高らかに響き渡る蹄の音。
それは天界より送り出された破砕の槍を持っていた。
人の剣を、盾を、鎧を。腕を、脚を、希望を貫いて砕く為に走る騎兵達。
崩し壊す為、疾走する蹄の音は近づいて来る。
「すまんな、迷惑をかける」
祖霊符を発動させ、迫る騎兵を迎え撃とうとするメンバーへと頭を下げる獅童 絃也 (
ja0694)。
その身はもう既に負傷しており、ぼろぼろだ。どんなに表面だけ取り繕うとも、動きは鈍く緩慢。負傷は生々しく、歩く事もおぼつかない。
闘えるような身ではない。
「――ハ、上等」
だが、それがどうしたのだと、島津・陸刀(
ja0031)は獣のような闘志をむき出しにしながら応えた。
迫りくる敵。押し止め、倒さねばならないもの。だが、何時とて守ってきた。
人を、仲間を。大切なものを。守れるものがあれば、それを守る。
「ようは、全て叩き潰せばいいって事だろう? 何時もの事だ」
ぎらぎらと瞳の奥で燃える戦意。それは一向に衰えていない。
「何時だって撃退士は守る為に戦ったさ。仲間を敵地に救いにいった事もあるだろう。見捨てはしないよ」
意識を研ぎ澄ませながら、手にしたブラストクレイモアを地面へと突き立てて続ける桝本 侑吾(
ja8758)。
過ぎた事はどうしようもなく、ならば出来る事を。
終わった事は変えられない。けれど、今からする事は、未来は変えられる。
守れなかったもの。守るもの。
そして今から対峙するもの達。
「前田を斬れぬのは残念だが……こちらもこちらで楽しそうだしな……」
水無月 神奈(
ja0914)も蛍丸を鞘から抜き放ち、冴え冴えとした白刃を翳す。
「あの前田への増援だ。どれほどの手馴れか、相手を願おう」
故郷である京都の事は忘れていない。後一歩届かず、この刀で断てなかった悔しさも。だが、その全てを刃に込めるのだと水無月は柄を握り締める。
「そうねぇ、正面からくるなら、殺すしかないわよねぇ」
ふふふ、と笑い、陽炎のように揺らめく光纏に前進を包む雨野 挫斬(
ja0919)。
手にした拳銃を弄び、迫るサーバントの強さはどれ程なのか。それを解体した時の快楽は。思考に耽り、衝動に身を焦がす。
その為にも、騎兵のサーバントは倒すしかなく。
「此処で引くとか、逃げるは出来ないからね。流石に」
「後方の港では、私達以上の激しい戦いに臨む人達がいますから」
地鳴りのように響く蹄の音の前でも森田良助(
ja9460)は明るく笑い、澤口 凪(
ja3398)も同様の元気さを見せながら竜胆色のツインテールの髪を揺らし、手にしたマグナムを握り締める。
始まり、終わるのだ。
胸の奥で呟き、引き金に指を添える。
「たった五体、けれど五体……行かせる訳にしかない」
突き立てていた大剣を振り上げ、構える侑吾。
「行くぞ」
迫る騎兵へと、切っ先を向けて。
次の瞬間、驚愕に顔が歪む。
●
その動きは早い。
ケンタウロス。半人馬。機動力が高いとは言われていたし、理解していた。
だが、全ては一瞬。迎え撃とうと戦意を高めた次の瞬間には、もう既に間合いが詰められている。
予想以上の速度であり、予想の上をいかれた。それは不意を突かれた事に他ならない。
全力で疾走し、身を捻りながら突撃槍を構える騎兵。
全身全霊の初撃で前衛を打ち破り、一気に踏破しようとする戦法。
「……舐めるなっ……!」
第一撃は先手を打たれると水無月は承知の上。
相手が想定外の速度だとしてもやる事は同じと、正面から迫る穂先へと意識を澄ます。
瞬間、轟く銃声。凪の放った弾丸がサーバントのランスを弾き、僅かだがその軌道を逸らしていた。好機。元より水無月はその援護射撃を受け、横でも後ろでもなく、前へと踏み込む。
