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マスター:燕乃
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/03/03


みんなの思い出



オープニング

 ちりん、

 と鈴の音。
「……っ…!」
 冷たく廊下へと響く音に、ぞっと鳥肌が立って頬の筋肉が引き攣る。
 震える脚と指。
 ゆっくりと振り返ると、つめたい月光に照らされた青白い廊下が延々と伸びていた。
 学校の廊下。硝子の窓と、教室が横に並んでいる。
 何もない。
 鈴の音は遠くから聞こえた。でも、距離など関係ないのだ。
 あれは自分ら姉妹を見つけたという証で、今から追いかけるという合図。
 始まる。何かが来る。冷たい風が奥から、首筋を撫でるように流れる。
 ダレカの指先が、髪の毛に絡まめられたような感覚。
 見えないナニカに、見つめられている錯覚。
 爆発しそうな鼓動を耳の後ろに感じて、姉である少女は、掠れた声を洩らした。
「に、逃げよう? もう、少しで……校舎から出られるから」
「う…ん……」
 妹もこくりと頷くと、唾を飲んで、後ろを振り返りながらそろそろと足を動かす。
 音を立てたくはなかった。
 こつ、とこの廊下に踵をぶつけただけの些細な音でも、ソレは反応しそうで。視界がない分、物音に強烈なまでの反応が起きそうで。
 怖い。
 怖いのだ。
 何時も通い、暮らしている筈の学校を、全く違うものとして感じていた。
 例えるなら、化け物の腹の中。違う、これは異形の森。
 つめたい月灯りの中で、さめざめと影が動いている。追放された異形が、新たな犠牲者を求めて彷徨っている。
 実際、姉妹の前に現れたのは『そういうもの』としか言いようがなくて。
 強く結んだ二人の手は、そこだけが血で赤く塗れている。
 無数の茨でずたずたに刺されて裂かれたような傷跡。ぷるぷると震え、ぬめる肌。それでもお互いを離さないようにと、強く、強く。傷痕から血が溢れても。
 足音は立てない。
 呼吸も、抑えて。
 鈴の音なんかないのだから。
 ほら、今はもう聞こえていない。何も起きてないじゃないか。そう、きっと大丈夫……。
 そうしているうちに、玄関がちらりと見えた。
 あそこから出ればもう安全で、助かるのだ。姉は安堵の息をついて、後ろを振り返る。あれは、いない。なら、後は走り抜ければ。
――そう思った時、髪の毛と頭皮に、冷たい指が触れ、掴まれた。

 ちりん、

 驚愕も、思う暇があれば。
 恐ろしい程の怪力で引っ張られ、教室の扉を壊しながら中へと吸い込まれる姉。
 妹が見たその手は人のカタチこそしていたものの、異様な程に長かった。
 にゅるりと縮んでいったその手には、太くて真っ黒な有刺鉄線のようなものが幾重にも絡まっていて、アレの手なのだと一瞬で解ってしまった。
「お姉ちゃん!」
 自分の手を掴み、怪我をさせた怪物なのだと理解しても、姉を見捨てられず、続くように教室へと飛び込む妹。
 そこには、やはりアレがいた。
 赤黒いワンピースを着た、長い黒神の女性。
 生気を感じられない、蒼白い肌。元々は拘束具だったのか、手首から指先にまで巻きつけられた有刺鉄線。
 そして、ぼたぼたと落ちる粘性の血の涙――眼窩に眼球はなく、ぽっかりと黒い穴が開いている。
 コエに、ソレは反応した。
 棘のついた手で姉の首を絞めようとした手を、つぅと、今、教室へと入ってきた妹へと伸ばして。

「灯……リヲ……」

 ぼたりと、頬から落ちる半ば固まりゼリー状になった血液。
 伸ばされる、赤黒い血痕の残る指先。それはまるで、眼球をそれで押し潰した跡のようで……。

 悲鳴、絶叫、自分が何を言ってどんな表情を浮かべていたのか、妹は覚えていない。
 ただただ逃げた。脇目もふらず、何も見ず、それこそ姉を見捨てて。
 それが正解だったのかもしれない。それしか出る方法がなかったのかもしれない。
 その後は何も覚えておらず、上履きの間々外へと出れば。

