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マスター:燕乃
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/02/27


みんなの思い出



オープニング

●四国・とある港

 

 清浄にして清冽なる場の空気――それが烈閃として放たれる。
 それは神気の発露。一人の天使が顕した怒りの感情だ。
 意は刃と化して場の全員の精神を切り刻む程。だが、その場の静けさは微塵も揺らいでいない。 
 彼女にとっては、不愉快さを表しただけなのだろう。
 大天使アルリエル。長髪を手で払いつつ、彼女は青色の瞳で問う。
「――私に引け、と言うのか?」
 怜悧な声だった。
 凛と響き渡り、視線と共に相手を射抜く。
 そこにはもう怒りはない。鋭い声で、その理由を問い返すだけだ。
 アルリエルは激情家の性質を持つが、それを振り翳すだけの存在は見っとも無いと思うだけの知性 と誇りがある。
 曰く、天界に産まれし天使の誉れ。
 祝福の光あれよと、冥魔との戦いは誇りだ。
 若い過激派の天使の中でも、我一番槍にと戦いに身を投じるアルリエル。
 年若く大天使に上り詰めたのは、何も力だけではない。その矜持と若い同胞を率いる気質を評価されている。
 アルリエルは先陣を切り開く剣姫なのだ。
 麗しき剣姫の元に集い、共に戦おう。天界が統べる世界こそ、至高の法理。
 そのような美々しさには年若い天使程、『酔う』。遅れを取るな、いや共に。アルリエルの駆けた戦場に続き、過激派の天使達は雪崩れ込む。
 ただ、それだけの気質を持つが故に。
「その理由、応えるが良い。納得はさせられるな?」
 退却の命令そのものに反感を覚えるのだ。
「……来たる冥魔との戦いに備え、本陣である『ツインバベル』の防衛の強化をと」
 眼前で傅く名も知らぬ使徒。彼を見据えながら、けれど別の名を口にする。
「そう、ミカエル様は言ったのか。ウリエル様は遅れを取り戻せと、誇りを失うなと口にする中」
 声は静かで、けれど深みを持つ。堪えた激情が重さとなった。
 妹のように可愛がってくれる、姉のようなウリエルの顏を思い浮かべる。
 奥歯を軋む程に噛み締めた。自分が至らぬから、ウリエル様の力になれないのだと。
 怒りはその儘、自己へと向かう。つまる所、アルリエルの無力さが原因だと。
 そして反論の余地なしと思い、下がれと告げてしまった。
 これで退却は確実。
 サーバントをこの港に残していくが、周囲への侵略を行うには兵力が足りない。
 それどころか、専守防衛としてもじりじりと土地を奪われていくだろう。
 申し訳ないと――そう思うのは、何もアルリエルだけではない。
「アルリエル様、一つ、進言があります」
 言葉を述べる隻腕の使徒、前田走矢。
「……この儘、ただ撤退すれば、あの撃退士どもの砦である撃退署に背を見せる事なります」
 本来なら策を講じるような男ではない。だが、これは忠に生きるものである。
 剣を捧げた主の窮地ならばと、前田はそれを囁いた。
「成程、確かに」
 そしてその意を受け取ったアルリエルも瞼を伏せた。
 その気質は凪いでいる。二人して、戦場に臨む前の気を宿し、口にする。
「ただ撤退するのでは背から強襲を受ける危険が伴う。故に、先に脅威を排除して、か」
 脅威などとは思っていない。潰そうと思えば、今まで潰せていたと確信している。
 だが、これは確かに丁度良い手土産だ。穏健派達も水面下で何やら動いているが、戦果という華を持ち帰れば。
「前田、サーバントを集めろ。四十程度で良い。それらと、私とお前であの砦を落すぞ」
 鞘から抜き放たれるアルリエルのシンクレア。蒼光を宿す切っ先を、己が使徒である前田へと突き付ける。
「参るぞ。天の剣と刃、此処にありと」
「御意に」
 故にと、前田の紅の瞳が戦意に燃える。
 共に在りし、共に戦いし、主の剣として。




