●
山中の道行くは、異形の群れ。
ぞろぞろと音を立て、乱れる事なく行進していく。
そう言えば、誰かが言っていた。百鬼夜行のようだと。
その主である前田走矢の姿はなく、それでも乱れる事なく過ぎていくその行軍。
森の木々と、そして茂みに身を隠しながら、その数を数えるのは坂本 小白(
jb2278)。
十、二十。そこまでは数えたが、既に数えきれない。三十は越えているだろう。だが終わらない。
「結構な大所帯ですね。当然、何かしらの意図があるとは思いますが……」
偵察や先行部隊とは言い難い。小規模ではなく、ある程度大がかりな戦闘を想定した部隊だ。
かつて港を制圧しようと送り出した時よりは少ないかもしれない。だが、恐らく戦力しては変わりがないだろう。
「少しでも戦力を削って、ついでに情報を手に入れる、か」
この天界の行軍先が何処かは解らない。だが、側面を晒すというのであれば、見逃す必要はない。
アガト・T・フローズヴィトニル(
jb2556)が己の敵と見做すのは冥界の悪魔達。此処で天界の力を削っておけば、悪魔を討つのにも繋がるだろう。
天界の兵達が人の住処に向かわないのであれば、それは恐らく冥魔達の場所。
この四国は入り乱れ、水面下では激流が渦巻いている。
故にこそ。
「天界と冥界が衝突するというのなら、存分に掻き回さないとね」
その渦、更に激化させるべしと月丘 結希(
jb1914)は過ぎ行く主力、シュラキによって構成された中央部隊を見送る。その後に来るのは、防具の薄い者達。
「後衛を集中して叩く、ね。確かに効率的だわ」
まともに戦う理由がない以上、可能な限りのダメージを与える事だけに専念すればいい。
「……負けた儘では、終れはしないからな」
ぼそりと呟いたのは君田 夢野(
ja0561)。
胸に秘めた熱が漏れて、形になったように。
負けた儘では終れない。君田はいなかったものの、前田率いる軍勢に敗北し、失った命と土地。そして味わった深い屈辱と悲しみ。
それは今も残り、戦友を苦しめる棘となっている。それを焼き払えと、鳴り響く鼓動が詠うのだ。
その為ならば、何度でも立ち上がろう。
「この地の道、流れは何処へ行くのでしょうね」
逆に争いに終わりを告げようとした使徒の少女を思い、姫宮 うらら(
ja4932)も呟いた。
望まれぬ刃が鞘走り、戦場へと駆け抜けぬ為にも。前田を筆頭とする過激派に、白銀の獅子の一撃を。
姫宮が己の魂に誓うのは、不屈の闘志。
「そろそろ、だね」
「…………」
後衛部隊が通りかかるのをユリア(
jb2624)が確認し、全員にハンドジェスチャーでタイミングを計る。
奇襲を掛けるのならば、タイミングを合わせる必要があるのだから。
その一方で、ソーニャ(
jb2649)は手にした拳銃を握り締めた。
――ボクは、必要とされている?
