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マスター:燕乃
シナリオ形態:シリーズ
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/06/12


みんなの思い出



オープニング

●ツインバベル

 だからこそ、咄嗟にアルリエルから問い返す言葉は出ず、視線には困惑が絡み付いてしまう。
「――しばし、暇を頂きたく想います」
 繰り返された前田・走矢からの願いに、ようやく目を細めて問い返すアルリエル。
「今、この時期にか? 痛手を被った騎士団がようやく再編成され、動き始めるだろうこのときに?」
「使徒ではなく、人だった頃の名残をこの手で断つ為に。……人の命は、余りにも脆い。せめて、剣の師の末期の水は、この手で」
 前田の声は静かだが、奥底では戦意に燃えている。
 つい先日届けられた手紙に何かしらの意味があるのだろう。
 そして、続く言葉にアルリエルは納得した。
「せめて、師の最後はこの剣にて。それが人であった頃の名だからこそ、天刃は師を超えたと示す為に」
「……成程」
 末期の水と言えど、それはこの手で殺すという意味だろう。
 人だった頃の繋がりを全て断ち切り、真の意味で天の刃である為に。
「だが、私は今だ動けない。故に暇を、単独行動を求めると?」
「師達は人の街に住んでいる為、下手にサーバントも連れてはいけないでしょう」
 成程と頷くアルリエル。だが、何時ものように即答はしない。
 前田を信頼しているものの、撃退士の実力とて軽んじてはいないのだ。
 ただ行くだけでは危険と、愚直な二人が思考する中、言葉が投げられる。


「では――私達がお供する、というのは如何でしょうか?」


 流れる髪は銀。場を見渡す瞳も銀。
 銀嶺の使徒と呼ばれる女性がそこにいた。
「サーバントなどの眷属では騒ぎになる。天使様たちが出向けば気づかれて大騒ぎに。では、使徒が数名で動けば連携もし易く、戦いにも潜入にも有利でしょう。似たような形式を撃退士も取り、力として奮っていますからね」
 その戦い方を否定することは撃退士を否定することになる、と言葉の外で告げる銀の使徒。
「確実な勝利を、と思うのであれば、ご一考ください」
 だから否定はできまい。拒絶もないと瞳は静けさを湛えている。
 そしてふわりと一礼する銀の使徒。彼女にとっては、使徒同士が連携して戦えば撃退士相手にどうなるかという試験にもなる。
 もしも上手くいけば――前田・走矢の名を御旗に、複数の使徒でチームを組むこともあるえるだろう。
「……付いてくるのは構わないが、俺の相手に手を出すな」
「ええ、無論。むしろ、貴方との決着を邪魔しようとするものを私達で排除しましょう」
 前田は組むことを嫌がるだろうが、互いに利用する形をとれば問題あるまい。事実、邪魔さえしなければ同胞であることに変わりないのだ。
 そして、何もいないはずの空間から響く青年の声。

「で、ここまで来て俺に気づかないということは、俺の力量も認めてくれるな?」

 前田の眉が潜められることこそ、青年の存在に今まで気づいていなかった証拠だろう。
 恐ろしい程の隠身の行。
 壁に背を預けている青年を、前田は感知できなかった。
 腕には手甲。刻まれた無数の傷が、この青年もかなりの密度の戦いを経験していることを物語る。
「是非もなし、か」
 どうせ罠。ならば、切り裂くのみ。
 戦って、戦って、戦いの果てに掴んだモノのみに意味がある。
「光とは、そういうものだろう。遥火」
 この身にそう刻んだ女の命をも絶つために。


●夕方の病室、三階


 故に罠は必殺の機を狙う。
 依頼を出したのは、鞘に入った太刀を杖代わりに立つ老人。
 枯れ木のような肌は血色が悪く、事実、もう治らない病を抱えて長くはない。
 だが、瞳に宿る気力に衰えはない。むしろ、これから戦いに挑む兵の気質を纏っている。
「俺と孫娘の命を懸けて願いたい。前田・走矢を討って欲しい」
 真実、言葉の通りに老人は命を懸けて立っている。
「元はといえば、前田は俺の道場の門下生だった。……ああ、当時から異才の剣士だったよ。誰も真似出来ない理の剣を磨いていった。鬼の剣、殺しの剣、俺の流派には似合わないような、な」
 それこそ学び取るものを変質させ、己だけのものへと変じていった武技。
 剣を奮う才覚と感覚は破格の位にあり、同時に異質なものなのだろう。だからこそ隻腕となった今でも存分に戦える。
「もっとも、破門としたがね。俺の孫娘を稽古中に、植物状態にしてからは」
 元々そういう剣。例え鋼でなくと、木製であっても触れれば殺す。
 そんなものに憶えさせる剣術はないと、破門までしたのだがと老人の眼に怒りが灯る。
「気づけば使徒と成り下がり、人の道を外れた剣鬼となっている。これでは末代までの恥だ。あの剣を砕くため、どうか力を貸して欲しい……このままでは、死ぬに死にきれん。この、孫娘も」
 視線を下ろせば、安らかに眠るように横たわる女性の姿。
 けれど、それは生命維持装置があるから。一度機械を外せば、すぐに枯れ果てる命。
「前田を帯び寄せる為、天界にも伝わるように手紙を出した。俺と孫娘がここにいる、とな……前田は罠と思っても食い付くだろう。せめて俺の手で、師を殺さねば……などとな」
 殺すだけが武ではあるまいに、と口にしながら。
「俺はどの道死ぬ。が、この病院で迎え撃てるならば、勝機もあろう。大人数で挑むことは出来ずとも、相手もサーバントを連れてくることも、天使と共に来ることも不可能だ。故に、必殺の好機と願いたい」
 己を餌に、あの前田を倒してくれと。
 それこそ悲願のように、狂的な熱を孕んだ視線を投げる老人。