 蒼白い夜空は消え、本来の黄昏の空が、校庭の上には広がっていた。


●久遠ヶ原学園・依頼斡旋所

 
「さて、余ってくれたね。今回はかなり特殊なディアボロが相手の依頼だよ」
 そう口にするのは久遠ヶ原の事務員。
 何枚かのファイルを手にして、集まった全員に説明を始める。
「現場となっているのは、とある学校の校舎。そこに一体の非常に特殊な能力のディアボロを確認したんだ。先に言っておくと、そのディアボロの実際の戦闘力は皆無だ」
 その変わり、その能力、性質が危険で厄介。
「その能力は、一定の範囲に入ったものに幻術で幻覚を見せ、感じさせるというもの。肉体に傷は負わないけれど、見るし触れられるし、なにより痛みもある。激痛で気絶するという事も、あるかもれないね」
 幻覚でまやかしの世界を作り出すディアボロ。
 そして、そのディアボロは今回、悪夢の世界を作ったのだという。
「戦闘力も、そして、どうやらこのディアボロは知能もない。一定の範囲に入った人間に対して、とあるルールに則った幻覚を見せているようだね。内容は……まあ、一言で言うとホラー映画だよ。逃げ出してきた少女が言うには、眼球をなくした、手を有刺鉄線で巻かれた女性が追ってくるというもの。それが無条件で校内に入ったものに効果が及ぶ」
 撃退士ならそんなものは怖くないのではないかという声が上がるが、いや、と事務員は首を横に振った。
「このディアボロは、自分の能力の及ぶテリトリーに入ったものの意思や生命力に反応し、反射させるようにして幻覚を見せているんだ。強い意思を持って相手のテリトリーに入ると、幻覚が強化される……先ほどに言ったように、痛みも感じるからね」
 つまり、こちらの意識がある限り幻覚は解く事は出来ず、強い意思を持って挑めば逆に幻覚が強化される。
 そして幻覚なのだから、襲ってくる女性を『倒す』事は不可能。一方的に相手の攻撃に晒され続ける事になるだろう。
「ただし、一定の法則があるし、それをディアボロが破る事は出来ない。校舎の何処にいるのか探し出して、一撃でも与えられれば恐らくディアボロは消滅して、幻覚の結界を解かれるだろうね」
 その法則というのは、強い意思、特に自分への敵意を抱いている対象に対して優先して『女性』の幻像を出現させて襲わせ、意識を奪う。
 逆に恐怖を抱いているものに対しては優先度が下がる。
「まあ、幻覚が『女性』だけとは限らないけれどね。幻覚が出現する直前には、鈴が鳴るようだ、注意して。……まあ、危険なホラーハウス、という所だね」
 そして付け加えるように。
「今回、脱出してきた少女には姉がいて、その姉はまだ出てこれていないらしい。命を奪う事が出来るディアボロではないけれど、しっかり助けて欲しい。それじゃあ、宜しく頼むよ」
 


