戦渦の遠吠えが木霊している。
たかが削りあい。所詮は雌雄を決するに至らず。
そんな気概のものはひとりとておらず、駆け抜ける剣戟の歌が勝利を求めて空をひた走る。
斜面を駆け下りながらでも黒井 明斗(
jb0525)が感じること。戦の熱は、鉄を灼して赤く染めるほどであるという事実。相互効果というべきか、猛れば吼え返されていくばかり。
だから戦場そのものを左右しかねない能力は危険だと、空を飛ぶ焔鳥を見上げる。
「まずは、ヤタガラスを」
視線は空に。まだ戦場に投入されていないが、これを自由になど出来ない。
着地するまで、してもなお視線でこそ射抜く黒井に気付いたのか、嘶きを上げるヤタガラス。
が、強襲部隊である八名の突然の乱入に対応出来るものはいない。使徒の一人いれば違ったのだろうが、アルリエルは指揮官たりえる配下を失っている。
それでもなお、これ。サーバントの間を駆け抜けた先、炎の、氷の、そして稲妻の翼を広げたヴァルキュリアが目に入る。それぞれの得物の差は、能力の差。どんなものを秘して、繰り出すのかも解らない。
「四国の騎士は手数が多いな。奴さんも必死って事か」
意匠も装飾も全て外し、扱いやすさのみを優先させたレッサクラートを構え直すのは桝本 侑吾(
ja8758)。流れに任せると銘付けられたそれを、己が道の為に手繰り寄せる。
「それだけ追い詰めている、ということだろう」
後衛に位置取る影野 恭弥(
ja0018)は淡々とした口調で告げながら、ヤタガラスの散らす炎の羽根を見る。
以前出現したときよりも範囲が広がっているのは明らかだ。無策に飛び込めば文字通り。
「気分は一寸法師かしら?」
まるで自ら龍の口に入ろうとするかのようだと新井司(
ja6034)は思う。
易々と喰われるつもりはなく、むしろ中より突き破るつもりだ。故に先の言の通りに討鬼の英雄譚の如く、敵陣という龍の腹を切り裂こうとした瞬間。
「来ます……!」
「なっ……」
間合いに踏み込んだと思った途端、瞬時に燃え上がる戦焔の結界。
身を包む焔は嵐のように渦を巻き、肌を肉を、髪をも燃やし始める。初手で一気に全員の二割の生命力を持っていったそれに、痛みより驚愕を覚える鳳 静矢(
ja3856)。
まず初手から、先手で二割削られるのは失策ではある。残り八割の体力からの開戦に次いで、敵の攻撃が重なる。
その為、たとえ再生などの加護を全体に付与したとしても、カオスレートをプラスに振り切らせる方が全体の被害は少ない。が、結果として何処で手違いが起きたのか初手よりゼロ。
燃え盛る焔の裡こそ彼ら彼女らの戦場。苦痛など覚悟の上とはいえ、痛打に他ならない。
「いいえ、だからこそ速攻で」
久遠 冴弥(
jb0754)はひとつたりとも取り零せないのだ。
どんなに炎がその猛威を振るってもその血の全てを蒸発など出来ない。血縁の絆は断てない。これ以上、兄が追い詰められることを防ぐ為にも。
「全力をこそ、尽くします」
「同じ鴉でもそっち側にいるなら消えてもらうよ。この後の戦いの為にも、これ以上は生かしはしない」
ほぼ最後衛から鴉女 絢(
jb2708)も続け、狙撃銃を構える。
この脅威は対峙して初めてわかるだろう。
己だけならばまだいい。だが、乱戦になればなるほど、多数の戦いになればなるほど、このヤタガラスは戦術を根底から否定する。天に背くならばと焔で山さえ焼いた禍津の眷属。
「いまいちもえない敵だけど…ま、いいやっ」
そう呟き、同じく後方から砲銃を構えるエルレーン・バルハザード(
ja0889)。
名状し難き異貌、異形へと変身している彼女の胸から釣り下がっているのは録画状態に設定しているスマートフォン。かさかさと、正気を削る翅音のような、もしくは同属を誘うような音を立て、動き出す。
