血で染められた夜に、振り翳される死の大鎌。
赤黒い刃は更なる血を求め、ぬらりと輝いた。
切っ先は、少年の首を狩り飛ばそうと滑る。
救いの手がなければ絶命の瞬間。
だからこそ。
「貴方のお相手はこっちよ……!」
死と血の宴から救い上げるべく、ケイ・リヒャルト(
ja0004)を初めとした八人の撃退士がその武器を構える。
凝らされる銃口に、引き絞れる弦。
咄嗟の状況に混乱する事なく、少年を救うべく動く。が、既に振われた鎌刃は銃弾では止まらない。
「四の五の言っている暇はないな…!」
そして誰より早く、全力で飛び出したのは久遠 仁刀(
ja2464)だ。
全力で跳躍し、振われる刃をその身で受け止めようとする。そうしなければ、少年は死んでいたと思うが故に。
己の速度を上昇させたチェーンを間に滑らせ、急所への斬撃を逸らそうとするが間に合わない。肩口を深く切り裂かれ、鮮血が飛び散る。いや、飛び散った筈の血液が、そのまま鎌刃へと吸い込まれていった。
吸血の幽鬼。殺戮の為のディアボロ。人の敵だ。
斬りつけられながらも、渇きの渇望を宿す瞳を真正面から睨み付ける久遠。一歩も引きはしないのだと。
そして、仲間達の援護が射撃として走る。
「厄介なディアボロだねぃ。でも、助けるさぁね」
ケイの視線を受け、タイミングを合わせて九十九(
ja1149)がそれぞれ放つアウルの弾丸と矢。
素早く放たれた弾丸も、装甲を溶かす矢も血液を凝固させたローブに阻まれ、掠り傷だ。
九十九が纏わせた腐敗させていくアウルは防御力を削っていくだろうが、まずはこの血液の装甲を崩さなければ意味がない。
が。
「あくまでローブでの防御だな。素肌に当てれば特殊な鎧も意味もないか」
神凪 宗(
ja0435)の呟く先、洋弓で放った矢がローブからはみ出た腕へと突き刺さっている。
どんな堅牢な防御も、それを纏う場所でなければ効果は出ない。当然の事がこの幽鬼にも通じている。
尤も、それは血液を消費する装甲を使わせないという事でもあるのだが……それでも、機を作るには十分だった。
元より倒す事より救う事を優先しているのだから。
腕を貫かれ、注意が逸れた所へ、疾風と化して走る二人。
変わる事のない笑みを浮かべた儘の鷺谷 明(
ja0776)と、記憶に残すのも嫌だと顏を顰めるグロリア・グレイス(
jb0588)。
そして振るわれるのは迅雷の武技だ。
瞬きする間もない。二人の姿がその速度によって掻き消える。
「こんな真っ赤な舞台、吐き気がするわ」
「池魚篭鳥。いやまったく、ままならぬ」
放った言葉が届くより早く、鋼糸と古刀が閃いた。
その様はまさに稲妻の如く。一撃を与えると同時に出来た隙を逃さず、疾走する。
追撃を許さぬ高速の一撃離脱。反射的に硬度を増したローブとの激突音が響いた時には、明とグロリアは兄と妹を抱きかかえて後方へと下がっていた。
敵の一撃は久遠が受け、九十九と神凪、ケイが射撃で注意を逸らした隙に明とグロリアが保護対象の兄と妹を回収する。電光石火の早業であり、各々が連携を重視した故の確保だ。
そして、回収した後方では、癒しの光が瞬く。
「僕の力が……痛みを癒す、光になるならッ!」
深手を負った兄。その傷を癒すべく、レグルス・グラウシード(
ja8064)が治癒の術を発動する。
本来なら一刻も早く離脱させるべきなのだが、このままでは危険と判断したのだ。
それ程までに酷い負傷、いや。
「むごい……」
瞼を伏せ、呟いたのはインレ(
jb3056)だ。闇の翼を展開し、何時でも逃げられるように待機している。
傷が癒えるのを待ちながら、幽鬼へと銃口を凝らす。その胸の中で渦巻くのは、下のホールの惨状だ。
多くの命が刈り取られ、この子達は親を目の前で失ったのだろう。
伸ばせる腕には限界がある。救える命は全てではない。それは解り切った現実。
「……やるせないな」
だからと言って割り切れない。血の匂いに惹かれるディアボロの胸部へと銃弾を叩き込む。
血が固まって防ぐ。が、その血は何処から?