強い誓いと祈りを胸に秘めた皆。経験もある仲間達。
それに比べればソーニャの頼りなさは、どうだろう。上手くやれるのか。
不安が過る。けれど。
「行くで御座るよ。皆で勝ち、皆で帰るで御座る」
虎綱・ガーフィールド(
ja3547)の視線は、全員を向いていた。
ソーニャもまた、皆に含まれていた。
人も天使も悪魔も、集うこの場所。共に戦う意志あれば、要らぬ者などない。
全て大切な戦友で、同じ学園の友だから――。
「行くわよ!」
天に仇名す、闇夜の焔。
ユリアの放つ、先駆けの閃光。
●
月光のような白焔の炸裂を以て告げられた奇襲。
ユリアの放った爆裂は正面を警戒していた灰色狼三体と、赤狼一体を巻き込んでいる。
初手から範囲による魔力によって薙ぎ払う。威力は十分。何が起きたのか把握させず、相手に態勢を整えさせる暇など与えない。
「続けて!」
故にと大剣を構えた君田が続く。
「騒がれちゃ困るんでね。いきなりで悪いが、クライマックス――――歌うぞ」
送り込まれるアウルに共鳴し、金色の刀身が鳴く。それはアウルが集束されていくに連れて澄んだ音となり、規則性を持たされて、まるで歌声のように。
そして一閃と共に放たれたのは、荒れ狂う音による衝撃波。
蹂躪して薙ぎ払う嵐のような音波。二体の灰色狼を捉え、肉を爆ぜさせた。
続くのは月丘の気門遁甲。
狐の獣人達の視界がぐにゃりと曲がり、あらぬ方向へと薙刀を構える。
「八門遁甲は本来は吉兆の方位を示す術技だけど、陰陽を逆転させて吉兆を凶兆にする事も出来るのよね!」
遁甲とは空間と地を操る技だ。
故に、相手のいる場と凶事の場を繋げ、奇と凶へと相手を運ぶ事も出来るのだと。
そしてその通り、もしも一歩踏み出し、攻撃へと踏み出せば狐達は同士討ちとなる。仲間を討つという凶地へと、場を繋げられた。
だが。
「そこまで簡単な相手ではないか……」
森の中から駆け抜けるアガトと姫宮を迎え撃つのではなく、現状把握と亡霊の娘を庇う事に専念する狐。
同士討ちを狙うも、そこには届かない。だが。
「それで十分でしょう。動けないって事よね? なら、動けるようになる前に」
「ええ。攻めるは果敢に。敵の凶刃振るわれる前に制す為。姫宮うらら、獅子の如く参ります……!」
携帯から八卦陣を浮かび上がらせた月丘の言葉に頷く姫宮。
指でリボンを解き、白銀の髪を踊らせる。
この身は獅子。鞘たるモノは既に失く、心の在り方は抜き身の刃。
故に拒む者、断つべしと気炎を上げる。望むモノは、自らの力で切り裂いた先にこそ。
白き長髪を靡かせて、己が白の斬糸を手繰り寄せ。
「……そして獅子として、想う者が為、道切り開く刃となりましょう」
姫宮の在り方は、確かに鞘亡きモノ。攻め懸り、倒される前に倒すという闘争のそれ。
だが、それでも構わない。例えるモノはない。私は私として、振るわれる不可視の斬糸。
望む未来の果て。戦火の先にあるのならば、それらを断ち切る獅子として、その闘志震わす。
触れる事、交わる事、許さず一閃される姫宮の爪牙たる糸。
腕の動きに合わせ、灰色狼の胴が両断される。
そして続くアガトに手には金と銀、二対で一振りの直剣。
「お前らに興味はない」
だが、と唇を歪ませる。アガトの瞳と感情は冷たく、醒めている。
それでもと残った残滓は、ある記憶のカケラ。とある少女と、憎悪の牙。
「興味もないモノに、渡せないものがある」
握り締める双剣に、注ぎ込まれるアウル。一撃で砕き斬ると、放たれる剛の二連斬。
この程度で。このような獣に。渡すものはない。
鮮血を散らし、首と胸部を斬り裂かれて倒れる灰色狼。
まずは二体。ユリアと君田の連撃で弱ったのを確実に倒したと確認し、残る灰色狼へとアウルの弾丸を放つソーニャ。
初の実戦。少なくとも記憶の中ではのそれだが、訓練は彼女を裏切らない。
人付き合いの経験も少ない。外の世界も驚きばかり。でも、教えてくれた教師の言葉と、その積み重ねは彼女を支える。
