.


マスター:橙夜
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/05/07


みんなの思い出



オープニング

 今日も遅くなったな。
 人通りの少ない夜道、家路を急ぐ男。
 腕時計は、あと一時間ほどで日付が変わることを示している

 川沿いの道を足早に歩く男の視界を、小さな白いものが横切った。
 そういや、もう春か。
 季節の移り変わりを気にも留めていなかった男は、風に乗る桜の花びらを見て、ようやく今が春だということに気づいた。

 男の歩く道の両側には、桜が植えられており、時折、アスファルトや川の流れに、丸みを帯びた花弁を落とす。
 久々の桜に目を奪われた男は そばにあったベンチに腰を下ろし、頭上を仰ぎ見る。
 そこには、幾重にも重なる桜と、合間から見える濃紺の天蓋に輝く星が。
 冷たい春の夜風に吹かれ、ひらりひらりと花びらが男の肩に舞い落ちた。

 ふと、腕時計を見ると、いつの間にか、日付が変わっている。
 あわてて立ち上がり、男は駆け出した。


 桜並木を駆ける男が、大きな桜の古木のそばを通りかかると、ほのかに紅茶の香りが漂う。
 こんな真夜中、もちろん周囲に人の気配などはない。
 いぶかしく思った男は、香りの発生源を確かめようと、道から外れ、古木へと近づいていく。

 長い年月を経た古木の幹の向こう側をそっとうかがうと、花の飾られたテーブル。
 きっちりと張られたテーブルクロスの上には、香ばしく焼き上げられたクッキーなどの焼き菓子とティーカップが並べられている。
 花瓶の脇に置かれた香炉から、紅茶のよい香りが立ち上っているようだ。

 香ばしさと、甘い香りに誘われるようにテーブルに近づいた男は、焼き菓子のひとつへと手を伸ばす。

「おや、お客様ですか?」
 突然、かけられた声に振り返ると、スーツ姿の男と目が合う。
 見た目は人間の男性とたいして変わりはないのだが、身長は五十センチ程しかなく、背にはトンボのような透き通った翅。
 まるで、絵本やゲームに登場する妖精のような見た目の男が、宙に浮いていた。

「主から、訪れた人にお茶を振る舞うように、命じられております。よろしければ、お召し上がりください」
 呆けている男に一礼すると、妖精は慣れた手つきで、お茶の用意を始めた。


 降り注ぐ朝日をまぶたに受け、古木に背を預けていた男が目を覚ます。
 朝の光に満ちた空間には、テーブルも、妖精の姿もない。

 夢、だったのか?
 いくら見回しても、あたりに茶会の名残は見当たらない。
 楽しかったはずの時間が急速に色を失う感覚を残念に思った男は、いつの間にか妖精の存在を認めていることに気づき、苦笑した。

 一人暮らしの男には、家に帰っても、会話する相手などいなく、食事、風呂を済ませ、寝るだけの日々。
 しかし、昨夜は、香り立つ紅茶と焼き菓子のほどよい甘さに気分が高揚し、妖精相手に最近あったことや愚痴など、いろいろと話し、楽しい時間を過ごしたような気がしていたのだ。


 一晩、外で過ごしたにもかかわらず、男の体に疲れはなく、気分も頭もすっきりと冴えている。
 寝起きの体をほぐすため、伸びをしようとした男は、手に小さな包みがのせられていることに気づいた。

 桜色の包み紙を開くと、貝殻の形をしたマドレーヌが二つ。
 包みに添えられた若葉色のカードには、よき目覚め、よき一日が訪れますように、そう記されていた。


 昼食から戻った女性職員は、掲示板の新たな依頼に気づき、立ち止まる。
 流し読むだけのつもりだったが、書かれている内容を追うに従い、女性職員の瞳の輝きが増す。

「これ、この依頼、私が受けます!」
「はがしてくるなよ。駄目に決まってんだろ。こんなに処理待ちの書類があるのに」
「いえ、駄目といわれても行きます。絶対に行きますよ」
「そういや、妖精だの、ユニコーンだの、好きだったな」
 女性職員が手にしている依頼書には、妖精の茶会の実態調査という見出しがつけられていた。

