●
始まりは何だったのだろう。
そして終わりは何処へと向かっているのか。
この四国の激動と動乱。濁流のように掻き混ぜられた人と天と魔の思惑。
道と呼べるものは見当たらず、故に手繰り寄せようとする。
いや、ある種のモノの歩く先に道などない。己の手で切り開き、道とするモノもいる。
求めるものへと道筋がなければ、己で作るのだと。
もしかすると、そういう者達が己の道を作り、交差した果てがこの四国なのか。
「明確な応えが欲しい、ものですが」
嫌な予感が取れず、靄となって胸に張り付いている。
ロザリオを握り締めて、柊 朔哉(
ja2302)は呟いた。確かに、長く続き過ぎて、混迷の中に人はある。
柊の信じる光は、何を示すのだろう。主の御手は何処に。
冥魔の跋扈し始めたこの地で光はあるのか。救い手として、その腕を伸ばせる場所は。
「広い視点で見ないと、いけないのだろうね」
そう口に出して己の気持ちを確かめたのは桐原 雅(
ja1822)。
戦いは好き。鎬を削る好敵手との闘争は、確かに彼女にとっての理想だ。
ただ彼女のそれは命のやり取りではなく、それは共に切磋琢磨するが故のであろう。
共に在る事で、共に競い、共に学び、より高みを目指す。戦いとは何も命と死の二元論ではないのだ。
「この四国、何も見えないね。はっきりしない」
一点を見据えようとしても、入り混じった情勢のせいで全体像が見えない。
故に此処で必要となるのは広い視点。一歩下がって、全体を捉える。そう桐原は思う訳だが。
「……さて、始めましょうか」
地に指を触れ、何かを調べていた森野菖蒲。天界の使徒である彼女が、口を開いた。
見つめられば、背に冷たいものが走る怜悧な黒の瞳。鋭い視線は、結局の所彼女の本質なのだろう。
――何が出来るんだろうね、ボクに。
何時まで経っても戦うだけは道を開けない。
四国だけで済むとは、限らないのだから。これから先、どうなるかは解らない。
「成程。此処は地脈の上、ですわねっ。」
真剣な思いに耽り、沈黙してしまった中でフィンブル(
jb2738)が明るい声を出した。
遠出を楽しむ子供のように無邪気に。けれど、確かな確信と楽しみ、そして願いを瞳に宿して。
「見知らぬ地ではありますが、確かに興味深い地ではありますね。此処は」
「此処はある意味、堕天使から見ても辺境の地、かしら?」
「あたくしとしては、知らず覚えず、ましてや何があるかも解らない場所というのは楽しみで仕方がありません。思惑は些末。必要なのは、そこに何が居て、何があるか、ですわ」
菖蒲の問いに、軽快に応えるフィンブル。
成程と頷く菖蒲は、そのまま視線を共に調査する事となったはぐれ悪魔へと向けさせる。
感情の温度に、変化はない。
悪魔。故に全ては滅する。そのような思想ではないのだとカルマ・V・ハインリッヒ(
jb3046)も安堵の吐息を付き、丁寧に挨拶を交わす。
いや、恐らくは冥界は滅すべきという思想は、穏健派といっても天界のそれと同様。
久遠ヶ原学園に所属している以上、堕天使もはぐれ悪魔も人類の一つと捉えているのだろう。
故に対応は人へのそれと常と変わらず。鋭さが変じる事もない。
「カルマ、ね。危険過ぎるけど、良いの?」
「……」
カルマが調査しようとしていたのは、四国の愛媛、それもツインバベルに関する事。
冥魔達が攻略を狙っているのであれば、四国における天使達の拠点であるこのゲートを偵察するのは当然だろうと思っていた。
「強くは止めないし、貴方の自由よ。ただ、天界の四国での城たるツインバベルの守りは容易くない。それは覚えておきなさい」
言われれば確かに。愛媛は天界領域。ギリギリを調べるにしても危険だ。
そう容易い守りではあるまい。愛媛、そしてツインバベルへの道は厳重に天界によって封じられ、警備されている。菖蒲の言う通り、城へはまず近寄らせぬ事が肝心なのだから。
「それでも、調べられる所は調べてみます。案外、見落としがあるかもしれませんし。注意して、ギリギリまでは。危険だと思えば帰ってきますから」
手に入るかもしれない情報は、どれだけの命を救えるだろう。
天界の領域。何を起こし、どう反応するのか。
もしそこに冥魔がいれば。そしてルートが出来ていれば。
それに対して菖蒲は冷たく、そう、と言うだけだった。
●
柊は高知へ、そしてカルマは愛媛へ。
