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剣戟と銃声が響く中、敵手不在にて始まる。
剣はある。刃もある。矢は飛翔して炎が躍っていた。
此処は戦場。乱戦の形へと成りつつある、苛烈なる場だった。
故にこそ問いはそこに戻るのだ。
「何故、この場にいない?」
戦意に白熱していく大気の中、久遠 仁刀(
ja2464)は呟いた。
不測の事態?
罠?
有り得ない。何を考え、今何をしている。お前が求めていた戦は此処にあるというのに。
「天刃と名乗る前田・走矢が戦場に不在、ねぇ。敵前逃亡とでも言うのかしらぁ?」
そんな事はない。黒百合(
ja0422)は自分でも信じられないと、苦笑の響きを乗せて口にする。
そして振るう黒百合の大鎌と、久遠の魔の雷剣。
坂の上にいる相手に届く距離ではないが、牽制としては十分だ。相手が踏み出せば後ろに下がり、 前へと出ようとすれば迎撃の構えを取る。
こちらに戦意があり、誘い出す気だと膠着の時間を作れればそれでよいのだから。
少なくとも、愚直な強行突破では勝ち目はない。
今、目の前にいる三体はそういうサーバント。強敵と呼ぶしかない。
そんな中で。
「えと……料金を払っても、通しては……くれなさそう、ですね…。あ、車で来れば、大丈夫でしょうか?」
一進一退を続ける張り詰めた空気を崩すように、水葉さくら(
ja9860)が呟いた。
おどおどと周囲を気にしているが、決して気負った訳ではない。加えて言うなら、今のは場を和ませる為ではなく、素である。
思わず、笑みが漏れた。
だからと続ける石田 神楽(
ja4485)。笑顔の儘、場を引き締めるように口にした。
「まあ、車でいったら思いっきり叩き斬られますよね。そして料金としては、命でも差し出せ……という所でしょうか」
にこにこと、にこにこと。けれど、瞳の奥は静まり返っている。
「主が不在――思う所は多々ありますが、料金の変わりに弾丸を差し上げましょう。返す必要はないと、その身を撃ち抜いて」
「或いは、この天界が奪った地の入り口を貫いて、風穴を開けるとか?」
「ええ。居ないのは彼ら彼女らが悪いんです。その間に削れるだけ、削っておきましょう」
そんな神楽の言葉を聞きながら頷くクロエ・キャラハン(
jb1839)。
主たる大天使と使徒の強襲に対し、防衛線に出向いた彼女。その際に削れるだけ削った事実があり、それが戦況を有利へと運んでいる。
たった三体。もしも、あの時のように獣人が壁となっていたら?
「そうならなかったのが、私の結果で、繋がっているのよね」
目の前にした天魔に、すっとクロエの瞳から温度が消えていく。敵意という氷が刃となる。
不倶戴天の天敵故に、見れば殺す。決して許さないと、臨戦態勢を整える。
見据えた先には弓を番え、剣を構え、槍を突き出す三体。だが、それを崩すべく、集ったのだ。
「行こう。皆、無事で……終わらせよう」
世界で最も大切な久遠の横へと立ち、桐原 雅(
ja1822)が息を吸う。
解き放つ武は天翼の形と成る。
――仁刀先輩を、傷つけさせない。
祈りは燐光となり、周囲を包むんだ。
そして、始まる。
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息を潜め、上り坂の物陰に隠れて近寄ったのはグレイフィア・フェルネーゼ(
jb6027)だ。
白銀の髪を靡かせて音もなく走り、坂の上から見えない位置を取る。
この戦いは反撃となる一手。狼煙となり、勝利の戦果の御旗を掲げて勢い付くべき大事な戦いだ。
どうしてこの場を勝てずに、奪われた地の全てを取り返せよう。確実な勝利を求められる中、グレイフィアに任された責務は重い。だが、その紫の瞳は微塵も揺らない。
