断罪をこの鋼で――地に落ちた星は、此処で潰れろと。
一切の異を挟ませない、冷たい意志。
「天魔でも、学園が認めたんだよ、迎え入れるってな」
横一直線に並び前進してくる重装兵士に、そしてその背後に隠れた使徒、吉良峰に宣言するのは若杉 英斗(
ja4230)。
解らないだろう。断罪だの制裁だと云って、仲間を殺そうとする輩にこの手の話は。
だが、叫ばずにはいられない。それが、若杉にとっての大切な事だから。
「つまりもう仲間なんだよ。学園の仲間で同志だ、それを護らない訳がないだろう。剣と槍を幾ら並べても、俺は退かない!」
若杉は盾である事を望むもの。故に、どんな武威にも屈しないと地を蹴る。
背後にいる堕天使達。もしかしたら、クラスメイトになるかもしれない。そうでなくとも、何処かでばったりと出逢ったり、購買部での戦争に共に参加したり。
そんな日常を護りたいから。一瞬だけ瞼の裏に描いて。
「見定め……か、命を盾にして偉そうに」
命の価値を知らないからそんな事が言えるのだろう。
それがどんなに輝かしいものであるのか。護るという意志も帰るという意志もなく、ただ侵略するだけのものには。
「私は、ただ出来る事をするだけや」
無事に帰らねばお説教するのだと言った友達がいる。なら、絶対に無事に。
そう心に誓う、宇田川 千鶴(
ja1613)。
此処にいる誰しもが、きっと身を案じてくれるが故の言葉を向ける相手がいるだろう。
若杉と同じく、これが己。出来る事と決めた事へと向かうべく、姿勢を低く構えた宇田川。
だが。
そんなのは弱者の夢と、空走る投槍が三本。
前へと走る彼らを無視し、背後の堕天使へと迫る穂先。否定であり、理想を貫く現実を告げると光るそれらは。
「霊鳥よ、その翼で我等に大いなる加護を!」
クライシュ・アラフマン(
ja0515)の一声が響き渡ると共に広がるアウルの大翼。
堕天使を護るように広げられたそれは、三本全ての投槍を受け止める。着弾と共に気が破られ、クライシュの身体から血が噴き出るが、だから何だ。
こちらにも譲れない誇り、矜持がある。
そういったモノを宿していない槍に貫かれるクライシュではない。
「背負ったものは重いのでな、そう簡単に我が翼を破れると思うな」
ぽたぽたと裂けた肉から地面へと血が流れて行くのを構わず、後方の堕天使へと呼びかける。
「案ずるな、俺もここで死ぬ気はない」
盾であろう。決して堕天使には触れさせぬ立ちはだかるクライシェ。
「……へぇ」
今のでまた死者が出ると思っていたのだろう。聞こえて来た吉良峰の声は、軽い驚きの響きがあった。
同時、僅かに滲んでいるように思えるのは、何だ。
見せしめ。いや、違う気がする。
「アルドラ君、一旦下がるよ。みんなも纏めて、一旦槍が飛んでこない場所まで」
僅かな疑問を振り払って、アニエス・ブランネージュ(
ja8264)がアルドラ、そして堕天使達へと促す。散り散りに逃げられては周囲のトラップや、流れてきたサーバントから守れないだろうが。
「大丈夫、ボクも護衛として一緒にいるよ」
安心させる為に。見れば堕天使には幼い年齢に見えるものがいる。
何時か、彼ら彼女らに、教師としてこの世界の事を教える事が来るだろうか。
「……まるで子供だね。感情に流されて動くその様は」
後退するアニエスと堕天使。モノクルの奥、アイスブルーの瞳が前線を、そして吉良峰を見据える。
「いや、さっきの槍に続けてこういうつもりだったんだがな」
剣士と撃退士の前衛が衝突を始め、安全圏内に下がったアニエスがスナイパーライフルを取り出したのを見て、吉良峰は口にする。
「『どうせ、そいつらじゃ守れない。死にたくなければ、撃退士を背中から攻撃した奴だけ生き残らせてやる』ってな
」
肩を竦める吉良峰。勘違いしていないかと。
「『見せしめ』に殺すのは、お前達撃退士だ」
●
敵が何を言おうと関係ない。