誰から、奪ったのだ。尊き命ごとに。
「これ以上は奪わせんよ。故に、此処までと知れ」
僅かな怒りを滲ませ、吸血幽鬼を睨み付けるインレ。
救えなかったものはあっても、未だ救えるものはあると信じ、兄と妹をその腕に抱きかかえる。
外へと。この血で染まったホテルから、飛び立つ為に。
●
血への渇望が渦巻く瞳が、窓を突き破ろうとするインレへと向けられる。
傷は癒えども、纏った匂いまでは消せないのだろう。目の前にいる、負傷した久遠よりも、兄の方へと動こうとする幽鬼。
躊躇という抵抗は一瞬。自分が成すべき事を、久遠は確信する。
武技、剣術。常に積み重ねていたそれらへの自負はあるし変わらない。刀剣ではなく魔技に頼るのは、まるで逃げのようだと思っても、失ってはならないものがある。
積み上げて来た努力、研鑽。それらは人を支えるものであっても、人の心そのものではないのだから。
雷撃の剣をチェーン状の魔具から産み出し、手にする久遠。斬撃と共に放つのは、白光の炸裂だ。
「吸血鬼なら、光に焼かれて消えろ!」
人の命より、大切なものはない。
失わない為。守る為。剣を握った理由を、手放せない。
それがなくなったら、何の為に己を鍛えれば良い?
剣と武に生き続け、そして心も在りし儘でありたいから。
「――目の前で失いたくないだろう、もう何も、誰の命も!」
故に久遠は吼える。武威を込め、白き閃光が視界を焼く。
輝きは一瞬。だが、相手を怯ませるだけの光と斬撃。意識をも刈り取った一撃。
その隙に窓を突き破り、インレが外へと離脱する。一人戦力が減る事になったが、気にする必要はない。
「さてさて」
笑みは変わらず。救助戦ならば、それ相応の楽しみがあるのだとのだと明が再び接近する。
放つのは貫手。それも寄生し、生命力を奪って成長する樹木の因子を纏ったものだ。
「楽しみ方は色々あるしね?」
ハンデを背負い、護る対象のある戦い。そう考えれば、この状況もまた愉しみの一つだと、笑みを深める明。
「意識を失っている今がチャンス、かしら?」
ケイの言葉に賛同するように、攻撃を天上へと集中させて火災感知機を作動させ、スプリンクーラーから放水させる面々。
吸血幽鬼の危険性はその吸血性にあると、誰しもが理解している。
「……これでもすすってろ、バケモノめッ!」
更にレグルスが投擲したミネラルウォーターが幽鬼へと衝突し、その身体を濡らしていく。
溶血したものや、範囲の外に流れてしまった血液までは吸えないだろう。ましてや、その身体自体が水で濡れていればどうするか。
「此処までは順調、だが……」
此の儘、終ってくれるとは思えず、神凪は呟きながら再び矢を射る。
空を裂いて飛翔し、ローブの奥にある頭部に刺さった筈の一矢。瞳を貫き、血を流させる。
「――いや、待って」
そして、その兆候に気付いたのは援護に徹しようとした九十九だ。
自分達の間合い、距離。そして、浮遊している相手。今は意識はがなくとも。
「久遠、吹き飛ばしてくれ! この間合いは危険だ」
相手がただ直線に来るだけで、全員がある技の間合いに入ると気付いて叫ぶ。
けれど、それは遅かった。
●
「……っ…!」
意識を取り戻した幽鬼。
血の大鎌の刃が踊るように揺れて波打つ。
九十九の言った通り、危険だ。少なくとも直感がそう叫んでいる。
斬馬刀に持ち変え、アウルを収束させた峰討ちの一撃を繰り出す。剛の気迫は打撃点から烈風の如く爆ぜ、炸裂した衝撃波で周囲の風景が揺らぐ程。
幽鬼も後方へと吹き飛ばされている。だが、止まらない悪寒。
