鈴が鳴る音など最早聞こえない。
久遠 栄(
ja2400)抱いていた疑問、不信感など弾け飛ぶ程の激戦が繰り広げられていた。
そう、激戦。
この山が一種の異界だと錯覚する程に。
落雷に業火。咆哮と刃が乱れ散り、血の匂いと狂乱する戦意がぶつかり合う。
「……おい」
こちらの数は二十はいる調査なのだから圧勝し、かつ調査を続行出来るだけの戦力を送り込むのは当然。
けれど、違う。
鈴をつけて来たか。情報を隠してないか?
いや、共に戦う以上、戦果の競い合いはあっても、お互いの妨害など論外。
「これは、足の引き合いをしていたら、全滅するぞ」
僅かな戦慄を滲ませて麻生 遊夜(
ja1838)も呟く。
山の至る所で繰り広げられているサーバントとディアボロの争い。その敵手たるディアボロの数は、こちらの倍近く。死んで殺され、殺しては死ぬ眷属同士の争いだった。
ディアボロに統一感は全くない。魔炎を吐く狼、蜥蜴と人を混ぜた亜人。影で作られたかのようなナニカ。
物理に魔。
種類も系統も能力も、ほんの少し見ただけで完全にバラバラだ。寄せ集め、いや、まるで何かに此処へと引き寄せられたかのような。
「壮観、といっている場合じゃないな……」
故にこの混戦。質で勝るのかサーバント達が道を切り開いき、共に数を減らして行く。
まさに戦場だった。
何処にも安全な場所などない。
「菖蒲ちゃんはいないかー。残念、一緒に戦えると思ったのに」
そんな場所で、明るさと笑みを消さないのは神喰 朔桜(
ja2099)だ。
充満する血の匂い。戦の熱。それらを肌で感じつつも、表面に見えるのはただの残念さ。
けれど、反面。
「まあ、良いかな」
壊れて行く。破壊されていく。
木々が岩が、生物が。全て無慈悲に公平に破壊されていく。
戦場というのはそういうものであり、『破壊』たる彼女にはその力を存分に振るう場だ。一つ残らず、徹底的に燃やし尽くそうと、黄金を纏って笑う神喰。
無邪気に踊ろう。魔の舞踏を。
「そう、これか……」
次々と死んでいく生き物の気配に、皇 夜空(
ja7624)も身を震わせた。
余計な感情など入る暇がない。選ぶ事も捨てる事も儘ならない。ただ敵の首を落とし、心臓を貫くしかない。
化け物同士の戦いに、足を踏み入れたのならば。
「……急ぐぞ。共闘の要請だ。少なくとも、一般人に被害を出す訳にはいかない」
神凪 宗(
ja0435)の言葉に続くように、八人の前方へと落ちる落雷。見れば空を自在に走る雷狐が周囲に稲妻を飛ばし、道を抉じ開けていた。
続く轟音と閃光は皆の横手や背後へ。迫る追手は引き受けたと言わんばかりに雷撃を飛ばし、そして甲高い声を上げる。
「ま、アンタも下っ端って事かな?」
考える事は沢山あれど、そんな難しい事など雨野 挫斬(
ja0919)は知らない。
楽しいから戦うのだ。愉しいから解体するのだ。そして、気持ちいいから殺す。そこに一切の疑問が挟めない程、曇りない刃として雨野はあった。
「……ちんたらしてられないな」
大太刀を抜き放ち、右目だけだった黒焔を全身に纏う柊 夜鈴(
ja1014)。
細かい事は全て後だ。
全ては目の前に見えた敵。そこから感じる鬼気を、暴虐と残虐の気配を感じて、赤黒い禍々しい刀身がぬらりと輝いた。強敵であり、肌で感じる気は疑う余地なくこの場の長だ。
「少しでも人間と共に生きる、その記念すべき第一歩の為に」
一瞬雷狐を見上げる柊 朔哉(
ja2302)。雷と氷。全く違うが、きっと迷っているであろう使徒の少女を想い、自らは迷わないと夜鈴に寄り添う。
二人ならば。
負けはしない。
ふ、と。
では、禍津の少女に連れそうものは居るのだろうか?
