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響き渡る戦の咆哮と打ち鳴らされる鋼の絶叫。
冬の寒気を溶かす程の血潮の熱さが此処に集束している。
流血も意志も願いも、全てこの一点に。
「笑うしかない状態だけれど、ボクらはタダで帰るつもりはないよ?」
迫る矢を手にした盾で打ち払い、不敵に笑うは神崎・倭子(
ja0063)。
だからと。胸を張り、信じた仲間達へと視線を巡らせる。
「苦しければ苦しい程、笑うべしっ。いいかな、ボクらはまだまだ笑って、戦えるってみせるんだ!」
戦い続ける仲間へと激励となる、少し芝居がかった言葉を。
「ああ、此処は戦の花道で、皆の作り、繋いだ舞台だ。私とて、そう易々と降りるつもりはない!」
故にと応える大炊御門 菫(
ja0436)は乱の騒音を裂くべく声を張り上げる。
手にした槍の穂先の如く戦意は赤々と燃え上がり、仲間へと伝達していく菫の守護の力。共に戦う戦友を守るべく、そして助ける篝火として降り翳される。
煌めいたのは鋭利なる白刃。身を裂かれても一瞬も止まらず、振われる処刑刀。
「…ボク達にも、意地がある。これまで繋いでくれた人達の分まで、諦めない」
痛みを感じない訳がない。けれど言葉通りに意地があるのだ。
銀の髪を返り血で汚れるのを厭わず、正面から迫るシュラキを斬り捨てる橋場 アトリアーナ(
ja1403)。繋いでくれた人達に報い為にもと、唸りをあげて処刑刀が振り翳される。
現に此処を取り囲むサーバントの数はこちらの二倍を超えているが、いきなりシュラキ達が攻め懸っていた。相手にも余裕などないのだと神埼 煉(
ja8082)も感じている。
「だからこそ、此処で大勝負ですか」
最後の攻撃と、一気呵成に攻められている。共に勝負時なのだ。
負けられぬと吼えて、群がるサーバント達。シュラキが刃を振って出来た隙を、騎兵が突き崩す。
「……ぐっ……」
刀で受けた久遠 仁刀(
ja2464)だが、衝撃は殺せず後方へと吹き飛ばされる。膝を付いた姿勢。それを立て直しもせず、前のめりに駆け抜ける。
「……いくらでも、いや死ぬまで付き合ってやる、『負け戦』にな」
駆け抜け様、久遠が振上げた刀身に纏うのは白き月光。武気を長大な刃と化し、間合いを爆発的に伸ばして振り下ろす。
「誰も死なない、殺さないがな!」
霧虹のような斬気による一閃。シュラキと後方で矢を射ていた蛇獣人が斬り伏せられている。
「闘争、闘争……そう、これが闘争。死ぬも生きるも、同じ路だ」
結晶を腕に纏い、限界を超えたアウルの一撃を放つのは皇 夜空(
ja7624)。砕けていく粉末に、血の飛沫。
幾度繰り返したか解らない攻勢と迎撃。数は減り、敵は後ろへと下がっていく。
「でも、そろそろダね。段々ピリピリしてきた」
嫌な感覚ではない。むしろ死地というのはこういうものだと、狗月 暁良(
ja8545)は思う。
数は減っている。後退していくサーバント。だが感じる圧力は増すばかり。
肌を裂くような凛冽な気配。清すぎて、息がし辛い程。
――一瞬の静謐。
凪いだ水面のような静かさの中、一人の少女と青年が歩み出る。
「お客様ご到着ってな。さて、それじゃ頑張りますか!」
黄金の輝きを装甲として纏いながら、千葉 真一(
ja0070)はその二人へと銃口を凝らす。
ただ『居る』だけで他を圧倒するような神聖さを纏う、青い髪と純白の翼をもった少女。そして、彼女に付き従う隻腕の青年。
言葉が流れた。
流麗に、けれど、より苛烈なる戦いを予感させる凛とした響きを以て。
「見事だ。天の加護もない人が此処までやるとは。が、私達も引けないのでな」
すらりと引き抜かれる細剣。
青い燐光を纏い、大天使アルリエルは、真の開戦を告げる。