剣がある。切っ先が向けられた。
そして戦い、こちらも剣を握る理由がある。
それだけで十分。それで全て。
「撃退士を、舐めるな」
月詠 神削(
ja5265)の鋭い声。告げる言葉と共に、薙刀を振う。
死した者には償えない。その方法は見えないから。
「零す訳にも、死なす訳にもいかない……!」
誇りを掛け、頭上で旋回させた薙刀が痛烈な斬撃を放つ。
遠心力と勢い、重さを乗せた横薙ぎの一閃には長剣による受けも気に合わない。金属の砕かれる断末魔を響かせて、後方へと吹き飛んでいく重装剣士。後方に位置していた軽装槍士に衝突し、二体が転倒する。
その隙、見逃す筈はない。
「我が身体は鋼……我が心は刃……我天を断ち魔を斬る天魔屠る剣也……」
静かに流れるのは鳳 覚羅(
ja0562)の自己暗示の祝詞。
自らは一振りの剣であると、声にして刻み付ける。同時、構えた柳一文字に覚羅の武威が込められる。渾身の剣閃を、初撃から。
手を抜く必要も、余裕もないのだから。
脇構えから振り抜かれた一刀。漆黒の飛翔刃として放たれる衝撃波は、覚羅の眼前の一体と、月詠に吹き飛ばされ転倒した二体を打ち据え、切り刻んでいく。
そこに突き刺さるのは、宇田川の放つ閃光の魔弾にアニエスの狙撃。一気呵成に攻め立てようとする猛撃だった。
だが、足りない。分厚い装甲を貫き切れず、重装剣士が立ち上がる。
それでも良いのだ。必要なのは耐える事で。
「さぁ――B.S.B補佐役がお相手するわ」
その為に戦線を崩す事。『無銘』と未だ名づけられていない槍を片手に、疾走の勢いをそのままに暮居 凪(
ja0503)が別の剣士へと衝突する。
「邪魔よ」
月詠と同じく、受けたその身を後方へと吹き飛ばす強烈な一撃だ。
これで穴二つ。即座に起き上がれない重装剣士の代わりに軽装槍士がその穴を埋めるべく前進する。読み通りであり、狙い通り。
「やはり、と――そう言っておくわ。私の知る貴方達がこれを見逃すはずもないものね」
同時に暮居は牽制の一言を吉良峰へ。にやにやと笑うあの使徒が何を考えているかは解らないが、今は数を減らし、防御を固めねばならない。
特に槍使いが遠距離攻撃をし続ける事は避けたかった。それは成功だ。
問題は連撃を受け、それでも倒しきれなかった重装剣士。傷を再生させながら、吹き飛ばされた二体は左右へと守り込むように走っていく。
恐ろしい程の耐久力で、放っておけば傷は再生していく。それが六体も。
「ここでぼやいても仕方ないが、悪態の一つでも付きたくなるぜ」
左端へと向かった向坂 玲治(
ja6214)もやれやれとぼやくと、戦槌を構直し、頭上に振り翳す。
抜かせは、しない。
眼前で振り抜き、注意を引こうとする向坂。
「ここから先に通りたかったら、俺を倒してからにしろってんだ」
同時、纏うのは注目を引き寄せるオーラ。何体が掛かったか。掛かり過ぎては的となり敵の集中攻撃を受けてしまうが、抜かれるよりマシと判断するしかない。
問題なのは、そのオーラに反応したのが距離の近かった二体だけという事か。
「堕天使達には指一本触れさせねェよ!」
同様、右端に位置して防衛線であろうとする若杉。一瞬見えた槍士の隙を竜牙と名付けた手甲で撃ち抜こうとするが、ひらりと避けられてしまう。身軽であり、早い。
「一筋縄ではいかないか」
使徒が連れてきたサーバント。そう容易いものばかりではないのだろう。
「けど、ただ私は全力で闘うのみや。言われるまでもない」
宇田川はまるで宣言するかのように口にし、後方で薄い笑みを浮かべる吉良峰を睨み付ける。
何が可笑しい。こちらは必死なだけ。そんな余裕と慢心を見せるのなら、足元から突き崩してみせる。
そんな戦意に応じるように振り下ろされる長剣。突き出される穂先。
衝突する鋼の悲鳴。火花。避けた一撃は、空間を裂く音を確かに残している。
「……っ…!」
