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マスター:燕乃
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/07/03


みんなの思い出



オープニング

●夜行牙

 

 奪還の始まった地。
 狙いは前田 走矢に落された街であり、港である。
 当然のようにサーバントが防衛を務める場所であり、市街戦という事もあって進軍は進まない。
 だが、その主が不在であり、後方支援たる撃退署は健在。対して防衛を行うサーバントの数は減っていく一方であり、増援は未だその影さえない。主力たる戦力を隠しているのではという見方もあったが、じりじりと戦線は押し上げられていく。
 入口を確保し、反撃へと転じた撃退士達。
 対して増援の影も見えない。似たような状況では京都があるだろうが、ゲートが展開されていない以上、無尽蔵な援軍などないのだ。削り、削り、そして勝利へと迫っていた。
 戦場は日々繰り広げられ、戦果は上がる――のだが。
「少々、不味い戦域があるね」
 そう告げるのはミリサ・ラングナーだ。
 街の地図を広げて何処まで奪い返したか、また、敵の領域の中では敵の戦力の集中している場所にはおおよその数をアタリとして付けている。
 そんな中、赤いラインで囲まれて、敵の数が不明と書かれている地域がある。
 市街地であり、住宅街だ。人々に住んでいた筈の家々が並び、規則正しく区画分けされている。
 碁盤の目のように規則正しく、ではないだろうが、ある程度整理された道。一度に五人程が戦うのが限界の路地では、大部隊を派遣しても行軍が難しい。
 加えて、此処には厄介な性質を持つサーバント達が守衛に回っている。
「此処は既に交戦して数日が経過しているんだけれど、一進一退の状態だね。具体的に言えば、昼間は防衛線に長けたサーバントが前へと出て、ジリジリ後退を続けている。道の事情もあって、一気に突破は出来ないというのが問題。広範囲攻撃で薙ぎ払いたくとも、住宅を巻き込んで破壊するのは嫌だしね」
 故に遅々として進まない進軍。どうも槍衾に防御方陣を組んで撃退士に対抗しているらしいが……。
「問題なのはそこではなく、夜となってから。この地域の本命部隊は、簡単に言えば夜襲部隊なんだろうね。五感に優れた獣、そして獣人をメインとした少数での部隊での奇襲と一撃離脱を繰り返し、こちらが取り返したエリアを奪い返している。夜、しかも周囲に障害物が多いせいで、相手は奇襲を仕掛け放題という訳」
 こちらの進行に対しては防御を固めて消耗させながら後退し、取られた地域は消耗と夜の奇襲で奪い返す。
 簡単に言えばゲリラ戦闘が繰り広げられているのだ。一旦無視したくとも、敵の防衛サーバントの本陣はどうやら駅の付近にあるらしく、放置すれば肝心な戦いで背後を突かれるかもしれない。
 加えるなら、敵の夜襲部隊は日が沈みきるまで待機しているとの事。
「だから、あえてこちらも夜戦を挑むよ」
 相手が有利。それは理解した上での戦闘である。
 だが、覚悟を決めて夜襲部隊を撃破、ないし削らなければこの地域の戦闘は終らない。
「全滅させろ、とは流石に言わないよ。ただ、出来るだけ敵の戦力を削って欲しいんだ。少なくとも、一撃離脱の夜襲戦術でこちらを撤退に追い込めるだけの数以下にしたい」
 その為、一定数の撃破が最低条件となるが、それ以上を撃破する毎に追加で報酬が支払われるという。
 無論、それは危険な敵のエリアで継続戦闘をするという意味だ。狙い過ぎてはこちらの被害が大きくなるだろう。
「ま、どの程度の敵の撃破を狙うかは君達次第、という事かな」
 そして、確認されている敵の構成の説明を始めるミリサ。
「敵の戦闘力的なメインを司っているのは豹と獅子、虎の獣人の混同部隊だね。こちらが正面から襲ってくる主戦力で、囮だと認識して貰って良いかな」
 戦闘力としてはこの獣人部隊が恐らく最も高いのだが。
「続いては問題となっている獣型サーバント。大きな山猫型で、夜目に優れ、更に気配を隠す事が上手い。速度と攻撃力が高い代わりに、生命力が低いというのが弱点かな」
 住宅地域、家々の屋根を走り回り、上から飛び掛かって奇襲を仕掛ける事もあるという。
 塀を伝い、或いは曲がり角で待ち伏せる。街ではあるが、住宅の密集した地域では森の狩場の如く動けるという事だろう。
「で、最後が黒い巨狼による部隊。こちらは戦闘力が低いけれど、爪から衝撃波を飛ばして遠距離攻撃をしてくるのが厄介かな。簡単に言うと、射撃部隊の変わりかな。味方が撤退する為の援護射撃がメインと思って良いよ。ただ、山猫が声を上げない限り、周囲をうろうろしているだけみたい」
 つまり黒狼部隊は積極的ではなく、遊撃と支援なのだろう。
 どの部隊も三体から五体によって構成されているという。
 そして目標は五体以上の撃破。最低、一つ部隊は潰して欲しいとの事だ。
「まあ、何が一番怖いかと云われれば、山猫の部隊なんだろうけれどね」
 後はその為の支援のようなものだ。山猫による強襲をどう防ぐか、というのが大事になるだろう。
 主戦闘である獣人との戦いが始まれば、その音を聞きつけて確実に強襲へと迫る。が、その数も方向も、タイミングも解らないのだ。
 下手をすれば、それだけで瓦解しかねない。
「さて、君達には不利なフィールド。けれど、だからこそ、知恵の絞りどころだね?」

