●
朝日が昇る。
闇を払い、廃墟を染めていく光の色は白。
曙光の輝きであり、闇を崩す煌めきだ。
伸びていく光に合わせるよう、凄烈な想いが一振りの刃に映る。
もう誰も死なせない。
月詠 神削(
ja5265)が願うは、ただそれ一つ。
罪の意識、零してしまったあの命の重さ。救助の為の強襲、その開幕を告げる重圧を感じながらも、絶対に救けるのだと想いを込め、迷いなく振るわれる一撃。
霧状に噴出していた月詠のアウルがその一閃で爆散する。暗がりを砕き、爆ぜ破る一撃が騎士と黒豹を襲い、弾き飛ばす。
「いくぞ!」
狙うは電光石化。己は剣ではなくても盾たろうと、物陰から銀騎士へと直進するのは若杉 英斗(
ja4230)だ。
爆散したアウルで切り開かれた銀騎士への道を突き進む若杉。
此処にいる自分達だけではない。学園にいる全員の思いを背負って、若杉は銀騎士の目の前へと駆けていた。
「『せんせー』と呼んてぐれる子がいるんだ」
朝日を背に、アイスブルーの髪が揺れる。
構えられた銃は既に敵を捕らえていた。
「そんな子を放っておいて、夢が教師だなんて言えないだろう?」
決意を秘めたその声はアニエス・ブランネージュ(
ja8264)のもの。
ともすればあそこに自分がいたかもしれない。けれど、今、アニエスは此処にいる。出来る事、すべき事を見据えた眼は、敵手たる銀騎士を真っ直ぐに射抜く。
「返して貰うよ、未来の教え子達をね」
弾倉へと集中するアウル。そしてトリガー。
黒い五月雨の如く放たれた散弾は、光を喰らう闇の礫。盾を構えた銀騎士の全身を打ち据え、動きを止める。
「そこだ!」
研ぎ澄まされた若杉の感は、散弾によるその一瞬の隙を捕えた。
手に装着されたスネークバイトの刃が纏うのは水晶のような輝き。銀騎士の動きを捕え、盾と鎧の間をすり抜けて若杉の刃が突き刺さる。
が、その一撃を物ともせず繰り出されたのは重の斬撃。
燃える白銀のアウルを纏わせた盾で受けた若杉だが、衝撃で骨まで痺れる。
「…っ……上等!」
それでも全ての攻撃を防ぎ切ってせると正面に立つ。それこそが己に出来る事なのだから。
「銀騎士、貴様の相手は俺たちだ!」
黄金の追加装甲を纏いながら、距離を詰めて側面に立つ千葉 真一(
ja0070)。短期決戦を狙い、己の力を闘志を燃やし、身体能力を上昇させているのだが。
「これは、機を逃したか……」
気を練り上げ、次の一撃へと備えていた七水 散華(
ja9239)が舌打ちする。
破軍からの奇襲という形を成立させたものの、先手を取れた有利は自己強化で消えてしまっていた。
ともすれば、そのまま一気に押し込めたかもしれない。だが、銀騎士への攻め手のうち二人が攻撃に回らなかった初手は有効打にならなかった。
その間に態勢を立て直そうとする銀騎士と黒豹。
けれど。
「柳津半奈、参ります」
疾風として駆ける柳津半奈(
ja0535)の姿。手にした細見の剣は漆黒のアウルに包まれている。
狙うは一撃必殺。月詠の破軍で吹き飛ばされ、姿勢を崩した黒豹の頭部へと繰り出される裂帛の射突。
そこにある命を救う為。半奈にとって迷う事は一つもない。ただ、皆に倣うだけの事だ。
全身全霊を掛けて繰り出された一撃は、黒豹の額を貫いてその命を絶つ。身を翻して抜かれるエペ。
「大義に命を掛けた。そして、私達もそうするだけです」
半奈へと飛び掛かって来た黒豹を迎え撃ったのは鴉守 凛(
ja5462)の斧槍だ。上段から叩きつける剛の一撃に身を深く裂かれ、黒豹の動きが止まる。
「柳津さん、あまり離れ過ぎないよう……」
地を打ち、轟音を響き渡らせる凛の一閃。
