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此処でまた一つの戦いが始まるのだ。
原因など遠い昔に忘れられている。手段も選ばれず、その戦いに身を置くものは、ただ、ただ一つの事を求めていた。
元々あった形など忘れている。
常識など此処にはあってないようなもの。
――此処は久遠ヶ原学園。
人の常識など、一瞬で掻き消える魔境故に――
夏の風を受けながら、ふむふむと権現堂 幸桜(
ja3264)はルールが纏められた本を閉じた。
「成程、面白そうですね♪」
既に感覚の狂っている幸桜だった。
バスケットボールに留まらない。格闘を取り入れた球技など本来は存在しないし、あってはいけない。
そういった一般常識を吹き飛ばすかのように輝くのは、幸桜の手に持たれた鉄のスパイク付きの鉄球である。
床へと試しにドリブルをしてみれば、重音を轟かせながらもしっかりと跳ねている。
外見を見れば、男装をした少女が鉄球で毬をついているようなものだ。
その中身の真実は更に恐ろしいものだが……。
「すごい、ばすけ、とけどげだーっ」
と、きゃっきゃっと嬉しそうにはしゃぐ水尾 チコリ(
ja0627)。幼い彼女がこの球技祭をもっとも純粋に過不足なく表しているかもしれない。
「演技としてスポーツはしたことはあるけど、実際にやるのは初めてね。うまく魅せれるように頑張りましょう」
「うっしゃ、頑張って楽しんでこー! やでー♪!」
ユニフォームに着替えた簾 筱慧(
ja8654)に、亀山 淳紅(
ja2261)もその光景にツッコミなどしない。
些細な事など気にせず、ひたすらに楽しむ気である。
これが久遠ヶ原の学生である。
青春は何処までも走り抜けるもの。そのカタチなど些細な事だ。
「バスケは久々さ。けど、こんな形のボールは流石におれでも初めてみたけれど、なんとかなるさっ」
猫のように背を伸ばす与那覇 アリサ(
ja0057)。彼女の言う通り、久遠ヶ原では、こんな形のボールでもバスケなのだ。
「身長が低くてバスケになかなか入れなかったけれど、ようやく公式なバスケの試合に出られる……!」
「チコもまけてられないんだよっ」
こんな変則試合を公式と思う淳紅に、幼いチコリ。これが一般的であると思って貰っては将来が不安になるが、きっと大丈夫である。
元から人生に保険などついていないのだから。
なるように、なる。
そうして、着替える為に遅れて登場したのは高瀬 里桜(
ja0394)だ。
「じゃーん!」
そう口にしてコートに現れた里桜の頭には魔女帽子。さらに着ているのはユニフォームではなく、ふんわりとした魔女っ娘衣装だ。
何処かで見た覚えがあると思えば、何処かの教師のものに似ているのだ。
「やるからには勝つよ!」
動き辛そうに見えるが、撃退士にはそんなことは関係ない。きっと常時展開し纏っているアウルが気合や精神状態の高揚に合わせて身体能力も向上させるのだ。
そんな研究結果があった気がする。気のせいかもしれないが。
そんな形で、最早常識が何処にもないコートの上で始まる試合。
六対六、格闘ありの変則バスケ。
果たしてそれはどうなるのか。
少なくとも、真っ当な試合にならないという事だけは確信されていた。
●
試合開始のホイッスルが鳴る。
高く上げられたボールを追うのは、筱慧と幸桜だ。
「……っ…!」
身長差に加え、瞬発力と跳躍力に優れる筱慧がボールを弾く。
落ちたボールを追い、手にしたのは与那覇。先行は白チーム。
「さあ、チバッテいくさ!」
