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マスター:燕乃
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/12/10


みんなの思い出



オープニング





 一つの大切なものが失われても、変わらない。
 何て無感想なんのだろう。なんて精密なんだろう。そしてどうしてこんなに悲しいのか。
 世界は一つ欠けても、淀みなく動いていく。変わりのものが『そこ』に来て、日常が流れていく。
 笑っている皆。
 どうして。
 笑っている久遠ヶ原。
 どうして。
「……っ……」
 胸の中、繰り返される問答へと声に成らない悲鳴となって響いていた。
 それは不協和音。他人の笑い声という、少女、夏夜には耐えられないものだった。
 胸に弦が張られているなら、もうとっくの昔に切れているだろう。声にも言葉にもならない。
 ただ視線だけが鋭く、どうしてと問い詰めるかのよう。
 鋭い双眸はただ手にもったヴァイオリンのみを見ていた。


――私は今この学園で笑っていられるみんなが嫌いで。
――みんなを嫌っている、私が一番、嫌い。


 夏夜はただ、全てを拒絶するように、独り、音楽室でヴァイオリンを奏でる。
 音は切なく、悲しかった。
 誰もいない、黄昏の部屋。閉じられたカーテンに、閉じられた扉。鍵まで、内側からかけて。
 逃げ込むようにして、夏夜は一人でヴァイオリンを弾いている。
 彼女は一人で、綺麗だった。
 孤高。そして孤独。それを裏付けるように、伴奏を失った音色だけが響いていく。
 泣いているように響く、けれど誇り高い旋律は、ただただ、一人の空間を作り、満たして行く。
 此処が夏夜の居場所だった。
 此処以外、安らげる場所はなかった。
 でも、どうすればいいのだろう。何処にいけばいいのだろう。
 何時からだろう。もう、教室にいかなくなったのは。


 夕暮れの中、冷たいヴァイオリンが響き渡る。
 そこは、少女の逃げ場所だったから。







 学年が上がり、新しいクラスも馴染んだ筈の頃、その依頼は持ち込まれた。
 依頼主はある少女で、教室に来なくなったクラスメイト……七峰夏夜という少女を説得して欲しい、というものだった。クラス委員長をしている為か、気にしているのだと。
 けれど、話はそう簡単なものではなかった。
 学年が上がり、クラス分けがあったせいで気づかなかった。いや、気づいた時には遅かった。
 京都での大規模な戦闘の際、夏夜の幼馴染で共に久遠ヶ原に来た少年が再起不能の重傷を負ったのだ。
 それまでは良かった。戦いに出られない身でも、夏夜はその幼馴染の世話を焼き、共に学園生活を過ごそうとしていた。
 けれど、きっとその少年はそれに耐えられなかったのだろう。
「進級の際、その幼馴染さんは進級しない所か、そのまま久遠ヶ原を退学したらしいんです」
 戦いに恐怖しただけではないだろう。戦えない身でこの学園にいても仕方ないと、或いは別の人生の道を求めてこの学園を去った。それは臆病でも何でもなく、一つの選択だったのだろうが。
「……直前まで、夏夜さんもそれを知らなかったようなんです」
 進級してみれば、幼馴染だった少年がいない。慌てて探してみれば、既に退学した後だったという。
 そして悲劇としてタイミングは余りにも重なり過ぎていた。ショックを受け、本来なら友達に慰めて貰う筈が、誰一人として夏夜を知る友達はそのクラスにおらず、ただ『暗い少女』と離れて。
 そして、笑っていた。
 何も知らず、一人の大切な人がいなくなった少女の近くで、笑っていたのだ。
 新たしい友達を得て。昔からの友人と。
 そして、それに耐えられなくなった夏夜は、ある日、涙を浮かべて教室を飛び出して。
「そして、戻ってこなかったんです」
 それ以来、寮と学園の往復はしている。が、どうやって手に入れたのか、とある音楽室に鍵をかけて、そこに半ばとじ込もるようになっているらしい。
 そしてそこで、ヴァイオリンを奏で続けている。本来なら、デュオで奏でる筈の演奏を、一人で。
 サボりやまともに授業を受けないのは久遠ヶ原の学生にとって珍しすぎる事ではない。だが、一つの部屋に殆ど閉じこもるようにして、というのは流石に危うい雰囲気しかしなかった。
 どれだけ閉じこもっているのか。そして、どれ程、人を拒絶しているのか。
「それこそ、教師が動いて音楽室から追い出されたら、夏夜さん、何処に行くか解らないから」
 だから説得して欲しい。それが無理でも、せめて話をしてほしいのだという。
 これは心の問題で、解決方法などない。倒すべき敵などないし、何をもって成功と言えるのもない。
 ただ、一人でヴァイオリンを弾き続けるという少女に。
 救いの手は、伸びるのだろうか。