「敵と見做し、今、戦いを挑ませて貰おう。――切り開け、前田」
●
誰もが先制を狙う。後手に回っては負けると直感したからだ。
だが、誰よりも先んじたのはアルリエル。撃退士達が構えた瞬間には青い稲妻が奔り、アトリアーナ、久遠、皇を巻き込んで炸裂する。
轟音と激震。飛び散る火花と粉塵。視界も聴覚も一瞬失った。
「……っ…」
十分な距離を取っていた筈なのに薙ぎ払われた雷撃。単純に範囲が巨大過ぎる。機先を奪われたとアトリアーナが唇を噛み締めた。会話の途中で紅の残光を纏う事は出来たが、前田も無構えを取っていた。
一迅の剣風として、走る剣鬼の武威を感じた。。
「迎撃だ。無傷で近寄らせるな!」
無構えにて迫る前田へと延びる菫の炎の穂先。
光幕を使わせなければ、前田の一撃を耐えられない。故に、その力を守りへと向かわせるべく、射撃が飛ぶ。
「ゴウライブラストっ!」
「前田……っ…!」
何名かの反応が遅れた。それでも弾丸が雨となって向かえ撃ち、アウルの刃が振り抜かれる。
遠距離による迎撃もやはり閃光。重なった猛撃は、前田の身を削る。全てが直撃せずとも血飛沫が飛び、肉が削れた。足が焼かれる。
「だが、俺は命じられた――切り開けと」
主の命は下った。ならば、それに従わぬモノは使徒ではないと、忠を紅の瞳に宿す前田。
既に、間合いへと踏み込まれた。間髪を挟む間もなく、無構えにて放たれる光刃の剣閃。
「止める? 俺の意志を軽く見るな。主の前で無様は晒せん!」
今まで以上に、主の命を受け闘志に燃える剣鬼の紅瞳。狂気とも映るそれを見据え、逆に踏み込んだのは皇。
「貴様のはただの盲信、ただの暴力。お前はそれを楽しんでいるだけの――屑だ!」
見的必殺。かくあれかしと狂信を以て、前田と皇が交差する。
咲いたのは鮮血の仇花。神速の光刃斬にて皇が一刀の元に切り伏せられる。が、ただでは終わらないと、前田の肩口を裂いた冥氷の刃。
「一人目、だが」
その皇を引きずり、後退する久遠は剣魂で傷を癒す。逆にアトリアーナは弓へと持ち変え、前田の左側へと走った。光幕を使用させられなかったが、負傷させられたのは事実。
「天使だろうが使徒だろうが、止めさせて頂きます」
「アンタに因縁はないけれど、少し付き合いナよ」
シッョトガンにて前田の追撃を阻む狗月。動きの止まった所へと煉が白銀の手甲に無色の気を纏わせて強襲する。散弾に撃ちぬかれ、けれど拳が到達するより早く、銘無き一閃が煉を斬り裂いて動きを止める。
苦痛の声。押し殺して、煉は叫ぶ。
「剣鬼の刃、確かに脅威ですが……貴様に仲間を殺らせるつもりはない」
それを合図としたかのように、左からアトリアーナの矢と神崎の拳銃。後方より千葉のライフルに、視界を奪うように揺らめいて迫る霞の炎。
徹底的な射撃攻撃。
舌打ちが聞こえる。だからと、煉は笑った。
「殺らせるつもりはないと、言ったでしょう? 天使でも、使徒でも、何が相手でも。皆で止める」
これにて前田の火力は激減した。だが。
「よくやった。十分だ、前田」
アルリエルもまた剣姫。細剣を手に、翼をはためかせて高速飛翔する。その先にいるのは、アトリアーナ。
「故、主たる私も応えよう」
細剣に纏い、凝縮されていくのは青い光。前田が苛烈なる紅蓮なら、こちらは清冽なる蒼穹。
「これが私達の剣、天の剣だ。散れ、二人目」
突き出される刺突も神速。反応など出来ないし、させないと青の光刃が鳴く。
音を置き去りにされた烈の刺突。赤が舞い、砕けた鉄の轟音が響く。
「……っ…けど、させ……ないからねっ、ボクがいる限り!」
それを庇い、受け止めたのは神崎。アウルによる防壁と物理の盾、二重の障壁を突き破られ、胸部を刺さされつつも倒れない。実力は遥か彼方までの差がある。けれど、だからどうしたというのだろう?
