●雪痕を追って
見渡す限り一面の白。
ちらちらと燃える松明の灯りを除けば、雪の白と、そして暗闇の黒しかない平原だった。降り積もった雪を踏み抜く思い音が、痛い程の静寂へと響いている。
「‥‥さむ」
身を震わせながら、連れ去られた少女達はもっと寒いのではないだろうか。七條 奈戸(
ja2919)はそう思い、呟いた。フラッペ・ブルーハワイ(
ja0022)、長成 槍樹(
ja0524)達がカイロや暖かい飲み物を用意したからよかったものの、長時間、この外気に触れるのは辛いだろう。
だからこそ早く少女達を見つけなければと、紅葉 虎葵(
ja0059)は眼前に残るサーバントの足跡を、強く見つめる。
狐の歩みは直線で、ゲートにそのまま向かうつもりだというのがよくわかる。追跡どころか、自分達に敵になるものなどないと、そんな思い上がりもあるのかもしれない。自分達は狩るものであり、狩れる事は絶対にないのだと。
「獣が過ぎた真似を‥狐はおとなしく狩られておればよい」
が、サーバントとはいっても所詮は獣であり、実際に今、足跡を辿ってフィオナ・ボールドウィン(
ja2611)も追っている。それは何処か、故郷の狐狩りの風習を思い出させ、可笑しな気分になる。
狐狩り。
問題なのは、向こうもこちらに向く爪牙と、炎の弾丸を持っているという事。
いや、それは騎士として堂々とした戦いを好むフィオナにとっては、歓迎すべきことなのかもしれないが。
「狩るんじゃないですよっ、解放するんですっ!」
そう主張するのは、エヴェリーン・フォングラネルト(
ja1165)だ。雪の混じる銀の髪を振って、利用されているサーバントも、そして何より攫われた少女達を助けるのだと言い切る。
「ボクは戦いに行くんじゃないのだっ‥‥助けに行くのだっ!」
続いたのはフラッペの、寒さでも薄れる事のない力強い宣言。
若いからこその情熱。自分の可能性を疑わない心。長成は飄々とした様子で肩を竦めて、言葉を作る。
「いやはや、皆若いな、オジサン、肩身が狭くなってくるよ。はっはっは」
そんな軽い口調だが、長成も少女達の救出を何より大事だと思っている。若いも老いも関係なく、追跡する撃退士達は少女達を助けたいという心は一致していた。
そうして、しばらく。雪の上を急ぎ進み続けると、ファルローゼ・ハーミーズ(
ja0124)が雪原の向こう側に、それを見つける。
「あれ、かしら。そろそろ、準備しましょう」
白の中にうっすらと見えたのは、揺れる赤い袴だ。目を凝らせば、雪によく似た色の巨大な狐のサーバントも見受けられる。
「一年の締めです。きっちり片付けて、気持ちよく新年を迎えましょうか」
楯清十郎(
ja2990)の言葉を受けて、撃退士達は班ごとに分かれて、それぞれの行動を開始する。
●救う為に
戦闘の始まりは、ファルローゼの発砲だった。
悠々と歩き続け、警戒すらしていなかった狐の足元を穿った威嚇射撃。少女達を口に咥えている為、直接攻撃できなかったが、その音に気付いて二体のサーバントは向きを変える。
サーバントが見たのは、離れて射撃するファルローゼと自分達へと向かってくる四人、合計五人の追跡班の撃退士達。爆発する緑の狐火を警戒して、各自散開して距離を取りつつ、フィオナと清十郎が先行する形だ。長成とエヴェリーンは側面を取りたい為に、若干遅れている。
『‥‥‥‥』
故に、サーバントの一撃目はフィオナと清十郎へと向かった。それぞれが標的へと視線を動かすと、緑の炎が作られ、爆発する弾丸として射出される。
轟音と、雪が一瞬で溶けていく熱気。
だが、清十郎は身を包んだ炎を光纏で弾き弾き飛ばし、これぐらいは余裕だと笑みを作る。