●四国・とある撃退署



 
 それは偵察に出ていた部隊の報告だった。
 前田の陥落させた港から、無数のサーバントの群れが迫っているという。
 ついに来たかと思う。撃退署のある街は、奪還後にバリケードや高台なども防衛拠点として整えられている。それも全ては再び前田と、その手勢が攻めてくるであろうという確信からだった。
 ほぼ同様に準備して、敗北した橋がある。が、二度の敗北は名折れどころではないと、奮起する撃退士達。久遠ヶ原へも戦力として学生達へと呼びかける。
 あの前田走矢だ。撃退士、特に久遠ヶ原の学生達との戦闘に執着しているあの使徒ならば、その闘争に身を任せる事もあるだろう。
 だが、そんな希望は余りにも空虚だった。
「大天使……アルリエルを確認……っ…!」
 陣容を確認しようとした第二次偵察部隊は壊滅。なんとか帰還した撃退士が、その名を告げた。
 



「さて、厄介に過ぎるね。まず言う、これは防衛線で、かつ撤退戦だよ。命を賭そうなど思わないで」
 そう告げるのはミリサ・ラングナー。久遠ヶ原から学生達を送り出す前、ブリーフィングルームで呼びかけて行く。
「敵の数は大体四十体前後。二十五体を少し超える獣人に、十体のシュラキ。それに以前見た事もあるだろうけれど、白い突撃槍を構えたケンタウロスが六かな。……それに前田走矢と大天使アルリエル。今掻き集めた戦力だと、どうしても足りない」
 かといって相手の進撃を阻むものはない。
 言ってしまえば時間が足りない。迎撃の準備は整っても、撃退士を派遣しきれない。
「数なら、うん、なんとなるかもしれない。けれど、前田走矢と、大天使アルリエルが加わったこれらを止めるとは出来ないだろうね。だから、撤退戦……でも、敗北しろとは言わない。むしろ、本当の意味で勝利して来て欲しい」
 その言葉の意味を理解したのがどれ程か。
「私達、撃退士側がするのは防衛戦で、相手には消耗戦を強いる。可能な限り、相手の戦力を削ぎ落すんだ」
 つまり。
「撃退署という砦のある防衛拠点を最大限に利用し、相手の手勢を限界まで削る。その上で撤退。相手も戦力の頭数が揃わなければ撃退署を維持出来ないからね。空っぽの建物だけ手に入れ、そこに居座るなら本命の追撃で刺す。撃退署を占拠出来ない程の数に減れば、私達の勝ち」
 そして、さて、君達の部隊はとミリサは告げる。


「主力防衛、戦の華だね」


 撃退署に入る前、街の狭い路地を利用してサーバント達を迎え撃つ。
 三数あるルートの内の一つの守衛を任されている。横に並んで戦うのは三人が限界。二階部分の建物には物見台や高所からの狙撃用の通路まで用意している。
 高い機動力を持つものなら、建物同士を跳躍して移動する事も可能だろう。
「相手は三か所同時に攻めるだろうから、一部隊につき十体程相手になるかな……ただ、この狭い路地っていうのは、君達だけに有利じゃない」
 前田走矢、と呟くミリサ。
「遠距離攻撃を一切持たない剣士にとって、このフィールドは理想的過ぎる。間違いなくあの使徒は此処を攻めてくるし、そうだろうと他の撃退士達は君達久遠ヶ原の学生にと守りを任せている」
 言ってしまえば、前田が食いつくのを前提にしているのだ。
「ただ、前田とて序盤からいきなり現れる訳じゃないだろうね。劣勢となった場所を加勢する事を優先するだろうから……下手に派手に戦うと、それだけ前田が出てくるのが早くなる」
 それをどう捉えて、どのように作戦に持ち込むかは君達次第だけれどと。
「何なら、前田が来る前に目標を達成して、前田が現れたらそのまま撤退しても構わないだろうね」
 と、そう言う目は笑っていない。
 場合によっては撤退した方が良いと、そう言外で告げているのだ。