 

●ツインバベルにて



「――ただ取り返されるのはつまらないな」
 そう呟いたのは大天使アルリエル。退屈さを隠しもせず、一つ溜息を付いた。
 が、戦場へと駆けつけたい気持ちが彼女の大半を占めているのだろう。青い瞳は鋭く地の彼方を見据え、一定のリズムで腰に差した剣の柄を指で叩いている。
 若い武闘派の中でも筆頭と言える天使がアルリエルだ。故に、ツインバベルという四国の天使達の本陣に何時までも籠っているのは似合わない。
 いや、不自然と言い換えても良い。
 確かに失態があり、独断専行によって配下の天使が攫われた。
 ならばそれを取り戻す事こそ、武を誉れとするアルリエルならばと思うのだが。
「まだ、出られないか」
 けれどアルリエルの出陣は事叶わず。先の二つの失敗からの謹慎に近い。
「……が、私は控えろと云われたが、使徒の動きまでは止められていない」
 鋭い視線が、隻腕の使徒を捉える。
 忠臣として片膝を付き、主の命令を待つ使徒。前田走矢。
「あの港にもう戦略的な価値はあるまい。が、ただ取り返されるのではつまらん」
 いや、あの港を利用しようという策もあった。
 海を使う。海戦にて奇襲を図る。大量の兵を乗せて海を渡る鉄の船に、僅かな魅力を感じたのも事実。
 が、中々に上手くはいかない。隠し手の一つとして用意立ててはいるが、さて、どうする。
 使わぬ儘に捨てるのは勿体ない。そして詰まらない。
「貴様に任せよう、前田。取られるなと云わん。だが、油断している撃退士どもに、そろそろ一撃を加えてやれ」
「…………」
「ああ、油断はしないよ。が、天界を舐めていればどうなるか、知らしめよ」
「――御意に」
 天刃の出撃は決まり、赤い瞳が戦意に燃える。
 これは牽制の一打。ああ、港も街も取り戻させてやろう。
 だが、その変わり、どれだけの犠牲を払って貰う事にするか、少しの算段を立てるアルリエル。


「戦慣れしていると段々と思うものだ――死んだ駒は生き返らない。壊れた陣地は意味を成さん。戦場というのは、引き算だ」


 故に、引かせて貰うぞ。撃退士。
 勝利の為に、どれだけの犠牲を是とする?