「……私の剣が止められる、とはな」
酷い負傷に変わりはなく、けれど笑ってアルリエルを見据える神崎に、怜悧な視線が向けられる。
「気に入ったぞ。名乗れ、人間。私の剣を受けて倒れないのは賞賛に値する。記憶に留めよう」
「さて、色々と名があるからね。ボクには、さっ!」
天使の強襲、その一撃を神崎が凌いだのは大きい。
前田、アルリエルにより一連の速攻は止まり、攻勢の勢いは減じている。
その間に、使徒である前田を。
「狙いは撤退前に戦果を上げる事か? 私達を甘く見るな。攻めに特化すれば守りは薄くなる。その薄くなった防御で、耐えきれるか。私の炎槍を越えてみせろ、前田走矢!」
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アルリエルの一撃を受け、消耗した筈の前衛は何時の間にか後衛に下がっていた。
追おうとして、逆に前田とアルリエルを迎え撃つのは防御に長けた者達。盾たる者達が完全に前田達の道を塞ぐ。無理に突破しようとすれば、後ろに控えた攻め手が不意を突ける布陣だ。
「妙な真似を」
前田が繰り出す刃は意の起こりもない完全な無行の太刀。
呼吸によって漂うアウルの残滓を取り込み、急速に傷を癒していた煉を斬り裂いたが、倒すには至らない。
「まあまあ、そう言わず、楽しんでいきナよ。俺達だって捨てたものじゃないダろ?」
再び狗月のショットガンが弾丸を吐き出す。光幕でその威力が掻き消されるが、気にしない。
完全に抑えてはいる。消耗はあるが、時間稼ぎとしては十分だ。
「とは言っても、それは向こうも予想済みだよな」
苦く呟く千葉はトリガーに手を掛け、次々と弾丸を撃ち込み、再び前衛が下る隙を作る。それでも追い縋る前田の足へと伸びた菫の紅蓮の穂先が薙ぎ払われ、一瞬動きが止まる。
眼前に立ち塞がるのは、久遠。前田走矢という使徒を必殺の剣敵と見做す彼が、細身の太刀を構えて正面に立つ。
「何度でも立ち塞がらせて貰うぞ。俺の剣で、前田、お前を倒すまで」
幾度も刃を交わした久遠と前田。その視線が睨み合う中、前田の左脇腹へと矢が突き刺さる。
「その人を倒させない。生きて帰るの。帰る場所と、帰して逢わせたい人がいるの」
卑怯とは言わせない。アトリアーナにも譲れないものがあるだけ。
――生きて帰る、死なせない、死なせない。全員で、帰る……。
それが戦場でも失わない輝き。血で錆び付かない宝石で、温もりだと信じている。
「だが、俺として勝利を捧げたい主がいる」
己とて独りではない。剣を捧げた相手がいる。故にと、剣鬼の刃が久遠を捉えた。
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「そして、私を信じてくれている使徒がいる」
再び翼にて自在に舞うアルリエル。青い燐光を細剣に纏わせる。
後退した筈の神崎だが、それを無為と断ずる程の斬気を纏う烈風が奔った。
「今度こそ、光の元に平伏せ」
振われた剣は三度。そして青の飛翔刃も三つ。盾で受けた神崎だが、破損していた魔具ごと切り裂く剣風の前には地に伏せる他ない。同様、初撃の稲妻で消耗していたアトリアーナも倒れる。
そして残る一つは千葉を斬り裂く。一撃で倒れる程ではないが、長距離をカバーし、かつ複数を一度に斬り捨てる剣技。
「前田の主、って事か……だが、此処で終らないぞ。天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!!」
血で染まる身体で叫ぶ千葉。深手を負った者とて未だ折れぬと、士気が上がる。まだまだこれからだと。
誰もその闘志、途切れていないのだから。
が、二人の戦闘不能という籠城への条件は突入している。