「これじゃあ暖房の代わりにもなりませんね」
「同感だ、どうやら自分達の力を過信しすぎているようだな」
大剣を盾にして直撃を防いだフィオナもまた、苦もなく前進を続ける。二人とも防御力では物理・魔術的共に頑丈だ。この程度では倒れるどころか、止まる事もない。
松明を照明代わりにと周囲にばら蒔きながら突き進んでくる姿を強敵と捉えたのか、一匹が咥えていた少女を、もう一匹の足元へと乱雑に放り投げて僅かに前へと立つ。
理想的に展開ではあるが、まだ後ろで控えるサーバントが咥えた少女も、足元に転がされた少女をも自分の間合いに収めてしまっている。
ならばまずはと清十郎が前に立つサーバントの正面から入り、牽制にとショートソードを振う。鋭いが、踏み込みの浅いそれを回避した所に、横手から長成の魔法が飛来した。ステップを踏んだ直後では敏捷さに優れた狐でも回避出来ずに直撃。
「よ、軟派にしちゃ手荒だな。女の子はもっとソフトに扱わなきゃだめだろ?」
魔法攻撃を受け、睨みつけてきた相手に怖い怖いと長成は軽く流す。
その一連の連携に気を取られていた隙に、エヴェリーンが投擲を開始する。
「飛んでけーっ!」
後ろへと控えていた狐へと投げたのは、お酢の入った瓶だ。
元々投擲に向かない形状をしていた為、これも簡単に避けられた。が、瓶が割れて中身が飛び散り、むっ、としたお酢の臭いにむせて、サーバントがほんの僅かだが、怯んだ。
見逃す必要はない。刀身を楯のように構えながら、フィオナは斜め横からサーバントへタックルをしかける。大剣を振えば少女達に当たる可能性がある為の防御と牽制の一打。
本来の使い方ではない為、威力としては低かったもの、衝撃で口を開けて少女を落としたサーバント。
最初の目標であった少女二人を解放することにはこれで成功した。
それぞれ一撃を返され、怒りを露わに噛み付こうとする二匹の狐。清十郎が避け、フィオナが再び正面から受け止める。
その攻撃を待っていたように、斜め後方から回り込んでいた救助班の三人が駆けつけた。
「殘月光冷やかに、狂疾に因りて殊類と成り、相仍りて逃がるべからず。爪牙、誰か敢て敵せん――オン バザラ アラタンノウ オンタラク…ソワカ!!」
祝詞を上げて軽やかに武器を取り出し、壁として少女との間に躍り出たのは虎葵。
「っと、ごめんよ」
「二人は任せるのだっ!」
七條とフラッペは二人を抱きかかえると、そのまま一気に戦場から離脱しようとする。が、サーバントはそれを許さない。それは私の獲物だと、一匹は狐火の弾丸を放った。
それを庇ったのは、救助班の一人、虎葵。
射線、それも弾丸に向かって自分から飛び込む形で少女達を爆発から救い、倒れずに両手剣を構える。
「この‥‥まだまだっ。二人とも、僕が守る!」
虎葵は気迫を込めて叫び、追撃しようと牙をむいたもう一匹への横腹へはファルローゼの弾丸が突き刺さり、動きを止めた。
「初めての仕事だし、油断なんて出来るわけが無いわね。徹底的に嫌らしくいくわ」
追撃は止まり、七條とフラッペがそのまま戦場を離脱していくのを見ながら、ファルローゼは呟いた。援護射撃で、攻撃の出を挫くのだと。
「ここは貴様等余所者が土足で踏み込んでいい世界ではない」
大剣を握りしめ、フィオナは大上段から一気に振り下ろす。真正面からの剛の斬撃は、ひらりとサイドステップを踏んだサーバントに避けられるが、横手からエヴェリーンの魔法の弾丸が飛び、脚を撃つ。
「そう、貴方たちの相手は私なのです!」
「少なくとも、僕達はあの子たちを助けたいから」
