●林を抜けて
林の中を一団となって進む、八人の影。
皆、己の獲物を携えて、遠くに見える廃墟を目指している。
形は円陣。近距離を得意とするものが、遠距離攻撃を主とする者達を守り、庇う形で進む。どの方向から攻撃を受けても対応できるように、だ。
無明 行人(
ja2364)の提案により、ルートは風下からだ。嗅覚が鋭いのであれば、その対策も少しでも欲しい。
尤も。
「夜目が利き、鼻が利き、耳が利く。羨ましい限りね。けれど、それを恐れる必要はないわ。ようは、来るもの全てを叩き斬って、覆してしまえばいいのよ」
凛とした表情で告げるのは東雲 桃華(
ja0319)。手にした斧刃と共に、その瞳は静かで冷たい。言葉は奇襲に対して無策という訳ではなく、自分達の作戦と実力で跳ね返せるという自負の表れだろう。
「‥‥思うことなど、何も。任務、遂行。それだけ、です」
返したのは宮田 紗里奈(
ja3561)。事実、任務を遂行する為に撃退士達は行動している。重ねられた幾つかの作戦がある。
ほんの少しの効果のモノでも、その積み重ね次第では効果は強くなる。全方位への警戒は当然の事、宮田は特に後方からの不意打ちを、綿貫 由太郎(
ja3564)、巫 聖羅(
ja3916)は木の上からの不意打ちを円陣の内側から、それぞれ警戒している。
一人で全ての方向は同時に警戒する事は出来ないが、分担すれば不可能はない。奇襲は受ける、それは作戦上仕方ない。けれど、その被害を抑えようとする試みだった。
「狼男と下僕の灰色狼が数匹、か。‥‥覚悟はしておいた方が良さそうね」
と呟いたのは聖羅。初陣ではあるが、気丈に振る舞い、震える事なく視線を頭上の木々に巡らせている。
「人狼といえば、魔女とセットでハロウィンの定番ですけれど、時期違いですよね」
黒い衣服に身を包んだエリス・K・マクミラン(
ja0016)が、丁寧な言葉使いで応じる。確かに、そういう意味では時期違いなのだが。
「でもよ、狼って言ったら、冬に現れて人を襲うものでもあるよな。食料がなくなったりして、里に下りてくるって」
狼とは冬の象徴であり、死のシンボルの一つだ。ああ、成程とエリスも頷いた。そういう意味なら確かにと。
「人狼、ワーウルフ、ライカンに狼男。呼び方はともかく、こういった類の伝承は良く聞くわよね。人に化けるだなんて話もあるけれど‥‥まさかね」
一瞬感じた嫌な予感を打ち消すよう東雲は首を振る。
「今は目の前の任務に集中しましょう。もしも今回の依頼が失敗した場合、天魔に人質の有効性を立証させる事にもなりかねい。なんとしても‥‥」
無傷で救出し、奪還しなければ。
最後の言葉は胸の奥の落とし、緩く持った大太刀の柄を握り締める無明。
「そう。みすみす悲劇を生ませるわけにはいかないわ。‥‥必ず、助けないと」
感情があるのかと疑ってしまう程、冷淡な声で続けたのは司 華蛍(
ja4368)。そして、丁度、戦闘するに当たり、適度に開けた場所を発見する。
大分廃墟に近づき、そして今まで奇襲は起こっていないのだが、これから先に進むのは危険過ぎるだろうと、宮田と司の提案で陣形を整える皆。
「‥光纏状態は相当目立つ筈。思惑通りに誘き出されてくれると良いんだけれど」
準備が整うのを待って、聖羅が光纏を発動させる。瞳と同色の真紅のオーラが彼女を包み、周囲にその存在を誇示する。
初陣だというのに囮役を買って出たのは、仲間を信じたせいか、それとも己を奮い立たせる為か。
しばらくの沈黙。
何時来るのだろう。ふと、そんな不安がリスティア・シェイド(