「場所は、川沿いの桜並木、時間帯は、主に夜から明け方にかけて。妖精にお茶をごちそうになった、見かけたという人が、何人も現れた、だっけ?」
「妖精、妖精のお茶会ですよ。なんて、すてきな響……」
 何度も依頼書を読み返しては、女性職員はうっとりとした表情を浮かべている。
「だから駄目だって。今抜けられたら本当に困るんだよ」
「そんなあ」
「悪いな。うまいケーキ、買ってきてやるから、それで我慢してくれ」
 がっくりと肩を落としている女性職員を気の毒に思い、男性職員が気遣いをみせた。

「二つ、いえ三つですよ」
「わかった、わかった」
「せっかく、妖精に会えるチャンスだったのに」
「まあ、天魔絡みの事案だろうし、実物の可能性は限りなく低い。そうがっかりするな」
 依頼書を掲示板にはり直し、女性職員が自分の席につき、詰まれた書類に手を伸ばした。

「フェイクでも見たい、と思うのは、不謹慎か」
 窓ガラスの向こう、咲き誇る桜を目に、女性職員は大きなため息をこぼした。


リプレイ本文

「毎夜、お茶会が開催されているわけではないということですが、何か条件でもあるのでしょうか?」
「天候か、日付か……、あるいは月齢などか」
 イーファ(jb8014)と鳳 静矢(ja3856)は、報告書に記されている日時の共通点を見つけ出そうとしていた。
「時間は、夜間から明け方で間違いないようね……」
「曜日はばらばらで、日付にも関連性は認められませんわ」
 確認を終え、顔を上げる夢屋 一二三(jb7847)と天野 ルミナ(ja0574)。
 規則性を見つけることができず、ハル(jb9524)は首をかしげている。
「日付でないとしたら、あとはなんですかねぇ?」
「月齢は日々変化するものだからな。あとは、天気くらいか」
 思案顔の静矢が、鳳 蒼姫(ja3762)に答える。
「天気かもしれません。この時間帯の天気は、晴れ。この人の時も晴れです」
 イーファは携帯電話を使い、記載されている日時の天気を、順にチェックしていく。
 照らし合わせた結果、天候は晴れ、時間帯は夜間から明け方という結果に落ち着いた。

「今夜も晴れです」
 携帯電話をしまいながら、イーファが付け加える。
「あとは、夜になるまで待って、行動開始だな」
「ですねぇ」
 時刻はまだ夕方、静矢と蒼姫のやり取りに、皆がうなずく。


 日付が変わろうという時刻、撃退士たちの姿は桜並木にあった。

「妖精の茶会か……。確かに楽しそうだが、また変わった事件だね」
「静矢さん、今回はなんだか楽しそうですねぇ。妖精さんですよ。妖精さん!」
 先頭を並んで歩く静矢と蒼姫は、どことなく楽しげである。

「妖精さんのお茶会、なんてロマンチックな響きなのでしょう! おとぎ話に出てくるような可憐な妖精のお姫様と、見目麗しい妖精の王子様がいるに違いありませんわ」
「戯曲や本には小柄で愛らしい精霊とされることの多い妖精、その姿を実際に見る機会がおとずれるなんて……。人間界って不思議なところね」
 そのあとに続くルミナと一二三は、これから遭遇するであろう妖精に思いをはせているようだ。

「あぁっ、いけませんわ! あなたは妖精の王子、私は人間の淑女……、結ばれない運命ですのよっ!」
「ルミナ?」
 気分が盛り上がり、考えていたことを口走ったルミナを、一二三が不思議そうに見ている。
「私ったら、はしたない。淑女にあるまじき行為ですわ……」
 はっと我に返ったルミナの頬は赤く染まり、気恥ずかしさを隠すかのように、歩みを速めた。

「妖精の話を聞くと、故郷を思い出します」
「そうなの?」
「ええ。故郷のアイルランドでは、妖精は身近な存在で、伝承もたくさんあるのです」
 後ろを歩くイーファの声に、一二三が振り返る。

 最後尾のハルは、黙々と歩く。

「さてと、この辺りのはずなんだが」
「うーん、特に、変わった様子はないようですねぇ。今夜は、はずれですかねぇ」
「明け方まで待って、何もなかったら、また明日、出直しだな」
 歩道から外れ、古木の近くまで来たが、静矢と蒼姫には特に変わったところはないように見えた。
「天気は関係なかったのでしょうか?」
 イーファの見上げた空には雲ひとつなく、たくさんの星が瞬いている。

