●山の穴
茂みに隠れながら、山を登っていった一行。
予定通りに洞窟付近まで辿り着けたものの、まだ春というには遠く、寒い時期だ。
木陰に隠れ、或いは茂みに身を伏せているだけで、体温を奪わていくような気がしていた。
肌を刺すような風を受けながら、リョウ(
ja0563)持ち込んだ双眼鏡で洞窟の入り口を確認する。
「討ち漏らした蟻人か…」
言ってしまえば敗残の残党。相手に余力もこれ以上逃げる事の出来る場所もない。
けれど、これから相手取るのは天魔である。
油断出来る隙はないだろう。双眼鏡で覗いた洞窟の入り口には、二匹の蟻人が歩哨として周囲を警戒している。
装備は弓と大剣と、剣盾と長槍が一匹ずつ。
尤も、低い知能では周囲に潜んでいる撃退士に気付けないようだ。直接目にしなければ敵と感知できないのだろう。
「蟻って、餌を見つけたらわらわらわきますけれど……これ以上は増えない、ですよね?」
隠れながら呟く砥上 ゆいか(
ja0230)。数というのは、イコールで単純な力になりやすい。手数という意味ではこちらが上なのだが。
「連携も重要でしょうな。そういう意味でも、実戦が最大の授業と」
扇子で自らを仰ぎながら虎綱・ガーフィールド(
ja3547)。囮役を担当する事となっているのだが、気負いはないようだ。
多数対多数ではまず土台に役目と連携がある。
「……難しいね」
並木坂・マオ(
ja0317)はそう行った意味だけではなく、もっと別の事で悩んでいるようだった。
力は実戦で磨き上げるのが手っ取り早い。だが、それは人界にゲートが開いているとう現状でもあり、敵がいるという現実を指している。
天魔という敵がいる限り、人間は脅威に晒されている。その為に力が必要で、けれどそれを得る為には実戦が手っ取り早く。
「ん、やっぱり難しくて、解らないよ」
焦っているだけかもしれないが、少しても強くなりたい。この帽子が似合う位にはと。そうマオは結論付ける。
「ま、腕試しには丁度良い場所だな。気合入れていくぞ」
「さて、今回は新しく覚えたスキルをテストする良い機会ですね……」
斧を構え直す向坂 玲治(
ja6214)に、少し考え込むアーレイ・バーグ(
ja0276)。二人としは今でに磨き、身につけてきた力を存分に試すつもりなのだ。
共に火の技を持つ二人。その威力は如何ほどのものなのか。
「作戦方針はアーレイさんに従います。纏めて倒せればかなり楽になる筈ですし。……みなさん、どうか宜しくお願いします」
そう言って礼儀正しく頭を下げる御堂・玲獅(
ja0388)の願いは救済。
自分の能力は誰かを助ける為にある。それは戦闘、戦場でも同じなのだと。医者としての一族に産まれ、他者を癒すアストラルヴァンガードの力に目覚めた彼女は、これからどれだけの人を救っていけるのだろうか。
「オーダーは理解です」
逆に淡々とし過ぎているのは、この中で最年少のフローラ・ローゼンハイン(
ja6633)だ。小等部の少女が持つには大きすぎる銃をホルスターに。けれど、年齢と実力は必ずしもイコールではないのが撃退士でもある。
「そろそろ頃合いかな」
洞窟の入り口の偵察から得た情報を加えた最後の相談と調整を終えて、グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)が告げる。
各々が、思う場所へと配置に向かう。
●襲撃
蟻人の巣として占拠された洞窟の、正面。
「さて。大きな戦いも近い様だし、スキルを試してみるとしようか」
「知能が低いとはいえ連携して行動できる以上、原始的な感情を読むぐらいは出来ましょう」