 少女だったモノは今だにその一念だけを思う。
――強くあって、強くあって、強くあり続けて。勝ち続ければ、貴方は正しい。
 例え間違った感性、産まれてくる時代を間違えたとしても、戦いで勝利したほうが正義なのだから。
――貴方は間違ってない、間違ってない、間違ってないの。私の全てを懸けて、貴方に祈る。
 少女は命を懸けて武に、剣に挑む少年の姿が好きだった。
 戦いに挑み、剣を奮う姿が夢のように愛おしかった。
 
――強くあって、敵に勝ち続けて。

 例え、その少年だったものの木刀で、この瞼が開かなくなったとしても。
 この少女はその想念だけは、消したりしない。

――強くあれば、勝ち続ける貴方は、正しいのだから。


●夜の病室、四階


 病室の全ては、銀の吹雪に呑まれて消える。
 人を切り刻み、削り取って血の花びらを躍らせる銀水晶の欠片たち。
「さて、何名が来るでしょうか?」
 あえて即死しないように加減した。だから病室の中では激痛と絶望の叫喚が溢れている。
 次第にそれは上下左右に伝播していくだろう。
 見捨てるか?
 まだ生きている彼らを。
「さあ、どうするでしょうか?」
 既に前田ともう一人は病院に潜んでいる。
 最上階で真っ先に惨劇を切り拓いた銀の使徒。
 絶叫を聞きつけたナースを、やはり即死しないようにと丁寧に水晶の剣で貫き、虐殺の道を歩き始める銀の使徒。
「まあ、こなければ――死体が増えるだけですけれどね?」
 撃退士が詰めている場所までは解らない。が、銀の女性を止めるならば、それ相応の戦力を裂かねばならず、隠身に長けた使徒は神出鬼没。前田は当然のように師の下へ一直線だろうが、思考と戦術によっては戦力は分散される。
「目の前の敵を殺すか、目の前の人を助けるか」
 子供の片腕を切り飛ばし、銀は微笑む。
「さて、戦の刻ですよ。何を選び、何を手に取り、何を抱き締めますか?」
 戦の刻は、これより、撃退士の選択によって変化していく。


リプレイ本文


 惨劇の巻き起こす叫喚が、静寂を切り刻む。
 溢れ出すのは悲鳴、混乱、どうして動揺と恐慌。
 天魔と戦ったことがあるものなら幾度かは経験しただろう。
 修羅場の気配であり、憐れな犠牲者達の断末魔。
 聞こえず、見えず。
 だが、確かに鮮血が噴き出し、倒れる気配がある。
 戦の気配であり、死の匂い。変質してしまった空気がゆるりと流れた。
 老人の瞼が開かれる。
「来たか。いいや、始まったか……」
 咄嗟に出掛けた棘塗れの言葉を飲み込み、老人を睨んだのは巫 聖羅(ja3916)だ。
 ふざけないで。 あの前田・走矢を病院に誘き寄せればどうなるか、少しは考えて欲しかったのだ。
 気持ちは、解ると巫とて思う。
 全てを懸けて挑み、討ち取りたい。
このままではダメなのだ。あれ勝たない限り、死んでも死に切れないという切望が胸で燻り続けている。
 あの戦の禍津星。天刃を砕きたいと願い、熱を帯びるのは同じ。
 憎しみと怒りで理性が振り切れ、正常な判断力を亡くしているのかと龍崎海(ja0565)とて思ったのだ。
 けれど、老人の瞳は爛々と燃えていた。後悔どころか逡巡もない。待ち焦がれた瞬間に出逢ったかのようだ。
 最後の命を燃やし尽くして立っているというには、狂念を孕み過ぎているだろう。
「前田の師か……」
 これに似たものを久遠 仁刀(ja2464)は知っている。
 幾度となく斬り結んだ紅の瞳に似ているのだ。
 本質は違えど、この瞳が、こんな意思があったから前田はああなったのか。
 或いは失望させたのか。人間はこんなものだと、師の瞳に学んでしまった。
 もしかすれば、結果として前田を天の使徒となる道を選ばせただろう者。
 前田を超えたいと、久遠は魂に刻み込まれる程の執念を抱いている。
 だが、この老人に教わった剣では、前田は越えらない。
 それは人の心持つものの直感。
 証拠に惨劇の音を聞いても、老人は表情のひとつ変えはしなかった。
 ただ勝つだけでは、前田の剣を越えたとは言えないと信じ、不確かとはいえ理想を胸に抱くから。
 ならば、この場で撃退士として取るべきことは、たった一つ。
「いくぞ、グラウシード」
 抜刀を握り締め、憤激に肩を震わせていたラグナ・グラウシード(ja3538)に声を掛ける。
 ラグナもまた、騎士であろうとするもの。楯として、人護ることを矜持とする者ならば。
「……動けない者を、いたぶるのか」
 振るう刀を血で染め上げれば喜ばしいのか。
 そこに光があると、本当に信じているのなら、もはや救い難い。
 明らかな陽動であれ結構。ラグナの握る剣に、誇りを懸けて謳おう。
「前田よ、貴様がそれを許すのならば……貴様は、私が『名を呼ぶ価値もない』、ただの外道だと断ずるぞ!」
 それしか出来ぬ身ならば、陽動であれ罠であれ、護る為に挑むのみ。
 上層の悲鳴の元へと病室を駆け抜けていく二人の剣士。唸りを漏らすのは鳳 静矢(ja3856)だ。
 罠であり、戦力分散の為の陽動。この場の全員が解り切っている。
 そして、ならばこそこんな解りやすい手だけではないだろう。他にも伏兵などがいる筈。
「しかし、五人、か」
 前田のみを相手取るにも危険な人数。引くに引けない背水の陣だが、迎え撃てるこの状況を最大に利用するのみだ。
 太刀を杖代わりに握り締める治樹に、戸蔵 悠市 (jb5251)は静かに告げる。
「貴方はそこにいるだけで前田の行動を縛れます。前田が斃れるまではくれぐれも、自ら命を捨てるような行為は控えて下さい」
「…………」
 この言葉ばかりは暮居 凪(ja0503)も止めはしない。
 杖ではなく、病院に太刀を持ち込んでいる時点で、何か可笑しいのだ。
 捨身というには余りにも無謀すぎることを、疑うことなく実行してしまう気がする。
 愚かなのか。狂っているのか。それとも、壊れているのか。
「師でありながら、人の道を歩ませられなかった……ね」
 握り締める槍の感触のみが、今は事実。
 暮居とて、この機会を逃がすことなんて出来ないのだから。


