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マスター:燕乃
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:5人
リプレイ完成日時:2014/08/19


みんなの思い出



オープニング

●生き残った瞳


 仙台の街に走る爪痕は、まだ癒えていない。
 十体近くのサーバントが防衛線を突破し、街中で暴れまわったのだ。
 抵抗することの出来ない一般人に被害は及んでいた。何とか混乱を収め、再び来るだろう天界勢力への戦力配備、防衛戦線の再構築とようやく終わった所だ。残党ともいうべきサーバントも発見次第、駆逐されていく。
 知能のない眷属たち。哀れむことべき所など一欠けらもないが、命令を下す頭であるフェッチーノが息途絶えた今、組織的な動きも出来ず、持ち合わせた殺戮性のせいで隠れることも逃げることも出来ずに狩られていくだけ。
 そんなはずなのに、ひどく静かな三つの瞳があった。
 山林の木々の上から町並みを、撃退士の動きを、戦力の配置と配分を見据えるのは額に三つめの、鬼灯のような瞳を持つ天狗だ。明らかに異様であり、雪崩れ込んだサーバント達の中でも異質なのだろう。
 そして、その天狗の足元では敗残の兵として左前脚を二本失った鬼蜘蛛がカチカチと顎を鳴らし、傷だらけのホーリーシスターが二体、膝を付いている。
 従っているのだ、この亜種の天狗に。それこそサーバントの中でも指揮官であったのかもしれない。瞳には知性があり、そして何ららかの命を果たそうとしているかのようだ。
 

 それこそ、復興と再建を行う仙台の様子を伺うかのように。
 例えサーバントが全滅しても、自分だけは生き残って情報を持ち帰ろうとするかのように。

 フェッチーノが討たれたのは、本人にとっても誤算だろう。
 だが、元よりあれだけ負傷した天使が予備を用意していないとは限らない。加え、別の天使の配下が紛れても、冷静さを失ったフェッチーノが気付くはずもない。
 多少優れた駒が紛れ込んだと、その程度で済ませただろう。
 額にある橙の瞳が、全ての光景を映しこむ幻燈の映し鏡だとも知らずに……。


「居たぞ、サーバントだ!」

 
 が、それも此処まで。巡回に周り、これ以上、被害が出る前にサーバントを狩りつくそうとする撃退士の一グループが三つ目の天狗達を見つけたのだ。数として十名ほど。全員で懸かれば確実に勝てるのだ。
 それどもと鬼蜘蛛は立ちはだかる壁となり、その後ろでホーリーシスターが杖を構える。
 だというのに、三つ目の天狗は翼をはたかせて空を飛んだ。
 戦うのではなく、逃亡でもなく、帰還をこそ選択したのだ。
 仙台の外へと、主の元へと見たものを届ける為に。
 先遣隊など元から全滅覚悟なのだ。それで敵の戦力や装備がわかれば十分。偵察部隊がその様子を『観て』、情報として持ち帰り、対策と作戦を練った主力部隊が突き進むのだから。
 それは古い、犠牲を是とした戦術。だが、とてつもない効率的な戦術で。
「逃がすな、あの天狗、何か様子が可笑しいぞ!?」
 負傷しきったサーバント達。あの激戦を潜り抜けたのだから無傷など可笑しい。深い負傷を受けてしかるべきなののだ。
 なのに、無傷で、そして主から命令がなければ暴虐を尽くすだけのサーバントが一体だけ逃亡を図るなんて、余りに可笑し過ぎて。
 その思考を激震が止める。跳躍して壁にならんと鬼蜘蛛が撃退士の前に立ちはだかり、森の通路を塞ぐ。
 その後ろに治癒の光を灯す杖を構えたものと、騎士の姿へと変じたホーリーシスターが並ぶ。満身創痍。だが、サーバントは命令であれば痛みどころか死を厭わない。
 まだ戦いは続く。
 まだ、まだ、たった一柱を討っただけでは天使の光は衰えないのだ。







「――くそっ」
 鬼蜘蛛を無視するという手も、当然のようにある。
 最低限の戦力を裂いて、残りは全て三つ目の天狗の追跡に。
 空飛ぶことの脅威は言うに及ばず、逃走は更に楽になるだろう。
 だが、この鬼蜘蛛を、左前足を二本も失うほど消耗したものを無視出来ないのだ。

 鬼蜘蛛の般若の面、その奥の瞳は、撃退士の後方を見つめていた。
 そこにあるのは山の麓の空き地に用意された仮設住宅。サーバントの襲撃で家が壊された人々が住まう場所。
 コレがあるから三つ目はこの場所で観察していたのだ。
 麓に人々が住むから、この山を重点的に撃退士は探索していたのだ。


