それは獣の咆哮。
多重に響き渡る轟音は圧力となって押しかかり、木々を森を空を撃ち震わせる。
耳を劈く爆音して、同胞の叫びに応じるような、暴力と殺意の塊。
求められた同胞の助けの声など知らぬ。そこに敵がいるのなら、向かい暴れ貪るだけだという餓獣の声。
その殺戮を求める姿こそが、戦いの為に作られたサーバントの姿。
けれど、だから何だ。
大音量で叫ばれる魔獣達の声に、押し殺した声で抗うのは鳴上悠(
ja3452)。
それは殺戮を否定し、守る為の宣言。
「もう俺は戦うことをためらわない。俺には守るべき大切な人が居るから……ッ!」
蹂躙される姿など許せない。森に潜むが為に大声は出せなくとも、悠の胸には強く響き渡る覚悟の台詞。
「指揮官としては優れない、か。力で捻じ伏せられるという思考が強いのかもしれんな」
こちらに気付かず、突進するかのような勢いで向かう主力部隊。その様子をやはり森の木々に隠れて伺う神凪 宗(
ja0435)。力で押し潰すのが前田の思考であり思想であるというのなら、これは確かにその体現。
気に食わない。「平和な世界」を求める神凪としては、どうしてもこの有様は許容できないのだ。
ならば止めるだけだと、待ち受ける交戦地点に近づいてきたサーバントに群れに一瞥をくれ、黒の手袋を嵌める神楽坂 紫苑(
ja0526)。
「増援の足止めねえ……時間も限られているから、やれるだけやるかな」
「いいや、やるからには倒せるだけ倒そうぜェ。主力の迎撃と来れば花の舞台だ。傾いて、魅せてやろうぜ」
人の力、消して舐められるものではなのだと法水 写楽(
ja0581)はその顔に笑みを刻み、白の対剣の柄へと指を滑らせる。
前方では偵察部隊と、そして後方では前田を足止める戦いがある。
此処でしくじるなどという事、あってはならないのだから。
「ふふっ……」
けれど、そんな気負いなど感じさない御子柴 天花(
ja7025)。
緊張などとは無縁なのだろう。不敵に、そして気楽げで楽しげに笑みを浮かべる姿。いかなる場でも変わらないその様子。
「対峙しちゃったら、ユーとあたいのどちらかが倒れるまで終らないんだよね」
そして全開に解放される闘気の波。抑えを失った闘争心は何処までも燃え上がり、天花の身体の隅々まで熱と力を充満させ、大気へと伝播させる。
肉体を強化し、大気が振える程の闘志。
そして、だからこそその気にシュラキは反応してしまう。元は武人なのだろうか。放たれる闘気を感じ、弓の弦を絞る動きに乱れはない。気配を察せられ、そして見つかった。
「……ちっ!?」
甘くみていた。シュラキという存在は武力だけではなく知性と武、感覚や思考力も優れるという事を。
空を裂いて天花を貫く鬼火の矢。気配からその姿を割り出し、恐ろしい精度で先制を放ったのだ。
不意打ちはこれにて失敗。
猛る獣。血肉を欲する爪牙。それらとの激突はもう秒読みでしかない。
群がる獣の狂声に立ち向かうよう、先頭に躍り出るはラグナ・グラウシード(
ja3538)。失敗したと嘆く時間などないのだから。
「さあ…一気に片づけるぞ!」
獅子と鮫、その双頭を持つキュマイラへと突貫する姿はまさしく守護の騎士。
恐怖など微塵も抱いていない。感じるのは、ただ勝利への渇望のみ。
けれど一瞬、ただ一人。遠く、前田のいるであろう本隊へと視線を送ったのは君田 夢野(
ja0561)。そこで戦う戦友の安否、そしてこの終わりを願って。
「生きて還ってきてくれ。君は交響撃団の盾なんだ。ここで君が倒れたら、護る人が居なくなるから……」
そう、一瞬だけ願わせて欲しい。
天の刃、天の魔獣。それらと戦い、けれどまだ失う訳にはいかない、失いたくないのだと。
それは万でも足りぬ想い。語り尽くせず言葉に出来ないものを背に、ラグナへと続く君田。全ては刃たる焔の序曲で奏でるのだと。