それは、起き上がると共に飛び出した幽鬼の跳躍によって引き起こされた。
「逃すとでも?」
そう言い放ち、自分達の頭上を飛び越えようとした幽鬼へと古刀で斬り込む明。が、起きるのはやはり衝突音。与えた負傷は軽微で、相手は止まらない。
浮遊する身体は前衛を通り越す。そして、ダメージを最小限に抑える防御能力は無茶な突破を可能にするのだ。
そして、敵が着地したのは九十九の手前。前衛と後衛の間に割って入った、血鎌の狩人。
レグルスやグロリアの横でもあり、波打つ大鎌の射程に入ってしまう。
血に惹かれる性質である。もしも血を付着させているのが久遠であれば、彼に集中攻撃していただろう。
だが、スプリングクーラーの放水でそれらは流されている。吸血の効率を下げている筈だが、相手に最優先目標を失わせた事で、最大効率の殺戮を目指させる事となったのだ。
故に変形する大鎌は、赤色の乱舞。毒蛇の素早さを以て、空間を奔る鮮血の嵐。
射程に七人、この戦場にいるもの全員を捉えて奔る血刃。神凪だけは空蝉で回避しているが、他の六人は深く切り裂かれている。
「失策、ですか……」
恐らく、最も警戒すべきだった技はこれだ。範囲10メートルに渡る全員に攻撃可能な一撃。前衛を無視し、前進して放たれれば、一気に後衛が瓦解する。
実際、この一撃でケイ、九十九、グロリアの三名は一気に危険域にまで負傷している。
後一撃、同じ事を繰り返されればそれだけで終わる。
「支援のつもりでしたが、上手くいきませんね……」
脅威となる技を単体の高火力に絞り、回避への援護射撃を限定した九十九のもやはり失敗。今ので一人でも回避出来ていれば、戦況は此処まで悪くはならなかった筈だ。
だが、まだ終わってはいない。深く切り裂かれた身を押して叫ぶ。
「散開しましょう。二度、繰り返させたら終わりです……直線だけではなく、四方に散って下さい」
その言葉通りにそれぞれ別方向に後退するケイと九十九。
「血をまき散らすダンサーなんてナンセンスね……」
次に一撃でも受ければ意識を失う。いや、レグルスの施したアウルの鎧がなければ倒れていただろう。そうと感じつつ、グロリアがチタンワイヤーを手繰り、幽鬼の鎌を拘束しようとするが、力付くで弾かれる。迅雷にて後退したものの、相手が移動して攻めれば間合いだと気付いてしまう。
「ただ、先ほどと同様の攻撃、そう何度も出来る筈がないでしょう?」
そう言葉にしながらクロスボウにて射るケイ。やはり血液の装甲で弾かれるものの、その量はもう初期の半減以下となっている。
「此処までくれば意地ね……貴方も、もう守る力は残ってないんじゃないかしら?」
スプリンクーラーで血を洗い流すのは一長一短だった。先のように標的を誘導出来なくなるのが弱点だが、相手の吸血能力を妨げている。その結果が今。
「一気に、いくぞ……!」
僅かに発光する気刃へと武器を持ち変えた神凪。そして。
「後は任せてくれと、そう先ほど言って来たのでな」
故に退けぬと、腕に武器を装着したインレが闇色の翼を羽ばたかせ、戦場へと戻る。
無傷の仲間の参戦。これがどれ程嬉しいものであるか。
それぞれの得物を握り締める手に、力が籠る。後は本当の、一瞬の勝負。
レグルスの施すライトヒールがグロリアを癒す。
その光が合図のように、撃退士とディアボロ、その互いが攻め懸る。
●
「相手願おう……!」
神凪の手にするのは非実体のアウルの気刃。だが、それに闇が纏わりつき、漆黒の気剣へと変じさせる。