「迷いは、後だ」
夜鈴の言葉に頷いて、アウルの衣を施す朔哉。
「……汝の隣人へ、汝が欲する事を成せ」
それこそが、平和の一歩ではと聖書の一節を口にして。
●
最大の戦果を上げるべく、猛虎鬼とその取り巻きの三体とぶつかる撃退士達。
先手は久遠。朱色に塗られた重籐の弓の弦を引き絞り、アウルの矢を番える。
希うのは力だ。強さだ。使徒と戦って劣らぬ程の。もしそれがあれば、あの村は焼けずに済んで……。
「お前の相手はこっちだ。せいぜい届かない腕を振り回してろっ」
空に線引き走るのは冷たい一閃。青い光を纏う矢は鬼の肩へと突き刺さる破魔の矢。
だが、問題はこれからだった。
鬼の習性、天の気質を狙うが故に、今この瞬間は久遠のみを睨んでいる。
ぎらぎらと、魔性の暴威を宿す瞳に射抜かれる。
「来るよ、朔哉ちゃん」
雨野が声を掛けた瞬間、地が爆ぜた。
それは鬼の全力による疾走。全力移動すれば届かない訳ではない。その剛腕にて一撃で粉砕するべく鬼が駆け抜ける。
甘い。算段も見積もりも。この一撃、天に気質を変動させた久遠は当っただけで倒れる。
防御力の薄いものか囮になるなど、適材適所や己への過信だ。故にそれを砕くべく、鬼の腕が引き絞られ。
「……奇麗な花を咲かせてやるよ」
仲間を救うべく、麻生がライフルの引き金を引く。放たれる弾丸は、鉄のような皮膚を侵蝕する力を帯びたもの。着弾点に蕾のようなものが描かれ、防御力を落として行く。
それで止まらないから。
「ははっ、そうこなくちゃっ!」
全力で走り抜け続ける殺意の塊へと、嬉々として笑い雨野はワイヤーを手繰る。
狙いは脚、絡め取るようにして斬り裂いて機動力を削ぐ。相手の突進する力を利用して肉に食い込んだワイヤー。動きが僅かに鈍り。
「さあ、闇を潰しにいきますよ」
そこへと盾を構えた朔哉が下から突き上げるようにしてタックルを仕掛ける。
逆に押し返されたのは一瞬。踵が地を削り、けれど確実に止めたと思った瞬間。
虎の爪が乱舞する。
雨野と朔哉を狙った三連撃。一撃目は盾で受ける朔哉。そして二撃目は避けるものの、三撃目は雨野の肩口を捕える。
浅くはない傷。けれど。
「止めた……!」
故に任せたのだと、大切な人の背へ視線を向ける。
●
「行くぞ。何が起きているかは、死体から聞く」
神凪の握る星煌が下段から振上げられる。
切っ先が残したのは星のような煌めきだけではない。一直線に走る火走りを地に生み出していた。
二体の影虎を纏めて焼き焦がす火遁の刃。
「菖蒲ちゃんと遊びたいしね。落ち着いたら、また遊べるでしょう?」
だから邪魔だよと、明るく朗らかに。燃えるような黄金光と、五つの闇色の雷撃槍を纏う神喰。
そして、壊れてねと、苛烈なる漆黒の稲妻が走る。五つだったものを一つへ。重ねて敵手を打ち砕くべく空奔る槍撃。
着弾は黒い閃光という異常現象だった。それを裂いて、斬糸が複雑な軌道を閃光として描く。
口にした言葉は轟音に掻き消されて解らない。だが、皇の手繰る糸は王冠を描くが如く、指の僅かな動きで緻密な軌跡を見せ、後には血飛沫が舞う。
「時間を掛けてられないんだ」
視線を背に受け、上段から袈裟へ、鬼切を振り下ろす夜鈴。
冷たい言葉と、刃。断末魔の悲鳴さえ許さず、一刀の元に両断された影虎の首。四人の連撃の前に、並程度のディアボロは耐えられない。
だが、残る二体の口が開く。見えたのは牙だけではなく、喉の奥から討ち出される杭。
