負けぬと吼える鋼の激突音。
眼下で広がる街並みは既に戦場のそれだ。
威は荒れ狂い、武は衝突して轟音の渦を巻く。誰にも止められないし、止まらない。
重装の獣人達が矛を振り翳して攻め懸るに対して、受け止め、或いは避ける撃退士。吹き上がる血は互いの身から。
削り、削られ激化する戦の華。とめどなく流れる怒号は織り重なって鋼の猛りのようだ。
「既に乱戦、ね」
目尻を吊り上げ、強い視線で戦況を見守るのは巫 聖羅(
ja3916)だ。
「一撃離脱の波状攻撃か。レギオン陣形というよりは、『車懸りの陣』に近いのかしら?」
巫の言葉通り、車懸りに酷く近い。だからこそ、同じ長所と弱点を抱えているのが敵サーバントの布陣だ。
常に一部隊が戦い続ける為、こちらは休息しつつ戦線を長引かせられる。が、それは戦力を複数に分ける為、一つ一つの防御は、端的に言って脆い。
薄いのだ。故、一点を穿つ攻めには弱い。
「――そこに勝機がある筈よ」
巫の言葉は苦々しいものがあったが、続く声は更に苦渋に満ちている。
「だが、仲間を囮のように使うのは苦しいな。いや、苦い、のか」
眉を顰め、手にした管槍の具合を確かめるのは大炊御門 菫(
ja0436)。
続けるイアン・J・アルビス(
ja0084)も、意識を失って後方に運ばれる撃退士の姿に、思わず掌を握り締めている。
「なんとしてでも、崩壊前になんとかしましょう」
眼前で戦っている撃退士。その信を受けて此処にいる。
応えねばならないし、応えたいと強く願うのだ。戦況は全て、久遠ヶ原から派遣された菫達に掛かっている。
「味方がピンチのヨカンなんだよっ……」
新崎 ふゆみ(
ja8965)の呟きの通り、一際激しい激突音が響き渡る。
それでも菫とふゆみの提案した戦術や対策のお蔭で多少は有利に叩いている筈だ。
それでも一点突破に長けたランサー達。乱戦で乱れた所に突撃が叩き込まれ、まるで楔を打ち込まれた木材のように陣形が崩れていく。必死で立て直し、反撃へと移ろうとするが、一度不利になればそれを覆すのは難しい。
「このままずるずるといっちゃいそうね……」
「無事に凌ぐ為にも、早めに敵の部隊を倒しましょう」
雀原 麦子(
ja1553)の言葉に鑑夜 翠月(
jb0681)が頷き、影を纏う。うっすらと気配が消えていくのは、アステリア・ヴェルトール(
jb3216)も同じ。
しなやかな黒い猫のように飛び跳ね、音もなく着地する翠月。銀の髪を靡かせ、走るアステリア。共に可憐な姿をしているが、天に仇成す影牙を持つ二人。
撤退を始めた翼槍は、元々いた屋根を目指している。狙うは、その部隊のみ。
「……敵も強そうですが、まあ、やれるとこまでやりますかねえ」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)がシャッフルしたカードをポケットに直し、消耗の激しい仲間を見つめれば、菫の提案で投げ込まれた発煙手榴弾が巨獣の視界を遮っている。
あれでは自分達も攻撃出来ないだろう。だが、巨獣も何処を狙えば良いのか解らず、砲撃と化した咆哮を周辺にばら撒いている。
壊れていく戦場。
そして、自分達が赴く場所。
始まりを告げる、戦戟の行方。
「……眼前で戦闘が行われているのを見るのは、いい気はしませんね」
自分が成すべき事を。ただ傷ついていく仲間を見続けたイアンは、秘めた戦意を向ける。
「見ているだけなど、嫌ですから」
故に、尤も激化するだろう渦へと、身を投げ出すように駆け抜けた。
●
強烈な気配は、翼槍を左右から囲むように。
右側よりイアン、マステリオ。左からは菫。己に注意を引くように激烈な気を、或いは強烈なアウルを纏って先陣を切って屋上へと飛び上がる。