「いざ、しゅつじんっ」
瞬間、それが二つに分裂したのだから、さしものヴァルキュリアも目を見開いた。
●
エルレーンの腐女子力によって生み出された分身が後衛のヴァルキュリアへと向かい、本体もまた後衛より砲撃を放つ。轟音ではなく奇声を放っているのも、やはりアウルの気質によるものだろうか。
が、敵が耳を傾けないのであればその真実を探る余地もないい。
「翼持ちのお嬢さん達、君達に邪魔はさせない」
大剣を二度、三度と翻す桝本の剣には黒光が集い始めている。少し距離を取り、即座のフォローを出来るようにと位置取る新井だが、乱戦となれば前衛が壁になるしかなく、エルレーンは射程が長すぎて援護しきれない。
そして、ここに連携の粗が出始める。
対空射撃の為、中衛まで距離を縮めた影野の放った弾丸がヤタガラスの翼を掠める。数枚の焔の羽根が散ったが、ひらりと空中で転身して直撃こそは避けられている。狙いも射手としての腕も悪くなくとも、 回避に優れた相手にいきなり部位狙いはまず当たらない。何かしらの牽制が必要で、隙を作るための布石やスキルが必要となる。
「重ねていくぞ」
「地上に落とさなければ話になりませんからね」
機を合わせての鳳と黒井の射撃。きりきりと黒井の術が紡がれるまで待っていた鳳の和弓の弦は限界点より放たれ、瞬きと共に放たれる。同時、墜天の力を帯びたアウルの鎖が黒井の手より投擲され、地上に引き落とそうと星のような輝きを見せる。
だが、それすらも避ける焔鳥。翼をはためかせる姿はほぼ健在であり、返しとばかりに前衛の桝本と新井へと翼をはためかせ、炎の波を放つ。
「優雅な、ものだね」
天を滅する冥魔の力を全身に巡らせながら、赤い瞳で焔の鴉を見つめる絢。
どれも狙いは悪くない。だが、速攻戦というには出し惜しみが大きく、まず地上に落とすなら黒井の援護に回る人材がいる。場合によっては鳳の奥義を捨石にしてでも地上に落下させる隙を作らなければいけないのだが、初手ではこの通り。速攻といいつつ、後に続ける為の戦力を考えてしまっている。
「流れこそを断ち切りましょう、布都御魂」
冴弥の声に応じて召喚された蒼煙と紫電帯びて猛る、剣を模した龍馬。上昇するや否や、銀の円盤を生み出して高速回転させた斬円の衝閃を放つ。
当たれば確実だろう。例えばヴァルキュリアが庇っても纏めて打ちぬく斬円だ。が、結果としては当たったことが何とかという所。ヤタガラスの生命力は高くないとされていても、半数近くを避けるのであれば長期戦を覚悟する必要が出てくる。
加え、前衛は苛烈な攻勢に曝されていた。
炎波を頭上から放たれ、怯んだ瞬間を見逃さずに大剣を持つ炎のヴァルキュリアが接近する。
二体はそれぞれ桝本と新井だ。大上段から振り下ろされた剣には赤々とした色が灯っている。
避ける、と思えど身体がついていかない。
二人して斬られ、鮮血が飛び散り炎が肉を焼く。二人をして高火力の危険な技。しかも、身を蝕む炎はアウルを奪いながら燃え上がる。
「……上手く動けそうにはないわね」
身体能力、魔力の全体的な低下を身で感じ取り、けれど果敢に攻める新井。斬られても霧散させなかった力を一点に集約し、肘撃を叩き込む。これぞ炎と返したのは接近して来ていた稲妻のヴァルキュリア。まるで炎の炸裂が起きたかのような衝撃に後ろへと飛ばされ、エルレーンの相手をしていた氷翼へと衝突する。
「十全ではなくても、動ければ十分だよ。乱戦なら、むしろ好都合」
直線状に稲妻二体、氷一体を巻き込む桝本の黒光の斬閃。伸びて飛翔し、三体から血が迸る。決して軽い負傷ではないが、桝本は、瞬間に走った雷撃を見逃さない。