菖蒲とサーバント、四名の同行による調査は始まった。
動きは足を基本としたもの。菖蒲が確かめていくのは、地脈の流れや地形。
先にフィンブルグの言った通り、ゲートを作る為の条件を調べているのだ。
「何処にでもゲートは作れる訳ではなくて、四国に楔を打ち込める場所を探すのが基本となるでしょうね」
――攻略よりも先にゲート、拠点を作る
愛媛へ向かおうとするカルマだが、その推察だけは述べてから向かった。
久遠ヶ原の学生の纏めたレポートの通りだとすれば、今回の騒動は可笑しい。
自由な気質、己の欲望に忠実な者が悪魔。だというのに、この四国各地での動き方は。
「んー? でも、けっこー暴れているよね?」
間に口を挟んだのは雪室 チルル(
ja0220)。学園側から許可された情報を纏めて菖蒲に提供しているのだが、その量も半端なものではない。
だが、そこまで口にして成程と頷くチルル。
「ああ、そっか。動きに対して、『半端』なのかー」
「ん、どういう事だ?」
そう一人で納得したチルルにルナジョーカー(
jb2309)は問いかける。
くだけた笑みを浮かべているが、目は真剣なルナジョーカー。対してチルルは天真爛漫な顏で、言葉を出す。
「結局、動きや被害は悪魔の遊びで欲望の儘に、って感じではあるんだよねー。でも、その数が多すぎはしないかなって。遊びというには被害総数が多すぎて」
「……計画的行動というには、犠牲や単発の規模が小さすぎる、か」
自由気儘、奔放に動けば、報告書程度の被害では済むまい。逆に計画的に何かを狙っていると言うには、被害を受けた各地が多すぎて、散じている。
それにしても、四国に現れた悪魔の数も多すぎた。
「なあ、悪魔ってのは、そんなに群れたがるものだったか?」
「個人差はあるでしょうけれど、基本的に下についても己を優先するものだと私は思っているわ」
「という事は、カルマの言った通り、ゲート作成の為、天界と人への陽動か……?」
現に菖蒲は地脈に沿って移動している。
流れる力を確認しつつだからこそ徒歩であり、人目を避けての山道。
天界も似たような結論へと至り、何処にゲートを作る気なのかと探りを入れているのだろう。
天魔達はゲートの転移能力を持って兵を移動させる。
大規模な戦いとなれば、拠点となるゲートは必須だ。
ならばと桐原とて思う。それが事実なら、確実に四国は更に入り乱れる事となる。そして陽動というなら、それを指示して指揮するものもいる筈だ。
その視線を受け止め、フィンブルが何かを含むように笑う。
「まあ、それは彼女に聞くと致しましょうか。ふふ」
視線の先では、崖の下を見下ろす菖蒲。
「まずは、此処ね」
様々な狙いと推測入り乱れて、一つ目――人の街へと、禍津の使徒である菖蒲は意識を向けた。
●
とはいえど、使徒である菖蒲が単独で街に入る訳にはいかない。
チルルと桐原が危惧した通り、サーバントを連れてでは人々の不安を煽る。
移動に関しては周囲の撃退士に桐原が通達した為に、撃退士側からの迎撃はないだろう。が、街に入ればそうはいかない。
同様に、使徒とてそう。天の理で動くものであり、人の世には馴染めない。
よって、二人の撃退士が同行して菖蒲の調査を助けるというものだった。
……逆に言えば、人の街での情報調査を撃退士達に頼みたかったのかもしれない。
「という訳で、アタイ、雪屋 チルルの出番! ……で、どっちにいけばいいのかな?」
複雑に思う事はある。が調査は調査、依頼は依頼と割り切っているチルル。
ただし、その行動力はやや迷走気味。学園の制服を脱いだのは少なくとも正解ではないが、街に降りた後、きょろきょろと辺りを見渡している様は挙動不審だ。
「とりあえずは、聞き込みだろう。それっぽい所とか、街頭でもいいから聞いてみるか」
それを補佐する形で共に行くのはルナジョーカー。桐原はサーバントと共に残ると決めており、フィンブルは堕天使で人の世の常識に疎い。単独行動を避けるのであれば、間違いない人選ではあろう。
単独で別行動を取っている二人は心配ではあるが、携帯での通信がある以上、大丈夫だろう。
一通り街を歩き回った菖蒲は確信を得たらしく、それでよいと視線を寄越す。元より人間は醜い生き者と説いていた使徒だ。多少の例外はあっても、敵意を隠せずにいる。
――何故そこまで嫌うんだ?