「私達は、私達の成すべき事を成そう――その為に、この槍を持ってお前達の槍を穿つ!」
紅蓮の薄衣を纏うが如く、武気を纏い注意を引き付ける菫。片手で旋回させた管槍を一体へと突き付けながら、巨獣部隊との間に発煙手榴弾を投擲する。
これで舞台は隔絶された。風にて消え去る前に、後は全てを終わらせるのみ。
「私の槍とお前達の槍。込めた信念、どらちが強靭で鋭いのか。これより戦にて語ろう」
そう口上を述べる菫。視線が空中へと逃げた翼槍の一体と交差する。
向けられる穂先。言葉が通じたかは解らないが、その意志は受け取ったのだと。
「さて、私の相手は……アナタのようですね」
同様に、右側から迫ったイアンの手には大剣。挟撃奇襲に驚き、一旦空へと逃げた翼槍だが、即座に戻ってくる気配がする。突き刺すような、視線。
「これは、不味いですね」
その横でマステリアが呟く。敵が強いのは当然理解していた。だが、注意を引くつもりで発動したそれぞれの技に、一体ずつしか反応していない。フリーの翼槍が、二体。
飛翔する突撃槍は、後衛を易々と貫くだろう。
だが、空を飛んだが故に、前線を戦っていた撃退士の付けた傷が意味を成す。翼を負傷していた翼槍が空中でよろめき、もう一体の翼槍にもたれかかるよう、空中でふらりと揺れる。
文字通り一瞬の好機。巫と翠月、更にアステリアが間合いを詰める。
それぞれが唱えるのは魔の祝詞。描かれる陣は焔の生誕を寿ぐかのよう。
爆発的な範囲魔法。だが、三人の囮と、潜行、更に迷彩布の三重効果でどの翼槍も気付けていない。
「槍撃での一点突破――火焔の滅撃と、どちらが上でしょうね」
そのアステリアの言葉が皮きりとなって、三重に大紅蓮が空に焔華を咲かせる。
絡み合う赤と黒の焔に混ざり、多色の火花を散らす猛火の発生。三体の翼槍を飲み込む爆裂の一斉攻撃は空中にいるからこそ、より多くの相手を巻き込む。
効果の程を知るより早く、巫はその赤い眼差しを空中で燃え盛る炎に向ける。
それは、まるで戦を告げる火の禍津星のようだったから。
とある使徒の、燃え盛る瞳に似ていたからこそ。
「――前線が崩壊するのが先か、私達が敵の陣形を食い破るのが先か……。勝負よ、前田」
その名を告げる。
これが宣戦布告。
最大火力にて向ける、戦戟に対する炎渦。
天刃を焼き尽くせと、誰かの胸で戦意が疼く。続く反撃を予想して身構える者達に、恐れはない。
「波状攻撃だなんて、悠長な事はもうさせないわ」
炎を突き破り、飛翔してくる翼槍に、巫は目を逸らさない。
確かに、一撃でも受ければ巫は危険だ。だが、そうさせない為の仲間がいる。
「エンゴするんだよっ☆ ばーんばーん★」
余りにも気楽に、張り詰めた空気を解くようなふゆみの声。だが、轟く銃声は確かなもの。突撃しか頭になかったランサーの翼を討ち抜き、よろめかせる。ただでさえ三重の爆炎で傷ついた身なのだ。
それでもと前へと飛翔する姿は誇り高き騎士のようでもある。だが、確実な敵なのだ。
「嫌な連鎖は断ち斬りたいし、上手く勝たないと後のビールが美味しくないの♪」
ぎりぎりと、強弓を番えていた雀原。
解放した闘気。だが、雀原の気質、雰囲気は変わらない。だが、持つ武は格段に上がっている。放たれた矢は風切る音を置き去りに、翼槍の喉を貫いて撃ち落す。
正しく一条の矢の如く。狙い違わず、貫く鏃。
「さて、まずは一体目ね」
奇襲にて一体を確実に落とせた。だが、それが良い事ばかりではないと、解っている。
三体の翼槍がそれぞれ、イアン、マステリオ、菫へと向かう。それぞれ回避し、或いは受け、迎撃の構えを取る中、残る一体は仲間にトドメを刺した雀原へと強襲を仕掛けたのだ。
