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「俺の手を強くぎゅっと握り締めてくれないか……?」
紺屋 雪花(
ja9315)は懇願するように紀浦 梓遠(
ja8860)の目を見つめた。
上目遣いで接近してくる雪花になぜか梓遠の胸が高鳴る。
梓遠は体の線が出ないように大きめのポンチョを着ていた。
下はタイツの上にショートパンツ。
頭は同じ色の胸までの長さのウィッグと猫耳ニット帽だ。
まるでその姿は性別不能で女のようにも見える。
そんな梓遠でさえ緊張で手が汗ばみ始めていた。本当は男同士なのにこんなにドキドキするなんて絶対によくないと自分に言い聞かせる。
だが、その時だった。
雪花がバランスを崩して梓遠の胸にしなだれかかる。
素早く差し伸べると二人の手が複雑に絡み合う。
間一髪の所で梓遠は受け止めていた。
「ありがとうね、紀浦くん」
手を放すと雪花の様子が変わっていた。
甘えた可愛らしい声で恥ずかしそうに梓遠のお礼を述べる。
雪花の人格が「ゆき」に変化していた。男に手を握られると雪花は女の人格に変化してしまうのである。すでに雪花はもじもじしながら顔を赤らめて照れていた。
「どうやら準備は出来たようで御座るな……では早速参るで御座る」
二人の様子を眺めていた源平四郎藤橘(
jb5241)はようやく言葉を口にした。
すでに怪しい雰囲気を放ち始めている二人に押され気味になりながらも、本来の任務の内容を思い出す。目の前には事前にアポをとった森高千夏の自宅があった。
早速三人は姉の麻衣を呼び出して玄関から中に入れて貰う。姉の話によると千夏はトイレに出る時以外はずっと部屋に篭っているとのことだった。
時折怪しい嗤い声が聞こえてくるというが中で何をしているかわからないという。一刻も早く妹を元通りにして学校に通わせて欲しいと麻衣は立ち去っていった。
「失礼するで御座るよ千夏殿」
藤橘はノックして返事がないことを悟るとすぐに物質透過で中に入る。
「きゃあああ!! 誰なの!?」
突然現れた藤橘の姿を見て千夏は叫んだ。急いで逃げようとドアを開けようとするが、目の前にいたのは雪花と梓遠で行手を阻まれてしまう。
「僕と契約してまほ――げふんごふん。君の願いを叶えに来たで御座る。まぁ悪魔ゆえに対価はきちんと頂くで御座るが」
藤橘は千夏の耳に顔を近づけて悪魔の囁きを呟いた。
「生でBLが見たいというその願い。叶えるで御座る」
突然のことに千夏は混乱した。部屋に引き籠もっていたら怪しい男達が現れたのだ。無理もない。だが、家を出れば素敵なボーイズラブを見せてくれるという。
後ろのほうで身長差のある雪花と梓遠が濃密なオーラを放っていた。雪花は手になぜか千夏のお気に入りのBL本を持っており手招きをしてくる。
「本当に街には素敵なBLが溢れているのかしら……?」
千夏は我慢できずについに藤橘達に連れられて家を出ることになった。
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千夏達が家を出てすぐ目の前に二人の男子高校生がスタンバイしていた。
音羽 聖歌(
jb5486)が遅れ気味の神谷 託人(
jb5589)を急かしながら登校をしているところだった。二人共顔や姿形がよく似ていて仲がとてもよさそうだ。
手が触れ合うか触れ合わないかの位置をさりげなく歩いている。不意に聖歌が我慢ならないというように強引に託人の手を強く握りしめた。
思わず託人の表情が羞恥に染まる。
後ろから密かに尾行していた千夏も唾を飲み込んだ。
次の展開を予想して鼓動が高鳴っていく。
託人は周りを見回して周囲に人影がないことを悟るとすぐに聖歌の手を強く握り返す。二人はそれまで以上に身を寄せ合いながら歩き始めた。
校門にたどり着くと二人は周りを気にしてすぐに手を離す。
「あ、すまん……」
聖歌は急いで謝ったが、瞳は潤んでいた。
クラスメイト達に声をかけられて平然を装うが心の中は穏やかではない。
秘密の二人の行為に衝動が抑えきれなくなりそうだった。