凍えるような、それでいて鋭い敵意。触れれば切れそうな黒い瞳に宿る意志。
ルナジョーカーの問いたい事だが、それらはまた後になるだろう。チルルが聞かねばならない事もある。
それはこの街に対する天魔の事情。
「最近、この辺りでディアボロの目撃とかあったかな?」
そして、この街での最近の変化。四国は動乱の中にあり、変わったものがない方が可笑しい。
返答は少しの乱れがあるものの、ほぼ同一のものだ。
ディアボロは山岳部で発見され、撃退士によって討伐されているという。それも此処最近はその頻度が多く、けれど大事には至っていない。いや、街に降りてこない。
「……成程ね」
サーバントもディアボロは主の命令が絶対だ。
偶に解き放たれ、遊びとして使われたり、はぐれるものもいる。
それらは作られた時に植え付けられた殺戮性と暴虐性を秘め、本能の儘に暴れる怪物となる。
だが基本として、菖蒲が連れてきたサーバントのように主の命令が絶対であり、それに逆らう事はない。
つまる所。
――ナニカの命令で、この街を監視している?
問う方であるチルルも難しい事、深くは思考出来ない性質だ。
だが、不気味さとその裏にあるものを知識と、何より戦ってきた経験で感じ取ってしまう。
――ナニカが、ナニカを狙っている?
菖蒲が地脈の流れを辿って来たのならば、此処にもゲートは作れる筈だ。
ならば、ゲートを作る事の出来る街であるから、監視を続けているのだろうか?
その問いは、監視をする位なら即座にゲートを開いてしまった方が良いという、別の疑惑を産み出す。
深く考えれば考える程、疑惑に絡め取られていく。故に、チルルはそれらを放棄して次の問いを産み出した。
「天界の事を、どう思う?」
菖蒲という使徒を隣に置き、どのように思うかと疑問を投げかける。
それはごく当たり前の一般常識で応えられる。この人間の世界では、ごく当たり前の事として。
「人類の敵で侵略者でしょう?」
高校生程の少女が、常識として、流れるよう口にする。
その問い自体が可笑しい。間違っている。そう茫然としながらも、口に程に。
「…………」
故に瞼を伏せる菖蒲。
その通りだと、菖蒲自体が肯定する沈黙が静かに流れた。
学園側としても天界は人類の敵であり、この合同調査に渋ったのだ。
そしてその言葉。決して天界に所属する菖蒲にとって良い筈ではなく、ともすれば当てつけだ。
人は醜い生き者――そう語る彼女の地雷を踏み抜いたとさえ言えるだろう。
この後、連携強化を求めて理論としても感情としても深いものは求められない。
同時、生徒の間でも完全に信用できないという言葉も流れている。その意見を変える事は出来ないだろう。
冬の寒い風が吹き抜ける。
●
けれど、天の祝福を信じるものも、やはりいる。
人の感情、思考は十人十色。共存は可能。共に歩めると柊は信じている。
それは穏健派という少数の考えかもしれない。学園でも否定的な意見は流れよう。
だが、現実として土佐市周辺は平穏だ。サーバントが警備を務め、緩衝地区が用意されてからは平和の一言に尽きるだろう。
混じって無用な争いが起きるのならば、区切りを置いて生活すれば良い。
ある意味でテストケースとモデルケースとして成り立つ、土佐市。
もっとも――此処も冥魔の影がない訳ではない。
荒く、くぐもった息が漏れた。
草むらに伏せて隠れる柊は、自分の呼吸が乱れきっているのを感じていた。
場所は以前、菖蒲のサーバント達と戦った山中。草むらに身を隠し、敵が過ぎ行くのを待つ。
黒い猟犬が草を踏みしめ、歩いている。唸り声をあげながら、周囲を徘徊するその数は五。
戦って勝てない事はないだろう。
だが無傷ではいれまい。一対五。数の暴力。
ましてや、この山にいるのはこの五体とは限らないのだから。
以前戦った時程の数はいない。菖蒲に聞けば、偶に集まってくる為、定期的にこちらから牽制も兼ねた討伐隊を出しているという。
――だが、これは可笑しいのでは?