リプレイ本文

●異形の夢

 
 撃退士達が到着し、突入への準備を整えたのは、もう夜遅く。
 窓際に敷かれたマットに、後ろに控えている救急隊員と救急車。
 その赤いランプに照らされているのは、ディアボロが出現したという校舎。
 夜闇の中、時折真っ赤に染まるそれは何処か不気味だ。いっそ原型を留めない廃墟のほうが、これから起こる事らしくてまだ身構えられる。
 何の変哲もない、学び舎。この中に、悪夢が詰まっているのだ。
 幻覚とはいえ、ディアボロの作った領域の中に踏み込めば、文字通り異界へと行く事になる。
「…お姉ちゃんを助けて、か」
 虎牙 こうき(ja0879)が呟く。
 そのワードに思う所があるのか、暗い夜空を見上げている。
 何かを、探しているかのように。それは遠い過去だろうか。それとも、夢だろうか。
「何しても、早い所助けてやらんとな。ただのお化け屋敷みたいなものと言っても、一人では辛いだろう」
 悪夢の箱に取り残された少女を救うべく、準備を整えた麻生 遊夜(ja1838)も校門の前へと立つ。手にした銃は今回役に立たないだろうが、ロープやライト、そして癇癪玉なども用意してある。
「ええ、悪夢は夜明けと共に消えるものです」
 楯清十郎(ja2990)もまた恐れる事なく二人の横へと並んだ。
 少女の救助を第一優先と考える清十郎。彼と同じく、幻覚で作られた『女性』を相手取る事で、姉である少女を助けようとしている桐生 直哉(ja3043)。
 一方、女性陣である雀原 麦子(ja1553)と望月 忍(ja3942)か怪談噺をする事で恐怖心を煽り、『女性』と遭遇しないようにしていたのだが。
「逆に饅頭怖いと考えて、饅頭が襲ってきたら面白いかもしれませんよ?」
「ぜ、ぜんぜん、こ、怖がってなんかないわヨ!? そ、そうね。饅頭よりビールが襲ってきたら、私は嬉しいわねぇ。にしし」
 清十郎に指摘され、一瞬びくりとする雀原。
 が、饅頭をビールに置き換えてみれば、幸せかもしれないとも思う。そんなに単純にいけば、だが。
 尤も、怖がっているのを前に出したくはないと思うのだ。
「雀原さんは、こ、怖くないの〜?」
 対して、忍は雀原と同じ大学生とは思えない怖がりようだった。
 柔らかな声を震わせている姿は、まるで子猫のよう。雀原に白金色の髪の毛をゆっくりと撫でられながら。
「私は、怖いけど、女の子を助けたいの〜…」
 思わず頬が緩みそうになる、優しい声色。が、きっ、と強く目の前の校舎を睨む虎牙。
「いこうか。絶対に助ける為に」
 そうやって、校舎の中へと六人は脚を踏み入れた。


●悪夢の箱

 
 靴を脱ぎ、校舎へと入った瞬間、色が変わる。
 ランプで塗りつぶされていた赤から、凍えたような蒼白い景色へ。
 ぞっとする程、冷たくて鋭い月光。
 無音の廊下。外にいる人達の物音は、何も聞こえない。
 どく、どくと脈打つ鼓動。それすら凍えさせてしまいそうな、しん、と静まり返った夜の学校の廊下。
 冷え切った空気。その中で。


――ちりん、と鈴の音が、すぐ近くで鳴っていた。 


「…っ……早いぞ、おいっ」
 遊夜の言葉も緊張に満ちている。
 まだ、玄関を抜けて廊下に入った直後。六人が三班に分かれる前に鈴は鳴っている。そう、止まらず、近づくように聞こえているのだ。
 見えない鈴。それを持った、まだ見えない『女性』。
「早く階段にいきましょう!」
 六人が纏まっている時に襲われれば危険すぎる。
 いや、六人で纏まって入った為に、強い意思に反応して『女性』は現れたのだ。
 最も強い意思を持っている人も、最も恐怖している人も、みんな横に並んでいる。
 だから、ふと。
 小さな違和感に釣られ、雀原が後ろを振り返ると、何時の間にか自分達の最後尾に赤いワンピースの『女性』がいた。
 ちりん、と鈴の音。
 どろり、と血の涙が落ちる。
 誰も気づかない。自分達が通って来た道から、ずるずると這ってくる存在に。
 真っ黒な眼窩。有刺鉄線の絡みついた手を伸ばす、『女性』。
「……っ…!?」
 背筋を冷たいものが撫ぜ、喉で空気が止まる。
 その様子に、雀原の横にいたからこそ忍は気付けて。
「こ、こんばんは……?」
 声を、出してしまった。