「……っ!」
夜鈴、皇共に影の杭に身を貫かれる。ダメージは薄い。が、それはずるりと伸びて二人の身体を拘束する。移動不能に攻撃力の低下。それが招くのは、残る二体の撃破速度の低下。
●
脚を斬り裂き、更に密着しようとする雨野。
鬼に張り付いて動きを止める。それが彼女の狙い。足を止めさせねば、話にならない。
「待っていろ、癒しを……」
スキルの切り替え。それは単純な話、時間を掛けてしまう事。ただ、麻生がそうせねばならぬ程に雨野の負傷は大きかった。元々受けや防御が得意ではなく、攻撃にこそ真価を発揮するのが雨野や夜鈴といった阿修羅。
だが、だからといって。
「……っ…任せました」
これは時間との勝負だと朔哉は鬼を任せ、影虎との戦いに走る。
時間が立てばサーバントとの功績の競い合いだ。それは避けねばならない。立場の優劣、優位を求める気持ちは解る。けれど、必要なのは共存。求めるのは共存。
エゴかもしれない。けれど、どちらかが有利なのは『支配』だと朔哉は思うから。
「その流れを、断ち切るしか……!」
盾の代わりに手に取るのは無骨な片刃の戦斧。宿すのは星の輝きを集めた聖なる力。
戦場に漂い、妄念の如くへばり付く確執を、戦い続ける定めと今を斬り裂くべく。
「参ります!」
夜鈴のアサルトライフルを受けて怯んだ瞬間、頭上で旋回させた戦斧を旋回させ、薙ぎ払う。純白の輝きを残像と残し、影虎の胴を半ば断ち切る斧刃。
この光よ、道を照らす閃光に。一瞬だけそう願い、祈る朔哉。
間違いではないと、信じさせて。主よ、その慈悲は何処に。
「さて、どうなる事か……」
同じく平和を求めるものとして神凪は踏み込み、煌めく刃で影虎を袈裟に斬り付ける。そこに再び神喰の黒き稲妻が落ちた。
怒涛の攻勢。けれど、それを耐えきった残る一体が皇の太腿に牙を立てると、その血を啜る。下手な攻撃であれば、即座に生命力を吸収して自己治癒してしまう個体だ。
故にこの攻めであり。
「破壊する。お前の、お前が、その破壊を決めた!」
斬糸を指にて手繰り、叫ぶ皇。
●
だが、優勢は一手で逆転される。
久遠の破魔の矢が与えるのは掠り傷。影虎ならば違うだろうが射程に収められていない。段々と脆くなっている筈の鬼の皮膚を射抜けず、ただぎらぎらと輝く目に囚われていた。
お前から壊す。思考ではなく、本能としての殺意。
悪寒――そして。
「雨野さん!」
まるで爆裂でも起きたかのような音と衝撃。剛腕による一撃が雨野を捕え、遥か後方へと吹き飛ばして行く。意識は刈り取られ、戦闘不能ではなくとも立ち上がれずに膝を付いていた。
「ごめん、神凪君!」
動けない。頭部を撃ち抜かれ、額から零れた血が目に入る。それでも声だけはと叫ぶ一方。
邪魔者は消えたと、久遠へと間合いを詰める鬼。この瞬間、神凪は最後の影虎へ斬り付けた瞬間であり、完全な詰みだった。麻生か久遠が次の一手で倒れるのは確定した。
言葉を発する余裕もなく、横手と後方へと飛ぶ二人。麻生は抜け目なく、ギリギリの一線だった雨野に赤い光を放って治癒を施していた、けれど。
「こっちだ!」
耐えてみせると、再び放つ破魔の矢。
こんな所で、こんな所で倒れる訳にはいかないと。それでは二の舞ではないか。
――ただし、その自分達の得意不得意と、相手のそれとの組み合わせを見誤ったからのあの炎の蹂躙を受けたのでは?