どうして何度も現れる。
菖蒲の支配する都市を襲った所で旨味などない。
天界の穏健派と過激派を対立させるのであれば、無用に穏健派を攻撃しても結束を強めるだけだ。
いや、そもそも戦うだけの戦力が集まり切っていない。
まるで、菖蒲と穏健派の意識をそこに向けさせる為、消耗しても構わない駒を、適当な数だけ配置しているような。
「……陽動、いえ」
はデコイであり目眩まし。
引っ掛かかり、相手が勝てたと喜んでいる間に、本命のものは裏で行動を進める。
暗闇に潜むもの達の行動。暗躍とは、見えぬ所でやるからこそ。
「……だから悪魔、ですか」
遊びの上での勝利は渡す。だが、最後に勝ち、目的を果たすのだと。
「だったら、その目的は?」
問う柊の声に、応えるものはない。ならば。
「菖蒲の理想と、道を違えない事を望みます」
此処にいる理由は、人と天の共存故に。
●
街が一つなら、そこがゲート出現の可能性があるのだと断言出来ただろう。
たが、菖蒲が先導して撃退士と巡った場所、街は二つ、三つと。
それもその街で聞き込みをした所、その全てでディアボロの目撃情報があったという。
悪魔、ヴァニタス。巨大なそれらに惑わされているが、ディアボロの被害もまた多い。
ただし、散っては集まり、散っては集まる。一貫性のようなものがまるで見えない。ゲートを作るというのなら、まず拠点を確保する必要があるにたせ。
「どういう事、なんだろうね……?」
桐原も疑問として呟く。
流石に夕暮れ時も近く、人里を外れた公園にて休憩を取るメンバー。
「主要都市だけではなく、普通の街にもゲートを作れる……? 陽動なのか?」
口にするルナジーカー。陽動と言えば確かにそう。が、高知と徳島の県境は天界領域といって良い愛媛から少し離れての四国の中央。楔として打ち込めれば、各地にディアボロの群れを派遣できる。
「それで、もしや、あの三つの街全てにゲートは制作可能ですの?」
ゲートを立てるには地脈という力の流れを利用し、更に地形としても適切でなければならない。何処にでも開けるなら、天魔は大量のゲートを開いて人を一気に崩しているだろう。
そんな思考を含ませての言葉。
菖蒲の返答も端的にだった。
「そうよ。あの三つの街、全てにおいてゲート制作は可能ね。いえ、貴方達に貰った情報から察するに……他にも幾つもの場所を睨んでいる。何処が本命か解らないわ。冥魔の動きのあった場所、無数の候補から一つの本命を探してれば時間が足りない。出遅れてしまったわね。それに全てが本命かもしれないし、天界だけでは対応仕切れないでしょうね」
声色が若干冷たいのは、あの街での聞き込みの為だろう。
菖蒲は信に足りるのかと、この四人へと視線を投げかけている。
――拙いな。
人を嫌う理由は不明。ただ、そうと解っていて、気付かずに打ってしまった悪手。
どう補うか。この上でどう連携強化を打診するべきか。
こちらに敵意がないというのは、周辺の撃退士に知らせている為、妨害などがない事で伝わっている筈だ。
が、何も無条件に信頼は結ばれない。非常に危ういのだ。依頼を出して来たのは天界側でも、全てを是とは出来ない。
「……出来れば、被害の数や深度も解るともっと助かるのだけれど」
資料の中でも事件の起きた地図を見ながら呟く菖蒲。
その被害というのは撃退士側の失敗、及び、脆い部分を晒すという事。学園が許可しなかった一部である。
けれど、それでも。
「これからの四国、ボク達は共に協力していく事は出来ないのかな?」
諦めず、桐原は口にする。
そう簡単に諦められないし、協力と連携が成立した際のメリットも大きい。
けれど、桐原の目に宿るのはそんな打算だけではない。じっと見据える、澄んだ瞳。
