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震える街は、人の住めない領域となっている。
もう此処は戦場。戦う力ないものは死ぬだけだと、否応なく理解させるに足りる激震と怒号が木霊す。
ゆらゆらと揺らめき、戦意は炎のような熱を帯びて風に流れる。
主戦場となる路地にて、走るサーバントの数は十三。三つに分かれたサーバントの軍勢が、そこへと殺到する。
目の前には撃退士の用意したバリケードがある。
元々狭い道幅を更に狭め、鉄骨や鉄パイプで迎撃の形まで整えたものだ。
だが、サーバント達は気に留めない。息を潜めて隠れる撃退士達に気付かず、全力を以て障害物を踏破しようと駆け抜ける。
そこに狙いがあるとも知らずに。
迫り、引き付ける。もう後戻りも停止も出来ない程に接近して加速させる為。
「撤退戦が、戦の華ってか?」
近づく暴の気配に、バリケードの裏に隠れる向坂 玲治(
ja6214)は不敵に笑う。
気配を潜め、不意を打つ。そもそもこれは撤退戦。どれだけ削れるかという戦いだが、それだけで終わる気はない。
不利な戦況を、自分達の力で跳ね返して覆す。武と武、譲れぬ矜持の衝突こそが、戦の華となる。
「前田走矢とやら、一度手合せもしてみたい所ですしね。今の私では力不足でも、届かない相手ではないと」
向坂の笑みに釣られるよう、夜姫(
jb2550)も密やかに呟いた。
相手にならないのは承知の上だ。が、このような舞台へと立った以上、戦意は燃え上がって止まらない。先鋭化されていく意識。夜姫が触れる飛天が立てた微かな鍔鳴りさえ拾う程に。
それはクリスティーナ アップルトン(
ja9941)も同じ事。高鳴る鼓動を抑え、けれど高揚する意志を抑えきれない。
「頼みましたわよ、皆さん」
信じるから、応えて欲しい。そして、クリスティーナもまた、仲間に応えるから。
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後には引けぬ域まで踏み込んだサーバント達。此処に一斉の攻勢が始まる。
第一撃は左右の高台から。二人の少女が魔と銃を手に身を乗り出した。
「……この道の通行料は、最低でも六文だよ」
「あの世に渡るだけの価値もないでしょうけれどね」
この道は三途の川、故にと渡し賃を求めるのはユウ(
ja0591)。虚空より冷たく煌めく白銀の魔法矢が産み出され、放たれる。
「……六文がなければ、その命を渡してね」
射抜いたのは狐の獣人。続け様にクロエ・キャラハン(
jb1839)の狙撃銃から弾丸が放たれ、追撃として腹部を貫く。
怜悧なる二人の眼差しと言葉。互いの瞳に浮かぶのは無関心さと憎悪。宿すものは違えど、怯えなどある筈もない。
「続くぜ。しっかりと食い止めさせて貰わないとな」
機先を制した以上、止まる必要などない。獅堂 武(
jb0906)が符より氷の刃を産み出し、狐の肩を斬り裂く。魔に耐性のある狐の獣人といえど、重ねられれば耐えられる筈もなく。
「全く、やはり天使は変わらず無粋ですの。冥魔が動いている今の状況も解らず、進む道も知らないのなら、そのまま奈落の底にでも落ちて下さいな」
僅かな憐憫を滲ませながらも、確実に屠ると白銀の髪を揺らすユーノ(
jb3004)。
その腕が紡いだのは、雷撃の柱。直線状に奔る稲妻は二体の獣人を捉えて薙ぎ払い、触れた途端に 強烈で電圧でその体温調節さえ狂わせる程の熱傷を生じさせる。
四撃の重ねに耐えられずに倒れ、後続に踏み潰されていく狐の獣人。回復能力のあるこの個体が厄介だからこそ、まずは倒す。
そして獣人達は弓こそ持っているが、一気に突き進む一団は急には止まれない。矢を引き絞り、高台にいる四人へと狙って射る為に止まる事が出来ず、そのままバケードへと突き進む。下手に失速すれば、後続に踏み潰される為、応射も出来ずに引き込まれていくサーバント。