重装剣士の動きは鈍重。
鈍くて重く、鋭さはない。だが、その変わりに重さがある。
向坂は自分へと放たれた二つの斬撃を盾で弾きながら、避ける危険性を感じた。動きは確かに鈍いが、下手に当たれば危険だ。若杉はその身と防具の頑丈さで対抗も出来る為に回避を選んでいるが、重撃である事には変わりはない。
受けた魔具が火花と悲鳴を散らす。
逆に槍士の一撃は軽やかで鋭い。月詠、暮井を狙った一閃はこれも盾で受け止められ、方向を逸らされるものの、確実に受けられる訳ではない。文字通りこちらの身体を削っていく穂先だ。
そして、それはこれから更に続く。過激となる剣戟が、夜に木霊していく。
●
初手から中央突破出来る力と、戦列を崩すだけの力を見せた撃退士。
だが、敵手はそれに厭わない。構わない。一体、二体が沈もうと頓着しないのはサーバントがただの殺戮の為の兵士であり、心持たぬ生物だからこそ。
中央を突き崩され、そこから戦線を破壊される事に危機感を感じないのだ。加えて。
「注意しや、相手は左右からの包囲を狙っているで!」
宇田川の警告通り、火力を集中された中央を無視して左右へと展開していくサーバント達。
これは足を止めた殴り合いだった。こちらが防御を固め、一点へと攻撃を重ねるのに対して、相手は持前の堅牢さと手数で包囲しようとする。共に命が、肉が血が、鉄の鎧が削れていくのを全く気にしていない。
となれば、どちらが先にそれを成せるかが問題だ。
「重ねるぞ!」
脚へとアウルを集中させ、爆発的な加速を得る月詠。
繰り出す薙刀の一閃は脅威としか言いようのない速度を誇る。斬り裂かれた大気の断末魔が遅れ、槍使いの肩から血飛沫が弾けるのと同時に響いた。
「中央を突破するか……左右を包囲しきるか、か」
共にチェスのコンビーネション。さながらポーン同士の衝突だとアニエスも苦笑せざるを得ない。
王道はこちら。成した時の成果もこちらが上だ。が、背後にいる堕天使達を庇い、守りつつ。その負担が響いている。
「けれど、やるしかないんだ」
壁に穴は開いた。ならばそこを貫くのみ。
アニエスの狙撃銃の銃身に闇が纏わりつき、発砲と共に漆黒の弾丸が放たれる。
黒霧の残滓を残し、一直線に空を走って腹部へと吸い込まれた魔弾の一撃。如何に早くとも、冥魔の気質を宿した狙撃からは逃れられないだろう。
「先に首を上げた方に流れが傾く、か」
宇田川の言葉通り、弾き飛ぶ火花と衝突音。この削り合いは数を減らした方が一気に不利へと立たされる。手数の差があれど、拮抗しているのが現状なのだから。
「帰り道を塞いでるアンタらが悪いんやで」
相手が布陣しているのは宇田川達の帰り道。
ああ、そう。帰る為に。堕天使達を連れて、皆の下へ。
こんな所で躓いていられない。
夜闇を裂いて飛翔する宇田川の閃光。一点に重ねられてきた攻撃に、元々脆い槍使いはよろめく。
ならばトドメだと奔る覚羅の刺突。左胸を貫き、そのまま返して心臓と動脈を斬り裂こうとした刃は。
「……っ…」
寸で、転がるように横へと逃れられ、空を斬る。だが、まだ仲間はいる……筈なのに。
「抜けさせないわ!」
一瞬、隙を作って攻撃を誘う暮居。挑発であり、見えた隙は迎撃の為の準備も整っている。
右端を通り抜けようとした剣士はその挑発に乗って長剣で衝撃波を放った。それを完全な状態で受けて弾き飛ばす。なのに。
攻撃する者がいない。後一手を押す者が。
「…くっ……!」
アサシンダガーに持ち変えても、後退しすぎて間合いに踏み込めないクライシュ。
後一撃なのだ。だが、横並びになった時、接近攻撃が出来るのは隣接する三名まで。中央の槍使いへと攻撃出来るのは三名だけ。
例外はある。神速による攻撃に、鋼糸、ランス、薙刀。だが、左右端にいる向坂も若杉もそれらに値するものを持っていない。
「頼む、後一撃で沈む筈だ!」
「ちっ……」