「……いくぞっ!」
そうして、開戦――激しく熱く、そして恐ろしいものが始まる。
●
一手目からその生命力を半減させた天花へと神楽坂の治癒が飛ぶ。それでも完全に癒し切れない。
「援護してやる、無理はするなよ」
敵の火力、凄絶の一言。個体差もあるのだろうが、半端な覚悟では潰される。
だが、天花には聞こえないし痛みも感じない。緋色の刀身を構え、ラグナと同じくキュマイラへ。届かぬ間合いは高速の一閃が産み出した真空の刃が補う。
強靭な筋肉を切り裂いて噴き出る血潮。
更に迫る狼や獣人へと投げられる君田と神凪の苦無と棒手裏剣。命中よりも動きの制限、誘導を狙ったそれにより、一纏まりとなった所へと薄紅の水晶が輝く。
「ここは押しの一手でいこう。……押し流せ、太陽の炎よ。ヘリオライト・ウェーブ!」
密集した所へと、飛翔する薄紅の水晶。そして炸裂。
周囲を飲み込み、焼き払う業炎の波。封じられていた魔力は一気にサーバントの攻勢を押し止める。
「俺も続くぜ!」
そして瀕死の身となった灰色狼の前へと滑るは写楽。流れるようにして放たれた双の刃は狼の喉笛を切り裂き、更に次の一体の前へと壁として躍り出る。
そして旋回する対の白騎士剣。血潮を払落し、挑発するように構える姿は、まるで傾奇の花形。
「こちらも時間がないからね……!」
荒れ狂う炎の壁をかき分けるように疾走し、上段から捻りを加えた強烈な刺突を繰り出す悠。額をかち割り串刺しにした一撃で、もう一体が倒れる。
更にラグナの金色のオーラがキャマイラの意識を裂き、殺意を彼に向けさせる。
此処までは順調。では、こちらが有利か。
いや、それは否。
否定するように飛び交う矢は都合で四本。それが全て、天花へと向けられている。
獣人、そしてシュラキ。弓を扱うその四体が、天花をまず落とすのだと攻め掛かっていた。
「ししっ……邪魔だよ!」
鬼火の矢に再び穿たれ、表情を苦痛に歪ませながらも残る三本のうち二本を避けた天花。今のが連続して命中していれば危険だっただろう。
そして、ラグナも想いもよらぬ攻勢に晒されていた。
「ぐっ……」
キュマイラ二体が都合四つの首で顎を開き、ラグナを捉えて閉じる。
銀色の障壁が二度煌めき、片方の攻撃を完全に防ぐが、時間差で掛けられたもう一方の攻撃は受け切れずに太腿と肩に深く、巨大な牙が突き刺さる。
苦悶。だが立ち止まれないと恨み、憎しみ、敵意を、執念を刃に乗せて振るわれるラグナの高速の一刀。
「貴様ら、カップルか何かか。おのれリア充め!」
その声も掠れている。鉄壁と信じた自分を一気に追いつめるこの強敵を前に。
そして、それを冷静に、冷たい視線で見つめるのはシュラキ。念話による指示は的確で、数の差を連携させ、脅威と化して襲い掛からせていた。
「やはり、お前が厄介か」
だからこそ止める。味方と交差させた一瞬の視線での合図と共に、神凪が戦場を駆け抜けシュラキの前へと立つ。その様、まさに迅雷であり、止めようのない刃。
「遠距離の魔法攻撃は厄介極まりない。お前の相手は自分が務める」
再び治癒を受けている天花。彼女へと再び鬼火の矢が射られればただでは済まない。絶対に止めるのだと、弓持つ左腕へと不可視の刃を走らせる。
速度も相まったその斬撃、見切れる筈がない。腕を深々と裂かれ、血を流すシュラキ。
間髪を入れず後退する神凪。攻めが稲妻ならば後退もその如く。
だが。
「……っ…!?」
踏み込むシュラキ。弓は瞬時に背に回し、居合の一刀が放たれる。
意趣返しとばかりに左腕を切り裂かれた神凪。鎧を失って攻撃力が上がり、迂闊に飛び込む事も出来なければ、速度も上がり間合いを取り続けるのも不可能。そして、あのまま後退して矢を撃たれていれば……。