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バリケードなど越えればよいと虎の獣人が跳躍する。
足を賭け、そのまま一気に踏み越えようと。鉄骨や鉄パイプでは天魔に傷一つつけられないのだから、獣人達とって、これはただの障害物に過ぎない。
だからそのまま突破しようとする。が、それを迎え撃つのは夜姫の紫電纏う一閃。
武気を雷気に変じて纏い、突き出した掌底は腹部へと突き刺さり、体内を巡る雷撃は身動きさえ制する一打となる。
「そう簡単に通す気はありませんので」
動きの制御を失った獣人の身体は、そのものが障害物となる。
防壁を突破しようとすれば狙い撃つとユーノが狙撃銃を構えた今、そう容易く乗り越えられない。
一体だけが通れるように作られた道へと誘導されて抜けて行く狼の獣人。が、その顔面へと振り下ろされるのは向坂の戦槌。頭部を庇った腕で圧し折れる強襲の一撃。
間髪を入れず、クリスティーナの閃光の異名を持つ刃の一閃。透き通る刃は、高速で振われる軌道を予測させない。
「『久遠ヶ原の毒りんご姉妹』華麗に参上! ですわ」
高らかと名乗りを上げるクリスティーナの眼前、血飛沫が透き通る刀身の軌跡を辿っている。
数群がるサーバントの数は多く、その士気も上がっている。命の尊さや大切さを知らぬ、使い捨ての兵である獣人達はバリケードを壊そうと刃を振り上げていた。
「本当に憐れですわね。それがどんなに危険か、知らないのでしょう?」
気付けないし、解らない。中身のないがらんどうの器であり、人形だ。ユーノから見ても、魂のないその姿は憐れに想えてしまう。
「どの道、それを壊させはしませんよ」
ぞっとするような狂気を含ませたクロエの声。
冷たく響いたそれは、無数の三日月のような鋭い刃を伴って獣人達へと放たれる。
狂騒狂乱の凶刃乱舞。狂い咲き乱れる血の花。バリケードに隣接していた獣人達の動きが鈍る。後方に控えているシュラキも、その障害物を壊している間にどれだけ被害が出るかと一瞬躊躇い、動きが止まった。
「ついでだ、受け取れっ!」
そこに投げられる獅堂の炸裂符。
「……バイバイ?」
ユウの繰り出す蒼雷抱く鳥を模した魔刃の刀剣。投擲されたそれは翼を以て空を自在に駆け巡り、狐が避ける余裕もなく、その額へと突き刺さった。
「これで回復役は倒れた、筈ですけれど」
再び放射されるユーノの雷の柱。次は虎だとその標的を決めている。
対してサーバントは動ける狼と虎がバリケードへと攻撃を重ねて破壊しようとし、蛇の二匹がユーノや獅堂へと応射を始める。
だが、その優勢は撃退士に既に傾いている。クロエが見せ札として強烈な範囲攻撃を放った為、全員でバリケードに対応ない。防壁を壊せず押し止められ、十字砲火を浴びている。
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故にと、鬼火の矢が此処で放たれた。
放たれたのは二矢。一つは驚異的な一撃を見せたクロエを穿ち、もう一つはユウを狙う。
だが。
「……ん、よんでるの」
指先の前に作られたのは銀月の如き色彩の魔法障壁。矢はそこへと突き刺さり、灯された鬼火は拡散されるようにしてその威力を極限まで減衰されていた。
「けど……二本?」
一撃で深手を負ったクロエ。天魔への憎悪を燃やし、矢を引き抜き抜く姿に後退の意は見えない。
そう、二本。シュラキは二体いたのだから。
「バリケードを破壊する気です!」
叫んだのは後方から双眼鏡で戦況を確認していたサガ=リーヴァレスト(
jb0805)。
刺突の構えと共に突進し、バリケードを穿とうとするシュラキの特攻。確かにこれを壊さなければサーバントに勝機はない。既に都合、五体。狐と虎は全て倒れ、狼も残るは一体。