ja0496)の胸に過った。学園か、それとも別の何かへの不信感からか、不安が過る。
そして。
ざわり、と林が揺れた。
続いたのは獣の遠吠え。何処からだろうかと司が優れた感知能力で把握しようとした時、それは来た。先の遠吠えは、注意を確信させる為のものだったのかもしれない。
「やっぱり、頭上!」
大気を砕く勢いで木々の上から飛び懸り、轟音を立てて人狼が襲撃する。
●狼狩り
初手は奇襲そのものだった。
宮田がバックアタックを警戒していたものの、側面からの攻撃を重点に警戒していたものはいない。なんとか司の警戒が間に合ったが、人狼の攻撃には誰も対応できなかった。
だからこそ、その隙を突き、頭上から飛来した人狼はその剛腕を振るう。爪で引き裂くのではなく、爆散させようするかのような豪快な一撃。
狙いは側面を担当とした、無明。
勢いに押されるよう、錐揉みしながら一気に吹き飛ばされ、着地と同時に無明は回転して勢いを殺し、立ち上がる。
「くっ、まだまだいけます」
が、その眼か見たのは自分が吹き飛ばされた所から陣形が崩壊し、後衛が灰色狼の追撃に晒される瞬間だった。
狙いは、真紅のオーラを纏う聖羅。目立つという事は、そのまま攻撃の対象となるという事。加えて、人狼の吹き飛ばす一撃は前衛が壁となる事を易々と破壊する。
人狼の頭上からの一撃に続いて、今度は地面を這うように疾走する灰色狼。その身に生えた刃で聖羅を切り刻もうと、一気に間合いを詰める。
「‥‥っ‥!」
脆い後衛。生命力的にもダアトの聖羅に攻撃が集中するのは拙い。
危機といっても良い状況。それを救ったのは、二人の仲間だ。
「技も使えないのに‥死地に赴けとむちゃぶりする、この学校‥危険手当とーぜんでるよねぇ」
テンションが上がらないまま、けれど軽やかにシェイドは灰色狼へと飛び込むと、攻撃を繰り出される前に一打を叩き込む。ナックルダスターによる打撃だが、カウンターで決まった一撃に鼻面を強打され、動きを止める灰色狼。
もう一匹の灰色狼には、綿貫が移動する先を予知して弾丸をばら撒き、動きを止める。元より綿貫は庇ってで守るつもりだったのだ。その意思を纏い、守備、迎撃に回った弾丸は灰色狼の前進を拒絶する。
加え、そこに突き刺さったのは、本来牽制代わりの予定だった司の光弾。突進して一撃を加えようとしていたその身には重く、動きが鈍った。
「敵は横手、三時からのサイドアタックです」
「――来たわ‥! そう簡単に連続して攻撃はさせないわよ!?」
司の冷静な声の元、後退しながら聖羅がスクロールから光弾を放った。狙いは灰色狼の足元。機動力を削ぎ、前衛の攻撃を当たりやすくする為の一撃だ。がくんと、衝撃で膝を落とした灰色狼。
好機。逃すようなもの達ではない。
「まずは、脚を怪我したものからだ」
口調は淡々としていながら、無明が大太刀を唸らせ、繰り出す刺突は烈の威を帯びている。深く刺す貫き、素早く引き戻される刃。血飛沫が後を追うのが間に合わない。
「流石に素早いのね。‥‥ただ、仕掛ける相手は良く判断する事ね。今回の獲物は‥貴方達の方なのだから」
先手を仕掛けた事は見事、だが、その程度で揺らぐ自分達ではないと東雲は斧刃を薙ぎ払う。浅くはない手応え。怯み、動きを止めた灰色狼がそこにいるが、致命傷には届いていない。
「後、一撃」
素早く引き戻した大太刀を再び構えながら、無明は呟いた。明らかに消耗した相手に対して、さあ、どうする。どう行動するのかと、視線を人狼へと送る。
「貴方の相手はこちらです。無視はしないでくださいね?」
剛腕を振るった直後、エリスが鉤爪を付けた拳を繰り出す。動きとしては牽制で防御を固めたものだが、皮を引き裂かれた狼は怒りを眼球に映し、エリスを見据える。