胴を撃ち抜いたソーニャの銃弾。これからは自分の世界を、居場所を作る為に。
「……っ…」
言葉はない。ただ、行動で示すのだと、心に決める。
受け入れてくれる、この学園の仲間と共に。
そして、虎綱が遁甲の術で気配を薄めるのを確認して坂本が召喚するのは暗青の鱗に包まれた竜。
「ストレイシオン、出番です」
坂本に呼ばれ、出現するストレイシオン。反撃に対応しようとしていたが、攻撃はない。変わりに魔の一撃を放たせる。
「時間はかけられないからね。ガンガン攻撃させてもらうよ!」
ユリアの声と共に、練り上げられる魔力。
対して、ようやくサーバント達は反撃の姿勢を整えた所だ。とはいっても、今の騒動を聞きつけて主力部隊が戻ってくれば押し潰される。
ユリアの言う通り、時間は掛けられない。出来れば初手の間に灰色狼と赤狼は倒したかったが、手数が足りなかった。
けれど、それを押し返す為、再び炸裂するユリアの魔性の花火。
月のように白いそれは、夜闇の中で輝いて弾ける光だった。
●
君田の胸に言葉がざわめきとなって鳴り響く。
使徒である前田は何処にいるか解らない。この群れの中にはいなかった。
それは安堵すべき事なのか。けれど、この声、この意志は届けたいのだ。
胸に確かに響き続ける、この想いを。
切っ先を届け、敗北を付き返し、最後に笑うのは俺達だと。
「クライマックスは演奏継続中、なッ!」
故に放たれる激乱の音。赤狼と灰色狼を巻き込み、吹き荒れた歌の後には赤い狼しか残っていない。
そして、その狼がその咢を開ける。
喉の奥から出るのは叫びではない。火の種。それが、一気に膨らみ、爆炎と化して君田を襲う。
炸裂するそれは範囲に広がる爆炎。魔によるものではない為に君田でも耐性がある程度あるが、後衛に襲掛かれば脅威だ。
「ですが、その身も限界ですわね?」
そして奔る、姫宮の不可視の斬糸。狙い違わず、弱った赤狼の首を斬り落とす。
これで目標の四体は撃破した。などとは言えない。可能な限り倒すのだ。
「問題は、この亡霊と狐かしらね」
そう云って踏み込み、大鎌を振う月丘。
鋭い風切り音と共に狐の肩口を捉え、鮮血を散らす。手応えは確実であり、深い筈だ。この狐の獣人は脆い。少なくとも物理にはそう。
「本当に後衛か、或いは」
その動き、癖を見定めようとする月丘。
同様に出来るだけ相手の動きを見定めようとしている坂本。
指揮系統と云って良いのか。狐の獣人達は、亡霊の少女の腕の動きに従っているように見えた。それに制されたが故に、月丘の奇門遁甲での自滅が起きなかった。
そして立て直しも早い。牽制にと放ったストレイシオンの青い光の息。
だが、思ったよりも深手を与えらない。
「そして魔法には耐性もあるのね……」
殆ど掠り傷程度の狐。だが、目を眩ませるには十分で、疾風のように駆け抜けた虎綱が追撃の一撃を放つ。
「お命……頂戴いたす!」
放つのは稲妻を纏わせ、鋭さと威力を向上させた閃光の如き一閃。横手から三体の狐の獣人を貫き、弾ける雷撃で身の自由を奪う。
視線は一瞬。道を作った、故に往けと虎綱に促され、亡霊の少女へと肉薄するアガト。
金と銀の双剣は血に塗れている。人界に属した悪魔の刃はかつての力強さを失っても、サーバントには高い威力を発揮する。
故にアウルを練り上げ、刃に荷重を掛ける。一気に斬り裂いて押すのだと、上段に振上げた刀身……そこから、アウルが霧散して消えた。
「……!?」
それは視線。包帯に巻かれた筈の亡霊の少女の眼がアガトを射抜き、アウルの流れを止めている。
包帯で制御しているのは確か。だが、封じの視線は、物理的な障害物を無視して突き刺さる。
「煩わしい!」
それでも剣は失っていない。左右から十字に亡霊の娘を斬りつけるアガト。アウルや気、魔力を練り上げる術を封じられても、身体能力までは低下していない。