大気を貫いた槍の烈風で髪が数本千切れるが、身に届いていてないのなら意に介さぬと放たれる剣閃。
舞う血飛沫。勢いと皮膚の堅さに刃が弾かれたが、確かに前脚へと刻んだ一刀。僅かでも機動力は削がれた。
だが。
横手を奔る穂先。その二つは避ける事なく衝突する。
「くっ……!」
「…っ……」
クレイモアの側面を盾のように扱い受けた侑吾に、腕に装着したランタンシールドで穂先を止めた陸刀。だが弾くや捌く事は出来ず、それどころか衝撃を殺す事も出来ずに弾き飛ばされる。
岩をも砕く激流の如き一撃であり、騎兵の突撃とは元々陣形の破砕を狙うものだ。下手に正面から受ければ整えた筈の隊列は跡形もなく散らされ、内部から壊される。
二列編成も、その威力の前では纏めて突き破られるのみ。
後方に吹き飛ばされていく侑吾を止めようとする雨野だが、身体で受け止めた筈が耐え切れずに後方へと共に投げ出される。トラックに正面から衝突すればこうなるだろう。8メートルをも吹き飛ばす猛撃に耐えられる訳がない。
騎兵の強襲戦術はただ突撃し突き崩す為のもの。それを受けるならば剛の堅さではなく、柔軟さこそが必要だった。
悔いる暇も与えず、続く二騎。狙うは正面突破と、まずは一体が侑吾へと追撃を放ち、その後ろで態勢を整えようとしていた雨野へと突撃槍が迫る。
回避は、出来なかった。全力で駆け抜けたせいでサーバントの狙いも荒くなっているが、雨野の気質は魔に近い。穂先を受け、肩を穿たれる再び弾き飛ばされながら血潮を散らす。
「……っ…中央が突破されるぞ、固まれ!」
獅堂の叫びに水無月が振り帰れば、第一撃目で前衛を突破し、中衛まで食い込んでいる騎兵達。
下がるか、それとも迎え撃つか。グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)の逡巡は一瞬。相手の狙いが何であるか考えれば、当然の選択だった。
「兎に角、動きを止めよう。こいらは僕達と戦う気はない、ただ突破するつもりなんだ!」
元より増援。此処が目的の戦場ではないのなら、相手は此処で戦って、無駄な消耗などする必要はない。
戦い合う気はなく、相手はただ突破する事しか狙っていない。ただの戦いなら間違いではない戦術と布陣が、けれど、今は突破されないという目的の為に機能していない。
楔のように撃ち込まれた二体の騎兵。
先頭に立つ一体へと、グラルスが雷撃を帯びた鏃のように尖った水晶を放つ。
迫る雷撃の矢へと掲げられた盾。だが受け止める事は間に合わず、胸部に突き刺さる魔の宝石。
その一体へとヒポグリフォの銃口を凝らす森田。
「確実に数を減らすために、集中攻撃を!」
近づかれた分だけ後退しながら放たれた銃撃。破壊力を増したアウルの弾丸はケンタウロスの身を穿っていく。
その音に、瞼を開ける凪。
閉じていたのは一瞬。けれど、思った多くの事。
港の本陣で戦う友達、大切な人。まだ名も知らない多くの学園の仲間。
そして前田走矢。止める為に、凪がするべき事を。
引き金を引く寸前、深呼吸を。集中するのだ、絶対に此処から先へと行かせない為に。
「……いきます!」
放たれる長射程の射撃。全力で駆け抜け、接近して来たサーバントが避けられる筈もなく、次々とその白い身体が血で赤く染まっていく。
ならば。
「ふふ……ふふふ」
血の匂いに歓喜し愉悦の笑みを漏らす雨野。
手負いの強者にその心は焦がれ、突き動かされるように傷ついた身を起こす。手に握るのは、漆黒の大鎌。
殺戮と解体の衝動。それをそのまま黒き刃に宿して。
「きゃははは、本気出すわよ!」
空いた前線の穴へと身を躍らせて、薙ぎ払われる雨野の大鎌。