囮として隠れず前へと出たのは、ガーフィールドとリョウの鬼道忍軍の二人だ。
苦無を構えつつ、蟻人へと接近する。戦意と敵意は十分。
知能は低くとも、自分達へと向けられたそれを感じる事は出来るのだろう。それぞれ四本の腕で武器を操り、構えながら、キリキリと金属の噛み合うような音を立てる。
「これが仲間を呼ぶ声だったらいいんだが、解らないな」
そう口にする横で、ガーフィールドは爆竹に火を付け、二体の守る洞窟へと投げ込んでいた。
「挑発はそれなりに理にかなっておりますよ」
その言葉に続いて、派手な爆音。それを皮切りに、二体の蟻人が攻勢に移る。
敵の全てが洞窟から出てくるまで誘き出すのが彼らの役目。後退しようとしていた所に、駆け抜けて払われる長槍と大剣。
が、その二振りは軽やかな動作でリョウとガーフィールドの二人に避けられていた。鬼道忍軍としての身のこなしの速さ、そして戦闘予測力。
とはいっても。
「流石に、ずっと避け続けるのは無理か」
蟻人の腕が劣っている訳ではない。二度繰り出されて、二連続で回避できるような技量ではなかった。今のは偶々別々の二人を狙ったからこそであって、連携を取られたら危険だ。
けれど、役目は果たさなければならない。
左右へとステップを踏み、弓持ちへと苦無を投擲するリョウ。番える動きと同時に大剣を振るうこの敵を危険と判断したのだ。
「となると、自分はこちらでござるか」
別の個体へと目標を定め、攪乱をしかけるガーフィールド。予め用意していた水風船にアウルを込め、苦無と共に投擲し目隠しの靄を発生させる。
視界を濁らされた槍持ちの蟻人は剣と盾を構え、反撃として刺突を繰り出してくるが、その動きは鈍い。再び余裕を持って避けるガーフィールド。
リョウは大剣で腹部を裂かれた。けれど、このままならいける、と思った時だった。
キリキリと、あの声。虫の、金属じみた声が洞窟から聞こえ、洞窟から四体の蟻人が飛び出した。
そのうち三体は既に弓、そしてクロスボウに矢を番えられており、黒い司令官蟻人に続いて射撃される。
狙いは、全てガーフィールド。三本のうち一本は避けるが、二本の矢に貫かれて、姿勢を崩す。
二人だけでの囮は危険過ぎたのだ。
「……っ…させませんっ」
そのままガーフィールドの脚を払おうとした長槍の蟻人の前へと、ブロンズシールドを掲げて飛び出したのは玲獅だ。追撃として繰り出された穂先を盾で受け止めると、矢傷を癒そうとライトヒールを発動させる。
少なくとも、この時点で蟻人は全て洞窟から現れたのだ。囮としては成功の分類だろう。
故に、隠れていた面々も戦場へと姿を現す。
「まずは一体だ、ぶっ倒れろ!」
駆け抜け、銀の焔を纏った斧を振りかざすのは向坂。銀の閃光となった刃は蟻人の外殻を砕き、その内側を焼きながら切り裂いていく。
「ええ、まずは一体、倒すつもりで」
続くのは両手剣を下段に構えたゆいかだ。
間合いに踏み込むと同時に回転し、繰り出されるのは砥上流剣戟術酉乃型・八咫烏。
身を旋回させながら跳ね上げられた巨大な刃は蟻人の側頭部に吸い込まれる。頭部を斬り砕きながら炸裂した衝撃は意識を刈り取り、続く攻撃を避けさせない。
「まだ、火葬には早いですね」
一度きりの奥義をまだ伏せ、アーレイが魔導書から雷撃の魔弾を発生させて、追撃を放つ。
「高いお金を出して買っただけあってこの魔術書は射程、攻撃力共に優れものですね」
言葉の通り、威力としては最上級の魔の雷撃だ。
瀕死の状態の蟻人へ、トドメと突き刺さるグラルスのスクロールの光弾。
彼もスキルは所有していたが、使用する場を探っている。回数に制限がある以上、機を見なければならない。
「オーダーは強行殲滅。遂行します」