 ぎょろりと向く顔。
 忍という存在を捉えた、耳。
 忍へと手を伸ばそうとして、『女性』は前へと脚を出して。

「いいから、階段まで走れ!」
 立ち止まった二人の気配を察して、遊夜が叫ぶ。
 同時に身を翻したのは桐生だ。ここから姉である少女を助ける為に、敵を倒す。
 強くその思いを抱く。お前を倒して、救うのだと。
 その敵意を感じたのか、『女性』の顔が桐生へと向く。有刺鉄線の絡みつく指を、つぅと伸ばす。
「幻覚とはいえ、痛々しいな…」
 憎悪はない。これは幻覚で、自我はないのだから。幻でも誠実に、優しく。
「……俺と踊ろうか」
 逃げ出し駆ける音に、遊夜の銃声が重なる。




 息を切らし、三階まで駆け上がったのは虎牙と、清十郎だ。
 一階担当の二人が女性の気を逸らしている内に担当の階まで来たのだが。
 二人は大丈夫だろうか。一階の探索は出来るのか。
 やはり周囲は静まり返っていて、戦闘どころか、一つ下の階の足音も聞こえない。
「みんなは、大丈夫でしょうか」
「さあ、どうでしょうか。ただ、とりあえずは、少女とナイトメア、共に探し出さないといけませんね」
「一部屋、一部屋、見ていくっすか」
 前へと進もうとした時、ふと物音。
 鈴、ではない。
「何、でしょうか、僕が見てきます。ここで待っていて下さい」
 冷静なまま清十郎が告げ、音がしたらしい教室の扉を開ける。
 止める暇はなかった。 
 止まる時間もなかった。
 扉を開けた途端、中から溢れてきたのは黒い靄。それも、赤い火の粉を大量に孕んでいる。
 まるで火事場の空気を吸ったように咽る清十郎。だが、それだけではないる
 黒い靄の中から、ぱちりと瞼が開いた。
 一つ、二つ、三つに四つ。数えている内に鳥肌が立つような、無数の眼だけの存在が清十郎を睨みつけて。
 ナンデオマエハココニイル?
 視線だけで、訴えてくる悪意。
 お前は誰も救えないのだと。何故来た。何も出来ないだろう。
 眼が、笑う。
「……っ…!?」
「待って、清十郎さんっ」
 悪意に触れ、反発するようにショートソードを抜きかけた清十郎を虎牙が腕を掴んで静止する。
 だが、無数の眼は靄として広がって、清十郎の額へと張り付こうと……。
「落ち着くっす、清十郎さん。何も、ないですよ?」
「……え?」
 言われ、はっとする。
 何もない。確かに、一度頭を振ると、何もないからっぽの教室があった。
 今見たのが幻であるかのような、月光に染まった教室。
「……すみません、少し取り乱したみたいですね」
 虎牙には見えなかったであろう現象。
 清十郎は息を吐いた。
 



 そして、二階。
 ぺちょりと、ソックスが生暖かい液体に触れて。
「……ひっ」
 声を抑えて忍が下を見れば、何もない。けれど、僅かにソックスには赤い、血溜まりを踏んだような染みがあって。
「ナ、ナイトメアさん、出ておいで〜、なの…」
 意識を逸らして、探索を再開する。
 忍は雀原の腕に抱きつきながら、優れた五感で周囲を察知しようとする。
 しん、と広がる静寂。
 まだ、物音があった方が楽かもしれない。
 何もないと考える事が大きくなりすぎて、嫌な空想をしてしまう。
 そして、それが滲み出すように溢れて、幻覚として形になるかもしれない。
 ただ、自分よりも怖がっている忍の姿で、雀原は僅かに気持ちを取り直して前を見る。
「ま、まあ、そうねぇ。早く見つけて、終わらせたいわよね」
 そう呟いた時、きこ、と音が響いた。
 きこ、きこ、きこ。
 硬い何かを回すような音。
 何処からだろう。目をこらすと、手洗い場の水道の蛇口の栓が、勝手に動いていた。
 少しずつ回され、開けられてれいく蛇口。
 手は、見えないのに。
 誰もいない筈の、トイレで。
「…………」
「…………」
 茫然と見つめる二人。
 咄嗟に何か行動を取れなかった。肌で感じる空気が、一変していた。
 此処は違う。普通の世界とは思えないせいで、何をすればいいのか解らない。
 そうして、蛇口から流れてきたのは、当然のように水ではなかった。
 透明ではある。色はない。けれど、ぶくぶくと膨大な量の泡が蛇口から噴き出して、止まらない。手洗い場であっただろうその場所から、一気に溢れ出して床へと流れていく。
 大量の石鹸を使った後のように密着した泡の群れ。
 その中には、透明だからすぐに解ってしまう異常なものが混じっていた。
 一つ一つの泡の中に、人の黒い髪の毛が混じっている事に。大きな泡たちは、無数の髪の毛を抱えるようにして、雀原と忍へとぶくぶくと迫っていく。
 あの『女性』の髪の毛が混じった、泡の群れ。
 それは強力な酸性を持っているのか、床をじゅぅっと溶かしながら進んできていた。
「こ、ここは後回しにしようか?」
「そ、そうですね〜……」
 踵を返し、逃げるように次の教室へと向かう二人。扉に手をかけ、がらりと大きく音を立てて中へ入った。


