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マスター:燕乃
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/02/27


みんなの思い出



オープニング



 清浄にして清冽なる場の空気――それが烈閃として放たれる。
 それは神気の発露。一人の天使が顕した怒りの感情だ。
 意は刃と化して場の全員の精神を切り刻む程。だが、その場の静けさは微塵も揺らいでいない。 
 彼女にとっては、不愉快さを表しただけなのだろう。
 大天使アルリエル。長髪を手で払いつつ、彼女は青色の瞳で問う。
「――私に引け、と言うのか?」
 怜悧な声だった。
 凛と響き渡り、視線と共に相手を射抜く。
 そこにはもう怒りはない。鋭い声で、その理由を問い返すだけだ。
 アルリエルは激情家の性質を持つが、それを振り翳すだけの存在は見っとも無いと思うだけの知性 と誇りがある。
 曰く、天界に産まれし天使の誉れ。
 祝福の光あれよと、冥魔との戦いは誇りだ。
 若い過激派の天使の中でも、我一番槍にと戦いに身を投じるアルリエル。
 年若く大天使に上り詰めたのは、何も力だけではない。その矜持と若い同胞を率いる気質を評価されている。
 アルリエルは先陣を切り開く剣姫なのだ。
 麗しき剣姫の元に集い、共に戦おう。天界が統べる世界こそ、至高の法理。
 そのような美々しさには年若い天使程、『酔う』。遅れを取るな、いや共に。アルリエルの駆けた戦場に続いて、過激派の天使達は雪崩れ込む。
 ただ、それだけの気質を持つが故に。
「その理由、応えるが良い。納得はさせられるな?」
 退却の命令そのものに反感を覚えるのだ。
「……来たる冥魔との戦いに備え、本陣である『ツインバベル』の防衛の強化をと」
 眼前で傅く名も知らぬ使徒。彼を見据えながら、けれど別の名を口にする。
「そう、ミカエル様は言ったのか。ウリエル様は遅れを取り戻せと、誇りを失うなと口にする中」
 声は静かで、けれど深みを持つ。堪えた激情が重さとなった。
 妹のように可愛がってくれる、姉のようなウリエルの顏を思い浮かべる。
 奥歯を軋む程に噛み締めた。自分が至らぬから、ウリエル様の力になれないのだと。
 怒りはその儘、自己へと向かう。つまる所、アルリエルの無力さが原因だと。
 そして反論の余地なしと思い、下がれと告げてしまった。
 これで退却は確実。
 サーバントをこの港に残していくが、周囲への侵略を行うには兵力が足りない。
 それどころか、専守防衛としてもじりじりと土地を奪われていくだろう。
 申し訳ないと――そう思うのは、何もアルリエルだけではない。
「アルリエル様、一つ、進言があります」
 言葉を述べる隻腕の使徒、前田走矢。
「……この儘、ただ撤退すれば、あの撃退士どもの砦である撃退署に背を見せる事なります」
 本来なら策を講じるような男ではない。だが、これは忠に生きるものである。
 剣を捧げた主の窮地ならばと、前田はそれを囁いた。
「成程、確かに」
 そしてその意を受け取ったアルリエルも瞼を伏せた。
 その気質は凪いでいる。二人して、戦場に臨む前の気を宿し、口にする。
「ただ撤退するのでは背から強襲を受ける危険が伴う。故に、先に脅威を排除して、か」
 脅威などとは思っていない。潰そうと思えば、今まで潰せていたと確信している。
 だが、これは確かに丁度良い手土産だ。穏健派達も水面下で何やら動いているが、戦果という華を持ち帰れば。
「前田、サーバントを集めろ。四十程度で良い。それらと、私とお前であの砦を落すぞ」
 鞘から抜き放たれるアルリエルのシンクレア。蒼光を宿す切っ先を、己が使徒である前田へと突き付ける。
「参るぞ。天の剣と刃、此処にありと」
「御意に」
 故にと、前田の紅の瞳が戦意に燃える。
 共に在りし、共に戦いし、主の剣として。