「……上等、というべきかしら」
迫る穂先を見据えて、雀原は呟く。
●
マステリオは穂先をすれすれで避け、イアンが大剣で敵の一撃を真正面より受け取る。
俊敏性に長けた者と、頑強さに優れたもの。強烈な筈の突撃槍の一撃に確実に対応している。
「だが、守るだけは私の性には合わないからな」
迫る穂先に対して、菫は管槍の石突きを地面へと下ろし、穂先を敵へ。完全な迎撃姿勢であり、騎兵を拒む槍構えだ。
突き進んで来た翼槍が突き出されていた穂先を、自らの速さ故に完全には避けられない。肩口を斬り裂かれつつ、それでもと放った刺突。だが、それは煌めきを宿す靄にて受け止められる。
何重もに重ねられた薄い靄。だが、それは菫の守りへの積み重ねの証左でもある。大きく勢いと力を減衰された穂先は、菫の鎧に弾かれてあらぬ方向へと反れていく。
「これが私の意志だ。貫けるとい自負があるなら、何度でもやるが良い。何度でも、防ぎ切ろう」
そして、奮われる菫の管槍。
同様に、受け切ったイアンが大剣を横薙ぎに振っている。空中を飛ぶ翼があれど、攻撃に降下した後は隙だらけだ。突き出され、斬り裂かれ、マリステリオの繰り出した無数のカードに身体を絡め取られ、動きを止められた翼槍の方へと二体がずれる。
再び半ば密集する形となった三体の翼槍。ならば、後は言うまでもない。
「速攻戦――槍の一撃を重ねられる前に、焼き尽くす。血が赤き霧へと変じる程の、炎を此処に」
紡がれた黒焔。それと反するような、アステリアのぞっとするような冷たい声。
「一気に焼き尽すわよ。此処は私達の地で、あんた達の飛べる空ではないと知りなさい!」
真紅のアウルを纏い、再び紅蓮華を咲かせる巫。容赦は一切不要と、激烈なる緋と黒の炎が絡み合う。
●
一方、僅か一撃で決着の付きかけた場所がある。
「……っ…!?」
自分の肩を貫いた突撃槍の勢い、威力に雀原は意識が揺らいだ。激痛は後から重なるようにして襲い掛かる。
後方へと衝突の勢いで飛ばされたのはむしろ幸いだ。そのまま貫かれていれば、一撃で意識を失っていただろう。
そんな雀原を支援する為、響く銃声。だが、弾丸は空を切る。
「あ、あれっ……★」
遠くより戸惑う気配。ふゆみは翼の付け根を狙ったのだが、一点狙いの攻撃は外れ易い。些細な挙動で避けられてしまう。
「す、すないぱーを無視、するかなっ☆」
注意を一瞬でも引ければと放った弾丸。確かに一瞬だけ視線を逸らしたが、無視される。
ただ、その一瞬で十分だった。血の跡は残っているが、視線を戻した翼槍は雀原の姿を見失っている。
「大丈夫、ですか?」
「御免ねー……流石に、キツイ」
緑のリボンを揺らし、倒れた雀原に近づいたのは翠月。そのまま負傷した雀原に影を纏わせ、多少なりとも傷を癒したのだが、その影に隠れて二人は態勢を整えようとする。
二人はほんの小さな物陰に隠れている。それに気づかない事は幸運だが、囮の三人の背後を取られる訳にもいかず、更に他の後衛に攻撃が向くのは絶対に避けるべきだ。
「それでも行くしか、ないか」
腕は動く。ならば問題ない。
直刀を構える雀原。狙うは一瞬でも、時間を奪う事。
影を纏い、黒き風と化して迫る。刀身の湛える静けさとは裏腹に、繰り出されるのは烈しき剣閃。
「ね、お姉さんを舐めで欲しいかな」
袈裟に奮われる峰討ちの豪打が、不意をついて側面から襲い掛かったのだ。意識を奪う程の猛撃を避ける事も出来ず、翼槍が撃ち据えられる。
「……あ……」
だが、翠月が覚えたのは悪寒。意識を刈り取る筈が、寸でで身を翻して直撃を避けている。