疾走、そして振るわれる剛腕。久遠の腹部を打ち据え、数本の肋骨を粉砕して内臓を傷つける。
吹き飛ばされ、転がる久遠。一撃で気絶し、戦闘続行は不可能。
その寸前、思うのは後悔。何だ、何が足りない。
足りないから、こそ。
手にした弓だけは、放さずに。
●
「これは怖いよね、流石流石」
同じく後衛、脆きもの。バックステップを踏みながら、それでも破砕の剛腕に笑いかける神喰。
事実上の二人の戦闘不能に、けれど。
「当たれば、だけれど」
最後の影虎が倒されたのを確認して、黒焔で錬成された縛鎖を何もない空間から産み出す。その数は無数に。一瞬にして鬼の身体を縛り上げる。
その鎖が鳴っている。引きずりおろしてやると。お前を踏み台に、更なる高みへと飛ぶのだと。
物理に寄るものは魔に弱い。相克であり、鬼にこの一撃は効果覿面だった。
だが、それに稀ぬと吠え猛る鬼の咆哮。
ありとあらゆる物体を押し潰すが如き声。自分の肌には既に半ば、麻生の放った浸食の花が咲き、取り巻きは通されている。けれど、吠えるのだ。
久遠は意識を失った儘、その衝撃に吐血している。麻生に治癒を施されていなければ、雨野も今ので危うかった。それを助けるように朔哉が御手を翳し、聖譚の祈りで傷を癒して行く。
立てる。
まだ戦える
黒焔を再び纏う夜鈴と共に、雨野が闘志を解き放つ。血が熱い。脈動する心臓と血管が、あれをバラせと鳴いていて。
「きゃはは! 解体してあげる!」
それに先んじ、正面から愚直に突っ込んだのは神凪。当然のように、束縛された身を押して剛腕が迎え撃つが、捉えたのはロングコート。空蝉である。
「隙だらけだな」
そしてそのまま煌めきを残光に脇腹へと剣閃を走らせる。急所の一つを裂かれ、よろめいた所へ、漆黒の大鎌が薙ぎ払われた。
胸部と心臓の両断を狙った刃を虎の爪で受け止める鬼。だが逸らすのが限界で、肩口を深く切り裂かれた。
更に。
「コキュートス」
冷たい叫びと共に、皇の凍てついた斬糸が鬼の全身を斬り裂く。束縛に腐敗。それでもまだ倒れぬ鬼へ、示し合せた訳でもない阿吽の呼吸で白と黒の斬撃が放たれる。
左右からの挟撃。視線も声もなしに、ただ互いを信じて。
それは黒焔を纏う夜鈴の鬼切。居合のように全身の力を撓めて溜め、放つ剣閃。闇の如き焔を刀身に濃縮させ、斬撃の瞬間と共に爆発的に燃え上がらせる。
そしてもう一つ。星輝の光を得て、真逆から同時に振われる戦斧。叩き斬るかのような剛撃は、白く穢れのない刃だ。
共に腕の付け根である脇腹から入り、左右の腕を両断して斬り飛ばす。
鬼が哭く。虎が猛る。戦い、殺す為の爪を失った事を嘆いて。
戦場、殺し合いにしか居られぬ亡者の声だった。けれど、もう戦場は終ろうとしていて。
「お休みなさい、安らかに」
麻生が告げると共に、至近距離まで間合いを詰める。射手がゼロ距離という愚者の行為は、けれど誇りと矜持があってこそ。
そして、勝利を確信したから。
「……さよなら」
額の一点、急所へと銃口を突き付け、引き金を引く。
刹那。
「始マル前ニ、終ワリ、参ゼレヌか」
銃声が轟き、頭部を爆砕させて幕を落とす。
●
僅かその数秒後、現れたのは血で白い毛皮を染めた雷狐だった。
残るサーバントも僅か。逃げるディアボロが数体いたようだが、散り散りだ。
そしてそんな狐に抱き着くのは神喰。もふもふとその毛並を確かめつつ、写真を撮っている。
後日、菖蒲に送るつもりなのだろう。SDに保存して、手紙の中へと入れ、雷狐の鈴の紐に結びつける。
「しかし、バラバラ過ぎる」
「ああ、種類も系統も……何だ、これは」
まるでただの無作為か、或いは複数の悪魔が動き出したかのように。
それにしては活発過ぎるこれ。雨野がサーバントを連れて山狩りのように探索すれば、此処に一旦集まり、別の場所へと移動しようとしていたらしい。
では、何処に?
何が目的で?
そもそも、何の為に?
無数のディアボロの骸の形や能力の多岐さから、その創造主の複数の悪魔、その柱たる者達の脈動だけが感じ取れてしまう。
天と人と、そして冥魔と。
この世は入り乱れ過ぎていた。
そして、この四国もまた。