聖歌は作ってきた弁当を手渡してすぐに駆けて行ってしまう。弁当を渡された託人は切なさそうに聖歌の背中を見送った。後で弁当を一緒に食べようと言い残して。
千夏は二人の関係を見て興奮していた。早く逢いたいのに周りを気にしてなかなか思い切った行動が取れずに苦悩しているのだ。
授業中はクラスが違うために逢うことはできない。
授業の合間の休み時間が二人にとっての束の間の逢瀬だった。
教科書やノートを貸し借りするだけで傍目からは普通の仲の良い友達にしか見えない。だが、二人は昼休みの約束を心の中で楽しみにしている。
さりげない友達を装って本当は激しくお互いに燃え上がっている。
このままでは身も心も溶けてしまいそうだと震えながら。
昼休みになって誰もいない屋上で聖歌と託人はシートを広げていた。
二人はこれ以上ない距離でお互いに弁当を食べている。
「聖歌、ご飯粒ついてる」
不意に託人は自分の指で聖歌の口唇についたご飯粒をそっと拭った。
その瞬間に、託人はご飯粒を自分の口の中へと運ぶ。
「あっ……それって……」
聖歌に指摘されてようやく託人もはっと気がついた。
「ご、ごめん。妹の世話いつもやっているからつい……」
途端に意識して託人は胸が苦しくなった。
なんて恥ずかしいことをしてしまったのだろうと後悔する。
だが、それでもなぜかドキドキがとまらない。イケナイはずなのにもっと側でご飯粒を味わいたいと思う自分がいた。
困惑していると聖歌がいきなり託人の膝に頭を乗せてきた。
あまりの出来事に託人は死んでしまいそうになった。冷静に心を落ち着かせるように聖歌の身体にマントを被せてやる。
「……ねえ、寝てるの……?」
返事がないのを見て託人は髪を優しく梳く。髪を掻き分けると聖歌の濡れた口唇が目に飛び込んできた。イケナイと思いつつも託人は自分の口唇を――
その時、チャイムが鳴った。あと一歩の所で聖歌が目を覚ましてしまう。
恥ずかしさのあまり聖歌は託人を振り切るように走りだした。
「待ってくれ、聖歌!」
託人は切ない思いを胸に抱きしめながら愛しの人を追いかける。
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千夏たちが託人を追いかけていたがあまりの早さに途中で見失ってしまう。
周囲を見渡して探している時だった。
目の前の交差点に背の高い美形のルティス・バルト(
jb7567)の姿を見つけた。
傍らには同じく背の高い冷たそうな雰囲気を持つヨルク・リーシュ(
jb8832)と背の低くてきつそうな目をしている骸目 李煌(
jb8363)がいた。
「……俺、学園に来てからさ悪魔ハーフだと知られて、殴られたり魔具を奪われたり隠されたりしてたんだ……」
李煌が胸の内を明かすようにルティスに向かって告白する。
「……だけどさ、……あの日は違った……。羽交い締めされて泥水浴びせられる俺をルティスが救ってくれたんだ……」
今までイジメにあっていた所をルティスに救われた。李煌はそれがとても嬉しかったと感謝を述べている所だった。目撃した千夏はその場から目が離せなくなる。
「今の俺はルティスが居てこそだ、あのまま罵倒されてれば孤独に落ちていただろうな」
ヨルクも今で孤独だったのがルティスによって救われたと延べる。
助けて貰った人に恋してしまう――その後展開に胸が期待で膨らむ。
信号を待っていたルティスがいきなり傍らのヨルクの耳に口唇で襲い掛かる。
それを目撃した千夏が思わず声を漏らした。
ルティスは振り向くと今度は李煌に何か囁いて強引に顔を近づける。
「……したくなったモン、仕方ないさ」
不敵に嗤うと李煌が厳しい目で睨み返していた。
「ん、ルティス……!? 恥ずかしいだろ……馬鹿」
突然の不意打ちに我慢ならないというように怒った。
馬鹿と言いながらも頬が真っ赤に染まっている。だが、李煌もお返しとばかりにルティスの頭を手繰る寄せると強引に上に向かって口唇を突き出した。
「……俺ばっかされても面白くない。勘違いするなよ……別に俺からしたかった訳じゃないからな……」
