●空と地と
そこもまた一つの惨劇の場だった。
鉄工所に入った途端に目に入ったのは、バラバラになった人体のパーツ。
天魔が暴れれば、人に対処する術はない。
後に残るのは虐殺だけ。事件が起きてから動き出す維持用、後手に回ることの多い撃退士では、被害者を完全に防げはしない。
未来は予測できない。だからと言って。
「……なんて…酷い」
呟く竜宮 乙姫(
ja4316)の頭上では奇怪な鳴き声が響き渡り、翼がはためく音がする。
戦闘はもう間近。これから戦うのであれば、起こった事に思いを馳せる余裕などないだろう。けれど、動く心がなくなったのなら、それはこの事態を引き起こしたサーバントと同じ存在になる。
ぶかぶかな男性用の儀礼服を握りしめ、きっ、と竜宮は上を見つめる。
僅かな怒りを滲ませ、空を飛ぶものを倒すと決めて。
「全く、流石は天魔。いるだけで害悪ですから、皆殺しにしないとですねぃ」
大型の狙撃銃を手にした十八 九十七(
ja4233)も続けて呟くと、動きを疾走へと変える。天界のものだから殺すべし、というのは彼女の歪な正義感だが、この場に限っていえば酷く正しい。
「急ぎますよ。位置取りをするまでに襲われたら射程的に辛いですからね」
「射程としては、限界ギリギリの所を飛ばれてますからね」
事前に工場内の地図を手に入れ、予めある程度の地の利を活かそうとしているのは森林(
ja2378)と松原 ニドル(
ja1259)。彼ら二人の手にした弓では、翼竜へとギリギリで届かない。コンテナやキャットウォークを利用すれば、ギリギリで当たるかもしれないという状態だ。
ならばなおのこと。
接近攻撃を得意とするもの達にとっては天敵としか言いようがない相手だ。
「空を飛ぶってだけで、本当にめんどくせぇな」
「やるだけの事をするだけだよ」
が、知能が違う。ただ翼があるだけで相手にアドバンテージがあろうとも、作戦を立て臨機応変に対応し、連携する。そういったことで打ち消せる程度のものだ。
この世に絶対などありはしない。
戦闘を走る御暁 零斗(
ja0548)と、その後ろに続く夜鷹 黒絵(
ja6634)の姿には気負いはない。
視界の隅で飛翔する影。三体のサーバントが追跡を開始したのを確認して、予定のポイントへと誘い込もうとする。
飛行は出来ても機動力はさほどでもないのか、追いつかれることがなかったのは幸い。
後方より響く咆哮。大気を震わせて戦意と殺意を届かせるそれに、碧水 遊(
ja4299)は身を震わせる。単純な、そして純粋な暴虐の気。
振り返ろうとして、殿を担当している山崎康平(
ja0216)に気づく。視線も合わせようとせず、周りと溶け込もうとしていないが、身を挺してでも守るという意思だけは漂わせていて。
「……前衛は、任せました」
「任せろよ。お前達が敵を叩き落とすまで、幾らでも時間は稼いでやる」
碧水の声に応じ、ターンを決めながら山崎。
各自がコンテナに登り、高低差を利用しようとし始めた時、最初の火球が打ち出された。
●空へと向けられる矢
先手を取ったはの三体の翼竜だった。
待ち受ける以上、攻撃での機会を譲るのは仕方のない事。
けれど、強力な魔具を身に付けた十八への被弾だけは避けなればならない。
一番前に出ていた山崎へと二連で火弾が撃ち込まれた。材料やコンテナを盾にしつつも、左腕に一発が着弾。
肌に肉を焼く熱に顔を顰めながらも、先の宣言通りに一歩も引かない山崎。せめて少しだけも被弾を避けようと、軽やかなステップで動き回る。
