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爆炎が夜の闇を引き裂いた。
それは目の前にある撃退署の内部で炸裂した魔術。
戦いの始まりを告げる号砲だ。続いて展開された阻霊符。
中の様子は解らないが、始まったという事だけは絶対だった。
「必ずやこの地を、取り返さねば……」
誰に言うでもない。ぽつり零れた姫宮 うらら(
ja4932)の呟きが、その場に隠れる全員の胸にある熱だった。
人の命が散り、自分達の土地が奪われ、行く宛もない儘に追われた。
たった一つの敗北で、多くのものが失われてしまった。その記憶と痛みはまだ響いている。
けれど、胸の裡にて燃える焔は消えず壊せない不滅なるもの。鼓動と共に高まる戦意。
奪いし者へ、反撃の狼煙をいざ上げよ。その魂の熱と焔にて。
「前田か……戦いたいなぁ」
建物の影に潜むマキナ(
ja7016)も、湧き上がる熱と闘志を隠せない。
待てと、まだだとは解っているし理解している。だから、敵が集まるまで隠れて息を潜めている。
戦う時はいずれ。今も待つが、一度解き放たれれば必ずや全てを砕こう。
天使に奪われた地など、認めない。この世は人のものだ。
何を思うと、何を目指そうと構わない。だが、この想いと意志は譲らない。
黒井明斗(
jb0525)が信じる天とは慈悲と寛容を旨とするもの。
決して剣を無辜の人々に向けるような存在ではない。ならばこそ、必ずや争いは終らせる。
黒井の信じる、平穏な姿に。
「敵も動いてきたようですよ」
視界は闇に覆われて見えないが、鋭敏感覚で駆け寄る足音を感じる平山 尚幸(
ja8488)。
数は、僅かというべきか五体。この一帯を守るにしては少な過ぎるだろう。前田が何を急ぎ、何をしようとしているのかは解らないが。
「戦力分散させてまで制圧速度を上げるって事は、何か理由がある筈だが」
そう、何かある筈。戦いの為に歩を進めている。当然のように、その先には何かある筈なのだ。
が、それを含めてこの戦い。この襲撃。ニヤリと笑って、小田切ルビィ(
ja0841)は告げる。
「――まァ、この好機を逃す手は無いってな? 面白くなってきやがった」
目指す目標、今度こそ断たせて貰うと鬼切の柄を握る。赤黒い刀身が、戦の気配を感じてその禍々しさを増していく。刃は冷たく、そして鋭利な光が宿る。
それを制し、静かにと田村 ケイ(
ja0582)がハンドサインで全員に知らせる。
夜目と索敵で視覚を強化し、周囲を警戒していた田村の目が、駆け寄って来たサーバントの姿を捉えたのだ。
表情の乏しい瞳は、けれど鋭く敵を射抜いている。手にした銀と黒の二丁拳銃を持ち、最大効率での一撃のタイミングを待つ。
――初撃が肝心よね。
故に確実に決めるのだと、田村と平山の合図を待つフローラ・シュトリエ(
jb1440)。耳を澄ませば、建物にぶつかる音がする。内部の襲撃班が発動させた阻霊符に阻まれ、壁を透過出来ないでいるのだ。
故に、獣人達は一か所へと集まる。入口へと。そこに集まり切った瞬間こそ狙うべき瞬間。
そして五体の獣人が入口へと走り、その扉を突き破って入ろうとした時、田村と平山の手が振り下ろされ、攻撃の開始を告げた。
「さあ、反撃の火を上げましょう」
人の持つ力。決して侮れるものではないと知らしめる為に。
「そして参りましょう。……取り戻す為」
氷雨 静(
ja4221)の言葉と共に、疾走が始まる。
どんな戦いであろうとも、決して人はその動きと心を失いはしないと、宣言するように。
●
駆け寄る物音に動きを止め、振りかえる獣人達。
だがもう既に遅い。弓は引き絞られ、刃にはアウルが集束され、魔力は練り上げられている。