放たれるシュラキの一閃は防壁の一つを粉砕する。
「それでも通せんぼだ。月並みだが俺を倒してから通るんだな」
タウントを発動させ、シュラキの注意を引く向坂。何度か鬼火の矢で狙われ、負傷しているが倒れるまで押して通すのみ。
「強敵ですが……これを倒せば、私達の勝利が見えます」
故にと雷気纏う夜姫の蹴撃。腹部に突き刺さった衝撃に、シュラキもよろめく。動きを制する事は出来ずとも、それは確実な機を作った。
穿つべくユウが風を収束させて巻き起こす呪いの氷息吹。獅堂の炸裂符とユーノの符から産み出された雷撃刃。突貫して来たシュラキを迎え撃つ魔の一斉攻撃を前に、シュラキが崩れ、膝を付く。
そしてクリスティーナが見つけた必殺の機。シュラキと狼、そして蛇と都合三体が射線に重なっている。
込められたアウルは、星輝の光を剣に宿す。ともすれば幻想的な光だが、破壊の閃光に他ならない。
「星の海に散りなさい! スターダスト・イリュージョン!!」
そして振るわれる剣風と共に、煌めく流星群の煌めき。撃ち抜き、切り裂いていった後に、立っているのは蛇の獣人が二体だけ。
最低条件としての勝利は得たのだ。
だが、鼓動が止まらない。これからが本番だと、何故か解ってしまう。
「来る、か」
それは予兆を感じた向坂の呟き。傷を自己再生させながら、先ほどより激しい震動を感じる。
遅れる事なく、ほぼ同時に叫ばれるのはサガの一声。
「ケンタウロス、そして前田走矢、同時に来るぞ!」
此処まで派手に戦ったのだ。出ない訳が、ない。
「此処でどれだけ後粘って削れるか、か」
獅堂の呟きに、全員が武器を構え直す。
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ケンタウロスは僅か二騎。だが、その突進は強烈過ぎる。
バリケードを一枚失い、止める事はもう出来ない。
疾走の勢いの儘にクリスティーナを貫く突撃槍。受けたものの、後方へと吹き飛ばされる。
もう一体は残っていたもう一枚のバリケードを破壊していた。
ユーノが即座に高台から居り立ち、自身を中心とした魔力の電界を発生させる。効果は対象への意志の侵入と攪乱。二体の騎兵がその動きを乱す。
「しばらく戸惑ってなさいな」
同士討ちを恐れ、攻撃はこれで出来ないだろう。だが、整ったユーノの顏にも苦悶の表情。高台から降りた所へと二体のシュラキの矢が放たれたのだ。
向坂が蛇人の矢はシールドで弾き返すが、掠めて毒を受ける。
そして、何より。
「真打登場か……主役は遅れてくるってやつか?」
「主役など戦場にはいないだろう。いるとすれば、命を懸ける者全てが、主役だ」
向坂と夜姫の前、既に無構えを取った隻腕の使徒がいた。
「アルリエルの使徒、前田走矢。此処は斬り裂き、通らせて貰うぞ」
紅蓮のように燃える瞳と刀身の光。驚異的な武威が、風となって吹き付ける。
「名乗りも戦の華ってか。だが、タダで通す気にはならないな」
「覚悟はいりますが、少し戦って貰いましょう。戦わず逃げるなど、武の名折れ」
不敵に笑う向坂と、ライトクロスボウを構える夜姫。
そして、赤華が咲く。
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向坂と前田の交差は一瞬。
気づけば踏み込まれ、振われていた神速の緋色の光刃。後を追って鮮血が舞い、向坂も倒れいく」
「……く…そ……」
だが、後ろにいたユーノが高台に避難する時間は稼げた。故に、反撃が始まる。
強く、速く、恐ろしい。名の知れた使徒は流石だ。だが、自分の仲間はそれ以上だと、誇りをもって向坂は地に伏せた。
使徒。それはクロエが最も嫌悪する存在。