「あら? 紅茶の香りが……」
「本当ですわ。あそこを見てくださいな。明かりが見えますわ」
 真っ先に香りを感じ取った一二三、ついでルミナが木々を照らす光源を見つけた。
「お茶会に、いさかいは無粋だわ。たとえ天魔のものだとしても、ね……」
 一二三の言葉どおり、奇襲や戦闘行動を仕掛ける予定はない。
 調査対象である妖精が友好的であること、会話が成立することなどから、今回は対話による調査を試みるつもりだ。
 
 警戒しつつ、近づいた桜の古木の周りは、ちょっとした広場になっており、花の飾られたテーブルが置かれている。
 テーブルの周りには、柔らかな光を放つ明かりが、ふわふわと漂う。

 紅茶の香りに誘われ、たどり着いた場所、そこはまるで異空間ね……。
 迷い込んだアリス達をどうもてなしてくれるのかしら……?
 目の前に広がる幻想的な風景に、一二三の期待もふくらむ。

「おや、お客様ですか?」
 木立の奥から、かけられる声。
 遅れて、声の主が姿を現す。
 焼き菓子が盛り付けられた大皿を手にした男の身長は、五十センチほどしかなく、その背には透き通った虫の翅。
 スーツを着こなす妖精は、宙に浮いている。
 
 本物の妖精さんですわ……。
 なんて、ファンタスティック!
「初めまして、妖精さん。天野ルミナと申しますわ。淑女の中の淑女でしてよ」
「このような姿で失礼いたします。天野様」
 本物の妖精さんですわ……。
 妖精と言葉を交わし、頬を染めたルミナの瞳の中には、星がきらめいている。

「ここで茶会が開かれていると聞いたのだが、寄らせてもらっても良いかな?」
「こんばんは、お茶会に参加させてもらえるのですか?」
「もちろんです。いらした方をもてなすよう、主から言い付かっております」
 柔らかな表情の静矢に続き、あいさつを交わす蒼姫。
 肯定の返事を返した妖精は、一同をテーブルへと導く。
「お招きいただき、ありがとうございます」
 テーブルに案内されたイーファは、改めて礼を述べた。

「少々、お待ちください。お茶の用意を整えてまいります」
 木立の奥へと妖精は姿を消す。

「どれもおいしそうですねぇ」
「本当に」
 妖精が置いていった大皿には、クッキーやマドレーヌ、マカロンやフロランタンなどがきれいに盛り付けられており、蒼姫とイーファは目を奪われている。

「紅茶のいい香りは、香炉がもたらしていたのね」
「夜桜も、飾られている花も、すてきですわ」
 一二三は香炉に、ルミナは花に興味を引かれたようだ。

 お茶や菓子を食べ、気分が高揚したという報告が気になっていた静矢は、菓子をじっと見つめている。
「静矢さんも早く食べてみたいのですかぁ?」
「そうだね。本当においしそうだ」
 蒼姫の楽しげな表情に、静矢は笑みをこぼした。


「お待たせしました」
 ティーセットを用意し、妖精が再び、姿を見せる。
 その後ろに付き従うメイド姿の妖精は、人数分のカップとソーサーをテーブルに置くと、姿を消す。
「今の方は?」
「私の手伝い役ですよ」
「まるで、妖精のお手伝いさんですわね」
 お人形のようにかわいらしいお手伝い妖精と、妖精の整った顔立ちに、ルミナのテンションは更に上がる。

 茶こしを使い、温めておいたカップへと紅茶を注ぐ。
 最後の一滴まで注ぎ終えた紅茶を、テーブルの周りに集まる皆に、妖精がサーブする。

「おいしい……。この紅茶の茶葉はなんというのかしら?」
「一緒にお出しするお菓子に合わせて、ブレンドしたものです。お気に召していただけましたか?」
「ええ、とてもおいしいわ」
「このお菓子は、マカロンだったかしら。甘くておいしいわ……」
 カップを置き、一二三はカラフルなマカロンへと手を伸ばす。
「カラフルでまん丸、とてもかわいらしいですわね」
 お菓子の全制覇を目指し、ルミナは次々とお菓子を口へ運ぶ。