クライシュの声に応じ、白銀の手甲を拳銃へと切り替えた若杉。咄嗟の判断であり、瞬間の発砲。狙いは荒く、弾丸はただ虚空を穿っただけ。
横並びに隊列を組まれれば、基本三人までしか接近攻撃出来ないという自分達の間合いを見落としたミスであり、武器の選択ミスだ。向坂に至っては遠距離攻撃を持たない為、再生を自らに受けさせた剣士へと戦槌を振う。
「せめて、抜かせはしねぇよ!」
緑光を帯びた戦槌は重装鎧へと衝突し、内部の肉を魔力の刃で斬り裂き、衝撃で押し潰して行く。 堅牢な相手だ。それだけでは倒れないが、自動で再生した以上のダメージは与えている筈。
二手、三手と重ねれば確実に倒せる筈。
ただし、相手もまた剣戟を重ねていく。
振り下ろされる斬撃、抉り抜く刺突。更に後方からは二つの投槍が中衛である宇田川を狙う。
横へと鋭く地を蹴り、投げられた槍の穂先を避ける。二発目はバックステップ。刃の掠めた前髪が僅かに散る。
動き続け、敵の攻撃を引き付けて避ける宇田川。
そして相手が集中しようとしている左右両端では、その防御力を活かした二人が耐え続けている。
何度刃が来ようと弾き返すと盾で斬撃を受け止め、弾き返す向坂。タウントで注目されている為、三体の攻撃が次々に飛んでくるが、それでも不敵な笑みを崩さない。
立ち回りに優雅な技術はなく、荒く力任せの喧嘩殺法。だが、それは相手も同じ事。
共に力と頑強さに任せ、攻撃と防御の応酬を続ける。
「そんな鈍い剣で、俺が倒れるかよ!」
そう。向坂が耐えて、そして倒れない間に味方は攻撃へと集中出来る。
回復を施せるものはいない。だが、そんなものは関係ない。ただ、絶対に仲間を、後ろにいる者達へ。
「守りきるんだ!」
斬撃に肩口を捕えられながらも叫ぶ若杉。骨が軋めど、自分は倒れてない。この脚は崩れていない。
ならまだだ。まだいける。
自分が耐えている間に、どうかと。
「お互い、エラく堅い敵が相手だな」
横手から突き出された長剣を避けつつ、二体の重装兵士へと語りかける。高すぎる物理防御に、自己再生能力。まるで自分の鏡と戦っているようだが。
「仲間も護りきる意志がない奴らに、負けてたまるか!」
そこが違う。決定的に。だから、そう、負けたくないのだ。
本当に守るという事、それを知らない天界の人形などに。
●
「これで……!」
月詠の放った神速の刺突。静かなる薙刀の刃はその心臓を貫いていた。
抉り、抜き放つ月詠。ようやく一体目。
「本当に、半端な敵じゃないね、これは」
後方に控える吉良峰はまだ動かない。それを確認し、暮井の開けた穴を埋めて前線に立つ槍使いに漆黒の狙撃を放つアニエス。
再び着弾。脇腹が衝撃で弾き飛び、味方の攻撃が重ねられる。
今度は避ける余裕など与えない。
覚羅が弧を描く斬撃を放ち、再び白銀の手甲である竜牙へと武器を変えた若杉が右フックで胸を貫いて抉り飛ばす。
「本当、嫌になる程……」
犠牲を厭わぬ削り合い。駒は駒として動き、己の屍で勝利へと主を導こうとする。
「的確過ぎて、無機質だわ」
間にノイズが入り込まない分優秀なのだろう。
プログラムされた機能と性能を十全に常に引き出すのだろう。けれど、そんなものに負けたくはなく、暮居は槍を突き出す。
腹部を抉り刺され、その動きを止めた二体目。
「オラァ!」
向坂は弱った一体へと緑光を纏わせ、戦槌を振い続けている。
そして同時に二体倒せた事で、残る槍使い二体もまた前線へと穴を塞ぐ為に入っていく。これで戦闘に参加している数は八対八でとなり、手数で五分となった筈である。
なのに。
「……ふーん」
その程度かよと鼻で笑うかのような、吉良峰。
「キミは……」
その姿に僅かに悪寒を覚えるアニエス。だが、無視してスコープを覗き、最後の闇の弾丸を放つ。命中。
着弾の衝撃で揺らいだ槍使いの身体に、味方の攻撃が殺到する。
「……何をする気だい?」
殺すといった。だが、それは本当か?
