●園芸部での打ち合わせ
「2つの部に対して2つの班で対応ね」
まずは打ち合わせが肝心だと、それぞれ班ごとに部活に向かう前に、杷野 ゆかり(
ja3378)が確認を取る。
或瀬院 由真(
ja1687)も園芸部に確認を取る為、口を開いた。
内容は園芸部主催で、『部員確保の為の展示会』を開くというものだ。その許可を取る為にも園芸部に一度集まっていた。
華道部、フラワーアレジメントの両部の助けを借り、それを持って仲直りをさせようとするもの。互いに花を愛するのならば、敵意をなくして見れば、きっと和解出来る筈だろうと。
「これを切っ掛けとして、互いに理解し合う事が出来れば、と思うのですが」
「花を愛するもの同士が貶しあう。この争いは‥‥無益すぎます」
やるせなさを匂わせて、戸次 隆道(
ja0550)が呟いた。
対して、黒瓜 ソラ(
ja4311)はぐっと気合いを入れるように、力強く言葉を作る。この事件、無益で悲しいのであれば、早く解決すべきなのだと思いを込めて。
「部活どうしの潰し合いなんて悲しみが募るだけですっ。なんとしても解決しなきゃですね」
とは言ってもどう転ぶか、未だ解らないのが現状だ。妥協案や提案などを色々と述べ、それを園芸部の部長に伝えている。
成程、任せて正解だったかもしれないと反応し頷いてくれているのだが、結局、華道部とフラワーアレジメント部の問題だ。そこをなんとかしないといけない。
「ま、展示会の方は了解だよ。告知はしておくし、確かに良い案だろうね」
そう告げる園芸部の部長。
大谷 知夏(
ja0041)がもう一つ頼む。花が足りない状態を切実に、両方の部活に伝える為、庭の写真や資料、今の部員でどれだけの栽培が出来るのかという情報を求めた。
快く、それを承諾されて、一息。園芸部も辛いという状況を伝えるのは、大事な事だろう。
そうなればと、言葉を締めるのは、千ヶ崎 華音(
ja3083)。
「いまのまま、だと、花がかわいそうだ」
●フラワーアレジメント部
「園芸部との、合同の展覧会?」
青空・アルベール(
ja0732)の提案に、きょとんと、フラワーアレジメント部の部長は首を傾げた。
「ええ、合同の展覧会を行えば、園芸部の部員の増加にも繋がりますし、そうすれば足りなくなった花も、栽培する人が増えてどうにかなるのでは‥‥と、園芸部の部長に頼まれまして」
にこやかに、けれどマイペースに話を持ちかける青空。
ぼんやりとしている華音では交渉の切り口としてはあまり向かないだろうし、大谷は話術が得意ではないと認識しているので、矢面に立たない以上、当然の人選だっただろう。
「んー……ボクとしては問題はないし、異論はないね。何時も協力して貰っている園芸部に少しでも恩を返せたら嬉しいし、花は、流石に足りないからね」
苦笑するイーリスに、ふと、ゆかりは花への、好きという思いを感じた。なら、きっと和解は出来る筈だと、にこりと明るく微笑む。
「ん、どうしたの。いきなり笑って? ボク、可笑しかった?」
「あ、いえいえっ、そんな事はないですよっ、イーリスちゃん先輩っ!」
話題が危険な方向に流れようとしたら向きを変えようと待機していた大谷が言葉を紡ぐ。何を喋れば良いのか解らなかったが、作品を褒める事からだろうか。
そう、全てはポジテイブに。花のように明るくあれば良いのだ。
「えっと、部室に飾っている花はやっぱり綺麗ですね。普通に飾っているだけだと、こうはならない気がしまっす!」
「フラワーアレジメントって、一つの場所に花を押し入れるだけじゃなくて、部屋全体をどう華やかに飾るか、っていうのもあるからね。全体の調和、かな。うん、ボクはそういうのを目指しているよ」
趣味の話へと振られて、イーリスは饒舌に語り出す。
それで気を良くしたのか、そのまま合同展覧会への出場をその場で応じた。
「花を見てるとさ、癒されるよねぇ」
ぽつりと零した、青空の言葉。癒されるのが本来の姿なら、と思い、そうなった未来を浮かべて皆が一瞬微笑んだ。
かと思えば、窓に映った自分を見て、青空が唐突な言葉を言い出す。
「そして、流石イケメン。花に囲まれたも似合いすぎる‥‥!」
「‥あ、えっと、っすね」
唐突の言葉に絶句したメンバーの中、大谷が場を切り替えるように言葉を紡ぐ。
「ナスルシストの語源って確か花にかかわる神話でしたっすよね?」
「ええ、水に映った自分がなんて美しいのだろうと見惚れて、そのまま花になってしまった男の話だけれど青空君、注意した方が良いよ? ナルシストって、引かれるから」
少女二人からの口撃で落ち込む青空。まさしく残念な姿だ。
トドメは、華音。
「青空は、なるしすと、わかった‥‥」
「ち、違うっ!? 僕は、違いますからねっ」
笑い声の中で展示会への算段が始まる。
●華道部
一方、華道部でも同様の交渉が行われていた。
「合同の展示会、ですか」
