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「あー、チョコ欲しいなー」
ワザとらしく溜息を洩らしながら鐘田将太郎(
ja0114)が机の中を覗いていた。
もちろん入っているはずはない。
今日は2月14日。
そう、誰もが知っている聖なるバレンタイン。
「あれ、あれ、ないどこにもないぞ?」
翡翠 龍斗(
ja7594)も机をごそごそと何かを探していた。
机の中の物が其処ら中の地面にゴミになっていた。
縒れた教科書やノート、それに大量の赤点のテスト――さらには、いったいいつの物かわからない黴パンの数々。それを見た女子が「ぎゃあああ」と叫んで逃げて行く。
――これではモテるはずがない。
本人は後で嫁から貰うから気にしないと心の中で笑顔を張りつかせていたが。
一方で、将太郎の方はモテないと自認していた。それでも、この日は、なぜかそわそわしてしまって急に机の中やロッカーを掃除したり意味もなく下駄箱に行ったりする。
「あー、チョコ欲しい、欲しいな〜」
廊下を通りすぎる女子に向かってワザとらしく愚痴を零す。
彼の血走った形相をみて、「きゃあああ」とその美少女は逃げて行ってしまった。
イタ過ぎる……あまりにイタ過ぎる。
「おいお前、そのチョコ、誰にあげるんだ?」
ついに将太郎はチョコの包みを持っていた女子を見つけた。
彼女は教室を出て何処かに行こうとしている。
もしや……それは自分の下駄箱へ?
将太郎は急いで彼女を追いかけて捕まえた。
「あんたなんかにチョコなんてあげないわよ! そこどいて邪魔!!」
将太郎は尻もちをついた。
「もしかしてチョコが貰えるっておもってんじゃない?」
「えーやだーきもーい!」
「なんか勘違いしてるよね」
「自分の顔を鏡でみたことないんじゃね」
女子たちが自分のことを噂しているのが耳に入ってきた。
丸聞こえだった。ショックだった。
女子たちにそんな風に思われているなんて――。
これで非モテだと思われればこっちのもの。
わざとらしい? わざとやってんだよ……。
依頼のためとはいえ、辛すぎる現実に将太郎はダッシュで教室を去った。
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「はぁ……今年もチョコもらえないのかなあ」
すっかりと意気消沈していたのは新米撃退士の東正太郎。
バレンタインの日にも任務なんてまったくついてなかった。それでも期待はしていたもののやっぱり誰からも貰えずに落ち込んでいた時だった。
「受け取って……ください……」
はっと気が付くとそこにベアトリーチェ・ヴォルピ(
jb9382)がいた。高等部の制服ではなく中等部の制服を纏っていた。
可愛らしい、しかも大人しそうな異国の風貌をしている。
――だが、なぜか髑髏を片手に持っていた。
怪しすぎた。もしかしてその髑髏を俺に――?
危ない雰囲気を感じて瞬間逃げようとしたが、彼女は髑髏ではなくチョコの入って小包を正太郎に渡してきた。受け取るや否や彼女は一目散に逃げて行く。
どういうことだ? もしかしてこれは?
ジャスティス――そう、小包みには書かれてあった……。
「どういう意味だ……?」と、頭をひねりながら包みを開けようとした時。
不意に後ろから誰かが走ってきた。
中が見えそうな程の激ミニスカートに、長いツインテール。
間違いなく其処に居たのは先輩撃退士の草薙 タマモ(
jb4234)。なぜか顔が真っ赤に上気していた――といってもそれはただ走ってきて顔が赤くなっていただけだが。
「東君! あの……あの……これもらってください!」
手渡されたのは何故か焼きそばパン。
どうしてタマモンがここに?
というか、なぜ焼きそばパン?
まったくわからなかった。
「どうかした? もしかして、アンパンの方がよかった?
こんな事もあろうかと用意してきたよ!」
困っている正太郎をよそにタマモンはアンパンをさらに差し出す。
受け取りながらようやくこれがバレンタインのチョコのことだと思い当たる。
「だってさー、久遠ヶ原学園の購買から今年のチョコなくなってたんだよ。
仕方ないじゃん?」
もしかして、タマモン。
俺の為にこんなところまで来てくれて?
それってもしかして――
キタアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
モテ期到来!! あの人生に三回はあるという!
俺の人生ハッピーエンド!!!!!
正太郎は心の中で絶叫した。
「ほら、私が食べさせてあげるからさ。はい、あーんして」
「あっ、あーん」
気持ち悪い顔をして唇を突き出す正太郎に若干引き気味になりながらも、タマモンはアンパンを食べさせて恥ずかしそうにミニスカを翻して去って行った。
俺、どうしよう、もしかして告白されちゃったりとか?
あらぬ妄想を駆りたてて教室に帰って自分の席で放心している時だった。
後ろから凛とした声音で誰かに名前を呼ばれた。
振り返るとそこには長い髪にすらりとした抜群のスタイルの美少女が立っていた。
「正太郎、お久しぶりですの」
覗き込む様に首傾げたのは紅 鬼姫(
ja0444)。
最初、その超絶美少女が誰かわからなかった。
短いプリーツのスカートから伸びた脚があまりに眩しい。
後ろの方で「だれだ、あんな美女この学校にいたか?」と噂が聞こえてきた。
そこでようやく気が付いた。
不意に、大きく口を開けようとした正太郎の唇にそっと人差し指が伸びてきた。柔らかい指の感触が伝わって来て正太郎は硬直してしまった。
その間に正太郎の鞄にチョコが投げ込まれる。
「ふふ……偶然、ですの。……ハッピーバレンタイン、正太郎」
紅さんが俺のことをす、すきだったなんて――?
