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マスター:燕乃
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:10人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/07/06


みんなの思い出



オープニング

●封都へと挑む
 斡旋所を訪れた学生達に紹介されたのは、封都への救出依頼。
 大会議室のモニターには煌々と京都の地図が映し出されている。
「あの戦いの後、救助依頼が幾つも行われました。そして、確かな成果を得ております。
 救助された方の証言や手に入れた資料から、一つの情報が浮き上がりました」
 説明するのは観月 朱星(jz0086)だ。指の動きと共に、京都駅周辺が拡大される。
「京都駅地下街に大規模な収容所があり、百名程度の人間が確保されているとのことです」
 ですが、度重なる救助に向こうもこちらの動きを警戒しています。
 この収容所についてもいつまで使われるか分かったものではありません。
 緊急の懸案として教師達数名で検討の上、作戦を決定。
 学園の正式な許可を持って生徒達で任務にあたることとなりました」
 具体的には、複数の班に分かれての行動となるそうだ。
 正午から行動を開始し、まず陽動班が京都駅付近で戦闘を起こし敵をひきつけ、手薄になった間に突撃班が地下街までのルートを確保する。
 救助班は人員救助を行い、地下鉄の車両を確保して人員を乗せる。
 退路確保班は線路の確保を行い次第、車両を発進。
 その後は、結界外で外部の撃退士が待つ場所までを走り抜ける。
 各班は基本的には独立した行動を行うことになるが、行動の結果は他の班に影響するだろう。
「勿論、天使勢が見逃す謂れもございません。
 時間をかければ何らかの行動を起こすでしょう。
 動く可能性のある情報として得ているのは、米倉創平です。
 彼が現れるまでに作戦を終えることが肝要かと」
 確かに彼が干渉してくることは考えられる。
 そうなれば多数の一般人を抱えて戦いきるのはほぼ不可能に近い。
 使徒が気づき、行動を起こすまでの猶予は精々が三時間程度だろうとのことだ。
「多くを賭ける依頼であると思います。皆様のどうかお心の侭に」
 背筋を正し、観月は一礼する。




●久遠ヶ原学園・依頼斡旋所



 京都は天使の結界に覆われ、サーバントに守られた都市。
 であれば、当然のように大規模な作戦を取ろうとすれば戦闘は避けられない。
 大人数を救助する為に大人数の撃退士が必要となるのなら、隠密行動での接近は無理といって良い。
 進行を妨害し、逆に押し返そうとするサーバントも現れるだろう。その為の布陣を相手はしているだろう。激戦は避けられない。
 だが、負傷した身で救助と退路の確保までは出来ない。
「だから君たちの出番だね。切り込み、こちらの妨害を行うサーバントを可能な限り撃破する。それ君たち突撃班の役目だよ」
 そう告げるのはミリサ・ラングナーだ。
「結界を開いてこちらが進行を始めれば、何もしなくても敵サーバントはこちらに来るだろうね、物音や匂いを嗅ぎつけて。どうやって引き付けるかは心配しなくて良いよ。そんな余裕は、ない」
 解説を続けるミリサの表情は真剣そのものだ。
 事実、この作戦は敵陣に乗り込む行為であり、危険性は恐ろしく高い。
 だが、これも必要な作戦分担。
 どうしても戦闘が避けられないのであれば、敵の防衛陣を切り開いていくまで。どの道京都駅まで移動するのであれば、その為の安全な道を作る必要も出る。
 突撃班が攻め入り、敵を倒せれば倒す分だけ後続は戦闘面での負担が楽となる訳だが。
「……ただこの依頼は危険だよね。敵の数はこちらの倍どころじゃないだろうし、時間が立てば立つ程相手は集まってくる。けれど、これはチャンスなんだ。あの時、助けられなかった沢山の人々を救う為の」
 だから危険を冒してでも進む理由があるというミリサ。撃退士であるならば、人の命を救う事こそ本懐でもあるだろうと。
「作戦の目標地点は京都駅地下口。そこまで君たちは突撃班として切り込んで貰う事になるよ。ただ何も京都駅からずっと戦う必要はないだろうし、途中までは潜入しながらでいいと思う。戦闘は避けられなくなってから。同時に動く遊撃班があるから、多少は数が少なくなるだろうけれど、敵の数、質、共に舐めない方が良い。帰りは他の班が担当するから、君たちはただ全力で活路を開いて」
 そこまで救助班、並びに退路確保班を消耗させずに通す事が突撃班の目標。逆に言えば、突撃班が途中で戦闘続行不可能となれば救助・退路確保班が道を切り開く事になる。
 そうなってしまえば、後続部隊にも負傷が出て、生命力が減少している状態で彼らは彼らの作戦に挑むこととなってしまうだろう。
 そして、道は遠い。結界内部の為、相手の布陣や迎撃態勢がどのようになっているかは解らないが、地図を見る限り戦力を集めて待機させるに適している場所を三か所通らなければならない。ほぼ確実に、此処に相手は戦力を集めて待機させているだろう。或いは、進行があればそこに戦力を集結させる。
 つまり、最低でも三度は大きな防衛線を突破しなければならないだろうという事。
「素早い切り込みと、倒れずに戦い続ける継続戦闘能力の両方が求められる作戦な訳だね」
 前のめり戦えば敵の数に飲まれて潰される。だが戦力を温存しようとすれば、逆に届かずに時間だけがかかってしまうかもしれない。
「君たち突撃班が前を進む為、君たちが戦い続ける限り後続の班へとサーバントの攻撃はないものと考えて貰って良いだろうね。あくまで君たちをサーバントは狙ってくる。そして、君たちが戦闘の要だよ」
 だから、と。
「京の都、取り戻せなかった人々の事をお願い」
 その刃にかけて。
 その弾丸のひとつひとつに想いを込めて。
 再び戦場を駆ける救いとならんと。
「もう一度、天界に対して人の強さを見せに行こう」


