力を求める先に行き着くのは何処だろう。
少なくとも、森を彷徨うものは武の衝突を望んでいる。
故に探す。故に討つ。妄念の凄まじさは、森の中の空気さえ汚染するかのようで。
「はっ。それとも素体となった奴の残留思念、というには少しばかり禍々し過ぎるぜ」
「手慣れであれ、ぶっちめる事には変わりはないが……こう、『違う』な」
小田切ルビィ(
ja0841)の言葉に賛同したのは、森林迷彩を纏った向坂 玲治(
ja6214)だ。
二人を一組に四つの班へと分けて探索するが、中でも向坂の慎重な準備は動きに迷いを減らす。結果、早期に三体の鬼武者を発見し、全員に連絡している。
分散したのも良策だろう。敵と認識されずとも、動くモノと認識されていれば不意打ちは不可能だ。
後は集まるだけ、だが。
「あれを『人』だと思えない、か?」
小田切の紅玉のような瞳は、刃のような鋭さをもっている。
「人の姿と武を振るっても、あれは『獣』なのかな?」
合流し、観察していた天羽 伊都(
jb2199)が呟くのも当然だろう。
全てに当て嵌まる訳ではないが、達人と称される程の武辺はただ己を磨き上げ、道を切り開いた者たちだ。志の善悪は兎も角として、そこに理想は付き纏う。それが風格となり、纏う気質となるのだが。
「正直、僕にはアレら武を振るう目的が見えない」
それこそただの暴力。それで何を成し、何に成ろうとしているのかがまったく感じられない。
黒獅子とならんとする天羽ならばこその印象だろう。
いや、もしも屍そのもの。鬼だからと言い訳をすればきっと当て嵌まる。死んでも消えなかった妄念で動く……などと。
ああ、それこ悪魔の鏡に映し出された武の虚像。反転された陰道。
「高い理想を掲げていたはずの以前の貴方が、今の貴方を見たら何と言うでしょう?」
嘆き、悲しみ、何より怒りの慟哭をあげるのではないか。胸の中にそんな予感が過ぎり、葛城 巴(
jc1251)は瞼を伏せた。
今の現状を見て、嘲笑う悪魔の気配さえ感じたのだから。唇をかみ締める。
誰かを踏み付け、生きること。それは少なくとも巴の志に反する行為。
森を彷徨う鬼武者三体は、憐れなのだ。
もう死んでいる。
どのような経緯があり、今に至ろうとも。
「何処をどうしようが、もう手遅れだ。死んだ後に叶ってもきづかねぇよ。はっ」
笑い飛ばすしかあるまい。何があったかも分からない身では。
「愛してあげるには、ちょっとがらんどうだね」
故に、神喰 朔桜(
ja2099)は熱をもてない。彼女に愛されるというのは破滅への転落に他ならないが、それが救済にもなるだろうが。
「でも、全力だよ。……今更何を言おうが、変わらない。君たちの情と想いは、言葉で伝わるもの?」
否。武に生きるなら、全霊を伝えるのはやはり武。
競い合い、切り刻みあい。磨き上げるようにして辿り着こうとする様は、黄金の火粉散る修羅道。もう堕ちているのだから、否応はあるまい。
ある意味、神喰の標的になるべくしてなった者達だ。
「あたしの指も、なんとか……」
慣れないせわしなくスマホを弄っていたピアレーチェ・ヴィヴァーチェ(
jb2565)の指も何とか元の感覚を取り戻す。せわしくなく動く指の様は慣れないものからすれば琴の弦を爪弾くかのようだろう。
「そうですねー……きっと、彼らの技を真似ても、そういう風に『痛い』のでしょうねー……」
体の形、場合によっては骨格が変化するまで鍛錬を積むという。
それがこんな所で迷っているなんて、どうしてか悲しいと櫟 諏訪(
ja1215)は思うのだ。
言葉はもう交わせず。
「だから、倒さないといけませんしー……」
