●声の元へ
静まり返った夜を打ち破る轟音。
銃声に爆音、鋼のぶつかり合う音が連続して打ち鳴らされる。
閃光は四方で瞬いて、戦の始まりを告げていた。
それは撃退士達による陽動の始まり。この襲撃で生じる隙を突くべく、侵入を開始する複数の影。
「始まったか」
「……迅速さが勝負だ。皆こけるなよ」
月詠 神削(
ja5265)の呟きに、向坂 玲治(
ja6214)はニヤリと笑って先陣を切って走り出した。この作戦は速さが勝負。どれだけ素早く標的を撃破出来るかに全ては掛かっている。
陽動に反応してサーバントが四方に散ったとしても、本当に護るべきものに途中で気づくはずだ。
「天界も厄介な事をしてくれる」
直接脳裏に響くような歌声に、月詠は呟いた。
そうして闇夜を見つめ、敵の気配と、同じ班の二人の様子を伺う。
機嶋 結(
ja0725)、望月 紫苑(
ja0652)は二人とも無言だったが、ある意味対照的でもある。
この状態でもマイペースさを崩さない望月に対して、機嶋は無機質とも思える眼に、強い意思を宿らせて校舎へと駆け抜けていく。
もう倒れない。そう心に誓ったモノは、強い。
「これなら開けて進めそうですね」
非常用階段の鍵をスキルで開錠しながら、望月は呟く。非常用階段が使えるなら話は速い。鍵を開けていけば最上階まで一直線だ。
この先に敵はいないかと向坂が確認し、先を進む。見つからないように身を屈ませながら、月詠は携帯でもう一つの班へと連絡を入れる。
連絡を受けた卜部 紫亞(
ja0256)達もまた、別のルートで屋上を目指していた。
八人が集まっていては発見され易くなってしまう。二つの班に分かれたのは正解だった。
響き渡り続けるサーバントの歌声。撃退士には効果がないが、一般人はこれによって眠りに落ちている。
避難は事実上の不可能。それを解く為にはこのように、敵陣へと潜り込む必要がある。
それでも、いや、だからこそ君田 夢野(
ja0561)は思うのだ。
「(この作戦が成功すれば、部隊活動と人命救助が少しでも楽になる……!)」
危険は当然。それでも脚を踏み入れるのは、人を助けたいからか。
ただ、不可思議で、そして美しい歌は流れ続ける。
か細く、そして妙なる調べ。戦闘音が轟く中でも消えはしない。
眠りへと誘う歌が響く、この京都。天使に侵略された、日本で最も古き街。
人が何をしたというのだろう。此処は人間の世界で、天使達の玩具箱ではないし、天から罰を受けるような謂れもない。
それでも現にこの都を侵食し、眠らせる歌声に、逢染 シズク(
ja1624)は俯いた。
何をしたいうのだろう。
平和に暮らす事、それすら願えないのか。
「歌、歌、ね」
対して、神喰 茜(
ja0200)が思いを巡らせるのはその歌声の主達の事だ。
エインフェリア。伝承によれば、死んだ戦士の魂。
何とも天界らしいサーバント。ならば、考えるのは一つ。
「斬るよ」
久しぶりに表れた斬り甲斐のある相手。
屋上は、もうすぐだ。
●電光石火
タイミングは、携帯のコールに合わせて。
非常用階段と校舎の中から、二班がほぼ同時に屋上へと突撃を開始する。
「さぁて、まずは俺達と協奏曲を奏でようか?」
「血飛沫の音を聞かせてくれるといいんだけどね」
君田の声に応じるように茜。共に抜き身の刃として屋上を駆け抜けた。
攻撃班である四人の迎撃へと向かったのは長剣のサーバント。レイピアを持つサーバントは一方下がって歌い手を護り、弓を持ったものは空中へと舞う。
「流石にフリーにはしないか」
護る対象であるものを放置して迎撃には向かわない。解っていた事だが、このサーバントには多少の知能があるのだと月詠は矢を番える。
