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そうして、絶望の幕は上がり戦が始まる。
どのような不条理や理不尽にも砕かれないよう、森から流れ、討って出るは七人。
最初に降り注いだのは清清 清(
ja3434)の放つ、天からの無数の流星だ。山羊座のルーンが輝き、サーバントの群れを薙ぎ払う。
だが、その敵の数は膨大。一瞬だけ不意打ちの陣形が乱れども、撃退士一人が起こせる技では細波が程度の被害。
一瞬にして獣が、獣人が、そしてそれを率いるシュラキが体制を整えなおす。
だがその間隙を突くように、森の中に潜んでいた刃が奔る。
「……まるで百鬼夜行と、その主だな」
真っ先に躍り出、その言葉と共に狼の頭部へ蛍丸を滑らせたのは水無月 神奈(
ja0914)。白刃の煌めきの跡に開幕の血飛沫が上がり、道を切り開く。
「まったく。本当に――団長は人を乗せるのが上手いわね」
此処にいない誰かへと呟く暮居 凪(
ja0503)。
狙いは速攻での指揮を司るシュラキの撃破。だが、暴力的な数の差。三倍、いや四倍。真っ当に考えれば戦いが成立する筈のないこの戦場。
だが、止まらないし止まれないのだ。
「……負け戦には慣れている」
だが、目的を果たない間々、此処で倒れる訳にはいかないと久遠 仁刀(
ja2464)が大剣を盾にして敵の陣を突き走る。
迎撃に振るわれる剣に槍、そして爪と牙が身を掠めて鮮血を散らす。
まるで大波に剣一本で挑むかのような感覚。恐怖と、何処か背筋を痺れさせる高揚感。
――人々を蹂躙させる訳にはいかない。
まだ脳裏に焼き付いて離れない、あの京都の姿。瓦礫となった街。
沸き上がる使命感と共に、嫌でも高まる戦意。龍崎海(
ja0565)は獣人の振るった刀を盾で弾き飛ばし、絵本から飛ぶ魔の雷撃で道を塞ぐ獣人を吹き飛ばす。
「お願いっ……!」
追撃はディバインランスを構えた或瀬院 由真(
ja1687)の刺突。疾走の勢いを載せて胴を貫き、身体ごと振って弾き飛ばす。
今、見えたのが間違いでないのなら。この先にいる筈なのだ。
祈りを載せて突き破った敵の陣。その奥にいたのは、確かに。
「いまシタ、シュラキです」
ショウズリを構え、見つけた目標の名を高々と告げるフィーネ・ヤフコ・シュペーナー(
ja7905)。出来た間隙は余りにも細く、一拍でも遅れれば即座に道は塞がれるだろう。
故に、この好機を決して逃さないと駆け抜ける撃退士達。
前哨戦と呼ぶにはあまりにも過激で、苛烈で、そして身を焼くような痛みを伴い……。
「消えなサイ……!」
緑の輝きを灯し、薙ぎ払われるフィーネの槍に続く怒涛の攻勢。
天から落ちる流星は指揮官であるシュラキを守ろうとした獣人の動きを止め、四方からその身を串刺しにせんとランスが、大剣が、刀で振るわれる。
早く、早く。一秒とて余計な時間は掛けられない。
「開封――闇に食われなさい」
光を塗りつぶす漆黒の闇を宿した穂先で胸部を貫いた暮居に続き、その身を旋回させ水無月が鞘走りを起こす。速く、そして天の光を拒絶する刃はシュラキの頭部へと届き、そのまま両断。
居合一閃。吹き上がる血潮でも隠せない程の闇を纏い、神無月は呟いた。
「お前如きにてこずる暇はない」
「ええ、そうですね……」
ランスを薙ぎ払い、迫りくる敵を後退させようとする由真。同様に互いの背を預ける形で久遠も苦い声を漏らす。
「指揮が、殆ど乱れていないぞ」
「他に何処かに指揮官が、シュラキが近くに?」
暮居の声に応えるよう、蒼き鬼火の矢が飛来する。咄嗟の緊急障壁。カイトシールドで受け止めた暮居だが、その一撃は複数の指揮官が此処にいる事を告げた。
「だったら、纏めて!」
此処はもう敵陣の中。指揮官を狙ったが為に突出し、津波に飲み込まれたかのよう孤立する七人。退路はない。
