を失っていてかもしれない。だが、こうして防げている。初撃の応酬とのみ見れば、連携した撃退士の完勝だ。
「すまん」
「いいえ、適材適所よ。戦乙女を討ち落として頂戴」
 端的な言葉を交わす影野と暮居。そして、影野に聖なる刻印を施す龍崎は、ある異変に気付く。
「……ちっ」 
 戦場は激流という。まさに今がそれだ。
 初撃の攻防で敵の狙いが変化した。ヴァルキュリアは後退し、逆にエインフェリア四体は前へと飛翔する。結果として起きるのは単純明快。
「乱戦狙いか」
 左右から挟み込むように襲撃してくるエインフェリア達。ヴァルキュリアから離れた事で護衛の役目は果たせなくなっているが、四体全てを対処しなければ後衛から順次潰される。
 そして逆にヴァルキュリアが位置取るのは、後衛。言ってしまえばエインフェリアを捨石として時間を稼ぎ、遠距離攻撃で削り切る算段なのだ。
 時間さえ立てば撃退士の全滅は確定する。故に此処で必要なのは足止め。その算段は正しいのだろう。
「だがな」
 迫るランサーの穂先。烈風の如き刺突に脇腹を抉り飛ばされながら、桐生は脚部に黒靄を纏う。体内を駆け巡るアウルが身体能力を極限まで上昇させる攻勢は、鬼神宿し如く。
「この程度の痛みで止まるか。時間がないんだ」
 桐生の静かな声とは裏腹に、繰り出されるのは苛烈なる漆黒の一閃。腹部を強打する蹴撃に、ランサーの身体がよろめく。
 その反対側では暮居と龍崎が槍を並べ、ランサーの突撃を牽制している。突き進めばカウンター必須の状況に、苦し紛れに衝撃波を放つランサー。
 そして空を飛ぶ事で注意を集めているラグナに一体、そして龍崎の注意を引こうと陽炎の剣気を飛ばすフェンサーが一体ずつ。前衛に纏わりついて動きを制するつもりなのだ。下手に無視すれば、後衛へと一気に攻撃を仕掛けると牽制の意味も兼ねている。
 乱戦であり混戦。半ば包囲された状況の為、気を抜けば即座に不意を突かれる。目の前の敵を自分に引きつづけなければ、仲間の背へと刃が突き刺さる。
 だが、一体一体に対処している暇はないのだ。
「どの道、強襲作戦だ。一気に司令官を潰すぞ」
 仲間が凌いでくれている間に、ヴァルキュリアを倒す。元より目的はそれのみであり、司令官であるヴァルキュリアは後方で孤立している。護衛を引き離すという目標は達成しているのだ。
「両者狙い通り――という所でしょうか」
 ユーノの言葉通りならば後は実力勝負。どちらが狙いを果たし打ち抜くかのみ。
「ラグナさん、桐生さん……任せました」
 盾たる身である事に若杉は誇りを抱いている。守りたい。助けたい。
 いや、だからこそだと乱戦となった場所を抜けて駆け抜ける。空中にいるせいで竜牙の射程にいないヴァルキュリアへと、霊符から産み出した雷刃を飛翔させた。
 願い、そして貫くように煌めいた雷光。
 勝利へと、道照らす光のように。
「元より無理な戦いは承知の上ですわ。今更、何を引く事がありましょう」
 ユーノの魔力で編まれた雷撃は茨の如くヴァルキュリアへと絡みつき、その身を傷つけて傷口を焼く。弾ける様は散華に似て、儚く消えゆく雷茨の姿は抵抗されきった事を示している。
 だが、一度で諦める筈がない。二度、三度と繰り返す。一瞬でも止まれば、確実に好機は巡る。
「さあ、参りますわよ。魂亡き虚ろな戦乙女、この場で沈みなさい」
 そう告げるユーノの後方より、更に弾丸が飛ぶ。森田の放つ墜天の威を込めた銃弾に討ち抜かれ、更に再び影野の腐敗の毒の弾丸を身に受ける。
 吹き荒れる氷舞。その奥では、未だ健在なヴァルキュリア。
 目標であるヴァルキュリアを倒す為、ただその為に四人の攻撃が殺到する。
 