舞うように動き、迎撃の動きを見せた三体の乙女。そして、守られる歌い手。
長髪を夜に広がらせ、瞼を閉じた間々、眠りの歌声を響かせている。
美しい。そして、だから怖いと思う。人界に有り得ざる美を見て、逢染の背筋が震えた。いや、だからこそと大剣を握り締め、君田と茜に続く。
「美しくて怖い。けれど、だから消さないといけない」
この世には有り得ざるべきものだと、呟いて。
それが聞こえたのか。大太刀を構えて機嶋が言葉にする。
「あれが何であれ、倒します。それが、任務ですから」
走る刃達。
そして、激突する。
先手を取ったのは、撃退士達を迎え撃つ長剣のエインフェリア。
霊力が注ぎ込まれ、凛冽な光を纏う長剣。その切っ先が狙ったのは、君田。
その気迫と圧力に一瞬怯みかける。相手は出し惜しなどない。相手は最初から全力で撃退士達を排除しようとしていた。
夜を焼く光剣の一閃。肩口を深く切り裂かれる君田。
技量、力、速さ、共に相手が上なのだと思い知らされる一撃だ。
だが、天からの祝福を高める技なら、むしろ好都合。狙うのは速攻戦なのだから。
「…っ……負けられないんだよっ。命を賭した俺の黒き旋律、その身に刻みこんでやるよッ!」
返しの一太刀を放つ君田。纏ったアウルを黒く染めながら、武器の周囲に空間が歪んで見える程の重低音が纏わりつく。
負傷を意に介さず放たれた一撃は、エインフェリアの身を斬ると同時に音が衝撃となって炸裂する。
斬撃による負傷、そして聴覚を叩いた爆音によって身を怯ませた所へ、逢染の両手剣が閃いた。
「畳み掛けます!」
言葉通りに、相手へ体勢を整える暇を与えまいと繰り出された、逢染の闇を纏った漆黒の斬撃。肩口を裂いた刃に続けて、卜部が魔力によって錬成した破壊の矢が放たれる。
狙いは肩。鎧を穿ち、破砕してその身を止める。
「こっちも出し惜しみはなしでいくわよ。優秀なやつからまず落とさないとね」
卜部の言葉に、衝撃で体勢を崩したエインフェリアは応じられない。
代わりに、悪寒を覚えさせるような赤黒いアウルが閃く。
「私は斬り応えがあれば、それでいいかな」
体勢を崩した瞬間に斬撃を繰り出す茜。
狙うのは徹底した急所、首だ。首を跳ねられて生きてはいられまいと、打刀で薙ぎ払う。
それをギリギリで避けたものの、肩と首の付け根を裂かれたエインフェリア。血の代わりに光の粒子が撒き散らされる。
普通のサーバントなら此処で倒れても可笑しくない猛攻。だが、倒れない。
一筋縄でいく相手ではないのだ。加え、連撃を受けたのを見て弓使いが長剣持ちへと治癒をかける。
「それなら、攻撃の手を緩めないだけです」
逢染の言葉の通りに、絶える事のない連続攻撃を仕掛ける四人。
鋼の火花散り、血飛沫が踊り、刃が鳴いて加速していく斬撃の舞。
向坂は歌い手へと疾走し、その斧を振り翳す。
「がら空きだぜ……頂き!」
同時に身に纏うのは、相手の気分を害し、意識をこちらへと向けさせるアウル。
護衛対象が危険に晒されたのを見せつけられ、間に割って入るレイピアのエインフェリア。だが、一瞬、向坂のタウントで気を取られた僅かな間に機嶋がその側面へと回り込んでいる。
漂う暴虐の気配。機嶋の白刃に映し出されたのは、斬殺すべき対象。
「報酬の為です。死になさい」
更にレイピア持ちを狙うのは望月のリボルバー、月詠の弓矢。共にレイピアの足止めの為、放たれた三連撃。
けれど、レイピアが閃いた。響き渡る鋼の音。細剣が機嶋の大太刀を弾いて軌道を逸らし、返す刃で月詠の矢を撃ち落とす。
そして構え、向坂へと突き出される刺突。