リプレイ本文




 夜闇に剣戟の轟音と火花が散る。
 切り裂く刃。受ける鋼。大気を震わせるは獣の咆哮。
 我、此処にあり。まるで暗闇の中で示し、誇示せんと獣人達はその太刀を振う。
 響き渡る戦の音は、夜に潜んだ狩人を呼び寄せるのだろう。だからと振われる刃は豪快そのもの。油断すれば、意識を裂けば、一瞬で意識が刈り取られる。
「でも、信じているよ!」
 迫る剛の太刀。それに臆す事なく、神崎・倭子(ja0063)は叫ぶ。
 後衛へと突破しようとした虎へと迫り、野太刀と白き双剣で斬り結ぶ。受けて弾き、返しの刃を突き立てる。一対一でも油断できない相手だ。
 加えてこれが本命ではないのだ。鎬を削っている間に奇襲部隊である山猫が現れれば、などと。
「ああ、獣の群れ如きに、どうして恐れを抱く」
 業火を纏う槍を旋回させ、周囲の闇を払うのは大炊御門 菫(ja0436)だ。
 この胸の焔は闇では消えない。獣如きに衰えはしない。
 戦う場は一寸先も見えない闇だ。成程、此処は獣の狩場だろう。
だが、道を照らし、斬り拓く炎槍で切り払う。閃光であり、決して失せぬ熱を皆に伝えたくて。
「闇に潜む獣は確かに脅威。だが、そんなものに立ち止まる私達ではないと、示すのみだ。信じる事を知らない者達に、一歩とて引くな!」
 信じているのだ。此処にはいない誘導部隊の二人を。
信頼という焔の光、穂先に宿してもう一体の虎人の野太刀を切り払う菫。
「成程、暗闇は獣達の独断場――だが、元々は私達の街だ」
 ヘッドセットで誘導班の状況を確認しながら、ラグナ・グラウシード(ja3538)が口にする。
 夜の中でも目を奪う金色の光を纏い、それを見つめる獣の瞳へと視線を送る。
「影に潜み、闇から向けられる牙? そんなもので私達は砕くには至りはしないと、思い知らせてやろう」
 天魔を断ずる大剣に光が集束し、怒りと憎悪を混ぜて獅子の腹部へと魔砲撃として炸裂する閃光。
 決して魔に強いサーバント達ではない。
討ち抜く衝撃に怯んだその隙に、無邪気な笑みを漏らして、神喰 朔桜(ja2099)の雷撃の槍が飛翔する。
 僅かな刹那も逃さない。闘争と破壊の愛を弾ける雷光が歌い上げ、獅子を焼き焦がす。
「恋焦がれるように、ね。愛は焼くものだから――君達には勿体ないけれど」
 己が剱を秘め、激しき情を持って動きを止めた神喰。
 ラグナと同じく黄金の光を纏い、けれどどうしても忌むべき愛を瞳に宿す。
 まるで、死の予兆めいたそれに、俊速の歩法にて間合いに踏み込む菫。舞い狂う華の如く、複雑な軌道を描かれて放たれた刺突。捻りを加えて腕を狙った穂先は、けれど獅子に避けられる。
「ですが、良く視えますよ。夜でも、どんな早くても、その避ける方向も――ね」
 瞬間、狙ったのは石田 神楽(ja4485)。銃を己が腕へと同化させ、禍々しき黒の長銃へと変じさせている。
 狙いは頭部。咄嗟のサイドステップによる回避で動きが止まった瞬間を狙い、頭部へと放たれた三連射撃。神楽の憶える激痛を代弁するように悲鳴じみた銃声。
三発全てに撃ち抜かれて、破損する獅子の頭部。
 それでもと振われた太刀。剣圧による斬風は寸で菫が切り上げて軌道を逸らし、ラグナと菫の二人のみを捉えるだけだ。それも二人とも頑強さに秀でた者。その程度では動じない。
「――しぶといですね!」
 二度目の攻撃を許さないとファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)が稲妻を疾走させ、負傷していた獅子の頭部へとトドメとなる魔力を送り込む。
 速攻の連携で最も強力な獅子を倒す事に成功してはいる。だが、焦燥感が止まらない。
 豹の目が光ったと思った瞬間、左右からの抜刀。居合の一閃は冴え冴えと闇に白い軌跡を作りだし、後に鮮血を散らす。
「……っ…!」
 瞬間的に憎悪と邪悪なオーラで防御を取ろうとしたラグナ。だが、それが間に合わない。居合の太刀は受けるのが困難なのだ。
 加え、虎の振った野太刀が神崎を捉え、瞬間的に意識を奪う。そのまま追撃は飛ばないのはラグナが注目を集めているから。だが、それが決して良いへ方向にいっている訳ではない。
「……信じるしか、ありません」
 開幕と同時、咆哮を上げた虎の獣人。剣戟より雷撃より銃声より、夜に響き渡ったその声。
 自身の戦闘力を上げただけではなく、恐らくは山猫を呼ぶだろうそれは、時間との勝負の意味を持っている。
「け、ど……まだまだだよ!」
 薄らぐ意識の中、必死に食らい付こうとする神崎。まだ山猫は来ていない。ならば最悪ではない。
 最悪なのがあるとしたら――動けず何も出来ない自分だ。
 故にと白き双剣を地面に突き立て、笑う膝を叱咤する。
 その間にもラグナが傷を再生による自己再生をして敵の攻撃を凌ぎ、菫とファティナ、神楽が一気に殲滅するのだと火力を虎へと集中させていた。
 奔る紅蓮の穂先に脚を貫かれ、雷撃と頭部へと迫る銃弾。一体目の虎人の膝が崩れ、距離を詰めてファティナへと野太刀を振り上げていた虎に巻き付くのは、神喰の繰り出した縛鎖の群れ。
ありとあらゆる方角から黒焔で形作られた鎖が虎へと巻き付き、その動きを束縛する。
動かさない。走らせない。逃がさない。繋ぎ止めて、破壊の愛を注ごうと、鎖が揺れて。
「一気に、行くよ!」
 背後から駆け抜け、擦れ違い様に双剣を降り抜く神崎。
 確かにこれだけが相手なら楽勝だろう。だが、これだけで終る筈がなく。
「……山猫がこちらに来ていますか」
 全ては順風に行くとは限らない。時間との戦いが始まる。
 瞬速の抜刀と、弾き崩しを持つ豹二体。これを仕留めるのに、どれだけ掛かるか。