誰かを傷つける為にその身を費やしたのかと、聞きたくても。
僅かな迷いと蟠りが、引き金を躊躇わせる。狙撃手として機先を制する諏訪が、その優しさのせいで迷う。もしかして、万が一。そして、これが『最初』であり、『続き』があるならと冷静な思考は巡る。
「だからこそ、躊躇いは彼らの武への侮辱ですよ」
本懐か。本望であるのか。
エルム(
ja6475)は知らない。判らない。もうどうしようもないのだから。
「どうあれ、全力で挑むしか、もはや私たちに残された弔いはありません」
生きる者が、継いで先に進む。
前に生きたものを超えることが、きっと、報いることだから。
「彼らの振るう武の冴え。ここで、私たちが切り結ぶことで引き継ぎましょう」
●
唐突に現れた光纏とアウルの気配。
三体の鬼武者の反応速度は尋常ではない。狙撃であれば銃を構え、狙っている最中に見つけて切っ先を向けただろう。飛来する矢ならば叩き落すし、弾丸であれば避ける。
が、ここで不意討つは小田切の突進だった。
「ただの『焼き付け刃』じゃねぇ武の技、見せてくれよな!」
臨戦たる裂帛の気勢を吐いて突き進む姿。我、一番槍と高らかに進む剣士。が、それが猪武者かといえば、それは否だ。
唐突に現れたアウルの気配にまず反応し、小田切の大剣を迎え撃とうとした小太刀。だが、その胸部へと突き刺さる諏訪の弾丸。
「危ない、ですねー……?」
常在戦場とは言ったものだ。アウルの発露から秒に満たず迎撃姿勢を取られた。そのまま不意打ちしていれば、今のは避けられた可能性が高い。
ならば逆。反応速度が高ければ小田切が自身を罠にしての釣り。失敗しても、意識の外からの狙撃は可能になる。
剣に反応したが為、射の反応に二拍以上遅れたのだ。加え、諏訪の弾丸は腐食の魔を帯びている。代償として刀、小太刀、槍が一斉に小田切へと殺到する。
臨戦と整えた筈の意識の影より引かれる剣閃、踏み込み逆手に振るわれる小太刀は急所を狙い、放たれた槍の穂先は捌かねば貫く鋭さを持つ。
交差した一瞬で跳ね飛ぶ鮮血。小田切をしても対応しきれない。
「光纏してねえ相手には興味ナシってのは本当だったんだな」
が、不敵に笑う。蝶のように舞えど、鳥の爪刀は届く。陰陽、左右より惑わす小太刀と、槍の迅は蜂をも捉える。けれど、それが何だという。
「――良いぜ? なら、望み通りに遊んでやらあ……!」
その声に続くのはエルムだ。狼もかくやという速度で踏み込み、放たれる冷たい程に怜悧な刺突。アウルの刃に浮かんだ雪結晶が、きらりと輝く様はいっそ殺技にこそ相応しい美しさ。
雪の花びらが舞う。
もは静謐なまでの剣風と化して。
「推して、参らせて貰います」
音の壁を貫く切っ先。が、これに反応したのは転ずる小太刀だ。切っ先が触れ合ったかと思えば、するりとエルムの『雪華』の刀身の上を滑り、軌道を僅かに逸らして間合いに踏み込む。
動きはともに氷上を滑るかのよう。が、交差することはなく、エルムの懐へと入り込む小太刀使い。相手の剣筋を活かし、自らの踏み込みへと変えるは活人剣――陰という敵をもって陽たる己を活かす反し技。
息を呑むエルム。受けた側からすれば妙としか言い様がないのだ。気づけば間合いで有利を取っている筈が、逆にそこから不利に持ち込まれるなど。
「が、こっちは生憎、集団戦に慣れているんだよ!」
間合いに踏み込んだ瞬間を狙い、向坂の旋棍が振りぬかれた。
放たれた白光は衝撃波となり、小太刀使いを炸裂音と共に横手へと吹き飛ばす。そのまま向坂の手の中、くるりと指の動きだけで回る星輝を纏う旋棍。
威力や光射の射程、吹き飛ばして間合いを制する。まさしく、小太刀使いの天敵ではあるが、真の脅威は先の言葉通り。