そして切り結ぶ者も後退する。無数の残像を作りながら乱れ狂う剣戟の中、火花と鮮血を散らす久遠。徐々に下がる彼へと、煉と狗神の銃が支援と飛び、後退の余裕を作った。
追いすがる前田。無理に迫ろうとする姿には、隙。
「焦っているのか、前田。らしくないな」
アウルを通し、光の刀身を形成する久遠の刀、『月虹』から放たれるのは、白の光球。前田の目前で爆ぜ、炸裂の衝撃と共に細かな粒子が視界を焼き、動きを止めた。
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そして、砦にて。
アルリエルと前田に対し、二人しか並べない場が如何に危険か。
変わる変わると前へ出る人員を変える撃退士。
赤と青。それぞれの光刃を持ち、突き進むアルリエルと前田。対するは、狗月と煉。
「覚悟を決めますか」
「いやいや、相手にこそ覚悟はキメてもらうネ?」
こちらは既に覚悟は決まっているのだから。
迫る紅蓮と蒼穹の一閃。胸を貫かれてそのまま肩口へと切り裂かれた煉だが、膝を屈さない。
そして。
狗月の代わり、前へと躍り出たのは菫だ。
「お前達に譲る誉れや栄光はない!」
此処にて未だ無傷の菫。創世の炎操る彼女は、同じく紅蓮の刃から視線を逸らさなかった。
斬撃を斬り払い、光刃を落とそうとする赤の三日月。
逆に弾かれるものの、その切っ先は僅かに逸れた。
血潮のはなびら、はらりと散る。
縦一閃と切り裂かれた肩の傷は深い。だが、共に熱と武を誇る者として、菫は屈せない。
最初から肩口を誰かに裂かれて、更に集中攻撃に晒されて傷だらけの身。それにて減じた威力故に耐えられたとしても、それもまた自分達の勝利。
独ではなく、皆で挑んだが故に。
「胸と剣に焔の意を、魂に己が道を抱くならば、今此処で勝負だ、前田走矢!」
「……っ…」
咄嗟に庇う気配を見せたアルリエルの細剣を掴み、咄嗟の動き出しを緩めた煉。更に菫の斬り払いが飛び、細剣があらぬ方へと向く。
「後はどれだけ出来ますか!」
そして繰り出される銀の手甲からの、煉の陽炎纏う撃拳。
腹部を撃ちぬき、返す菫の穂先が脛を焼く。
「そして、最後、っテネ!」
菫の頭上を飛び出したのは狗月。銃ばかりを使っていた彼女が、此処にて拳にての至近距離戦を仕掛ける。虚を突かれた形となり、鬼神の一打となる剛打に前田は返しの太刀を撃てない。
だから――凛冽なる叫びが木霊す。
「引け、前田!」
アルリエルが身に纏う燐光がよりその輝きを増し、翼を広げて前田と三人の間を塞ぐ。
「誉れは渡せない? 当たり前だ。私達は、何時も何時とてそれは勝ち取って来た! 栄光も光も、走り抜けて踏破した先にあるものだからだ!」
アルリエルは年若くとも戦場を駆け抜けた大天使。故に、今直感した。
人と天使との戦いが成立している。所か、誇りを懸けるに値する敵手として眼前に立つ――彼女の使徒が、その左腕を失った時に知ったように。
そして、今回、彼女が失ったのは――勝利。
「……っ…ウリエル、様」
栄光の輝きが、今潰えた。
それは何処から発せられたものだろうか。
まるで遠くから、誰かに呼び掛けられたかのようなアルリエル。一瞬、目を伏せた後。
「……退くぞ、前田」
既に此処にいる撃退士は限界寸前。
だが、アルリエルは敗北した。言い訳など出来ようもない。
追撃すれば撃退士の方が負けるだろう。殿を務めるアルリエルは、苦々しく言葉にする。
「穏健派とどう話すのかは知らないが……私達は認めないぞ。ああ、今は負けを認めよう」
この撃退署を陥落させられなかった。どころか、使徒が重傷を負ったなど、不名誉。それを受け止めて。
「いずれ返させて貰う。戦場で、私の剣で」
天の起こした戦火。此処に断った。
そう言い切れる程ではない。だが、確実に天の動きを制したのだ。
大天使の率いる軍勢を跳ね返した、この戦場の光は、人の手に。