 空を舞う銀色の悪魔。
 二対四枚、魔力を送る翅脈は仄かな点滅を繰り返す。
 まるで蝶か蛍。だが、それ以上の速度で飛翔するのはユーノ(jb3004)だ。
「天使への反攻とは小気味良いですわね……これまでが善戦し、今もなお戦うというのなら」
 眼差しを闇に包まれた街へと向ける。足音なく移動を続ける夜の狩人たる山猫の姿は見えない。気配を隠し、奇襲を行うというのなら確かにこれは優れている。
 そして、響き渡る高い猫科の声。山里赤薔薇(jb4090)がトワイライトで光を灯し、敵を誘き寄せて移動。更にユーノが空高く飛んでいた為、今まで攻撃に晒されなかったが、高く飛ぶものが相手ならば巨狼を呼び始めたのだ。
「やる他ありませんわね。此処で躓く訳にはいきません」
「ユーノさん、重たければ遠慮なく落して下さい」
「聞く耳持ちませんわよ。そういう無鉄砲さは嫌いですので」
 冷たく微笑み、山里を抱えた儘に一気に降下するユーノ。
 そのまま誘導出来るなら高度を下げる必要はない。だが、鳴き声は二つの地点から聞こえるのだ。自分達を追うグループと、今までの誘導を逆走して獣人達と戦っている仲間達の地点へと走り始めた声。
「居ました……あそこです」
 家の屋根を疾走する山猫三体を発見する山里。次の瞬間には見失いそうなど希薄な存在感。故にと、全力で二人はその前へと立ち塞がる。
 此処で逃がせば、仲間が危険へと陥るからこそ。
「少しでも、その脚を止めて頂きましょうか」
 囁くユーノが発生させるのは意識を蝕む電磁結界。僅かな雷光が走って、夜を照らす。
 掻き乱して正常な判断力を奪うに幻惑の術。負傷させる事の出来ない技だが、一瞬だけ二体の相手の動きが止まる。
 が、抵抗しきった一体がいる。そのまま強襲しようとユーノへと飛び掛かる爪牙を迎え撃つのは、雷撃の刃。
「まともに戦ったら、不味い、よね」
「ですわね……」
 身体の自由を奪われ、屋根から地面へと落ちた山猫へと視線を送ると、ユーノは山里を抱えて再び空へと舞い上がる。見下ろせば、敵と味方を認識出来なくなった山猫が互いの肩へと喰い付き合う。
「無様な。所詮は中身を失った、からっぽの憐れな器」
 僅かな憐憫を滲ませるユーノ。だが、周囲を取り囲むようにして山猫の声が響く。
 余裕はない。何処にも逃げられない。空を飛び続けても、山猫は巨狼を呼びながら追いかける。
「流石に、一人を抱えての飛行は限界がある、のかな」
「とはいえ、一人では先程の足止めも出来ませんでしたわ。……さて」
 主力の六人が来るまで持ちこたえなければならない。ではどうする。
 僅かな焦りと共に、高さを確保して飛び回るユーノ。
「時間がくれば、巨狼に撃ち落されない、よね」
 解っている。解っているからこそ――