後は言うまでもなく、奮われた突撃槍に、雀原の意識が貫かれる。
●
後一手、後一手、足りないのだ。
火力は集中し、更に爆裂の範囲に三体もの含める事は出来た。
相手の負傷も積み重なっている。突き崩すに、後一手。
だが、それだけの火力を持っているものが、いない。
左右挟撃から繋ぐだけの、総合火力が足りない。
「合わせろ、アステリア!」
イアンが連続して繰り出される槍撃を防ぎ続け、マステリオが避ける中、菫が槍を突き出す。
捉えたのは脇腹。応えたのは沈黙。
動きを止めた翼槍を射抜いたアステリアの狙撃銃。ようやく一体と、息を吸い込む。
……範囲で焼き払う手段は悪くはない。
相手の被害は拡大している。少なくとも現状、後一手で倒せる気配さえしている。
だが、範囲攻撃で薙ぎ払った為に、火力の増大した敵。そして、それを防ぐ事は出来ても、倒し切るだけの火力がないのだ。
空奔る、穂先の光。もしも、一撃でも受ければマステリオは倒れる。イアンの防御を貫く程の槍に、回避に専念するしかない。
ようやく二体。残る三体のうち、二体は深手を負っている。だから、後一手が欲しい。
だが、此処で注目と潜行の効果が尽きている。再び使用するのに一手消耗するのだ。ふゆみの狙撃が一体の捉えるが、まだ倒れない。
そして、ついに、二人目となる戦闘不能者が出てしまう。
背後より強襲して来た翼槍の一撃に、マステリオが貫かれた。不意打ちであり、背後からの一撃には流石に回避出来なかった。
そして、その一撃で意識を失ってしまう。こちらの個体も生命力が半減していたのだ。故、火力は増大している。
「……ぐっ、何故……!」
繰り出される槍に応じるよう、大剣を奮うイアン。
過信、というべきかもしれない。自分達なら大丈夫と、左右に展開して挟撃の形を取った。
注目と潜行の組み合わせも良い。
だが、全ての敵がそれらに反応する訳ではない。飛行能力を持つのだから、厄介な後衛がいれば、そちらを狙うのは道理でもある。
そして、三人目の危機。注目に引っかかっていない一体が、空を飛んで槍を突き出す。
突き出される穂先に、今まで対象にならなかった事が奇跡でもある、巫へと。
「……くっ」
だが、真正面から応じる巫。掌には紡いだ火弾。届くのは敵の穂先が先だと知っていても――
「負けたくないのよ」
――冷静に、けれど、何処までも熾烈な意を以て。
「此処で負けたら、前田にさえ届かない!」
その声こそが焔であり、魂の熱。
腹部を貫かれる。飛び散る血潮。激痛に意識が遠のく。それでも、自らが発した声に、鼓動が脈打った。
「あの、瞳を。刃を」
紅蓮に染まるモノを。
「落とすまで、負けられない!」
だからこそ、槍に貫かれた儘に突き出す掌。そこから産み出された炎弾が、三体目の翼槍の顔面を焼く。
避けられる距離ではない。守れる状態ではない。
巫の意志の最後、その熱を振り絞った一撃が、ようやく足りなかった一手となる。
避けられない。動けない。槍を手放したそこへ、翠月が盛大なる火華にて、火葬の柱を立てる。
膝をつく巫。荒い息、途切れ途切れの意志。危うく手放しかけたそれを繋ぐその先で、左腕のない青年がこちらを見ている。
赤い、赤い瞳。
前田と、誰かが言った。
隻腕の使徒を前にして、負傷者を抱えた今は動く事が出来ずに……撤退していく、二体の翼槍を見送るしかなかった。
紅蓮に耀く、綺麗な刃。
乱れ波紋は、闘いの予感に震えながら、けれど、その主は攻め懸らない。
全てのサーバントが撤退していく。勝利でも敗北でもない、ただ、また互いに戦力を削られた戦場が、乱れて切り結び、打ち在った戦場がそこにある。
風が、血の匂いを乗せて吹き抜けていった。