「素晴らしい作品を展示する事が出来れば‥園芸部と華道部共に、良い宣伝が出来ると思うんです」
「折角作ったものを見て貰えない、というのは勿体無いと思いますし」
由真と戸次の言葉を受けて、華道部部長の椿は瞼を閉じて、しばらく沈黙する。違和感を感じて、思案しているのだと気付いた時には、もう遅かった。
「何故、私達、華道部だけに声をかけたのでしょうか?」
凛とした声に、皆が声を詰まらせた。
華道部とフラワーアレジメント部には、お互いが参加するとは内密に伏せて交渉するつもりだっだが、園芸部と関わりがあるのは華道部だけではない。
華道部と同様にフラワーアレジメントにも花を提供している園芸部。部員確保の為の展示会なら、片方だけに声をかける必要性はないのだ。
一瞬の迷い。けれども、沈黙は肯定。ならばと、黒瓜が言葉で切り込む。
「華道部のアピールにもなりますし、園芸部との関係を強化できるまたとない機会です。そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが?」
緊張しつつ、そして自分でも後半は胡散臭いと言った後に後悔する。
「園芸部の部員が増えれば、より多くの花を育てる事が出来ます。そうなれば、使える花の数も増える。‥どうでしょうか?」
椿が更に疑問に思うより先に、由真が続けた。それで疑問が払拭されたとは思えない。少し考え込む椿。助け舟は、意外にも部員の中からだった。
「彼らは園芸部からの使いで、深い事情は知らないだろう。が、今の状態を続けていけば、かなり辛い筈だ。機、と見るのが良いのではないだろうか、椿部長」
そう言い切ったのは、体験入部で入っていた鐘田将太郎(
ja0114)。
それとなく椿や他の部員に聞いていたのだが、花の供給が足りなくなって練習が間々ならないどころか、展示も思うように出来ずにいたらしい。
全ては部員の増加の為。華道部と園芸部は元々仲が良かったものの、部員の集まりは華道部の方が多く、供給のバランスが崩れてしまったのだと鐘田は聞いている。
このままではジリ貧。それを踏まえた上で、仮入部の身として進言する。
「今のままでは駄目だろう。何処かで、何かを起こさないと。今は、そのチャンスだと思う」
「‥‥‥‥」
椿はまたしばらく黙す。何かを考えているようだったが、結局、吐息と共に返事を返した。
「わかりました。こちらこそ、どうか、展示会の方は宜しくお願いします」
誤魔化し切れたか解らないが、こちらも了承の言葉を得るのだった。
●展示される花、華やかで
事前に知らせず、また、準備の際に鉢合わせしないようにスケジュールを組むのは難しかったが、それでも展示会は見事に整っていた。
危ういという場面もあったが、気を使ったメンバーの調整もあり、無事に展覧会を迎える事が出来た。だからこそ。
「さ、どうぞ」
視線を痛い感じながら、青空はイーリスに付き添っていた。
教室に入った時、イーリスが目にしたのは華道部の作った生け花達。フラワーアレジメント部が入る入り口からは、華道部が作った作品が並べてある。
針のムジロのような、そんな錯覚を覚えながら、青空は言葉を作る。
「華道部も花が好きって気持ちは同じだって、私は思うのだけど」
だから、花が足りないという状態でも、真心を注いでこれ程のものを作れたのではないか、そしてそれは貴女達も同じではないだろうか。
「お互いの作品を見て、まっすぐに認めたら、きっとわかり合えるわよ。だってこんな素敵なんだもの」
続けるゆかりの思いは明るく、そしてまっすぐ。
溜息。肩に入れたいた力を抜くような、イーリスの息。
「そう、だね。ボクも、解ってはいるよ。なんていうかな。同じ花を使うものとしてライバル視っていうか、それもあるし、花が足りなくなってきて苛々していたんだろうね」
御免、とイーリスは小さく呟いた。
花に申し訳ない。負の感情で、その色を染めようとしていたと。
「‥‥やはり、騙しましたか」
冷やかに告げる椿。
物静かさはそのままだが、何処か声に鋭利さを帯びたような感覚。事実、騙されて彼女は敵対視している部活との合作で展覧会を開催してしまったのだ。
苛立つのも当然なのかもしれない。
騙していたな、とこの場で帰られても仕方がないのかもしれない。
それでも。
「椿さん、貴女は何を認められないというのですか? 花はこんなにも咲き誇っています。どちらもそれぞれのやり方で花を活かしている。それは事実として、この花達が語っています」
戸次の言葉だ。
「他のやり方は認められないのは、他の良い所を認めて拾う機会を捨てていますよ」
すぅ、と気質が下がる。冷たい刃物のような視線。
椿は椿なりに己を高めようとして来た。その方法を、間違っていると部外者に指摘されれば、怒りもしよう。凍えた、氷のような怒気。
「ダメです椿さん。まず、落ち着いて下さい」
だからと黒瓜が静止に入る。その生い立ちで、少しは花は解る。だからこそ。