 優勢に見える状態。だが、それがどう転ぶか、未だ見えず。
 ヴァルキリアが地へと降りて、その翼を広げた。司令を任される程の上位サーバント。四人で相手取れるか、否か。
 勝負の分かれ目は、無論、そこだけではない。







 広げられた炎翼から放たれる三つの刃。
 轟音と共に着弾して爆ぜる炎。魔力にて紡がれたそれは若杉、ユーノ、そして影野へと。
 身体を這う炎は確実に戦力を奪い取る。影野には聖なる刻印の加護がある為に支障は起きないだろうが、逆に最もダメージを受けてしまってもいる。
「くそ……!」
 自らへと繰り出された刺突を肩に受けながら、龍崎が影野へと癒しの術を施す。
 瞬間的に治癒される傷。癒し手の存在は戦線の維持として強い。
 だが、後退したヴァルキュリアへと追撃に走った若杉とユーノには龍崎の癒しは届かない。半ば孤立しているようなもので、そう狙った結果ではあるし、そう誘導されたとも言える。
 そして森田も後退出来ずにいる。炎翼を狙って妨害しようと試みようとしたが、その為の術を彼は持たない。速攻戦、耐久戦よりも迅速さと火力を求めたスキル構成故に、回避を助けるものはない。
 そんな彼らを取り込んで舞うエインフェリア達。
 飛翔、そして落下からの突撃槍。盾を活性化させてまで受けに徹した暮居はその穂先を凌ぎ切るも、注目を奪う為の数式の発光にエインフェリアは全く反応しない。
利かない訳ではないだろう。だが、それ以上にヴァルキュリアの指揮能力が高いというだけ。
「本当に厄介ね……」
「この美しい羽に引き寄せられんとは。無粋な奴らめ……!」
 同じく気分を害する金色の光を纏うラグナだが、エインフェリアは常に張り付いて動きを止める事だけに集中している。
 それを以て一手消耗、無駄撃ちと考えれば痛恨の失敗。
 初手の奇策で得たアドバンテージが何処まで有利に働くか。だが、そんな戦術や戦況分析に思考を裂ける程の余裕はない。
 ただ、相手とて無傷ではないという事だけが、確実に自分達の行動に結果が結びついているという証拠だ。
 桐生の苦鳴。カオスレートを変動させたが為に、ランサーの二撃目は肩口を深く貫く結果となる。盛大な血飛沫と共に千切れそうになる意識。
 霞む意識。それでも。
「……っ…ま、だだ……」
 だが、胸の闘志は折れていない。砕けていない。未だ立ち続けられる脚があると、燃え上がる戦意が不撓不屈の威を身に滾らせる。
 再び黒靄を帯びて繰り出される蹴撃。魂を刈り取る漆黒の鎌の如き軌跡の後、首筋へと叩き込まれた強打。
 行ったか。脛骨に損傷を与えた手応えに敵手を見れば、空へと逃げようとしている。此処で一体を落せれば余裕が産まれる。
 誰か追撃をと願うが、龍崎も暮居もラグナも、自らに愚直なまでの白兵戦を仕掛けるエインフェリアの対応で限界だ。
 ならばこそと、凝らされた視線。空へと通る射線がある。
「倒れろよ……!」
 戦場を見渡す狙撃手は、完全に弱り切った個体を見逃さない。森田の放つ墜落の弾丸に額を撃ち抜かれ、命そのものを零して堕ちるランサー。
 ようやく一体目と、荒い息を付く。無傷の勝利などあり得ない状態なのだが、この僅かな間でかなりの負傷を負っている。
 エインフェリアでこれならば、ヴァルキュリアはどうなのだ。そう視線が泳ぐ。
 