リプレイ本文



 ●


 震える街は、人の住めない領域となっている。
 もう此処は戦場。戦う力ないものは死ぬだけだと、否応なく理解させるに足りる激震と怒号が木霊す。
 ゆらゆらと揺らめき、戦意は炎のような熱を帯びて風に流れる。
 主戦場となる路地にて、走るサーバントの数は十三。三つに分かれたサーバントの軍勢が、そこへと殺到する。
 目の前には撃退士の用意したバリケードがある。
 元々狭い道幅を更に狭め、鉄骨や鉄パイプで迎撃の形まで整えたものだ。
だが、サーバント達は気に留めない。息を潜めて隠れる撃退士達に気付かず、全力を以て障害物を踏破しようと駆け抜ける。
そこに狙いがあるとも知らずに。
迫り、引き付ける。もう後戻りも停止も出来ない程に接近して加速させる為。
「撤退戦が、戦の華ってか?」
 近づく暴の気配に、バリケードの裏に隠れる向坂 玲治(ja6214)は不敵に笑う。
 気配を潜め、不意を打つ。そもそもこれは撤退戦。どれだけ削れるかという戦いだが、それだけで終わる気はない。
 不利な戦況を、自分達の力で跳ね返して覆す。武と武、譲れぬ矜持の衝突こそが、戦の華となる。
「前田走矢とやら、一度手合せもしてみたい所ですしね。今の私では力不足でも、届かない相手ではないと」
 向坂の笑みに釣られるよう、夜姫(jb2550)も密やかに呟いた。
 相手にならないのは承知の上だ。が、このような舞台へと立った以上、戦意は燃え上がって止まらない。先鋭化されていく意識。夜姫が触れる飛天が立てた微かな鍔鳴りさえ拾う程に。
 それはクリスティーナ アップルトン(ja9941)も同じ事。高鳴る鼓動を抑え、けれど高揚する意志を抑えきれない。
「頼みましたわよ、皆さん」
 信じるから、応えて欲しい。そして、クリスティーナもまた、仲間に応えるから。





 

 
 後には引けぬ域まで踏み込んだサーバント達。此処に一斉の攻勢が始まる。
 第一撃は左右の高台から。二人の少女が魔と銃を手に身を乗り出した。
「……この道の通行料は、最低でも六文だよ」
「あの世に渡るだけの価値もないでしょうけれどね」
 この道は三途の川、故にと渡し賃を求めるのはユウ(ja0591)。虚空より冷たく煌めく白銀の魔法矢が産み出され、放たれる。
「……六文がなければ、その命を渡してね」
 射抜いたのは狐の獣人。続け様にクロエ・キャラハン(jb1839)の狙撃銃から弾丸が放たれ、追撃として腹部を貫く。
 怜悧なる二人の眼差しと言葉。互いの瞳に浮かぶのは無関心さと憎悪。宿すものは違えど、怯えなどある筈もない。
「続くぜ。しっかりと食い止めさせて貰わないとな」
 機先を制した以上、止まる必要などない。獅堂 武(jb0906)が符より氷の刃を産み出し、狐の肩を斬り裂く。魔に耐性のある狐の獣人といえど、重ねられれば耐えられる筈もなく。
「全く、やはり天使は変わらず無粋ですの。冥魔が動いている今の状況も解らず、進む道も知らないのなら、そのまま奈落の底にでも落ちて下さいな」
 僅かな憐憫を滲ませながらも、確実に屠ると白銀の髪を揺らすユーノ(jb3004)。
 その腕が紡いだのは、雷撃の柱。直線状に奔る稲妻は二体の獣人を捉えて薙ぎ払い、触れた途端に 強烈で電圧でその体温調節さえ狂わせる程の熱傷を生じさせる。
 四撃の重ねに耐えられずに倒れ、後続に踏み潰されていく狐の獣人。回復能力のあるこの個体が厄介だからこそ、まずは倒す。
 そして獣人達は弓こそ持っているが、一気に突き進む一団は急には止まれない。矢を引き絞り、高台にいる四人へと狙って射る為に止まる事が出来ず、そのままバケードへと突き進む。下手に失速すれば、後続に踏み潰される為、応射も出来ずに引き込まれていくサーバント。