少しでも敵を引き寄せたいと凛は思っていた。
誘き寄せた分だけ、四人の救助が楽になのだから。
「もっとも」
そして黒豹を引き付ける役を負う三人の少女の一人が腕を翻した。
「ボクが救出に加わるのだからね! 皆、助かる運命に決まっているさ!」
揺るぎない自信と共に断言するのは神崎・倭子(
ja0063)だ。ジャマダハルで肩を斧槍で叩き割られた一匹の喉を裂き、トドメを刺している。
「さあ、半奈嬢、凛嬢。気合を入れていこうか。思ったより相手は早いようだ」
芝居がかった様子で、けれど同時に何処までも真剣に神崎は口にする。
「少しは引き付けなければなりませんからね」
襲い掛かってきた黒豹の牙をあえて避けず、鮮血を流す凛。
代わりに斧槍を旋回させ、周囲の瓦礫を破壊しながら凛は呟く。
轟いた爆裂音と破壊音、そして鮮血の匂いに、想定されていたより早く、そして多くの気配がこちらに向かって来ていた。
「……全力攻勢に出るのみです」
迫りくる数多の気配。それらを迎え撃つように、半奈のエペが上がる。
●
じりじりと後退する銀騎士。
その側面へと張り付くと、短剣を滑らせる月詠。盾の防御の範囲ではなかったが、籠手で受け止められ、赤い火花が散る。
「…っ……堅い、か」
動きは鈍重。だが身を固めた鎧と盾で全てを受け、弾き飛ばそうとする銀騎士。
重装歩兵の鑑とでもいうかのような、重さと堅さを活かした戦い方。
盾を構えた隙間から、正面に立つ若杉へと刺突が放たれる。
「……ぐっ……」
ただ只管に重い刺突は防御の構えを崩し、若杉へと刃が突き刺さる。
自分が皆の盾となる。その若杉の思惑は常に正面に立つ事で成功していた。問題は敵手の方が防御と攻撃、両方で若杉を凌駕しているという事。
反撃で繰り出したスネークバイトだが、相手の盾で弾き飛ばされる。
だが、若杉は盾。剣は、他にいるのだ。
「ゴウライソードっ!」
千葉の手にした蛇腹剣のワイヤーが緩められた。割れるようにして伸びる刀身を肘と手首の動きだけ制し、勢いを付ける。
それを防ごうと盾を掲げた所へ、アニエスの銃口が向けられた。
「君を倒してもまだ半分なんだ。早く倒れてくれないかな」
モノクルをつけた眼は冷たい。
憎むべき相手。だが、するべき事は見失わない。全員で勝つ。
その為はこの相手の体勢を崩し、攻撃の機会を作る事をアニエスは優先する。
盾へと放たれる闇の五月雨。散弾を打ち込まれて、盾の動きが止まり隙が生まれる。
「ビュートモードだ、喰らえ!」
鞭のように撓り、加速して宙を奔る刃。銀騎士の肩へと叩き込むように繰り出された一閃は甲冑を切断し、内部の肉まで届いている。
「ユウ(ja0591)先輩は助けるっ、このゴウライガっの名にかけて!」
引き戻される蛇腹剣。同時、銀騎士の背を衝撃波が撃つ。
「この依頼、僕の為にもやり遂げる……!」
繰り出されたのは錬気を経て、威力を増加させた散華の飛燕。鎧が歪み、内部で肉を撃つ音が響く。
大罪と贖罪の道。その内容は散華にしか解らない事だ。
けれど、此処にいる散華という仲間は助ける為に力を貸してくれている。それだけは確かで、皆に伝わる事。
「集まってきたか。なら……!」
ちらりと月詠が黒豹を抑える神崎達を見れば、既に七体もの黒豹と交戦を繰り広げている。
突破される心配はない。それだけの戦いぶりを、彼女らはたった三人で繰り広げている。
ならば、その助けともなる一撃を。
「もう一度いくぞ!」
噴出される霧状のアウル。月詠が刃を閃かせると爆裂し、銀騎士と二体の黒豹を巻き込む破軍の一撃。
十分な威力に銀騎士が怯み、一体の黒豹が吹き飛ばされて起き上がらなかった。
●
それでも対峙する黒豹の数は六体。