「さて、離れましたね」
乱戦に持ち込まれれば仲間を巻き込む危険性は飛躍的に上がる。
加え、三対八の戦場を作るより、二対一で耐える戦場を二つと、四対一で速攻を狙う戦いをも吹き飛ばすことで可能にしている。
「悪魔に嘲笑らわれる虚像の今。あなたたちの誇り、尊厳。この手で掴み、勝利と共に人の世に戻しましょう」
眦を決し、巴の宣言。常にこの手は何かを掴む為に。ならば、奪い返すことだって出来る筈だ。
故に降り注ぐ無数の流星。仲間を巻き込む性質と分散する作戦上、小太刀のみだがそれで十分。もとより、物理に長けるが、魔には弱いのが鬼武者だ。そこは変わらない。変わっていない。
「まるでロボットだね」
ぽつりと呟き、ロザリオより白銀の祈刃を生み出して刀使いへと放つピアレーチェ。即座に光纏を解除して隠れたいが、そうすれば刀使いが自在に動く。最悪、狙撃手である諏訪へと向かうかもしれない以上、自分が壁になるしかないと、今更ながらに気づいて。
「兎に角、この刀使いを引き離すしかないね」
一方、即座に戦場全体へと眼光を光らせた槍使い。霍乱、支援。槍技が絡めば危険性は跳ね上がる。
横手より参入されることは恐怖以外の何者でもない。動きを止めるべく間合いへと一足で踏み込む天羽の呼吸を読んだが如く、二連の刺突が放たれる。
相手の速さを転じて攻撃に。相性は最悪に近く、天羽の身体から血が走る。そして、槍使いはその間合いから逃さない。
「といっても、これが小太刀の方にいけば、まずいか」
入り乱れて動く故に、一歩に反応して放たれる槍は脅威。相性は天羽とは最悪と重ねて言うが、身を持って止めるしかない。
「槍には槍をってね」
だが、そう口にする神喰の言う槍とは異質なものだ。黒の劫火は槍の形へと無理に凝縮され、まるで叫喚を上げるかのように波打ち、爆ぜる音を立てる。
織り交ぜられたのは呪詛か憎悪か。いいや、この少女の愛の形を考えれば、恋情でさえあるのかもしれない。
どちらにせよ、放たれた黒焔槍。腹部を貫き、臓腑を犯すよう焼く。
「私の炎、≪槍≫を、その槍で受け止めてみせてよ。ね?」
死体である鬼武者にさえ毒に変わりはなく、身体能力も魔術抵抗も減少する。ならばと重ねて放った天羽の吸魂符は通常よりも深くその生命を奪い、傷を瞬く間に癒す。
「武は履き違えちゃいけない」
何も攻めて、斬り、穿って殺すだけが武ではない。
「これは護る力成り……妄念で曇った武なら、ここでオレが断ち切ってみせる!」
符を刀身に滑らせ、天羽は宣言する。
その様、冥府より彷徨い出た亡者を砕き吼える黒獅子の如く。
●
「テメェは『何』だ……?」
切り結ぶこと数度。それでも判らない。
本来ならば武器の間合いを自ら不利に落とすことと知りながら、鍔競りに興じる小田切。
全ては小太刀使いの眼に何が宿るのかと、その中に狂気でもあれば面白いと思ったが為だ。戦は狂う程の熱を帯びる。だというのに。
「『武』に狂ったか? 鬼か? ハッ、知能も何もねぇ癖に、狂う筈ねぇだろうが!」
翳し、重ねた刃の向こうにあるのは虚無なのだ。
その眼は濁っている。思考の欠片は微塵もなく、ピアレーチェの言葉通り、ロボットという名こそ相応しい。
素体の鬼武者というハードウェアに、熟練の武芸の技能というソフトウェアを組み込んだような。
「身体能力はただの鬼武者じゃねぇか」
知能とてないに等しい。足場の悪さを理解せず、斜面を走れば速度と落ちるのに。
巴も負傷を抱える小田切を癒しつつ、しかし、自由に範囲攻撃を放てない状態に眉をひそめる。
「しかし、妙な術を使いますね」