「撤退する訳にはいきませんわ」

 全てを倒すなど難しいだろう。
 解っている。それは無謀だというものだと。
 だが、その気迫がなければ抗う事など叶わない。





 

 白の双剣が振われれば、最後の虎の首が飛ぶ。
「返し、だよっ!」
 神崎とてタダやられるだけでは終わりたくないのだ。
 ましてや後衛に刃など届けさせない。護りたいのだと、強く思う。
 神崎は自分が此処にいる事を運命だと信じている。負けない、負けたくない。
 負けるような運命では、ない。
 そして、そんな祈りとよく似た渇望が、神喰の眼前で顕然する。
 それは直線状に奔る黒き劫火。
 槍の如く収束し、貫いて焼き尽くす毒を孕んだ神喰の魔焔。残る二体の豹を纏めて薙ぎ払う。
 その効果は能力の減少。黒の劫火は他の存在に触れる限り、その力を吸って燃え盛る。
 ある種、神喰そのものの具現であろう魔術。敵手ありて、初めて輝く暗き焔。
「一気に押し切ります!」
 残る二体も消耗激しく、素早い動きも纏う黒焔で減少している。
 ファティナは此処だと踏み込み、烈風の渦で豹を包み込む。肌を裂き、魔力の衝撃で意識を混濁させる術に膝を付く一体目。
「そろそろ終わって貰おうか。仲間が心配なのでな」
 そしてトドメと最後の光の魔撃砲を叩き込むラグナ。直撃を受け、胸部を弾けさせて転倒する豹。
 が、攻撃の瞬間は隙そのもの。ラグナを狙った居合が鞘走る、その瞬間。
「これ以上、させるか!」
 一瞬で間合いを詰め、居合刀を握る腕にバックラーを押し付けて動きを止めようとする菫。拍子は完全に読み切ったつもり、だったが。
「……っ!?」
 防御、受けに回ったものを崩すのがこの豹の得意技。瞬時に半歩引かれて盾を避けられて、菫へと逆手居合が放たれる。
 味方の消耗を軽減させる為に動いてきた菫。事実として、攻撃の大半を受ける事となったラグナが未だ酷い負傷をしていないのは彼女の支援行動の為でもある。
 故に主力であるこの部隊の損害は軽微。誘導部隊が山猫を惹き付けたお蔭もあるが、菫が呼吸を整え、気を循環させている間に風嵐と黒焔槍が飛翔し、神楽の放ったライフルが豹を討ち抜く。
 そして再び走り抜けた神崎が、両手に握り締める双子の騎士剣を突き刺した。
 一つ目の、終わり。






 
 再び放たれる意識を混濁させるユーノの電磁結界と、動きを縛る山里の雷撃の刃。
 包囲された状態から主力部隊がこちらへと移動を開始したと聞いたが、ついに追いつめられている。
 理由は単純。ついに黒巨狼が五体、こちらの増援として現れたのだ。
「これは……キツいどころではありません、わね」
「せめて一体だけでも、と思うんだけれど」
 攻撃を仕掛けた直後は山猫の姿を確認出来るが、その後しばらくすれば闇に消えている。
 飛翔してくる巨狼の爪の衝撃波は二人を切り刻む上、常に全包囲を警戒しなければ山猫の奇襲を受けてしまう。
 夜の全てが敵だった。血の雫が、静寂を破る。
 次は?
 次は何処から?
 戦闘不能が一人でも出れば撤退すべきではある。が、十一対二では即座に二人纏めて倒される可能性があるからこそ……。
 路地を疾走する音と、鋼の煌めきに安堵の息が漏れる。