「それで、菖蒲はどうしたいんだ? 菖蒲個人としての意志は?」
故に今が畳み掛ける場だと、ルナジョーカーが語り出す。
「穏健派の予定を知らせて貰えればこちらとしても協力……はできなくとも、横手からの要らない妨害は入らないように出来る。そして、菖蒲がこれからどうするかも出来れば教えて欲しい」
対する菖蒲は冷たい視線をルナジョーカーと桐原へと向ける。
斬りつけ、突き刺すように。鋭い視線は冷たく、それでいて余りにも真っ直ぐだった。
「私の目的は争いのない世界よ。人は人同士で共食いをする生き物と、そう思う事に今も迷いはない。けれど、全てがそうではなく、撃退士と組む事で新しい道を見つけられるのではと思っているわ」
荒んだ黒の瞳は理性的で現実を見ている。理想を地に咲かせる為のものだった。
「まず穏健派について語れば、全ての穏健派の動きは解らない。ただミカエル様の方針としては、今まで同様、人の営みを壊さず、必要以上に介入しない事ね。四国という地が安定していれば、争いが起きる事もない」
そこまで言うと一旦、瞼を閉じる菖蒲。
もしかしたら、自分の行動がこの動乱の切っ掛けになったのではという揺れが垣間見えた。
「そして、私がどうしたいかという事ね。これは正直、難しいわ。旧来派、というのが昔はあって、人に営みや生活に可能な限り介入しないようにというもの……シリウス様というミカエル様の旧友、そして、それに関する堕天使、アルドラ達の話はしたわよね?」
そして菖蒲の行っている精神エネルギーの吸収は効率が悪く、旧来的なそれであると。
故に堕天使達の行った行動に類似していると疑われ、あの襲撃があったのだろう。ツインバベルの名の指す通り、四国は珍しき双頭の天界勢力。穏健派と過激派の軋みは確かにそこにある。
冥魔がそれに付け込むというのなら、確かにこれ程条件の整った場所はないだろう。カルマの推察は的を得ていると言える。
「故に、今の儘では旧来的で認められない。だから新しい、人に害の少ない精神エネルギーの吸収方法を模索し、それを実行する事で人との共存の世界を作る。人と天が共にあり、争いのない世界を、ね。天道、それが私の理想」
これは昔語ったわね、と良って継ぎ足す。
「そしてその為、冥魔は邪魔で争いの種となる。今回のように、ね。だから、貴方達撃退士と協力して、四国を安定させて、その上で共存方法である新しい精神エネルギーの吸収を模索すると。そんな所ね」
だったら、とルナジョーカーは口にする。
「だとしたら、連携強化を申し出たい」
ニコリと笑いながら、指先を思い出のペンダントに触れる。
何となく思うのだ。菖蒲とルナジョーカーは重なっているように。似ていると。
それを言葉にすれば錯覚と切り捨てられるだろう。
だが、思うは人の自由。そして、思う故に行動は始まる。
「では、具体案はどんなものかしら?」
故に菖蒲の問いはそれを受ける姿勢だった。
争いのない世界。そう夢のようなものを唱える菖蒲だが、だからこそシビアな面がある。
信じてくれというのは簡単だ。だが、その信頼として渡すものは。
「まずは信じて欲しい。四国の冥魔に対して情報を共有して、協力して対応していく。それを強化していく、でどうかな?」
再び桐原。重ねるのはチルル。
「難しい事を考えるのは苦手だし、複雑だけれど……アタイも『争い』での犠牲は避けたい。その為に出来る事はしていかないとねっ」
現にディアボロの出現の気配が何度か察知し、チルルと桐原はその戦闘を避けるようにと菖蒲達を促した。
戦えば得られる情報もあったかもしれない。それらをわざわざ失ったとも言える。
だが、それは本当に損失なのだろうか?