ルティスは分かっているというように腰に手を回す。あくまでさりげない大人のビターな演出を心がけてそれ以上のことはしない。
「……? 李煌は素直じゃないな……後でお仕置きだね」
ルティスは不満そうな李煌に楽しそうに声をかける。
対してヨルクの方は冷静に二人のやりとりの様子を見つめている。心の中まではわかないがおもしろくなさそうな無表情の顔をしていた。
「……全く、公衆面前だぞ?」
まるで嫉妬しているかのようなヨルクの様子に見ていた千夏も喜びを隠せない。
辺りはすでに日が落ちて暗くなり始めていた。
三人は誰が示し合わせたとうでもないように人気のない公園へと入っていく。
鬱蒼と木々で茂っている所にたどり着くとルティスは豹変したように態度を変えた。
「李煌は上を全部脱いで。ヨルクは肌蹴るだけでいいよ。そこで見てて」
ルティスは二人に向かって命令する。
上半身裸になった李煌とヨルクをルティスは目で舐めるように見回す。
「良い子だ……俺にとっては綺麗な肌だよ……綺麗な、ね……」
ヨルクをお預けにして李煌の胸から腹をゆっくりと指でなぞりながら言った。
「じろじろ見るなよ……。銃傷の残る体なんて……綺麗って……本当に馬鹿」
李煌が目を閉じながらルティスのされるがままになっていると、今までじっとそれを見ていたヨルクがついに押しのけて前に出た。
「……見てるだけで満足か?」
ついに我慢できなくなったというように言葉を詰まらせる。
「来てくれ、寒いんだ……ルティスの体温が欲しい」
ルティスはヨルクの腰を掴んでそのまま草むらの中に押し倒した。
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「……あっ!?」
千夏が興奮のあまり大きな声をあげていた。
気がついたルティス達が動きを止めて一斉に隠れていた千夏を見返す。
気が付かれたと思って千夏は冷や汗を掻いていると隣にいた藤橘達から促されてその場を慌てて逃げ出した。追ってこないことに気がつくとようやく千夏は安堵する。
「満足できたで御座るかな?」
藤橘の言葉に千夏は興奮しながら頷いていた。想像を絶するようなリアルのボーイズラブを目の前にして千夏は心を時めかせていた。
もっともっと側で見ていたい。叶うことなら今すぐに引き返したかった。
だが、約束通り千夏は家に帰らなければならなかった。
千夏はBLがますます大好きになっていた。
そんな千夏の心情を察して梓遠はいつでもこのようなBLを目にすることができるとは限らないと釘を刺す。
「いないなら、妄想すればいいじゃない。リアルで無いからって嘆いて終わるのはまだまだひよっこ! ……って僕の友人が言ってた、よ?」
このまま千夏がますます現実にBLを求めるのは避けなければならない。ちゃんと元気に学校に通うことがまず第一だった。
立派な腐女子になるためには妄想で満足を得る術を身につけることを悟らせる。
「でもそれだけで私満足できるかな……」
不安そうに千夏は言葉を漏らす。
もし我慢できなくなったらと――雪花が優しく語り始めた。
「引きこもってたら島のあちこちに隠れている男同士のカップル見逃しちゃうよ? 女の子同士や男女カップルに見えても女装してる男って事もこの島には多いんだよ 」
雪花の言葉に千夏は熱心に耳を傾ける。
「それに現実にいる男同士のカップルって隠れてスキンシップしてる事も多いの。撃退士だから潜行もできちゃうしね」
雪花に実態を聞かされた千夏は嬉しそうに頷いた。
「ありがとう、お兄さんたち。あたし、将来は立派な腐女子になるから!」
千夏は笑顔で手を振りながら家へと帰っていった。
無事に千夏が帰ったのを見て嬉しさのあまり梓遠が雪花に抱きつく。
「こんな穢れた身体抱きしめたら……お前まで……っ」
男に人格が戻った雪花は慌てて身体を離そうとした時だった。
「なんだ、お前らまだやってたのか、俺にも混ぜてくれ!!」
帰ってきたルティス達が勘違いをして濃厚に絡み合ってくる。
雪花の絶叫が辺りに響いた。まだまだ――夜の本番はこれからだった。