己は、主の為に。堕天した今はその主君は不在でも、誰かの為という忠と義を失ってはいないのだ。
故にメールを送信して配置の完了を告げた後、グレイフィアの動きは余りにも滑らかだった。
光輝を解放し、漆黒の翼を広げて坂の上へと奇襲を仕掛ける。
視覚より先に伝わったのは相手の動揺だ。唐突に、たった一つとはいえ新たな反応が出た。
では、その力量は。対処はどうする。
「そんな判断させる暇を、与えない」
空高く飛び上がるグレイフィア。側面から現れた空飛ぶ新手に、咄嗟に雷撃を纏う槍が突き付けられた。
力量の差は、それだけで解る。
しかし、グレイフィアの役目はそれで果たしていた。シュラキも天羅も、空を見上げた瞬間。空白の一瞬。
「銃声が奏でる葬送曲を、死出の旅路の慰めとしなさい」
即座に膝を付き、狙撃体制を取ったクロエに気付かない。銃口に狙われている事にも気付かず、発砲の轟音と共に白い翼が散る。
雷翼のエインフェリア。恐らくは戦力の中心とも言える存在だろう。範囲攻撃と飛行能力で、ともすれば前衛を無視して後衛を纏めて落雷で薙ぎ払いにいったかもしれない。
けれど、そんな暇は当えない。腹部を撃ち抜かれ、体勢を崩した所へ狙撃銃へと武器を変えた黒百合が愉悦と狂騒の熱を帯びた視線を向けていた。
纏うは闇。己が行動を高速化させる気を纏い、揺らし、天を穿つ影弾を繰り出す。
放たれる雰囲気に、一瞬、世界の明度が翳り、温度が下がる冥魔の威。避けられる筈もなく、右翼の付け根を穿たれ、肉片を散らす。
「あはははァ、空と飛ぶ鳥は地に堕ちるべきなのよォ……」
墜落する姿。だか、それだけで止めはしない。
既に二発目の影弾は装填され、墜落するエインフェリアへと向けられている。
「あはははァ、空と飛ぶ鳥は地に堕ちるべきなのよォ……。ねぇ、翼を捥がれて地に落ちる痛みはどんな喜びかしらァ?」
続いて半ばまで吹き飛んだ左翼。もはや飛行不能であり、地面へと向かう。透過能力でそのまま地中に潜ろうとしたが、神楽の発動させた阻霊符がそれを許さない。
叩き付けられるエインフェリア。
そしてトドメを刺すべく坂を上り突進する三人、久遠と桐原、水葉。
側面からの天にいる奇襲か、それとも正面の突撃を止めるべきか。弓を手にしたシュラキの逡巡は、更に撃ち抜かれる。
研ぎ澄まされた狙撃。発砲の音はたった一度。だが、それは針に糸を通すかのような正確さでシュラキの手にする弓の芯を撃ち、その手から取り落とさせる。
「――はい、大当たり。出来れば、仮は倍返ししたいですから」
それを確認し、前衛は前のめりだった姿勢を戻す。狙撃部隊の三人はその後ろに隠れて、次の機会を待つのだが、事実上、これで狙撃部隊の安全は確保された。
「……斬る、穿つ、射抜く。だけではなくて、そこから叩き落としたいですね。覚悟、お願いします」
にこやかに、けれど穿つと涼やかに笑う神楽。
「さて、愛想を尽かされないようにしないとな」
そして突き進んだ久遠が、武器を取り落としたシュラキへと手招きを行う。無手での挑発。チェーンをで結ばれた魔導書はあれど、接近武器を持たぬ身である故に、シュラキはその太刀を抜いた。
桐原が無茶をするのは目に見えている。肌で感じている、何より、その意志は同じく抱くのだ。
想いは同じ。故に、恋人に傷を刻まれぬ為、己が最良を尽す。
結果として、笑いあえればいいのに……。
「――その為、まずは!」
その直後、追い付いた桐原が、まるで想いを汲んだかのように言葉を吐いた。
目前に居るのは膝をついたエンイフェリア。酷い負傷をしており、後はトドメの一撃と、白銀の烈風として駆け抜ける桐原。