肩口を大きく切り裂き、更には意識を失わせた一撃だった。
「強い方が勝つ単純な殺し合い。良いわねぇ、こういうのが好みよ」
だから、どいつもこいつも、逃がさず皆、此処で解体してあげる。
小さく囁き、返り血に濡れながら、雨野は唇を舐めた。
●
「今だ、攻め掛かるぞ」
闘気解放を発動させ、サーバントの横へと並び、動きを止めようとする陸刀。そして。
「抜けるんじゃねぇよ、俺はこっちだ!」
吹き飛ばされた身を起こし、同じく戦線へと復帰する侑吾は叫ぶ。
挑発よりも、此処で優先すべきは攻撃と撃破。
故、渾身の力を持って振上げられ、最上段から振り下ろされるクレイモア。重にして剛の斬撃に斬り裂かれるケンタウロス。衝撃の重さを逃せず、その身体が傾ぐ。
何度吹き飛ばされようと、最後に勝って立っているのはこちらなのだと。
だが。
「倒れない、のか……?」
獅堂の言葉の通り、意識を刈り取られたケンタウロスはまだ倒れていない。単純な手数不足。自己強化した二人に、自分を狙ったものへカウンターを放った水無月。集中攻撃すべきだと解っているのに、攻撃対象や優先順位が分散していた。
そして再び動き出す気配。開いた穴を、打ち込んだ楔を更に深くと蹄を鳴らす騎兵達。
「押し通るつもりか……まぁ通すつもり等毛頭無いが」
失策と悔いる暇はない。水無月が身を翻す。目の前の敵は機動力を削がれ、対応する必要はないと無視し、突撃した二騎へと蛍丸を地擦りに構える。
細身の美しい刀身に集まるのは、破壊の為の力。渾身の気を込めて振り上げられた一閃は、長大な黒の斬撃となって二体を後方から薙ぎ払う。
意識を失い、集中攻撃を受けていた一体はそこで倒れる。
けれど。
その水無月の横を通り過ぎ、再び突撃する三体のケンタウロス。僅かに時間差をつけたチャージングは、雨野、侑吾、陸刀を貫いて再び後方へと吹き飛ばす。
特に防御力が低く、カオスレートが魔に寄っている雨野はこの時点で危険な状態だった。返り血だけではなく、自身の流血で衣服が染め上り、穿たれた二つの傷跡から血が止めどなく流れている。
そして、陸刀の前へと立つ四体目。突撃槍に纏うのは白き稲妻。霊的、魔術的なものを不得意とする陸刀は迫るそれを捌く事は出来ず、身を貫かれた。雷撃が体内を走って血管と神経を焼き、身体の自由を奪っていく。
脚が動かない。突撃に対して吹き飛ばされれば、もう対応出来ない。
「くっ……!」
状況は乱戦。二度のチャージングで前衛と中衛の差は最早失われ、後衛の森田と凪はなんとか下がりながら射撃を放つ。雨野と陸刀の回復の為、手当のスキルを使いたくとも、スキルを交換している余裕がない。
もう少し、いや、もっと前衛と中衛、後衛との距離が開いているべきだったのだろう。
そして水無月は後方にいた。一人チャージングを回避した為、吹き飛ばされず、逆に前方へと置き去りにされたのだ。ケンタウロスの後を追い縋っているが、騎兵が横に三体並んだせいで、前衛として押し止める事が不可能。挟撃の形ではあるが、有利とはいえない。
識別不可能な攻撃もこの状態では放てないし、グラスルはチャージングに巻き込まれないように距離を取り続け、壁にはなれない。逆転の一打は、ない。
あるのは、鎬削る、文字通りの一発勝負。
次の敵の攻撃で、雨野は沈む。そうなれば、防ぐ壁がなくなり、騎兵は此処を通過していくだろう。
「……回復しない、という事は相手も必死って事なんだろうけれど!」
再び放たれる雷撃纏う水晶。高速で飛翔するが故に盾で防がれず、身を貫く魔の電撃。確実に削っている筈だ。
だからこそ。
「良いから、止まれ」
