――気付いたら死んでいたとは、なんとも酷い話でありますね……。
呟く暇もあればこそ。一気に後ろへと跳躍する綾川 沙都梨(
ja7877)は銃口を王へと向ける。
狂いかけの想いは、鼓動が止まっても終わりはしない。
「何はともあれ、自分の『意志』は未だ健在……誰にも、もう二度と」
軋む心。罅割れて行く感情。狂騒寸前に、ただ『在る』事へと執着する綾川が口にする。
「誰にも、二度と殺されるつもりはないであります……!」
そして轟く銃声。閃光と共に放たれた銃弾は王の胸を、腹を穿って貫く。
王は避けるつもりも守るつもりもなかった。身を削られながらも、止まる事なく、影を纏う大剣を振り翳す。
「ならば、俺を殺してみせろ!」
そして繰り出される剛の斬撃。飛び出して迎え撃つ久遠 仁刀(
ja2464)へと放たれる。
裂帛の気合。そして感じる力。どれも恐怖を抱かずにはいられない程のもの。
だが。
「上等だ。終わりたいとほざくなら、その王座、奪わせて貰うぞ……!」
弧を描く斬馬刀にて大剣を受ける久遠が吼える。たった一撃の重さで骨が軋み、筋肉が千切れていく。あまりの圧に、大理石の床が砕けて割れた。
これが不死の王。
生命の簒奪者の力だ。
――惜しい、欲しい。
力への飢えと渇きを瞳に宿し、絶対の力へと眼差しを向ける。
「奪ってやる」
敗北を飲み続けた喉に、無力さの満ちた胸に、死の力を希う久遠。
要らないのだろう。死にたいのだろう。終わりたいのだろう。
なら、後は簡単だ。
「終わりを救いとし、最後を求める、か。なら俺があなたを射抜いて終わりを刻むよ」
何も迷う事はないと、各務 与一(
jb2342)の指が流れた。
その動きは迅速そのもの。アウルの矢を紡ぎ、弦に番えての一閃。淀みない動きは王に反応させる時間も挟ませない程だ。
言葉の儘に肩口を貫く。飛び散る血の少なさは、やはり死んでいるからなのだろう。
「死んだものが動くだなんて、世界の理と条理を捻じ曲げているから……」
与一の呟きは誇りと憎悪が均等に混ざっている。
生きていたからの矜持がある。死んだら終わりだと知っているから。
何より、心が死んで、愛しい人の魂さえ解らくなるだろう自分を許せない。
矢を抜く為、久遠と鍔競りをしていた王が後ろへと飛ぶ。そこへ突き進むのは桝本 侑吾(
ja8758)。
槍のような切っ先の大剣を携え、突き付けるように王の心臓へと痛烈なる刺突を繰り出していた。
「敬意は表するよ。だからこそ、終らせてやる」
自己犠牲の満足の儘に消えろと、烈と化して切っ先が迫る。
受けた王の大剣が悲鳴を上げ、後方へと弾き飛ばされる王。
追撃は久遠の刃閃と、常塚 咲月(
ja0156)の寂しげで悲しい声。
冷たい響きを持って、剣を構える王へと訴える。
「ずっと、独りだったんだ」
こんなにも広い場所で。綺麗かもしれないけれど、何もない場所で。
ああ、常塚だって死にたくはない。けれど、心を殺す孤独の辛さを知るからこそ、言葉を投げたいのだ。
「―─誰かを殺す事に、迷いはない…。けど、今までずっと独りでいる事に耐えて来たなんて、凄いよね……」
それは、ダレかを思い続けたから?
心臓は止まっても、その願いだけは動き続けたの?
「ねぇ。今、死にたいというのは――その人を」
忘れたくないから?
愛した心の欠片だけは、失いたくないから?