初手となったのは静の魔炎の術。膨大としか言い様のない力を一撃に練り上げ、詠うように軽やかに詠唱を口ずさむ。
「汝、朱なる者。其は滅びをもたらせし力」
私は日常の守り手。陽だまりを守るものとして此処に立っている。
取り戻してみせよう。守りきってみせよう。これ以上は、一欠けらも渡しはしない。
大切なモノや人が、あって、いるから。
きっとそれは、誰しもがある筈。それが、人の心。
「我が敵は汝が敵なり。バーミリオンフレアレイン!」
譲れないのだ。敵として向かい来るというのなら、燃やし尽くすまで。何処までも柔らかな言霊は、猛火の誓いと熱を呼び起こす。
静の呪文に応じて超高熱の雲が産み出され、灼熱の朱色の雨が降り注ぐ。
触れれば肉焼け、骨まで炭化する焔の雨粒。五体を纏めて焼き払う無数の滴達。
「先手必勝でございます」
奇襲からの唐突の一手に対応仕切れない儘に倒しきるのだと、最大火力にて。
「邪魔よね。そこは通せないのよ」
続けて振われるフローラの両腕。手の甲に浮かび上がった銀の紋様に似た魔法陣が、入り口の近くにいた狼の獣人二体の足元に浮かび上がる。
そして、炸裂する魔法陣。天から降り注いだ先の一撃に注意が上へと向いた直後の、地からの炸裂。巻き上がる炎と烈風に身を折った狼の身へと、続け様に飛翔してゆく漆黒の剣閃。
「――ハッ! ガラ空きで隙だらけだぜ……!」
振り下ろされるルビィの鬼切。赤黒い刀身は、闇夜よりもなお黒い衝撃波を放ち、直線状にいた狼二体と蛇を纏めて薙ぎ払い斬り裂いていく。
加減など勿論ない。出し惜しみなどない初撃から全力。それにて攪乱を狙い、動揺している内に可能な限りこちらの有利な状況を作り出すのだ。
現に今ので狼二体は瀕死。ならばと、絶対に外さないと銃口が向けられる。
それは平山のアサルトライフルと、田村の二丁拳銃。
そして発砲。田村の二丁拳銃が轟音と共に放った弾丸は黒の靄を纏っている。天を貫く為の冥魔の弾丸だ。
撃ち抜かれ、膝から倒れていく狼の獣人。狙い通り、何もさせない儘に倒す速攻だ。
「まずは一つ。人間を舐めないで頂戴」
甘く見るな。人の全力を。全身全霊に戦うその姿を。
「さーて、楽しい狩りの時間だ」
同様にライフルのトリガーを引き、もう一匹を地に這わせる平山。何時の間に火を付けたのか、煙草の紫煙が漂う。
そして、それより更に突き進む三つの影。
「虎は任せました!」
自分の前を走るマキナの背に聖なる刻印を刻み付け、その意志と抵抗力を底上げする黒井。
狙っているのは虎でも蛇でも獅子でもない。止まらないマキナと姫宮が何より優先したのは、入り口の確保。決してこの先には行かせない。中には仲間がいるのだから。
「どきなさい!」
咄嗟に姫宮の前へと立ち塞がる獅子の獣人へ、鋭い踏み込みと共に腕を振るう姫宮。
流れたのは視認できない程に細く、そして鋭利なる純白の糸。見えざる爪牙として空間を、そして獅子の胸を斬り裂く斬糸の連閃。一瞬怯んだ隙に横へと流れ、姫宮が入口へと辿り着けば。
「我慢してたんだ。精々楽しませてくれよ……!」
旋回させた斧槍で虎を薙ぎ払い、姫宮の横へと並び、同じく入口を背にするマキナ。意識を刈り取る事は出来なかった。ただ、それは返し刃を放った虎側も同じ。
初手しては十分過ぎる程の戦果。何より、この入口を確保出来た事を誇るべきだ。
「結局は獣か。率いてくれる奴がいないと、対応仕切れないってか」
一瞬にして二体を屠ったルビィ達。獅子、そして虎は恐らく先の二体より強力で、先ほどのような高火力で押しきる事は出来ないだろが。
「僭越ながら……私どもの火力はちょっとしたものでございますよ?」
「何しろ、胸に宿る魂という炎がありますもの。それがない貴方達に劣る筈がありませんわ」