殺すつもりなら、何故動かない。やはり見せしめで堕天使だけを狙うつもりなのか。いや、それなら迂回してでもこちらに来る筈で。
例えば今、消耗している前線に使徒なるものが参加されたらそれこそ危険としか言い様がなく。
「炎の槍の使徒よ、貴様の名前を聞いておこうか」
故に堕天使の護衛であるクライシュも無視出来ずに問うのだ。
アサシンダガーを槍使いに投擲しつつ、言葉の刃を吉良峰に。
牽制の、一投。
「吉良峰時々……まあ、京都の時にはいなかったから、知名度は低いか」
全くと言いつつ、槍を担ぐその姿は弛緩している。が、それに隙がないと感じるのはクライシュだけではあるまい。
瞳は炎を宿す穂先とは反対に、何処までも冷たく刃を交える撃退士とサーバントを見ている。
「問う。何をする気だ?」
「逆に問うぜ。お前達、どうして生き残っている?」
それは、どういう意味だろう。
激しく打ち鳴らされる剣戟と、苦鳴の響き。そして流れる流血の匂い満ちる場所で。
「いやいや、大したもんだ。京都では枝門を破壊して、使徒一人を倒す成果もあげている。天使にも悪魔にも力を渡されていないその身で。本当に、何処からそんな力は出て来るのかねぇ?」
また一体、槍使いが倒れる。覚羅の放った斬撃がその頭部を跳ね飛ばしていた。
それでも動かない。吉良峰は動かない。
「ザインエル相手に陣地を渡さなかったのも見事。……まあ、それだけなら別に良いんだよ」
ゆらりと身が動く。炎が踊り、火の粉を散らす。
来るかと身構える。ついに動くのかと。
「問題はその後だ。お前達、最初は大した事なかったのに、この短期間でよくもまあ力を付けたもんだ」
巻き上がる炎。穂先へと凝縮されていく熱。その癖、何処までも軽く、弛緩した身体で吉良峰は続けた。
「神器を巡る争いに手を出して、そこのアルドラを含めた四名を手にした。凄いぜ凄いぜ、本当に……なぁ、お前達、その速度で何処まで力を付ける気だ?」
それはどういう問いか。
「そして更に神器を手にして、更に何処まで行く気だ? 脅威でもない虫みたいなものだと認識していたが、それは改めるべきか?」
「ふざけるな!」
激昂は未だ前線で戦う若杉だった。
「俺達はただ必死だっただけだ。守りたいものの為に。お前みたいに奇跡を願って犬になったんじゃない。努力して血を吐くように闘って」
必死だったのだ。
生き残る事も、帰る事も。そして今も。
計るだとか見定めだとか言う吉良峰には理解出来なくとも。
「その先に得た力だ。それがお前達の脅威になるんだったら、ようやく切っ先がお前達を捕えはじめたってだけだ」
ただ、ただ修練の果てに辿り着いたのだと。斬撃に脇腹を削り取られながら若杉が。
「……全力や。見定めさせたりはせん。何時も全力で、過去に今に未来に、仲間に明日に恥を覚えない私でいたいだけや」
常に全力で疾走してきた。
「その気持ちや力の付き方、借りモノの力を振るうアンタには理解出来ないやろうけどな!」
宇田川も吼え猛るように口にし、放つ閃光。
続けるように、暮居は静かに。
「理解出来ないのはお互い様でしょう。……失う怖さを知っているから、守る力って手に入るものよ」
呆れたように、それも理解出来ないのかと。穂先には怜悧さを込めて、口にする。
「失うものは何もない。だから好きに暴れる、戦える? そんなモノに、どうして私達が怯えるの?」