リプレイ本文


 ああ、拙いなと久瀬 悠人(jb0684)は段々と白くなっていく意識の中で思う。
 まず、体温が酷く低下している。
 もう十二月だ。行き倒れのフリをしているだけでも、かなりの体力を寒気に奪われていく。だというのに先日から断食をし、更に一睡も取っていない。
 寒気に対抗するだけの熱を生み出せないのだ。
 その状態でいつ来るか解らない夏夜を待っている間に、消耗はもう軽視できない程になっていた。
 行き倒れる計画だったが、予想以上であり危険だった。
 動きたくても、ただ震えるしか出来ない。思考も途切れ途切れで、寝たら終わると感じている。
「く、久瀬さん……?」
 そんな状態を見て、僅かに涙声になるのは地領院 夢(jb0762)。
撃退士とはいえ、自力で動けない男性は重い。引き摺るようにして動かしているが、本当に叫び声を上げて助けを求めたかった。
 本気で拙い。本当に危ない。
 他力本願であった久瀬にも問題があるが、このままだと風邪どころの騒ぎではないだろう。
 だから夏夜の足音が聞こえ、その姿が見えた時には、安堵と不安で夢の胸が掻き乱された。
「ご、ごめんなさい。ちょっと運ぶのを手伝ってもらっていいですか!?」
 最早藁を掴む思いで声を上げる。これで駄目だったら携帯で誰かを呼ばないといけなくて。夏夜に構う余裕などなくて。
 夢にとって本気の叫びであり、願いだった。困ったでは済まないと、今さらになって後悔する。
 けれど声は聞こえず、つかつかと規則正しく、無感情に歩いていく夏夜。無視しているような、忌避しているような。
 通り過ぎる。 
 でも、ふと、その瞬間、引き摺る久瀬の重さが減った。
「それで、何処まで」
 端的に、突き放すように。反面、久瀬の肩を支えながら、夢へと問う。
「え、えと。とりあえず、校門まで……」
「そう。とりあえず、肩を支える感じで引き摺っていくわよ。校舎についたら、保健室に放り込むと良いわ」
「あ、は、はい」
 声は冷たく、やはり拒絶の響きがあった。が、言われた通りに面倒見は良いらしい。
 そこに僅かに安心して、夢は溜息を。一瞬、本当にどうしようかと思ったが、どうにかなった。
 だが、夢は運ぶのに手一杯。久瀬も、意識が朦朧としている。
 都合の良いような展開は訪れず、用意した会話も切り出す余裕がなかった。
 冷たい風。
 響いた久瀬の腹の音。
「貴方、何も食べていないの?」
「……悪い。昨日、ずっと音ゲーやっていて、気づいたら朝だった」
 加えて寝てないのね、と僅かに目を細めて夏夜は呟く。
「協力プレイの曲をクリアしようとして、必死になって……」
 うつらうつらと、震える身体から振り絞るように声を掛ける久瀬。夢も応援したいが、それは無理だった。
「気づいたら朝で、クリアは出来ていた。けれど、みんなでやるものを独りで終らせても、つまらなかったな」
 だから、朦朧とした意識の中からも言葉を紡ぐ。届いてくれと。
 誰かと一緒じゃないと、意味がないのだと。楽しいのか、一人でいて。
 久瀬だったら嫌だ。夢も嫌だ。価値観の押し付けはしないけれど。そのままでいたら、今の久瀬みたいに倒れるのでは。
 身体ではなく、心が。
 そう、祈るのに対して。
「それはね」
 夏夜は鞄の中から、何か布に包まれた箱を取り出す。
 小さなランチボックスだった。 
「貴方が一日中いても楽しいと思える人がいないからでしょう? その、多人数での協力プレイ? 結局、独りを選んだのは貴方。一人の方が楽だったからそうした。違う?」
 少なくとも今は。夏夜がそうであるように。
「つまらなくとも、『苦痛』ではないだけマシね」
 そう呟いて、ランチボックスを久瀬に渡す夏夜。
 夢にはそれが、夏夜の独白に思えた。人と一緒にいると『苦痛』。『痛い』。刺さった棘が抜けていないからずっと血を流している。
 だから、笑えないの?
 誰かに親切にしたり世話を焼いても。
 こうして誰かといる今も。
――苦痛なんでしょうか。
 違うと、信じたい。 
 人といる事が苦痛である筈が、ないと。