●四国・とある撃退署



 
 それは偵察に出ていた部隊の報告だった。
 前田の陥落させた港から、無数のサーバントの群れが迫っているという。
 ついに来たかと思う。撃退署のある街は、奪還後に防衛拠点として整えられている。それも全ては再び前田と、その手勢が攻めてくるであろうという確信からだった。
 二度の敗北は名折れどころではないと、奮起する撃退士達。久遠ヶ原へも戦力として学生達へと呼びかける。
 あの前田走矢だ。撃退士、特に久遠ヶ原の学生達との戦闘に執着しているあの使徒ならば、その闘争に身を任せる事もあるだろう。
 だが、そんな希望は余りにも空虚だった。
「大天使……アルリエルを確認……っ…!」
 陣容を確認しようとした第二次偵察部隊は壊滅。なんとか帰還した撃退士が、その名を告げた。




「さて、厄介に過ぎるね。まず言う、これは防衛線で、かつ撤退戦だよ。命を賭そうなど思わないで」
 そう告げるのはミリサ・ラングナー。久遠ヶ原から学生達を送り出す前、ブリーフィングルームで呼びかけて行く。
「敵の数は大体四十体前後。二十五体を少し超える獣人に、十体のシュラキ。それに以前見た事もあるだろうけれど、白い突撃槍を構えたケンタウロスが六かな。……それに前田走矢と大天使アルリエル。今掻き集めた戦力だと、どうしても足りない」
 かといって相手の進撃を阻むものはない。
 言ってしまえば時間が足りない。迎撃の準備は整っても、撃退士を派遣しきれない。
「数なら、うん、なんとなるかもしれない。けれど、前田走矢と、大天使アルリエルが加わったこれらを止めるとは出来ないだろうね。だから、撤退戦……でも、敗北しろとは言わない。むしろ、本当の意味で勝利して来て欲しい」
 その言葉の意味を理解したのがどれ程か。
「私達、撃退士側がするのは防衛戦で、相手には消耗戦を強いる。可能な限り、相手の戦力を削ぎ落すんだ」
 つまり。
「撃退署という砦のある防衛拠点を最大限に利用し、相手の手勢を限界まで削る。その上で撤退。相手も戦力の頭数が揃わなければ撃退署を維持出来ないからね。空っぽの建物だけ手に入れ、そこに居座るなら本命の追撃を刺す。撃退署を占拠出来ない程の数に減れば、私達の勝ち」
 そして、さて、君達の部隊はとミリサは告げる。


「陣地守衛。最後の砦だよ」
 

 告げられた内容は端的にして簡潔。
 拠点であり砦であり、陣地である撃退署の防衛に当たるのだ。
「籠城したフリをして、以前この撃退署を取り戻す際に使った隠し通路から逃げ出すのはありだけれどね。残らない方が良いよ」
 元々、そう何度も使えるものではない。
「提案されているのは撃退署前での迎撃だね。扉を堅守して中に入れないようにしつつ、最悪は中の隠し通路を使って離脱する。うん、最悪は撃退署の作り直し程度で済むんだ。命に比べれば安いものだよ」
 ただし、だれだけの数を相手取る事になるかは不明だ。
 それ以前の部隊の働きによるとしか言い様がない。
 言い換えれば決戦部隊だ。此処で全ての決着が付く。
「戦力はサーバント多数に、使徒である前田走矢、加えて大天使アルリエル。ちょっと笑ってしまうような敵陣だね」
 いっそ絶望的とすら言えるだろう。けれど。
「その絶望を覆す為に、前の二つの部隊がある。君達はそれに続いて、可能な限り戦力を削れば良い」
 此処で決着が付けられないのは悔しくとも。
「大天使と使徒が残っても何も出来ない。そうだね、総兵力が20を下回れば私達の勝ちだ。砦を占拠して維持出来なくなる」
 それがどれだけ難しい事か。使徒と大天使のいる戦場でそれだけの戦果を挙げる。どれだけ辛い事か。
 個では不可能。
 だからそう。共に戦う仲間を信じるのだと。