本当に怖いのは、無力な自分。何も出来ない己一人、生き残る事だろう。
「剣持たぬ者の為の剣、その意味を知れないものに負ける気はない」
高まる戦意。ああ、これには負けたくないのだと覚羅を始めた全員が憶える。身が熱く、傷口の痛みゆ流血を忘れて。
「前々から思っていたんだが。……使徒ってのは仲間を思う事はねぇのかよ!」
それは向坂の怒号だった。
弾ける戦意は唸りとなって戦槌の一撃へと変じる。既にもう攻撃用のスキルは尽きているけれど。
「死んだ仲間や、こいつらみたいな手下に思い、恥じる事は。配慮する事は。死んだ仲間は、ああ、力なかっただけの事とか……守りたいとか、後悔はねぇのか!」
下手に個々が高すぎる力量を持った者達。全員が全員ではなくとも、仲間の死を悼む姿を、見た事はない。
怒り込めて振り下ろされた戦槌はサーバントの頭部を粉砕に、重装剣士の一体目を屠る。
「ああ、個々は強いだろうさ、けれど、だからって俺達には勝てねぇよ」
若杉の拳銃の弾丸が最後の槍使いを撃ち抜く。これで、槍使いは全滅し、重装剣士が五体だけ。
後は、一人の使徒だけ故に。
「さあ、此処一番の勝負だ。――勝つぜ」
「死んだモノの思い、か……ああ、それを知らないお前達は、きっと成長しないんだろう。それが敗因だ」
開いた吉良峰への道。中央を走破しようと月詠と向坂が駆けようとした時。
「成程、守りたいから、失いたくないからな」
何時投擲されたか解らぬ神速の投槍が地へと刺さっていた。
「だったら、それらを壊して燃やして灰にしてしまえば、お前達の剣は折れる訳だ。……噛み絞めろよ、お前達では守れないという現実を」
そして、その槍を中心として巻き上がるのは霊気の炎。それが嵐へと変わるには、僅か一瞬で。
「群れる鼠のタカラモノ。焼き焦がしてやるよ」
嘲笑と共に、爆炎が巻き上がる。
●
「……っ…」
身を焼く炎嵐は月詠、暮居、覚羅を巻き込んで燃え盛る。
異常なまでの火力だ。消耗戦を潜り抜けた身にこの熱波は苦しい。それでも。
「いくぞ……!」
炎の境から、横手へと走る吉良峰を捉えて月詠が走る。
前衛を抜けて後衛と堕天使を狙われるのは避けたい。また、サーバントと協力されても洒落にならない。今の一撃は誘導されたものだと解るから。
横一直線同士でぶつかれば、固まるしかなくなる。そこを狙われた。
けれど倒れていない。それが事実であり、縋るべき希望。
「こちらからの反撃だ!」
炎の壁を打ち破り、月詠が走る。手にした薙刀を旋回させ、横薙ぎに放つ激烈な一閃はその身を横へと弾き飛ばすつもりだ。
そのまま孤立させ、耐える時間さえくれればと。けれど。
「当たれば、な?」
その言葉通り、空を切る月詠の刃。
驚愕より早く、手元に戻った槍を旋回させてそのまま突っ切ろうとする吉良峰。
その置き土産だと、穂先に熱が籠った。穂先が歪んで見える程の、陽炎。
そして放たれる刺突は月詠へ。
陽炎で見えぬ穂先、それを受け流そうとするものの、瞬間、それが二つに分かれた。
「な……」
分裂か、或いは瞬時に二連刺を繰り出したのか。事実、片方の刺突は受けた筈なのに、もう片方の穂先は月詠の腹部を貫いている。
種は、不明。
ただ、一瞬動きが止まり、吉良峰が向坂を避けてそのまま突っ切ろうとして。
「来て早々悪いが、こちらは通行止めだ!」
後方から叫ぶクライシュ。そして振るわれる武気の刀身。実体を持たぬそれから放たれた光の衝撃波は不意打ちとなって吉良峰へとぶつかり、その身を横へと弾き飛ばす。