 
 バリケードなど越えればよいと虎の獣人が跳躍する。
足を賭け、そのまま一気に踏み越えようと。鉄骨や鉄パイプでは天魔に傷一つつけられないのだから、獣人達とって、これはただの障害物に過ぎない。
 だからそのまま突破しようとする。が、それを迎え撃つのは夜姫の紫電纏う一閃。
 武気を雷気に変じて纏い、突き出した掌底は腹部へと突き刺さり、体内を巡る雷撃は身動きさえ制する一打となる。
「そう簡単に通す気はありませんので」
 動きの制御を失った獣人の身体は、そのものが障害物となる。
 防壁を突破しようとすれば狙い撃つとユーノが狙撃銃を構えた今、そう容易く乗り越えられない。
 一体だけが通れるように作られた道へと誘導されて抜けて行く狼の獣人。が、その顔面へと振り下ろされるのは向坂の戦槌。頭部を庇った腕で圧し折れる強襲の一撃。
 間髪を入れず、クリスティーナの閃光の異名を持つ刃の一閃。透き通る刃は、高速で振われる軌道を予測させない。
「『久遠ヶ原の毒りんご姉妹』華麗に参上! ですわ」
 高らかと名乗りを上げるクリスティーナの眼前、血飛沫が透き通る刀身の軌跡を辿っている。
 数群がるサーバントの数は多く、その士気も上がっている。命の尊さや大切さを知らぬ、使い捨ての兵である獣人達はバリケードを壊そうと刃を振り上げていた。
「本当に憐れですわね。それがどんなに危険か、知らないのでしょう?」
 気付けないし、解らない。中身のないがらんどうの器であり、人形だ。ユーノから見ても、魂のないその姿は憐れに想えてしまう。
「どの道、それを壊させはしませんよ」
 ぞっとするような狂気を含ませたクロエの声。
 冷たく響いたそれは、無数の三日月のような鋭い刃を伴って獣人達へと放たれる。
 狂騒狂乱の凶刃乱舞。狂い咲き乱れる血の花。バリケードに隣接していた獣人達の動きが鈍る。後方に控えているシュラキも、その障害物を壊している間にどれだけ被害が出るかと一瞬躊躇い、動きが止まった。
「ついでだ、受け取れっ!」
 そこに投げられる獅堂の炸裂符。
「……バイバイ?」
 ユウの繰り出す蒼雷抱く鳥を模した魔刃の刀剣。投擲されたそれは翼を以て空を自在に駆け巡り、狐が避ける余裕もなく、その額へと突き刺さった。
「これで回復役は倒れた、筈ですけれど」
 再び放射されるユーノの雷の柱。次は虎だとその標的を決めている。
 対してサーバントは動ける狼と虎がバリケードへと攻撃を重ねて破壊しようとし、蛇の二匹がユーノや獅堂へと応射を始める。
 だが、その優勢は撃退士に既に傾いている。クロエが見せ札として強烈な範囲攻撃を放った為、全員でバリケードに対応ない。防壁を壊せず押し止められ、十字砲火を浴びている。