凛達の倍の数。更に遠くから迫ってくる気配もする。
「……これは、引き付ける必要性はなくなりましたか?」
斧槍を旋回させ、その勢いを載せて上段から斬り付ける斧刃。多数を纏めて薙ぎ払う事は出来なくとも、轟音が響き、敵が大きく避けて呼吸を落ち着ける隙が生まれる。
「これで確認したのは十体ですね。報告によれば、後三体ぐらいは何処かにいる筈ですが」
繰り出された爪で腕を切り裂かれながらも、神崎へと牙を向いた一体の足へと切っ先を滑らせる半奈。
軸としていた足を貫かれ、攻撃を外す一体。
が、残る五体の爪牙が神崎と凛に襲い掛かる。
「っと、でも、まだまだ倒れる訳にはいかなくてね!」
「ふふ……他の方を助ける為なら、苦戦も悪くはありませんよ」
カイトシールドで連続で飛び掛かってくる黒豹を弾く神崎に、防壁陣を展開させ、アウルの壁で爪牙を阻む凛。
盾と壁で守り切れなかった部分から血が滲む。
だが、此処で倒れる訳にはいかない。
凛が感じたのは、闘争への渇望の熱か。それとも……。
「柳津さん!」
自分でもそれが何であるか判断する前、半奈へと飛び掛かった黒豹に体当たりをしかけ、攻撃を止めさせる凛。
爪が肩に食い込んだが、気にしている余裕など、ない。
「仕留める…!」
天を滅する影を纏い、黒の疾風と化して翻る半奈のエペ。再び頭蓋を貫き、必殺の一撃を見舞う。
「さてさて、攻め手をなんとかして守らないとね」
「……私としては、相打ちでも構いません」
言葉通り、カオスレートを変動させた半奈を守るように背を合わせる神崎と凛。
盾で弾き飛ばし、相打つように突き出す斧槍。
細き刀身はただ早く黒豹の肉を抉り、長大な斧槍は叩き切って捨てていく。
五体から減じた黒豹を畳み掛けるよう、神崎のジャマダハルが振るわれて、血が飛ぶ。
爪と牙、刃と長柄。切っ先と盾。
加速していくように閃光は重なり、鮮血はとめどなく零れていく。
誰が傷ついて、何へ攻撃を送っているのか解らなくなる。
白熱する思考と闘志。
それでも。
「止まる訳なにはいかないんだよね」
「貫く……それのみです!」
更なる増援の気配。
だが、半奈は思うのだ。目的が果たされるまで後退など許されない。
その覚悟が仲間を救う、この戦場に立つ資格だと認識するからこそ。
「躊躇いなど半端なもの、私にありません!」
最後の滅影を発動させ、必殺の黒の刺突を繰り出す。
最初の作戦説明の際の十三体を超える数が現れ始めていた。
それでも、退けないのだ。
●
振われる刃は火花を散らして盾と鎧を削り、繰り出される蹴撃は金属板をも凹ませる。
が、反撃の重い斬撃は若杉をして止めきれず、不死鳥を発動させ傷を癒す彼の代わりに月詠が正面へと立っていた。
激しき戦いは共に消耗を強い、どちらが相手を削り切るかという戦況へと転じていた。
速攻を狙えばこその、削り合い。
撃退士達は最低限の防御で、この銀騎士の鉄壁と戦っていたのだ。
だが、ついに膠着は崩れる。
「そこだよ」
散弾を吐き出すアニエスのショットガン。それは月詠の短剣を受け止めた盾が僅かに浮いたのを見逃さず、銀騎士の腕へと叩き込まれる。
その衝撃に耐えきれず、虚空へと吹き飛ぶ大盾。
盾による受けは、これで不可能。
「貰った!」
出来た隙を見逃さず、体内でアウルを燃焼させた散華が目にも止まらぬ高速の上段足刀を放つ。
兜越しとは言え強烈な一打を叩き込まれ、姿勢を揺らがせる銀騎士。続いたのは若杉のタックルだった。
盾ごと低い姿勢で相手へとぶつかり、相手の重心を崩す若杉。彼の攻撃力では姿勢が崩れても、銀騎士は打ち貫けない。
それは解っている。そして、理解している。
