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ステージは熱気と興奮で包まれていた。
色とりどりの鮮やかな衣装を纏ったアイドルたち。
観客席には集まったファンたちがニンジン型のペンライトを振る。
オレンジと緑のネオンライトのウェーブが起きる。
歓声と雄叫びが交じり合う。
ファンの誰もがその瞬間を固唾を呑んで見守っていた。
「私たち、CARRO‐CHU☆です! みなさん今日はよろしくお願いしまーす!」
指宿 瑠璃(
jb5401)がマイクを取って大声で挨拶する。
ウサミミにオレンジのワンピースを着た瑠璃の登場に会場は一気にヒートアップする。
「はーい、こんにちは〜〜!! アナタのロリータ、ドロレスヘイズですっ★ みなさん、合言葉は〜?」
「ニーンンジンッ!!」
ドロレス・ヘイズ(
jb7450)の問いかけにファンが即レスで答える。
猫耳にオレンジのワンピースに緑のタイツで可愛らしい。
期待と緊張が入り混じっていた。
初めての公演にステージ上のアイドルも見守るファンも胸を膨らます。
すでにイントロのギターが流れていた。
高まる鼓動が一気に頂点に達していくとメンバーもリズミカルに踊りだす。
「さあ、みんなで踊ろう! 歌おう!」
桜 椛(
jb7999)は観客に向かって手を振った。
背中のふさふさの尻尾と羽根を揺らしながら前に出る。
赤のベストとオレンジのブラウス。濃緑のショートパンツの下にパステルグリーンのニーハイソックスを履いていた。焦げ茶のショートブーツが良く似合っている。
ファンの野太く猛烈なレスが返されるとメンバーも笑顔になる。
「みんな、楽しんでいってね。 それじゃ行くよ!!」
司会をしていた川澄文歌(
jb7507)がマイクを持って舞台袖から走ってきた。
緑のオーバーニーにウサギのカチューシャを揺らしながら。
支倉 英蓮(
jb7524)もメイド服のミニスカートをはためかせてあとに続く。
文歌と一緒にセンターに立って合図する。
「いち、に……んじんっ!!」
ファンの絶叫とギターの爆音に乗せて。
この日までに練習と準備を重ねてきたメンバーたちが想いを胸にした。
裏方の地元の商店街の人々の期待を寄せて。
最高のパフォーマンスが幕を開ける。
「From your CARROTs☆」
Country Road は やっぱり嫌かな?
オレンジの私を 隣に乗せて
どんなに剥いても 本音は見えない
二つに分かれた 心は揺れる
それでも貴方の 笑顔に 偽りはないから
だから待ってるね 私たち ここで
早く迎えに来てね この街に
私のこと 嫌わないでね 恋してほしい
あなたの CARROTs☆
カロテンなの 甘く切ない 食べたくなるね
みんなの CARROTs☆
Our song have broken your heart♪
文歌の愛用のJoyeuX T5が炸裂する。
華麗に一回転して掻き鳴らすと軽くジャンプを決め付ける。
ミニスカが宙に舞って中身が見えそうになるとファンの奇声が頂点になった。
「今日は歌わせてくれて,ありがとう♪ みんなの前で歌わせて貰えて、私たちとってもうれしいよ」
文歌の言葉にファンたちがこの日一番のうなり声をあげた。
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デビュー曲が終わるとすぐに矢野 胡桃(
ja2617)がセンターに移動する。
真っ白のうさ耳、オレンジ色のタンクトップに、白のショート丈ジャケットと白のホットパンツを身につけている。
緑のカラータイツと、白くてふわふわのハイブーツを組み合わせていた。
「でもさ、ぶっちゃけニンジンてそんなに美味くねーじゃん?」
マイクをジャックした宗方 露姫(
jb3641)が不貞腐れたように胡桃に迫る。
生意気な発言に会場のファンたちも一瞬緊張が走る。
ニンジンを侮辱する何て掟破りの行動にどう反応していいか困惑した時だ。
「もぅ! 食べず嫌いは駄目だぴょんっ♪ 甘くてとろけるニンジンさんを、どうぞ召し上がれっ」
笑顔で胡桃は特産のニンジンを取り出すと露姫の口を開けさせる。
あ〜ん、と一口食べさせることに成功した。
「みぎゃぁあああっ、やめ、ニンジンはいらな……何これうめぇ!!」
不意に露姫の顔が驚きに変わった。
甘くて蕩けるような美味しいニンジンに思わず本音が漏れる。
手に汗を握って見守っていた商店街の人たちもほっと一息ついた。
ニンジンを食べた瞬間に、うさ耳とうさ尻尾を装備する。
いつの間にか露姫も他のメンバーと同じうさぎアイドルに変身していた。
軽快でやんちゃな動きで踊りながら観客を魅了する。
「お……俺、お兄さん達のニンジン、頑張って食べてやるからな!!」
露姫の言葉にどっと観客席で笑いの渦が巻き起こる。
ニンジン型のペンライトを激しく振ってファンたちは答えた。
双子系アイドルのパフォーマンスが終わるとファンたちはすぐに席を立って走る。
ステージに用意された椅子に向かって長蛇の列が出来ていた。
メンバーが椅子に座って握手会の準備を進めている。
直接触れ合うことができるということでファンたちは先までよりも興奮している。
「来てくれてありがとう、これボクからのお礼だよ!」
椛は握手に来てくれたファンの一人一人に焼いたクッキーを配った。
アイドルロゴ入りラッピングで包装されたものだ。
赤やピンクのリボン、オーナメントを使ったバレンタイン風の飾り付けがされている。
開演前に椛が地元の商店街の人とビラを配って宣伝していた。
カナリア=ココア(
jb7592)が朝早くに他のメンバーに先駆けて作っていたのである。