「おいしいのですよぅ! このクッキー、最高なのです! 紅茶も、とてもおいしいのです!」
 満面の笑みの蒼姫は、紅茶を楽しみつつも、気になる焼き菓子を次々とつまむ。
「たしかに、この紅茶も菓子も、おいしいねぇ」
 幸せそうな蒼姫の様子に、静矢の表情もゆるむ。
 紅茶や菓子に気分を高揚させる何かがあるのではと、疑っていた静矢だが、おいしいものを口にして幸せな気分になっただけなのだと、考えを改めた。
「静矢さん、このクッキーとマドレーヌ、とてもおいしいですよぅ? うりゃ、あーんですよぅ」
「むっ、そんなに一気に口に詰め……、ごふっごふっ」
 一通り、菓子を食べ終えた蒼姫は、静矢にも幸せな気分を味わって欲しいと、おいしいと思った菓子を静矢に勧める。
 食べ終えるよりも早く、蒼姫が次々と菓子を口元へと供してくれるため、静矢はむせてしまい、慌てて、紅茶で流し込んだ。


「どうしてこの様な事を?」
「私も知りたいわ。なぜお茶会を?」
「よければ、聞かせて欲しいのですよぅ」
 会話の邪魔にならぬよう、紅茶や菓子を補充している妖精に、イーファ、一二三、蒼姫が声をかける。
「そうですね。主の道楽といったところでしょうか」
「あなたの主とは、どのような方なんですかねぇ?」
「もともと、食事という行為に興味を持っておられたのですが、花や月などの自然を愛でながらの食事があることを知り、ご自分でも行うようになられたのです」
 主について踏み込んだ蒼姫の質問にも、妖精はよどみなく答える。
「来客をもてなすように命じたのは、この様に楽しいことを独り占めしてはいけない、皆で分かち合うべきだ、とのお考えからのようです」
「ずいぶんと懐の深い方ですね」
 楽しいことは独り占めしたくなるものだが、あえて皆で楽しもうとする姿勢にイーファは好感を覚える。

「ところで、一年中、お茶会を開いているのですか?」
「ええ、主の気分次第で、場所は変えますが、ほぼ一年中、開いていますね。ここでの茶会はあと数日というところでしょうか。一夜、葉桜を愛でたら、山藤を眺められる場所へと移動することなっております」
「桜が散るまでお茶会……。なんだか物悲しいわね……」
 返された妖精の言葉から、一二三は桜の花の終わりが近づいていることを感じた。
 見ると並木の桜も、花よりも新緑の若葉が目立つようになってきている。

 妖精から悪意は感じられないが、確証が欲しいと感じた蒼姫は、ここ三日ほどの妖精の行動を探ることに決め、静矢に目配せを送る。
 軽くうなずいた静矢は、事前に打ち合わせたとおり、蒼姫を手助けするための行動を起こす。
「あっ、すまない……。せっかくの紅茶をこぼしてしまったな」
 妖精にかからぬよう、ティーカップの中身をこぼす静矢。
「大丈夫です? やけどしませんでした?」
 すかさず蒼姫は、妖精の頭に紅茶がかかっていないかを確かめつつ、さりげなく額に触れる。
 手のひらから、三日間の妖精が起こした行動が、順を追って流れ込む。
 歩きつかれたお年寄りにお茶を振る舞う姿、主らしき人物から、場所の移動を指示されている様子、茶会の準備を整え、菓子を作っている姿などが、浮かんでは消えていく。
「指やお召し物にかかりませんでしたか?」
 自分の身よりも、妖精は静矢を気遣っている。
「こちらこそ申し訳ない。君にかかっていないとよいのだが」
 わざとやったこと故、静矢は少々ばつが悪そうだ。

「うそはついていないようですよぅ」
 妖精の額から手を離した蒼姫は、静矢は素早く耳打ちする。
 何気ない会話の織り交ぜ、蒼姫は皆にも読み取った情報を伝えた。


「そういえば、ブルーベリーパイを焼いてきたのですよぅ」
 持参したパイをテーブルの上に出す蒼姫。
 確証も取れたため、蒼姫はお茶会を楽しむことに決めたようだ。
「私としたことが、だいじなことを忘れてましたわ。とびきりの緑茶、美しい桜にぴったりな桜餅とお花見団子、箸休めにおせんべいを持ってきましたの。よろしかったら召し上がってくださいな」
 ブルーベリーパイを出す蒼姫の姿に、持参した茶葉とお菓子のことを思い出し、ルミナもテーブルの上に並べてゆく。
「実は、私も手作りのスコーンとジャムをお土産にと思いまして。よろしければ、お茶会にお招きいただいたお礼に、あなたの主様にもお届けください」
「主へのお心遣い、ありがとうございます」
 お土産を持参した蒼姫、ルミナ、イーファへと、妖精が深々と頭を下げる。