 まるで真っ白な麦畑だった。
 教室一面の床や壁から異様な程に長くて白い腕が、無数に伸びていた。
 何本だろう。数えるのが嫌だと心が悲鳴を上げる程の、腕、腕、腕、腕。
 さあ、この教室へようこそ。離さないから。
 そう誘うように、ふわぁと腕は揺れて、こちらへと伸ばされて。


 がしゃんと、騒音が鳴り響く勢いで雀原は扉を閉めた。
 それこそ悲鳴のような音を立て、閉じられた教室。忍はその場で座り込んでしまい、真っ青な顔で、今のは何だったのかと自問している。
 ある種、恐怖を振り切った雀原が呟く。
「…ぴっ?」
 まだ、悪夢は終わらない。


●悪夢の続き


『アカリヲ……』
「ちっ…」
 三角飛びの要領で壁を蹴り、『女性』を攪乱させようとする遊夜。
更に隙を突いて癇癪玉を弾けさせる。小さな爆音だが、聴覚に頼っている『女性』には効くのか、一瞬動きが止まる。
 だが、遊夜の顔は蒼白い。首筋には有刺鉄線で刻まれた裂傷があり、腹部には何故か弾痕。
「攻撃すると、した分のタメージがこらちにも……?」
 遊夜と交代で注意を引きつける桐生。先の発砲と同時に遊夜の腹部に傷が出来たのを考えると、そうなのだろう。
 対して『女性』は、ふらふらと動く。
 眼がないからか。それとも別の理由か。
 ゆらゆらと揺れて、けれど、ふと桐生の意思を感じ取ったのか、ぽっかりと空いた眼窩を向ける。定まれば、一瞬だった。
 凄まじい勢いで迫り襲い掛かる『女性』。
 桐生は避けきれず、腕を掴まれる。有刺鉄線が肌に突き刺さった。
 痛みに顔を顰めた瞬間、力が増してそのまま床に倒される。振り上げられる、『女性』の手。
 狙っているのが眼球だと知り、遊夜が体当たりを仕掛ける。
 弾き飛ばされた女性。
 二人とも女性の攻撃で、ありえない程に消耗していた。
 加えて。
「……一階は外れですか」
 桐生と遊夜は後退しつつ部屋をチェックしていたのだが、教室にディアボロの姿は見受けられなかった。隠れているのを見逃してないのなら、だが。
 確かめる方法はもうない。ならば、他の仲間を信じて、自分に出来る事をするだけ。
「仲間がすぐ終わらせる、だから……」
 遊夜のは続く言葉は、宙に浮いた。
 ふ、と。
 風で掻き消えたかのように、女性の姿が消えたのだ。
 まるで、この二人より優先しなければいけない存在が、この二人より強い希望や敵意を持った相手を見つけたというかのように。
 誰も、『女性』の移動方法が普通のものだとは言っていないのだから。
 幽霊に、階段なんていらない。
「しまった、か」
 呟きは、後悔に近い。