 
 ランチボックスは渡したのだから、夏夜の手元には何も残っていない。
 昼食など抜けば良い。渡したのは自分の意志だし、その結果なら当然だ。選択とその結末。
 ただ、久しぶりに人と話したせいだろうか。無様で、ともすればなんて頭の悪いと思うような先輩の姿が浮かぶのだ。名は聞いていない。そして、一緒に運んだ少女の笑顔と『有難う』という言葉も。
 妙に空虚な気分だった。
 胃ではなく、胸がからっぽだった。
 だからだろう。久しぶりに購買部に出て、なんとかサンドイッチと飲み物を確保した時には、かなり疲労してしまっていた。
 喧騒が胸に響く。
 一人が良いのだ。音は静かに。ノイズのない場所が。
 笑い声が、きりきりと夏夜の精神を締め付ける。
 それは表情に出る程に。怒りと苦しみと、そして激しい悲しみを帯びた顔。
 言葉をかけ辛い。見なければよかった。触れなければよかった。
それでもと、浪風 威鈴(ja8371)は言葉を掛けた。
「ぇと……静かな…場所……って…ある……かな?」
 一度声を掛けたら、もっと深い所でもがく夏夜の顔を見てしまいそうで。でも、一人は。一人では。
 ずっとそんな顔をしているのだろうか。胸の奥、決して溶けない氷の中にいるように。それは嫌だと思って。
「全く、今日はいろんな人に声をかけられる日ね」
 サンドイッチを片手に、溜息を付いて威鈴を見つめる夏夜。
 僅かにたじろいでしまう。会話をする気はなく、けれど、言われた事にはせめて応えようと。
「貴方もこの喧騒が嫌い?」
 いや、それとも偶々いた少年に独白を漏らしているのか。
「私は、嫌いよ。……笑い声が。楽しそうな言葉が」
 怒りや憎悪より、悲しみが多い声。もう届かない何かに、手を伸ばそうとしているような。
 決して届かない過去を、見せつけられているような。絶望に似た声色。威鈴はそう思った。
「まあ、良いわ。私の音楽室の隣は、あまり人が来ないし」
 それは、やはり拒絶で、一緒にいたくないという意志の表れだっただろう。
 けれど、先の言葉と表情から、本音ではないと思って。思いたくて。
「ボク……ひとりで…食べるの…寂しい…から……一緒に、食べていい……?」
「嫌よ」
 そう告げ、けれど背を向けながらも威鈴を先導していく。人気が段々なくなる。音楽関係の部屋が集まった一角。
 そこで。
「すみません」
街他構えていた神棟星嵐(jb1397)が声を掛けた。
「こんにちは。神棟星嵐と言います」
「…………」
 瞼を閉じて、深い溜息。厄日かしら、と夏夜が呟いた。
 それでも、止まる訳にはいかない。踏み込む必要があるから。
 独りきりの音楽室に。
 少なくとも諦めたような、脱力した姿ならばと。
「今回お願いがあって訪ねて来たんですけど、中に入っても良いですか?」
「駄目よ」
 通ると思った声は一蹴される。
「なんでお願いを聞かないといけないの? 少なくとも、私はその部屋に誰かをいれるつもりはないわ。神棟さん、貴方は、出逢ったばかりの誰か、よ」
「…………」
 即座に反論しなかったのは、攻撃の意志ではなく、防るという意志を感じたからだろう。
 ただ引き籠っているのではない。彼女にとって安心できる場所があの音楽室。ならば、その聖域に人を入れる事はあり得ない。知り合ってすぐの他人ならなおさらだ。
 けれど引き下がれないと、神棟は言葉にする。
「あのですね。静かに出来る場所が欲しくて探していたら、そこの音楽室を一人で使っている人がいると聞いて、混ぜて貰えないかと頼みたいのですけれど……」
「隣の部屋、大抵空いているから使ったら?」
 けれど、まさに壁に跳ね返されるように神棟の声は届かない。
 この音楽室は彼女の最後の場所なのだろう。だったら、と。
「ね……神棟さん、と、えっと……その、夏夜さん。隣の部屋で…せめて、一緒に食べません……か?」
 威鈴の提案。これは決して折れないと見て、せめて一緒に食事をするという目的だけを果たそうと。
「一人だと……美味しくない…よ……?」
「出来れば、話とか聞いて欲しいんですけれど。あ、これは差し入れです」
 そう二人掛かりで夏夜を説得し、更に神棟は夏夜の何時も飲んでいたカフェオレを差し出す。
「……全く」
 何の日なのかしらと呟いて、夏夜は折れた。