「……どうも稲妻は雷撃での盾が使えるのかな?」
槍ではなく、翼から放電して黒き斬衝を押し留めていた。
「私の一撃では使わなかったところを見ると、使用回数も多くはないわね」
新井がそういうや否や、紫電を纏った刺突が繰り出される。咄嗟に右へと身を捻り、直撃を避けたが穂先で脇腹を削られる。加えて身体中に走る痺れ。
「麻痺、温度障害……予想は、していたけれどね」
加えて受けているダメージも深刻だ。本来であれば回復をこそ求めたいが、戦焔結界を構築するヤタガラスを倒さなければずるずると劣勢のままになる。
幸いなのはエルレーンの影分身がかさかさと氷のヴァルキュリアの回りを駆け回っていることだろう。二体による冴え冴えとした二連閃、都合四つの氷刃を異形の挙動で避けながら注意を引く。うち一体でも前線に出てこられれば完全に押し切られる。
そして、稲妻こそが厄介と考えたのは間違いではなくとも、相手とて知性があった。エルレーン、桝本、新井と三人に狙われた稲妻は一気に後ろへと下がると、落雷を引き起こす。再び桝本と新井へと走る魔術の範囲攻撃。
前衛が敵のヴァルキュリアに狙われるのはある意味当然で仕方のないことだ。が、そこにヤタガラスの攻撃まで受けるのであれば逆に速攻で沈められる。
脆い後衛が受けるのは危険でも、ヤタガラスの習性を理解して中衛が逆に固まり、攻撃を引き受けてダメージを分散するのも必要だっただろう。
それが解ったところで今更である。再び、戦焔の結界がその炎をもって撃退士達を蹂躙する。
●
二度目の影野の銃弾は、ようやく翼を捉える。
直撃であり、血潮の変わりに炎が吹き上がった。これで翼が砕かれることはないが、成果としては十分。
威力、精度、共に最大限。故に翼へと当たれば後続へと繋ぐ攻め筋を切り拓くことになる。
故に絢が放つ銃撃もここにと必殺の機を見る。
「ここで落ちろ…!」
開いているのは右目だけ。閉じた左目に墜落の瞬間を想い描き、右の視線に合わせて軌道を変化させる奇術操弾。胸部へと着弾すれば、天界への威を振るう術をも発動して炎の肉体さえも蝕む。
「絶対に、こんな鴉は認めない」
天界に属するからではない。命の恩人を殺めたそれと、酷く似ているから。
戦の妄信。冥魔は敵で撃退士は邪魔なもの。そんな風に捉える存在を、決して絢は認められない。他に手を、翼を、目を向けるべきものがあるだろう。
「私は、絶対に同じ鴉として、そちら側を認められないの」
白と黒の鴉の話のように。燃え盛る炎に焼かれながら、決して屈しないと口にするのだ。
そんな意思が引き起こした一瞬滞空能力とバランスの喪失。見逃さずに、鳳と黒井が鏃と鎖を放つ。矢が射止め、鎖が縛した――その瞬間、星輝が爆ぜた。
その様はまるで炎に光鎖が砕け散ったかのよう。当てるのも困難ならば、抵抗されて無意味となる可能性とてある。確実な墜落を狙うには余りにも危険だった。
上位のサーバントを狙うのに、この人数で十分なのか。スキルの出し惜しみはしていないか。まだ工夫をして落下や高度の低下を狙えたかもしれない。
だが、最早過ぎたこと。受けたダメージを回復しようと、翼をはためかせてヤタガラスが強襲しようとする先は桝本と新井だ。三人纏めては不可能だが、二人分の生命力を吸収すればまだ持つ。
だからこそ、させないと三代剣の名を冠する龍馬が嘶く。
「それだけはさせません」
攻撃を後手に回る危険性とてあったが、これは冴弥の読み勝ちだ。負傷すればドレインで耐える戦術とてありえる上、前衛はどうしてもその性質上狙われやすい。
アウルによる白い幕が展開されたかと思うと、その嘶きと共に白靄が怒涛の如く波打ち広がり、爆発的に広がる。一瞬、炎の結界の中に生まれた雪崩にも見えるそれは布都御魂をも傷つけるが、ヤタガラスを遥か後方へと弾き飛ばす。