 ヴァルキュリアの側面に回り込むのは若杉だ。
 腕に装着した竜牙で、着地した瞬間を狙って放つ一閃。腹部へと刺さり、肉を削る刃。強力ではなくとも無視出来る攻撃ではきないだろう。
 氷のように冷たい戦乙女の瞳が、若杉を捉える。
「指揮出来ない程、纏わりついてやる。そう簡単に」
 始まるのは踊るか如き歩方。剣と拳打では間合いが違う故に、僅かな動作での間合いの取り合いと突き放し合いが発生しているのだ。
「俺を無視出来ると思うな。仲間を信じ、信じられている俺達に、本物の戦乙女は微笑むんだよ」
 懐に潜り込もうとする若杉。確かにそれはヴァルキュリアの思考を乱す。
 指揮能力を無効化出来る程ではないだろうが、十全には発揮できないだろう。
 加えて。
「先ほどの返礼、ですわ」
 炎刃に右肩を貫かれたユーノが再び放つ雷茨の拘束。一撃でもその本領を発揮出来れば、石華の呪詛にて動きが止まる。指揮をするものがいなくなる。
 だが、その魔力を紡ぐ動きも鈍い。肌を、肉を焼く炎の熱に集中出来ないのだ。魔力同士が衝突し、再び砕かれる雷茨。
 その後方、状況を見据えるのは影野。若杉が側面へと回り込んだ為に常に射線は確保されている。
 だが問題は使用する攻撃。気付けば腐敗は解除されているが、この状況でアシッドショットを放てば若杉を巻き込む二翼氷舞が発生する。空から地へと降りた為にイカロスバレットはその真価を発揮しない。
「ジリ貧か」
 だが、放つ続ける事に意味がある。決して空へと逃させないと、天落の威を込めた弾丸を放つ影野。
 翼を狙って討ち込まれる弾丸。
「飛べなければただの的だ。飛んでも、撃ち落すがな」
 その返答に、唐突な空間の氷結が起きる。至近距離を維持しようとしていた若杉の腹部へと、一気に四つの氷槍が産み出された。射出されるまで、時間などありはしない。
 タクトの如く振るわれる振われる戦乙女の剣。
 対する若杉が咄嗟に紡いだのは決意の光。絶対に守り切る、穿たせないと竜牙に光の盾が具現された。
「上等……どっちが我慢強いか、勝負だ!」
 そして重なり合う轟音。衝突して砕け散る氷の悲鳴と、その破片で肉を斬り裂かれていく赤が舞う。
 光盾で防げたのは二発。残る二発は身で受けるしか他にない。四つも同時に氷槍を産み出すだけあって威力も精度も減じているが、防御を固めても削り殺されるのが目に見えている連撃だ。
 或いは頑丈なものや防御術を使い切らせる為の技がこれか。
「けどな、まだまだ……!」
 衝撃に揺らいだ身体を立て直し、即座に反撃へと移る若杉。
 手甲の刃に凝縮されるのは白銀のアウル。極限まで高めた武威を、一撃の為に乗せて放つ爆発的な崩打の一撃。
「氷に続いてお前が砕け散れ! セイクリッドインパクト!!」
 轟く撃音。こめかみを強打され、血飛沫を舞わせながらよろめくヴァルキュリア。腐敗で物理防御が少しでも減少している上からの討ち祓う為の光撃だ。
 だからこそ、好機。
「何度でも繰り返させて頂きますわ――それこそ、勝つまで」
 崩れて揺れる姿勢。そこへ追撃にとユーノの雷茨が飛ぶ。 
 今までは硝子のように砕け散っていたいた筈のそれ。だが、意識が揺らいだせいか、対抗出来ずに絡め取られて蝕まれていく。
 今度こそ、その意を果たして弾ける雷華。散ってゆく花びらが飾るのは、物言わぬ石像。
 ただし、吹き荒れる氷舞は接近戦を仕掛けていた若杉を傷つけてしまうが、此処までくれば後は狙うは一つ。
「今の内に」
「早く――」
 周囲の戦闘音は激しさを増すと同時に、けれど熱を失っている。
 敗北が迫っているのだと、誰もが感じている。ひたり、と迫る足音が余りにも冷たくて。
「勝利を、この手に」
 誰がいったか解らない言葉に、突き動かされる。