リプレイ本文


●道行く者


 あの時、どれだけ救えなかった命があるだろう。
 届く所にあった筈なのに、掴めなかった多くの手。
 確かに動乱と呼ぶには相応しい激戦だった。救える限界はあって、あれ以上の救助は自分達撃退士の身をも危うくしていただろう。
 けれど、猪狩 みなと(ja0595)はそれが悔しくて、悔しくて仕方がない。
 後一歩で救えただろう。その一歩を踏み出せなかった自分達が悔しい。
 二度と、あんな思いはしたくないから。
「……必ず道を切り開いて見せる」
 結界の中を隠れて進む中、御影 蓮也(ja0709)が口にした。
 この閉ざされた街の中から、少しでも多くの人を救い出す為に。御影の振るう剣が、人々を絡め捕る天界の鎖断つ刃となるように。
 勝利したとは決して言えないこの京都。
 文字通りの戦場跡のような有様。写真や物語の中でのみと思うような荒れ果てた姿を晒していた。人々が作り出したものなど、天魔の手が触れれば紙細工のように脆く壊れるのだと。
 だからこそ、紫ノ宮莉音(ja6473)は気合を入れる。この現実を過去にせず、まだ救い出せる人はいるのだと言い聞かせるように。
 まだ、負けてはいない。
「運命を無理やりこじ開ける役、かぁ」
 自分のミス一つで多くの命が失われる事となる。その事実を理解して、並木坂・マオ(ja0317)は自分の頬を強く叩く。
 此処で下がる事など出来はしない。
 それは鳳 優希(ja3762)も思う事。
 望みを託され、次へと繋ぐ事が今回、自分がすべき事だと眦を決す。
 最後まで戦い続ける。胸を張って、笑って帰る為に。
 それらは正しき祈り。そう思うからこそ、死地と解っている戦場へと臆す事なく、それを誇りとする騎士としてサー・アーノルド(ja7315)は身を、剣を、魂をこの戦場へと捧げる。
 全ては、救い出す為に。
 曇天の元、結界に覆われた街では、狼の咆哮が響いていた。



 阻霊符は便利ではあるが、今回はそれが裏目へと出ていた。
 天魔にとって、透過能力とは呼吸するに等しい能力であり、意識するまでもなく使っているもの。それが阻霊符によって唐突に使用出来なくなったのであれば、その異変に気付くものも現れるだろう。
 戸惑うような、或いは警告を促すような灰色狼の咆哮が周囲に響いていた。
「……幸い、『何が起きているか』を理解する程の知能はないか」
 天羽 流司(ja0366)の言う通り、知能の低いサーバントでは不思議な事が起きている程度の認識しか出来ないだろう。これが上位の知能あるモノなら話は別だろうが。
「なら……練ってきた作戦を実行するだけだ。それを遂行するだけ……」
 声に出してまで天羽が己に言うのは、大規模とはいってもこの人数故の不安があるからだろう。
 敵陣へと入り込み、切り開いていく。
 それをたった十人で行うのだ。非常に危うく、けれど、これ以上の人数で敵に捕捉される可能性が出てくる。
 ならば行動は速やかに。
 それがどんなに危険だとしても、だ。
「目標は京都駅地下入口。天国ならぬ地獄巡りって所だが――何としても辿り着こう。絶対に」
「後のことを考えると、我等が使えるのは1時間といったところであろう。押し切るしかないな」
 後衛を中央に囲う円陣。その前方を担当する小田切ルビィ(ja0841)とフィオナ・ボールドウィン(ja2611)も応える。
 周囲を警戒し、フィオナは手鏡で物陰や曲がり角を確認しながら、ルビィが最終確認を告げる。
「阻霊符で相手が動き始めてしまっているが、迅速な襲撃、強襲というもともとの形で問題ないだろう」
「ようするに、ひたすら突き進むしかない訳ね。……下手に止まっていたら、横手から襲撃を受けるかもしれないし」
 神埼 晶(ja8085)の言う通りである。フィオナもまた、後続の事を考えれば自分達が動けるのは一時間程度との見解だ。
「まあ、今さら怖いとか言えないしね。……っ…」
 天羽が口にしているのを遮るように、フィオナがハンドシグナルを送る。手鏡で見た瓦礫の向こうでは、一体の灰色狼がふらふらと彷徨っていた。
 こちらに気付いた様子はない。ならはだ。
「……行くわよ!」
 真っ先に飛び出したのはマオと神崎たせ。
 神崎の前蹴りが胴へと突き刺さり、動きを止めた所へとマオの回し蹴りがその脚部を圧し折った。
 続くルビィのブラストクレイモアが振り下ろされ、重の斬撃で頭部を二つへと両断する。
 仲間を呼ぶ暇を与えない電光石火の攻撃。
「私の華麗な蹴り技が見れたんだから、悔いはないでしょ」
 ふん、と満足気に鼻で笑う神崎。
 この人数の撃退士が揃えば、確かに下級サーバントなど敵ではないだろう。
 

