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マスター:燕乃
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:4人
リプレイ完成日時:2012/09/27


みんなの思い出



オープニング

●禍津の光


 高知県土佐市において……撃退士はその信を打ち砕かれていた。
 混乱や暴動は起きてはいない。だが、人の限界を突き付けられた人々は、天界への帰順を考え始めていたのだ。
 何が起きたのだと。何が起こるのかと撃退署へ詰めかける人々。
 だが、何を応えても無駄だった。この撃退署のうち一つが、使徒の手によって落ちていたのだ。
 逆らえば死と災いを。だが、頼れるものは居なかった。
 そんな時に。
『天界へと帰属する人々への安全を保護するわ』
 使徒である菖蒲の声が、ラジオに流れたのだった。
 天界の従属。それを代償に、人々を冥魔の存在からも守るのだと。
 元より魔を滅する事こそが天の意志。そして、争いの続いた人を天使が導く事で、それを終わらせるのだと。
 それは、この高知の土佐市のみの事だっただろう。
 だが、ぴたりと、サーバントの被害は収まった。それどころかディアボロへと菖蒲が率いるサーバントが駆除と警戒を始め、『人』の安全な領域を作り始めていた。
 それは完全ではない。けれど何時、何が起きるか解らないこの世界、この時代において、安全と安心の確保された場所だった。理不尽と悲劇のない、天界の導きのある街となっていった。
 撃退士のように自らを守る力も持たない人は、天界へとその心を動かされる。
 遊園地は凍え尽きて、撃退士は倒れ、村は一つ燃え尽きた。
 撃退士だけでは、どうしても守られない。
 ただ従うしかない。それで命が助かるならば。
 そして本当に、幸せな世界が齎されるのなら。
 かくして、一つの街がサーバントに包囲される。
 人々の抵抗は最小限だった。半数以上の人間が安全を望んで天界への帰属を選び、他の人々はひっそりと街を後にしようとしていた。
 菖蒲は告げる。
『天界は従うものには安息と安寧を約束するわ』
 その通りに、冥魔から人を守ろう。理不尽な死など絶対に起きない。
『ただし……従わないものは、禍津の神威が下りると知りなさい』 
 何処までも何処までも、冷たい声。
 天罰として人が死ぬのは当たり前だと、告げる声。
 それは、天界の意だった。人の意志を汲まぬ言葉だった。
 人の心を重視するものと、サーバントによって大切な人々を殺された人々は、街を後にしようとする。
『そして、従いなさい。天の意志と支配に』
 その言葉の意味する所。天界の意に沿わないもの達はどうなるかというものを、未だに知らず。
 こうして、一つの街が天界の元に下った。
 最小限の争いと犠牲。そして、人々が選んだのだという言葉。
 残ったのは平穏で、そしてサーバントによる警戒で犯罪も激減した街。けれど、人のものではない街。
 ……それは、果たして。



●久遠ヶ原依頼斡旋所


「さて……困った事になったね」
 そう告げるのはミリサ・ラングナー。この久遠ヶ原の教師である。
 溜息と共に、額に手を当てる。まるで見ているだけで頭痛がするかのように、資料を机の上へと投げやった。
 彼女が頭を痛める程の内容とは、四国の土佐市で、平和的に一つの街が天界へと帰順してしまったという事件だ。
「そうだね、本州と違って四国は天界からの影響を強く受けているし、瀬戸内海は荒れていて、半ば隔絶された状態。……安全じゃないし、海路を使っての物資補給は進んでいるけれど、北部の方は酷く襲撃を受けているね」
 危険と隣り合わせの場所は沢山ある。
「そして、今までは撃退士が何とかしてくれる、守ってくれるっていうのがあったけれど、森野菖蒲というシュットラッサーはその信頼を壊しに来ていた。実際、撃退士はどうしても襲撃が発生してから派遣されるから、後手に回ってしまうしね。何度か撃退できても、既に犠牲者が出ていて……完全には守れない」
 多分、間諜なども利用して人間に紛れ込ませ、撃退士への不安も煽っていたんだろうね、と続けるミリサ。
「そして結果、人々の選択でサーバントに囲まれた、曰く『天界が導く安全な都市』というのが出来ようとしている……勿論、全員がそう選択した訳じゃなくて、天魔に襲われた事のある人や、どうしても納得できない人々は街を出るみたいだよ」
 強制的に天界の勢力を排除するのもありだろう。だが、既に街を占拠しているような状態だ。そこで戦闘を始めれば、一般人に大きな被害が出る。そして、人の選択と意志は曲げられない。
「だから私達に出来るのは、街を出る人々を護衛する事だけ。少なくともこれ以上のマイナスイメージを作ってはいけない。もしかしたら、あの菖蒲という使徒が天界に逆らったと、追手を掛ける可能性もあるのだから」
 けれど、ならば逆にその追手を退ける事が出来たらのなら、天界に対抗する力があるのだとまだ現地の人々に伝える事が出来る。
「それこそ、今は相手は穏便に、そして静かに圧力を掛けてきている。こちらがどうするか、というのが凄く大事な場面だね。どれだけ、これから成果を上げて、信頼を回復していけるか」
 壊れて失うのは簡単だが、取り戻すのが難しいからの信頼である。
 けれど、このままでは終われない。菖蒲という使徒が何を考えているか、その目標や理想、着地点が見えない間々では。
「というわけで、国道を沿って別の街へと避難する人々を護衛して欲しい。今回の移動では百人程度が車やトラックで最小限の荷物と共に逃げる予定だよ。その護衛、だね」
 そして、追手がくるのなら、同じく国道を走ってくるだろう。いわば、撃退士達に任せられるのは殿。
 最後尾で守衛につき、敵を通さずに安全な場所まで送り届ける。
 言葉にすれば簡単でも、追手が一体でも抜ければ後は惨劇だ。人に天魔に対するだけの力はない。
「やれるね? いや、やって貰うよ。私達は頼りなくて力もない存在じゃないんだって、行動と結果で示そう」
 それが困難なものであればある程、それは輝く筈だから。
 その先に、繋げる為に。