 ランチボックスの中身は、久瀬には少なかった。
 授業が始まる前に食べ、そのお蔭である程度体力は回復したのだが。
「何か、虚しい」
 軽いランチボックス。返して、とも、返さないで良いとも言わなかった。二度と逢う事はないだろうと、そんな感じで。
「絶対、このランチボックスは返すからな。中身、詰めて。食べ物じゃなくて、こう……」
 胸に響くもの。無感動そうに応じたあの仮面が壊れるようなもの。
 だからせめてもの糸口にと情報を集めようとするが。
「見つからない……ですね」
 夢の言う通り、夏夜のクラスメイトは一日では見つからない。広すぎる学園を回るには、一日では足りない。
 せめて出来たのは五十鈴 響(ja6602)の依頼主であるクラスの委員長や、同じクラスで心配する人達から言葉を貰う事だけ。
 情報収集をするに当って、あまりにもか細い糸と、入り口だった。
 だからこそ。







「ねぇ、なら失った場所からは、ずっと血が流れるのかしら?」
 神棟の過去。家族を失った事に対して、ぽつりと夏夜は呟いた。
「身体の傷って治るし、心だって、きっと、そうよね。でも、亡くなったものは返らない。心と一体だと言う程に大切なものが失ったら」
 流れる視線。
「ずっと、その喪失を抱えるのかしら? ダレかの笑顔を失って、別のダレかの笑顔と声を聞いて、ずっと失ったと、戻らないと、自分に言い聞かせるの?」
 それは独白じみて。漏れ出した弱音のようで。
「代わりなんて、ないの。 神棟さん、貴方の家族のように」
 結局、何が起きたのかは解らなくて。
 彼女の思い悩んでいるもの。そして苦しめているのが笑顔というだけが解って。
 それ以上はなかった。
 また、一緒に食べようと果物を渡した威鈴。それを手に取ってくれた事だけが、せめてもの救いで繋ぎだろうか。
「無様な姿じゃなくて、或いは……」
 それは推測だったけれど。
 重荷となるのは嫌だったのでは。
 好きな相手の、重荷になるなんて。
 献身さとはともすれば危ういもので、倒れる時は互いに共倒れてしまう。
 だから、少年は去ったのではないかと。ふと、思うのだ。
  
 