だが、これでは終れないと紫電が轟く。雷撃を纏った穂先が、疾走する桐原の腹部へと突き出された。全力での疾走故に回避は不能。カウンターを取られたといって良い。
伸びる稲妻の一閃。だが、それは桐原へと届かない。翼のように広がり、桐原を守るように展開された水葉のアウルがそれを受け止める。
「……っ…!?」
水葉の肩口が弾け、火花と鮮血が散る。
身代わりとなって受けたものは軽い負傷ではない。が、突撃の直前に付与していた自己再生のアウルが傷を塞ぐ。更に言えば、水葉自体の生命も頑強だ。桐原ならば二撃耐えるがやっとのものでも、水葉なら三発以上は耐え凌ぐだろう。
「……有難う」
礼の言葉を呟き、槍を擦り抜けて繰り出される桐原の蹴撃。
神聖なるアウルを纏い、仄かに輝く白銀の軌跡。上段から降り下ろされた足刀は目で追える速度ではない。威烈の撃として放たれ、エインフェリアの側頭部を撃ち抜き、地面へと叩き付けるとその勢いの儘に地に陥没させる。
放たれた一撃の余波で震える戦場。衝撃は地と肌、そして五感の全てを刺激する。
故にと、天羅は動いた。二刀を携え、桐原へと肉薄する。しかも。
「ま、待て……!」
久遠に注目していた筈のシュラキもまた、桐原へと太刀を携えていた。元より知能のある相手。無視出来ない攻め手の排除を優先したのだ。
螺旋を描く二刀、そして刺突の煌めき。どれも冴え冴えとした、鋭い斬撃だった。
鮮血が舞い、一瞬で深手を負った桐原がよろめく。全力で駆け抜けていなければ避ける目もあったが、文字通り迎え撃たれて深く切り裂かれる。
「雅……!」
シュラキは知能のある相手。ならばこそ、自ら注目を集める相手は罠であると認識したのだろう。故に十全の効果は発揮できない。
即座に斬馬刀に武器を持ち帰え、桐原とシュラキの間に立つ久遠。が、その二人を挟むように動くシュラキと天羅。
即座に水葉が間に割って入ろうと、五本の影爪を一つの長剣と化して待つが、動けない。
桐原への次の一撃は危険に過ぎた。だから誰も動けず硬直した中、更に乱入が起きる。
「潰せ、壊せ、破壊しろ」
空から落ちる、巨竜の影と鋼の声。
不動神 武尊(
jb2605)が躊躇も配慮も要らぬと、猛る力を奮う事、天獄竜の異名を持つ召喚獣に命じたのだ。
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高速で紡がれた召喚は影のように輪郭から、即座に凶暴なる天の力を秘めた竜を呼びだした。
落下の轟音。それと共に、奮われる爪。暴虐を周囲にばら撒く為、破壊の腕を振るう。
背後からの不意打ちに背を刻まれた天羅。深手には至らないが、動揺が走る。
その隙を逃さずに、グレイフィアが空から結晶化させた鞭を撓らせ、シュラキを薙ぎ払う。
混乱の隙を逃さず、狙ったのは一点。
「そこ、ですね」
打ち据えたのは脚。太刀の届かぬ空中から奔ったそれは、シャラキの体勢を崩させる。
――私自身は未熟なれど。
膝を付きながら、届かぬ空のグレイフィアへと牽制の太刀を送るシュラキ。出来た隙は一瞬ともいえぬ程だろう。
だが、それで十分。
「大役を任されたのであれば、そのご期待に十全に添う……いえ、それ以上の結果を以て答えてみせます」
信に応えるべく、作った二度目の隙。
毅然とした姿、その眼差し。己の全てを懸ければ、グレイフイァは絶対に応えられると信じている。
「そういう私を、私こそが信じているのです」
故に、それを示していかなければならない。これから。
まずはその第一歩として。
「さて、じゃあ、そうねぇ……」
「此処までされたら、確実に仕留めないとね」
混濁した愉悦と、冷徹なる敵意が絶対の隙を晒したシュラキへと殺到する。