「大丈夫っすか?」
 三階の教室で倒れている少女を見つけた虎牙は駆けよる。
 これも幻覚で、罠であるという可能性を彼は考えなかった。救いたい、助ける。絶対に。
 それが、虎牙にとっての全て。
 だから、そんな強い意思に本来は『女性』が反応する筈だったのだが。
「気を失っていますね、今のうちに脱出しましょう」
 そういって清十郎が上着を少女に被せるが、何の反応もない。
 むしろ、恐ろしい程に、全てが落ち着いていた。嵐の前の静けさだとでもいうように。
「とにかく、ロープを使っておりましょう」
 速く、少しでも早く、こんな場所から少女を助け出そうとする虎牙。
 柱にロープを巻きつけ、窓から降りようとする。
「後は任せるしかないですね。ロープで下りる時に女性が来たら、僕が相手しますので」
 それを見送り、護衛する清十郎。
 では、『女性』は何処に?



「これが、ナイトメアさんです〜?」
 家庭科室で忍が目にしたのは、黒い馬のぬいぐるみのようなディアボロだった。
 動くような気配もなく、黒い玉のような目で二人をじっと見ている。
戦闘力どころか移動力があるのかさえ解らない、丸くてふわふわした形。
「こんな縫い包みみたいな姿で、よくも散々驚かせてくれたわねぇ」
 今までの恨みを込めるように、雀原は大太刀を鞘から引き抜く。
 でも。
 戦闘力がなくても、このディアボロには意思と自衛本能はある。
 消極的な『女性』への戦意、敵意ではなく、本当の『殺意』をナイトメアは浴びて

――ちりん、ちりん、ちりん、ちりん

 鈴が連なって鳴り響く。
 静寂を壊して耳朶の隙間を埋めていく、鈴が割れるような音。
 背筋はぞっと凍える。何かがいる。今までは全く違う、何かが。
 呼吸と同時。振り返った雀原が見たのは、あの『女性』。
 どろどろと血の流れる眼窩と、手首に巻き付いた有刺鉄線。
 そして、手にしている包丁の鈍い輝き。
 刃物が、振り上げられる。
「忍ちゃん、早くナイトメアを!」
 今までとは違う濃度の悪夢の圧縮を感じ、雀原はタイ捨流の剣を振う。蹴撃の牽制で出端を挫いてから繰り出す八双構えの一閃。
 それはバターを切るように、ぬるい感触共に刃は抜けて、『女性』を両断した筈だった。
 なのに、女性は全く変化がない。無傷で、そして包丁を構えて雀原へと襲い掛かる。
 一撃を放った直後で、避けも受けも間に合う状態ではない。体当たりを受けて、倒れ込む雀原。
 落ちるペンライトと応急手当箱。ガチャガチャと煩い音を立て、そして。
 眼球を狙った包丁の切っ先が、雀原の目の前でぴたりと静止した。
「ご、ごめんなさい、ナイトメアさん……」
 ギリギリの瞬間で、忍の放ったスクロールがナイトメアの上半身を吹き飛ばしていた。

 全ては砂上の楼閣のように消えていく幻覚の悪夢。
 『女性』の像も一気にカタチを亡くしていき、かちゃん、と軽い音を立てて包丁が落ちる。
 最後の包丁だけは、幻覚ではなかったのだろうか?
 そのままでは、目を潰されていたのだろうか?
 何にしても。
「なんか、ビールをダースで空けて恐怖心もなにもかも消したい気分だわ……」
 大太刀を手離し、流石にへたり込む雀原だった。
 悪夢の夜が終わる。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:7人

骨があると認めてやらァ!・
虎牙 こうき(ja0879)

大学部4年59組 男 アストラルヴァンガード
夜のへべれけお姉さん・
雀原 麦子(ja1553)

大学部3年80組 女 阿修羅
夜闇の眷属・
麻生 遊夜(ja1838)

大学部6年5組 男 インフィルトレイター
道を切り開く者・
楯清十郎(ja2990)

大学部4年231組 男 ディバインナイト
未来へ願う・
桐生 直哉(ja3043)

卒業 男 阿修羅
ぴよぴよは正義・
望月 忍(ja3942)

大学部7年151組 女 ダアト