秘めるもの。己を突き動かす熱。それがない人形などに、どうして止められるだろうか。
静の言葉を受け継ぎ、姫宮は口にして髪を止めるリボンを解く。踊る白き髪は、まさに鬣のようで。
「姫宮うらら、獅子の如く参ります……!」
姿形だけはそれを真似、どんなに高い力量を持たせども、誇りと意志なき身では真実の獅子にはなれない。誇りと意志で、真の獅子たらんと示そう。
白き斬糸をしゅるりと舞わせ。
「お相手、願いたく」
一歩も引かず退かぬと不退転の声を告げる姫宮。
振われる大太刀に身を裂かれど、一歩も引く気はなく。
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横手へと跳躍しながら矢を番えるのは蛇の獣人。
身体能力が高い訳ではない。あるとすれば毒矢による妨害が蛇の武器故に、後衛、静を狙う鏃。
最大火力を範囲でばら撒くのは危険だと、直感のみで判断したのだろう。
静も狙われた時の為にと小刻みなステップを繰り返そうとしているが、土台となる俊敏性が低い。
キリキリと悲鳴を上げるように絞られ、放たれる毒の一矢。
空を切って飛ぶそれを。
「けどな、そう易々とさせるかよ!」
正面に立ち、庇うルビィ。矢を盾で受けて払い、後方へと届かせない。のみで止まらず、白と黒の混ざり合う光を鎧として纏い、その防御力を飛躍的に上昇させてマキナの前、虎の正面へと立つ。
マキナと姫宮の阿修羅二人はアタッカーとしては心強いが、反面、脆い。彼らへの攻撃を受け持ち、フォローするのもルビィの役割だ。
「さあ、来いよ。相手してやる」
精緻な鍔細工を施した鬼切の剣先を向け、虎へと声を掛ける。
そして再び降り注ぐ朱色の雨。後退した蛇を巻き込む事は出来なかったが、虎と獅子を焼く炎の豪雨。
では蛇は逃れられたのかと言われれば、そうではない。
「邪魔よね。アレ」
毒の弓矢で後衛を狙われるのは厄介だと、フローラが駆け抜けて距離を詰める。手にしているのは金盞花をモチーフにされた杖。アウルの操作を助け、魔力を増やすそれ。
振われる一打は物理法則に従った物ではなく魔性の一撃。
白い光を灯った杖の一撃は、触れていない筈の蛇の鱗を爆ぜさせる。
更に平山のライフルが追撃として次々と弾丸を打ち出していく。
一方で。
「今、癒します……!」
純白糸を手繰り、獅子と対峙する姫宮へと黒井がライトヒールを送り出し、その傷を癒す。蛇か虎か、獅子か。狙いがブレてはしまっているが、後衛へと攻撃をいかせない事としては全員が抑えきっている。
「出来れば、虎をなんとかしたいわね」
意識を刈り取る猛撃を繰り出す虎が危険だと田村は闇の弾丸を繰り出す。肩口を捉えて撃ち抜くが、まだ止まらない。
「……頑丈」
表情を変えず呟くが、僅かに胸に苦いものが走る。
そして、自分の真正面に立つルビィへと繰り出される虎の剛剣一刀。大気を突き破る重撃に、真正面から盾で受け止める。響く甲高い衝突音。そして弾かれ、流れた野太刀。虎の力を持ってしても、ルビィを突き破れない。逆に頑丈さの前に弾き返されて姿勢が崩れる。
「ここで斃させてもらうぜ。お前達程度で躓いていたら」
故にと、頭上で旋回させた斧槍を一閃させるマキナ。蒼い炎のようなアウルを纏い、薙ぎ払われる斧刃。
「前田には一撃さえ届かない」
左肩から入り、斜めに斬り裂いて抜けていく。途中にあった心臓さえも、確実に断ち切って。
吹き上がる血潮。崩れる虎。そしてそのマキナの後方で。
「此処より先、一歩たりとも往かせません……!」
最も苛烈な戦いに身を投じる姫宮。斬糸を操り、意識を刈り取る不可視の爪牙として放つ。けれど見えないが為に予測不可能な一撃にても未だ意識は断てず、再び振るわれる獅子の大太刀。防御ごと斬り裂く一閃に、白い髪が鮮血で染まる。