けれど、生き残る事こそ自分達の責任。目的も生存も両方果たすのだと、魔力を注ぎ込み、天より星を降らす清。
決して折れぬ意志を、照らせ、閃く輝きとして。
「降り注げ、カプリコーン」
最後の一発は密集していた一角を吹き飛ばし、土煙と悲鳴を巻き上げる。ただ負傷させるだけではなく、動きを鈍らせる。
けれど。
(それだけでは、足りませんか………)
森の中で伏兵として潜むのは石田 神楽(
ja4485)。突貫していった仲間達、そしてそれを取り囲むサーバントの群れに唇を噛み締める。
幾度か交わされた剣戟。爪を弾き、肉を抉り、数瞬の攻防が繰り広げられる。そんな所で消耗する事など出来はしないというのに、削られていく血肉と生命力。
だが、それはある意味での成功。何故なら。
「来ましたか」
サーバントの動きが止まる。自らの主の命に従い、その頭を垂れて、漏れる笑みの響きに沈黙で答えた。
よくやった。これだけの数を相手に怯まず果敢に攻め入る様、敵手に相応しいと闘志を揺らめかせて。
「……前田走矢」
隻腕の使徒が、ついその気となり、七人の前へと現れたのだ。
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「その姿、まさに烈士、勇士と褒めてやろうか?」
サーバントを下がらせ、包囲もとかせた前田が最初に告げたのはこの言葉だった。
それは清にとって予想していた真逆のものだったかもしれない。だが、この男が使って良い言葉とは決して思えないのだ。
雄々しくない、勇敢とも思えない。それは人の身でありながら足掻き続けたものにのみに許される王冠なのだから。
「黙れ売国奴。人間を捨てた臆病者に、評価される謂れは無い」
歯軋りと共に吐き出し、けれど即座に冷静さを取り戻す清。けれど、それを含むように笑って、前田は応じた。
「国を売るのは常に人だろう? 腐った人間の社会、崩れていくだけで何ももう産み出せない人間など、変える為なら俺は何時だって捨てたさ。それを誇りに思っている」
そして、その瞳の奥で揺らぐ戦意。そうして得た力で変えてみせると、前田の持つ武威がそこにいるものを打ち据える。
「やはり、その左腕の借りは、自らの手で返したいワケですカ……」
「大人しくしているのは性には合わないようだな」
剣魂や治癒の術を会話の間に行使し、少しでも抗戦の為の余裕を作ろうとする神無月に久遠。
「……同じ手が通じないのがそちらだけと思うな」
ぽつりと滲むように、けれど強く言い切るのは久遠。
それは時間稼ぎの為の会話の側面もあっただろう。だが、言い切らずにはいられないのだ。
燃え上がる魂、その熱を失わぬ為に。それこそ、人の証なのだから。
隻腕の剣鬼と対峙するのに、消してはいけないもの。
「前田、覚えているか。俺は先の戦いで三手防ぐと言いた者だ!」
一歩前へと踏み出したのは龍崎。槍を頭上で旋回させ、迫る圧を押し退けて更に前へと。
「無構えにより実行失敗したが、今回はそれを防いだ上で、俺達は貴様を倒す。この挑戦受けるか!」
そして前田へと突き付けられる穂先。
向けられた挑戦、挑発。
それに対して、隠しきれないというかのように喉の奥から笑う前田。愉快であり、爽快であり、何よりこれ程の敵手、口上、久しく忘れていたのだと。
燃え上がるかのような前田の赤き瞳。
そして。
「なら良いだろう、相手してやる……!」
地を蹴る姿、飢獣の如く。人としての武も構えもない。
無行と共に膨れ上がった本物の殺意。
次の一太刀、前田にとっての全身全霊の一閃だと感じるに違いなく。
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「……っ…」
摺り足での間合いの変化。踏み込んでくる方向まで誘導した龍崎。傍から見れば迫る威に屈し、隙を見せたかのようだっただろう。