ドケドケのボールでドリブルしつつ、味方の配置と敵の反応を見る与那覇。前へと駆けるとフェイントを入れ、連携を取る白ルインズにパスを。そして更にそこからチコへ、筱慧とパスが連続で飛ぶ。
ボールを長く保有していれば攻撃が飛び、危険だと判断だったのだろうか。
だが、それ故に意図せずに一つの戦術を形作っていた。
繰り出されるのは高速のパスワークによる速攻。
一般的に撃退士の身体能力は最低でもオリンピックの選手並みはあるという。
それに加え、アウルを燃焼させ加速や身体能力を向上させる技術、スキルを使わなくとも、呼吸や意志に合わせて彼らを強化される。
そう、これは超人の領域にあるもの達のバスケだった。
閃光と化して行き来するトゲ付き鉄球。
鈍い色の軌跡を追い、カットをしようとする里桜達も、開幕直後の動きについてはいけない。
インサイド、そしてゴール下まで踏み込まれるまで十秒とかからなかった。
縦38m、横15mのコートは、撃退士にとって狭すぎる空間だったのだ。
「いっくよー!」
回されたボールを嬉しそうにバウンドさせながら駆け抜ける小柄なチコリ。小さく、そして素早い動きで翻弄され、赤チームのルインズが抜かれる。
小さいが為にその動きは止めにくい。
だというのに。
「だんくー!」
疾走した勢いをそのままに跳躍。小柄な少女であるチコリが、3mの位置に設置されているゴールに届く程に高く飛ぶ。
そしてそのまま勢いに任せてのハンワンドダンク。
ゴールを揺らし、叩き込まれたボール。先制点だ。
「一気に取り返すよ、止まらないでっ」
ならばと反撃の狼煙を上げる赤チーム。
ふわりとした魔女っ娘衣装を翻して、里桜がドリブルで切り込む。
その眼前に立ち塞がったのは筱慧だ。高さと大きさの圧力で止まりかけるが、即座に魔力を付与したパスを行う里桜。
魔力が付与されれば高い回転を得るのがこの特別製トゲトゲ鉄球。白のルインズが手を出したが、その回転と重さで弾かれてダメージを受ける。
ボールを武器のように扱うのであれば、カットしようとすればそこでダメージを受ける。
そしてボールが送られたのは、ハーフラインを越えた位置にまで辿り着いていた淳紅だ。
回転を両手で受け止めると、即座に一歩後退。プレッシャーを掛けに来た白忍軍に先んじて一歩下がる。
「……っ…」
放つのは、魔力を送り込んで高速回転を掛けたロングレンジシュート。
ハーフラインからのシュートなど普通は決まらない。だが、此処は久遠ヶ原学園。出来ると信じる事こそが、何よりの力となる。多分。
ゴールボードに衝突し、リングに触れ、ネットを揺らして入るロングシュート。
「よし、逆転やっ」
「なかなかやるわね、けど、まだ始まったばかりよ」
スローインされたボールを受け取り、筱慧が呟く。
まだまだ互いに様子見をしている段階。細かくパスを回し、攻撃されないように様子を見ている。
だが、猛撃とも言える攻撃は止まらない。
再びインサイドへとパスワークと共に雪崩れ込む白チーム。
速度に緩急を付けて飛び込んだ与那覇がクイックシュートのフェイントをかけ、飛び上がったブロッカーの下を通したパスを受け取った筱慧が再びゴールへとボールを叩き込む。
「幸桜ちゃん!」
長距離シュートを撃つと見せかけて、相手コートへと走り抜けていた幸桜へとパスを送り込む淳紅。
受け取った幸桜は与那覇の攻撃を避けつつ高速で駆け抜けて、白チームルインズの攻撃を避けると空中へと飛ぶ。
「甘いですよ!」
そのまま叩き込まれる豪快なダンク。
華奢で可憐な少女の外見をしている幸桜だが、そのプレーはパワー重視のものだった。
取って、取られて。
まだこれが様子見だと言うのかというような高速プレーが続く。