 故にと、鬼火の矢が此処で放たれた。
 放たれたのは二矢。一つは驚異的な一撃を見せたクロエを穿ち、もう一つはユウを狙う。
 だが。
「……ん、よんでるの」
 指先の前に作られたのは銀月の如き色彩の魔法障壁。矢はそこへと突き刺さり、灯された鬼火は拡散されるようにしてその威力を極限まで減衰されていた。
「けど……二本?」
 一撃で深手を負ったクロエ。天魔への憎悪を燃やし、矢を引き抜き抜く姿に後退の意は見えない。
 そう、二本。シュラキは二体いたのだから。
「バリケードを破壊する気です!」
 叫んだのは後方から双眼鏡で戦況を確認していたサガ=リーヴァレスト(jb0805)。
 刺突の構えと共に突進し、バリケードを穿とうとするシュラキの特攻。確かにこれを壊さなければサーバントに勝機はない。既に都合、五体。狐と虎は全て倒れ、狼も残るは一体。
 放たれるシュラキの一閃は防壁の一つを粉砕する。
「それでも通せんぼだ。月並みだが俺を倒してから通るんだな」
 タウントを発動させ、シュラキの注意を引く向坂。何度か鬼火の矢で狙われ、負傷しているが倒れるまで押して通すのみ。
「強敵ですが……これを倒せば、私達の勝利が見えます」
 故にと雷気纏う夜姫の蹴撃。腹部に突き刺さった衝撃に、シュラキもよろめく。動きを制する事は出来ずとも、それは確実な機を作った。
 穿つべくユウが風を収束させて巻き起こす呪いの氷息吹。獅堂の炸裂符とユーノの符から産み出された雷撃刃。突貫して来たシュラキを迎え撃つ魔の一斉攻撃を前に、シュラキが崩れ、膝を付く。
 そしてクリスティーナが見つけた必殺の機。シュラキと狼、そして蛇と都合三体が射線に重なっている。
 込められたアウルは、星輝の光を剣に宿す。ともすれば幻想的な光だが、破壊の閃光に他ならない。
「星の海に散りなさい! スターダスト・イリュージョン!!」
 そして振るわれる剣風と共に、煌めく流星群の煌めき。撃ち抜き、切り裂いていった後に、立っているのは蛇の獣人が二体だけ。
 最低条件としての勝利は得たのだ。
 だが、鼓動が止まらない。これからが本番だと、何故か解ってしまう。
「来る、か」
 それは予兆を感じた向坂の呟き。傷を自己再生させながら、先ほどより激しい震動を感じる。
 遅れる事なく、ほぼ同時に叫ばれるのはサガの一声。
「ケンタウロス、そして前田走矢、同時に来るぞ!」
 此処まで派手に戦ったのだ。出ない訳が、ない。
「此処でどれだけ後粘って削れるか、か」
 獅堂の呟きに、全員が武器を構え直す。




 

 ケンタウロスは僅か二騎。だが、その突進は強烈過ぎる。
 バリケードを一枚失い、止める事はもう出来ない。
 疾走の勢いの儘にクリスティーナを貫く突撃槍。受けたものの、後方へと吹き飛ばされる。
 もう一体は残っていたもう一枚のバリケードを破壊していた。
 ユーノが即座に高台から居り立ち、自身を中心とした魔力の電界を発生させる。効果は対象への意志の侵入と攪乱。二体の騎兵がその動きを乱す。
「しばらく戸惑ってなさいな」
 同士討ちを恐れ、攻撃はこれで出来ないだろう。だが、整ったユーノの顏にも苦悶の表情。高台から降りた所へと二体のシュラキの矢が放たれたのだ。
 向坂が蛇人の矢はシールドで弾き返すが、掠めて毒を受ける。
 そして、何より。
「真打登場か……主役は遅れてくるってやつか?」
「主役など戦場にはいないだろう。いるとすれば、命を懸ける者全てが、主役だ」
 向坂と夜姫の前、既に無構えを取った隻腕の使徒がいた。
「アルリエルの使徒、前田走矢。此処は斬り裂き、通らせて貰うぞ」
 紅蓮のように燃える瞳と刀身の光。驚異的な武威が、風となって吹き付ける。
「名乗りも戦の華ってか。だが、タダで通す気にはならないな」
「覚悟はいりますが、少し戦って貰いましょう。戦わず逃げるなど、武の名折れ」
 不敵に笑う向坂と、ライトクロスボウを構える夜姫。
 そして、赤華が咲く。