だが、その真意は違う。以前の無構えからの一太刀、それを再び誘発するのが目的だ。
見て、感じて受けるのが遅いのであれば、予測して迎え撃つのみ。
展開と刃の衝突は同時。以前と同じ方向、技で放たれていた斬撃は、強力な防壁が現れると共にそこへ放たれていた。
直感と即略。そしてそれを実行するだけの勇気。
だが、それでも足りない。
受けた筈の斬撃。祝福の壁は、刃へと光を凝縮した神速の一閃の前に薄紙のように切り裂かれ、龍崎の肩から胸までを深く切り裂く。肺に達し、更に奥へ奥へと。
火花散る。主の命を守る為、その身を両断されながらも盾はその役目を果たそうと。ただ、命までは奪われ断たれぬ為に。
盾であればそれこそが本懐であると、己が終わりの絶叫を上げて。ただ主である龍崎の魂を守らんと、愛具であるソレは自己を犠牲に一閃の勢いを緩めた。例えそれが激流に逆らう小枝のようなものであったとしても。
そう、京都ではプロの撃退士を防御の上から一刀両断した前田の刃故に。
盾も壁も鎧も血肉も意味はなく、全てを切り裂く一振りの戦刃。
けれど。
こんな所で、まだ死ねない。
「……っ……ああああ!!」
それは精神と魂の咆哮であり爆発。
喉の奥から吐き出されたのは意味もない言葉。だが、それで身体の動きを取り戻す。
意味をなさなくなった盾を投げ、槍で光刃で斬り裂かれながらも槍で返しの刺突。掠める事さえできず、ただ何処にそんな力があったのかと不明になる程の脚力で後ろへと跳躍する。
ぼたぼたと落ちる血。地面は龍崎の血で赤い海へと変わった。けれど。
「無構え、破ったぞ……俺は、立っている!」
どうして立っていられるか解らない程の負傷をして、なお。
「この挑戦、俺の勝ちだ!」
龍崎の上げた咆哮が、残る全員の士気を跳ね上げた。
●
己が全力の一刀を止められ、驚愕に止まった前田。
それを見逃さず、まずは三人が前へと躍り出る。
「B.S.B補佐役、暮居。盾として――ここで貴方を止めるわ」
真っ先に飛び出したのは暮居。前田の左側へと回り込むと身を捻り、螺旋を加えた強烈な突きを繰り出す。
「ええ、貴方はあるだけで盤上を壊す駒ですけれど……今は、ただ止めます」
同じランスを得物とし、けれど由真は腰を狙って回避の動きを止めようと。それが外れても、動きを妨害する棒としようと一閃されるディバインランス。
「前田、俺達を止めてみせろ!」
脚へとアウルを収束させ、爆発的な速度を得た久遠。腕を失った左と見せて、右へと切り掛かる様は人にとっての神速。
だが、応じるのは剣鬼であり、人ならざる機の連続だった。
血が散り、衣服が避ける。が、そんなものは些細な掠り傷。無構えを取った前田は、人外の力と術を手にしている。土台となる身体能力が反則な上に、隻腕という狂った重心の上で可能な技を突き詰めていた。
故に経験も予測も前田には当て嵌らない。人外の剣鬼には、一撃を直撃させる事すら至難であった。
それでもと流れるフィーネの流す舞踏扇。避けようとした所へ由真のランスが足払いで妨害を仕掛け、前田の頬を掠める。
「お前が面倒だな、支援役から潰すか」
故に剣鬼が狙うは由真。踏み込みが滑るかのようであれば、斬撃への流れも精妙かつ狂いがない。由真がアウルで盾を持ち、受けようとするが間に合わなかった。
これが前田走矢の剣。間合いに踏み込めば死を覚悟する必要のある刃だ。
腹部から逆袈裟に斬り上げられ、盛大な鮮血と共に地を転がる由真。暗く、光を失いかけた彼女の意識を繋いだのは、巨大な猿人の幻影。その守護と祝福。
「…っ……く……」
血の止まらない傷へと再生の術を付与しながら後退し、龍崎と清の癒しを受けるが完治しない。
「余所見を出来ないのは、ボク達ですか」
じとりと滲む汗。