のみならず、その動きを高速化させ、死角からの強襲を可能にする。その動きはまさしく神速。逆袈裟に斬り上げられた闇刃は翻り、刺突への二連撃となる。
だが、凝固した血液に阻まれ、負傷は軽微――むしろ、それを待っていたと死を与え、血を奪う一閃が振われる。
九十九が援護として放った回避を助ける紫紺の風を帯びた筈が、斬り裂かれた神凪。
これにて再び大量の血液を得て、吸血幽鬼の形勢逆転、などとは許さない。
『……ッ……!』
吹き上がらない血潮。切り裂いたのは、ただの衣服。
「先ほどもその空蝉で避けられた。二度目はないと確信でもしていたのか?」
そして、その一撃の後ろで薄く笑う神凪。二連撃と死血の一閃で失った血液は多く、それを取り戻せてもいない。
完全な無駄撃ち。そこへ。
「さて、この程度で恐れる訳はないでしょうが」
床から這い上がるのは明の呼び出した地縛霊達。幽鬼の動きを縛るべく、伸ばされる手。
恨みに怨念。それこそ、先ほど殺した者達のそれが絡みつくように、幽鬼の動きを縛り上げる。
「……そして、体内で育った木はどうですか?」
身体を突き破り、毒々しくも美しい紅色の花が幽鬼の身体にはえていた。明が事前に放っていた、生命力を奪う毒の華。頑丈な鎧を持っていても、これは持続的に内部から生命力を奪い続けていたのだ。
「与える血など一滴もありはしない。流れる血もない。――血で染まる明日の記憶なんて、決して刻ませない!」
心臓を貫けと、グロリアの矢が飛翔する。それを弾くが、そこがディアボロの限界。
「悪夢は、太陽の光と共に消えるべきよ。夜霧の如く、消えなさい」
「臆病な戦術と笑うだろうが――攻め続けさせて貰う」
振われる久遠の斬馬刀。激烈なる一撃に後方へと吹き飛ばされる幽鬼だが、前回と違うのは最早、 防御に回すだけの血液がない事。鎌を形作るのがやっとで、ローブはただの布と同じだ。
此処に来て九十九の放った腐敗の効果が出ている。防御力を低下させられ、防御能力を失ったデイアボロ。しかも連続して戦い続ける中、毒を受け続けて生命力も低下している。
「今、狙わせて貰うさね」
故に今しかないと、魔を打ち抜く蒼い光を宿し、引き絞れた九十九の矢が飛翔する。
喉を貫く祝福受けた一矢。それでもと動くのは、血への渇望。
「動けなくなるまで動く、ね」
憐みなどない。これはそういう存在だというだけ。
暴力で殺戮そのもので。そして、あの兄と妹への心を刻んだ化け物。
「消えなさい」
研ぎ澄まされたケイの矢がその膝を打ち抜き、幽鬼が膝を付く。それでもと、血刃の鎌を波打たせ、一撃を狙う妄執の姿。
「……こんなものに、か」
自分さえない。ただ渇望に動かされる、飢えと渇きによって動く化け物に、どれだけの人の命が奪われたのだろう。
怒りを感じ、それでも九十九に癒しの光を施すレグルス。
トドメを刺すのは簡単だ。それだけの力はある。でも、こんな化け物と同列にされたくない。
「誰かを癒す為の力だと、思いたい」
だからと、トドメを引き受けたのはインレだった。
癒す力、護る武、そして戦う腕。
その腕を貫手として、まるで杭の如く腕に装着した武器を放つインレ。
「血を吸う鬼よ。今宵はお前が──串刺しだ」
胸を穿ち、心臓を破砕し、幽鬼の耳元で終わりを告げるインレ。
「そして、あの兄と妹はまだ続く。続けさせて貰う」
あれからあの兄と妹はどうなるだろう。
何を見て、何を知り、心を癒していくだろうか。
血で染まった夜が明けて、吸血鬼は悪夢と果てる。
明日見る夢は、どんな夢だろう。