リプレイ本文





 響き渡る戦の咆哮と打ち鳴らされる鋼の絶叫。
 冬の寒気を溶かす程の血潮の熱さが此処に集束している。
 流血も意志も願いも、全てこの一点に。
「笑うしかない状態だけれど、ボクらはタダで帰るつもりはないよ?」
 迫る矢を手にした盾で打ち払い、不敵に笑うは神崎・倭子(ja0063)。
 だからと。胸を張り、信じた仲間達へと視線を巡らせる。
「苦しければ苦しい程、笑うべしっ。いいかな、ボクらはまだまだ笑って、戦えるってみせるんだ!」
 戦い続ける仲間へと激励となる、少し芝居がかった言葉を。
「ああ、此処は戦の花道で、皆の作り、繋いだ舞台だ。私とて、そう易々と降りるつもりはない!」
 故にと応える大炊御門 菫(ja0436)は乱の騒音を裂くべく声を張り上げる。
 手にした槍の穂先の如く戦意は赤々と燃え上がり、仲間へと伝達していく菫の守護の力。共に戦う戦友を守るべく、そして助ける篝火として降り翳される。
 煌めいたのは鋭利なる白刃。身を裂かれても一瞬も止まらず、振われる処刑刀。
「…ボク達にも、意地がある。これまで繋いでくれた人達の分まで、諦めない」
 痛みを感じない訳がない。けれど言葉通りに意地があるのだ。
 銀の髪を返り血で汚れるのを厭わず、正面から迫るシュラキを斬り捨てる橋場 アトリアーナ(ja1403)。繋いでくれた人達に報い為にもと、唸りをあげて処刑刀が振り翳される。
 現に此処を取り囲むサーバントの数はこちらの二倍を超えているが、いきなりシュラキ達が攻め懸っていた。相手にも余裕などないのだと神埼 煉(ja8082)も感じている。
「だからこそ、此処で大勝負ですか」
 最後の攻撃と、一気呵成に攻められている。共に勝負時なのだ。
 負けられぬと吼えて、群がるサーバント達。シュラキが刃を振って出来た隙を、騎兵が突き崩す。
「……ぐっ……」
 刀で受けた久遠 仁刀(ja2464)だが、衝撃は殺せず後方へと吹き飛ばされる。膝を付いた姿勢。それを立て直しもせず、前のめりに駆け抜ける。
「……いくらでも、いや死ぬまで付き合ってやる、『負け戦』にな」
 駆け抜け様、久遠が振上げた刀身に纏うのは白き月光。武気を長大な刃と化し、間合いを爆発的に伸ばして振り下ろす。
「誰も死なない、殺さないがな!」
 霧虹のような斬気による一閃。シュラキと後方で矢を射ていた蛇獣人が斬り伏せられている。
「闘争、闘争……そう、これが闘争。死ぬも生きるも、同じ路だ」
 結晶を腕に纏い、限界を超えたアウルの一撃を放つのは皇 夜空(ja7624)。砕けていく粉末に、血の飛沫。
 幾度繰り返したか解らない攻勢と迎撃。数は減り、敵は後ろへと下がっていく。
「でも、そろそろダね。段々ピリピリしてきた」
 嫌な感覚ではない。むしろ死地というのはこういうものだと、狗月 暁良(ja8545)は思う。
 数は減っている。後退していくサーバント。だが感じる圧力は増すばかり。
 肌を裂くような凛冽な気配。清すぎて、息がし辛い程。



――一瞬の静謐。



 凪いだ水面のような静かさの中、一人の少女と青年が歩み出る。
「お客様ご到着ってな。さて、それじゃ頑張りますか!」
 黄金の輝きを装甲として纏いながら、千葉 真一(ja0070)はその二人へと銃口を凝らす。
 ただ『居る』だけで他を圧倒するような神聖さを纏う、青い髪と純白の翼をもった少女。そして、彼女に付き従う隻腕の青年。
 言葉が流れた。
 流麗に、けれど、より苛烈なる戦いを予感させる凛とした響きを以て。
「見事だ。天の加護もない人が此処までやるとは。が、私達も引けないのでな」
 すらりと引き抜かれる細剣。
 青い燐光を纏い、大天使アルリエルは、真の開戦を告げる。
「敵と見做し、今、戦いを挑ませて貰おう。――切り開け、前田」