そう意味ではこの程度の負傷、むしろ有利。避ける目もあるのだから。
●
「その首、貰った!」
緋色の刃が掻き消え、天花の不可視の刃が斬首へと薙ぎ払われる。それは、確かに一瞬だけ意識を失わせ、四肢を地に伏せさせて。
「砕けて散れ、醜い天使の使い魔よッ!」
ラグナの怨念の一閃が無防備なその身体に深手を刻む。
その後方では踊るように流れる写楽の双剣と、上段から突き落とされる悠の十字槍。爆裂の炎波で薙ぎ払われたものを一体ずつ仕留めていく。
更に。
「こけら落としには勿体無いが……とっておきの前奏曲、くれてやるよッ!」
高まる君田の武威。剣へと収束していく莫大なアウルは直線状の全ての敵をを切り伏せんと、波打つ刃の如く揺らめき、そして破壊の力として振るわれる。
黒光の飛翔刃。全てを切り裂き砕かんとギロチンの如く走るアウルの刃。
三体を纏めて薙ぎ払う暴威。だが、後一手足りない。
ギリギリの所で踏み耐えた灰色狼。そしてその間に攻め掛かる獣人と、キュマイラ。
「おい……っ……!」
一匹目の牙は銀光の障壁で防いだ。だが、意識を刈り取られていた筈の一匹が起き上がると、そのままラグナへと再び噛み付いたのだ。肩の骨に罅が入る。
「まだ大丈夫、ラグナさんはやれば出来る子だよ!」
文字通りラグナを盾とし、ラグナの斜め後方から攻め掛かる天花。意識を刈り取りそのまま何もさせずに、というのが通る程、容易い敵ではない。更に今も天花へと獣人が矢を射かけ続けている。
けれど、そうでなければ熱くない。
強い相手を倒して、初めて楽しいのだから。
「負けないよっ!」
矢傷を受け衣服を血で赤く染め、けれど止まらずに加速していく天花。
「くそっ、無理はするな……!」
そして只管回復に追われるのは神楽坂。一気に生命力を半減させられたラグナごと回復させようと癒しの風を巻き起こす。
彼が無傷がせめてもの救い。治癒の術者がいなければ、確実に倒れているものが出ている。
攻撃こそ出来ないものの、文字通りの生命線だ。
そして、攻撃の光明となる炎の爆発。
「さすがに簡単には落ちないか。ならばもう一発だ、食らえ!」
グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)が再び紡いだ薄紅の水晶。キュマイラ二体と一体の狼を巻き込んで乱れる盛大な火炎の大輪。
残った後には全ての灰色狼が倒れ、火傷を負ったキュマイラと、無傷の獣人。そして神凪と切り結ぶシュラキのみ。
勝利の条件は目前。
だというのに、背中を走るのは冷たい汗。実は此処まで戦って、雑魚しか倒せていないという現実に彼らも気付いている。
「く……っ!」
直感ギリギリで横薙ぎの刃を避けた神凪。だが、受けられて後一太刀。正面から切り結ぶのを得手としない神凪がシュラキ相手に稼げる時間は、やはり限界があった。
だから早く。一刻も早く。
「左右から攻めるぞ!」
「ああ!」
吠え猛る魔獣。その命を絶つのだと、左右に別れた君田と悠が封砲を繰り出す。
挟み撃つように奔る二つの黒刃。左右同時に双子の頭部は混乱こそしないものも、対応出来ない。ましてやもう一発は苦手とする魔の斬撃。
吹き上がる血潮は、キュマイラの命。そう信じている。続ければ、絶対に倒せるのだと。
細胞を活性化させて傷口を癒し、回復するラグナ。
その脇から飛び出し、薙ぎ払いで再び斬首を狙うのは天花。射続けられた獣人の矢は、写楽が獣人へと切り込み止めている。
だから、全力で振り抜く。嬉々として、戦場に身を置く花が彼女だから。
「一気に!」
強靭な肩の筋肉繊維に阻まれる刃。だが、勢いよく飛び出す血は、深手を与えている事を告げる。
だから、一瞬、勝利を確信し。
鮫の口から、水塊が放たれた時、反応出来なかった。