受けようとするが間に合わない。剣を手繰る技量、という意味において、この相手はかなりの域にいる。
だが。
「痛ぇな。……だが、まだまだ倒れないぜ?」
刃に身を貫かれながら、それでも向坂は怯まない。むしろ、攻撃が味方にいかなかったのだからこれで良いと笑って、斧を構えなおした。
月詠も鋭く周囲を見渡し、戦況を確認する。
「そして、思ったより弓使いも高くは飛ばないか。長剣に治療を届けさせる為にも高くは飛べないのか?」
そうだとすれば、嬉しい誤算だ。
「こちらに出来る陽動に徹する、か」
「私たちは陽動として、出来る事を」
そして、激化していく戦場。
絶え間ない刃の中、再びエインフェリアの長剣へと光が集まり、凝縮されていく。
生気と正気の見られない瞳は、けれど戦士として倒すべき相手を見ていた。
それはカウンターを狙ったせいで負傷の度合が激しい君田。剣士として倒せるものから倒すという絶対則に従い、僅かな隙を狙って突き出された長剣。
避けも受けも間に合わない。君田の腹部を貫いて、臓腑を焼く光の刃。カオスレートの変動により先ほどよりもダメージは増加している。
「倒れて……たまるか!」
それでも気迫を落とさずに繰り出された唐竹割りの斬撃を受け、逆に長剣のエインフェリアが片膝をついた。
このままでは押し切られると、浮遊して宙へ逃げるエインフェリア。だが、それを追うように振り抜かれる逢染の刃。刀身の届かぬ空へと逃げた筈が、風の衝撃波として放れた刃に身を刻まれ、落下。
が、今度はレイピア持ちの治癒が飛び、傷を癒す。
けれど、押し切るのは此処だと、卜部のエナジーアローが飛来する。
此処で押し切れなければ拙いと誰もが実感している。君田は後一撃を耐える生命力を残していないのだ。
赤黒い気を纏って奔る茜の刃。凍えるような刺突の冴え。
が、その命にはまたも届かない。腕を盾にして、心臓を庇ったのだ。
片腕は死んだも同然だが、片腕でも剣は振るえると、立ち上がる。
狙いは当然のように君田。
振り上げられた長剣。けれど、それは降り下ろされる事はなかった。
「ギリギリ、だな」
一条の矢が、空を切ってエインフェリアの喉を貫いていた。
その先にいるのは月詠。冷静に戦場を見渡し、四人では押し切れない対象へ、トドメの一撃を送ったのだ。
「次は弓ね」
まだ高くは飛んでいない弓使いを見て、卜部が告げる。
「空を飛ばれると、面倒ですね」
そう言葉にしながら、望月のリボルバーが弾丸を吐き出して弓使いを捉えた。
反撃にと矢を番えたエインフェリアの狙いは、機嶋。
光で編まれた一条の矢。機嶋は大太刀を手繰り寄せ、その刀身で受けて弾くものの、束縛の霊力までは弾けない。
見えない力で身を縛られる感覚。それを強引に無視して、動く。
歌い手を狙うとフェイントをかけ、下段から跳ね上げる刃でレイピア持ちを狙う。束縛された身では斬撃も受けられるが、武器の重量と勢いで相手の体力を削った。
続いたのは向坂の斧。肩へと食い込む一撃。
長剣持ちは倒れ、確実に押している。けれど時間がない。このままでは増援が来て逆転される可能性がある。
「月詠、望月。こいつは俺と機嶋で抑える。だから弓使いを頼む!」
頷くのを待たずに、再びレイピア持ちの抑えを継続する向坂。
そして、駆け抜ける撃退士達。そして君田が跳躍。
「俺の間合いに入るとは、迂闊だったなッ!」
袈裟に斬り下ろされる斬撃。生命力の余裕を考えて、ゴシックビートの使用は避けたが、弓使いの耐久力は低い。斬撃の重みに耐えきれず、地へと落ちる。
「…今度は貴方たちが眠りにつく番、です」