赤 チームの遠距離シュートはハーフラインを越えて隙あらばと投げ込まれ、逆に白チームはその素早さで斬り込んで内側からボールを叩き込んでいった。
スコアは常に変動し続け、数字は30秒も待たずに増え続けていく。
第一クウォーターと第二クウォーター終了時、既にスコアは白七十八対、赤八十六。
脱落者はいない。
●
「さあ、遊ぼうさ」
その声と共に始まった、第三クウォーター。
「全力でパスするから、気合入れてとってね!」
全身全霊、里桜の魔力を込めて放たれるトゲトゲ鉄球。機動力で負けるなら突き破るのみと、カットしようとした白インフェの手どころか、腕を弾きながら飛びゆくパス。
攻撃といっていいものだった。
「さ、流石に重い……っ…けど!」
回転するボールを受け止める幸桜。が、目の前には彼を抑える為に与那覇と白のルインズの二人がいる。
インサイドを受け持つのは基本として幸桜一人だけだ。だからこそ、彼を止めれば外から攻めるしかなくなり、赤チームの勢いは失われてしまう。
だからこそ、止まれない。
「……鉄壁のコハルと呼ばれる理由を教えます」
だむ、と一際大きな音。
正面から突破しようとする幸桜。小細工なしの突進に、二人が咄嗟に迎撃の攻撃を送る。
肘と膝での攻撃を受けて苦しい息を漏らしながらも、跳ね飛ばすように幸桜はマークを突き破った。
「ゴールごとぶっ壊してしまおう♪」
物騒な里桜の声援を背に、叩き込むポースハンドダンク。砕け散る事はなくとも、軋み傾むくゴール。
「あれ、力入れ過ぎました……?」
が、中断のホイッスルはならない。この程度は問題なしと判断されたのか続行する試合、一瞬の隙を突いて与那覇がボールを持って駆け抜ける。
ドリブルの轟音と共に即座に相手の陣へと斬り込が、即座に壁として立ちはだかる赤ルインズ。
「頼むさ!」
止まる訳にはいかず、また、被弾も危険。攻撃を受けない為にショートパスを筱慧へと送る与那覇だったが、その間に影が走る。
「貰ったよ!」
魔女っ娘衣装をはためかせて間に割って入った里桜。シュートの姿勢に入った彼女を、与那覇と筱慧が高さを活かして止めに入るが、間に合わない。
「今度こそ、壊れろっ!」
何か違う気合を込めて放たれる魔力を帯びたトゲトゲ鉄球。二人の指を弾き飛ばし、飛翔する鈍色の塊。
高く飛び、落下――ハーフコートラインの向こう側から投げられたそれは、ゴールボードに直撃。ネットを揺らすゴール音と共に、破砕音が響き渡る。
加え、今の一撃で耐久力が限界を超えたのか、傾いで倒れるゴールの鉄柱。
「よし、壊れたよ。これで追加点数入るかな?」
「え、すごい。ついかでてんすう、はいるの?」
3Pシュートとして加算されたものの、流石にゴールを破壊したからと追加点が入る訳もなく、一時中断となる試合。
開幕と同時に駆け抜けるチコリ。陣奥まで一気に踏み込むとアリウープで点数を返した。
インサイドに踏み込んだ白チームを止めるのはやはり至難の業だった。
だが、此処で淳紅が掛けに出る。
溜められた魔力と腕力。自分ゴール近くからの為、目標のゴールまでは三十メートル以上は開いている。だが、そんなものは問題ではない。
必要なのは自分を信じる力。そしてどんな状態でも楽しむ力なのだから。
渾身の魔力と力で放たれる超ロングレンジシュート。
一直線に飛ぶ一閃。空気を裂く音が高く聞こえ、そして落ちる。
リングにひっかりながらも、そのゴールの中へと。
「何処にいてもシュートは入れてみせるで!」
歓喜の声を上げる淳紅。味方からも歓声が上がるが、それで意志が折れるような相手ではなかった。
「魅せるのも大事。試合とはいっても面白くさせないとね?」