 第一撃は、目にも止まらぬ神速の連撃だった。
 それは菫の刺突。紅蓮の穂先が多重の閃光を作りだし、一連の動作の終わりに後ろ脚を払って山猫を転倒させる。
 続くのはラグナ。恨み妬み憎しみに怒り。闇よりもどろりとした感情を刃に乗せ、夜色に煌めく剣閃を放つ。
 元より耐久力の低いのが山猫達である。ラグナの大剣が胴を両断し、まずは一体。
 そのまま押し込むべく、銃声と共に神楽の弾丸が飛翔して二体目の脚を射抜いて動きを止め、ファティナの雷撃が身を焼き、身を旋回させた神崎の双剣が二体目の山猫の喉を切り裂く。
「お待たせっ。時間をかけてごめんねっ」
「悪い。が、これで条件はほぼ五分、だろうな」
 二体の山猫を仕留め、数の差は九対八。スキルこそほぼ尽きかけているものの、リジェネレーションで生命力を再生させているラグナ、菫、神崎はまだ戦える。
「まあ、真正面から戦ったら君達には勝ち目はないよ。競う事さえ出来ないって、残念だね?」
 神喰の落胆の声と共に、一度に五つもの黒雷の槍が一体へと向き、貫く。
「建物に隠れつつ、などはむしろ相手の得意分野、ですか」
 神喰に雷撃で撃たれた一体は菫へと襲い掛かるが、動きを見切った菫が相手の首へと盾を押し付けてその動きをいなす。
「獣を制するからこの武。ましてや、私は天魔と戦うものだ」
 故に負けぬと、そのまま横手へと弾く。次の瞬間には山里の投擲した聖扇が山猫を討ち抜き、ファティナと雷撃と神楽の銃弾が貫く。
「……とはいえ、これは困りましたね」
「不味い、でしょうか」
 そう呟き二人。動かなくなった三体目の山猫は最早どうでも良い。
 後衛故に不意打ちを警戒していた。だが、残る三体の山猫が、気付けばその姿を消している。
 足音がなく、気配もない。闇に潜行する獣の狩人。
冷たい汗が流れた瞬間、遠方より振われる巨狼の爪からの衝撃波。
「ぐ……っ…」
「……私は、大丈夫だが」
 狙われたのは前衛の三人、ラグナ、菫、神崎。
 誰もが頑丈で、この程度で倒れはしない。だが、山猫部隊は何処にいるか解らずに下手に動けない。
 後衛を気にすれば遠くから巨狼が。巨狼を倒そうと前進すれば山猫の奇襲。
 次の瞬間、空を裂く烈風の音が三つ。その全てが神楽へと襲い掛かる。
「……っ!?」
 警戒していても無駄だと、完全に虚を突かれた神楽。咄嗟に黒い粒子を放って回避行動を助けようとするが、切り裂いて届く爪と牙。
 耐えきれずに一瞬で地に倒れ込み、鮮血をとめどなく流す。まさに瞬間の狩りだった。
 せめてもの救いは、これが獣人部隊との戦闘中に行われなかった事だろう。
「撤退、ですわね」
 呟くユーノの周囲に舞うのは小さな羽根のような光。迅雷の速度で撃ち込まれるそれは鋭利なる刃となって、神楽を襲った山猫三体を切り裂く。
 だが、トドメにはならない。即座に後退して建物の影へと隠れていく山猫達。
 そしてそれを支援する巨狼の放つ衝撃波。
 なんとか神楽を確保するのが精一杯な上に、物陰からは更に増援を呼ぶ声。
「此処まで、か」
 衝撃波を受けて後衛を守りつつ、けれど時折抜けた一撃がファティナや山里を切り裂く。
 これが限界。数の暴力には対抗できない。
 自分達は十分にその責務を果たしたのだと信じて、夜の街を後にする。


依頼結果