回避に努めようとしても、三体の攻撃を全て避けられるわけがない。そしてダメージが集中して累積するのは危険だ。
「こっちにこいよ」
故に支援を繰り出す夜鷹。
スリングショットから放たれたアウルの塊である弾は射程が足りず、サーバントにあたる前に掻き消えて消滅する。
それでも向けられた戦意と攻撃は事実。反撃の火球が夜鷹を襲う。
アウル、気。そういったものを飛ばす以上、射程を超えた攻撃は霧散して意味をなさない。まだ無理に跳躍してでも得物で殴り掛かった方が当たる確率がゼロより高いのは確実だ。
故に成功しても牽制攻撃。数手繰り返せば、届かないと知られ無視されてしまうだろう。
そうなる前に。
「ビッド・スタート……」
命賭けのギャンブルを始めるのだと、狙撃銃のスコープを覗き込む十八が呟く。
行動も口調も冷静。可能な限り呼吸も静めてブレを少なく。確実に着弾させて相手を空から落とすのだと意思を固める。少なくとも、射程を届かせる為のこの魔具のせいで生命力の二割が最初から失われている。
トリガーは静かに絞られた。だが、発砲は激しい轟音と閃光を伴って。
放たれた弾丸は狙っていた翼の付け根と着弾。滑空していた態勢を崩して、高度を落とす。
好機。逃す訳にはいかない。
そう。この場所から逃す訳にはいかない。此処で討ち滅ぼすのだ。
「四の五の言ってられねェしな!」
コンテナの上に登り、コンポジェットボウに矢を番えていた松原。薄い青のオーラを纏った腕で引き絞った矢は、射程の内へと落ちて来た翼竜を射抜く。
それも十八が先に攻撃していた翼をだ。
片翼へと集中攻撃を晒され、バランスを崩してがくんと高度を落とすサーバント。完全に落下する事だけは防いだものの、一気に他のメンバーの射程圏内へと入る。
「今です、畳み掛けますよ!」
相手の攻撃を警戒し様子を窺っていた碧水も、いきなりの好機に魔力を矢として紡ぎだす。
倒せる時に倒さなければ、こちらが反撃出来ない上空からの火弾に晒され続ける事となる。加え、先のような好機が続けて起きるとは限らない。一方的に削られる展開もありえるのだ。
「どんなに強くても、これ以上被害を出させない為に……っ…」
自分のような存在を増やしたくない。天魔に脅かされ、家族を失うもの。
ああ、それは自分一人ではどうしようもない事かもしれない。けれど、寂しさを、悲しさを、理不尽さを削りなくして防ぐ為に竜宮は此処にいる。
碧水と竜宮の繰り出した薄紫の魔力の矢。高速で飛翔し、元より魔術への抵抗力の低かった鱗を穿って肉を貫く。
連続して攻撃を受けて悶え苦しむ翼竜。もがくように翼を動かし、落下する事だけは防いでいるが、けれど確実に消耗させている。
重ねられた攻撃に耐えているのは執念、だろうか。
「ちっ。さっさと落ちやがれ!」
再び飛び上がらないように。いや、まずは一体を倒す為に。
高速で振り抜かれる山崎の鉤爪。産み出された衝撃波は真空の刃となって翼竜に襲い掛かる。その速度、技の鋭さ、まさしく飛燕の如く。
飛び散る鮮血。コンクリートの地面に肉塊の落ちる音は、サーバントの絶命を知らせていた。
「まずは一体目、ですけれど」
阻霊符を発動させている森林はその様子をちらりと見ると、コンテナの上から矢を放った。狙いは上空にいる残り二体の内にひとつ。
トドメを刺す瞬間を狙って火球を吐き出そうとしていた一体は鋭い射撃に射抜かれ、痛みで攻撃の動作を一瞬止める。
それはほんの僅かな時間稼ぎ。だが、それによって山崎と十八が敵の攻撃に気づく。不意を突かれぬ為に必要だった牽制攻撃。