 誰もが先制を狙う。後手に回っては負けると直感したからだ。
 だが、誰よりも先んじたのはアルリエル。撃退士達が構えた瞬間には青い稲妻が奔り、アトリアーナ、久遠、皇を巻き込んで炸裂する。
 轟音と激震。飛び散る火花と粉塵。視界も聴覚も一瞬失った。
「……っ…」
 十分な距離を取っていた筈なのに薙ぎ払われた雷撃。単純に範囲が巨大過ぎる。機先を奪われたとアトリアーナが唇を噛み締めた。会話の途中で紅の残光を纏う事は出来たが、前田も無構えを取っていた。
 一迅の剣風として、走る剣鬼の武威を感じた。。
「迎撃だ。無傷で近寄らせるな!」
 無構えにて迫る前田へと延びる菫の炎の穂先。
 光幕を使わせなければ、前田の一撃を耐えられない。故に、その力を守りへと向かわせるべく、射撃が飛ぶ。
「ゴウライブラストっ!」
「前田……っ…!」
 何名かの反応が遅れた。それでも弾丸が雨となって向かえ撃ち、アウルの刃が振り抜かれる。
 遠距離による迎撃もやはり閃光。重なった猛撃は、前田の身を削る。全てが直撃せずとも血飛沫が飛び、肉が削れた。足が焼かれる。
「だが、俺は命じられた――切り開けと」
 主の命は下った。ならば、それに従わぬモノは使徒ではないと、忠を紅の瞳に宿す前田。
 既に、間合いへと踏み込まれた。間髪を挟む間もなく、無構えにて放たれる光刃の剣閃。
「止める? 俺の意志を軽く見るな。主の前で無様は晒せん!」
 今まで以上に、主の命を受け闘志に燃える剣鬼の紅瞳。狂気とも映るそれを見据え、逆に踏み込んだのは皇。
「貴様のはただの盲信、ただの暴力。お前はそれを楽しんでいるだけの――屑だ!」
 見的必殺。かくあれかしと狂信を以て、前田と皇が交差する。
 咲いたのは鮮血の仇花。神速の光刃斬にて皇が一刀の元に切り伏せられる。が、ただでは終わらないと、前田の肩口を裂いた冥氷の刃。
「一人目、だが」
 その皇を引きずり、後退する久遠は剣魂で傷を癒す。逆にアトリアーナは弓へと持ち変え、前田の左側へと走った。光幕を使用させられなかったが、負傷させられたのは事実。
「天使だろうが使徒だろうが、止めさせて頂きます」
「アンタに因縁はないけれど、少し付き合いナよ」
 シッョトガンにて前田の追撃を阻む狗月。動きの止まった所へと煉が白銀の手甲に無色の気を纏わせて強襲する。散弾に撃ちぬかれ、けれど拳が到達するより早く、銘無き一閃が煉を斬り裂いて動きを止める。
 苦痛の声。押し殺して、煉は叫ぶ。
「剣鬼の刃、確かに脅威ですが……貴様に仲間を殺らせるつもりはない」
 それを合図としたかのように、左からアトリアーナの矢と神崎の拳銃。後方より千葉のライフルに、視界を奪うように揺らめいて迫る霞の炎。
 徹底的な射撃攻撃。
 舌打ちが聞こえる。だからと、煉は笑った。
「殺らせるつもりはないと、言ったでしょう? 天使でも、使徒でも、何が相手でも。皆で止める」
 これにて前田の火力は激減した。だが。
「よくやった。十分だ、前田」
 アルリエルもまた剣姫。細剣を手に、翼をはためかせて高速飛翔する。その先にいるのは、アトリアーナ。
「故、主たる私も応えよう」
 細剣に纏い、凝縮されていくのは青い光。前田が苛烈なる紅蓮なら、こちらは清冽なる蒼穹。
「これが私達の剣、天の剣だ。散れ、二人目」
 突き出される刺突も神速。反応など出来ないし、させないと青の光刃が鳴く。
 音を置き去りにされた烈の刺突。赤が舞い、砕けた鉄の轟音が響く。
「……っ…けど、させ……ないからねっ、ボクがいる限り!」
 それを庇い、受け止めたのは神崎。アウルによる防壁と物理の盾、二重の障壁を突き破られ、胸部を刺さされつつも倒れない。実力は遥か彼方までの差がある。けれど、だからどうしたというのだろう?
「……私の剣が止められる、とはな」
 酷い負傷に変わりはなく、けれど笑ってアルリエルを見据える神崎に、怜悧な視線が向けられる。
「気に入ったぞ。名乗れ、人間。私の剣を受けて倒れないのは賞賛に値する。記憶に留めよう」
「さて、色々と名があるからね。ボクには、さっ!」
 天使の強襲、その一撃を神崎が凌いだのは大きい。
前田、アルリエルにより一連の速攻は止まり、攻勢の勢いは減じている。
 その間に、使徒である前田を。
「狙いは撤退前に戦果を上げる事か? 私達を甘く見るな。攻めに特化すれば守りは薄くなる。その薄くなった防御で、耐えきれるか。私の炎槍を越えてみせろ、前田走矢!」
 







