●待ち伏せと布陣
森に踏み入って、すぐ。
振り返れば明るい陽射しが刺し込む平原がうっすらと見える。尤も、前を見れば所々しか光が仕込まない、薄暗い森が広がっているのだが。
ここに、今回の敵であるグール達はいる。
「相手は動く死体か。遺体の回収ができるいい機会とでも思う。それに、生き物でないから初陣としては戦い易い」
そう呟いたのは龍崎海(
ja0565)。撃退士として目覚めて三年にして、初陣となる今回の任務に思う所は多いのだろう。医師を目指す身としても、グールという既に死んでいる身は戦いやすいのかもしれない。
その思いを聞き届けたかどうかわからない。だが、佐倉 哲平(
ja0650)は周囲を見渡すと、全員に告げる。
「ここがよさそうだな‥‥連中が来ないうちに仕掛けるぞ」
森に入って、速い段階での迎撃の準備。
早過ぎるのではないかとも思われるが、武器を振い、相手の攻撃を避ける程為のよい広さがある場所が、この森の中に他にまだあるとは限らない。
「そうねぇ、変に進み過ぎて素通りされても困るわよねぇ」
語尾を伸ばしつつ、黒百合(
ja0422)が合意を示す。
森での迎撃が作戦として決まってはいたものの、皆、相手が素通りした場合を不安には思ってはいたのだ。なら、引き寄せる罠を早めに用意した方が良いのかもしれない。
山崎康平(
ja0216)も無言で頷き、長い紐を防犯ブザーにつけ始める。他のメンバーも、ワイヤートラップの設置や、狙撃する位置を確保しようと木の上を見始めた。
「えっと、連絡は携帯のスカイプで連絡を取りつつ隠れる、で、い、良いでしょうか?」
「ああ。だが、連絡の際の声は小さくな。音に反応するのなら、声に反応しない訳がない」
三神 美佳(
ja1395)の連絡手段の打ち合わせに、黒田 圭(
ja0935)が一応の警告を挟んだ。二人と竜崎は遠距離攻撃班として、木の上に上り警戒も担当する。
だから当然、何時ワイヤートラップを発動させるかというのを接近戦闘班に知らせる必要もある。連絡手段としてはトランシーバーや携帯があるが、ハンドレスで出来る携帯のスカイプは、確かに丁度いいのかもしれない。
更に下級とはいえグールも天魔だ。当然のように透過能力を持っており、三神の持ち込んだ阻霊陣がなければ通常の道具を用いても、全て透過してしまって効果はない。途中で三神や龍崎が気付いたからよかったものの、即席で作戦に加えた阻霊陣が何処まで効果を上げられるだろうか。
こういった相談、打ち合わせや作戦の穴を埋める為にも、早めに戦地を決めた佐倉の提案は正しかったのだろう。
この中での最年長である辰川 幸輔(
ja0318)も防犯ブザーを投げ込む場所を確認している。
「鬼さんこちら‥か」
木の上から、黒田は警戒を始める。
●罠と奇襲
投げられた防犯ブザーの音が五月蠅く響いている。
これだけ響けば、と思う一条 空兎(
ja4669)。耳の中から頭に入って掻き回すそれに神経を削られながら、物陰に隠れていた。
いや、隠れているのだろうか。そもそもこちらに来るのだろうか。誘き寄せる作戦としては、足りたのか?