山崎の回避動作と共に十八の腕が素早くチェーンバー内の弾丸を切り替える。真横にステップする山崎と、射撃される十八のビーンバック弾。火弾はアウルによる非殺傷弾の散弾で一瞬拮抗して僅かに軌道が乱れ、舞うかのような軽やかなステップでそれを避ける山崎。
だが時間差でもう一体が左へと旋回し、弓を持つ松原へと火球を放つ。
「って、うおう、火球キタ! まっすぐ飛んでくれよ……変化球とかノーセンキューだかんな……!」
サーバントとの戦闘は初である松原だが、そのリアクションは反して対応は冷静。相手の射線と軌道が直線だと知ると、身体を捻って直撃を避ける。
腹部の中心を狙っていたそれは、脇腹へと着弾。決して頑丈とは言えない松原には重い一撃。
「けど、こんがり焼かれるつもりはねーって……!」
焼けた肌を抑えながら、残る二体を見据える。
一瞬で一体の同胞を倒された為か、警戒するように左右に分かれて旋回する二体。下手をすれば挟撃される可能性。
だが、空を飛び地を見下ろすが故に、同じく空へと迫る存在にサーバントは義いていない。
僅かな取っ掛かりや凹みを利用して壁走りを行う姿。御暁だ。
戦闘が始まると同時に遁甲の術で気配を消し、壁を登って高低差を消している。その動きは早く、けれど物音一つすら立てないせいで、注意して見なければ見逃してしまいそう。
気配なき走る影。それが、ついに翼あるものへと襲い掛かる。
「さあ、地面を這い付くばりな!」
壁を蹴り、跳躍。翼竜の上からパイルバンカーと共に迫る御暁。完全な不意打ちであり、バックアタック。
杭を打ち出す爆薬の炸裂音。大気を打ち破り、稲妻の如く突き出される剛の一撃を止めるものはない。
落下の勢いを乗せた杭撃ちの一撃は、影と動きを縛る術をも帯びていた。唐突な重い刺突と束縛により、一気に地へと落下していくサーバント。
地への激突。御暁は受け身を取るが、サーバントはそのまま落下の衝撃をダメージとして受けていた。
飛行しているというアドバンテージの消滅した瞬間。
「やっと出番だな」
落下の衝撃が抜け切らないうちにと、疾走して迫る夜鷹。
ナックルダスターを取り付けた拳で顎を打ち抜き、脳を揺さぶる。人体や通常の生物とかけ離れている為に脳震盪を起こすかは解らないが、頭部への攻撃は確実な筈だ。
「その翼、切り裂かせて貰うぜ」
更に側面からステップを踏み、鉤爪を一閃させる山崎。翼の膜を鉤爪で引っ掻くようにして裂いて、空への逃走を防ぐ。
畳み掛けられるのは竜宮と碧水のエナジーアロー。奔る魔力の矢がサーバントを打ち抜き、血を撒き散す。
「こっちにいる翼竜は、僕たちが引き受けます!」
そう叫び、見るも鮮やかな動きで速射の一矢を放つは森林。
今だに空を飛ぶ一体は射程の長い森林、松原、十八の狙撃によって抑えていた。
連続して当たっていく射撃に高度を落としつつある中、翼竜は地に堕ちたモノへの援護は出来ずにいる。逆に牽制攻撃を与え続ける事によって、落下した翼竜を相手取る者達へは攻撃を向かわせない。
だが、地を這う翼竜の苦し紛れの攻撃が十八へと飛ぶ。火弾は決して狙ったわけではなく、偶然に十八のいた方向へと飛んだのだろう。
だが、その一撃に真正面から立ち向かう姿がある。
「さ、させません!」
咄嗟の魔力での障壁を作り上げ、火球を受け止めるのは碧水だ。物理防御に優れているとは言い難い彼では防ぎきれず、魔力の壁ごと火に飲み込まれる。
焼ける人肉の嫌な匂い。生命力の半分近くを一撃で持っていかれている。これがただでさえ生命力の減っている十八に向かうと考えると、ぞっとするとしか言いようがない。