「必要なものを、すぐ用意させましょう」
 その声に先程のお手伝い妖精が、トレイを手に、姿を現す。
 蒼姫のブルーベリーパイの脇には、取り皿とフォーク、ケーキナイフとサーバーを置く。
 緑茶と和菓子を用意したルミナの手元には、急須と湯のみ、陶器の皿とせんべいを入れるための木の器。
 ペーパーナプキンの敷かれたバスケットと小さな二つの器、スプーンは、イーファのために用意されたものだ。

 妖精の主のため、持ち寄ったお土産を、各々皿に取り分けると、空になったトレイへとのせ、お手伝い妖精は姿を消した。
「主はおいしいものをこよなく愛するお方。必ずや、お喜びになるでしょう」
 再び、妖精が深々と一礼した。

「甘い物にあきても、おせんべいを食べれば、しょっぱさの魔法でまた甘い物が食べられますのよ」
 せんべいで味覚のリセットをしたルミナの新たな目標は、妖精が新たに持ってきた数種のパウンドケーキの制覇。

 ハルはベンチに腰を下ろし、夜桜を楽しんでいるようだ。

「おせんべいと緑茶も良いですよねぇ」
「そうだな。緑茶を飲むと心が落ち着く」
 湯飲みを手にした蒼姫と静矢は、ほっこりしている。

 弓の練習が楽しいことや、バレンタインに、憧れの人に花束を渡せたことを頬を赤らめながら話していたイーファだったが、不意に故郷の母のことを思い出し、童謡を口ずさむ。
「その歌は?」
「私の故郷、アイルランドの童謡です」
 聞いたことのないメロディに、一二三が興味を持つ。
「すてきな響ですわ。では、私も」
 心ゆくまでお菓子を満喫したルミナが、二通りの歌詞のさくらを歌い上げる。

 茶会に彩を。
 幻想的な優しい夜には、静穏なアリアを。
 澄み渡る夜の空気に広がり、溶けゆく音の波紋。
 稀有な出会いと、もてなしへの感謝の気持ちを歌に込めて。
 夜半の静かな木立に、一二三の思いの込められたアリアが、響き渡った。

「次は、三人で歌いませんか?」
「名案ですわ」
「楽しそうね」
 イーファの提案に、ルミナも一二三も賛同し、小さな歌のコンサートが始まった。


 気づけば、空はうっすらと白み、夜が明けようとしている。

 茶会の初めと同じように、妖精が紅茶を供する。
 最初の一杯と違いは、紅色の水面に浮かぶ桜の砂糖漬け。
「皆様、桜の花と若葉を愛でる茶会、お楽しみいただけましたか?」

 お土産として妖精が用意していた包みが皆の手に渡った瞬間、ひときわ強い風が吹き、桜の花びらが舞う。
 反射的に、皆が一瞬、目をつぶる。
 再び、目を開いたとき、妖精や茶会の名残は、跡形もなく消え去っていた。

 一夜の出来事が夢でない証は、皆の手に残された桜色の包みのみ。


「何、にやにやしてんだよ?」
「夢屋さんが私の分もお土産をもらってきてくれたんですよ」
 桜色の包みを開いた女性職員は、あまりの幸せにとろけきっている。
 包みの中身は、紅茶のクッキー。
 茶葉の練りこまれた生地からは、ほのかに紅茶が香り立っていた。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:2人

撃退士・
天野 ルミナ(ja0574)

大学部5年92組 女 ダアト
蒼の絶対防壁・
鳳 蒼姫(ja3762)

卒業 女 ダアト
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
寿ぎの歌声・
夢屋 一二三(jb7847)

大学部3年261組 女 アーティスト
撃退士・
イーファ(jb8014)

大学部2年289組 女 インフィルトレイター
恐ろしい子ッ!・
ハル(jb9524)

大学部3年88組 男 アストラルヴァンガード