常塚の問う言葉は間に合わず、白刃の一点に気を収束させた久遠の刃が奔る。
「真っ向、正面からだ。想う事あれば、遺言として刃で語れ!」
全ての闇を払うかのような、朝焼けの如き閃光と共に振われる剣閃。
ただ、胸にある闇と不安と欲望は拭えずに。ただ、静かに、静かに、息すら殺し盾を構えて、カエリー(
jb4315)はその瞬間を待つ。
「――僕の概念、それは空」
死も絶望も狂気も殺意も全て。
「全てを受け入れ、飲み込むモノ。世界を受け止めるモノとして」
その在り方を護り続けながら、この玉座で、この世界にいる為に。
方法など選ばない。
カエリーの細められた眼の奥で、冷たくも鋭利な光が瞬いた。
●
一瞬でも刃を合わせた時に感じた王の力量。
その彼我の差は計り知れなかった。何故一太刀目で斬り捨てられなかったのかと、疑問が浮かぶ程に。
繰り返される斬撃と刺突の応酬は徐々に激しく、そして身を打ち据える気を迸らせていた。
「自分が間合いに入り込むのは危険過ぎますね、これは」
横手へと回り、綾川が連続でトリガーを弾いて銃弾を浴びせる。
肉に食い込み、或いは爆ぜされている弾丸たちだが、決して王は怯まない。
――これは壊せるのか?
綾川が持つ破壊衝動が、鎌首をもたげた。試してみたいと、そう強く思う程に。
首筋を削られ、肩口から肺を切り裂かれて、胴を切り裂かれている王。それでも、暗鬱な影を纏って大剣を振るっている。
これは止まらない。物理的に動けなくなるまで、消え果るその瞬間まで。
「……お前の愛している人は、どんな人だった」
だからこそ、これほどの武を、意志を持った『元人間』の事を、せめて消える前に。
桝本は、今の今まで王を支えていた強い感情へと、意識が向いた。
返答は黒の剣風。影が鎌鼬となって走り、桝本の胸部を横一文字に斬り裂いた。
人であれば死んでいたであろう深手。けれど、未だ立つ桝本へと言葉が送られる。
「もう――覚えていない」
それは錆びた言葉。
時と共に朽ち果ててしまった記憶の残骸を探るよう、眼が細められた。
これを隙と見た久遠の斬馬刀が走り、王の左腕を斬り飛ばす。吹き上がる血は余りにも少なく、王の身体はからっぽであるかのようだった。
がらんどうの身体に、空虚な魂。だが、それでも力を求める久遠は止まらない。
返しの刃に斬り飛ばされ、後方へと飛んでも瞳の奥の熱は褪めなかった。貪欲さと、暗い戦意の炎が踊っている。
「――それが、どうした?」
それだけの力があれば、満足だろう。
その力で、愛する人だって救えたのだろう?
――それが出来ない俺は、どうすれば良いというのだ!?
追撃を桝本が大剣を打ちあい、受けて止める間に常塚の言葉は綴られる。
「王……今は、寂しい……? 今は独りじゃないよ……?」
銃声と剣戟。王を包むのはそういうもの。それでも、今は独りではない筈。
常塚は、少しの躊躇いと共に、続ける。
「王……もう一度、生きてみる気ない……? 独りより2人の方が色々ときっと楽しいよ……?」
そして、今まで、この日まで続いた事へと、届と。
「王が愛していた人は、王を死ぬ事を望むの……?」
「ああ……」
瞬間、奔ったのは何だろうか。
悲嘆、絶望。呻き声のような、泣き声のような。
ただ、負の感情が武威となって吹き荒れる。影と闇が踊り、六人を打ちのめす。
「もう、彼女の声を思い出せない」
それは、王が消えたいと願う程の絶望。
「彼女の顏を、瞳と髪の色を。肌の温もりを……っ…!」
これが抑えていた哀しみの叫び。
誰かに殺されていても、留めて胸に留めておきたいものだった。
「これ以上、彼女を忘れる前に。これ以上、彼女と離れる前に。俺を殺してくれ……!」
でなければ、殺してくれる者を探すのだと、隻腕にて大剣が振わる。
だが、そこに最早技術は欠片もありはしない。感情に任せて振われた、子供の我儘のような一振り。
擦り抜けて、王の胸へと切っ先を向けた桝本。
「ああ、良かったな……お前は愛に生きて、愛に死んで、愛で消えられるんだ」