前田はそれを誇りのように語るが、所詮は侵略者に尾を振っただけだ。そう断じる故に、負傷した身を押してクロエは爆裂による魔の火花を咲かせる。
「外道、が……!」
突進と幻惑で動きを止めたケンタウロスを巻き込む爆炎。更にユウの二つの氷刃、その一なる刃が前田へと向かい、夜姫の放つ矢も同時に。
「流石にそう出るか」
それらを減衰して掠り傷に止めるのは前田の光幕。が、防御力を得た代わり、攻撃力は著しく劣化している筈だった。
くつくつと笑う前田。何が可笑しいのか、目を細める使徒の前を走り、向坂を抱えたのはクリスティーナ。
「仲間は必ず一緒に連れ帰りますわ」
何がどうあろうと、この決意は覆さない。信頼を胸に、高台へと駆け上がる。
背後から迫る威烈。感じては、いても。
「死に活を得るしかあれませんね」
前田の左側面へと回り、胴回し蹴りで封雷を放つ夜姫。秘めた気の量の桁が違うのか、動きを止める事は出来ず、前田の返しの刃が身を切り裂く。
気絶して可笑しくない負傷。それでも、痛覚を断った夜姫は動ける。
「……今の内に上へ」
上手く喋れたか解らない。循環するアウルが切れれば終わりだ。
だが、蛇の獣人も未だ残っている。
放たれた矢はクロエを貫いて意識を失わせ、ユーノには傷と共に毒を齎す。
「そんな魔術が苦手か……」
呟き、炸裂陣で二体諸共の蛇人を吹き飛ばした獅堂へとシュラキの矢が二つとも放たれた。今までの戦いでも傷を負っていた彼は倒れるしかない。
戦果としては上々過ぎるだろう。故に此処で撤退も在り得る。ケンタウロスが動き出せば、どうなるかはまだ解らないのだから。
「さて、どうする?」
「……っ……」
地上に残っていた夜姫も撤退するしかない。背を見せ、そこを斬られる事になるが、死活が切れれば倒れるのは確実なのだ。
事実、ユーノがケンタウロスへと雷刃を放った直後、夜姫も意識を失う。
撤退条件の四人。だが。
「逃がすと、思うか? まだまだ戦えるだろう?」
前田は満足していない。高台へと足を架ける。全力での撤退を行ったとして、果たして逃げ切れるか?
だが、そんな瞬間に。
ケンタウロスが、シュラキが地面に膝を付き、前田が驚愕の表情で後方を振り返る。
通信はない。だが、奇襲部隊が成功したのだ。
「……使徒マエダソウヤ」
愕然と、或いは気を失った前田。その身へと、ユウが氷のような刃を形成する細剣を向ける。
そして纏わせるは二の氷刃。膨大な魔氷を纏わせ、長大な白銀の剣と化す。
「……この先に、あなたを待ってる人がいるよ」
意識が途切れた瞬間を狙って振われる銀氷の剣閃。それは物理に非ず、魔剣のもの。本来ならば光幕にて減衰される筈でも、魔具そのものの長さを伸ばすのならば、光幕は意味を成さない。
噴き出る鮮血。確かにと、前田へと一撃を与えた一閃。血が冷気に冷やされ、赤い礫として散る。
「……っ……」
前田は何も言わない。言えない。
ただ全力を以て本陣へと戻る。『待っている人』とは、もしや本陣に?
剣と言葉にて揺さぶられた精神は、主の無事を確かめるべく走る事を優先させた。
「後、せめて騎兵一体だけでもいくわよ!」
撤退条件には既に到達している。だが、サーバント達の動けないこの状況を見逃せる訳がない。クリスティーナの幻想の流星群に続き、ユーノの雷刃、ユウの凍て付く迅風が騎兵へと重ねられ、無防備を晒していた騎兵の命が尽きる。
「後は任せるしかありませんね……」
が、これが限界。合計十体ものサーバントを倒したこの戦果、軽いものではあるまい。
一度撤退した前田。だが、待つのはそちらだけではない。
天刃と天剣。その二つを待つ『人』がいるのだから。
自分達は全力を尽くしたのだと、傷だらけの身体を推しながら、退路を急ぐ。
戦火の果ては近い。予感がするのだ。
そして後を託したと、残る仲間へと繋げた事実を噛み締める。
二度の敗北など、認められない。