 だが、それは一体や二体ならばだ。


 幾度かのサーバントとの遭遇を可能な限り避け、瞬く間もない程の速攻で撃破して進軍を続けた十人。
 まず第一となる防衛線を目にする事となる。
 風下から接近し、遠くから敵の数と様子を伺うのだが。
「……十二、いや、十三。思ったより数が多いな」
 呟く御影。
 その言葉通り、十体程度と思われた防衛線はその数を増している。
 阻霊符による異変を警戒し、灰色狼が仲間を呼んだのだろう。
 此処に辿り着くまでの咆哮と遠吠えは、拠点である場所に仲間を呼ぶものだったのかもしれない。透過能力を使用出来ないと、その異変を訝しまれた為に集われてしまった。
 完全な悪手である。
 同数以上を相手取る事となる初戦。
「だが、時間を掛けて自体が好転する訳ではない。むしろ悪化してしまうならば、突き進むしかないだろう」
「その通りだな。敵を倒し、後続の道を切り開くなら、どの道倒した数が多い方がいい」
 フィオナは重厚な大剣を、アーノルドは白の双剣を抜き放ち構える。
 騎士たる魂を持つ二人にとって、予想以上の苛烈な戦場は、むしろ誇りを得る場なのかもしれない。
「迷ってなんか、いられないからね」
「そうだね。けど、呼吸を合わせて行きましょう。孤立したら危険過ぎるからね」
 アタッカーを担当するマオとみなとも武器を構え、円陣を組んでその瞬間を待つ。
 己一人での限界は知っている。
 だからこそ、他の班との連動した作戦であり、この十人での戦闘。
 全員が準備を整えたのを見ると、御影が遠方へと石を投げる。
 それが立てたのは僅かな物音。が、警戒していたサーバントは視線と注意をそちらへ向ける。
「いくぞ、躊躇わず突き進め!」 
 ルビィの声の元、救いの道を切り開く為、開幕を告げる矢となり駆け抜ける。
 

 
●その道は茨の道
 
 
 不意を突いての強襲なサーバント達は対応出来ない。
 いや、反応するより早く連撃が叩き込まれていた。
「行くよ!」
 蹴撃の勢いを載せて飛翔するマオの武投扇。出遅れた灰色狼の肩を砕く勢いで直撃し、その動きを止める。
 その隙を見逃す必要はない。
「まずは、あれからやね!」
「出遅れないでよ、紫ノ宮!」
 反応したのは背中を合わせる紫ノ宮と神崎だ。共に戦う仲間ならばこそ、攻めでは一瞬の機を見逃すまいと、周囲の敵の状況を見ていたのだ。
 神崎がリボルバーを連射。アウルの弾丸で灰色狼の動きを射止める。
 着弾の衝撃が抜け、姿勢制御を取り戻した時には既に紫ノ宮が召喚した炎の玉が目の前に迫っていた。着弾はまるで爆発。全身を魔の炎に包まれ、苦痛に地を転がる狼。
「まずは一体目か」
 戦闘能力が失われた事を確認するや否や、御影が投擲するのは飛燕翔扇。疾風を纏い二体目の灰色狼の脇腹を切り裂いていく様は鎌鼬の刃か。
「とはいっても、予想以上に多いですけれど、ねっ」
 追撃は鳳の放つ魔導書の放電。仲間を呼ぶ習性のある灰色狼は最優先して倒さなければ危険だと解っている。
 問題なのはその数。十三体の内、実に六体が灰色狼という事実。
「此処は……!」
 天羽も予定より対象を変更し、瀕死の灰色狼へと炎弾を打ち出し、その息を止めて二体目。
「止まって貰おうか!」
「仲間を呼ばれる前に片づけさせて貰うよ」
 早く、早く。それこそ一秒でも早くとルビィとフィオナが大剣を薙ぎ払い、みなとが戦槌でその頭蓋を叩き割る。
 文字通り爆散するサーバント。
 攻撃を避ける事も止める事も出来ず、倒れていく。
 それだけ見れば撃退士達が勢い付いていると言って良い。
 だが、彼らの中には焦りがあった。これ以上仲間を呼ばれる訳にはいかないのだ。
 初手の強襲によって同数まで減らす事が出来たが、これがまた増える可能性もあるのだ。
 加えて。
「雑魚とはいえ、数は数か」
 技術も何もあったものではない。だが、既に死んでいる故の我が身を気にせぬマミーの曲刀に肩を裂かれ、白き双剣で返しの刃を送るアールノド。乾燥した腐肉を裂くが、致命傷には程遠い。
 更に迫るマミーと骸骨兵士の刃。特に前方を担当するフィオナとルビィへ攻撃は集中している。
「ふん。不埒者の刃など、我は恐れん」
 シールドを発動させ、アウルの盾で突き出される骸骨兵士の弾いていくフィオナ。袈裟斬り、胴薙ぎ、構えた身ごとぶつかるような刺突を大剣の刀身を盾として弾き飛ばす。
 対してルビィはケイオスドレストで上昇させた防御力に任せ、アウルと魔装の頑丈さで攻撃を受け止める。
 前方を任せる前衛として二人は心強い。三連の攻撃に晒されても不敵な笑みを浮かべるフィオナと、闘志を燃やして反撃を繰り出そうとしているルビィ。
 だが、如何に頑丈であろうとも、如何に敵の攻撃を弾こうとも、その生命力は防御の上から削り落とされていく。
「……ちっ…」
 大剣で受け、或いは纏う白と黒のアウルで防御力を高めめるとはいえ、攻撃を受ける度に体力は削がれていく。
 身を包む技と防具はまさに鉄壁だ。が、その鎧の中にある人間は、衝撃でどうしても消耗する。
 筋肉と骨が軋み、打撲と浅い裂傷。
 重なる浅い傷は、けれどその数で生命力を奪っていく。
 そして、彼らが行くのは茨の道。