両手剣を構え、離脱していく二人を庇いながら虎葵も口にする。人を傷つけるものが敵なら、これはどうだ。ああ、十分過ぎる程の敵だと確信を抱いて。
「失うっていうのは辛いし、赦されるものじゃないからね」
それでもしつこく少女達を追おうとした狐の目に、長成がひょいと軽く送り出した光の弾が着弾する。眼球そのものを破壊する事は不可能だったが、血が吹き出し、片方の視界が確実に潰れた。
「ま、俺としては、オジサンの身として少女たちを攫う悪い奴は許せないって事で、ね?」
確実な損傷を与えても、飄々とした様子の間々、言葉を作った。
ここで、狐のサーバント達はよやく確信する。
この者達を倒さなければ、自分達が倒されるのだと。狩れるのは、自分達かもしれない。白い雪を踏み潰してきたように、自分達が今度は踏み潰されるかもしれないのだと。
痛みに怒り、生き残る事へ絶叫を上げて、サーバント達は襲い掛かる。
●雪原に溶けていく
戦場から離脱したフラッペと七條は、けれど、戦場に戻る事が出来ずにいた。
虎葵はそのまま戦場へと戻っていったのだが、どうしても少女達を放す事が出来なかった。
理由は、単純。冷たい。肌が、息が。
「カイロとか、暖かい飲み物とか、毛布とか準備しておいてよかったのだっ」
神社にまで戻れられればいいのだろうが、気絶した間々雪原に放置していれば、風邪ではすまないかもしれない。兎に角、温めなければ。その為の道具は用意してあるのだが、一人で二人は同時に見て手当する事は出来ない。
「男物だけれど、我慢してね」
自分のダウンジャケットを、お姫様抱っこで抱えてきた少女に被せる七條。戦場には戻れそうにない。少女二人の救出が最優先なら、放置出来ない。
「ま、みんなならきっと無事で、大丈夫なのだっ!」
毛布で少女達を包み、身体を温め始めるフラッペの声には自信があった。それが盲目的なものではないと、七條も理解していたから。
「そうだね。助けた女の子を放置するなんて、後味悪いしね」
笑って、仲間を信じる。
飛び散る血は雪原を染めていく。
交わされる刃と弾丸と魔術と牙。有利な立ち位置を取ろうとする高速の足捌きで降り積もった雪は巻き上げられ、粉となって乱れ散る。その間を縫う刺突や斬撃は閃光となって奔り、弾丸と光りの魔術が弾き飛ばしていく。
後に残り尾を引くのは、鮮血。
「思った以上に避けますね」
牽制の連撃をショートソードで入れながら、清十郎は呟いた。今も、毛を千切る事には成功したが、肌と肉を切り裂くに至らない。回避し、着地した所を狙って長成が魔法を放ち、それが当たるものの、魔法に対しては抵抗力も高いのか、思ったような効果がなかなか出ずにいる。
カオスレートも天寄りのものが多く、攻撃が深く届かない。それは相手も同様。いや、だからこそ。
「貴様等の行為、万死に値する。見せしめ代わりに無様な骸を晒すがよい。我が特に許す」
横へと薙ぎ払ったフィオナの一閃。肉を断った感触。確実な手応え。サーバント達の動きは鈍り始めて、確実に削っていると実感する。
対して、サーバントは撃退士達を削る事が出来なかった。得意とする狐火は、爆発するのだ。接近している相手を狙って使用すれば自分を巻き込んでしまい、遠距離を狙おうとすると接近攻撃が迫る。
魔術攻撃に優れるからこそ、体当たりや噛み付きといった物理の接近攻撃に冴えは見受けられなかった。たた早い。ただ避れる。が、それ以上はない。
身を削り合い、白銀の地平を赤く染めていくサーバントと撃退士達。
「これが戦いなのね‥。私にお似合いの世界なのかしら‥‥?」
疑問のように口にしながらも、ファルローゼは引き金を絞る。援護射撃が飛び、狐の前足に着弾。膝が落ちる。