彼は盾。矛は、別の仲間。
「いまだ!!」
「解っている!」
千葉が燃焼させるのは莫大なアウル。それは焔の翼のように背中から吹き出し、急激な加速と純粋な破壊力を千葉へのものとする。
さながら、赤き奔流は燃え上がる恒星の如く。
「ゴウライ、流星閃光キィィィック!!」
地から空へと逆さまへ流れる蹴撃。残像さえ見せない神速の一撃は銀騎士の兜ごと頭部を砕き、その動きを停止させる。
瞬間、霧散する何か。残身と呼吸を付く千葉を置き、月詠は駆ける。
「撤退しつつ、残る敵を引き付けるぞ!」
「あ、ああ……!」
続く若杉も無事とは言い難い。
だが、此処で彼らがどけだけ敵を引き付けられるかが、後に響くのだ。
誰を、いや、全員を助ける為に。
●
「後退、かなっ」
殿を担当する月詠と若杉の到着と共に、退路の先陣を切るべく神崎は駆け抜けていく。
その背中が残していくのは、金色のオーラ。全ては夢と舞台、主役は彼女。神崎へと意識を向けさせる為のものだ。
「出来れば、もう少し引き付けたいのですが……」
負傷に応じて喜び、そして戦意を引き上げていた凛。だが、意志で保っているだけで、彼女もまた限界だった。
中衛へと移動し、遠くを眺める凛。
「皆……無事だと良いですねえ……」
「その為に此処まで来たんだ。後は最善を尽くすのみだってな」
同じく中衛である散華が口にし、敵の数をカウントする。合計、後七体。
「何体倒したんだ、お前達」
「八体は倒した筈です。いえ、九体は、ですね」
それは報告よりも多い数。
だが微塵も恐れも動揺も見せず、半奈は返していた。
手にしているのは細き剣。何時折れるかもしれない、頼りない刀身だ。
傷も負い、最早無傷ではない。これからこの数相手に撤退戦を演じなければいけない。
それを不安だと言う余裕もない。
けれど、ただあるのは一つの覚悟。死を視る事帰するが如く。唯、無心で貫くのみ。そして、帰る為の道を切り開くのだ。
「さあ、早く撤退するよ! 勿論、出来るだけ引き付けてね!」
そんな半奈の傷を癒す、アニエスの応急手当。文字通り気休め程度の治癒だが、それが有難い。
止まった血と痛み。後退しながらエペを振るい、脚を縫い止める半奈。
更に月詠が、黒豹が集まった場所へと破軍を叩き込む。爆裂の風刃に纏めて薙ぎ払われる四体と、サーバントの死体。
血の袋となっていた死体はそれで爆ぜて、辺りに血をばら撒く。
「これで、多少は更についてくるだろう?」
救えないだとか、自分のせいで死ぬ人間はもう見たくないのだ。
月詠は、その為ならば死力を尽くす。
「不死鳥モードは切れた、か。まあ、後は気合で守ってみせる!」
爪を振るってきた黒豹へと、返しでスネークバイトで肩を切り裂きながら同じく後退する若杉。
その三人へと応急手当を施し、多少なりとも回復させるとアニエスがショットカンを発砲。半奈へと迫っていた一匹を吹き飛ばす。
「同じ相手に、二度遅れは取れないんだよ、ボクは」
下水道施設から、撤退が開始された気配を感じ、ただアニエスは四人の無事を祈る。
敵は、引き付ける。だから、と。
前方を警戒する神崎と千葉が敵影がない事を告げ、散華もまた両側面の安全と、敵が完全についてきている事を知らせる。
「帰りましょう。誰一人、欠けず」
十三体と見られていた黒豹。だが、半奈や月詠、アニエスと若杉の迎撃により、合計で十八体もの黒豹を誘い出し、撃破するに至っていた。
身体は深い傷を負い、余裕など何処にもないが。
朝日は昇っているのだ。
学園ではもう一限目が始まっているだろう。
そう。
あの学園で再び皆と逢い、顔を合わせて、笑おう。
不安と恐怖の闇は、朝日によって崩れるのだから。