●禍津の言葉


「そう、撃退士が護衛にね」
 森野菖蒲はその報告に対して呟く。
 街を出た住民たちは、『天に逆らった』者達。故に罰するべきと、サーバントを放ったのは確か。
 群れで動く者達であり、あくまで威嚇として放った者達だ。
 信は砕かれ、後は威嚇と圧力でじりじりと撃退士をこの高知から追い出していけばいい。
「私が望むのは、苦しみなく、痛みなく、ただただ満ちた世界」
 何も足りないものはない理想郷の為、菖蒲は一歩踏み出す。
 その為に必要だったのが虐殺とは矛盾しているが、天の意の為ならば必要な犠牲なのだ。
 後は少しずつ重ねていけば良い。尊き理想郷は、人の手では作れないのだから。
 横を見れば、あの村で生き残った少女がぼんやりと菖蒲を見ていた。
 争いの、ない世界。
 全てはその為に。
 瞼の裏に、燃え盛る炎と飲み込まれる建物が見えた。
 それはあの時の村のものか。それとも、遥か昔、人だった頃のものか。
 理解するより早く瞼を開いた菖蒲は告げる。
「私も出るわ。戦いはしない。けれど、撃退士達に直接、告げてみましょう」
 期待など、あの村で燃え尽きたが。
 それでも、何処か胸で引っかかるのだ。
 人と天、その隔たりはどれ程なのだろうかと。
 求めるものは同じく平穏の筈。なら、ならばと。
「それとも、お互いのどちらかが絶滅するまで殺し合いたいのかしら?」
 人ならありえると、冷たく、自嘲的に笑う菖蒲。