――誰もが、切望するように戦へと身を投じる。


 それは深手を負った影の狩猟者も同じこと。
 身を引き摺り、影野 恭弥(ja0018)がナースステーションから放送を流す。
 まともに動けない身体。狙いとて満足につけられまい。
 入院患者に扮しているが、もとより戦うことなど不可能に近い身だ。決して巻かれた包帯が偽物という訳ではない。

『決着をつけよう、前田。俺は逃げも隠れもしない』

 録音していた治樹の言葉が、狂騒に満ちた病院に響き渡る。
 場所は最後まで揉めて意見の統一さえ出来なかったが、結局は大部屋の病室で待ちうける事となっている。
 それを告げる、録音放送。これを聞いて、前田は何を思うだろうか。
 罠と思うだろう。だが、罠だからといって避けるような者ではあるまい。
 遭遇すればそれこそ命が危うい。一太刀でも受ければ生命の危機に陥るだろう。
 けれど、放送が終わり、影野はその場所へと身体を引き摺り、向かう。


――誰も彼もが、戦の刻と知る故に。



●四階、銀嶺の壁



 銀氷が舞い、血飛沫が踊る。
 煌きが産まれ、苦鳴が木霊す。
 ここは雪原、銀嶺の場。命が白銀に飲まれていく。
 美麗さを伴い、惨劇を生み出す少女がひとり。銀水晶の双剣を振るう、この場の女王。
 四階の廊下にて、撒き散らされた血の上を歩く使徒が、静かに口にする。
「あら……早かったですね? 躊躇いはなしですか。お見事」
「……っ…!?」
 看護師の腕を斬り飛ばし、柔らかく微笑む銀嶺の使徒。
 サーバントの援護なし。単騎で挑む姿から強敵と見た久遠はラグナの背に隠れつつ、抜刀の先端を床に擦らせる。
 地摺るよう刃のように。そこから地の底、根の国より魂を蝕す冥魔の力を刀身に纏わせる。
 だが、この銀嶺の使徒は強いのだろうか。強者が纏う匂い、雰囲気をまるで感じない。
 心を裂く武威も、呼吸を止めるような敵意もないのだ。
 何もかもが解らない。微笑む瞳の真意も掴めぬ儘。
 いいや、だからこそ、一瞬で。
「私は私のやるべきことを……ただそれだけだ」
 吼えるように戦意の発露を見せるラグナ。
 微笑んで応じた銀嶺の使徒は、瞬間、双剣を投じる。
 切っ先が向かうのは廊下を逃げる二人の患者。だが、躊躇いなどないのはラグナも同じ。
 アウルを楯と展開し、二つの飛剣を受け止める。澄んだ激突音が響き、殺戮の終わりを告げる。
「……どの道、私にはそれしかできないのだから!!」
 ならば譲れない。譲れる筈がない。前田に向かう仲間を信じて、ラグナは人を護る為に。
 庇ったが為に血を散らしながらも、減速することなく突貫して繰り出されるラグナの重撃。
 一瞬でも動きが鈍ると見ていたのか、目を細めた銀嶺の使徒はその突進を受けて後方へと弾き飛ばれる。
 背は壁。狙い通り、一瞬で廊下の隅へと追いやった。
「今のうちに、手当ての心得があるものは負傷者を救え! 私達が、この使徒は相手取る」
 無言で刀身に纏った闇霞を光纏に取り込み、冥魔の力を一時的に持続させる久遠。赤黒く染まった 戦気が風の如く力強く巻き上がる。
 恐れはない。怯みもしない。
 そんなモノに脚を止めれば、超えられないものがいる。
「……手馴れが二人。まあ、上々でしょう。陽動に掛かった相手としては」
 呟かれると同時、銀嶺の使徒の手に紡ぎ出されたのは水晶の薙刀。
 得物は選らばぬというのか、遠心力を乗せた鋭閃がラグナへと放たれ、先の意趣返しと後方へと弾き飛ばす。のみならず、ラグナの防御を切り裂く威力。
「成程、狙いは同じ――叶うならば速攻か」
 浮いた戦力を確実に仕留め、本隊に合流する。可能であるなら兵法の理想だ。
 が、だとすれば共に繰り広げられる攻防は激しく、大技のぶつかり合いとなる。
 事実、銀嶺の使徒へと踏み込んだ久遠が繰り出すのは捨身の剣閃だ。
 先んじて放たれたの殺気の塊。反射で咄嗟に防御の姿勢を取る銀嶺だが、久遠の抜刀は今だ溜められた儘。意による虚を切り裂くべく、アウルで加速された抜刀が奔る。
 加え、天に仇名す冥魔の気は継続中。当たれば深手を負う強襲は、赤黒い疾風と化して銀嶺の使徒へと迫る。
だが、響き渡るのは砕け散る水晶の音。
「恐ろしいひと」
 くすりと微笑む銀嶺の使徒と久遠の間に、瞬間的に紡ぎなおされた水晶壁がある。
 半ば砕け散り、残る部分も罅割れた硝子のようだ。事実、ばらばらと自重を支えられずに壊れていく。
「そう易々と壊れる壁ではないのですが、少々甘かったでしょうか」
「逆に、こちらの技を初見で防がれるのも予想外だが……甘かったか」
 流石は使徒、一筋縄ではいかない。
 だが、今ので銀嶺の使徒の性質は知れた。攻防に安定している上、物質を一時的に創造して戦闘の補助としている。武器、防壁。恐らく、バランスに秀でた支援型。
 抜刀を構え直す久遠を護るように割って入るラグナが自己治癒を施し、先に受けた一撃で受けた負傷は癒し切っている。
「どうやら、双方、速攻で倒すだけの火力はない様子。となれば、共に足止めと抑えが目標に切り替わるのでしょうけれど」
 薙刀を頭上で旋回させる銀嶺。
 ようやく本気を出すつもりなのだろう。鋭利な戦気が薙刀の刃筋に収束していく。
「生憎、外道相手に屈するつもりはない」
 槍盾を手に、ラグナは正面から対峙する。背には人々を庇うように。
 そのお陰で、ようやく治療を始められた病院のスタッフたち。
「貴様ら使徒が何を思って人間を裏切ったか、それはどうでもいい」
 聞く耳持たぬと、唸る銀の薙刀。ラグナではなく、久遠を狙った切り上げによって盛大に飛び散る血飛沫。 
 ぎりぎりで久遠も踏み耐えたが、そう何度も受けられる筈はない。冥魔の気質を纏う以上、受ける傷も深くなるのだ。
 それでも堪える久遠を、そして戦っているだろう仲間を信じて、ラグナは叫ぶ。
「だが! どんな世界においても……弱者を弄ぶ強者は、ただの汚らわしい外道だ!」
 故にと奔る抜刀一閃。殺気の後に来る、久遠の剣閃の光。
「耳に障る雑音ですね。前田ならばこう語るでしょう。……戦えないモノが、何を言っても聞く耳持たんと」
 再び銀水晶の壁に阻まれ、相殺される剣技と防術。
 どうだろうか。いいや、きっと違う。
「他人の言葉で飾らず、自分の言葉で紡いだらどうだ? この邪魔な壁も、そう何度も作り出せないだろう」
 ただ勝つではな意味がない。
 超えることにこそ、意義がある。
 まだ迷いは振り切れないが、それで太刀筋を曇らせる気などない。
「この銀嶺の壁を俺が越える前に、お前はそこの騎士のように、自分の信念を口に出せるか?」
 そんな暇は与えない。そんな余裕も作らせない。
 外道の雑音など、口にさせるつもりなどないのだ。
 気迫を込め、続くラグナが薙ぎ払った穂先が脇腹を掠めた。
「…………」
 久遠の胸へと放った刺突をラグナに庇われ、銀嶺の使徒は静かに二人を見据える。