避けて抜けたと思った所への一撃。逆に避けられていればどうしよもない結末だっただろうが。
「お前に、刃は届くのだな」
ならば斬れるのだと静かに、今の逆境を楽しむように深くクライシュは告げ。
「追撃だ!」
吹き飛ばされた吉良峰を追い、向坂が戦槌を振う。
崩れた姿勢では受けも避けも出来ず、戦槌が衝突。堅い手応えを感じながら、向坂は舌打ちを。
「あまり戦いたくない相手だが、そうも言っていられねぇな……」
今の姿勢、タイミングで急所を外された。与えたダメージは軽微で、薄ら笑いさえ消せていない事に戦慄を覚える。
これを二人で抑えるのか、と。
「悪いが、こちらは余裕がないのでな!」
刺された腹部の傷口は焼けて血は出ない。けれど流血以上の激痛を耐えながら、脚部にアウルを収束させる月詠。
「計る事が出来ない程、攻めさせて貰う!」
加速し、苛烈なる一閃を繰り出す。
「二人、か」
それに応じる吉良峰は、やはり笑っていて。
●
「今、助けるからな!」
吹き荒れた炎嵐。それは撃退士達の有利を一瞬にして消している。
それどころか、吉良峰の抑えと対応に二人向かったせいで三体五。
数の面でも不利。加えて覚羅の負傷が激しすぎる。
宇田川は雀蜂を逆手に握ると疾風の如く剣士の間合いに踏み込む。
「悪いけれど、削り合いとか苦手なんでな。それに、仲間を助けるのが先や」
逆手からの斬り上げの一刀。更に覚羅を抱えると今度は迅雷のように後方へと一気に離脱する宇田川。倒れたら、そこで終わりなのだ。
「それにしても、堅い」
繰り出した刃が、装甲のみで弾かれるとは。決して非力な訳ではないのに。
加えて、相手は再生能力も持つ。いや、今は救った命を考えるべきで。
「けど、なんとしても、持ちこたえないとね」
傷だらけの身体を推して、覚羅が柳一文字を構える。呟きは自己暗示。己は剣であろうという。
吉良峰に向かった二人は大丈夫か。その心配が過るが、そういう思いこそ、絶対に戦場で必要なもので、剣の芯である筈なのだ。
「天を裂く剣也……」
そして振り下ろされる刀は再び黒の飛翔刃を産む。
地を直線に斬り裂いていく巨刃一閃。二体を纏めて叩き斬る破壊の力だ。特に一体には初撃でこれを叩き込んであり、宇田川もそれに斬撃を放っている。
そしてクライシュが覚羅の代わりに前線へと入る。これで、再び耐久力は戻った筈である。
「ただ、ちょっとふざけているのかと言いたくなる位の威力だったけれどね……」
身を切り裂かれ、炎嵐に巻き込まれた暮居の消耗も酷い。ただ、後少しの筈で。
「まだだ、不死鳥モード起動!」
絶望を覆すべく、若杉はアウルの紅の翼を発現させる。癒えていく傷。薄い赤色のオーラ。
もう少しなのだ。ほら、闇を裂いて灯りが。
「後少しなんだ」
同じく傷へ再生を施していた重装剣士へと、狙撃を繰り出すアニエス。
「誰かが倒れる結末なんて、嫌だから」
●
衝突する戦意と戦意。武威と武威。
僅か数号にて、既にそれは吉良峰の有利へと成っていた。陽炎と分裂する穂先。加えて纏う炎。
消耗しきった二人で抑えるのはほぼ不可能。癒しの術を持たない彼らは、ただの火の付いた紙のようなもので、一秒ごとにその生命力が失われていく。
それでも。
「……此処で」
「終れるかっ!」