 二匹の灰色狼が、仲間を呼ぶ声を上げる。


 二体の敵を相手取るルビィの側面から攻める灰色狼。それを見た神崎は迷わず発砲。銃口から上がる火花。灰色の毛皮から飛び散る血。
 虚を突こうとした灰色狼は痛みに動きを止め、そこへ紫ノ宮の火弾が走る。トドメとして繰り出されたのはマオの蹴撃だ。
 下段から跳ね上げるように顎を蹴り上げ、その脛骨を粉砕する。
 残る灰色狼は一体。
 迷わず御影が飛燕翔扇を投擲し、天羽が魔炎の塊を繰り出す。トドメと狼の喉元へ奔ったアーノルドの白い双刃の後を鮮血が追い、喉を掻き切られたサーバントは地へと転がる。
「全く、鬱陶しいわね!」
 神崎は虚実織り交ぜの弾丸を繰り出しつつ口にするが、前衛の負担はそれどころではない。
 残るは七体。
 突き出される剣。薙ぎ払われる刃。叩き割らんと振り下ろされる刃。
 個々の戦力としては撃退士達が上だろう。だが、数の不利を覆す為に負傷し、消耗してしまっている。
「……こんな所で倒れる訳にはいかないんだよ!」
 怒号の気合と共に薙ぎ払われるルビィの斬撃。
 その威を持ってわりつくマミーを吹き飛ばすと、横手に転がる瓦礫へと側面を預けて、即席の盾とする。
 こんな所では倒れない。
 負けられない。泥の味はもう要らない。
 この地で二度目の敗北はいらないのだと、荒い息を吐きながら。
「何、この程度の雑魚に折られる剣は持っていまい」
 切り裂かれた傷口から鮮血を流しながらも、それを意に介さず繰り出されるフィオナの剛剣。骸骨兵士を一刀の元に両断して切り伏せ、己の健在を示す。
 陣の中側からその様子を見ていた鳳が声を張り上げる。
「ルビィさんに攻撃している奴から優先しましょう!」
「そうか、死体なら」
 鳳が放つ雷撃に続いて、天羽が繰り出すのは火炎の魔術。
 乾燥した死体はそれ故によく燃える。くマミーの体を飲み込んで燃え盛る炎はマミーへと高い効果がある事を知らせていた。
「なら、骸骨は叩き割った方が早いよね!」
 言いながら素早く踏み込むと、みなとは骸骨兵士へと戦槌を振り下ろす。肩から肋骨までを砕いた一撃。肉という衝撃を緩衝するものがない為、こちらは斬撃には強くとも打撃には弱いのだろう。
「もうこれ以上の敵の増援が来ないんなら」
 召炎霊符を握りしめ、魔力を通わせて炎弾を打ち出す紫ノ宮。
 繰り出される刃と弾丸、魔と打撃は一体ずつ確実に残るサーバントを倒していく。身の負傷を恐れぬ死体のサーバントは相打ちにでもと武器を振り翳して撃退士に負傷を与えるものの、この場の優勢は決していた。
 マオに蹴り砕かれ、みなと戦槌に粉砕されていく骸骨兵士。ルビィの剛剣に両断されるマミー。鳳の雷撃と紫ノ宮と天羽の炎弾は身も骨も焼いていく。
 そして、残る一体を御影のカーマインが捕え。
「これで終わりだ!」
 身に見えない程に細く、そして鋭いワイヤーがその身を切り刻む。
「死体は死体らしく、寝ておきな」
 しゅるりとカーマインを引き戻し、手に収める御影。
 負傷はした。時間もかかってしまった。 
 けれど、一つ目の防衛線の敵を、全て倒させたのだ。
 だが、戦場は一瞬も待ってはくれない。休息の時間も与えられず、手当する間も当たられない。
 戦場は何処までも冷酷であり、残酷だった。