悲鳴も苦鳴も炸裂する水塊に掻き消された。轟音。そして身を打ち据える暴力的な流れと無数の小さな水の刃。
一撃ならどうにかなった。が、意を合わせたように、同じ三人へとキュマイラ二体は水烈塊を吐き出していた。
「天花……!」
応える声はなく、地に伏せる少女の姿。
ラグナも交換したばかりの対抗スキルでは受け切れず、身を打ち据えた激流に片膝をつく。そして君田もまた、癒しの音を纏って傷を癒すしか他になく。
●
「最後だ、一気に押し込め!」
天花の元へと駆け寄り、首根っこを掴みながら神楽坂の放つ癒しの風。
顔に血の気が戻り、後一撃という気力が沸く。
そう、後一撃であり。
「……っ! 偵察部隊、敵を撃破したそうです。同時に前田走矢、重傷!」
その知らせを通信役を担っていた悠が告げる。
前田の重傷を裏付けるように念話が可能なシュラキが神凪へと一太刀を送るとそのまま後方へと駆け戻っていく。
「やったのか……彼女は」
笑う。安堵で。そして君田の瞳に決意が宿る。
盾がその役目を果たしたのであれば、団長である自分は勝利を持って告げなければならない。
「私は剣、私は盾…!負けはしないッ!」
魔獣に負けず怒号のように吠え、戦意を高ぶらせるラグナ。対するキュマイラの一体は瀕死の様で、次の一撃で全てが決まる。
故に。
「時間なんかない。行くよ」
シュラキ用へと取っておいた筈の魔術を発動させるグラルス。激しく渦巻く漆黒の旋風。キュマイラの視覚が完全に閉ざされ、意識を朦朧とさせる。
それは一瞬だった。けれど、それで十分。
「邪魔をするな!」
血を流すラグナの左肩。そこへ再び噛み付く無傷のキュマイラ。だがそれを強引に振りほどき、片手上段から剛の斬撃を放つ。
地よ割れ天を断て。この一瞬に全てを掛けると、肉を裂き骨を砕かんばかりの猛撃。
「もう一度!」
この魔獣が市街地に現ればどうなるか。守りたい大切な人は誰にでもいて、そして、自分もその通りで。
「潰えろ、魔獣!」
魔の黒刃一閃。胴へと食い込み、けれど倒れずにラグナへと噛み付きを敢行していた。
砕かれる防壁と、肉と骨。ラグナも、そこで倒れた。
けれど、同様に三体の獣人を相手取る写楽がいて、そして此処では終われないのだから。
「誰一人……っ……」
焔のような刀身。それは君田の心の現れだったのかもしれない。
「やらせるものか!」
スキルを使い果たし、そして交換する余裕もない。身体ごとぶつかるように放った刺突は、キュマイラの胸を貫いて。
「その鼓動、旋律、止めてみせる!」
スキルはない。矢尽きて刀折れ、それでも意地だけで身体を動かす。
抉る刃。波打つ刃はずぶりと更に奥へ奥へと突き進み、肉体を傷つけて、そこに至る。
魔獣の、心臓へ。刃が突き刺さり、その鼓動を止めた。
落ちるキュマイラ。
勝利条件の最低限。それをなんとか果たす。
これ以上は望めない。
荒い息を整える暇もなく、神楽坂が天花を、悠がラグナを抱えて後退を始める。獣人を相手取っていた写楽もまた、神凪が肩を貸し迅雷を使用して離脱を計る。
後ろから飛来してくる矢。それを悠が身を挺して受けながら。
これが主力。本気でぶつかっていれば、どうなっていたか解らない。最後まで立っている殺し合いなら、どちらが勝っていただろうか。
ただ、これは紛れもない勝利のカタチ。
それだけは誇れる。天界の戦刃に一矢報いた、勝利なのだと。
誇りたいのだ。倒れた仲間の重さ。けれど、しかっりと息をしている、命のその重みを。
「お前達とは違う」
魂の輝きを真に知るのは、人。
だから最後の一歩は決して譲らない。譲らず、そして次は。
「打ち倒すんだ」
その言葉は、誰のものでもなく。
皆の胸から湧き上った、声。
だから、これは生き残り、勝った全員の誇りなのだ。
次にて、天の戦刃を確実に折る為の布石になったのだと。