 病室の、扉が開く。
 銀嶺の使徒が起こした惨劇は予想外の影響を生んでいたのだ。
 まずは混乱と騒動。立ち入り禁止区域にしても、近くまで無数の気配と音が混ざり合い、五感で探知不能だった。
 故に不意打つならば簡単。壁に面する窓をベッドで封鎖して、出入り口を一つの扉に限定させて、ようやく対応できるかもしれないという所だ。 
 だからこそ、扉が開いた瞬間に弾かれるように動き出す。
 一瞬で散開し、戸蔵は召喚したストレインシオンに治樹を庇う位置を取らせた。
 同時に刀が抜き放たれ、拳銃が向けられて腕輪が鳴り、魔法書が開かれた。だというのに。
「何をしているんですか、速く避難してください!」
 看護師の姿をした青年が叫ぶ。手には武器などなく、迷った一瞬に青年の言葉が重ねられた。
「もう罠としての治樹さんや遥火さんは必要ないでしょう。せめて、遥火さんだけでもここから……!」
 動くなと意思を込めて切っ先を向ける静矢。
 あの放送があれば、確かにもう遥火はいらないだろう。
 だが、何処に避難させるのだというのか。そもそも。
「……ここは関係者以外、立ち入り禁止にして貰った筈だが?」
「もうそんなこと聞いていられません。二階も酷い有様で、せめてここを戦いの場にするなら、生命維持装置が壊れる恐れのある遥火さんだけでも外に……」
 向けられた切っ先に震えながら、それでも近寄る青年。
 違和感。巫の感じたのは、あくまでそれだった。
 だから、当然のことしか口にしない。
「ね、この三階って幾つ集中治療室があったかしら? 一番安全なルートを知りたいんだけれど」
 病院の関係者なら即答できて当然。内部構造を調べた巫でもすぐに言える。
 なのに、青年はそれに考えるよう一瞬だけ、言葉を詰まらせた。そして、伏兵の疑いをもっていた巫と鳳にはそれだけで十分。
 巫の紡いだ朱色の炎弾が空を焦がす音と共に放たれ、鳳の降り抜いた刀から紫色の大鳥がその刃翼で強襲する。
 激震。そして弾ける気と炎、そして落ちる血の雫と舞う埃。
 その中を突ききるのは、負傷した青年。人なら絶命して当然の二撃を受け、何時の間にか装着した手甲をもって鳳へと迫る。
「少々、甘かったか。仕方ねぇな」
「……ぐっ…」
 速い。懐に入られたと気づいた瞬間には拳で討ちぬかれ、身体に走る衝撃が気を分散させる。
 アウルを練れない。所謂、経絡を突かれて一時的に断たれたのだ。当たれば効果を発揮する強制的な封印技。加え、
 抵抗力で復帰するものではない。気の流れを戻すには時間が掛かる。
 これも使徒。身を偽って隠したのを見破って初撃で負傷させたが、それでも危険に過ぎる相手だ。
 そして、何より。


 開け放たれた扉から、紅の光が入り込む。
 波紋のように揺れる。炎のように踊る。戦火に殉じた剣鬼が、その紅い、紅い瞳で見据えた。
 隻腕なれど、天刃の名を冠す剣士の使徒が。
  

「約束通り、一人抑えろ、十条」
 無の行へと入る前田・走矢。不意打ちが失敗したからと、悔しがるではなく。
 むしろ、嬉々とその瞳を戦意に揺らすのだ。
 


●紅の天刃、名残火



 その紅い、紅い瞳に、恐怖と高揚を憶えてしまう。
 痺れるような歓喜。高鳴る鼓動は、戦意と決意の顕れ。
 天の戦星を焼き尽くせと、巫の魔炎が吼える。
「久し振りね、前田」
 声は掠れていた。
 これが待ち焦がれた刻。
「――直樹さんと遥火さんを手に掛けても、過去は消えたりはしないわよ……?」
 刻まれた過去を拭うというのなら、是非もなし。自分達も敗北を消すためにいるのだ。