結果、射程にいるのはそのセフィラ・ビーストのみ。地上への強襲を諦め、蒼煙を立ち昇らせる龍馬へと接近すると炎嵐のように幾度となく翼で打ちのめす。
「……っ……!」
負傷は軽いとはいえない。二度の結界と、自爆技。更にヤタガラスの直撃を受けている。即座の治療が欲しくとも、それが求められない速攻戦。自己回復をする暇などなく、その選択肢をしていれば全滅が見えていた。
故に陣形と連携において粗が見えても戦いになっているのは個人の力量と戦法のお陰だ。ギリギリでも成功の目は見えている。
それで十分と。いいや、それこそが高火力の技なのだろう。赤く染まった大剣を上段から振り下ろし、桝本と新井の二人の意識を霞ませる。痛みに熱、それらが意識を奪おうとするが、寸での所で踏みとどまれていた。
せめて受ける技があればと苦く笑う桝本。三体のヴァルキュリアに、二人で戦う以上、防戦覚悟でも踏みとどまるので必死なのだ。恐らく力量は互角に近いのだろう。物理一辺倒な攻めは阿修羅のそれに近い。
「だからって、そう易々と退場は出来ないね」
桝本の流剣、瞬いて黒刃を飛翔させる。
渾身の力を持って放たれた一閃は目の前の炎の大剣に受けられるものの、その程度で止まりはしない。そのまま後方へと斬音響かせ、稲妻の障壁をも切り裂いて斜めに朱線を走らせる。
限界ギリギリであり、文字通り死力を尽くしての攻勢だ。せめて一体。ヤタガラスを対応する仲間を信じ、桝本たちがまた一体討ち取る必要がある。
「本当に、ヤタガラス狙いは良かったのか、悪かったのか」
新井の最初の言葉通り、龍の口の中へと飛び込むかのような選択だ。まだヴァルキュリアに火力を集中させて二体即座に落とす、という戦術の方が確実性はあっただろう。
ただし、そのヤタガラスが残っていた場合、後の戦いの危険性は飛躍的に高まる。実質のカオスレート変動封印に、各自の能力の調整。まさしく戦争の為の焔だ。少数で討ち取りに狙う方がリスクが減るという不条理。
「――後悔する余裕なんて、ないからね」
新井の拳に纏うアウルは生命を貪る狼のように禍々しく、そして閃きと共に胸部へと打ち込まれる。
接触と同時に一気に奪われていった生命力で吐息をつくが、回復よりダメージの方が大きいという不条理だ。せめてと射線を敵と重ね、誤射や躊躇いを誘発させようとしているが、後衛に下がった稲妻は空を飛び、上空からの射線を確保している。
だが、その身はボロボロ。最初に三撃打ち込まれた後、後方に位置する相手を狙ったエルレーンの影分身の砲撃と桝本の封砲によって稲妻の防壁をしても耐え切れず、本体であるエルレーンも負傷を見逃さずに追撃を放っている。
薄氷を踏むかのように、同時に猛火の勢いで戦場は移り変わっていく。
●
三度の戦焔結界の前に、ついに桝本の耐久力が限界を迎える。
黒井が発動した神の兵士で何とか踏みとどまるが、もはや後はない。
「ここで落とせないと……拙いですね」
墜落という意味だけではない。完全に倒しきらなければ、一気に前衛も壊滅する上に全体の八割を受けることになる。
「他に戦術があれば、か」
今更だと鳳も首を振るう。必殺の抜刀の奥義を狙うが為、結果として出し惜しみとなっている今。
今回の星の鎖を避けるか抵抗されれば、その時点で倒す方法が見つからない。或いは空中から引き摺り下ろすよりも、そのまま空に居たまま討つ方が楽だったのではと考える程に。
上位サーバント相手に、空から落としつつの速攻……というのは二束の草鞋だ。片方に絞ってようやくという所だろう。
「仕方ない、か」