(いや、笑顔の為に作戦を練ったんだっ。なら、結果がそうじゃなければ可笑しい)
少なくとも一条が望んだのは笑顔での終わり方。それ以外は認めないし、掴み取る。そう信じるからこそ、鼓動の高鳴りを抑え続けていた。
そして。
『き、きました‥‥っ‥』
ハンズレスの携帯からの、三神の声。
がさがさと森の奥から茂みをかき分ける音がする。
自分達が待ち構えられている、などと思考する事も出来ない屍兵達の行進。
考えなどなく、ならば当然、全ての屍兵が防犯ブザーに引き寄せられていた。引き寄せられるように動く、腐敗した死体が十体。
(さぁ‥て、腐肉共の大掃除でも始めましょうかねぇ)
これらの事に気負いも緊張もしていないいかのように、軽やかに胸の中で呟き、ワイヤーを握る黒百合。
後は合図が来るのを待つだけ。遠距離組が観察しているのだから信じれば良いのだと、山崎や辰川も祈る。近づいてくる足音。腐敗した肉の臭い。自分達は気付かれてないだろうか。隠れる場所をどう選ぶかなど、全く相談してなかった。故に、音で引き寄せられて、隠れている接近組に気付いてしまうかもしれない。
爆発しそうな鼓動。耳の裏の血管が暴れている。合図は、まだだろうか。
まだか。
がさりと。
まだか。
がさり、がさりと。
『今だ、引け!』
携帯からの黒田の一喝で、茂みからワイヤーを引っ張る前衛達。が、作戦になかった阻霊陣の発動は遅れてしまい、トラップをすり抜けたものもいる。
それでも手応えと共に、何体かの屍兵が転ぶ音。
「透過能力か‥‥実際に合うと厄介だな」
乱雑に山崎は吐き捨てて、ブザーを回収しようと紐を引っ張る。
戦闘が始まるのだ。
敵である屍兵達は一丸となって移動していた。
平原に行くものはいない。が、問題なのは。
「固まり過ぎていて、一度に罠に多くは引っかからない、ですか!」
ワイヤートラップに引っかかるのは、一直線に並んだ対象だけだ。タイミングを計って、同時に三体を転倒させる事が出来たが、残る七体は何が起きたのかと咄嗟に身構えている。
「ですけど、まずは」
「数の利を、潰す! そうすれば、後は力押しでも押しきれる!」
龍崎の声に続いて、佐倉が叫んで奇襲が始まる。接近攻撃組と遠距離攻撃組に分かれて、それぞれの班で一体ずつを集中攻撃するのだ。
「いよいよ、オレの番! んじゃ、行くぜーっ!」
先陣を切ったのは一条だ。両の手に付けた鉤爪を交差させ、転んで腕をついた屍兵の胸元も横に引き裂く。続いた黒百合が首筋へとショートソードで首筋を切り裂けば、トドメと佐倉の両手剣が唸り、その頭部を二つに断ち斬る。会心の手応と共に地に倒れ込む屍兵。
同時、遠距離攻撃での射撃が放たれた。黒田のリボルバーが火を吹き、龍崎と三神のスクロールが森を一瞬照らし出す。胸に弾痕の穴をあけ、光弾に脇腹と太ももを削り飛ばされ、けれど、死体故の不死性のせいか、倒れない。
悲鳴を上げそうになった三神の視界で動いた影は、山崎と辰川だ。
踏み込みながら繰り出された山崎の一撃が、屍兵の腕の肉を切り裂いて防御を崩し、その隙に辰川が懐へと入り込んで、その拳を頭部へと打ち抜く。
「どんな相手でも、頭を潰せば倒れるだろう」
剛拳の一撃で凹んだ頭部をぐらりと傾かせて、二体目の屍兵が落ちる。
「ナックルダスター巻いているとはいっても、拳でそれって、どんな腕力しているんだよ」
「年寄だからって、若い奴らの足を引っ張らねえようにしねえとな」
互いに不適に笑いあい、山崎と辰川はサイドステップを踏む。先ほど居たばかりの場所へ、残る屍兵達が力任せに長剣を振って来たのだ。
「二体」
黒田のカウントが、妙に重い。
残りは八体もいるのだ。一体は起き上がるのに時間がかかったが、それでも七つの長剣が振るわれる。技量も何もない、ただの死体の怪力任せの剣撃。