 陰影の翼にて空へと飛ぶ龍崎。癒えた筈の斬跡が疼く。

「こうして刃を交わすのはいつ以来かな……ああ、もう無様は見せない。ここで終わりだ」
 隙の一つも見せないと、魔導書を構える龍崎。
 対して、竜の紋様の刻まれた拳銃を構えた暮居は静かに、未来を見ていた。
「貴方が倒れるのなら――貴方を、倒したなら」
 再び逢い見えるときを。再び剣と槍を交わす瞬間を。
 邪魔なのだ。故に、退場して貰おう。思えば長い因縁だったが、幕引きもそろそろの筈。
「前田。お前が人だった時の縁を、過去を、名残と関係を断つといのなら、お前自身を断たせてもらう」
 故にと放たれる、遠距離からの一斉攻撃。前田は魔に弱く、剣の才覚が高い反面、遠方からの攻撃を避け辛い。能力の酷い偏り、長所と短所がある。
 だが、それを知ってなお、倒せていないのはひとつの事実。
「温いぞ、お前達」
 魔術である巫の炎弾が着弾し、魔炎でその攻防と速さを奪う。そこに暮居の弾丸が突き刺さるが、後に続く攻撃がない。
 戸蔵のストレイシオンは防りを高める蒼い燐光を周囲に放ち、龍崎は空を取るために一手消耗。鳳は封印の上で隠身の使徒である十条に抑えられている。
 全員が五手全てを遠距離攻撃に費やしていれば、飽和射撃で光幕の発動を半ば強制できたかもしれない。だが、それには意見の、意思の統一が不可欠な連携。
「……前田……!」
「久しいな、先の敗北から学ばなかったようだが」
 以前の敗北をなぞるような連携不足に鳳が押し殺した声を漏らし、『不破』と銘打たれた直刀を振るうも虚しく空を切る。今、まさにそうなったかのように。
「――戦いに懸けるモノは十分か?」
 魔炎が消えた前田。俊速の歩法にて間合いを詰めた先にいたのは、暮居だ。
 反応では足りない。反射の域で防壁を実行して受けようとする。だが、無構えから太刀筋は予測困難。
 紅光を纏う、神速の斬撃が走りぬけ、蒼い燐光を赤く塗りつぶす。軌跡を何とか捉えるので精一杯。斬られた後に気づくという不条理。
 それでも。
「……あの、大天使に……逢う為に……っ…」
 血を吐いて内臓を斬られたことを、暮居はようやく認識する。
 何処が痛い。何処を負傷した。そんなことを気にしていては、意識が飛ぶ。一撃必殺の斬撃を受け、なお立てるのは単純に意思の力と龍崎の神の兵士の恩恵だ。
 いいや、かつてはそれらを重ねても足りなかっただろう。積み重ねた力、鍛錬の果てに耐えうるに至った今。
「賭けで防いだ無構えが今では何とかなるとはねぇ」
 強引に、力と力の衝突で防げている。龍崎が即座に癒しの術を発動させ、暮居の傷を塞いでいく瞬間に、言葉が交差する。
「いいや、お前の勝利は賭けではない。思考し、命を賭け、武で勝ち取ったものだ……そうでなくば」
 くつ、と喉の奥で笑って刀身に付いた血を振り払う。
 剣鬼がその刃を以って戦に舞う。鬼願の紅、闘争の果てにある光を求めて。
「これより、勝って得る勝利が霞むだろう? たかが賭けで得られるもの、失うものなどなんとも易い」
「なるほど、自分の首の価値を下げる訳にはいかないか」
 そして、裂帛の刺突が空を切り裂く。言葉は不要。いや、此処で斃れる訳にはいかないのだと、かつて暮居が受けたココロのイタミを形にした槍が前田の頬を掠めた。
 奇しくも、それを見つめる瞳は炎のような紅。あの炎と同じく。そして、求める天使の蒼燐光とは違うからこそ。
「使徒である貴方の攻撃に耐えられないようでは、もう一度、立ち会うことなど出来ないわ……!」
 繰り返しは不要。先へ先へと求めるのが人だからこそ。