●この道は円を断つ道



 戦場は瞬く間に剣刃乱舞と化していく。
 繰り出される攻撃は血煙を巻き、加速して止まらない。
 両者、止まる事の出来ない争い。
 故に狙うは灰色狼。第一線に比べて数は少なく、敵の戦い方は身に染みて覚えている。
 故に怒涛の攻勢を見せる撃退士達。
 けれど、それと同様にサーバントの反撃も激しかった。
 突き立つ牙。喰い千切られる肉。魔水の弾丸で、体に孔が開く。
「消えろ!」
 それでも怯まず、上段から打ち下ろされるルビィのブラストレイモア。爆撃でも起きたかのような衝撃も伴う剛の剣閃は灰色狼を両断して地にクレーターを穿つ。
 仲間を呼ぶ前にと繰り出された猛攻。
 みなとの戦槌が頭部を叩き潰し、マオの下段足刀が喉を潰す。そのまま魔の炎と雷撃が灰色狼を駆逐し、御影のカーマインが見えざる刃として切り刻んでいく。
 だが、厳しすぎる治癒の温存は此処でその代価を払えと冷徹な支払を求めた。
 飛び掛かる鉄狸達。ルビィは大剣を盾として受け止めようとするが、その手首に牙が突き立つ。
 続くサーバントの攻めは連携と化して、ルビィとフィオナへと襲い掛かる。
「……っぐ…!」
「この程度では、倒れんよ」
 灰色狼の牙がフィオナの太腿に突き刺さり、鉄狸の口がルビィの脇腹を食い千切っていく。防に長けた二人だからこそ深い負傷はないが、全身既に傷だらけだ。
 通常、円形陣形を組む場合、前方を担当するものに相手の攻撃が集中する為、車輪のように陣形を回転するのが基本だ。そうでなければ、突撃して攻撃する際に前方を担当するものへの被弾率、負担、消耗が激しすぎて陣形が円を保てず崩壊する可能性が高い。
 事実、敵の攻撃の八割が前方を担当するルビィとフィオナへと集中している。集中攻撃する知能はなくとも、近いものから攻撃するという意思の元に起きた結果だ。
 即座に剣魂を発動させるルビィ。それでも癒しきれない程の負傷。ギリギリの発動だった。
 それも二度発動出来る筈の剣魂は、一度を第一線と第二戦の移動中に使用してしまっている。
 フィオナも余裕などない。前方を務める二人の身体はもう傷だらけだ。
 そしてそれを見逃すように敵ではなかった。
 血の匂いに狂乱する水狐。
 魔力で紡がれた水の弾丸は文字通り岩を穿つ勢いで放たれる。
 フィオナとルビィの身を貫いた魔の一撃。耐えきった二人だが、ぐらりと体が傾ぐ。
 危険領域。それも二人がほぼ同時に。
 紫ノ宮は治癒を施そうとして、けれど、一人しか癒せない事に気付く。
 即座に癒しが必要になってからライトヒールを。だが、それでは遅い。間に合わない。余裕を持った回復をしなければ、どちらか片方しか助けられない場面に直面する。
「……っ…!」
「迷うな!」
 ルビィへとトドメへと駆け寄ろうとした鉄狸へと瓦礫を蹴り飛ばして牽制する御影が叫んだ。
 更に円陣から飛び出る形となりながらも、瓦礫に驚いた鉄狸を蹴り飛ばすマオ。
 この局面、迷えば二人とも倒れる。片方しか救えないなら。
「すみません、ルビィさん!」
 基礎の生命力が低ければ、再び倒れる可能性がある。加えて攻撃用のスキルを温存させているフィオナの方が戦力としては高い。
 自分ではなく、仲間が優先された治療。
「仕方ねぇよ、けどな!」
 けれど、此処で倒れる訳にはいかないのだから。
 駆け寄ってきた最後の灰色狼へと、立ち上がり様に大剣を切り上げて上空へと打ち上げるルビィ。最早満身創痍であっても、繰り出した剣閃の冴えは失われない。
 どうっ、と地へと落下した灰色狼が起き上がる気配はなかった。
「ハッ。往生際は悪いんでね」
 あの大天使、ザインエルを相手取った時の無力感は、もう嫌だと。
 認めない。許さない。敗北し地に伏せる己の姿など。
 気合だけで体が動いているのは知っている。
 それでも、最後の瞬間まで諦めない。あがき抜こう。
 迫る水狐の魔弾を大剣で弾き飛ばしながら、己の限界を無視するように動くルビィ。
 その動きだけで体から血飛沫が散る。
 動きは鈍らなくとも、明らかなまでの消耗。
 サーバントの視線がぎろりとそちらへ向く。ああ、お前から倒せるのだと。
 それでもまだ終わってはいない。
「一瞬だけでも、時間を稼ぐよっ」
 円陣から飛び出して、機先を制するように鉄狸を蹴り上げるマオ。
 此処で倒れる仲間は出したくない。危険を知ってもなお、その想いが彼女を前へと駆り立てた。
 一歩でも前に、皆と共に。
 そんな想いを笑うかのように鉄狸達はマオの横をすり抜けてルビィへと殺到する。
 先の二匹は大剣で受けて弾き飛ばす。
 が、そこでシールドは尽きた。後続の二匹に腹部と太腿を齧り取られ、ルビィは片膝を付く。
 白と黒のアウルは鎧としてルビィを守ってはいる。それでも手数の上から削り取られていく血と肉の命。
 朱に染め上る衣服。アウルの色彩でも誤魔化しきれず、負傷していない箇所などもう何処にもない。
 気合でどうにかなるレベルの負傷ではない。
 次の一撃は、耐えられない。
「させないよ!」
 だからと言うように突進してきた鉄狸の前へと躍り出るみなと。戦槌は鉄の毛ごとその身を叩き、一瞬だけ動きを止める。
 カオスレートの関係上、有効な一打。けれど、それは鉄狸からしてもそうだ。
 槌の剛撃に叩きのめされながらも、起き上がり様にみなとへと飛びつく。二の腕へと噛み付き、肉を引き千切る。
「離れろ、狸が……っ…」
 物理に対して強い耐性を持つのならばと高めた精神力で魔力を練り上げ、巨大な紅蓮の槍として繰り出す天羽。