 そして、刻むように流れるヴァイオリンのソロ。
 デュオで奏でる筈のそれは比翼を失い、けれど悲しく、ただ切なく音を響かせる。
 弦が擦り切れていそうだった。
 ヴァイオリンではなく、心のそれが。
 今にもぷつんと切れそうな想いを乗せて、流れる。
 或いは、切れる事を願って、失った片割れを思い出すように。
「とても綺麗な音色ね……」
 なんで、物悲しいものは綺麗なのだろう。
 もういない誰かを思う、旋律。唇だけで言葉にする瑠璃堂 藍(ja0632)。でも、これは余りにも儚かったから。
 孤高で孤独な部屋の扉を、叩くのだ。
 響が扉をノックする。返事は、あるだろうか。
 情的、というよりは叙情的。静かに泣いている、弦の音色。
 胸に響くのは悲しみの響きだ。気になってしまう。だって、これは奏でる人の想いを十全に乗せたものだから。
 だから、今、この時だけは止まって欲しい。
 言葉にして、と。
 その願いは、聞き届けられた。
 ヴァイオリンが止み、かちゃりと鍵の開く音。けれど、それは扉ではなく、窓だった。
「何かしら?」
 既に今日だけで四名に出逢っている夏夜。心の警戒が緩んだのか、それとも、拒絶が緩んだのか。声は、少しだけ柔らかかった。
 僅かにほっとしつつ、藍は声にする。
「歩いてたら、綺麗な音色が聞こえてきたから。この音を聴きながら本を読めたら素敵だなって思って、つい……ね、良かったら少しお話できないかしら?」
 僅かに胸につっかえそうになる藍の言葉。綺麗だ。触れれば切れてしまいそうな程。
 壊れてしまいそうなくらいにる
「そんなに、私のヴァイオリンはいいものじゃないわよ……足りないし、悲しいだけ。悲しいから、弾いているだけ。それを聞きながらなんて、本と貴女が可哀想よ」
 ああ、と。
 彼女には通じないとこの時、藍は気づいた。
 既に胸の奥は泣き叫んでいる。でも、その感情の表し方がヴァイオリンしか思い出せていないのだ。
 泣き叫ぶその時が、くればいいのに。
 黄昏の夕日は、緩やかな時を飾る。
「御免なさい。嘘よ。本当はね、七峰さんのクラスのクラス委員長さんに心配だから、って頼まれたの」
 此処で嘘をついても仕方ない。
 こちらは嘘を並べて、相手にだけ真実を求めても、そんなの不誠実。そして、詐欺だ。
 心を弄びたくはない。だから、言葉も選ぶ。
「どうしたらいいのか解らなかったんでしょうね……貴女も、彼女も、彼も」
「……っ……」
 それは夏夜の激情を刺激しても。此処で背を向けられても、言うべきもの。
「『心配』だったから。潰れないかと、ずっと心配で、そのせいで自分が潰れた。責任という重みで」
 きっと、そうだと思うから。これ以上繰り返して欲しくないのだ。
 夏夜が『心配』した少年は、その『心配』で夏夜自身が潰れないかと、黙って去ったのだろう。
 何か言えば、そんな事はないと反論して譲らないだろうから。
 こうして、音楽室で追想の音を奏でる程に。
「自分だけは忘れない、失わないって気持ち……なんとなく、解ります。だから、潰れないで下さい。自分の道を、自分で潰さないで」
 響が後を継いで続ける。だって、あんなに美しい音を響かせるのなら。
 まだ心はある。先はある。
 辛い事や苦しい事、怒りと嘆き。吐き出して、良いのに。
 なんで、夏夜は目を背けるだけなのだろう。肩だけは震わせて、泣いているように。涙だけ枯れたように。
「……手紙です。出来れば、読んで下さい。貴女を心配しているのは、あのクラスにもまだ沢山いるんです」
 それは昼休みの間に響が夏夜のクラスにいって、自分と、そして心配しているクラスメイトの言葉を綴った手紙。
 軽くて小さなそれを、静かに、震える指で夏夜は受け取った。
「忘れない。その為に、貴女まで、消えないで下さい」
「ね? 次は、音楽室に入れて貰えないかしら?」
「その時は、私にオルガンを共に弾かせて下さい」
「可哀想というなら、そうじゃない曲で本を読ませて?」
 その答えは沈黙。
 ただ、紅く染まっていく夕暮れ。
 そして窓は閉まり、再びヴァイオリンが流れる。
 ぼろぼろと、音階を外した嘆きの音が。
 稚拙でミスだらけで、決して美しくない、心の嗚咽が。
 ただ、流れゆく。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 幻想聖歌・五十鈴 響(ja6602)
重体: −
面白かった!:8人

ヘヴンリー・デイドリーム・
瑠璃堂 藍(ja0632)

大学部5年27組 女 ナイトウォーカー
幻想聖歌・
五十鈴 響(ja6602)

大学部1年66組 女 ダアト
白銀のそよ風・
浪風 威鈴(ja8371)

卒業 女 ナイトウォーカー
絆紡ぐ召喚騎士・
久瀬 悠人(jb0684)

卒業 男 バハムートテイマー
絶望に舞うは夢の欠片・
地領院 夢(jb0762)

大学部1年281組 女 ナイトウォーカー
戦いの中で戦いを……・
神棟星嵐(jb1397)

大学部6年70組 男 ナイトウォーカー