そして、渾身の武威を持って貫き通す一閃。槍のように真っ直ぐに心臓を貫き通して、後方の壁へと吹き飛ばす。
それでも死ねない王。
心臓は止まっている。ただ、泣くような、笑うような、複雑な表情を浮かべて。
「愛の為に、消えられるか?」
羨ましいと、そう僅かに思う。そんなに一途に、誰かを想う事が、愛なのだろうか。
だから、常塚は呟いた。王を眠らせる為に。
「王が愛した彼女のもとに行ける様に願ってる……。今までお疲れ様……ゆっくりと眠って」
そして、放たれる一矢。これが終焉だと、王の額へと突き刺さる与一の矢。
「あなたは安らかに眠ってください。不死の王の地位と呪いは……俺が受け継ぎます」
ざらり、と砂へと化していく王。
そして王が纏っていた影が与一へと移り、手にする弓を覆っていく。
かくして。
「皆、赦してくれとは言わないよ」
地を転がっていた久遠が立ち上がるのを見て、人へと戻れるのかと綾川が視線を向けるのを感じて。
「不死者は俺一人でいいから。みんなは人として死ぬんだ」
この世界の条理に従わぬものは全て殺すと、狂気と悪意が踊り出す。
番えられた矢が、桝本の胸を射抜いた。
殺し合い、消し合う、想いの果てへと、今転がり始める。
●
王の力を得た与一は、城を閉ざすつもりだった。
この世界が大好きで、あの空の下で笑う彼女が大好きだから。
妹の住む世界を侵す異物になりたくないと、我儘を貫こうとしていた。
誰かが蘇る事も、この世界を歪めるのだと――
「でも、自分は生きたいのでありますな」
――その想いは清冽故に、狂気の乱舞へと投じられた。
綾川が放つ弾丸が五月雨の如く身を打ち据え、久遠の斬馬刀が胸を割き、桝本の大剣が首筋を削っていく。
死にたくない常塚すら拳銃で積極的に迎撃を行い、カエリーは常に背後へと回って隙を伺っている。
五対一――それも手にしたばかりの王の力を自在に扱える訳がない。
暁のような白き閃光と共に、斬首を狙った久遠の斬撃が与一に放たれた。
「お前も、どうせその力、使わずに終わるんだろう?」
急所を逸らそうと身を捻るが、肩から胸の半分までを切り裂かれる。
「――お前の意志は俺に似ているよ。俺も王となれば、新たな王が此処にありと、全てを打ち倒そう」
負傷の大きさの割に僅かな与一の流血と、久遠の黒い衝動の炎。
「……っ……」
怖気振うとはこの事か。闇色の情動、飢えは危険だと、鉄扇に持ち変え、久遠の肩へと与一は打ちかかる。
砕けた筈の骨。感触も音も確かに。
だが、それで止まらないから、不死者なのだ。
故に、桝本は大剣を構える。止まって要られない。横に並び戦う久遠を王にしてはならないと、本能が告げていた。
実力云々ではない。
――果たして蘇った後、その人間はこの部屋から出られるか?
蘇らせてはくれるだろう。だが、久遠を王とするには危険だと感じるのだ。
だから、謝罪は呟くように。
「俺も自己満足の後に、死ぬからさ」
不死者はこの場に要らない。この世界に不要だ。
そして、せめて最後位は――満足して終りたいのだから。
繰り出された斬撃は与一の首を切り落とし、桝本を次の王へと変じさせる。
もう言葉はなかった。
滑る刃と動きだけが、全てを決する。
最初から、正気な人間などいなかったという事だろうか。
●
桝本の首を描き切ったのは、鋭利な斬糸だった。
何時の間に居たのだろう。何時、そう狙ったのだろう。
背後へと回り込んだカイリーが指で手繰り寄せ、桝本の首に絡めたのだ。
「……ぁ……な……」
最初から狙いはこれ。王を狙う者達が疲弊するのを待っていたのだから。
カイリーのせいで、ダレかが消えても。
「どんな代償を払っても、『存在』し続けたいんだ」
そして奔る、鈍色の斬糸。首を切り通す、鋭利な刃。
――抵抗は、一瞬しか出来なかった。
それはただの走馬灯。もしかしたら、頭と胴体が離れている間に思ったのかもしれない。
――なんで、俺は戦って来たのだろう?