「今ですっ」
その声が誰のものか理解するより早く、全員が動いた。長成とエヴェリーンの魔術がスクロールより飛び出し、後ろ脚を撃ち抜く。完全に動けなくなった所へ、清十郎と虎葵の刃が交差するように繰り出される。
刺突と斬撃。二振りの刀身は、首と胴へ深く肉へと喰い込み、狐のサーバントの生命を完全に断ち切った。どくどくと鮮血が首を刺したショートソードと、胴を半ばまで切裂いた両手剣の傷口から流れ出て、地に落ちて雪を溶かしていく。
「まずは一体目‥‥っ‥」
その瞬間、安堵したといえばそう。だから、狐は哭いた。同胞であり、片割れを失ったのだと、失意と怒りに任せて。
哭いて、炎の弾丸を作り出す。着弾地点は、自らの同胞の遺体。せめて敵を弔いに送り、自らの手で火葬するのだと、強烈な爆炎が虎葵と清十郎を襲った。
「おのれ、貴様!」
眼前にいた自分を無視して放たれた一撃に、フィオナは怒り、全身全霊の刺突を放つ。刺の圧で雪が千切れるように吹き飛び、それを追って赤い飛沫が舞う。
今ので、サーバントの生命力は確実に消耗した。それも一気に。
「だ、大丈夫ですか?」
狐を相手に牽制攻撃を続け、更に今の一撃を受けた為に負傷の激しかった清十郎にエヴェリーンが回復のスクロールを使用する。治癒を受けた清十郎は残る一体へと駆け寄り、虎葵も治療が必要だったが、構わず後に続く。もう勝利は目の前なのだから。
「終わっちゃいなよ」
長成は口笛を吹くように口にして、再び魔法を放つ。もう避ける力もないのか、受けたサーバント。姿勢がぐらりと揺らいだ。
逃げようと、身を撓める。今や攻撃した所で、自分一人ではエヴェリーンの回復の前では無意味だとようやく悟ったのだが、何時の間にかフィオナがケートの方向へと回っていた。いや、常に退路を断つようにフィオナは立ち位置を確保し続けていたのだ。
「我は」
無慈悲に振り下ろされる刃。裁くよう、断罪するように神の使徒へと下ろされた、騎士の剣。
「神という者がいるなら、我はそれを憎まねばならぬのでな」
狐の首は斬り飛ばされ、戦闘は決着を迎えた。
●新しい年
後日、改めて。
初詣に来た面々は、天魔から巫女を救った撃退士達と歓迎されつつ、祭を楽しんでいた。
「話には聞いてたけど‥‥ジャパニーズの宗教感ってどうなってるのよ??」
ファルローゼの疑問はもっとも。この間クリスマスを祝っていたら、今度は別の神様に祈願している。浮遊している宗教感覚、と捉えたかもしれない。
「まあ、何はともあれ、楽しむんですよっ。ですが、御神籤を引いても文字が読めませんっ、誰か読んで下さいっ!」
対してエヴェリーンは祭りとして楽しむ気が満々で、次は何処の屋台にいこうかと考えている。日本の屋台には、魅力的なものは沢山ありすぎる。
「御守りはやっぱり健康祈願かな。ま、一番大事な事だしね」
「ところでさ、皆何お願いしたの? 僕はま、内緒」
えへへ、と笑いながら、虎葵は問いかけた。答えは長成から。
「娘が無事に過ごせますように、ってね。親としては、それが一番だ」
飄々としていても、長成も親なのだと感心してしまう。
一方、神社の外では。
「何をしている、フラッペ」
「んー‥‥僕はカトリックなのだっ、その辺りはキチンと守るのだっ!」
「いや、そうではなく、なんで神社の外で雪を弄っているのかと」
文化として、或いは心情として馴染めない二人は、神社の外で待っていたのだが、フラッペが雪を集めて何かしている。フィオナが疑問に思っていると。
「よし、これで良いのだっ!」
フラッペが集め、作ったのは雪の狐像。
壊された狐像の代わりにと、綺麗に置かれたひとつ。
新しい年が始まるのだ。