 けれど、己が斬り拓いた道の先――続くと信じている。
「あの天使に、敗北は不可避であり、絶対であったと知らしめる為に」
 暮居の身体は血で染まる程の負傷。ヴァルキュリアに狙われればそれだけで倒れかねない状態だ。
 加え、最早、受ける為のスキルも尽きている。身を守るものがなくなった今、けれど、先に発動させた挑発が意味を成していた。
 烈風と化し、上空から迫るランサー。交差するように突き出す槍。
「進む脚を、止められないのよ。解るかしら? これは、矜持の問題」
 暮居は僅かに微笑み、数式を腕へと纏わせて無銘たる槍を空へと突き出す。そして激突。両者共に胸部を貫く槍撃。互いに撒き散らす鮮血と、生命。衝撃で後方へと吹き飛ばされる。だが。
「そう易々と、仲間を倒れさせはしない」
 龍崎の発生させた神の兵士。その加護が、暮居の意識を繋ぎ止める。
 背を支える仲間。個々で敵と対峙しながら、全体の援護を忘れていない故に、絶好の好機となる。
 強烈な刺突にて天上へと叩きつけられたランサーは空中での機動力を失い、落下している。絶命はしていない。だからこそ。
「信じ、繋いだ勝利だ――本当の意味で、京都を取り戻した流れに乗るぞ!」
 裂帛の気合と共に、龍崎の手から放たれる烈たる十字槍の刺突。
 自分が繋ぎ止め、そして仲間が作った隙。確実にモノにする。外す訳がないという絶対の自負の元、ランサーの喉元へと突き刺さる穂先。捻り、頸動脈を斬り裂いて。
「行こう。仲間が待っている」
「ああ。正直、限界ギリギリだが……まだ戦わせて貰う」
 心臓は脈打ち、腕は動くのだ。どうして止まっていられる。
 桐生もアサルトライフルに切り替え、生命力を貪る弾丸を石像へと化したヴァルキュリアへと放つ。
「誰も、倒れてはいない」
 傷つける事で癒える桐生の身体。そして、暮居へは森田が応急手当とアウルの治癒を施す。
 残るエインフェリアは二体。フェンサーはと言えば、ラグナの放つオーラに当てられて左右から挟み込んで攻撃を仕掛けている。ヴァルキュリアが石像となり、指揮能力を奮えなくなった為、途端に動きに統一性が無くなったのだ。
 銀の盾と非モテの憤怒からの衝撃波を使い切り、防壁陣にて相手取るラグナ。徐々に刻まれていく身体を無視して、叫ぶ。
 これは好機。己が引き付けるうちに、早くと。
「そうだ、私を斬れ…お前たちは、私を見ていろッ!」
 大剣を振り翳し、二体のエインフェリアを同時に相手取るラグナ。だが、臆する筈などない。
 翼を狙った剣閃が空を切り、返し刃に首筋を掠められても気にする必要など皆無。
「そうだ、私を斬れ……お前たちは、私を見ていろッ! 我が戦友たちが本当の役目を果たすまで、私は砕けん!」
 故に行けと咆哮の如き気迫を上げるラグナ。砕ける事のない騎士の誇りにて、戦奴隷の剣を凌ぎ続けるその間にと。
「いくぞ。崩れる事のない、いや、崩されたモノを戻す為に」
 桐生の声と共に、龍崎と、そして限界ギリギリで動ける暮居も前へと駆け抜ける。









 闇を孕んだ弾丸、更に黒炎を纏う漆黒の一閃。
 天を滅する狙撃が石像へと撃ちこまれ、白銀光の奔流を乗せた一撃が飛ぶ。
 最早優勢は決し、後はどれだけ早く討てるか。いや、此処で凌がれれば全てが終わる。
 だからこそ、これまで以上の速攻を。最大火力を求めて、ユーノは黒く点滅する雷光を周囲に纏う。天界の陣営へと決定的な威力を誇る、冥魔の蝕み。
 更に前進して来た暮居と龍崎の槍が突き出され、薙ぎ払われる。桐生の貪りの弾丸も耐えまなく連射され、此処で一気に推し勝つのだと勝利を求めていた。
 一秒でも早く。一瞬でも早く。ここでの決着が、全てに影響する。
 回り、巡り、反撃へと至る為に。
「条理や理屈を抜きにした激情――故の勝利とは、それこそが魂の熱でしょうか」
 呟くと同時にユーノが放ったのは雷刃による魔の撃ち込み。接続するようにして得た生命力を循環させて、傷を癒す。
 だが、無防備に殴られるのはそこまでだと、石像から元に戻るエインフェリア。構える剣、そして凍える冷気が満ちる。狙いは傷だらけの暮居だ。確実にまずは一人落すのだと、凍える殺意が告げている。
「けど、それは見た技だ」
 氷槍が紡がれる、その瞬間。盾を持ってヴァルキュリアの腕部を殴りつけたのは若杉だ。
 連撃故に溜めも、そして精度も低く、出だしが遅い。身で受けたからこそ、確実に知っている技だからこそ。
「どうした、その剣は飾りか?」
 氷槍が霧散した中、更に続く連撃。
 どう見ても満身創痍。それでもと動く姿は果敢にも見えるが、どう見ても限界だった。
 だからこそ、更なる奇手。一瞬で前進したのは、射手である筈の影野だ。黒風と化してヴァルキュリアに接近し、ただ一点に力を凝縮したアウルを放つ。
「俺達を止めようとした時点で、お前の負けで終わりだよ。止められるものか。それとも」
 ぎり、と引き鉄が絞られる音が聞こえる。終わりを告げる鐘のように。
「避けて、凌げられると思っているのか? 俺の前から」
 そして放たれる貫気に満ちた弾丸。胸部を貫いて後方へと抜けて、ヴァルキュリアが膝を付く。吐き出された血は人のそれと同じ赤い色。けれど、翼はなお赤い焔を纏う。
 放たれた三つの炎刃は文字通りの苦し紛れだろう。眼前に立っていた影野は素の状態で耐え切り、暮居と桐生は龍崎の神の兵士に支えられて、意識を落さない。
「さあ、終わりだ」
 そして、最大の銀光を纏う若杉の拳撃。竜の牙のような刃に、全てを討ち祓えと。
 大気を突き破る轟音。そして閃光。砕け散る鎧の音と共に、心臓を貫いた若杉の一撃。
「……この街は、返して貰う」
 ずるりと崩れ落ちるヴァルキュリア――その命が潰えると共に、サーバントの指揮が崩れる。