 アルリエルの一撃を受け、消耗した筈の前衛は何時の間にか後衛に下がっていた。
 追おうとして、逆に前田とアルリエルを迎え撃つのは防御に長けた者達。盾たる者達が完全に前田達の道を塞ぐ。無理に突破しようとすれば、後ろに控えた攻め手が不意を突ける布陣だ。
「妙な真似を」
 前田が繰り出す刃は意の起こりもない完全な無行の太刀。
呼吸によって漂うアウルの残滓を取り込み、急速に傷を癒していた煉を斬り裂いたが、倒すには至らない。
「まあまあ、そう言わず、楽しんでいきナよ。俺達だって捨てたものじゃないダろ?」
 再び狗月のショットガンが弾丸を吐き出す。光幕でその威力が掻き消されるが、気にしない。
 完全に抑えてはいる。消耗はあるが、時間稼ぎとしては十分だ。
「とは言っても、それは向こうも予想済みだよな」
 苦く呟く千葉はトリガーに手を掛け、次々と弾丸を撃ち込み、再び前衛が下る隙を作る。それでも追い縋る前田の足へと伸びた菫の紅蓮の穂先が薙ぎ払われ、一瞬動きが止まる。
 眼前に立ち塞がるのは、久遠。前田走矢という使徒を必殺の剣敵と見做す彼が、細身の太刀を構えて正面に立つ。
「何度でも立ち塞がらせて貰うぞ。俺の剣で、前田、お前を倒すまで」
 幾度も刃を交わした久遠と前田。その視線が睨み合う中、前田の左脇腹へと矢が突き刺さる。
「その人を倒させない。生きて帰るの。帰る場所と、帰して逢わせたい人がいるの」
 卑怯とは言わせない。アトリアーナにも譲れないものがあるだけ。
――生きて帰る、死なせない、死なせない。全員で、帰る……。
 それが戦場でも失わない輝き。血で錆び付かない宝石で、温もりだと信じている。
「だが、俺として勝利を捧げたい主がいる」
 己とて独りではない。剣を捧げた相手がいる。故にと、剣鬼の刃が久遠を捉えた。







「そして、私を信じてくれている使徒がいる」
 再び翼にて自在に舞うアルリエル。青い燐光を細剣に纏わせる。
 後退した筈の神崎だが、それを無為と断ずる程の斬気を纏う烈風が奔った。
「今度こそ、光の元に平伏せ」
 振われた剣は三度。そして青の飛翔刃も三つ。盾で受けた神崎だが、破損していた魔具ごと切り裂く剣風の前には地に伏せる他ない。同様、初撃の稲妻で消耗していたアトリアーナも倒れる。
 そして残る一つは千葉を斬り裂く。一撃で倒れる程ではないが、長距離をカバーし、かつ複数を一度に斬り捨てる剣技。
「前田の主、って事か……だが、此処で終らないぞ。天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!!」
 血で染まる身体で叫ぶ千葉。深手を負った者とて未だ折れぬと、士気が上がる。まだまだこれからだと。
 誰もその闘志、途切れていないのだから。
が、二人の戦闘不能という籠城への条件は突入している。
 そして切り結ぶ者も後退する。無数の残像を作りながら乱れ狂う剣戟の中、火花と鮮血を散らす久遠。徐々に下がる彼へと、煉と狗神の銃が支援と飛び、後退の余裕を作った。
 追いすがる前田。無理に迫ろうとする姿には、隙。
「焦っているのか、前田。らしくないな」
 アウルを通し、光の刀身を形成する久遠の刀、『月虹』から放たれるのは、白の光球。前田の目前で爆ぜ、炸裂の衝撃と共に細かな粒子が視界を焼き、動きを止めた。
 