だが、その身を狙って狐が薙刀を振う。隣接していなくとも、長柄の武器だ。麻痺し、動けなくとも問題などない。三体が次々とアガトへと薙ぎ払われる。
一刀目が脚を斬り裂き、アガトの姿勢が揺れる。冥魔の気質は攻撃に回れば強いが、反撃されれば弱く脆い。
故にこそ。
「させませんわ!」
姫宮がアガトの前へと立ち塞がり、その身を盾とする。
誰一人として倒させはしない。折れぬ不屈の剣であろうと、脇腹を削る刀身の冷たさも、交差した腕で受けた重さにも怯みさえしない。
姫宮とて守りに長けている訳ではない。むしろ、サーバントの攻撃には弱くさえあり、薙刀は魔力を帯びている。
だが、己の誇りと矜持に懸け、誰も倒させないのだと、流れる血の熱さに誓うのだ。
四体目が手にしたのは一枚の符。光が灯ると、亡霊の少女へと飛翔し、付着。アガトに刻まれた傷を癒す。
「治癒まで持っているとはね。厄介よ」
月丘の言葉は苦々しく。だが、押し切れる。後、撤退まで十秒。
短くも、長い時間。その中で。
「ボクは……」
そして仲間の傷つく前方、拳銃を構えるソーニャ。
願うのは、何だろう。彼ら、彼女ら程の願いは、願いは……。
「自由に、空を飛びたいの。空は、狭いから」
人に認められ、翼を広げる場所。それを求める。
その為に、今は戦場に身を置けども。
「帰りますよ、皆で」
そしてトリガー。狐の獣人へと食い込む弾丸。
願う空を、この天使は見つけられるのか。
●
再び白の炸裂が過ぎ去り、けれど狐は一体も倒れていない。
「頑丈過ぎでしょう、流石に」
ユリアの独白も苦笑交じりだ。狐達は恐らく、魔に長けた者達という事だろう。
更に狐達自身を癒す治癒の符術。負傷はあるが、全滅は狙えないだろう。
亡霊の娘に至っては、軽傷でしかない。
こうなれば仕方なし。空間が歪んで見える程の重低音空間を大剣に纏い、一閃する君田。
刃が肉に食い込むと同時に炸裂する爆音と、君田の声。
「取って置きだ――――歌い狂えッ!」
深々と斬れ裂き、乱れる音。揺らぐ狐の身体。残る撃退士はその隙を見逃さない。
先は外したが、二度はないと練り上げ、繰り出されるアガトの剛剣。大気を突き破る轟音と共に血飛沫が舞い、月丘の鎌刃は右腕を斬り飛ばす。
倒れる狐の獣人。
もう一体、行けるか。
残り時間は、僅か。聞こえてくる足音。それでも。
「切り開くのみですわ! 此処で作った道が、後に続くのです!」
姫宮の言葉と共に畳み掛けられる攻撃。純白の斬糸は狐人の脚を薙ぎ払って転倒させ、ソーニャの弾丸は肩を撃ち抜き、虎綱の雷遁が走り、二体目もその動きを止めた。
不意に悪寒。咄嗟に攻撃ではなく、ストレイシオンに防護結界を張らせる。青い燐光が全員を包み込んだ次の瞬間。
ぞっとした冷気が走り、亡霊の娘が指差した先の地面から這い出たのは巨大な鉄の杭の群れ。
ストレイシオンの防御結界で軽減されたが、前に出ていた月丘と君田、アガトに姫宮を巻き込む魔の一撃。周囲を貫く鉄杭の地。
「……此処までか」
余裕も持って退却するならこの時点しかない。残る狐獣も倒せない事はないが、確実に増援が来てしまう。
言葉こそ喋らないが、この亡霊の娘は指揮を取っていた。シュラキのように念話を持つ可能性もある。
ならば増援は確実。その前に撤退すべきだと、君田を殿として後退していく。それを助けるように、ソーニャのアサルトライフルが弾丸を放つ。
「仲間と一緒に帰らないと、居場所は、ないから……」
「……いや。アンコールはなしだが、学園にはもっといい音と歌があるさ」
放たれぬ追撃に何故と想いながら、君田はソーニャへと返す。
戦場の音楽ほど悲惨なものはない。
火と刃の乱舞。
そんなものより、蒼穹にて響く音色をと。
「貴様らが我等を障害と思わぬうちはこのように、何度でも足元をすくってくれようぞ!」
虎綱の言う通り、これは終りではない。
何度でも、何度でも繰り返し、帰るのだ。
あの学園。戦火で赤黒く染まっていない、あの場所へ。