「貴方を抑えるのが、私達の役目ですので」
トンファーを旋回させ、横から人狼を打ち抜く宮田。標的は絞らせないと、交互にステップを踏み牽制を入れる、防御の連携を取り始めた。最低でも、現在いる二体の灰色狼を撃破し、廃墟に控えている二体を誘き寄せるのが作戦なのだ。それまでは絶対に持つと、自らに言い聞かせる二人。
が、それら諸共破壊しようとする牙。強靭な顎がエリスの腕を捉え、その血液を啜る。同時、人狼の肉体が赤い煙を立てて急速に再生されていく。
「一筋縄では、いきませんか」
身体ごと腕を振るって顎から逃れ、蹴撃で隙を作ってからフックを繰り出すエリス。続けて宮田のトンファーが人狼の顎を捉えるが、二人の攻撃では削るというよりは抑えるのが精一杯だ。血液を啜り己を治癒する能力がある限り、二人の打撃では削りきれない。いや、それは元から承知。
けれども。
「一体目」
冴え冴えとした一閃。コンパクトかつ、鋭く振われた無明の大太刀の刃が、瀕死の灰色狼の首を跳ね飛ばし、トドメを刺した。集中して攻撃したが故の迅速な撃破。
称賛しても良い。だが、それでは終わらない。早すぎる撃破は、別の事態を産んだ。
「――ッ――!!」
配下を撃破された人狼が、残る二体へと召集の咆哮を上げたのだ。早すぎる味方の消滅に危機を抱いたのだろう。数で押す気なのだ。
今だ戦場には一体の灰色狼が残り、更に二体の灰色狼がじきに来る。
「不味い、ですね」
司とて、その言葉に僅かな焦りを滲ませていた。
●狩られるのはどちらか。
灰色狼の攻撃を受けながすつもりが、シェイドはそのまま刃の一撃を受けてしまう。故に狙ったカウンターも発生しない。
「なんつーか…このむちゃぶりって「児童虐待」だよねぇ‥武器すら無償で支給しないしねぇ」
痛みに顔を歪ませながら、ジェイドは呟く。
けれど、それどころではない。まだ相手が残っている状態での増援は、予想外なのだ。
「生かさず殺さず、か‥…おっさんそういう下種には結構厳しいよ」
けれど、闘志を失わず綿貫のピストルが火を吹く。着弾。腹部を穿った一撃。
「ええ、増援が来る前に、これを仕留められれば」
冷静な口調の間々、ステップを踏み、攻撃を受けず一撃を見舞おうとスクロールから光の弾を繰り出す司。着弾。顔面に当たった光弾は、左の眼球を焼き切っている。
追撃を逃れるようと左へと跳ねた身へと、綿貫の射撃が飛ぶ。弾幕のように数をばら撒く射撃だったが、灰色狼を捉えてその身に穴を開ける。攻撃の機会を増やす為の攻撃が司のものなのだから、続いた綿貫の攻撃も当然当たりやすくなる。
血を撒き散らし、苦鳴を上げる。それを見逃す必要など、なかった。
「えっらそうに、なんかを育成するとか学校のたまってたけど‥育成されるのは戦闘マシーンだよねぇ? そうおもわん?」
その喉を貫手で貫いたのはシェイドの格闘技。確認する間でもなく致命傷だ。けれど、増援の狼の声がする。もう、すぐ傍まで。
無明が廃墟の方向を見れば、二体の灰色狼が迫っている。しかも、目指しているのは後衛の位置する方向だ。
不味い。負傷し、加えて人狼の抑えは更に酷い負傷を負っているのだ。間髪を入れない増援は危険だと脳裏を掠めた瞬間。
「来なさい? 貴方達のその生意気な刀、へし折ってあげるわ」
一陣の風として駆け抜けたのは東雲。動きに合わせて、聖羅の光弾が再び駆けようとした灰色狼の脚を捉えて、動きを止める。
残る一体は、駆け寄る東雲へと標的を向けている。
だが、だから何だ。
「掃除しましようか。攻撃は最大の防御也。斬り伏せ、叩き潰し、破砕するわ」