 それは文字通りの散開であり敗走。
 一方向に逃げる事も出来ず、混乱の儘に逃げ惑うサーバント。知能がない故に駒としては優秀だが、その指し手がいなければあっけなく崩れる。
「終った、のかしら」
 治癒を受ける暮居が呟く。
 追撃と掃討戦は控えていた部隊が緊急出動して当っている。
 だが、それにしてもとふと思うのだ。少し早すぎる。
「まあ、あの時点で私達が動いても限界ギリギリではありましたし」
 と、呟くユーノも眉を顰めている。脳裏にあるのは単純な話。決死と無謀、蛮勇の織り交ざったこの強襲作戦は確かに成功に終わった。ならば、後は。
「アイツはどう出る……?」
 いや、これ程の戦いとなって、出てこなかった前田走矢。
 その気性を考えれば途中で乱入して来ても可笑しくない剣鬼。斬り結び、凌いだ桐生は故に疑問に想い、無構えを
破った実績のある龍崎に至っては更に可笑しいと思うのだ。
 常在戦場……昔、そう言った男が、どうして戦いに出ない?
 まるで消極的で、闘う事よりも時間を稼いでいるような。もしかすれば、四国で起きている出来事に人員を割かせない為のデコイであるかのような。
「まさか、ね」
 呟きが苦いのは、その可能性があるから。見えてしまったから。
「だが、どちらにしろやる事は一つだ――耐えるというのなら、その上から討ち抜く」
「敗北の泥を、返してやらないとな。この街は、人のものだ」
 外では未だ響く、剣戟の音。
 これが何を狙い、何を意図しているかは解らない。
 だが、決して天界の狙い通りではないと、堅く信じて。その証拠に、奪い返したビルから眺めた先にあるのは、かつての決戦の舞台。
 港と、それを結ぶ橋。
 後一歩まで、確かに撃退士達は迫っていた。
 前田の軍勢も確かに削り取れた。だからこそ、次の攻勢へは大きなものへとなるだろう・
 治療を受ける中、ひっそりと、今は戦意を鎮める。
 来たる火蓋が、斬られるまで。



依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: ブレイブハート・若杉 英斗(ja4230)
重体: −
面白かった!:18人

God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
Wizard・
暮居 凪(ja0503)

大学部7年72組 女 ルインズブレイド
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
未来へ願う・
桐生 直哉(ja3043)

卒業 男 阿修羅
KILL ALL RIAJU・
ラグナ・グラウシード(ja3538)

大学部5年54組 男 ディバインナイト
ブレイブハート・
若杉 英斗(ja4230)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
セーレの王子様・
森田良助(ja9460)

大学部4年2組 男 インフィルトレイター
幻翅の銀雷・
ユーノ(jb3004)

大学部2年163組 女 陰陽師