 残った脚が地面を蹴り、撃退士など知らぬと猛進する鬼蜘蛛。
 般若の面から零れる赤黒い液体は血か怨嗟か。報復を果たそうと地面を振動して突進する天魔。
 これはこれで最大の足止めだ。無視など出来ない。すれば人がまた、死ぬ。
 そんな理不尽、認めていいのか?
 また奪われ、壊されるのか。戦場となったこの街に住む人々に罪科どころか、戦う力も、抗う武器さえないのに。
 そんなこと、許していいのか?
 逡巡は一瞬しか出来なかった。騎士の姿を取ったホーリーシスターが真空の刃で薙ぎ払い、撃退士が左右に回りこむことを牽制したのだ。
 この捨身じみた特攻で僅かでも時間を稼ごうとしているのだろう。
「二手に分かれるぞ。俺たちはこいつらを止める、三つ目の天狗は、何としてでも逃がすな!」
 森を揺るがす激音と、空を滑る翼。
 天地に分かれた戦場の一旦が開かれる。始まりの為の、続ける為の天使の策が。


リプレイ本文

 怨嗟の激震響かせる鬼蜘蛛を無視するなど、在り得ない。
 一度は突破を許したから。蹂躙された街を再度など認められないから。
 理由など全員が違うだろう。様々な想いが瞬きの中で流れ、揺れ、絡まる。
 だが、瞬間で迎撃の布陣を取れたのはたった一つの、深い共通点が胸にあったから。

「何としても敵の突破を阻止しますよ」

 地を揺るがす狂乱の振動を感じながら、狙撃銃の射程を取る為に後方へと跳躍するのはユウ(jb5639)。
 目の前の天魔達は脅威であり、危険だ。殲滅は必須であり、けれど誓いである浮かべる笑顔は崩さない。
「確実に排除しますよ」
 罪を償い、守る為にこの力を。そう思うユウだからこそ、決してこの道は譲れない。
 狙撃銃の引き金に指をかける横手で、林の中へと身を投じたのは矢野 胡桃(ja2617)。
「悪いけれど、ここから先には、行かせない」
 同じく狙撃銃の後衛。長射程を活かしての撃破が基本となるが、そのライトグリーンの瞳が見据えるのは鬼蜘蛛の後ろ、騎士の姿へと変じたホーリーシスター。翼を持ち、空を飛ぶ者に地の道往く必要はないのだから。
 取り逃がしは、しない。
「何も、この先には通しません」
 前衛である只野黒子(ja0049)にも恐れはない。目の前の迫る鬼蜘蛛の禍々しさや、獰猛さは肌に突き刺さるようかのよう。だが、だからと後ろに下がるなどありえないと前へと踏み出す。
 敵の後衛であるホーリーシスター達は一拍、あえて動きを遅らせているようだ。鬼蜘蛛の支援か或いはそれに続くのか。黒子は敵の動き出しを捉えつつ、猛進する鬼蜘蛛へと立ち向かう。
「……手負いの獣ほど、怖いものありませんしね」
 左前脚を失っているからと、軽く見える相手ではないのだ。
「来いよ鈍重。『銀閃』がお相手してやるっつってんじゃん?」
 無論、そんなことが解らなくなる程、ルドルフ・ストゥルルソン(ja0051)の理性が吹き飛んでいる訳ではない。
 こんな状態になってしまったこと自体が、ベストを尽くしたと断言できない。他に何か出来たのではないだろうか。手や足があれば。もっと鋭い銀の斬閃描ければ、背後にある街に天魔の爪痕残すことなんてなかった筈。
「……そんな風な迷い、振り切りたくてな?」
 故にと、ルドルフが抜き放った忍刀の切っ先が描く銀の斬光。調子が狂うような戸惑いと無様さを虚空に切り捨て、戦いに臨む鋭さを宿す菫色の瞳。
 そして同じく、後悔を胸に抱き、けれど何処まで澄んだ声色で告げる川澄文歌(jb7507)。
「前回は突破されてしまいましたが、今度は絶対、突破させませんっ」
 二度の敗北なんて許せない。
 この先にはごく普通に暮らしている人がいる。闘争も暴力も、血も鉄も知らずに生きていける人たちが。
「敵の突破は絶対阻止です」
 そんな祈りを込めた、歌うかのような声での宣誓。
 怨念撒き散らす鬼の蜘蛛に対峙するには、あまりにも清いそれに、同じく手負いのモノである天羽 伊都(jb2199)は苦々しく、自嘲を交えた笑った。
「はは……メゲている場合ではありませんね」
 そして後方に跳躍する、天羽という深手を負った黒い獅子。マトモに戦えないのは承知の上で、肩を並べる仲間達の意思に恥じぬよう。
「こんな身ですが、僕が隙程度なら作りましょう。畏怖はさせられなくても、獅子の咆哮は象徴となる」
 そして、銃口を構える天羽。
 一気に迫り来る鬼蜘蛛の後方、長剣を構えた女騎士へと向けた。