「ですが……っ……」
負傷しているは同じ事。重い一撃だが、耐えられ程ではない。加えて黒井の癒しもあり。
「正面は任せろ」
紅の瞳で急所を見据え、神速の踏み込みから刺突を放つルビィが変わりに正面へと立つ。が、踏み込みが甘く届かないと見て、半歩下がった獅子だが、その切っ先から黒の斬光が放たれ、一直線の全てを貫く長大な刺突となった。
急激に伸びた間合いに、胸を貫かれた獅子。
「避けられるものなら避けてみろよ。そう俺の剣は甘くないぜ」
「……正面はお任せしますわ。その変わり、何よりも苛烈な白獅子の牙をお見せします」
再びサイドステップで一閃を放ち、横へと流れる姫宮。これから正面と防御をルビィに任せられるのなら、ただ只管攻勢に回れる。
「厄介なのから倒さないとね」
「同感だ。ま、どれが厄介かと言われたら、全部だけどな!」
そして横手へと流れた蛇人を倒すべくマキナも駆け寄り、斧槍を横に一閃する。刃が脇腹を捉え、斬り裂くと同時に転倒させる。意識を綺麗に刈り取った。
故に今だと、フローラは蛇の後ろに魔法陣を展開させる。一体しか巻き込めないが、仲間も建物も気にしなくて良い今ならばと。
「散りなさい」
炸裂する魔力。全身から血を流し、けれど立てず、回避も出来ないそこへ、透明なる風の螺旋が襲い掛かる。
「もう目覚めなくて良いんですよ。戦場ばかりを巡る旅も、此処にて終幕で御座います」
静の透風渦にして四肢を切り刻まれ、ついに倒れる蛇。残るは、獅子一体のみ。
「流石に強そうですけれど、この状態なら……!」
黒井の治癒が再び姫宮へと向かい、傷を急速に塞いでいく。が、一方で残る獅子は高い力を持てど、癒しの術も仲間もいない。
「此処から先は交通止めだよ。人生の終わり、ってな」
「邪魔よ」
紫煙を吐いて弾丸をばら撒く平山と、決して外さないと冷静に狙って引き金を絞る田村。
次々と毛皮が赤く染まり、元の茶色だった場所がなくなっていく中で、それでも獅子はルビィと正面から切り結ぶ。吼え猛り、ただ凶暴性と殺戮の衝動のみに突き動かされる、獣。
「獅子の心、非ず、ですわ」
それを醜いと思うのは、白き獅子たる姫宮。ルビィの背から獅子の死角へと飛び出して、薄らと白さを光らせる糸を手繰る。
見えざる刃、牙と爪。確実に獅子の急所を捉えて薙ぎ払い、意識を奪う。
「誇りあり、それにて怖れに屈さず勇猛たる事。ただ暴れるだけでは、獅子心たりえません」
故にこれは姿だけの偽物と断じ、意識を失った身へと一瞥するのみ。姫宮は真なる獅子であろうとし。
「お前達が何する気かはしらねぇが、これから楽しませて貰うぜ」
紅珠のような瞳に鋭い光を宿らせ、鬼切を構えるルビィ。
そして繰り出される神速の踏み込みと刺突。例え意識があっても、決して外さないと鬼を切った刃が鳴いている。
赤と銀の残光を残し、貫く一閃。刃は深々と獅子の頭部を貫き、後頭部から抜けている。
「勝てさせて貰うぜ。これから先、お前達が広げた戦場を、俺達が乗り超えてやる」
そして翻る刃が、獅子の頭部を両断して空へと跳ね上がった。
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夜が明ける。
失われた地、失われた塔である撃退署に光が灯り、内部の班と合流も果たされる。
周囲に敵はいない。文字通り、手薄な好機であり、後続の部隊も通信を受けて向かっている。
そんな中、静が戦いのあった玄関を箒で掃除していた。
此処は、今から人の過ごす場所となるのだ。
だったら、血や汚れでなく、綺麗で。
人が住み、人が笑う地として。
精神を奪う天界のものではなく、心ある人の地として戻ったのだから。