肩から生えた刃に身を削られようとも頓着せず、突き進み動きを止めた灰色狼へと無慈悲に斧刃を振り下ろす。
身の丈もあるような斧を軽々と振う技こそ、彼女の振う東雲流古斧術。威力は十分だ。
東雲の黒い花弁のようなオーラが舞う中、額から顎まてを一直線に斬り裂いた一閃に、灰色狼はその活動を止める。
「ナマクラね、その刃は」
身から生えた刃な無為だと断じる苛烈な一撃。
「援護します。流石に一人では時間がかかりますよね」
「ええ、こちらは聖羅と私に任せて、人狼をお願い」
聖羅の光弾が残る灰色狼を撃ちすえたのを確認して、彼女は告げる。
「攫われた人達は絶対に助け出して見せる――絶対に!」
スクロールの文字を輝かせ、真紅のオーラを纏って、残る一体へと戦意を向ける。
「天魔なんて、消えれば良い」
東雲の囁きは、誰に向け、届いたのか。
そうして、六人の撃退士が人狼へと攻撃を開始した。
初撃は無明。大太刀の重さなど知らぬと冴えた刺突で人狼の肩を裂き、続いた綿貫と司の遠距離攻撃がその動きを鈍らせる。
「どうやら、魔法攻撃に弱いみたいだね」
試していたのは、物理と魔法。どちらにこれらは弱いのか。物理攻撃としての威を持つが故に、人狼達は魔の攻撃には弱い。
体毛を焦がす一撃に怒る暇もあればこそ。
死角からシェイドが人狼の懐へと拳を振り抜き、折れ曲がる身体。
顎を撃ち数る宮田のトンファー。反撃、そして自己を回復する為の吸血の牙は、顎ごと撃ち抜かれてエリスの鉤爪で逸らされる。空を切った顎。
「どうやら、此処までのようだな」
生き抜く為に。そう思い、大気の壁を穿つ無明の一閃。喉を貫き、人狼の口から血泡が噴き出る。
それでも、執念だろうか。後一撃でもと、人狼の顎が大きく開けられ、無明の肩を捉える。噴き出る血飛沫。呑まれる生命力。けれど。
「狼は群れる動物でしたね。群れが居なくなればこの程度ですか」
丁寧ながら、侮蔑を含んだ声と共に、エリスの鉤爪が閃く。打撃として突き出された鉤爪の先端は眼球を抉り、無明の肩から牙をどける。
「これで、終わりですね」
宮田のトンファーが。回転と旋回を伴って人狼の頭部へと降り下ろされる。
鈍い打撃音。眼窩からは血が噴き出て、頭部がへこむ。眼球は何を見るべきか解らなくなったように回り、その瞼を閉じて、その身を地へと横たえた。
「任務、完了です」
「こっちも、駄犬の掃除は終わったわ」
東雲のクールな宣言と共に、闘いは終わる。
肌を流れる血の暑さが、妙に現実離れした心地よさを持つのは――人を助けられたせいだろうか。
●救いと共に
負傷の激しかった人狼の抑え役は手当をするとして、残りのメンバーは廃墟へと向かう。
五人の男女は共に監禁されていた為か、消耗が激しい。
怪我しているという訳ではなく、精神的なものとこの冬の寒さで体力を奪われているのだろう。
綿貫は自分の羽織っていたコートを人質の女性に羽織らせる。けれど、失った体温を取り戻す為の道具は此処にも手持ちにもない。精々、外で火を起こす位だろうか。
手持ちの応急手当セットではどうしようもならず、司は救急者の手配を行っている。
怪我はない。ただ体力が消耗しているだけだ。
そういう意味では、天魔との闘いで一般人への被害を出す事なく、成功させる事は出来たのだろう。けれども。
「――誘拐した一般人達を一体どうするつもりたったの? 狼さん‥」
聖羅の言葉は尤もだ。天魔は今だ、得体が知れない。
「人狼に噛まれたものは、人狼になる‥‥ね」
東雲の言葉が、沈黙を作った。
真実は何処にもない。少なくとも今は、見えなかった。