リプレイ本文


――私は。
 揺れるトラックの荷台。
 不安と苦悩は、真水に垂らした墨汁のように柊 朔哉(ja2302)の胸の中をじわじわと侵していく。
揺れる思い。葛藤。同時に広がる苦み。
 全てはそう、前を走る人々を思うからこそ。済む家を失い、捨て、いや奪われて逃げるしかない人々の顔の曇りを見てしまったから。
 それが天の意志であると柊は信じたくない。
 祝福とはそういうものではなく、救いとは等しく降り注ぐもの。
 そう堅く信じる彼女だからこそ、この暴挙とでも言うべき事態に悩むのだ。その果てに何があるのだろうかと。
――何をすればいいのでしょうね。
 何を信じ、何を目指せばいいのだろうか。平和は何処に。そんなものは欠片も見えない。
 だからこそと、柊は後方へと視線を巡らせた。
 その先にはまだ何も見えない。けれど。
「絶対追手は来ますよね」
 護衛の撃退士であるエイルズレトラ マステリオ(ja2224)はトランプをシャッフルさせながら呟いていた。
 手元は見ない。ただ、感じるのだ。
 何かが来る。きっと、天の暴威が。
 そして、自分達が果たすべき事は、それから人々を守る事だと。
「……そして、これが最後の便」
 その言葉は鉛のように重かった。
 マステリオの掌の中で軽やかに舞い、奇術めいたカードの動きとは裏腹に、余りにも残酷で、人の手ではどうしてもない現実。
「……天界の街から出たくても、出られない人々、か」
 久遠 栄(ja2400)は掌を硬く握り締め、怒りを堪えながら漏らす。
 単純な話である。出て行きたくとも、行くあてがない。出て行けば明日の寝る場所も仕事も、食べるものさえどうなるか解らない人々とている。
 途中、幼い子供を連れた夫婦が、久遠たちに護衛の感謝を述べた。
 やつれた顔だった。幼い子供だけでも守ってくれと、懇願するように、力なく頭を下げた姿は忘れられない。
 そして、きょとんとした、何も理解出来ていない子供の表情も。
 純粋で何も知らない、幼さと、そしてそれに見合う幸せの訪れるべき顔を。
「……っ……」
 強さが欲しいと久遠は願う。
 少なくともこの一行を守れるだけの力を、今すぐに。自分達で決めて残留を決めた人々の意志は尊重しよう。けれど、この状況を打開するだけの力を渇望する。
 いずれ、天に頼らずとも人だけで立ち、生きていけるようになるだけの力が欲しいのだと。
 噛み締めた歯が、トラックの振動で唇に触れて切る。舌に広がる、錆鉄の味。
 敗北の味。
 何時になったら忘れられるだろう。
「今は出来る事をしましょう」
 重苦しい空気を和ませるように、堅すぎる緊張をほぐすように紡いだのは黒瓜 ソラ(ja4311)だ。
 荷台の上で狙撃銃を抱えて座り込み、年相応の明るい声を出す。
「護衛重点。助けられる人を助けずして何が撃退士か……って所ですね。頑張りましょう!」
 ぐぐっと気合を入れ、狙撃銃を抱え直すソラ。
 そう、今は守る事だけを考えるしかない。これからの事は、今やっている行動の結果の積み重ねで開かれるものだ。
 そして、その為の意志は決して挫けていない。
「威でもって脅しつけた選択肢の意義なんて。……ボロが出て、犠牲になる人が増える前に、足元から突き崩してやります」
「そうだね。少なくとも、屈さずにボク達を頼って来てくれた人々は、今度こそ絶対に守らないと」
 アニエス・ブランネージュ(ja8264)も続ける。戦える力があっても、失うという事は怖い。身を護る最低限の力さえないのであれば、天界の力の元に折れてしまうのも解る気がするのだ。
 けれど、戦える力があるアニエスが先に諦め、泣き言を言う訳にはいかないのだ。アイスブルーの瞳の奥で固めた決意は、何処までも澄んでいる。
 ある者は静かに、ある者は激しく。天界への抵抗の意志と、そして守る想いを胸にしていた。
 後方の安全を確認する影野 恭弥(ja0018)は言葉を作らない。
 共有すべきものとは思えず、ただ敵意を秘めて運転手である神凪 宗(ja0435)へと安全を伝えている。
 ただ、もしも出会うのであれば告げるであろう言葉の輪郭だけは、はっきりと感じながら。
「……森野 菖蒲」
 運転席のミラーから何度も後方を確認しながら、神凪は一人、呟く。
 独りだったから呟けたのかもしれない。
 迷いに似た、応えを求める声色。それは真実なのか。認めてもいいのだろうか。
「天使の作る平和が、あいつの願う平和と同義なのか……?」
 争いなく、苦悩なく。平穏で平和な日々。天使がそれを導くというのだろうか。
 恐らく十人に今の問いを投げかければ八人は否定するだろう。更に残りの一人は激怒するだろう。
 京都はまだ結界に覆われている今、何処が平和を目指しているのだと。故郷を奪われた人もいる。今、こうして追われた人々を護衛している。
 相容れない。きっと違うし、求める平和が違うのならば抗い続けると神凪は誓っている。
 一方で思うのだ。
「天使の支配による平和……。あいつはそれを実現させる気なのだな」
 故に衝突は避けられない。
 人の世の願いは、人の世界に生きるものが決め、そして叶えるものだから。
「悪いが、認めらない。止めさせて貰うぞ」
 そう誰にするでもなく呟いた時。
「来ましたわ!」
 意識を後方から切ったのは一瞬。その間に姫宮 うらら(ja4932)が後方から迫る点を見つけ叫ぶ。
 すぐに点は群れに。そして群れは形に。
 追撃として放たれたサーバントが、その姿を見せたのだ。