ならばと影野の銃口が向いたのはヤタガラスではなくヴァルキュリア。避けられやすく、抵抗さえされるのであればこちらを狙ったほうがマシだと、新井を相手取る炎を宿すものの腕へと着弾させる。
回避は高くない。炎は攻撃と、多少の受けスキルは持っていても気休め程度のアタッカーだ。狙い易い相手ではある。
逆に稲妻は遠近揃い、かつ対抗スキルでダメージを軽減するという相手のし辛さ。氷はいまだわからない点があるが、二回攻撃の技でエルレーンの影分身を追い詰めている。
「倒せない相手は、狙う意味がない」
よって影野が狙うのはヴァルキュリア二体の討伐。ドレインまで挟まれれば、もはや討ち取ることは叶わないだろう。冴弥の吹き飛ばしによる妨害も常に決まる訳ではない。
全て絡めて言えば、相手を下に見て、自分を上に見ている。見積もりが甘かったのだ。
速攻戦なのにスキルの出し惜しみ。回避が高い上位への、命中後の特殊抵抗勝負。どれも運が良くなければ成立しないのだ。
よって取った戦術では勝ち目が薄いという現実。
「それでも、絶対に、ここで……!」
引き絞る絢のトリガー。弾丸の軌道を操作する眼球が疼くように痛い。
ともすれば血の涙さえ零れてしまいそうだ。悔しさで。痛みで。後悔で。けれど最善を尽くすのだと、軌道を変えながらヤタガラスに迫る銃弾に衰えはない。
「勝つためなら、これぐらいは耐えてみせるよ!」
胴体へと何とか着弾し、炎散らす。体勢が揺らいだ瞬間を狙って放たれる鳳の弓と黒井の星鎖。鳳の一矢を囮に鎖が絡もうとするが、矢よりも縛鎖を嫌ったかのように避けてしまうヤタガラス。
反撃にと炎波を再び前衛の二人に打ち込むのも止められない。
「……くっ……」
可能性はあった。が、ここまで通じないとなれば予想外だろう。
即席の連携ではここまで。示し合わせていれば或いは違っただろう結末。
結果として、ヴァルキュリアを二体討つしか道は残されていない。
「気落ちしている暇はないわ。負けるより、自分のものを失うものより、怖いものがあるでしょう!」
ならばその道を取るべきだと叱咤の声を上げる新井。
事実その通り。余裕など微塵もないのだと、降下した冴弥の龍馬が嘶きと共に斬円を高速で回転させ、射出する。
横並びにあった炎と稲妻を切り裂き、更に奥へと飛び往く戦意の発露。声は遅れて、けれど確かにと。
「隣並ぶひとを、零してしまうのが怖い」
それが本音。新井とて思う。自分がどうなるより、誰かを零すことの方が何より恐ろしい。
だから戦える。だから負けられない。気炎を吐くのは限界を超えた負傷を、それでもと動く桝本だ。
二体の炎のヴァルキュリアへと神速の二太刀を斬りつけ、共に血と炎に踊る。あたりは赤、朱、紅。そんなに燃え盛るのが好きなのかと、戦の色彩に何故か怒りが込み上げる。
声はどうすれば出せるのか解らない。苦痛なんて漏らしたくない。なら、ここでの言葉は。
自分は壁で盾で削れていい。でも、楽しいことの方が大切で、その為の戦いなら。
「勝つよ。勝って、帰るために繋げるんだ」
影野の弾丸を腕にうけたせいで、炎剣の冴えが鈍るのを見た新井。転身して斬撃を避けるや否や、飢狼の如き凶を孕んだ手刀で更に生命力を奪う。炎に抗する為の、武の闘心。それが前衛の二人の二人をなんとか継戦させている。
エルレーンの砲撃がついに一体目の稲妻を打ちぬき、その身体を地面に転がし、伏せさせた。
「あとは、一体だけ……後、一体だけでも」
でなければ、何故此処にきたのか解らなくなると、黒井の祈りが言葉に結ばれる。
「そして、全てを持ち帰ります……」
だが、四度目となる炎の胎動の前に、冴弥と桝本が倒れる。
●
神の兵士で新井が耐えきれたのも、貪狼の効果あってが大きい。