回避力に優れた黒百合は回避すると同時に、別の一体へと牽制を入れたが、最前線に自ら立った佐倉は三つの刃に晒され、血を流す。
「この程度、浅い‥‥っ‥」
奮い立たせるよう佐倉は口にし、両手剣を上段に構えた。カバーするように一条が隣に立ち、龍崎がスクロールから光の弾を放って援護する。
が、これで数は同じ。作戦通りの筈なのだ。この状況に嫌はなく、後は文字通り押し切るのみ。
「死体は大人しく地面に埋まっていればいいのよぉ!」
凄惨ともいえる笑顔を浮かべながら、二つの刃を閃かせて、自らの得意とする状況を作ろうとする黒百合。
戦いが始まる。
●戦陣
乱れ狂う刃の応酬が始まっていた。
最も苛烈となった戦場は中央、最前列を務める佐倉と、その補佐に当たった一条だ。黒田の援護射撃があると言っても、転倒していた屍兵も復帰し、相手取るのは都合四体。技量などない、勢いと膂力任せの斬撃と刺突を数の差で繰り出し、佐倉と一条を削っていく。
個々の力量では確実に一条と佐倉が勝っているだろう。相手は連携もしていない。けれども、四つの刃が繰り出され、二人とも僅かずつだが確実に削られていく。
数の暴力。反撃の隙は、何処に。
そんなものは、手数の前では見えない。黒田のリボルバーの着弾で、僅かに揺れた屍兵。
ここだ。理屈ではなく、感覚で待ち望んでいた機を感じ取り、一条は駆けた。
「ここを切り開くんだ!」
迎撃に繰り出された刺突に頬を裂かれながら、姿勢を落とし、一条は黒田に穿たれた屍兵に接近。擦れ違い様に、その喉を両の鉤爪で引き裂いて動きを止める。突進してきた一条を迎撃しようと、もう一体の屍兵が長剣を振りかぶった。
それを止めたのは、佐倉の両手剣。大気を押し潰す轟音と共に打ち下ろされた剛剣は、カウンターとして屍兵の身を斬り裂いて、斜めに両断する。
豪快極まりない、防御を砕く力と重さの斬撃。
「四体目」
カウントを告げ、黒田は準備していた投網を用意する。今の攻勢で残る二体の屍兵達はたたらを踏み、攻撃の機会を逃している。
ならば、これも好機。
二体を巻き込むように投げられた投網は、一瞬だが屍兵の動きを封じる。強引な力任せだけで破かれていく網だが、攻撃が止まり、無防備を晒しているのには変わりはない。
これも三神が木下に設置した阻霊陣があったからこそ、効果が出たのだが。
網を破ろうとする屍兵に、一条と佐倉、そして黒田の追撃が迫る。
一方、黒百合は華麗とも取れる戦いを続行していた。
相手は二人。だが、押される事はなく、連続して振り抜かれる刃を避け続ける。要所要所で神崎の援護があったのも幸いだった。
軽やかに踏み込み、勢いを乗せて刃を振えば、即座にサイドステップ。首筋をショートソードで削られた屍兵士は追いかけ、突進する勢いで刺突を放っていたが、避けられて最後の木に突き刺さる。武器が樹木に食い込み、動きが取れなくなった瞬間。
「俺より幼い少女が戦っているんだ!」
何も出来ない。何もしない。そんな日々はもう嫌で、傷つく人を見たくないとの思いを込めて、龍崎はスクロールを発動させる。発射された光弾に屍兵の腹部を穿たれ、動きを止めた。
撃退士としての力の使い方。人を守る為、癒す為。思い、悩みながら龍崎は光の弾を産み出し続ける。
「まあ、ねぇ? でも、楽しみましょうねぇ‥‥死体を、土に返すのを」
凄惨とも取れる笑顔を浮かべ、血に塗れた二つの刃を翻して黒百合は残る一体の屍兵の懐に飛び込むと、肩から腕、肘へと捻りを加え増幅させたナイフの一突きを繰り出す。狙いは手首の関節部分。螺旋を描くよう、突き刺さりつつ抉る刃は手首を半ばまでを削ぎ落として断つ。
引き様にショートソードで首筋を削るのも忘れない。体重が軽く、動きが俊敏だから出来る、武器の欠点を補い、長所を活かす戦術だった。鋭い一撃と、離脱の繰り返し。