「けど、これが僕に出来る、事、だから」
肌が焼け爛れた痛みに膝をつきそうになるが、堪える。
同様に火弾を受けた森林。癒し手のいない中では、この消耗は辛い。
このメンバーは前衛、特に防御に秀でたものがいないのだ。攻撃の威力と当てる事には秀でているものの、長期戦は不利。
「なら、さっさと終わらせてやるよ!」
それを悟った御暁が、ならばと再びパイルバンカーを構えて地へ落ちた翼竜へと迫る。身を屈め、下段から突き上げるように繰り出す腕と杭打ち機。
「これで沈みな……死の底へとな!」
相手が天の暴虐だというのなら、遠慮などいらない。疾くと討ち滅ぼすのみだ。戦鬼と見紛う程の気合いを放ちながら、繰り出されるアッパーカット。
炸薬で吐き出された杭は、翼竜の顎から頭上までを貫いている。
鮮血と脳漿を噴出しながら、頽れるサーバント。残るは一体と、皆の意識が向く。
銀の目と青の腕。射手として矢を射続ける松原が見るに、このサーバントも限界が近い。こちらも負傷し、傷を癒せるものがいないものの、十八の狙撃銃を起点した連携で相手の高度は下がり、体中に弾痕と矢が刺さっていた。
尤も、此処まで戦えば知能のない相手でも十八が全ての攻撃の起点となっていると気づく。
だが、下がりつつアウトレンジから射撃する十八には火弾は届かない。落下するように滑空し松原を爪で襲うものの、十八のビーンバック弾による射撃で動きを阻害される。
満身創痍であり、自分から高度を下げ、最早詰みとしか言いようのない状況。
きりきりと森林と松原の持つ弓の弦が引き絞られる。
それは死刑への秒読み宣告。
「本当、厄介なのがパタパタ動いてましたねぃ」
十八の言葉も、既に過去形のものとなっていた。
咆哮するサーバント。だが、それに意味はない。
森林と松原の矢が放たれ、翼竜の胸を貫き通す。
空を飛び廻り、弱者を刻んできたサーバントが、討たれた瞬間たった。
●そして地は人のもの
「ボ、ボクも役に立つことができたでしょうか」
負傷者に一応の手当をしている中で呟かれた碧水の声。
中性的で幼い顔には自分が本当に目的を果たせたのだろうかという悩みの色が混じっていた。
「少なくとも、他に被害が出ないようには、なんとかなった……のかな」
既に犠牲者が出ていることに胸を痛めながら、応える竜宮。
怒りと後悔はよく似ている。終わった後に来る苦さは、殆ど同質だ。
「まあ、力押しでしたけれど、高低差のある相手への経験にもなりましたしねぃ。次は、現れたら被害が出る前に倒すんですよ、はい」
対して十八は静かなもの。ある程度割り切った思考をしているのかもしれない。
けれど、そう割り切れるものばかりではない。森林のように人命を第一に考えるものもいるのだが。
勝利したというのに停滞した空気の中、ぽつりと零れる声。
「まあ、なんだ」
ぶっきりぼうに、自分で火傷を負った腕に手当をしながら、山崎が口にする。
「俺たちは、俺たちにしかやれねぇことをしたんだよ。そして、それが出来た。後悔するのも良いけれど、出来た事を見ようぜ。……誰も倒れねぇだろう? あんな厄介な敵を相手にして、誰も倒れずに勝てた。それは、成果だと思うぜ」
そう言うと、ついと顔を背ける山崎。
そして、一言だけ付け加えるのだった。
「礼はいらねえし、お互いにする必要はない。けど、俺たちは仲間、だろう?」
だから勝てたのだ。
そしてこれからも勝てるのだと。人の強さというのはそういうものだと、なんとなく理解して。
「有難う、御座います」
そっぽを向ける山崎に、碧水は改めて口にするのだった。