ニンジンクッキーを作るために近くの公民館を借りて一生懸命に手作りで焼いた。町の老若男女の方々に手伝ってもらい、沢山作り小分けして袋に詰めていた。
「おめでとうございます♪ 楽しんで下さいね♪」
ちょうど210番目(人参)の人にカナリアが笑顔を振りまいた。
ハート型をしたニンジンクッキーを袋にキスをして渡す。
幸運のファンはあまりの感激にうおおおおおおおおおおおっと叫んで走り去っていった。
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「この街と私たちにまた会いに来てね?」
英蓮はニンジン型のオレンジ色の特製ホワイトチョコレートを用意していた。
台詞と同じ文面のハート型のメッセージカードが同封されている。
イラストが得意なドロレスの描いたメンバーのSDキャラがプリントされた個包装人参も一緒に手渡していく。
可愛らしい手書きのサインを貰ってファンもご満悦の様子を見せる。
人参をイメージした形で、中身が緑と橙のツートンカラーのポケットティッシュにうちわやタオルも入場時に貰っていてファンたちはあまりのサービスに驚いている。
じゃんけんをして買ったものには余分にクッキーをあげて評判を呼んでいた。彼女の列に並ぼうと多くのファンが詰め掛けている。
英蓮はきわどく切り詰められたミニスカートの奥が見えそうになっていた。
座った彼女にドギマギしてファンたちは興奮冷めやらずに帰っていく。
そんなファンたちに名残惜しそうに投げキッスすると絶叫が響きわたった。
「えれんんんんつぅぁぁあああん!!」
すでに英蓮の親衛隊ができつつあった。
度を過ぎて接触を求めてくるファンを制しつつ可憐にスカートを翻す。
それぞれのメンバーの所には多くのファンが寄ってきていた。
対して瑠璃はパフォーマンスも握手会でも目立った活動はしていなかった。
だが、彼女は大きな貢献をしている。
瑠璃は必死になってデビュー曲の作曲を担当してくれる人を捜した。
『最近ニュースで話題になっているセクシーなニンジンが採れた街で、今度ご当地アイドルをデビューさせることになりました。つきましては、ぜひ私たちのために作曲をお願いします!』
最初は名も知らぬアイドルのために渋面の表情だった。
『お願いします! 大変失礼なお願いだとは思いますけど、小さな町の小さなアイドルだからこそ、音楽は嘘をつきたく無いんです』
だが、終いには瑠璃の熱意に負けて作曲を担当することになった。
さすが瑠璃が無理してお願いしただけあって出来栄えは非常に満足できるものだった。
それを誰かから伝え聞いたのか瑠璃の元へもファンが押し寄せてきた。
ファンはがんばっている女の子を応援したかった。
不器用だけれど真っ直ぐな子。
瑠璃のエピソードは少なからず感動したファンが口コミで評判を広めた。
今やキャロッチュの中でも押しも押されるアイドルである。
「ファーマーのみんな! これからも私たちとこの街のことを応援してね!」
瑠璃はファンのことをそう呼んだ。
いつしかキョロッチュのファンのことを「ファーマー」と呼ぶ習慣が出来ていた。
帰り際にはファン自らが自負していたのである。
「グッズの販売などもありますから、気になる人はみにきてくださいねっ♪」
ドロレスも必死に販促を行ったり精力的に奔走していた。
一人ひとり丁寧に目で見て握手をしていく。
普段行っている自分のラジオ番組で今回のイベントの情報を拡散告知したり、以前、他の依頼が切っ掛けで結成された親衛隊の皆にも声をかけて応援を呼びかけた。
今回のステージが満員になったのはドロレスの地道な活動のおかげだ。歌やダンスがうまくないので裏方の部分で役立とうと必死に頑張った。
「今日は聞いてくれてありがとう! とても楽しかったよ!」
椛は最後にステージ上で全員で手をつないでお辞儀をしながら述べた。
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「みんなが、この町で人参育ててくれると嬉しいなぁ」
ニンジンにサインをしながら文歌は思わず呟いた。
若者で溢れかえったステージはものすごく盛り上がった。だけど一過性のアイドルでブームを去らしてはいけない。
アイドルをきっかけにして街を魅力的に思ってくれる人が一人でも増えたら。
私たちの歌で、この町を明るくしたい!
それが文歌たちの切実で大きな願いだった。
「この町の良い所は?」
「過疎化が進んでますが、どんな人に来てほしいですか?」
カナリアは心の奥底に訴えかけるように来た人々に質問をしていく。
みんなで一緒に考えて欲しかった。
過疎化して後継者のいない町。
自然豊かで美味しいニンジンが取れる街を守るために。
少しでもこの街の魅力に気づいて欲しかった。
まるで私たちのように。
自分たちだって決して最初は目立つ存在ではなかった。
それでもアイドルになりたかった。
多くの人々を勇気付けて笑顔にする素敵な人に。
握手会が終わるといつしかアンコールが湧き起こっていた。
椛がそれに答えて再びサックスを吹き始めた。
文歌はもう一度マイクを握り締めてメンバーに呼びかける。
踊りも歌も限界を超えて。
誠心誠意をこめて力強く歌う。
Country Road は やっぱり嫌かな?
オレンジの私を 隣に乗せて
どんなに剥いても 本音は見えない
二つに分かれた 心は揺れる
それでも貴方の 笑顔に 偽りはないから
だから待ってるね 私たち ここで
早く迎えに来てね この街に
私のこと 嫌わないでね 恋してほしい
あなたの CARROTs☆
カロテンなの 甘く切ない 食べたくなるね
みんなの CARROTs☆
Our song have broken your heart♪