 鉄の毛でも炎は防げない。燃え盛る炎へと鳳の追撃が走る。
「押しとどめますよっ」
 舞うような動作と共に繰り出されたのは蒼き稲妻。天羽の炎槍に吹き飛ばされた身へと突き刺さり、その命を奪う。
「はぁっ!」
「止まりなよっ!」
 残る鉄狸を押し止め、ルビィへの攻撃を阻止する為、フィオナが大剣で薙ぎ払い、マオが廻し蹴りを叩き込む。
 鉄の毛は天然の鎖帷子のようなもの。物理防御は高いが、ルビィが気合でも応えている間に更に一匹を仕留める事に成功する。
「倒れる気はねぇが、最後まで付き合って貰うぜ!」
 片膝を付いた姿勢からのルビィの横薙ぎの剛閃。爆ぜるような剣撃の音を響かせて、鉄狸を地面に叩きつける。
 更に横に転がって瓦礫を盾としようとするが、水狐の狙いは既にルビィへと向けられている。
 血に狂乱し、それを求め、殺せるものから殺そうとする意志。
 それは知能ではない。
 殺戮こそがサーバントの存在意義であり本能なのだから。
「間に、あって……!」
 そして紫ノ宮が治癒の術を紡ごうとする。何とか、何とか耐えて欲しいと願って。
 けれど無情にも目の前で紡がれる魔水の弾丸。水狐の攻撃を目前に、それでもルビィは笑う。
 水弾に腹部を穿たれ、飛び散る鮮血。
 回らない円陣前方を担当し、そして遅すぎる治癒の基準。積み重なったそれらによろめきながらも、大剣を杖にして地に伏すのは拒絶する。
「……っ……」
 それでも、やはり遅かった。紫ノ宮の治癒の術式が完成するより早く、飛来する二つ目の水狐の弾丸。
 胸部を撃ち抜かれて、血を吐きながら後方へと吹き飛ばされるルビィ。
 最後の最後まで戦い続けたかったとしても、これが限界。
 それは陣形の失敗であり、過剰回復を気にし過ぎた治癒の遅さであり、自分達の防御力の高さの過信のせいか。或いは、その全てか。
 何れにせよ一人減って九人。加え円陣は右前方の盾を失い、鉄狸がそこから迫ろうとしている。
 中にいるのは脆い後衛と、回復手。失えば取り返しのつかない者達。
「……っ…僕が前に出ます」
 それでも稼いだ僅かな隙にランタンシールドへと持ち替え、紫ノ宮がルビィの穴を埋めるように立つ。
 遅かった。認識が甘かったのだろうか。
 そう悩み後悔するのは後で良い。ルビィが戦い続けたこの作戦を、崩壊させない為に。
「紫ノ宮、アンタの死角は取らせないから安心しなさいっ」
 牽制としてフェイントの射撃を交えながら神崎が叫ぶ。だが、その後方ではアーノルドが後ろへと守りこんでいた鉄狸との攻防で押されている。
「まだまだ、だ」
 血に塗れながら双剣を振るうアーノルド。
 刃は鉄の毛に防がれ有効打を与えられなかったとしても、元より自分は攻撃ではなく、継続戦闘の為の防御が主だ。二つの剣を操りながら、守る為の力を振るう。
 力なきものを守る盾であろう。その思いに嘘はない。
 複雑な思いはある。葛藤も。けれど、今は救う為、誰かを守る為にこの剣を握っているのだ。
「私は倒れんよ」
 白き騎士剣を血で赤く染め、それでもと戦い続けるアールノド。
 弾丸と刃、魔と牙。血を求め、敵対者を打ち破ろうとする戦い。
 継続戦闘分の負傷を消す為に、そして劣勢となった状況を覆す為に連続して唱えたライトヒールは尽きて、ヒールへと切り替える紫ノ宮。もとより、温存して勝てる戦いではない。
「出し惜しみはなしだ。もとより、そのつもりだからな」
 フィオナの大剣に一瞬、蒼光が宿る。ほんの一瞬だけ顕然したのは、魔を帯びた剣。天に仇成す気を帯びた刃は振り抜かれ、鉄狸の胴を半ば両断する。
 吹き上がる血潮に塗れる。これで、何度目だ。
 既知感を覚え、けれど止まる事は許されない。現に切り裂いた次の瞬間には水弾が飛来して肩を打ち抜かれた。
「突撃するよ。援護をお願い」
 ならばと崩れた敵の前衛を裂いて、みなとが戦槌を上段に構えて疾走する。
 狙いは後方から水弾を繰り出してくる水狐。放った直後の隙をついて疾走し、遠心力を載せた重撃を繰り出す。
 水からなる身体は衝撃に打ち震え、その体を崩壊させる。
 鉄狸もフィオナが顕然させた魔剣と天羽、鳳の魔術に駆逐され、後はアーノルドが抑え続けた一体のみ。
 それを見て御影が再び駆け出す。指で手繰り寄せるカーマインが赤いのは元からか、それとも血で更に染まっているからか。
「そろそろ退場願おうか」
 練り上げたアウルを脚へと収束させ、異常なる瞬発力からの加速を見せる御影。水狐が気づいた時には御影はすれ違っており、その際に水狐の全身に糸が絡みついている。
 絞れる指。その僅かな挙動で水狐の体を切り裂いていくカーマイン。だが、その命を絶つには僅かに足りない。糸で斬り裂かれる前にと水弾が作り上げられるが、それが放たれる事はなかった。
「一撃でダメなら、二撃目ってね」
 同じく疾走し、飛び蹴りで水狐を打ち抜いたのはマオ。その一撃で体を維持できなくなり、水となって四散する体。
「そろそろ、こっちも終わって貰わないとね」
 極限とも言える精神集中により、魔力の流れを感じ取り操る天羽が繰り出すのは炎の槍。鉄の毛を溶かすように突き刺さり、活動を停止させる。
 苦悶の声の後に残ったのは、静寂と各々と荒い息。
「あと残るは、一戦」
 温存したかったスキルも、体力も尽きかけている。
 それでも最後の一戦へとスキルを切り替え、或いは応急手当をしながら走り抜ける九人。
 一人抜け落ちてしまった。
 それでも果たすべき努めは未だにある。
 切り開くべく為に。
 駅前に陣取られた最終防衛線へと、駆け抜けていく。