「華道とは? 華道は求道でしょう。心の在り様を示すのが作品なら、その荒れた心でもう一度作品が作れるんですか」
求道だからこそ、『捨てている』との言葉に激昂しかけた椿を、黒瓜の声が引き止める。確かに、荒れていた心で作品は作れず、そして、荒れている今では、昔のように作れるか解らなくて。
「美に貴賎などありません。‥彼等の顔を良く見て下さい。そうすれば、分かるはずです」
そう由真に軽く諭され、フラワーアレジメント部の作品に見つめる。
それは自分達とは違うベクトルではあるが、確かに綺麗で、花々しく、そして真摯な作品。
‥‥花が足りなくなって、不安で上手く作れなくなっていたのを、相手のせいだと罵り、ぶつけていたのかもしれないと、椿は胸の中で呟いた。
後悔と反省の色を見て、安堵する。
「花を活かす者としての愛と、矜持があるのなら。椿さん、どうか、話し合いをして頂けませんか?」
さあ、問題はこれからだ。どうやっ足りなくなった花を、補うのか。
三つの部活での話し合いが、始まる。
三つの部活が交渉のテーブルについた後、青空がまず提案を示した。
「一つ、花は足りずとも等しく配分。二つ、園芸部を両部が手伝って花を育てる。三つ、育つまで裏山の野草を取り入れる。四つ、三部の積極的な交流、というのを主にするのはどうでしょうか?」
穏やかに告げられる青空の言葉に続き、大谷が用意していた資料を取り出す。
「現在の園芸部の状態を示す資料や写真っす! 人手が伸びないせいで、任せられる庭や温室の設備・拡張も中々されずに、苦しい状態みたいっすねっ」
「ですので、私としてはまず園芸部へ、手伝いを派遣するのを強く推したいと思います。メリットは花の供給が増えるだけではなくて、自分達の題材に沿った花を育てて、触れる事が出来る‥‥と思っているのですが、いかがでしょうか?」
花を愛する気持ちを取り戻して欲しい。そして、貶しあいなんて辞めて欲しいのだと、熱を込めて語る戸次。
「君たちのつかう花はとてもきれいだ…でも、花は、きれいなだけじゃないよね。花のことをよく知れば、もっと良いものが作れるかもしれないだろう?」
「一から花を育てる事で見える美もあります。外注に頼るよりは良いと思いますよ?」
華音と由真が続けた。確かに、と頷く両部長。
「でも、流石のボクでも解るけれどさ、流石に野山の野草を取り入れても、供給は足りないよね?」
「イーリスさんと同意見なのは悲しい限りですが、問題なのは現時点で花が足りない事。いずれ園芸部の栽培出来る花が増えても、足りない状態は続くでしょうね」
敵意は緩和されても、なくなる事はないようで、視線を合わせずにイーリスと椿。その意見に対して、ゆかりが提案する
「うん、新しく育つまでには時間がかかるだろうから、外注するのはありかなって‥‥後、外注とかはローテーション制にするとか、出来るだけ節約するとか、三つの部活で模索していければ良いかなって」
外注という言葉に強い拒絶感を浮かべるイーリスと椿だが、にこにこと元気で、まっすぐなゆかりに言葉を挟めないでいる。
そこに突き刺さったのは、鐘田の言葉だ。
「華道部に仮入部させて貰ったから、大体の状態は解っているつもりだ。部費も難しいし、部員が多い以上、ローテーションや定員制に今さら出来ないっていのも、な。けれど」
強く眦を決して、鐘田は椿とイーリスを見据える。
「花を活ける方法は違うけれど、綺麗にしようっていう気持ちは同じだろう。けどな、良い作品ばかりに拘らずに、花の事も考えてやれよ。この作品を作る為に、園芸部が丹精込めて育てた花を無駄にしてねぇか?」
隠し事のない、本音の言葉に椿とイーリスが睨み返す。が、それは反射で、眼の中では葛藤が揺れている。自分達も丹精込めて、必死で花を活けたように、園芸部も丹精込めて花を育てて、それを一方的に寄越せと言っていたのではないかと。今さらになって、思い、悩み、揺れていた。
「園芸部もあんたらの要望に応えようと必死なんだ。 少しは、園芸部の事も、考えてやれ」
「‥‥‥‥」
自分達の行いが過ちだったと思わなければ、怒りだしたかもしれない台詞。だが、顧みれば確かにそうで、園芸部に頼り過ぎていたのは事実。
「君たちと同じ様に、えんげい部の人も花が好きなんだ。そんな人たちに、大すきな花のことで、いやな思いをさせてはいけないよ」
ゆっくり話す華音。
「ごめん、なさい」
それは異口同音に発せられた、二人の部長の言葉。
いいよ、また、これからだね、と、園芸部の部長は、安心したように笑った。
両部活は園芸部の手伝いをしながら、園芸部の部員拡張、野草を使うと同時に、交代で外注の花を取り入れるようにしたらしい。
これで全て解決ではないだろうが、少しずつ、良い方向に変わっていっている。
そして、三つの部活の部室に、華音の書いた絵が、綺麗に丁寧に、飾れていた。