「毎夜、お茶会が開催されているわけではないということですが、何か条件でもあるのでしょうか?」
「天候か、日付か……、あるいは月齢などか」
イーファ(
jb8014)と鳳 静矢(
ja3856)は、報告書に記されている日時の共通点を見つけ出そうとしていた。
「時間は、夜間から明け方で間違いないようね……」
「曜日はばらばらで、日付にも関連性は認められませんわ」
確認を終え、顔を上げる夢屋 一二三(
jb7847)と天野 ルミナ(
ja0574)。
規則性を見つけることができず、ハル(
jb9524)は首をかしげている。
「日付でないとしたら、あとはなんですかねぇ?」
「月齢は日々変化するものだからな。あとは、天気くらいか」
思案顔の静矢が、鳳 蒼姫(
ja3762)に答える。
「天気かもしれません。この時間帯の天気は、晴れ。この人の時も晴れです」
イーファは携帯電話を使い、記載されている日時の天気を、順にチェックしていく。
照らし合わせた結果、天候は晴れ、時間帯は夜間から明け方という結果に落ち着いた。
「今夜も晴れです」
携帯電話をしまいながら、イーファが付け加える。
「あとは、夜になるまで待って、行動開始だな」
「ですねぇ」
時刻はまだ夕方、静矢と蒼姫のやり取りに、皆がうなずく。
日付が変わろうという時刻、撃退士たちの姿は桜並木にあった。
「妖精の茶会か……。確かに楽しそうだが、また変わった事件だね」
「静矢さん、今回はなんだか楽しそうですねぇ。妖精さんですよ。妖精さん!」
先頭を並んで歩く静矢と蒼姫は、どことなく楽しげである。
「妖精さんのお茶会、なんてロマンチックな響きなのでしょう! おとぎ話に出てくるような可憐な妖精のお姫様と、見目麗しい妖精の王子様がいるに違いありませんわ」
「戯曲や本には小柄で愛らしい精霊とされることの多い妖精、その姿を実際に見る機会がおとずれるなんて……。人間界って不思議なところね」
そのあとに続くルミナと一二三は、これから遭遇するであろう妖精に思いをはせているようだ。
「あぁっ、いけませんわ! あなたは妖精の王子、私は人間の淑女……、結ばれない運命ですのよっ!」
「ルミナ?」
気分が盛り上がり、考えていたことを口走ったルミナを、一二三が不思議そうに見ている。
「私ったら、はしたない。淑女にあるまじき行為ですわ……」
はっと我に返ったルミナの頬は赤く染まり、気恥ずかしさを隠すかのように、歩みを速めた。
「妖精の話を聞くと、故郷を思い出します」
「そうなの?」
「ええ。故郷のアイルランドでは、妖精は身近な存在で、伝承もたくさんあるのです」
後ろを歩くイーファの声に、一二三が振り返る。
最後尾のハルは、黙々と歩く。
「さてと、この辺りのはずなんだが」
「うーん、特に、変わった様子はないようですねぇ。今夜は、はずれですかねぇ」
「明け方まで待って、何もなかったら、また明日、出直しだな」
歩道から外れ、古木の近くまで来たが、静矢と蒼姫には特に変わったところはないように見えた。
「天気は関係なかったのでしょうか?」
イーファの見上げた空には雲ひとつなく、たくさんの星が瞬いている。
「あら? 紅茶の香りが……」
「本当ですわ。あそこを見てくださいな。明かりが見えますわ」
真っ先に香りを感じ取った一二三、ついでルミナが木々を照らす光源を見つけた。
「お茶会に、いさかいは無粋だわ。たとえ天魔のものだとしても、ね……」
一二三の言葉どおり、奇襲や戦闘行動を仕掛ける予定はない。
調査対象である妖精が友好的であること、会話が成立することなどから、今回は対話による調査を試みるつもりだ。
警戒しつつ、近づいた桜の古木の周りは、ちょっとした広場になっており、花の飾られたテーブルが置かれている。
テーブルの周りには、柔らかな光を放つ明かりが、ふわふわと漂う。
紅茶の香りに誘われ、たどり着いた場所、そこはまるで異空間ね……。
迷い込んだアリス達をどうもてなしてくれるのかしら……?
目の前に広がる幻想的な風景に、一二三の期待もふくらむ。
「おや、お客様ですか?」
木立の奥から、かけられる声。
遅れて、声の主が姿を現す。
焼き菓子が盛り付けられた大皿を手にした男の身長は、五十センチほどしかなく、その背には透き通った虫の翅。
スーツを着こなす妖精は、宙に浮いている。
本物の妖精さんですわ……。
なんて、ファンタスティック!