ボールを受け取った筱慧もまた、自陣地内からの超遠距離ショットで返したのだ。高い放物線を描く軌道。一瞬時が止まるような緊張が走る。
だが、回転をかける為の魔力が筱慧には足りない。
ゴールボードに当たり、跳ね返るボール。幸桜が跳躍してキャッチし、再び攻めようと視線を動かした時。
「隙ありさ!」
着地した瞬間を狙った与那覇の手が閃く。
リバウンドで確保した筈の幸桜のボールが叩き落とされ、拾うチコリ。
「たたきこむのっ」
身長さに臆せず跳躍するチコリ。再び対応する幸桜がダンクを叩き落とすが、そのボールの向かった先には与那覇がいた。
クイックリリースされる与那覇のシュート。
反応は間に合わない。
「貰ったさ!」
ゴールネットを揺らし、スコアを重ねた白チーム。
それと同時に第三クウォーターの終わりを告げるホイッスル。
小手調べは此処まで。
後は誰が倒れ、誰が残るかというサバイバル。
消耗はあり、怪我もある。そして手の内も殆どが知られてしまっている中、果たしてどうするのか。
「感覚は取り戻してきたさ。さぁ、行くさ」
与那覇が不敵に笑う。
「……っ…!?」
里桜の同様は当然だったかもしれない。
第四クウォーターから白チームの動きが途端に変わってきたのだ。
再びロングレンジシュートの為に入った所を筱慧が掌底で打撃を与えて止めると、転がったボールをチコリが拾い上げて突き進む。
小さな身体はただでさえ止め難い。珍しい形のボールでドリブルするのが楽しいのか、笑いながら駆ける姿に疲れは見えない。
「止めますっ!」
与那覇のマークについていた幸桜がフォローに回ろうとするが、遅い。アリウープによって揺れるネットと、チコリの楽しそうに声が響く。
対する赤チームは攻めあぐねていた。
アウトレンジシュートを得意とするが、その為の隙や溜める時間がない。となればインサイドの幸桜に頼るしかないのだが。
「幸桜さん!」
「…っ……と、残念さ!」
殆ど視界に入っていなかったであろう高速パスを、勘のみでカットし受け止めた与那覇。ダメージは気にしない。
そのままゼロからマックスへと加速して幸桜を振り切ろうとする与那覇に追い縋る幸桜。
「僕を抜けると思ったのですか! ……って…!?」
ゼロからマックスへと急加速を見せた与那覇が、今度はマックスからゼロへの急制動を掛けたのだ。まるでカモシカのような強靭な太腿が成せる強引で型破りな動き。
そのまま横へステップを踏んで幸桜を抜くと、ゴール目前までドリブルで斬り込む。前に赤チームの二人が飛び込んできたが、彼女を止めるには至らなかった。
投げられるシュートの軌道は出鱈目。
下段から救い上げるような型破りなフォーム。けれど、まるで奇術のようにゴールへと吸い込まれてくボール。
「は、反撃や!」
それらが繰り返され、リードしていた点差がなくなって来た赤チーム。序盤個に目立たず手札と体力を残していた白が、此処に来て一斉の攻めにかかったのだ。
「……しまっ…!」
淳紅の放ったシュート。が、焦りによって外れたそれは、待ち構えていた筱慧の手に収まり、再び高速のパス回しで運ばれる。
「逆転っ!」
そしてついに逆転となるダンクがチコリの手によって叩き込まれた。
終わりまでは近い。が、赤チームが連発した遠距離シュートは警戒され、プレッシャーをかけられ続けたせいで外れ初めていた。
そしてそれを拾う筱慧が、チコリと与那覇へと繋げる。
何とか内側からも点数を取り、そして守ろうとインサイドで孤軍奮闘する幸桜だが、限界だった。
「楽しさかったさ、またやろうさ?」
与那覇は自分をマークしていた幸桜の肩を踏むと跳躍。
そして、リングが歪む程の強烈なダンクを決めて。
白の勝利を告げるタイムアップの笛が鳴る。