「天刃を砕く、魔の旋風――受け取りなさい、前田……!!」
 包み込む渦の如く、唸りを上げて巻き上がる魔力の風。
 意識を呑み、霞めるべく激しく唸り、確実な手応えを感じつつも巫は驚愕することとなる。
 確かに深く切り裂いた。魔力では巫が勝っている。だというのに、意識を朦朧とさせられない。
 行動不能系に対する耐性。上位に位置する使徒ならばあっても可笑しくはない。
「しかし、その魔への脆さは相変わらずのようですね」
 巫の一撃は他と比べて在り得ない程の深手を与えている。戸蔵も続くべくストレイシオンに雷撃を吐かせるが、今度はこちらの狙いが荒い。ほぼ勘で避けられて稲妻の吐息は空を切る。
 幾ら弱点とはいえ、精度が低すぎる。治癒に手を裂かれ、隠身の使徒、十条に霍乱され、遠距離攻撃が後一手足りない。
 光幕を使用させて光刃斬を封じるには、どうしても足りず、共に負傷を重ねていくのみ。
 故に、光刃が舞うことは止められない。
 紅が鮮血を呼び、斬撃が死を招く。前田という剣鬼と一騎打ちのような形を作り出した時点で、敗北は見えていたのかもしれない。




●隠身の拳撃



 無謀なまでに攻め懸かる鳳の剣閃、剣閃、剣閃。
 止まることなんて知らない。斬滅を謳うかのような修羅の剣技。
 袈裟斬り、薙ぎ払って切り上げ、刺突へと流れるように続けていく様は空で踊る鳥のよう。
 その刃の鋭利さと強靭さはそのままに、自由自在に高速で駆け抜ける。なのに。
「遅いな。ま、撃退士程度なら上々か」
「……っ…く、貴様……!」
 当たらない。斬れない。刃が何度も空ばかりを滑り、懐に入られて痛打を受ける。
 無論、完全に捉えられない訳ではない。スキルを封じつつも二度に一度は当たるだろう。もしも封印さえなければ善戦出来たと見て良い。
 ただし、それが勝利に繋がる訳ではないのは、鳳から吐き出された黒血の塊が物語る。
 懐に入られてから繰り出されるのは浸透撃の類。虚実織り交ぜの打撃はただでさえ避けづらく、受ければ防御を無視して内部から破壊していく。体感としては打撃に加えて与えられるのは解除不能の強制的な毒か。
 先の経絡断ちも含めて考慮すれば、隠れて不意打ち、暗殺――そのような武術だ。
 そこまで初見の相手で引き出せたのは鳳の実力と言っていいが、裏返せばそこが限界だ。
 回復の援護も前田相手に精一杯。手足と頭が複数あれば違うだろうが、どうしても挽回するだけの手数が足りない。
 それでも。
「貴様相手に、負ける訳にはいかんのだ……!」
 ようやく復活した気脈。練り上げられたアウルが刀身から脈動し、紫の大鳥と化して病室ごと十条を薙ぎ払い、打ち砕く。
 元より初撃を与えたのはこちら。ならばと負傷を考えれば、五分とはいかなくともそれ相応のものは与えている。
 それでもと飛び来る胴回し蹴り。避けたと想った瞬間に下段足刀、正拳突きと多段変化。前田の技が先の先で実を捉えるというのなら、十条の技は虚で惑わして一撃を与えるもの。
「が、変化する分、浅いぞ」
 それでは己は倒せないと、気炎を吐く鳳。
「けど、もう限界なのは見えてるよ。……対したモンだが、気合だけでどうにかなるなら、猫に狩られる鼠はいなくなるってな」
 再び放たれた浸透撃。内臓が損傷したことを感じつつも、出し惜しみなど出来ぬと超高速の斬撃で斬り返す。
 攻め立てて抑えるのは、もはや限界に近い。
 それでも、なお振り絞る。
「お前の武で、全ては語ってみせろ……!」
 肩口を捉えた一閃に、十条は苛立って舌打つ。