追撃を阻止しようと正面へと躍り出た久遠。そして後退する二人に合わせて前へと出る水無月とフィーネ。だが、前田の動きに間に合わない。
「誰が下がっていいと言ったか?」
高揚した戦意を隠さず、隻腕で刃を掲げる前田。
その左胸に、黒き線が走った。
「……っ!?」
空を裂き飛来する気配と銃声に反応し、狙われた心臓から逸らしたものも、前田の胸から鮮血の花が咲き、姿勢が揺れる。
「覚えているでしょうか?」
ああ、覚えている。京都で二度も心臓を狙った撃退士の事を。
実は名を知らず、けれど、ある意味、前田が撃退士に執着を持つようになったキッカケ。
伏せていた森から飛び出し、仲間への援護へと向かうその姿。
「私は石田・神楽。今度は覚えていて下さいね」
にこにこと微笑む姿、見間違いなどしない。
「貴方が刀で舞うなら、こちらは銃で歌うのみ。貴方が斃れるまで、歌い続ける」
前田の赤い瞳と石田の赤い瞳が交差して――。
「前田!」
故郷を蹂躙された少女の怒声が、闇の気となって刃を包む。
あの日、あの時、奪われたのはお前の腕だけではない。故郷を、人々を、記憶を場所を。
「奪われた命に、報いさせて貰う!」
その身ごとを漆黒の影刃として走る水無月。何処でもいい。そう、返礼としてその力、その身体の一部、何処でもいいから斬り裂ければ。奪い返せれば。
下段に身を傾け、地擦りの一刀が振るわれる。
「珍しいわね。任務以外に執着するだなんて。まるで――ムスカテッロのようね?」
そして暮居もまたランスに闇を灯して。口走る皮肉は冷たく、彼の後を追わせるのだと匂わせて。
「意識がソレるのが、あなたの悪いクセのようデスね」
水無月と同様に前衛として躍り出たフィーネの槍が横かせ後退を防ぐように突き出された。
「一気に崩すぞ!」
同様にこの好機を逃さないと久遠が大剣に光を蝕む闇を纏わせる。天を拒絶し、光を否定し、けれど人の道だけは譲らない。
中庸にして中立。危うく弱く、けれどだからこそ束ねられた一気呵成。光纏う刀ごと叩き斬らんと、暗闇の武威が乱舞する。
これが撃退士の力だと、堅く、強く信じて。
そして噴き出る血潮。斬り裂く肉の質感。天界のものであれ、血は何処までも赤い。
真紅の粒。右太腿を半ばまでを裂かれ、脇腹を二つの槍に。下段から跳ね上がった大剣は、首と肩の間を斬り飛ばして。
「……くくっ」
間違いなく深手。不意を突き、冥魔の気質を宿した刃はその身を捉えた。確実に当てたのに。
「良いぞ、そうでなければ俺が片腕を取られた相手として相応しくない」
何故、笑える?
後退などないのだと、負傷を意にせず踏み込み間合いに四人を捉える前田。
そして、光刃乱舞。
目に見えない程の高速剣舞は、魔に気質を寄らせていた者の魂そのものを断ち切るかのようだった。
水無月、フィーネ、そして暮居が鮮血の花弁で空を染め、地を転がる。アウルで強化した根性で立つのは久遠一人。
「……これまで、ですか」
石田が光通機を片手に、これ以上は無理だと告げようとした瞬間、逆に偵察班からの任務終了の知らせが届いた。
「もうこれで失礼した方がよさそうですね」
ライフルを構え、肩で息をする久遠と由真が抱えた戦闘不明者三名を清が抱える。
「どうした、もう少し押せば勝てるかもしれないぞ?」
「貴方に勝つ為に、この場の何人が死にますか?」
にこにこと笑いながら、ライフルの弾丸を弾き飛ばす前田へと応じる石田。
死なない為には、もうこれが限界で。
使徒が敵前でサーバントに治癒を受ける程の負傷という好機に、後一撃が続かない。
そう、これは敗北。誰かが死ねば、そこで敗北だとどうしても思うから。
「今回は私達の負けです。ですが、次は――貴方を、倒します」
そう由真は告げるのだ。
血と泥で汚れた身体。その匂いに、手負いのモノに興奮する獣たちを前田は抑えて。
次に会い見える時を幻視するよう、薄く笑う。