「初めまして、妖精さん。天野ルミナと申しますわ。淑女の中の淑女でしてよ」
「このような姿で失礼いたします。天野様」
本物の妖精さんですわ……。
妖精と言葉を交わし、頬を染めたルミナの瞳の中には、星がきらめいている。
「ここで茶会が開かれていると聞いたのだが、寄らせてもらっても良いかな?」
「こんばんは、お茶会に参加させてもらえるのですか?」
「もちろんです。いらした方をもてなすよう、主から言い付かっております」
柔らかな表情の静矢に続き、あいさつを交わす蒼姫。
肯定の返事を返した妖精は、一同をテーブルへと導く。
「お招きいただき、ありがとうございます」
テーブルに案内されたイーファは、改めて礼を述べた。
「少々、お待ちください。お茶の用意を整えてまいります」
木立の奥へと妖精は姿を消す。
「どれもおいしそうですねぇ」
「本当に」
妖精が置いていった大皿には、クッキーやマドレーヌ、マカロンやフロランタンなどがきれいに盛り付けられており、蒼姫とイーファは目を奪われている。
「紅茶のいい香りは、香炉がもたらしていたのね」
「夜桜も、飾られている花も、すてきですわ」
一二三は香炉に、ルミナは花に興味を引かれたようだ。
お茶や菓子を食べ、気分が高揚したという報告が気になっていた静矢は、菓子をじっと見つめている。
「静矢さんも早く食べてみたいのですかぁ?」
「そうだね。本当においしそうだ」
蒼姫の楽しげな表情に、静矢は笑みをこぼした。
「お待たせしました」
ティーセットを用意し、妖精が再び、姿を見せる。
その後ろに付き従うメイド姿の妖精は、人数分のカップとソーサーをテーブルに置くと、姿を消す。
「今の方は?」
「私の手伝い役ですよ」
「まるで、妖精のお手伝いさんですわね」
お人形のようにかわいらしいお手伝い妖精と、妖精の整った顔立ちに、ルミナのテンションは更に上がる。
茶こしを使い、温めておいたカップへと紅茶を注ぐ。
最後の一滴まで注ぎ終えた紅茶を、テーブルの周りに集まる皆に、妖精がサーブする。
「おいしい……。この紅茶の茶葉はなんというのかしら?」
「一緒にお出しするお菓子に合わせて、ブレンドしたものです。お気に召していただけましたか?」
「ええ、とてもおいしいわ」
「このお菓子は、マカロンだったかしら。甘くておいしいわ……」
カップを置き、一二三はカラフルなマカロンへと手を伸ばす。
「カラフルでまん丸、とてもかわいらしいですわね」
お菓子の全制覇を目指し、ルミナは次々とお菓子を口へ運ぶ。
「おいしいのですよぅ! このクッキー、最高なのです! 紅茶も、とてもおいしいのです!」
満面の笑みの蒼姫は、紅茶を楽しみつつも、気になる焼き菓子を次々とつまむ。
「たしかに、この紅茶も菓子も、おいしいねぇ」
幸せそうな蒼姫の様子に、静矢の表情もゆるむ。
紅茶や菓子に気分を高揚させる何かがあるのではと、疑っていた静矢だが、おいしいものを口にして幸せな気分になっただけなのだと、考えを改めた。
「静矢さん、このクッキーとマドレーヌ、とてもおいしいですよぅ? うりゃ、あーんですよぅ」
「むっ、そんなに一気に口に詰め……、ごふっごふっ」
一通り、菓子を食べ終えた蒼姫は、静矢にも幸せな気分を味わって欲しいと、おいしいと思った菓子を静矢に勧める。
食べ終えるよりも早く、蒼姫が次々と菓子を口元へと供してくれるため、静矢はむせてしまい、慌てて、紅茶で流し込んだ。
「どうしてこの様な事を?」
「私も知りたいわ。なぜお茶会を?」
「よければ、聞かせて欲しいのですよぅ」
会話の邪魔にならぬよう、紅茶や菓子を補充している妖精に、イーファ、一二三、蒼姫が声をかける。
「そうですね。主の道楽といったところでしょうか」
「あなたの主とは、どのような方なんですかねぇ?」
「もともと、食事という行為に興味を持っておられたのですが、花や月などの自然を愛でながらの食事があることを知り、ご自分でも行うようになられたのです」
主について踏み込んだ蒼姫の質問にも、妖精はよどみなく答える。
「来客をもてなすように命じたのは、この様に楽しいことを独り占めしてはいけない、皆で分かち合うべきだ、とのお考えからのようです」
「ずいぶんと懐の深い方ですね」
楽しいことは独り占めしたくなるものだが、あえて皆で楽しもうとする姿勢にイーファは好感を覚える。
「ところで、一年中、お茶会を開いているのですか?」
「ええ、主の気分次第で、場所は変えますが、ほぼ一年中、開いていますね。ここでの茶会はあと数日というところでしょうか。一夜、葉桜を愛でたら、山藤を眺められる場所へと移動することなっております」
「桜が散るまでお茶会……。なんだか物悲しいわね……」
返された妖精の言葉から、一二三は桜の花の終わりが近づいていることを感じた。
見ると並木の桜も、花よりも新緑の若葉が目立つようになってきている。