力は鬼武者。が、技の冴えが違う。動きの鋭さが違う。
同じディアボロでも、技を修めればここまでいくのかと……逆に誰もが不安を覚えるほど。
けれど、全体としての優勢は決まっている。小太刀、刀、槍。全てに腐食が回り、攻撃が通りやすくなっている。小太刀ももはや身体は限界で、軋み、壊れる音さえ聞こえてきそうだからこそ。
「純粋な武技ならば確かに凄まじいですが――ならば、これで如何です!」
エルムの宣言と共に舞い踊るは不可視の斬閃。
それも一つではあらず。それこそ阿修羅の腕にて振るわれる斬刃は音の壁を易々と切り裂き、気配で応じようとした小太刀使いの全身を切り刻む。血飛沫は未だ早すぎる紅葉の色彩に似て、鬼となったモノを屠る様を飾る。
だが、ここにて不安がごろりと腹の中を転がるのだ。
この鬼武者は、このような力を用いていなかったのだと。
血のように赤い刀身が止まることはない。
鬼女の名を冠した薙刀は幾度となく振るわれ、赤い軌跡を残す。が、そこに重なるのは黒影の尾剣。再び散るのは血潮の赤さ。止まれとばかりに諏訪の銃弾が肩口に刺さるが、鬼武者は意に介さず刀を振るうのだ。
間合いを幾ら引き離しても、ゆらりと宙を泳ぐ切っ先は攻めた瞬間、薄くなる守りの隙を突き迫る。前に進みながらの転身、そして斬撃。その様は確かに猛禽の狩りだ。
多少は冥魔の力を操る刀使いは更に影翼の剣を奮うが、ピアレーチェは装甲任せ。諏訪の回避射撃とも噛み合わず、一方的に削られ、斬られ、そして動きを止めかける。
「……っ…」
激痛で呼吸が出来ない。もう何処が痛いのかも判らない。
故に瞬間で放ったのはアウルによる闇の包囲。視界を塞ぎ、四方どころか周囲をアウルに包まれた刀使いの動きは一瞬とはいえ、止まる。
故にこそ。
「耐えたな――これで終わりだ」
旋棍構える向坂はまさに俊足。流星の如く間合いを無と化す勢いを載せ、炸裂するのは白光の烈撃だ。冥魔に気質を寄せていた刀使いには文字通り、特効の効果を発揮してその右肩から先を砕いて吹き飛ばす。
宙を飛ぶ右腕。そして胸に諏訪の狙撃。重心の崩れた所へと、更に迫るのはピアーチェだ。
「……ずっと、削られるばっかりじゃ、ね!」
ただでは終われないと、ピアーチェが全霊を込めて身ごと旋回させた紅葉の薙刀がその首を跳ね飛ばす。
薄らぐ意識の中、それでもピアーチェは膝を屈することはなかった。
例え武技で負けても、心は折れずと。
八対一となればもはや勝利は確定だった。
槍が旋風と化して前衛を切り刻もうとも、それ以上の怒涛の刃が閃き、遠方からは弾丸と槍、白銀の刃が放たれる。
重なる攻撃に、ついに倒れた槍使い。だが、その中で笑顔を浮かべているのは神喰だけだ。
「終わり……だよな」
倒れた躯に、確認するように呟く向坂。
「あの剣技、槍捌き。只者ではありませんでした」
エルムの言葉通りだ。もしも一騎打ちの状態となれば、果たして勝てただろうか?
どんな悪魔が。どうやって。何故。が、答えは出ない。
「これが何かの始まりでなきゃいいな……」
「ううん。違うでしょう?」
向坂へと、ひとり、ただひとり笑う神喰。
「終わりは、始まり――何だか面白いことが起こりそうだよ。武舞なんて私は踊れないけれど、きっと私が楽しめる演目が始まると思う」
そう、予感がするのだ。
ただ単純に、こんなディアボロを作る必要性なんてあるのだろうか。
いいや、何かきっと見落としていて。それが不安と楽しみになってきて。
「欲は、人を高みへと導き、また奈落へも突き落とす……」
巴の唱える祈りが、何処か奈落へと通じる道が開いたと、そんな気がする。
例えるなら、妖しの月が、夜に浮かび始めたかのように。