●銀嶺の微笑
 


 銀が瞬く。
 静謐を以ってなる斬閃の舞踏。身を転じ、迅速を伴う利刃が光を伴って流れる。
 刀身が風切る音色は連奏曲のよう。一瞬の裡に三度、薙刀が斬撃を繰り出し、重なる音が連なるのだ。
 三つの斬撃が刹那の閃きにてラグナを襲う。
 立つ床を赤い血で染めきり、先に倒れた久遠に続いて膝を付く。
 だが、それを無様と笑うものはいまい。最初は柔らかく微笑んでいた銀嶺の使徒さえ、今や疲労混じりの嘆息を漏らしている。
「何とも愚直で一途な、どうしようもない剣と盾ですね」
 そう呟く銀の姿は、切り裂かれた肩口の傷から流れ続ける血で赤く染まっている。
 後光が尽きるまで戦えば、後は蝕の連続の久遠。結果、三枚の壁を破壊し、ついに四撃目で銀嶺の使徒をその剣戟で捉えた。
 もっとも、その代償が先に床に倒れることになっても、防御技を使い切らせれられた事に変わりない。
 ラグナの堅牢さを切り裂く為に、最大の攻撃技を連発している。一度に三連撃という大技、そう何度も使えるわけがなく。
「……その間に、患者とスタッフは四階から撤退。私は継戦力を大きく削られた、と」
 ならばここは撤退だろう。前田が本懐を遂げられたかは知らないが……。


「……今だに組むメリットがあるならば、むしろ私としてはよし」

 
 銀嶺にとって、これは勝利の形だった。前田がどうあれ、今後も前田と戦い、『借り』を作った事実を作れば。
「ふ、ふふふ……ふふ」
 きっと鋼玉のような結晶体が笑えば、こんな声を漏らすのだろうというキレイな音が流れる。
 銀色の、サフィアが祝いの歌を奏でるように。
 きっとそれは、人に災いを齎す呪われたサファイアに違いないが……。
 これがもしも自由に動いていれば、どんな行動を取ったのだろうか?

 



●剣鬼、夢想ノ淵


 真紅が迸る。敗北へと転がっていく。
 一度も止められぬ光刃斬。二撃までは龍崎の支援と回復で受けられた暮居も三度目は耐えられない。
 故に此処で前衛の変わりとなるのは龍崎。低空滑空しつつ、繰り出した彼の刺突。
 前田の肩を捉えるが、深手には至らない。槍の間合いを活かしつつ戦うが為に無銘の間合いの外。
 ただし、抑える為に上空の利点を手放さざるをえない。抑えとして誰かが前衛として前田に対峙しなければ、確実に後衛から落とされる。
 そうすれば勝利は費える。
「……っ…前田……!」
 反撃に繰り出された真紅の一閃。どの魔具で受けるか迷った瞬間に切り裂かれ、神の兵士で立ち上がる。
 受けきれなくとも何とかなるのは事実。だが、それでも二撃目はない。
 ライトヒールで癒し、凌ぐのも不可能に近い。だが、命を捨てる訳にはいかないのだ。
 その間にも巫の放つ炎で焼かれるが、もはや意に介していない。勝利へのカウントダウンが始まっている。
「騎士団員だったとはね。アセナスやハントレイ、他の従者とも刃を交わしたよ」
「残念ながら、俺は今、騎士たる主から暇を貰っているからな」
 二度目は迷わない。瞬間的に螺旋を描くように水晶のような鋼糸を緊急活性化させ、受けを試みる。いや、どちらかすといえば網を張ったのだ。刃が糸に触れて絡まるように。軌道の予想など出来ないのなら、待ち受けるのみ。
 結果として刃はクラルテに触れた瞬間、引き絞られて絡め取られるように太刀筋が乱れる。
 急所を狙った一撃、けれど、心臓は逸れている。
「……味なまでを、何時も」
「言っただろう……? 他の者達とも刃を交わした。何も、強くなったのはお前だけではないんだよ」
 膝を付く龍崎。だが、狙って無構えからの光刃斬を止めたのは事実。
「これで二度目か。見事と、褒めよう……橋の上での言は撤回する」
 ついにスキルが切れ、巫が繰り出すのは真紅の刃に。身を魔風に切り裂かれつつ、告げる。
「お前は戦場に生きる槍士だ――これも凌ぎきって見せろ」
 それは無茶。それは無理というもの。
 だが、これを凌ぎ、覆せば或いは……そんな希望が、期待が、前田の紅い瞳に宿っている。
「さあ、俺に勝利を遣せ」