耐久用の、受け・防御スキルのない桝本は根性二度に神の兵士の恩恵があってようやくといったところ。負傷を厭わないその攻め故に稲妻を討ち取ることが出来たのはあるだろう。
同時に冴弥も生命吸収攻撃を複数に打ち込まれない為に、半ば間に割って入ったようなもの。結果として前衛が壊滅するという自体こそ避けられたが、負傷と四度の結界の効果でついに倒れてしまう。
最も大きいのはエルレーンの影分身が消え、氷のヴァルキュリア二体も戦線へと入り込んだことだろう。攻撃と奇怪な動きで無視出来ない状態を作っていたが、それももう終わり。
カオスレートの総合も変化して、これでマイナス。次からは重圧と腐敗という戦況を悪化させるものが展開される。
その上で現状、全員をして最低でも全体の八割の負傷。ここから立て直すなど、不可能に近い。よって、狙うのはただ一点だ。
「……………」
トドメとばかりに炎を迸らせる大剣を構えたヴァルキュリアへと影野の弾丸が着弾する。
狙った左腕へは二度目だ。瞬間、だらりと下がる左腕と、切っ先が揺らぐ。
どんな些細なことでも見逃さないと、絢は誓っている。たとえ狙ったヤタガラスが倒せなくても、隙を見つけてソ広げるが射手の役目。
地面へと吸い込まれるように見えた弾丸が逆さの弧を描き、炎のヴァルキュリアの左腕を更に貫く。むしろその威力に爆ぜたのではと思う程の血飛沫が上がり、致命的な隙を作る。
「かくなる上は……貴様らに勝利をやらせはせん!」
最早、カオスレートをどうしてもマイナスもプラスにも寄せられないと、武器を弓から阿修羅の彫られた直刀へと持ち帰る鳳。そのまま鯉口を切り、間合いへと踏み込めば左に明色の、右腕に暗色の紫のアウルが集う。
「痛み分けであろうとも、勝利を預けようとも、貴様の命だけは此処で断つ!」
注ぎこまれ、爆発的な威力と速度を得る修羅の抜刀。空を切る音さえ遅れて聞こえる残音に剣閃は胴を両断し、刀身から紫の鳳凰が立ち昇る。
これで二体。成功の最低条件は整ったと思った瞬間、鳳へと走る稲妻の穂先。受ける手段なく、避けるには早すぎて胸を貫かれて感電してしまう。一瞬だけ自由の利かなくなったところへと、ごうごうと焔を纏う大剣が掲げられた。
そして放たれるのは爆発的なまでに火力を上げた一閃。恐らくは祝福を受けているだろう一撃に、鳳の意識もまた深く沈んでいく。
「撤退よ……条件は果たしたわ」
これを成功というには苦い。が、元より偵察であればこれ以上の戦果は望めないだろう。
新井が告げると同時に死活を発動させ、鳳と桝本を無理に抱えて戦場から離れようとする。背を晒す形となるが、例え背中に負傷を抱えても、抱えた命と明日の可能性は零したくないのだ。
が、それを許さない氷のヴァルキュリア。
散々弄んでくれたなと、二体がそれぞれ三つの氷槍を紡ぐと、遠距離にいた筈のエルレーンへと放つ。最初の三発は空蝉で凌ぎ、残りは実力と半ば運だ。掠めた二の腕に走る冷たさとその射程にぞっとしながら、冴月を抱えて戦場を離脱する。
「あなたを……倒せませんか」
全滅覚悟であればこの状態でヤタガラスは倒せても、それはありえないと黒井は首を振るう。
回復手である彼が前衛や負傷者の回復に専念すれば、或いは違ったのだろうか。前衛も防御寄りのスキルと装備であれば違ったのだろうか。
個々の戦術、戦法としては間違いはなくとも、ヤタガラス班を含めて作戦にかみ合っていない。
「……この借りは、いずれ」
少なくとも、炎剣のヴァルキュリアと、雷鳴のヴァルキュリアは知れたのだ。氷のヴァルキュリアの対抗スキルや威力などは体感できずとも、情報として持ち帰るには十分で。
「これを勝利だなんて、いえない」
成功が勝ちとは限らない。
この為の削りあいを演じた撃退士達のように、勝敗はそのまま、次へと持ち越される。