 
 予測していた追手は早かった。
 考えてはいた。けれど、その速度が尋常ではない。
 まるで一陣の疾風のように駆け抜けるサーバントの群れ。
 こちらがトラックに乗っているというのに、速度は相手が上だ。徐々に追いつかれ、狭まる距離。
「そら、おいでなさりましたですよっ!」
 狙撃銃を荷台の上へと設置し、狙撃体勢を取るソラ。
「相手も馬鹿ではないですからね。この状況は読まれて予測されて、追手で一人でも多く『餌』を……でしょうか?」
「それに、あの菖蒲という使徒の事だよ。街から離れたのも、天へ逆らったと見做して『罰』とやらを与えようとしているんだろうね」
 同じく狙撃銃を構えて迎え撃とうとするアニエス。
 接近戦を得意とするものが少なく、そして耐久力に乏しいものばかりの構成。
 最大射程の二人が、何処まで相手を削れるかが第一の勝負。接近されては敗北が見えているが為に、射撃武器を持つものは皆、迎撃の姿勢を取っている。
 ぎりりと軋む弓の弦。久遠の胸はあの時に受けた火傷が蘇ったかのように痛み出す。
 けれど。
「いくぞ、向かって右端、白い奴から片付けよう!」
 此処で立ち止まるなど論外。久遠の上げた咆哮は嚆矢となり、開戦を告げる。
 続くのは二連続の銃声だ。
「まずは……的中重点! 実際狙い撃つ、ワザマエッ!」
 それは閃光と漆黒の線を残し、射程内に踏み込んだ白の鎌鼬へと吸い込まれ、その身を穿って突き破る。
 ソラの狙撃は命中を重視した胴体狙い。全力でこちらへと追い縋ろうとする白の胴体を捉え、衝撃で怯んだ所へと走ったのはアニエスの魔の弾丸。
「距離というアドバンテージがある内に最大火力で撃ち落とさせて貰おうか」
 冥魔の気質を帯びたアウルはサーバントに強烈な一撃を与える。言葉通りに、接近される前に数を減らすつもりなのだ。
 右端からと最初から狙いを統一させていた為、味方とのタイミングのズレで対象が擦れ違う事を気にする必要もない。生命力を代償にしたからこその、射程と最大火力による先制攻撃。
 二つの弾丸に迎撃の洗礼を帯びた白の鎌鼬。けれど、血を散らし、着弾の衝撃と負傷で体勢を崩したのは僅か一瞬。
 同胞に遅れまいと穿たれた身体を気にせず疾走する鎌鼬。
 天の威。禍津のモノ。
 狂奔するような殺戮の気配を肌で感じる。これは心を持たない虐殺の獣だと理解してしまう。後ろへと通せば、どのような惨劇が起きるのか、容易に想像できてしまう程に。
 だからこそ、柊は迷わない。
「……このようなもの、天の意志とは呼べません」
 トラックの端、サーバントと狙撃手の間に割り込むように膝を付き、十字の描かれた盾を構える。
 引かない。引けない。この身が裂かれようとも、決して譲れない。
 血の雨を降らす天など知らない。そんなものは認めたくない。争いを肯定する気などなく、平和を望めども。
「此処を通せば、多くの命が失われます。だから……!」
 分かり合う為にも、一つの命も切り裂かせはしないと、その身を盾とする柊。
 祈るような声に応えるように、再び火を噴くソラの狙撃銃。研ぎ澄まされた銃撃は再び鎌鼬の胴を撃ち抜き、三発目にしてようやく一体目を沈める。
「流れる血を見るのは、どうしても嫌なんですよ」
 引き金から一瞬指を離すソラ。それはスコープで次の相手を捉える為もあっただろう。
 けれど、胸に秘めた冷たい何かが、ソラの瞳の中に泡のように浮かんで消えた。泡のように淡く現れずとも、この戦いに挑む彼女の絶対の覚悟。
「少しは止まって欲しいんだけれどね……」
 続くアニエスの発砲。弾丸は再び黒い霧を纏い、光を飲み込む闇の弾丸として放たれる。
 だが、それだけでは止まらない。動きを緩める所か、敵対者として認識し、加速するサーバントの群れ。あれだけあった筈の距離も既に縮まっている。トラックも加速して距離を広げようとしているのに関わらず、だ。
 己より命令を遂行する。使い捨ての兵士であり、そして何より優秀な兵だ。己の命を顧みないのだから怯えも撤退もない。
「けど、それは理想の歩だな。金や銀どころか、桂馬にもなれねぇよ」
 故に負傷を意に介さず他の射撃攻撃の射程へと踏み込んだ白の鎌鼬。そのまま姫宮の迎撃の矢を受けたモノへと、醒めた眼を向け銃口を凝らす影野。
 そのまま発砲。止まる事を知らぬ猪武者である鎌鼬にそれを避ける事は出来ず、銃弾に撃ち抜かれて転がる二体目。
「まだ本気、出してないんだけどなぁ……」
 影野は全力を出していない。
 けれど――そのような思案なく、全力で襲い掛かるのがサーバント。
 常に注意を向けていた灰色の鎌鼬。それが一歩前へと踏み出て、尾を振うのを久遠は見逃さなかった。
 瞬間に感じたのは怖気。
「……っ…避けてくれ。神凪さんっ!」
「了解だ!」
 咄嗟の叫びに応じ、ハンドルを左へと切る神凪。傾くようにして左へと動くトラック。荷台の上の全員を揺らし、姿勢を崩さてしまう。
 だが、それが結果としては助かった。
 トラックの端を掠めて過ぎていく真空の刃。見えず聞こえず、しかしその圧と斬だけは感じ取れる。そして過ぎ行く先に刻むのは、巨大な斬撃跡。
 アスファルトを破砕するように切り裂いてゆく一閃。その様はまるで貪る牙の如く。
 その途中にあったものを何であれ斬り裂いている。
「これは……」
 ミラー越しにその様を見た神凪が苦しげに呟く。先ほどの回避はほぼ奇跡であり、二度目は出来るか不明。
 そして当たれば、荷台に乗っている仲間が負傷するだけではなく、そのトラックが走行不能となる。
 そうなれば後はこちらの不得意となる乱戦。
「何とか敵の数が減るまで……」
 少なくとも、残る白の鎌鼬を撃破するまで。
「……いけるか?」
 冷や汗と共にアクセルを踏み込む。
 荷台で戦う名前をただ信じるしか、今は他になく。