すぅ、と細められる菖蒲の目。伏せるように、そして四人を流し見て。
「争いをなくす。その為の行動を共に、と思って良いのね?」
それであれば菖蒲個人としては断る事はないだろう。
少なくとも争いを求める人間の姿を彼らは晒していない。違う者達だと、菖蒲は認識している。
故にこそ。
「信には信で返したいと思うわ。ならば、まずはこの場で情報交換でしょうね」
語らう場が此処にあると告げる。
「じゃあ、聞くけれど、やっぱり天界にとってこの四国は重要なのか?」
「そうね。特に愛媛のツインバベルは四国の最重要拠点。今では貴方達も名を知っているレギュリアさえいる。同時に、瀬戸内海を挟んで本土の広島にある冥魔のゲートと睨み合いをしている場所でもあるわ。そのゲートの主の名はメフィストフェレス」
恐らく、日本にいる冥魔の中でも指折りの実力者。
ミカエル、ウリエルと睨み合いを続ける程の悪魔だ。
「あのゲートとツインバベルのゲートがあるせいで、瀬戸内海はほぼ通行不可能の状態よ。だからこその安定した四国ではあったのだけれどね」
巨大なゲートに挟まれた瀬戸内海。その全てが使えないとしても、本土と四国を直接結ぶラインはないだろう。遠回りして、太平洋側から遠回りしなければならない。
故に、太平洋側に位置する四国の港を落した前田走矢という過激派。そして、直接支配はしていないが、菖蒲の領地といえる土佐市の近くにも巨大な港がある。
物流の要だ。
「……となると、四国に来ている冥魔の序列はどのような感じですの? メフィストフェレス旗下で、四国に絡みそうな悪魔に心当たりはあります?」
フィンブルは恋するかのような熱を帯びた声で問う。
予感し、期待するのは闘争。未だ熟し切れていないものの、この四国では悪魔との熾烈な戦場となる。
それは避けられる筈がない。故に、敵を見据え、理解し、相手して殺しあう。その一片たりとも逃せないと。
「いえ、申し訳ないけれど、その辺りは不明よ。報告書にある通り、悪魔が何柱も来てはいるようだけれど、元々悪魔は下についても従順ではなく、欲望に従う……いえ、だからこそ、かしら」
「ええ。情報の纏めと見つめ直しは大事ですわ。下についても従わず、欲望の儘に動く。悪魔ですわね、あたくしもそう思いますわ。ただ、この四国で何かをやれと、そう命じたナニかはいると思いますの」
「……メフィストフェレスが動いた訳ではないでしょうけれど、そこは気をつけないといけなわいね」
言われて頷く菖蒲。穏健派といえど、冥魔の動きに対して不動である訳ではないのだから。
逆に仕掛けられる前兆があれば、被害が出る前に倒さなければならない。特に土佐市を預かっている身としてはそのような責任もある。
僅かな沈黙。それを割って入ったのは桐原だ。
「逆に、過激派の事も聞いて良いかな?」
「…………」
「過激派についての情報と動きを学園に流して欲しいんだ。学園側が過激派の行動を抑えられれば、穏健派の支持になると思うんだ。特に前田走矢とは、ボクはこの間、手合せをしたから興味があるんだ」
再び菖蒲は瞼を閉ざした。が、それは今までと違って拒絶の印。
言葉を選ぶように。どうすれば伝わるのかと、僅かに迷って、結局、鋭いものとして口に出される。
「貴女は、私に天界と同胞を裏切れと? その情報で、同じ天界の光を信じ、祝福と思う者達の命が危機になっても知らぬ存ざぬ、意見が一致しなければ敵であると言うのかしら?」
菖蒲は穏健派で争いは求めていない。
確かに前田走矢など認められない存在だろう。だが、天に属する同胞なのだ。
「久遠ヶ原の学友の命の危機に関わる程の情報を、貴女は私に渡せるのかしら?」
故に鋭く桐原に打ち込まれる言葉の刃。
そんなものは無理である。支援とは言う。だが、過激派と穏健派は敵同士ではない。仲間であり、ただ志の方向が違っただけなのだ。
共に戦う事もある。肩を並べる事もあるだろう。そして、位置するのは、共に天界。
軽挙であったと桐原も失敗を悟る。信頼して欲しいと良いながら、菖蒲には『裏切れ』と言っている。そんな相手、信頼も協力や連携も出来る筈がない。
信には信で応える。命の借りもまた返す。そのような心であるからこそ。
「ただし、前田走矢について少しは話せるわ。それは純粋な興味でしょうし、問題はないでしょう」
そう云って、少し言葉を選ぶ菖蒲。
「使徒になったのは私より後、ね。過激派の先鋒というのは言うまでもない。手合せをしたなら能力は知っているでしょうけれど、一振りの刀で切り開く……私から言えば『阿修羅』だけれど、問題はそれじゃないわ」
「というと?」
「彼の主、大天使アルリエルも問題よ。ウリエル様の妹分として愛され、前田と共に自らも先陣を斬って冥魔と戦っていたわ。若いけれど、故に彼女に遅れるなと過激派の天使達の動きの先頭にいる」
それは、つまり。
「ええっと、アタイの予想だと……前田走矢と大天使クラスが共に並び戦うという事?」
前田も天使級の攻撃力を持つ。そこに大天使のアルリエルだ。
ともすれば、使徒の接近特化の前田は、主のアルリエルと共に戦う事で互いの弱点を消し、その力を増すのかもしれない。あの一点特化の戦闘力は、組み合わせで跳ね上がる可能性は大いにある。
「それは、怖いね。流石に」
手合せをした桐原だから解る。あれと、それ以上の天使が共に現れれば、どうすれば良いのか?