茂みから狙いを定め、銃のトリガーを引くフローラ。一点を狙い穿とうと放たれた弾丸は弓を持った蟻人の腕へと着弾し、確かな損傷を与える。矢を番える腕を弾丸で貫かれては、もうまともに弓は使えないだろう。
そして、奇襲で仲間が一人倒された事で後退を始めようとする蟻人達。
洞窟の中から弓を射るつもりなのだ。狭い場所で、防御を固めつつ、反撃の体制を整えようと。
「悪いけど、それは勘弁!」
そう叫び、蟻人達の群れの後ろ、洞窟への退路を断つように飛び出したのはマオ。予め洞窟から出てきたら後方を取れるように隠れていた為に、不意を突いて退路を断つ。
「止まれ!」
繰り出したのは人の武技ながら、アウルを燃焼させる事で人外の威力、速度を手にしたソバット。後ろ回し蹴りとして繰り出されたそれに胸部を強打され、弓持ちがよろめき、たたらを踏む。
きちきちと鳴き声を立て――そこへ滑る双つの刃。
「……っ…」
司令官である蟻人がファルシオンでの連撃を繰り出したのだ。脇腹と肩口を切り裂かれ、鮮血。
弓と大剣の配下に正面を任せ、自らがマオの相手をしようというのだろう。
実力が低い訳ではない。少なくとも一対一の、孤立した状態で倒せる相手ではないと、斬られた傷口が物語っている。
それでも諦める気はなかった。倒せなくとも、時間稼ぎはするのだと。
素手と剣の勝負。ならば相手の間合いの内側に入ろうとマオが踏み出した時、黒い疾風が駆け抜ける。
「一人でこれの相手は辛いだろう。二人で抑えるぞ」
それは鷲閃を使用し、アウルで脚力を強化して移動速度を上昇させたリョウだった。槍を手に、戦場を駆け抜けたて来た速度を乗せて、穂先を指令蟻へと叩き込んでいる。
深く突き刺さった刃は即座に抜き、離れる。一拍遅れ、ファルシオンの返し刃が放たれた。
「これからが本番、だね」
見事誘き出し、一体を不意打ちで倒しつつ、挟撃の形を取れた。
後は、純粋な力で倒すだけだ。
●火華と刃
盾を構えた蟻人は、成程確かに硬い壁役だった。
忍刀を弾き、両手剣を受け止め、聖なる炎を纏った斧刃をも耐える。
更にもう二本の腕で足払いを繰り出し、ガーフィールドを転倒させている。
それでも、やはり一体で耐えるには限界があった。
「二体で交代して攻撃を受けていれば、或いは……」
フローラはそう呟きながら連続してトリガーを絞る。その数だけ吐き出された弾丸は蟻人の頭部へと着弾し、風穴を開けて崩れ落ちる。
前へと出ていた大剣と弓の蟻人へとグラルスがスクロールで魔弾を撃ち込むと、ダメージを気にしてか後退を始めた。
そして、後ろから弓を射ていた蟻人は逆に前進を。三体で固まり、数で押し返そうとしているのだろう。
「このタイミングがベスト、ですか」
アーレイが図っていたのは、切り札のタイミング。
巻き込むのであれば、よく多くを狙える瞬間をと待っていたのだが、これ以上の機はないと魔力を練り上げ、一つの炎球を産み出していく。
「さて……私の火力に耐えられますか? 速やかに火葬して差し上げましょう」
それは一瞬で巨大な球体へと膨れ上がれり、蟻人の群れへと放たれる。
炸裂し、色鮮やかに燃え上がったのは大輪の火の華。爆音と共に産まれたそれは、広範囲の周辺を炎で舐め尽くし、飲み込んで、消えていく。
外殻は焼け焦げ、或いは溶けて、負傷していていた蟻人はそのまま炎に飲み込まれて倒れ落ちた。
「ふむ。入学して半年、鍛錬の成果が出たということですか。慢心は禁物ですが」
予想以上の成果に喜びを感じ、満足げに薄く微笑む。
とはいっても、一撃で倒せたわけでもない。残る二体は火傷を負いながらもまだ立っている。
「一気に畳み掛けよう!」