黒百合の影弾はシュラキの胸を撃ち抜き、続くクロエの弾丸は太刀を振ったその腕へと着弾する。
元より高火力砲台である黒百合の一撃で撃ち抜かれ、牽制とはいえクロエに武器を奮った直後の腕を狙われて、シュラキの太刀が地を転がる。
武器を拾おうと伸ばされるシュラキの左腕。だが、その手の甲を撃ち抜く銃弾。
「狙撃手は味方にチャンスを作るための『隠し手』……」
懐かしい言葉だと、光輝を纏い、赤く変色した瞳で両膝を付くシュラキを見つめる神楽。
今、引金をひいた狙撃銃だけでもトドメは刺せただろう。だが、確実に倒すために。借りは、何倍にしても返したいから
「武士みたいな姿をしていますからね。刀も持てずに死ぬのは、屈辱でしょう?」
武器すら持たず、敗残の兵の如く死ぬ。これが己だったと、死せぬ儘。
「斬られてしまえば良いのではないでしょうか?」
僅か一閃。久遠の振う斬馬刀が静寂の刃を以て、シャュラキの首を跳ね、天羅の胸板を削る。
身を旋回させて放った一刀。凍えるように隙がないのに、それは焔のように苛烈なる刃だった。
「加減はなしだ。剣士として死ぬのも許さない。……俺の雅に刻んだ傷の倍、与えてやる」
静かに、凍えるように。けれど激情を瞳に宿し、久遠が残る一体を見据える。
傷つけてしまった己こそが許せないと、憤りを静かに込めながら。
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優勢は決し、けれどサーバントに撤退の二文字はない。
背後から襲い掛かった暴威の竜へと繰り出される螺旋の双刀。鱗が切り刻まれ、骨まで削るであろう一撃を割って受けたのは水葉だ。
一刀目は水葉が弾こうとして失敗し、受けた。続く二刀目は動きの精細さを欠く天獄竜が受ける。
天獄竜が呻き、不動神も意識が消えかける。生命力の共有の上、召喚獣が攻撃する際には召喚主が攻撃出来ない基本原則。それを無視して主と獣が同時に暴れようとすれば、無理が出る。
「だが……!」
不動神の命に従い、天獄竜がその牙を向ける。あっさりと避けられるものの、その回避行動を予測した黒百合の狙撃が飛ぶ。
鼻歌混じりに最大射程から、最大火力を放つ黒百合。
「まあ、これが浪漫よねぇ……♪」
とはいえ、一撃でも受ければ危険な身だった。継続戦闘能力を捨て、一点特化に絞った能力故に此処まで力を発揮出来たと言える。
続いたのは揺らぐ湖面の如き静謐の太刀。たった一閃、一太刀を極めた久遠の斬馬刀が天羅を斬り裂いた。
「おい、お前の相手は俺だ」
故にと返しの刃を放とうとする天羅。けれど、螺旋を描く刃が届く直前に、クロエと神楽の支援狙撃が飛翔し、天羅の動きが止まる。
そして、舞う白銀の閃光。
薙ぎ払うは、銀の雷光の如く流麗なる蹴撃。
「一瞬で良い、止まれ」
中段蹴りが水月に突き刺さり、天羅の意識が瞬間、途絶える。そして、それだけで十分だった。
庇護の翼で仲間を庇った分、水葉に刻まれた負傷。溢れる血。
それが舞う。瞳が鮮血の色彩に染まる。血吸い桜の花びらが舞う如く、狂を秘めた桜葉のアウルが脈打った。
そしてそれが形作るのは、赫蝕の長剣。
「……終わり、ですね」
他を見ぬ。感じぬ。刹那の為だけの力。
天羅の心臓を貫き、その命を奪う。そして砕け散り、血の花吹雪として散っていく。
戦場の花吹雪に、これほど美しく、暗鬱で、凄惨で、そして相応しいものはないだろう。
死を飾る、血の花。
「でも……この血花の道が、続く」
水葉の言葉はその通り。
グレイフィアとて解る。感じる。
血が、刃が、戦が、火が。
きっと隻腕の使徒を呼ぶ。戦火を求めた剣を、呼び戻す。
その時、グレイフィアは、どうしているのだろう。
解らないからこそ、戦場を走るのかもしれない。今は、まだ。