●この道は血で染まった道



 最早、最初から無傷の勝利など不可能だったし、望んでいない。
 挑む三つ目の防衛戦。此処まで激しく戦い抜いてきたが、その物音を聞きつけて完全に臨戦態勢を取られていた。
 先制は、サビラヒナイトの矢だった。
 開戦を告げるように飛来した蒼き鬼火宿す一矢。
 咄嗟に防壁陣を用いて、咄嗟にアウルの壁でフィオナが受ける。損傷は軽微だが、連戦での負傷とスキルの変更により、生命力の最大値も下がってしまっている。加えて長距離射撃。近づく前にもう一射掛けられるのは確実だ。
 だが、一方で。
「六体か、思ったより少ない」
「……此処まで来れば、速攻戦狙いしかないね」
 御影の言葉に天羽も応じる。目に見える負傷から精神、術的な消耗まで含めてみて、これ以上の長期戦闘は不可能。現に一人落ちてしまっている。
 最後の防衛線がたった六体というのは、警戒の為に第一線、第二線に戦力を割り振ったせいかもしれないが、真実はわからない。
 ただ、敵も完全な精鋭。サビラヒナイトとファイアレーベンが後ろに控え、鉄狸四体が前衛を務めている。言うまでもなく鉄狸は物理防御に強く、魔術はレーベンが封じてしまう。
 厄介な布陣だ。更に魔封じの結界を操る緋色の鴉は飛行している。みなとの飛燕では、射程が届かない高さで。
「此処まで来たのだ。覚悟するしかないだろう?」
 それでも不敵に笑うフィオナ。黙れとでも言うかのように甲高い音を立てて飛翔する鬼火の矢をアウルの防壁で防ぎ、掠り傷に止める。
 だが、これで防御スキルも尽きた。
 それでも笑う。何故なら、フィオナはまだ剣を握っているのだから。
 この剣は、決して自分を裏切らない。積み重ねて来た修練、誇りは、この程度で折れはしないと信じるが故に。
「いくよ、これが最後だっ」
 吠えるように、己の戦意の発露として声を張り上げるマオ。
 同時、サビラヒナイトの矢に導かれるよう、鉄狸と緋鴉が向かい来る。



 鉄狸の動きは文字通りの突撃だった。
 前方を守るフィオナとルビィの代行の紫ノ宮へと襲い掛かるだけではなく、左右のアーノルドと御影へも体当たりを繰り出す。
 その目的は足止めと乱戦化。後方で遠距離射撃の砲台と化したサビラヒナイトへと近づかせない為に。
 サビラヒナイトの抑えへと行く予定だったフィオナ、みなとはその四体に足止められて前へと動けない。大剣を、戦槌で攻めかかるが、文字通り食いついて離れない。
 そして頭上、すぐ近くにまで飛来している緋鴉はただ魔術を封じるだけではかった。開いた嘴から生み出されたのは、燃え盛る火球。地面に着弾したかと思うと前衛のフィオナ、みなと、紫ノ宮を巻き込んで爆発し、魔の炎で焼き払う。
「こちらの魔術は封じておいて、その癖自分は魔力の炎を使いますか」
 円陣は機能していない。むしろ、後退しなければ魔封じの結界のせいで鉄狸へと攻撃出来ないと陣を脱して後退する天羽。そしてこちらも火の玉を召喚して鉄狸へと叩き込む。
 同様に大剣が、戦槌が、蹴りがと一体を狙って一斉に攻め係る。この鉄狸の前衛を突破しなければサビラヒナイトに近づけないだけではなく、火球の爆発攻撃に巻き込まれて負傷する。
 だが、何も押されるだけではない。
 後少し。この一線を切り開けば見えるのだ。
 救いを求める人たちが。多くの命が救えるその瞬間が。
「こんな所で、止まってらないんだよ……!」
 鉄狸に噛み付かれながらもサイドステップを踏む御影。三体の鉄狸を直線状に収めながら莫大な気を練り上げて、破壊のエネルギーへと変換していく。
 カーマインに纏った気は蒼光として現れ、カーマインに纏わりつき砲台へと化す。
「一気に吹き飛ばす、残ったのは任せた!」
 気を武威と化し、放つは蒼光の砲撃。カーマインから放たれたそれは薙ぎ払う無数の気刃と化して、三体の鉄狸を切り裂いていく。
 一体が耐え切れずに全身から鮮血を散らして吹き飛ばされ、残る二体も深手を負う。たった一度きりの技であり、これを活性化させる為に生命力の約半分を消耗するという荒業だ。
 その分の威力、効果はある。
「けれど、まずはあの鴉を落とさんとね……!」
 持ち替えたリボルバーの銃口を凝らす紫ノ宮。魔封じはこの場で最も危険だと、空飛ぶものへと引き金を引く。
 だが、緋鴉の翼は飾りではない。羽ばたいたかと思うと空中で転身し、弾丸を避ける。
「……っ…」
 倒さないといけない相手。焦っているのではなく、単純に機動力が高いのだ。
「堕ちろ!」
 が、転身した後の速度低下を狙い、神崎のリボルバーが火を噴く。そのタイミングでは流石に避けらず、胴体から鮮血を散らす緋鴉。
 やったと思うのは一瞬、直後に来たのはぞっとするような寒気。
 きりきり、きりきりと弦が絞られている。敏感な感覚は、視界の隅でサビラヒナイトが弓を番え、神崎を狙っているのを捉えてしまった。
「……あ」
 避ける暇はない。虚空を裂いて飛来する鬼火の矢。耐久力に乏しいと言える神崎ではそれは耐えられない。
 故に、受ける騎士。矢の軌道へと身を挺して割り込み、アーノルドが盾となった。
「……ぐっ」
 突き刺さり、鏃に灯った火が中から肉を焼く。
 だが、それで良い。アールノドは人を守るものでありたいのだから。それが利己の想いから成り、願望の為の行動だったとしても。
「ああ……誰かを救えるなら、この身を剣としよう」
 だから戦う。私が騎士でなければ、自分で自分を否定してしまう。アーノルドの願いは、そういうもので。
 続く緋鴉の爆炎球。薙ぎ払う炎に晒されながら、
「治癒はいい。緋鴉を、討て!」
 即座に治癒へと走ろうとした紫ノ宮を制する。次の一撃で確実に倒れる。だが、それでも大切なのは勝利する事なのだから。