 迫る鎌鼬。その数を減らしても、やはり喰らい付くようにして走り続ける。
 それは自分達を攻撃している撃退士達を狙っているのか、それとも彼らを追い抜きその先、一般人へと襲い掛かろうとしているのか。
 言葉は通じず、ただ暴虐性だけを発揮させる相手。問答などある筈もない。
 故に、ただ打ち倒すのみ。引き絞った久遠の弓が放たれる。
「この先へは行かせない!」
 今度こそは守るのだと誓い、放たれる一矢。
 針の穴を通すような精密な射撃を全力で追いかける鎌鼬に避ける術はない。矢に肩を貫かれる。
 それでも。
「止まらないのか」
 歪む久遠の表情。それは他の皆も同じだろう。
 後一手という所まで見えている。目標の白の全滅まで残り半分で、けれど相手は確実に距離を縮めていた。近距離戦闘に入る前になんとしでも止めたい。だというのに。
 白の鎌鼬が前足を振う。虚空を切ったかのように思われた一撃は、風の刃として脚を刈り取ろうと狙撃姿勢を取っていたアニエスへと襲い掛かる。
「危ない、アニエスさん!」
 身を挺して庇うのは柊。接近戦闘武器だけで射撃武器を持たない為、守り癒すしか出来ない彼女だが、だからこそその一点だけは譲らないと盾を構えて間へと割って入る。
 風鎌弾く盾。だが、攻撃は二連だ。
「……っ…」
 相手も全力で移動している為、その狙いは荒いが揺れる荷台の上でも不利がある。一撃を盾で受け止め、二撃目はその身に受ける柊。太腿も裂かれ、機動力を削がれる。
 だがその負傷自体は即座にライトヒールで癒される。盾となった聖女を断つ刃として、白の鎌鼬では力が足りない。
 ただ、ただ守護を祈る柊。
 その彼女の後方より再び轟音と閃光。ソラの狙撃銃が火を噴き、至近距離まで迫ろうとしていた鎌鼬を捉える。胴に開いた風穴。それでもと最後の一歩を踏み出し、トラックのタイヤを斬り裂こうとするモノ。
「この距離ならこれだね」
 迎え撃ったのはショットガンへと持ち替えたアニエス。漆黒のアウルを帯びた散弾が銃口からばら撒かれ、全身を撃ち抜かれてた鎌鼬。白の毛皮は血で染まり、衝撃で地面に叩きつけられてバウンドする身体。
「悪いけれど、此処は譲る訳にはいかないんだ。この道をゆくと決めているから」
 撃退士の信頼が回復するのは何時になるだろうか。
 冷たい青の髪を靡かせ、それは何時。何時まで戦うのだろうと心に過ったものを振り落とす。
 アニエスが目指すのは教師でもある。なら、子供が平和に過ごせる事、学べる場所こそが真実の平穏であり、望むべき争いのない場所。
「君たちは、そういう風に捉えられないのだろう?」
 人であればみな同じ。大人も子供も女も男も区別がないのだろう。
 言っている事、思う事、信じる事。それは理想論で、区別せず躊躇わない相手が正しい部分もあるだろう。けれど、譲れないのだ。
 そして、残るは一体。
「なんだ、この程度か……」
 口ずさむように言葉にする影野。が、決して油断している訳ではなく、正確な射撃は残る白の胸部を撃ち抜いている。決して油断などしていないし、ここが攻め時であるとマステリオも追撃にアウルでカードを作り出し、投擲する。
 撃たれ裂かれ、動きが鈍る最後の白の一体。故にトドメだと久遠が弓の弦を絞った時、合わせるように飛翔した刃への反応が遅れる。
 いや、それは誰しもだ。防御役の柊も、攻撃した直後の影野も、スキルを切り替えてようとしているアニエスも。こちらの目的、敵の首を討ち取り果たしたと確信した瞬間だからこそ、攻撃に意識が向いて反応が遅れる。
「しまっ……!」
 唯一気が付いた神凪も運転の最中。咄嗟にハンドルを左右に切って避けようとするが、間に合わない。
 斜めに走る真空の太刀筋。残酷な程に鋭利な一撃は柊とソラ、そしてマステリオを同時に斬り裂くと同時にトラックを両断する。
 鉄であるなど無意味。天魔の刃は容易く人の作ったものを断つ。
 タイヤもシャフトも荷台も斜めに斬り裂かれ、コントロールを失うトラックはスリップするように転倒し、荷台に乗っていた全員を弾き飛ばす。
 爆発しなかった事がせめてもの救いだが、転倒して吹き飛ばされた撃退士の陣形はバラバラだ。特に姫宮は黒の鎌鼬の間に放り出されて、四体から一斉に攻撃に晒される。
 飛び散る己の血潮に白銀の髪を染め、それでも立とうとする姫宮。
 車両から投げ出された衝撃に対して受け身を取る事など不可能で、皆あちらこちらに打撲を負っていた。騎乗戦闘では乗っているものが破壊された場合の危険性が高く、それが此処に来て起きてしまったのだ。
 失策ではないだろう。
 遠距離攻撃を得意とし、接近戦を不得意とするメンバーでは良策だっただろう。ただ、攻め手の質が足りなかった。後僅かでも攻めが強ければ、トラックを破壊される前に白を撃破し、迎え撃つ事が可能だっただろう。
 でも、それは過程の話。
 後悔は、今するべきものではない。
「ぐ……っ…」
 投げ出され、頭を打った久遠。額が切れて血が流れ、止まらない。
 同時に揺れる視界。朦朧とする意識は頭部を強打したせいか。膝が震える。指に力が入らない。
 それでも、此処で倒れている訳にはいかないのだ。
 また後方に、背にいる人々を殺させる訳にはいかない。脳が沸騰し焼けるような痛みが襲う。それが後悔なのか、それとも怒りなのか。ただ無理に身体を酷使しているせいなのかは解らない。
 けれど動くのだ、指は弓の弦を掴み、矢を引き絞る。
 あの時受けた火傷のような痛みが、今もこの胸に走るから。
 他は知らない。痛みも負傷も、この後も。ただ、この一射に掛けて。
「止めてみせる!」
 ただ当てる事のみに集中した矢が飛ぶ。灰色の鎌鼬の真空の刃と、トラックの転倒により最も大きく負傷したソラへと襲い掛かっていた白の鎌鼬に。
 空奔る矢。一瞬の停滞。
 ソラの脚を文字通り刈り取ろうとした鎌は寸でで空を切り、逆に久遠の放った矢は深々と鎌鼬の首を貫いていた。
 そのまま崩れ落ちるサーバント。安堵の息を吐きだし、ソラが呟く。
「流石に相手が鼬だと、イタチゴッコは相手の本領で勝てませんね」
 笑えない冗談だが、それを言えるだけいい。意志は折れておらず、まだ戦えるという証だ。
 仲間がまだ戦おうとしている。言葉を発し、それを受け取る仲間がまだ立てると信じて。下らない冗談は、でからこそ全員の頬を緩ませた。
 ああ、まだ自分達は負けていない。幾らでも喋れるのだから、戦えるに決まっている。
 余裕は、消えていない。
 勝利は、失っていない。
「イタチごっこも限界なら、此処で終らせる」
 運転席のドアを蹴破り、迅雷と化して駆け抜けるのは神凪だ。不可視の刃を手に、黒に囲まれた姫宮を助けようと疾走し、繰り出す剣閃。
 牽制の投擲に周るだけの余裕はない。黒の鎌鼬に囲まれた仲間を助けるべく、マステリオもまたカードを投擲する。
 飛び散る血飛沫。決して倒せない相手ではないと、傷を刻む。
 故にそれに応えようとする姫宮。黒の鎌鼬を迎え撃つ。