後退して射線が通った所に、再び龍崎の光弾。膝から先を消し炭にされた屍兵が片膝を付いた時、少女の死神がそっと、冷ややかに寄っていた。
「腐っているわねぇ、死体よぇ。醜いわねぇ」
踊るように身体を旋回させ、勢いを乗せたショートソードを額へと貫き通す黒百合。
辰川と山崎の戦法はよく似ていた。
共に木々を背にして、一対一の戦術を取っている。一体ずつ引き付けて、確実に仕留めていく戦術だ。
フットワークで屍兵を翻弄し、隙を見つければ鉤爪で切り裂いていく山崎。軽い一撃ばかりだが、被害を最小減に留めて、確実に削っている。
対して、辰川は長剣を恐れず懐に踏み込み、まずはその腕へと拳を見舞う。潰れた腕に対して、そのまま拳での距離を保ち、胸部、首、そして頭部へと連続で拳を撃ちこんでいく。正面から挑む為、何度か長剣の刃がその身に喰い込んだが、気にしない。鮮血は熱く、胸は燃えている。
この拳で倒れないとは。なら、これはどうかと、連続して剛腕を振い続ける。
場の均衡を崩したのは、三神の放った光弾だった。
内気なせいで、小声で聞き取れなかった。それでも、目の前の屍兵の脇腹を削ってくれた三神に、例の言葉を投げかける。
「有難うな。けど、これ位は俺一人で大丈夫だ!」
それは意地っ張りだったかもしれない。浮かびそうになった表情を隠すように鋭い眼光を向けると、屍兵へと直線の突きを繰り出す。狙いは、胸部。筋肉を裂いて、肋骨を砕き、臓腑を潰した感触が伝わる。
「あばよ」
そのまま抉り、跳ねあげるように引き抜く。ずるりと血が糸を引き、山崎の相手をしていた一体はそのまま崩れ落ちた。
「こっちも終わらせるか」
それを視界の隅に収めて、辰川は息を吸い込む。裂傷は多く、肌と衣服は血で濡れている。だが、それに懐かしさと、戦意の高ぶりを感じていた。
踏み込み、長剣を袈裟に振う屍兵。
恐れはなかった。手首は砕かれ、より精密さを失っていた剣筋を潜り抜け、カウンターでその額をナックルダスターで打ち抜く。爆散したかのような音と共に、頭蓋骨を砕いて、脳に損傷を与えた感触。
「こっちは終わったぞ」
その一言が、どれだけ心強いものか。
「八」
黒田のカウントも、軽い。
最前線で戦い続けた佐倉の負傷は大きかったが、もう問題などない。後は、たった二体を倒すだけだ。
「はああっ!」
連撃と追撃で弱っていた一体の首を身体ごと振り回す一撃で斬り飛ばす佐倉。負けずと一条か残る一体へと鉤爪を振い、その腐肉を抉るよう斬る。
精彩などない攻撃。連携もない。耐久力とただの力押し。そのようなものに負ける撃退士達ではないのだ。
「い、いってください‥‥!」
怯えながら放った三神の光弾が、最後の屍兵の左腕に命中。関節部分から吹き飛ばされ、姿勢を崩す。
「数だけはいて、流石に辛かったな」
「同感だ」
駆け付けた山崎と辰川の一撃が、左右から叩き込まれ、片膝を付く。
「天魔か‥‥文字通り、人の天敵だな」
黒田のリボルバーが弾丸を放つ。屍兵の額を貫いて、最後の一体の動きを止めた。
戦いは、終わったのだ。
数の暴力は確かに凄まじいもので、黒百合と山崎以外の接近攻撃組はかなりの被害を受けていた。龍崎の用意したタオルで泥と血を拭いながら、佐倉が言葉を作った。
「なあ、この死体は‥‥せめて、埋葬しないか?」
利用され、駒とされた被害者達。せめてもの弔いにと、そして、それで笑顔が一つでも増えるならと一条は賛同したが、黒田が首を振った。
「いや、出来るのならグールとなったものの身元を確認できないか?」
遺体そのものは無理でも、せめて骨だけでも遺族の元へと。駒として利用され、家族の元にすら辿り着けない屍兵の行進は、酷すぎる。
肯定は無言の頷きで。
そして後日、遺族たちの元へと、骨となって犠牲者たちは帰っていった。
屍兵達の行進は、家族の元で終わり、安らぐ。