侑吾の大剣の一撃と共に放たれる、アウルの炎を纏った陸刀の撃拳。爆裂に似た衝突音を響かせ、盾など無意味と破壊の一打を見舞うが、意識を刈り取るには至らない。そして動きが止まらなければ、次は。
「きゃはは……私が倒れるか、あなたが倒れるか」
頭上で大鎌を旋回させるは雨野。此処で倒せなければ、雨野が次の攻撃で倒れて前線に穴が開く。逆に倒せれば水無月がこちらへと戻り、例え雨野が倒れてもこの先へとはいかせない。
故に。
「その首、刈り取るわ!」
薙ぎ払い、斬首を狙って放たれる漆黒の鎌刃。
空を裂く凄烈な音。勝敗を分けるであろう黒い一閃は、同じく勝利を求めて掲げられた盾に阻まれ。
衝突し、けれど盾では勢いを殺せずそのまま押し行く刃。首筋に刃が届き、血が噴き出す。
だと、いうのに。
何で浅いのだろう。肉を断った雨野自身が解ってしまう。これは命に届く程の一撃でなかったと。深くもなければ急所でもない。噴き出る血こそ多いけれど、それはただ当たったのが首筋だったせい。
後、薄皮一枚、命に届いていない。
「だったら……!」
重度の負傷をした身を推して獅堂が銃撃を放つ。引き絞るトリガーに力を込め、けれど、放たれるのは弱々しいアウルの弾丸。
彼の瀕死の身体より絞り出されたそれは、天魔には小石を弾かれた程度の威力しかない。
そして、雨野へと迫る白き稲妻の突撃槍。腹部を穿たれ、内部を雷撃で焼かれながら吐血し、倒れ込む雨野。
水無月は前へと出られない。陸刀は麻痺していて動けない。
騎兵の進路を阻むものは、もうなかった。
例えば彼らのとった陣形がチャージングで吹き飛ばされる事を前提とし、対応策をしていたら違ったかもしれない。相手のチャージングが布陣を破壊する為のものだと理解した上でのものなら違っただろう。
正面から突撃の勢いを殺すには頑丈さが足りず、ならばと必要になる柔軟性もない。
敗因は、それだ。
陣形を壊す騎兵に、ただ陣形を決めただけで挑んだという事。
吹き飛ばす威力を甘く見て、中衛二人で止められると信じてしまった事。
相手の得意とする戦術を許し、それにぶつかってしまった事。
何より、相手が優先するのは突破という一点。これでは例え獅堂が全力で戦えとしても、これではもう一体を倒せた程度だろう。
「お前の相手は俺だ!」
それでもと侑吾がアウルを練り上げ挑発としてケンタウロスの一体へと飛ばす。
だが、効かない。どうしようもなく無力。
「せめて、もう一体だけでも!」
四体も行かせられないと、水無月が再び封砲を放つ。黒の飛翔閃はコンクートの地を砕いて、三体のサーバントの脚を纏めて薙ぎ払う。大きく負傷していた一体がそれで倒れた。
だが、三体が残り、走っていく。
避けたのが間違いだっただろうか。他二人の前衛が受けると決めたのなら、水無月も受けるべきだったのだろうか。
が、敵は何も応えない。倒れた雨野と麻痺して動けない陸刀を無視し、負傷した身を己の癒しの力で治しながら。
グラルスは、凪は、森田はその行く手を阻めなかった。
何故なら、一撃でも受ければ死ぬ可能性の高い獅堂を囲んで守る必要があったから。万が一でもその可能性はあるのだ。仲間の死など到底受け入れられない。それを無視して騎兵の前に立ったとしても、稼げるのは僅かな時間。仲間の死の可能性と引き換えてでも、突破を阻止する事は出来ない。
「……っ……!」
自分の身が動かないという事が、此処まで悔しいのかと、言葉さえ出ない獅堂。
突破されない為の戦闘なのに殲滅を優先した読み違えであり、足りなく、またどうしようもない敗北。
これが、前田との戦いの致命傷にならないように。
大切な、人が死ぬ事とならぬように。
光通機を取り出し、凪は告げる。
三体の増援を許してしまったのだと。
戦場に、天の槍が三本、走り抜けていく。