「ならば、私が貴方を」
 灰の鎌鼬の前へと躍り出る柊。槍を以て灰色の鎌鼬の脇腹を貫き、抉って引き抜くとそのまま頭上で旋回させる。決して此処から先には通さないと抑えの姿勢だ。
 応じるように、巨大な刃である尾が揺れる。
 斬る為のものであり、守る事や受ける事は考えていないモノだ。
 それが振るわれる。巨大な刃は、叩きを割る剛の斬撃。回避しようとしたものの、脚を負傷した柊は動きが鈍っている。
 肩口を深く切り裂かれ、吹き上がる鮮血。
 けれど、槍は手放さず、膝も折らない。何故なら、仲間を信じているから。
 柊が耐えて作った一瞬の隙を、きっと、仲間が繋いでくれる。その信頼があるからこそ。
「確実に、此処で仕留めるよっ」
 膝を付き、狙撃体勢を整えたソラの弾丸が閃く。飛翔、そして着弾。肩口の肉ごと吹き飛ばす一撃に続き、アニエスも横手からショットガンを構える。
「これ以上は、こちらも余裕がないからね。速攻で倒させて貰うよ」
 銃口から吐き出される無数の散弾。幾つもの穴を身体に開けられ、それでも動きを止めない灰色の鎌鼬。
 それを見据えるのは、煌めく炎を宿す影野の瞳。左目から金色の光を放ちつつ、その全身、武装に至るまでが漆黒に染まっていく。
 危険。本能でそう感知し、 回避しようと身を翻した灰色の鎌鼬を射止めたのは、久遠の漆黒の矢だった。
「お前もここまでだ。恨むならけしかけた奴を恨むんだなっ」
 飛翔するのは天の意を否定する闇の一矢。光を裂く闇の一閃に胸を貫かれ、一瞬、完全に鎌鼬の動きが止まる。
 それでも倒れないのは、それこそが禍津の使徒の配下の証か。
 だが、更に冥魔の力が繰り出される。それは一発の弾丸として、ただ一点を破壊する為に引き絞られた銃撃。虚空を裂いて飛ぶ闇の力。
 破砕する肉。飛び散る血液の赤さ。確かに頭部へと着弾した渾身の一撃。
 崩れ落ちる敵の姿、けれど、それは誰も最後までみていない。
「なんだこの程度か……」
 未だに漆黒に染まった身で影野が告げる。金色に燃えて煌めく瞳は戦場を見つめ、今の状態が限界だった事も理解している。
 後一撃で柊は倒れていただろう。
 そして、黒の鎌鼬の四連撃に晒されて動きに精彩さを欠いていた姫宮が倒れ、神凪とマステリオの間を抜け、二体の鎌鼬がこちらに迫っている事も。
 神凪がトラックのクラッシュでの負傷と、元々回復しきっていない身体で臨んだ為、押されている事も、マステリオもまた、動きが鈍い事も、解っている。
 痛い程に。覚悟を必要とする程に。
「後は殲滅するだけだな」
「ああ、通す訳にはいかない。なんとしてでも足止めしてみせるっ!」
 それでも告げるのだ。
 余裕などとっくにない。
 もう此処までくれば泥沼の戦い。誰かが倒れ、誰かが残る。そういう戦場。
 勝ちはするだろう。背後にいる人々は守れるだろう。だが、その代価がどれだけだろうか。
 矢を番え、それでもと闘志を燃やす。モノクルから敵を見据え、銃口を向ける。相手の出を挫こうと、片膝をついて迎撃の姿勢を取る。
 だが、それらは全て無意味だった。
 『氷の刃』が、走った。