 そう。自分達の最大の脅威は鬼蜘蛛ではあるが、背後にいる人々への脅威は翼持つ女騎士。
 空飛ぶものはそれだけで恐ろしい。強引に突破されることだってありえるのだから。
 ならば迷う必要はない。薙ぎ払うべき対象として、戦意の切っ先を向ける矢野。どうやってなど、思考する時間はも彼女にはない。
「……取りこぼしのないよう、ここで薙ぎ払うわ」
 手にした狙撃銃は、もはや剣の少女の一部なのだから。
 そして同様に、瞳にアウルを集中させて動体視力を上昇させる天羽。金色の瞳が見据えるのは、二手先か、それとも三手、四手とさらに先か。
「ボクの出来る事を一つずつ積み重ねないと」
 全員が全員、己が役目を果たす為にと動いてるのだ。
 ルドルフは気配を消して林の中へと入り込み、ユウは冥魔の気を練り上げ、一発の弾丸へと変換する。
「まずはアナタです」
 元よりユウは悪魔。純粋に天を傷つける為の気を身に纏っている。
 ならばとユウの狙撃銃から放たれる漆黒の弾丸は余りにも致命的だ。昼の日差しさえをも飲み込むような深い闇の塊が、音さえ喰らい尽くしながら突き進む。
 破損した鎧の腹部を狙って放たれた銃弾が女騎士を貫き、その衝撃で膝を付かると同時、文歌がクラリネットの音色で紡ぐ蛇の幻影が女騎士に襲い掛かる。
 美しい音色は、けれど毒を帯びていた。ユウの一撃で動けなくなった身に深く突き刺さり、その血に呪毒を流し込む。
「回復する間も与えません!」
 文歌の宣言どおり、回復と再生促す光を放たれても間に合わないだろう。女騎士の速攻撃破狙いであり、再生阻害の毒も仕込む流れは一気に戦局を有利へと傾ける。
 だが、同時にそれは鬼蜘蛛への対応が薄いということに他ならない。
 凄まじい衝撃音が森に木霊す。鬼蜘蛛の突進を真正面から受けた黒子が後方へと弾き飛ばされ、転がりながらも勢いを利用して跳ねるように立ち上がる。
「……くっ……」
 ただの突進が重いのだ。止めることが出来ず、骨と内臓が悲鳴をあげている。
 手負いだからこその憤激か、黒子の防御を貫くのに十分な衝撃。たった一人で抑えるには強敵に過ぎるだろう。
「ですが」
 言葉は端的にし、杖持ちが回復の光を飛ばしたのを確認する。
 敵一体の突破も許せない以上、目の前の鬼蜘蛛だけが全てではないのだ。戦況が有利へと流れているのを確認し、再度鬼蜘蛛の正面へと踊り出る。
 手には四方へと衝撃を飛ばせるよう改造された魔音の触媒。込めた魔力が共鳴を起こし、鬼蜘蛛へと放つ稲妻を模した脈動を放つ。
 一瞬、確かに鬼蜘蛛に絡み付き、行動阻害の手応えを覚える黒子。だがそれも一瞬で弾け飛ぶパルス。行動を不能にする振動や衝撃、魔撃には耐性があるのだろう。
 だとすれば厄介に過ぎる相手。長い前髪で隠されてその眼に浮かぶ色は見えないが。僅かに表情が強張る。
 その視線の先には、空を滑空して長剣を翳す女騎士の姿があったのだ。
 鬼蜘蛛の突進からの剣撃での追撃だ。一点突破の為に邪魔な前衛の黒子を切り裂くべく、横薙ぎに放たれた一閃。
「させません!」
 だが、その刃が届くより速く張り巡らされた文歌のアウルの網。絡め取られた剣閃が一気に減速し、黒子を浅く切り裂くに留める。
 翻る翼より速く、続けられたのは天羽の声。
「牽制します、僕の後に続いてください!」
 獅子の咆哮の如き発砲音を轟かせ、女騎士の頭を狙った天羽の銃撃。
 部位狙いが易々と決まるはずもなく、咄嗟に空中で旋回して避ける女騎士。
 だが結果として減速した上に、咄嗟の回避で姿勢制御を失い、高度を落として地面すれすれに。元より当てるだけの力が残っていないなら、全て牽制と布石にすればよいだけの話。
 決定打は、仲間が決めてくれる筈なのだから。
「射手から逃げられるとでも? ……逃がすわけ、ないでしょう?」
 そんな負傷を抱え、剣の瞳から逃れられるとでも思ったのか。損傷した鎧の部分を狙わないほど、矢野は甘くはない。
「一体ずつ、確実に」
 頷き、ユウも練り上げたアウルを狙撃銃に込めた。
 そして、林の中から跳躍する刀身が、銀の閃きを見せる。
「絶対に逃がさない」
 ルドルフにとっても柄じゃないのだ。あの時ああすればよかった。もっと力があれば、なんて足掻くのは。その果てに、大物を逃がす始末。
 ああ、でも。
「『銀閃』の名に賭けて、命に代えても追い縋り、斬り捨てる!」
 その言葉に嘘偽りなど、ひとかけらもない。
 細氷の煌き纏う姿は、それこそ一振りの刃のようだった。
 抱く悔恨を振りほどき、守れなかった悔しさで出来た曇り払うように。
 全身全霊込めた銀閃、女騎士の兜と意識を断ち切る斬威を奮う。
 氷嵐の太刀こそ己と、凛冽な光を纏って着地するルドルフ。執念、妄念はすべて今の一太刀で振り切ったのだと。
 そしてトリガーは同時。墜天と冥魔の弾丸は共に女騎士の命こそを貫く威を纏って打ち抜かれた。動くこともできず、頭部と胸部を打ち抜かれ、地に堕ちていく翼の騎士。重ねられた連撃に耐える術などなかった。
 それを見て何を思ったのか、鬼蜘蛛がかたかたと顎を鳴らすが、文歌が鳴らす音色の方と質も違えば格も違う。
 楽器に操られて石と縛する風が巻き上がり、砂塵の嵐で鬼蜘蛛を切り裂いていく。抵抗こそされても、露出した腹部狙いの一撃は深手を与えるには十分。
「鬼の、蜘蛛の歌など人の街には不要です。決して、それ以上進ませません」
 体液を撒き散らし、それでも脚を動かして黒子を打ち据えるが、再び文歌のアウルの網の前にその威力を減少させられて痛打とならない。
 もっとも、文歌とて本来であれば、僧侶の姿をしているホーリーシスターを狙いたいが、射程がどうしても届かない。その距離に辿り着けば、鬼蜘蛛の間合いに踏み込むこととなる。
 杖が癒しの光を周囲に灯すが、やはり治癒の力が足りない。猛火の前に水をかけた所で止まる筈がないように。
「さぁ……次も、堕ちてもらうわ、よ?」
 敗北の生き残りならば、すべて薙ぎ払うのみと、矢野が再びスコープを覗く。