 そういう強者との戦いの果てこそが――前田の理想なのだから。

 首を跳ねるべく、切っ先が揺れた。
 故に、その命を助けたのは別のもの。 戸蔵の命に従って、突貫したストレイシオンだ。
 結果、咄嗟に光刃乱舞に巻き込まれ、意識を断ち切られた龍崎と、消えかかるストレイシオン。
「……鼠がいたか」
 頬を掠めた弾丸に、前田が眉を潜めた。
 無構えからの斬撃は予備動作や攻撃の機を読むのが不可能。
 追うか否か。迷う前田に、かけられた声。
「この女性はお前に強くあれと願ったそうだな……」
 途切れ途切れで、最早戦う者の勇士とはいえないだろう姿。
 だが、そんな深手を負いつつも、戸蔵の声は強さを失わない。
「お前の手にかけられることで、人間としてのしがらみを捨てたお前が強くなれるのであれば……彼女としては本望なのかも知れん」
 瞬間、沸騰したのはどちらの思考なのか。
 ただ、確実に、戸蔵が前田の逆鱗に触れたのは確実だった。
 紅蓮の光が刀身に宿り煌く。紅い瞳が凶災の如く揺らめき、烈火の熱を弾けさせた。

 求められた。求めた。これは表裏一体の願望。
 ああ、強く在れと言われたから、その言葉が唯一無二だから。
 もしも産まれた時代が違えば、きっとと笑った顔が眩しくて。


「お前如きが……遥火のユメを語るな!」


 激昂と共に疾走。横薙ぎに払われる刀の構えは無の行に在らず。
 まるで憧憬を穢された少年のように。信仰を貶された殉教者のように。
 平たく言えば、この瞬間、前田はただのヒトのココロで刃を振るった。
「ああ、その女性ではないよ。だから、殺すことは認めない」
 許すつもりもない。その言葉は喉から沸きあがる鮮血に塗り潰されて飲み込まれた。
 全ては赤。ヒトであった頃のことを気に、かつ此処まで怒り狂うなど、「使徒」たろうとした前田を知るものほど意外に過ぎて。
 が、鳳はどうだろう。妻子を持つ身として、その遺言を敵に騙られれば……それを途絶える意識の中で想うのだ。
 ただひとつだけ。闇に意識を落とす前、紫の魔翼刃を前田へと放ち、当たったかさえ見れずとも。
「殺させない……!」
 一瞬だけ止まる前田の動き。
 残るは巫独り。誰も彼もが伏した中、故に遥火を背に庇い両手を広げる。

「なあ、走矢……」
 
 そう、所詮は両手に抱えられるのはひとつだけ。
 片手に携えていれば、きっと簡単に奪われる。治樹という老人は、戸蔵の言葉の枷を失い、鞘から太刀を抜き払う。
「一つ、稽古をつけてやろう。遥火の気を狂わせたお前に、そしてもう目覚めさせないお前に、一つ教えてやる」
 いざと。
 契約を以って、人を捨てろと。
「この剣、憶えておけ――俺の人生の全てだ。鬼剣を継げ」
 尋常ならざる場において、真剣の立会いを。
「……これほどの戦い、遥火を生かせばもう一度味わえるかもしれんぞ?」
 『鬼剣』と、『遥火の命』。二つを差し出すからと。
 紅蓮の斬刃が瞬き、老人の胴が二つに切り裂かれる。視線を逸らさず見ていた巫は、だからこその異変に気づく。
 
 師の、治樹の切っ先が前田の喉に当たっていたことに。ずるりと、天魔を断つことのできない力が、老人の体力と速さで、技と妄念を以って隻腕の使徒に届いていた。
 切り裂かれた後に、動いて刃を当てた。
「……なるほど。だから鬼剣か」
 当たった後に、己が至高の一撃を放つ反射の一閃。
 受けたのでも避けるでもない。文字通り、斬られながら斬る技を、復讐の鬼のそれを、剣鬼は見た。

「今は、眠れ。あの剣を憶えれば、それで遥火を殺そう」

 今の鬼剣ごと殺さねば、前田の中の師は、名残と過去の疵は消えない。
 約束を果たす為、巫の意識を断つ一太刀が放たれる。
 全てが赤い。赤いユメに落ちていく。炎に、光に、血に、約束に――。
 

「さあ、物語の続投を」


 腕を、手を、指先を伸ばしても、届かない。 
 触れたのは、ただの血。それを求めた筈はなくて。
 勝利とは、超えるとは、因縁を断つとは。
 物語は続く。波紋が謳う、戦ノ刻という銘を持って。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 撃退士・久遠 仁刀(ja2464)
 KILL ALL RIAJU・ラグナ・グラウシード(ja3538)
重体: Wizard・暮居 凪(ja0503)
   <前田・走矢と激戦を繰り広げる>という理由により『重体』となる
 歴戦勇士・龍崎海(ja0565)
   <前田・走矢と激戦を繰り広げる>という理由により『重体』となる
 撃退士・鳳 静矢(ja3856)
   <隠身の使徒と単身戦った末に>という理由により『重体』となる
 剣想を伝えし者・戸蔵 悠市 (jb5251)
   <前田の残滓、逆鱗に触れ>という理由により『重体』となる
面白かった!:6人

God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
Wizard・
暮居 凪(ja0503)

大学部7年72組 女 ルインズブレイド
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
撃退士・
久遠 仁刀(ja2464)

卒業 男 ルインズブレイド
KILL ALL RIAJU・
ラグナ・グラウシード(ja3538)

大学部5年54組 男 ディバインナイト
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
新たなる平和な世界で・
巫 聖羅(ja3916)

大学部4年6組 女 ダアト
剣想を伝えし者・
戸蔵 悠市 (jb5251)

卒業 男 バハムートテイマー