どんな願いが桝本にはあったのだろうか。
命が潰える瞬間、存在が砂となる刹那に。
――ああ、俺はただ生きたかったんだ。
では、どうやったら生き残れるだろう。そんな悪あがきを、首から離れた頭で考える。
無理だと解っていながら、最後の最後まで思考するその顏には、自嘲に塗れた笑みが浮かんでいた。
殺す側も、殺された側、ただ『存在』したくて、『生きたくて』。
何処までも、何処までも、純粋に存在したいという祈りを込めた瞳が久遠を射抜く。
王を狙うのは、この二人。
だが、この時点で決着はついていた。
「奪わせて貰うぞ」
奪われ、踏みにじられ、足りないと力への飢餓を刃に落とす久遠に、カイリーは子供のように笑った。
残酷に、無慈悲に。
希望を踏みにじる、冷たい声で。
「こう言う方法も、アリだよね?」
カイリーの指が、久遠を向いた。
途端、噴出した鮮血。今までの戦いで付けられた傷口から、一気にこぼれ出して流れ出す。
「……がっ……」
膝を付く。砕けた肩の骨の激痛を感じて。そして、胸の心臓が脈打ち始めたのを知って。
「不死者の儘なら簡単に死なないだろうけれど、人だと、違うでしょう?」
屠る為に、生き返らせる。矛盾だと知りつつ、ナイフを指で操るカイリー。
「ふ、ざけ……るな……!」
重なった傷は既に致命傷。それでもと久遠が吼え、片手で剣を握り締める。
足りないのだ。力も心も。
奪われるものすらありはしなかった。何もかもが足りず、届かないなら、その為なら。
「狂気だろうと、死だろうと飲んでやる……!」
そのからっぽの身を満たしてくれ。
孤独で心が死んでも、何も出来ぬ己など許せなくて。
「嘆く事さえ出来ない無力な命など、要らないから……!」
けれど、煌めいたカイリーのナイフが久遠の喉を裂いて、言葉を止める。
永遠に足りないと求めた少年は、最後の言葉さえ残せず。
ただ、存在したいカイリーはそれへと微笑みを浮かべて――銃声。
●
それはきっと咄嗟の判断だったのだろう。
思考のない反射だっただろう。
常塚が引き金を引き、弾丸がカイリーの頭部を打ち抜いていた。
油断であり、或いは意識しなかった存在だからかもしれない。
敵対と認識するより早く、放たれたた殺傷の銃弾にこめかみを貫かれ、カイリーもまた砂となる。
敵意はなかった。殺意もなかった。
ただの、反射だった。人が殺されようとしているから、助けようとして放たれた弾丸。
狂気ではない、人のそれ。
「……私、が」
殺して、王となったもの。
助けようとして、王となったもの。
それこそ、愛する人を助けたくて、王となった『彼』のように。
拳銃を取り落として、常塚は奥へと進む。
そこには、冷たい玉座があった。
誰かが求めた、けれど常塚は求めていなかった、永遠の孤独の椅子が。
「冷たいね。王座ってこんな感じなんだ……」
「さて、どうします? 自分達の『女王』? 天魔や悪人から命を奪っていきますか?」
唯一残った臣下のように、綾川が口にする。
「私を人に戻してくれれば、久遠ヶ原などの組織に助けを求めにいきますが」
「そうだね……」
血も砂も遺体も全て、何時の間にか消えていた。
ただ、虚ろな月光が満ちる部屋だった。
何れ、誰かに明け渡す、玉座。
今はまだ狂っていない女王が、悲しみの雫を、落としていく。