 向坂と前田の交差は一瞬。
 気づけば踏み込まれ、振われていた神速の緋色の光刃。後を追って鮮血が舞い、向坂も倒れいく」
「……く…そ……」
 だが、後ろにいたユーノが高台に避難する時間は稼げた。故に、反撃が始まる。
 強く、速く、恐ろしい。名の知れた使徒は流石だ。だが、自分の仲間はそれ以上だと、誇りをもって向坂は地に伏せた。
 使徒。それはクロエが最も嫌悪する存在。
 前田はそれを誇りのように語るが、所詮は侵略者に尾を振っただけだ。そう断じる故に、負傷した身を押してクロエは爆裂による魔の火花を咲かせる。
「外道、が……!」
 突進と幻惑で動きを止めたケンタウロスを巻き込む爆炎。更にユウの二つの氷刃、その一なる刃が前田へと向かい、夜姫の放つ矢も同時に。
「流石にそう出るか」
 それらを減衰して掠り傷に止めるのは前田の光幕。が、防御力を得た代わり、攻撃力は著しく劣化している筈だった。
 くつくつと笑う前田。何が可笑しいのか、目を細める使徒の前を走り、向坂を抱えたのはクリスティーナ。
「仲間は必ず一緒に連れ帰りますわ」
 何がどうあろうと、この決意は覆さない。信頼を胸に、高台へと駆け上がる。
 背後から迫る威烈。感じては、いても。
「死に活を得るしかあれませんね」
 前田の左側面へと回り、胴回し蹴りで封雷を放つ夜姫。秘めた気の量の桁が違うのか、動きを止める事は出来ず、前田の返しの刃が身を切り裂く。
 気絶して可笑しくない負傷。それでも、痛覚を断った夜姫は動ける。
「……今の内に上へ」
 上手く喋れたか解らない。循環するアウルが切れれば終わりだ。
 だが、蛇の獣人も未だ残っている。
 放たれた矢はクロエを貫いて意識を失わせ、ユーノには傷と共に毒を齎す。
「そんな魔術が苦手か……」
 呟き、炸裂陣で二体諸共の蛇人を吹き飛ばした獅堂へとシュラキの矢が二つとも放たれた。今までの戦いでも傷を負っていた彼は倒れるしかない。
 戦果としては上々過ぎるだろう。故に此処で撤退も在り得る。ケンタウロスが動き出せば、どうなるかはまだ解らないのだから。
「さて、どうする?」
「……っ……」
 地上に残っていた夜姫も撤退するしかない。背を見せ、そこを斬られる事になるが、死活が切れれば倒れるのは確実なのだ。
 事実、ユーノがケンタウロスへと雷刃を放った直後、夜姫も意識を失う。
 撤退条件の四人。だが。
「逃がすと、思うか? まだまだ戦えるだろう?」
 前田は満足していない。高台へと足を架ける。全力での撤退を行ったとして、果たして逃げ切れるか?
 だが、そんな瞬間に。


 ケンタウロスが、シュラキが地面に膝を付き、前田が驚愕の表情で後方を振り返る。


 通信はない。だが、奇襲部隊が成功したのだ。
「……使徒マエダソウヤ」
 愕然と、或いは気を失った前田。その身へと、ユウが氷のような刃を形成する細剣を向ける。
 そして纏わせるは二の氷刃。膨大な魔氷を纏わせ、長大な白銀の剣と化す。
「……この先に、あなたを待ってる人がいるよ」
 意識が途切れた瞬間を狙って振われる銀氷の剣閃。それは物理に非ず、魔剣のもの。本来ならば光幕にて減衰される筈でも、魔具そのものの長さを伸ばすのならば、光幕は意味を成さない。
 噴き出る鮮血。確かにと、前田へと一撃を与えた一閃。血が冷気に冷やされ、赤い礫として散る。
「……っ……」
 前田は何も言わない。言えない。
 ただ全力を以て本陣へと戻る。『待っている人』とは、もしや本陣に?
剣と言葉にて揺さぶられた精神は、主の無事を確かめるべく走る事を優先させた。
「後、せめて騎兵一体だけでもいくわよ!」
 撤退条件には既に到達している。だが、サーバント達の動けないこの状況を見逃せる訳がない。クリスティーナの幻想の流星群に続き、ユーノの雷刃、ユウの凍て付く迅風が騎兵へと重ねられ、無防備を晒していた騎兵の命が尽きる。
「後は任せるしかありませんね……」
 が、これが限界。合計十体ものサーバントを倒したこの戦果、軽いものではあるまい。
 一度撤退した前田。だが、待つのはそちらだけではない。
 天刃と天剣。その二つを待つ『人』がいるのだから。
 自分達は全力を尽くしたのだと、傷だらけの身体を推しながら、退路を急ぐ。
 戦火の果ては近い。予感がするのだ。
 そして後を託したと、残る仲間へと繋げた事実を噛み締める。
 二度の敗北など、認められない。
 


依頼結果