沈黙が下りる。太陽も地平の向こうへと沈みかけていた。
そんな中でルナジョーカーがペンダントを握り締め、真正面から菖蒲を見つめる。
「ただ、それよりだ。菖蒲、出来れば頼みがある。もう一度だけ、俺達人間を信じてくれないか」
悪魔に恋人を殺された。けれど復讐しようとは思わなかった。
繰り返さない事こそ大事だ。他人を同じ目に合わせたくない。
この禍津の使徒もそれを願っている。そこは自分と同じ気はするのだ。
責任感はある。今まで何度も取りこぼしかけて、信頼が揺らいだ。
いや、だからこそだと。
「友人となってくれるか? 友人として、双剣を取る覚悟はある。預けても構わない」
「――刎頸の交わり、かしら?」
冷やかに告げる菖蒲だった。
志は同じ。故に友誼を結び、何れお互いの首を跳ね合う事となるかもしれない。
それでも、後悔のない友情であり、交わりにして約束。
少なくとも、ルナジョーカーにはそれだけの決意はある。
「未来の事は解らないさ。ただ、信じて欲しい」
笑って告げるルナジョーカーへと、菖蒲は吐息をつく。
それは否定ではなく、呆れの類でもあった。
どうして初めて会う相手にそこまで言えるのか。ああ、でも。
「剣は預ける必要はないわ。貴方が抜くと思う時に抜けば良い。貴方の望む道を作る為に、力と刃はある。守りたいものの為に武は産まれる。ただ、抜かないように、互いの首を跳ねないように歩きましょう。友人とはそういうものでしょう? 対等である事が、第一条件よ」
「なら……」
「でも、一度会っただけでは友人にはなれない。一度や二度あったら友人だなんて、人の心と友情はそんな安いの? けれど、互いの道が共にあるのなら、いずれ友ともなれるでしょう。道と志同じならば、何度でも逢う事となる筈」
道違えぬのであれば、いずれまた逢える。その時にこそと。
天と人は確かに刃を交えている。だが、互いに剣を持つからこそ、対等でいれるのだろう。
その可能性はある。一方的ではなく、双方に意志があれば。
そんな時。
――携帯の着信が、仲間の危険を知らせる。
●
愛媛への調査。それは、過激派の存在する本拠への偵察だった。
カルマは無謀に過ぎた。
冥魔が偵察をしているのではないかと進むが、その証拠はない。
いや、察知できるような偵察ならば天界が既に調べている。そして、本領であるツインバベルのある愛媛に近づく冥魔は、過激派が喜び勇んで灰としていただろう。
加えて、カルマは深く入り込み過ぎていた。
拙いと思った時には遅い。愛媛近辺を偵察するサーバントの群れをカルマが発見したのと、それらがカルマを認識したのはほぼ同時。
数にして、一と二十。即座の撤退を選べど、追撃は苛烈だった。
結果として、冥魔が愛媛へは偵察を送りこむだけの余力もないのだと知れた。
――ならば、その地盤作り?
故にゲートを。相手がツインバベルという城を作ったならば、こちらもそれを用意しなければ話にならない。
天界ならば、何を危険視する?
冥界ならば、まず、何を欲する?
「ゲート……それも、一つではない、筈」
携帯で連絡を取り合い、その結論へと達する。
一つ二つ作っても、元々四国は天界の勢力が強い。作った途端に壊される。ならば、そう。
作り、壊されても問題ないほど無数に。それも、各地に点在させて、過激派と穏健派と元々二分割されている戦力を、更にバラけさせれば、四国の天使達とて対応しきれない。
その後は?
解らない。
いや、自分がどうなるかも解らぬ儘、草木の茂みの中に、カルマは身を隠し続けた。
単独行動での、愛媛という天使領域への侵入は、命の危機という代価を求めていた。
暗闇が静まり返る。
止まらない血の流れ。
終わらない、脈動の気配。