二人を突き動かすのは裂帛の気合。決して通してなるものかと神速の一閃が足払いとして繰り出され、脚を斬り裂いたそこに戦槌が落とされる。
「……ぐっ…」
そして攻撃は通っている。全てにおいて上を行かれているが、決して一撃も与えられない程の差ではない。
越えられぬ力量差は感じているけれど。
「倒せない、訳では……!」
確実に攻撃は届いているのだと、信じて、希望を持って。
相手は血を流している。この手の武器は相手の肉と骨を捉えている。
「はっ……成程。これは十人も集まったらヤバイかもな」
なのに、軽く笑う吉良峰。
お前達の力量は良く分かったと。
「そろそろ眠れよ」
一瞬にて向坂の横へと回り込む吉良峰。穂先を翳し、繰り出される炎纏う槍の捻り突き。
「くっ……!」
向坂に避けるという選択は、ない。直線状に月詠がいるのだから、受けるしかなくて。
盾を構えよとした瞬間、穂先に灯っている炎が尋常ではない事に気づく。
煌めくかのような、業炎。
「終わりだ」
その言葉共に穂先に集まっていた炎が、波となって二人を飲み込む。
それは火炎の息吹。伝説にある龍の吐息の如く、一直線に走る爆炎の火走りだ。
吹き飛ばされ、焼け焦げた身で転がる月詠と向坂。
共に意識を失い、転がる身。そしてトドメと一歩踏み出そうとした瞬間。
「させへん」
吉良峰の影を縫い止めたのは宇田川の縛影の術。束縛され、動きを止めざるを得ない吉良峰。背後からの一撃避けきれず、また、咄嗟には振りきれない。
「更に下がって貰う!」
更に再び放たれるクライシュの光の衝撃波。動きの鈍った瞬間を狙われ、後方へと弾き飛ばされる吉良峰。
続いたのは、アニエスの狙撃銃。牽制程度にしかならぬと知っても、だ。
「さて、吉良峰と言ったかしら? そろそろ気づかないと、貴方の知っている存在と同じ末路を辿るわよ?」
そう口にする暮居も、片膝を付きかけていたが。
「私達の増援よ」
吉良峰の背後から来る光。
「……なんだ、此処までか…」
トドメは、させたかもしれない。
だが、束縛を振り切った吉良峰は横手へと飛ぶ。
「あー……成程、よく解ったよ。お前達、守るのが大好きで、それが原動力と。群れて互いに守り合う小動物か。まあ、次に逢うとしたら神器を巡ってだが、その時はトドメを刺すぜ?」
軽く、軽く笑いつつ。
今のように、転がしたりはしないと。
「次はそれなりに気合いれて遊んでやるよ……お前達は危険だからな」
一瞬だけ、冷たく鋭い声と共に。
炎が巻き上がり、吉良峰とその配下の姿を隠す。
撃退士と堕天使達へ、突き付けるように言葉を残し。
「次はお前達の守りたいものを燃やしてやるよ。その意志の原動力から、根本から折ってやる――安全な場所が、この世界にあると思うな」
負け惜しみというには不吉過ぎる声を残して、吉良峰という存在は去っていく。
「安全な場所?」
なんだそれは?
そんなものはないと知っているから。だから若杉は盾となるべく戦うのだから。
常に背後に守り続けるもので、それを作るのが撃退士だ。
告げる相手は、もうおらず。
けれど何度来ようと、絶対に屈しない。
助かり、生き残った堕天使が、ふいに歌を口ずさんだ。
それは平和と平穏を求める声。
戦火に投げ出され、行き場を失った歌。
けれど、それを迎え入れるべく、久遠ヶ原は動き、そして若杉を始めとした全員がこうして戦った。
――それは敗北ではない。
不吉なる炎の予兆の声など、耳に入れる必要もない。
ただ、戦うだけだ。