 そして、砦にて。
 アルリエルと前田に対し、二人しか並べない場が如何に危険か。
 変わる変わると前へ出る人員を変える撃退士。
 赤と青。それぞれの光刃を持ち、突き進むアルリエルと前田。対するは、狗月と煉。
「覚悟を決めますか」
「いやいや、相手にこそ覚悟はキメてもらうネ?」
 こちらは既に覚悟は決まっているのだから。
 迫る紅蓮と蒼穹の一閃。胸を貫かれてそのまま肩口へと切り裂かれた煉だが、膝を屈さない。
 そして。
 狗月の代わり、前へと躍り出たのは菫だ。
「お前達に譲る誉れや栄光はない!」
 此処にて未だ無傷の菫。創世の炎操る彼女は、同じく紅蓮の刃から視線を逸らさなかった。
 斬撃を斬り払い、光刃を落とそうとする赤の三日月。
 逆に弾かれるものの、その切っ先は僅かに逸れた。
 血潮のはなびら、はらりと散る。
 縦一閃と切り裂かれた肩の傷は深い。だが、共に熱と武を誇る者として、菫は屈せない。
 最初から肩口を誰かに裂かれて、更に集中攻撃に晒されて傷だらけの身。それにて減じた威力故に耐えられたとしても、それもまた自分達の勝利。
 独ではなく、皆で挑んだが故に。
「胸と剣に焔の意を、魂に己が道を抱くならば、今此処で勝負だ、前田走矢!」
「……っ…」
 咄嗟に庇う気配を見せたアルリエルの細剣を掴み、咄嗟の動き出しを緩めた煉。更に菫の斬り払いが飛び、細剣があらぬ方へと向く。
「後はどれだけ出来ますか!」
 そして繰り出される銀の手甲からの、煉の陽炎纏う撃拳。
 腹部を撃ちぬき、返す菫の穂先が脛を焼く。
「そして、最後、っテネ!」
 菫の頭上を飛び出したのは狗月。銃ばかりを使っていた彼女が、此処にて拳にての至近距離戦を仕掛ける。虚を突かれた形となり、鬼神の一打となる剛打に前田は返しの太刀を撃てない。
 だから――凛冽なる叫びが木霊す。
「引け、前田!」
 アルリエルが身に纏う燐光がよりその輝きを増し、翼を広げて前田と三人の間を塞ぐ。
「誉れは渡せない? 当たり前だ。私達は、何時も何時とてそれは勝ち取って来た! 栄光も光も、走り抜けて踏破した先にあるものだからだ!」
 アルリエルは年若くとも戦場を駆け抜けた大天使。故に、今直感した。
 人と天使との戦いが成立している。所か、誇りを懸けるに値する敵手として眼前に立つ――彼女の使徒が、その左腕を失った時に知ったように。
 そして、今回、彼女が失ったのは――勝利。
「……っ…ウリエル、様」
 栄光の輝きが、今潰えた。
 それは何処から発せられたものだろうか。
 まるで遠くから、誰かに呼び掛けられたかのようなアルリエル。一瞬、目を伏せた後。
「……退くぞ、前田」
 既に此処にいる撃退士は限界寸前。
 だが、アルリエルは敗北した。言い訳など出来ようもない。
 追撃すれば撃退士の方が負けるだろう。殿を務めるアルリエルは、苦々しく言葉にする。
「穏健派とどう話すのかは知らないが……私達は認めないぞ。ああ、今は負けを認めよう」
 この撃退署を陥落させられなかった。どころか、使徒が重傷を負ったなど、不名誉。それを受け止めて。
「いずれ返させて貰う。戦場で、私の剣で」
 天の起こした戦火。此処に断った。
 そう言い切れる程ではない。だが、確実に天の動きを制したのだ。
 大天使の率いる軍勢を跳ね返した、この戦場の光は、人の手に。 


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 図書室のちょっとした探偵・神崎・倭子(ja0063)
 創世の炎・大炊御門 菫(ja0436)
 撃退士・久遠 仁刀(ja2464)
重体: 図書室のちょっとした探偵・神崎・倭子(ja0063)
   <大天使アルリエルの攻撃を受け>という理由により『重体』となる
 無傷のドラゴンスレイヤー・橋場・R・アトリアーナ(ja1403)
   <大天使アルリエルの攻撃を受け>という理由により『重体』となる
 神との対話者・皇 夜空(ja7624)
   <使徒・前田走矢の一撃を受け>という理由により『重体』となる
面白かった!:14人

図書室のちょっとした探偵・
神崎・倭子(ja0063)

卒業 女 ディバインナイト
天拳絶闘ゴウライガ・
千葉 真一(ja0070)

大学部4年3組 男 阿修羅
創世の炎・
大炊御門 菫(ja0436)

卒業 女 ディバインナイト
無傷のドラゴンスレイヤー・
橋場・R・アトリアーナ(ja1403)

大学部4年163組 女 阿修羅
撃退士・
久遠 仁刀(ja2464)

卒業 男 ルインズブレイド
神との対話者・
皇 夜空(ja7624)

大学部9年5組 男 ルインズブレイド
重城剛壁・
神埼 煉(ja8082)

卒業 男 ディバインナイト
暁の先へ・
狗月 暁良(ja8545)

卒業 女 阿修羅