再び漆黒の闇を纏う逢染の両手剣。駆け抜けた勢いをそのままに斬り払い、胴を切り裂いた剛の一閃。光の粒子を闇のアウルが飲み込んでいく。
最後の滅影。それは確実に、その存在ごと深く弓使いを切り裂いていた。
「人間っぽいなら、多分此処は弱い筈よね」
最後の一発であるエナジーアローを弓使いの顔面に放つ卜部。薄紫の光に視界を焼かれ、隙が出来る。
――ああ、と茜は自分の背筋がぞくりと震えるのを感じる。
何度も狙った斬首。それを叶えるべく抜き身の刃として旋回する。赤いアウルを纏い、大輪の華を描くよう薙ぎ払われた一閃。
首へと吸い込まれ、骨を断ち、反対側へと抜けていく。血の代わりに吹き上がる光の粒子。
「流石に斬り応えと甲斐のある相手だね」
血のようなアウルと髪を靡かせ、微笑んで残る一体へと視線を向ける。
護衛はレイピア持ちが一体だけ。
ならばと思った瞬間、茜へと蒼白い炎が飛ぶ。不意の魔炎に身を焼かれ、続く動きが一瞬だけ鈍る。
「増援!?」
入口に注意していた卜部だが、蜥蜴と人魂は壁を登り、或いは宙を浮いて現れていた。
「ちっ」
人魂へ即座に矢を射る月詠と、前へと出て牽制する卜部。だが、二人の攻撃に耐える人魂。
加え、走る蜥蜴。こちらの対応をする者は、誰もいなかった。
そのまま向坂へと向かう蜥蜴。レイピアの抑えをしている者へは、危険な増援だ。
「くそっ、このまま放っておけるかっ!」
負傷した身体を押して前へと出る君田。蜥蜴の突進で、一瞬視界が白くなる。
これ以上は限界だ。
そして、攻撃の為のスキルも尽きている。
それでも、此処まで来て下がれられない。もう少しで標的へと刃が届くのだ。
「そこです!」
再び望月のリボルバー。膝を撃ち抜き、レイピア持ちの構えが崩れる。
恐らく、最後の機会。此処を逃すまいと、撃退士達の攻撃が重ねられた。
卜部の魔弾が身を焼き、逢染と茜の刃が左右から十字を描いてエインフェリアを切り裂いていく。
「落ちろ!」
願いに似た向坂の一声。続いた刃は、肩を割って胸へと至る。
崩れ落ちる姿。
そして、その向こうにいる歌い手。
瞼を閉じ、ひたすらと歌い続けるエインフェリア。同胞の死も眼に入っていないのか、透き通るような声が続いている。
見れば飲み込むような美麗さ。天界の歌い手としての存在感がそこにはあった。
故に、人を誘う声を持つ。成程、と頷いて。
「美しいですけれど、戦場ではそんなの無意味です」
戦において必要なのは力。技術など知らぬと暴力だけを乗せた一閃を繰り出す機嶋。
胸を大太刀に袈裟に切り裂かれ、けれど歌い手は動じない。ただ歌い続ける。
その為だけの存在のように。ひたすら繰り返すオルゴールのように。
綺麗。だが、それが異質な美しさと、誰もが理解した瞬間だった。
だからこそ、そこで即座に動けたのは逢染だった。美し過ぎる、だから恐ろしく見えていた。
それでも戦おうとしていた意思が、彼女を咄嗟に動かしたのだ。
「……っ…!」
天界のモノ、人の世に在らざるべき歌い手の心臓を、逢染の両手剣の切っ先が捉える。
光となって散っていくエインフェリア。歌も徐々に掻き消え、けれど、その姿がなくなるまでは続いていて……。
「撤退だ、下がるぞ!」
蜥蜴を押しとどめていた君田も限界だった。向坂が背負い、全員が非常階段へと疾走する。
眠りに誘う子守唄は止んだ。これで、人々は目覚める筈だ。
「後は、避難が上手く行く事を祈ろう」
「……これで夜明けの時、だな」
まだ戦場は続く。京都は占領された間々だ。
けれど、確実な第一歩として、彼らは人々の解放に成功した。
追いすがるサーバントを蹴散らし、或いは逃げてやりすごしながら、朝を待つ彼ら。
人の世は、この都は、どうなるのだろうか。