「止まりなさい」


 それはただの言葉。
 けれどそこに秘められたぞっとするような、極寒の敵意が場を支配した。
 触れれば切れるような空気が場に満ちる。
 同時に身に掛かるのは恐ろしい程の重圧。動きが鈍り、その隙に生き残っていたサーバントが一斉に距離を取る。
「……っく……」
 久遠はこれを知っている。
 そうでなくとも、この依頼に参加したものなら、その存在は知っているだろう。
 紅蓮に燃える八咫鴉を従え、現れたるは禍津の氷刃。
「森野 菖蒲か……会うのは久しぶりだな」
「ええ、お久しぶりね……神凪、だったかしら?」
 取るに足りない撃退士の事など覚えていないだろうと投げかけた神凪の言葉に、けれど菖蒲は確かに応じた。
「貴方達に、二つ提案があって来たわ。話を聞いて貰えるかしら?」
 その為の誠意として、このサーバント達は下がらせると告げる、天界の使徒。







「……御機嫌よう、お久し振りでしょうか?」
 サーバントを下がらせた菖蒲に対して、柊き言葉を投げかけた。
 そうするしか他にない。目の前で負傷した仲間に治癒を施すのを黙認している。確かに今の状態で、八咫鴉を率いた菖蒲に勝つ可能性はゼロ。殺そうと思えば、即座にこの場の撃退士は皆殺されているだろう。
 つまり、菖蒲に殺意はない。
「貴女は何時も血で染まっているわね……それが良い事か、悪い事かは解らないけれど」
 流すような視線で柊を捉えていたが、正面に立った影野へと意識を向ける。
「お前の提案とやら、聞いてみないと解らない。だから、早速聞かせて貰おうか」
 本音を言えば、菖蒲への敵意や怒りを抱くものも多い。そんな中、一瞬だけ瞼を閉じて菖蒲は告げる。
「一つ目の提案は簡単よ、私と貴方達だけの間で停戦条約と不可侵条約を結びたいの」
「……どういう事かな? 戦いを、殺戮を仕向けて来た人が言う事じゃないよね。信じられると思う?」
 尋ね返すアニエスに、菖蒲は諭すように応える。
「あの街は人々の意思によって天界に帰属したわ。そこを奪還しようとしたら、確実に人々に犠牲者が出る。人が暮らす街を舞台に大規模な戦いになればそれは避けられない。そんなのお互いに望む所ではないでしょう? その変わり、私は正当防衛以外で他の街に、人に攻めはしないわ」
「…………」
 俄かには信じられない提案だった。しかも、それは続く。
「同時に、天界に帰属したからと言って物資……食料、衣類、医療品などの流通を断たないで欲しい。それらがなれければ、人間は死んでしまうわ」
 それは統治者としての提案であり、人の身を案じての取引だった。
 当然の事とはいえ、天界に悪感情を抱いている人々が流通を鈍らせれば、あの街は簡単に廃墟となる。
 だからこそ、久遠の脳裏に浮かぶのはあの灰となった村。焼け落ちた無数の命達。
 あの失われた魂に掛けて、菖蒲は間違っている、認める訳にはいかないと叫ぶのだ。
「だったら、その『優しさ』をあの村人に何故向けなかった……!」
 怒りも限度を超えれば凍えるものだと久遠は知った。
 沸騰した思考は逆に明晰。だからあの村の、燃え尽きた様が蘇る。
 あの時、あの選択は間違いだろう。平和を求めるのであれば、取るべき事ではなかった筈だ。
 そして今も。
「今も追う必要のない人々を追いかけまわして!」
「仕方のない事よ。天界に従わない人々に、天の力がどれほどのものか知らせる為のもので……」
「……全ての人が受け入れない時点であんたらの言う統治は不完全みたいだけどな。それで平和が本気で出来ると思っているのか?」
 祀ろわぬものに罰を。従ぬものに死を。そんなものは統治ではなくただの恐怖政治であり、占領と変わらない。
 今も現に、自分達が戦わなければ何人が殺されていたのか。
 戦いを求めているのは、どちらか。
「……貴方達、今の人間には司法機関や警察、裁判所ってあるんじゃないかしら? 律を作り、それを破ったものへ罰を与えるのは当然の事よ」
 それでも、言葉で切り込む影野は止まらない。
「絶えず冥魔共と争い続けてる癖に何が平和だ。あげく戦力にする為に無関係な人間界にまで手を出して、呆れるな」
 故に想いの丈を吐き出す影野。どんな論を出されても、今までに出た被害を認める訳にはいかない。
 その感情を受け止めるように、黙し、ただ話す撃退士を見つめる菖蒲。
「貴女の言うことはとても理想だと思います。でも、その理想の為には多くの血が必要で……」
 それは何百、何千という屍の上に出来る平和なのだろうか。まるで鮮血と骨で塗り固められた、天国への階段。