爆裂に巻き込まれ、態勢を崩した所へ追い打ちをかけるべくゆいかが疾走。
勢いを乗せた切っ先。狙うのは外殻の隙間。身を焼く熱と炎のせいで構えを解いた蟻人にそれは止められない。
胸部と腹部の隙間に突き刺さる両手剣。零れ落ちる体液は一瞬で蒸発していく。
「トドメだ!」
刃で身を貫かれ、動きを止めた所へと向坂の斧が一閃。首を斜めに切り飛ばした。が、そこで気を抜かない。耳に聞こえたのは、大剣が振り上げられる風切り音――。
「そこかっ!」
聴覚を頼りに反転、大剣を振り上げた蟻人を視界に収める。避けるのは今更不可能と、相手の太刀筋の軌道上に自らの斧刃を重ね、剛の斬撃を受け止める。
鋼同士の噛み合う盛大な火花と悲鳴音。肉体に負担をかけながら、向坂は強引な受けを成功させる。
そのまま力任せに蟻人を押し返すと、グラルスとフローラの光と鉛の弾丸が蟻人を貫き、その活動を停止させる。
「スキル切れ、ですか」
硝煙を銃口から立ち上らせつつフローラは呟き、残る指令蟻へと視線を向かわせる。
そこにはリョウとマオの他に、先程駆け寄っていった玲獅の姿もある。
ブロンズシールドを引っ掻いていくファルシオンの連閃。刃を盾で受けて凌ぎつつ、マオとリョウ、二人の傷を癒していく玲獅。
「私に出来る、支援をしますから」
絶対に勝つのだ、と。
戦いに勝利する為の形は攻撃だけではなく、むしろ玲獅のような支えも必要で。
頷いたリョウとマオが、両側面から挟み込むように接近する。
流れる蟻人のファルシオン。
脛を狙った牽制の一撃を跳躍して回避しつつ、マオは空中で旋回する。
「はぁっ!」
カウンター気味に放たれるソバット。蟻人の顔を蹴り貫いて、着地する。
そして出来た隙を開いていくように、リョウが繰り出す槍の連刺突。体勢が揺らいだ所へと更に押していく攻撃に続いたのは。
「疾ッ」
地を這うように疾走して来たガーフィールドの忍刀。飛び上がるようにして下段から放たれた鋭い一閃と共に再び目隠しで靄を発生させ、視界をぼやけさせる。
「残るは指揮官みたいだね。仕留めさせてもらうよ! 弾けろ、柘榴の炎よ。ガーネット・フレアボム!」
今まで温存させていたグラルスのガーネット・フレアボム。炎を纏った真紅の水晶が魔力で生成され、離れたる。着弾と同時に小爆発して炎を与え。
「この炎、ちっとばかし熱いぜ?」
最後の一発である向坂の聖炎。銀の軌跡を描いて疾走する刃は、受け止めようしたファルシオンを摺り抜けて、蟻人の腕の一本を斬り飛ばす。
視界はぼやけ、身は焼かれて腕の一つを失う瀕死の状態の蟻人。
必殺の機がそこにあった。
「なら、これで!」
間合いへと踏み込みながら、再び繰り出されるゆいかの砥上流剣戟術酉乃型・八咫烏。
迎撃の為、繰り出されるファルシオン。切り裂かれつつも、回転する事で被害を最小限に抑えつつ、捻り、撓め、旋回力を込めた渾身の斬撃を繰り出す。
得たのは、後の先。迎撃しようとファルシオンを振りぬいた完全な無防備な姿がそこにある。
炸裂したのは体の軸をずらす程の重と剛の斬。下段から逆袈裟に切上げられた両手剣は、外殻の抵抗を強引に砕いて、蟻人を半ば両断する。
吹き上がる体液。
「…………」
「…………」
一瞬の停滞。
だが、どさりと崩れ落ちる蟻人の姿を見届けて。
「敵の殲滅を確認…。ミッションコンプリートです」
フローラが淡々と終わりを告げた。
そして向坂も、一息ついた。
「ふぅ、ざっとこんなもんだな」
身に付け、鍛え上げた技は、実戦でも通用するのだと自信を得て。
少なくとも、今まで学園で行って来た鍛錬は意味のあるものだったと、実感しながら。
撃退士としてどれだけ登り詰める事が出来るかは、彼ら次第。