 奔る大剣は飛び掛かって来た鉄狸の胴を両断する。

 蹴撃は鉄狸の胴を砕き、続く蒼の雷撃は軽やかな舞と共に鉄狸を仕留める。

 そうして、絞られるサビラヒナイトの矢。狙いはアーノルドと、彼も解っている。だが、その上で。

「救う為、討て」

 放たれた矢がアーノルドの胸を射ぬき、衝撃でアーノルドが倒れる。
 続く爆炎球だけは阻止しようと、紫ノ宮と神崎が共にリボルバーを凝らす。
 チャンスは一度。押すか押し切られるか。
「行くわよ」
 轟く銃声。飛び散る緋の羽と鮮血。高度を一気に落とした緋鴉は、けれど、かっとその眼を見開いて。
「今度は、閉ざさせない!」
 救えるかもしれない手を、閉ざす可能性は排除すると放たれる飛燕。渾身の溜めから放たれる衝撃波は緋鴉を打ち据え、盛大にその羽を散らさせた。
 そして解ける、魔封じの結界。
 天羽の火弾と御影のカーマインで残る一体の鉄狸も葬られ、開いた前方へと駆けるフィオナとマオ。共に伏せていた必殺の切札を握り締めて。
「貴様を倒して終幕とさせてもらう…!」
 煌めいたのは黄金の光。一瞬だけ具現化されたのは騎士の聖剣。刀身は不透明な間々、振り抜かれる刃は魔力の斬撃だ。
 物理を軽減する鎧であるなら、これでどうだと大地を切り裂いて走る斬気の飛翔。肩口から刻まれる魔力の刃。
 それでも耐える。一撃で倒れるようなものではないのだ。サビラヒナイトは弓を消し、刀を引き抜こうとする。が。
 再び走る黄金の光。疾走の帯が煌めくが、それは剛の気質の残り香。触れれば破砕する戦気に他ならない。それを凝縮して飛び膝蹴りとして放つ、マオの魔術一閃。
 爆撃のような轟音。カオスレートをより冥寄りにする危険も帯びた攻撃。
 姿勢を崩したサビラヒナイト。けれども、鎧で物理的な威力は半減させていた。腰の差した刀の柄を握り、一閃。
 居合の斬撃はマオの芯を捉え逆袈裟に胴を切り上げる。舞い上がる血液の量は莫大。
 そのまま膝から倒れこむマオ。これが単発ならまだしも、連続した戦闘で負傷した身では耐え切れなかったのだ。
 二人の攻撃をそれぞれ単発受けただけでは倒れる筈がないと言うかのように、じり、と足先でフィオナとの間合いを測るサビラヒナイト。
 個々の力量において、明確過ぎる差がそこには開いていた。
 だが、後一押しなのだと魔封じの結界のために下がっていた天羽と鳳が駆けつけ、それぞれ魔術を放つ。
「後、少しだからっ」
 鳳の声は願うように切実だった。魔力によって紡がれた火の玉と風の渦がサビラヒナイトを襲うが、刃を振るって風と炎を切り裂く。
「まだ倒れないのか」
 冷や汗と共に掌を握り締める天羽。無論相手も無傷ではないが、負傷はこちらもだ。
 次の刀の一閃、耐えられる自身のあるものは誰もいない。負傷していないのはダアトの二人だけだが、物理の攻撃に対して脆すぎる。
 だから、後一押しを。
 動けるものは、誰か。
「はぁぁっ!」
 気迫と共に高速で踏み込んだのは御影だ。神速を用い、装甲の隙間へとカーマインを滑らせる。そして指の動きに合わせて弾き切る鋼の糸。
 隙間を狙われては鎧も意味をなさない一撃。
 これでと、祈るしかない。
 一瞬の停滞。そして。
 斬糸の鋭利さ故に遅れて、首から大量の血を迸らせ、倒れるサビラヒナイト。
 それはまるで鮮血の華。勝利を得た事を確信させるに足りる幕引きだった。
 例えそれを掴んだ者達が、どんなに血と汗で汚れていたとしても。



 三名の戦闘不能者を出しつつ、後続へと道を切り開いた突撃班。
「俺達の役目はここまでか。……後は任せたよ」
 それこそ限界寸前まで戦った彼らに残っている余力は殆どない。
 後は仲間を任せて、信じるだけだ。
 曇天の空。けれど、雲は何れ晴れる。
 あの青空を、再び京都の人に見せる為に。

(2012年 7月12日 20:38 修正)


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:17人

魔に諍う者・
並木坂・マオ(ja0317)

大学部1年286組 女 ナイトウォーカー
終演の舞台に立つ魔術師・
天羽 流司(ja0366)

大学部5年125組 男 ダアト
堅忍不抜・
猪狩 みなと(ja0595)

大学部7年296組 女 阿修羅
幻の空に確かな星を・
御影 蓮也(ja0709)

大学部5年321組 男 ルインズブレイド
戦場ジャーナリスト・
小田切ルビィ(ja0841)

卒業 男 ルインズブレイド
『天』盟約の王・
フィオナ・ボールドウィン(ja2611)

大学部6年1組 女 ディバインナイト
蒼の絶対防壁・
鳳 蒼姫(ja3762)

卒業 女 ダアト
夜の帳をほどく先・
紫ノ宮莉音(ja6473)

大学部1年1組 男 アストラルヴァンガード
Shield of prayer・
サー・アーノルド(ja7315)

大学部7年261組 男 ディバインナイト
STRAIGHT BULLET・
神埼 晶(ja8085)

卒業 女 インフィルトレイター