 平和になるかもしれない。理想だとは思う。でも、ソラもやはり。
「その流れる血を『必要な犠牲』だって言ってる限りは……多分、私達は全面的に貴女に同意できない……って思います」
 ただ否定では意味がない。けれど降伏も恭順もうりおない。それはこちらを全て否定されているという事であり、平等ではないのだ。
 誇りがある。だからこそ、ぶつかるしかなく……。
 そんなソラと影野の思いに、菖蒲は返す。
 何処までも真摯に。そして、敵意を隠そうともしない冷たい声で。
「覆水盆に帰らず。そして海と湖の水は混じって、貴方達鯉は塩水で生きるしかなくなっている……自覚はないのね。このまま戦えば、本当にどちらか片方の、最後の一人が死ぬまで戦う事になるって。天魔と触れた世界はもう、元に戻れないって」
「何?」
「解らないでしょう。だって、貴方達は天界の事を、そして私のしようとしている事を、どれだけ知っているのかしら? 例えば……天界と冥界が膠着状態でいがみ合っているからこそ、あの程度の戦力しか京都に派遣されていない。その気になれば、天魔の片方が人界から手を引けば、もう片方がそちらを支配する事になるって。現実を、見てないのね」
 例えば神器。人など無視するかのような勢いで繰り広げられる戦い。
 例えばザインエル。彼のようなものが数名いたら、それだけで久遠ヶ原学園は潰されるのでは?
 誰も応えられず、産まれた僅かな沈黙。それを破るよう、神凪が言葉を紡いだ。
「ならば、お前の本心は何時語る? その理想とやら、示せるのはどれだけ殺した後だ?」
 似た願いを抱く故に、投げ掛ける神凪の言葉。
「屍の上に根付いて咲く花など欲しくない。血で染まった花が咲く楽土などない。そうだろう?」
 間違っている。だから正して欲しい。助けたい。
 本当の意味で平和を求める為に、その力を貸して欲しいと思うのだ。
「血の流れない平和な世界が無理だなんて……決めつけないで下さい」
 重なるソラの声に、柊も続けた。
「菖蒲、私は、貴方の人の意志を汲みとらないやり方は間違っていると思います」
 同じ天の加護を受け、天の意志を信じるからこそ。
 本当の意味で、共存したいのだ。
「本当の平和とは、人間と、天魔が、階級も境界も無く、等しく生活できる世界だと信じています……私は、それを望んでいます」
「……だから、二つ目の提案よ」
 大きな溜息だった。安堵のような、それでいて苦しむような。
「天の意志と人の意志は、対話してすらいない。それでは何も解決しない。だから、人の代表として久遠ヶ原学園の学生を指名して、対話の席を作りたいと私は願い出るわ。武器を置き、立場を捨てての話よ」
「……え?」
「私の、そして私の主が示す争いのない世界を語り、貴方達の意志を聞かせて欲しいの。勿論、それは天界全てではなく、今はまだあの街においてになるけれど」
 一拍おいて、菖蒲は告げた。
「争いなく、憎しみなく、苦しみなく……そして、このまま戦えばどちらかが全滅するまで殺し合うしかない戦いを、止めましょう? 私が教えてあげるわ、人が争い合わず、共食いをせずにすむ世界を」


 その為の誠意だと。
 あの街を後にする一行への追手は、もうかからなかった。


 間違っているし、認められない。
 人は求めるもの為、何処までも抗い続け、戦う意思を持っている。
 それを『人は争い続け、共食いをする生き物』と菖蒲は言うのかもしれない。
 けれど、殺戮の地平に何が平和なのか。
「菖蒲…禍津の氷刃…何度会えるのかしら」
 柊の呟きは、何もない地平線の向こうへと吸い込まれるようにして、消える。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
凍気を砕きし嚮後の先駆者・
神凪 宗(ja0435)

大学部8年49組 男 鬼道忍軍
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
茨の野を歩む者・
柊 朔哉(ja2302)

大学部5年228組 女 アストラルヴァンガード
心眼の射手・
久遠 栄(ja2400)

大学部7年71組 男 インフィルトレイター
インガオホー!・
黒瓜 ソラ(ja4311)

大学部2年32組 女 インフィルトレイター
撃退士・
姫宮 うらら(ja4932)

大学部4年34組 女 阿修羅
冷静なる識・
アニエス・ブランネージュ(ja8264)

大学部9年317組 女 インフィルトレイター