妖精から悪意は感じられないが、確証が欲しいと感じた蒼姫は、ここ三日ほどの妖精の行動を探ることに決め、静矢に目配せを送る。
軽くうなずいた静矢は、事前に打ち合わせたとおり、蒼姫を手助けするための行動を起こす。
「あっ、すまない……。せっかくの紅茶をこぼしてしまったな」
妖精にかからぬよう、ティーカップの中身をこぼす静矢。
「大丈夫です? やけどしませんでした?」
すかさず蒼姫は、妖精の頭に紅茶がかかっていないかを確かめつつ、さりげなく額に触れる。
手のひらから、三日間の妖精が起こした行動が、順を追って流れ込む。
歩きつかれたお年寄りにお茶を振る舞う姿、主らしき人物から、場所の移動を指示されている様子、茶会の準備を整え、菓子を作っている姿などが、浮かんでは消えていく。
「指やお召し物にかかりませんでしたか?」
自分の身よりも、妖精は静矢を気遣っている。
「こちらこそ申し訳ない。君にかかっていないとよいのだが」
わざとやったこと故、静矢は少々ばつが悪そうだ。
「うそはついていないようですよぅ」
妖精の額から手を離した蒼姫は、静矢は素早く耳打ちする。
何気ない会話の織り交ぜ、蒼姫は皆にも読み取った情報を伝えた。
「そういえば、ブルーベリーパイを焼いてきたのですよぅ」
持参したパイをテーブルの上に出す蒼姫。
確証も取れたため、蒼姫はお茶会を楽しむことに決めたようだ。
「私としたことが、だいじなことを忘れてましたわ。とびきりの緑茶、美しい桜にぴったりな桜餅とお花見団子、箸休めにおせんべいを持ってきましたの。よろしかったら召し上がってくださいな」
ブルーベリーパイを出す蒼姫の姿に、持参した茶葉とお菓子のことを思い出し、ルミナもテーブルの上に並べてゆく。
「実は、私も手作りのスコーンとジャムをお土産にと思いまして。よろしければ、お茶会にお招きいただいたお礼に、あなたの主様にもお届けください」
「主へのお心遣い、ありがとうございます」
お土産を持参した蒼姫、ルミナ、イーファへと、妖精が深々と頭を下げる。
「必要なものを、すぐ用意させましょう」
その声に先程のお手伝い妖精が、トレイを手に、姿を現す。
蒼姫のブルーベリーパイの脇には、取り皿とフォーク、ケーキナイフとサーバーを置く。
緑茶と和菓子を用意したルミナの手元には、急須と湯のみ、陶器の皿とせんべいを入れるための木の器。
ペーパーナプキンの敷かれたバスケットと小さな二つの器、スプーンは、イーファのために用意されたものだ。
妖精の主のため、持ち寄ったお土産を、各々皿に取り分けると、空になったトレイへとのせ、お手伝い妖精は姿を消した。
「主はおいしいものをこよなく愛するお方。必ずや、お喜びになるでしょう」
再び、妖精が深々と一礼した。
「甘い物にあきても、おせんべいを食べれば、しょっぱさの魔法でまた甘い物が食べられますのよ」
せんべいで味覚のリセットをしたルミナの新たな目標は、妖精が新たに持ってきた数種のパウンドケーキの制覇。
ハルはベンチに腰を下ろし、夜桜を楽しんでいるようだ。
「おせんべいと緑茶も良いですよねぇ」
「そうだな。緑茶を飲むと心が落ち着く」
湯飲みを手にした蒼姫と静矢は、ほっこりしている。
弓の練習が楽しいことや、バレンタインに、憧れの人に花束を渡せたことを頬を赤らめながら話していたイーファだったが、不意に故郷の母のことを思い出し、童謡を口ずさむ。
「その歌は?」
「私の故郷、アイルランドの童謡です」
聞いたことのないメロディに、一二三が興味を持つ。
「すてきな響ですわ。では、私も」
心ゆくまでお菓子を満喫したルミナが、二通りの歌詞のさくらを歌い上げる。
茶会に彩を。
幻想的な優しい夜には、静穏なアリアを。
澄み渡る夜の空気に広がり、溶けゆく音の波紋。
稀有な出会いと、もてなしへの感謝の気持ちを歌に込めて。
夜半の静かな木立に、一二三の思いの込められたアリアが、響き渡った。
「次は、三人で歌いませんか?」
「名案ですわ」
「楽しそうね」
イーファの提案に、ルミナも一二三も賛同し、小さな歌のコンサートが始まった。
気づけば、空はうっすらと白み、夜が明けようとしている。
茶会の初めと同じように、妖精が紅茶を供する。
最初の一杯と違いは、紅色の水面に浮かぶ桜の砂糖漬け。
「皆様、桜の花と若葉を愛でる茶会、お楽しみいただけましたか?」
お土産として妖精が用意していた包みが皆の手に渡った瞬間、ひときわ強い風が吹き、桜の花びらが舞う。
反射的に、皆が一瞬、目をつぶる。
再び、目を開いたとき、妖精や茶会の名残は、跡形もなく消え去っていた。
一夜の出来事が夢でない証は、皆の手に残された桜色の包みのみ。
「何、にやにやしてんだよ?」
「夢屋さんが私の分もお土産をもらってきてくれたんですよ」
桜色の包みを開いた女性職員は、あまりの幸せにとろけきっている。
包みの中身は、紅茶のクッキー。
茶葉の練りこまれた生地からは、ほのかに紅茶が香り立っていた。