 状況は完全に優勢。大局の流れは決したと言っていいだろう。
 黒子が蒼い布を躍り揺らせば、波打つ槍と化して鬼蜘蛛の右脚へと穿つ魔槍と化す。
 海のような煌きだが、その鋭利さは確か。それを弾き返す鬼蜘蛛の脚の甲殻の方が異常なのだが、その意を解して天羽が続けて右脚へと放つ銃撃。
 二発続けて当たれれば、例え完全に弾き返しているとはいえそちらへと意識が流れる。急所である腹部を守る左脚を失っているというのに。
 だから、よりそれを広げるべく放たれるユウの最後の闇の弾丸。左後脚、それも関節の節への狙撃は完全に狙いを捉え、更に左脚を一本失って転倒する鬼蜘蛛。
 元々驚異的な脚部の甲殻と生命力を誇るのが鬼蜘蛛。真正面から一騎打ちで戦えば、熟練の撃退士でも苦戦するだろうし、そこに再生を促す治癒の光が重ねなれれば倒すことはより困難になる。
 だとしても。
「回復するから、なに? ……それを上回る攻撃を与え続ければいいだけの話、ね」
 単純明快な力押しだが、元から負傷しているなら真正面からの衝突でも勝てる。加え、絡め手をこの鬼蜘蛛は持っていないのだ。重ねられる火力、銃撃の前に、削られていく。
「どうやら、俺の調子も戻ったみたいだし、な」
 ルドルフは元より一撃離脱が主な戦い方。俊敏さにモノを言わせ、林の中へと戻れば弓へと持ち替え、鬼蜘蛛の腹部へと矢を放つ。
 最早、削られていくだけの鬼蜘蛛。僧侶の必死の癒しもそれを上回る火力で押し通されていくだけ。
 ユウの狙撃で再び、そして最後の左脚が半ば吹き飛ばされ、もはや立つことも出来なくなった鬼蜘蛛を包み込む気風が起こす文歌の砂塵の舞踏。誘うは物言わぬ石へ。命尽きると共に、石像と化した鬼蜘蛛が、ここにひとつ。
「残るは一体……」
 それを見た僧侶の反応は、もはや身を厭わぬ突貫だった。
 騎士の姿へと変じ、翼で空を飛んで街へと向かおうとする。天羽の想像していた逃走ではなく、自ら捨駒になるような選択だが、時間稼ぎであれば正しいのかもしれない。
 だが、誰も此処を通すつもりなどないのだ。
「残念ですけれど、落ちてください」
 ある意味予想通りと、黒子が進路上に放った魔響の衝撃波。落下やトドメなどを狙わない、遅延目的の攻撃だが、僅かな足止めで十分。魔響を受けて減速している間に矢野が翼を顕現させて往手を阻む。
「抜かせない。……絶対に、行かせない、わ」
 自らを壁とするかのように。決して前衛や防御が得意ではない身で。
 それでも退かず、怯えぬからこそ剣の少女だと身で宣言するのだ。結果として唐竹割りに振るわれた光剣の一閃に深く身を切り裂かれても、踏みと留まる。
「……ここから先は、通行止めよ。行きたければ……私を、倒すこと、ね」
 傷を恐れる剣が、何処にあろかと。身を犠牲に、どれほど削れても矢野は絶対にこの道を通さない。
 そして、銀が駆け抜ける。
「止まれってな。これ以上の無様を晒すなんて、酷すぎるっしょ!?」
 木々を壁走りで駆け抜け、高度を調整してからのルドルフの跳躍。空飛ぶ翼がないなら、自分の技と周囲の環境を利用しての剣閃に、全体重を乗せて繰り出す。
 銀の剣衝は瞬きと共に、そのまま意識を断ち切り墜落させる。防御も低下させ、朦朧とした意識で落下したホーリーシスターの先には、既に出来上がっている包囲網。
「これで終了ですね」
 黒子が手繰る蒼布が海の激波となって最後の一体を打ち据え、文歌の音が紡ぐ幻影の毒蛇が喉へと噛み付く。
 そして、ユウの構える狙撃銃、その銃口が撃墜と重ねられた攻撃の衝撃で動きを止めた身へと、トドメの一撃を放つ。
「――空を飛ぶ翼があるのに、戦いにだけしか使えないなんて、悲しいですね」
 空を泳ぐことが好きな悪魔が、天使の眷属へと、僅かな憐憫を乗せて、引き金を引いた。
 銃撃は狙い違わず、その頭部を打ち抜く。
 答えはきっとない。少なくとも、まだこの東北で自由に空を泳ぐには、天使の指先が邪魔をするだろうから。
 戦いが終わったのを確認し、誰のものでもない筈の青い空を、ユウは仰ぎ見た。
 遠く、遥か高く、そして自由なはずの場所を。





「今度こそ、守れましたね」
 治癒の術を施し、負傷した面々を癒していく文歌。
 フェッチーノの襲撃の際には守れなかったのだ。だが、あの時とは違う結末。人々を守り、サーバントも倒せたのだ。
 ルドルフの瞳も、ようやく焦燥の色が抜けて穏やかに澄んだ色彩を取り戻している。
 けれど。
「足止め目的であれば、どうなのでしょうね」
 戦争では先遣隊は全滅して構わない。古い戦術のそれだが、情報さえ持ち帰ればそれでいい。
 黒子もまた傷を癒しながら、呟いていく。
「――情報を持ち帰る必要があるなら、まだ恐らく、次の攻撃がある筈」
 まだ戦いは続くのだろう。
 フェッチーノはただの始まりで、本隊ではない。そう考えてしまうのだ。
 それでも防衛に失敗し、次に来るなら恐らく全力。負傷した天使ではなく、本物の天使の威が振るわれる予感を感じている。
 ただ、今は、今だけは仙台に静けさが訪れていた。
 嵐の前触れのように。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 優しき強さを抱く・ユウ(jb5639)
 外交官ママドル・水無瀬 文歌(jb7507)
重体: −
面白かった!:4人

新世界への扉・
只野黒子(ja0049)

高等部1年1組 女 ルインズブレイド
銀閃・
ルドルフ・ストゥルルソン(ja0051)

大学部6年145組 男 鬼道忍軍
ヴェズルフェルニルの姫君・
矢野 胡桃(ja2617)

卒業 女 ダアト
黒焔の牙爪・
天羽 伊都(jb2199)

大学部1年128組 男 ルインズブレイド
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師