盛大に勘違いしていた。
よく考えたら紅さんは最高の美少女だった。
もう死んでもいい――。
でも、その前に紅さんとあれやあんなことを――。
ブフアアアアアアアアアアアアアアアア!!
盛大に鼻血を吹き出す正太郎。
チョコを食べる前にも拘わらず大量出血でその場に倒れてしまう。
不意に休憩の終わりのチャイムが鳴る。
小悪魔のような頬笑みを残して、鬼姫はスカートを翻して何処かに去って行った。
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「畜生! どうしてあんな奴がモテるんだ!? 同じ名前の癖に!」
正太郎のモテッぷりを見ていた将太郎が龍斗とともにもう我慢できないと言う風に、下駄箱に向かって走っていた。
もう帰りたかった。こんなつらい現実から一刻も早く脱出したい。
そう思って下駄箱を開けた時だった。一通の手紙がそこに入っていた。
「愛してるわよん、ブチュー。P.S.屋上で待ってます、愛しのミニスカじょしこうせいより」
キタアアアアアア!
ついにガッツポーズをする将太郎。
同じ内容の文面が龍斗にもさらに実は正太郎の下駄箱にも入っていたのである。
あまりに怪しすぎる手紙だったが、将太郎は喜びを前面にアピールしながら一目散に屋上へと手紙を握りしめて龍斗ともに駆け上がって行った。
それからしばらくして手紙を見た正太郎も、紅さんからの物だと盛大に勘違いして屋上への階段を三段跳びに飛んで猛追していた。
将太郎と龍斗、それに遅れてやってきた正太郎が登場する。
屋上の手すりに凭れかかっている女子高生達がいた。
みんななぜか背中を向けている。
ゴクリ――唾を呑みこんだその時だった。
振り返ったミニスカ女子高生は――オジサンの顔をしていた。
気持ち悪い油ギッシュな大根足にすね毛をぼうぼうに生やしている。あまりにデブすぎるルーズソックス女に眼鏡の地味女子、さらになぜか保健室のグラマー風美女先生が、将太郎にウィンクをしながら投げキッスをしてきた。
思っていたよりも気持ち悪い面々だった。
「ディアボロはグラマー保健医の相手だけは勘弁。
悩殺外見はいいんだが、遠距離戦が得意なのは苦手なんだよ。
グラマー好きでわりぃか!」
将太郎は吐き捨ててデブ女子の方へ突進していく。
「相撲は土俵の上でやりやがれキモデブ女子!」
いきなりデブ女子の腹に目がけてとび蹴りを食らわす。
強烈なとび蹴りを食らって屋上のフェンスに激突して悶絶するデブ女子。龍斗も先ほどから胸元をこれでもかと見せつけるグラマー先生に突進していく。
敵は遠距離から鞭で攻撃してきた。激しい攻撃に防戦一方となる。
しかし、流斗も敵の攻撃が止んだ瞬間に着実に前へと進んだ。
長いヒールの足で蹴りを入れてくるが、華麗な身のこなしで空いた鳩尾にひじ打ちを入れて敵を攻撃した。グラマーは不意を突かれて苦しそうにせき込んだ。
「さて、そろそろ本気を出させて貰うとするか」
龍斗は先ほどまでの様子とは一変したオーラーを放つ。
集中力を高めて一気に敵に近付いて強烈な一撃を敵の胸元に叩き込んで、ついにフェンスの向こうへと叩きのめした。
「いったい……どういうことだ。もしかして嵌められた?」
正太郎はようやく気が付いた。
全てディアボロ達の仕業だったんだと。
ショックだった。あの手紙は罠だったんだ。
激しく落ち込んでいる正太郎の元へ魔の手が迫っていた。
地味女子や女子高生オジサンがビームと大量のすね毛を飛ばしてくる。
だが、意気消沈して正太郎は動けない。
不意にその時だった。
「そこまでよ! 男の子の純情を弄ぶなんて、許さないから!」
見上げると、タマモンのミニスカがそこに広がっていた。
少なくともさっきまで弄んでいた張本人は言うことではなかった……。
男性陣が戦っている間に、鬼姫とベアトリーチェ、タマモたちが隠れていた給水塔から飛び降りてきた。一瞬、太陽の眩しさに目がくらんでよく見えない。
タマモは中空に五芒星を描いた。
敵はそれ以上、正太郎に近づけない。
その隙に鬼姫は刀を振り抜いて地味女子に斬りかかる。
後ろから飛びかかって着地と同時に眼鏡をたたき割った。
絶叫してもがき苦しむ地味女子。鬼姫はベアトリーチェに指示を与え、自分は正太郎を守るべく茫然とする彼の前に立ちはだかった。
「ただ呆けているだけではないでしょう? 多少は上達、しましたの?」
鬼姫はさっきまでとは違う真剣な目で見つめてきた。
答えを聞く間もなく、それだけを言い残して再び鬼姫は戦場へと舞い戻る。
ベアトリーチェがライフルを乱射して敵の行動を食い止めていた。さらに召喚したフェンリルが足元から一気に襲いかかって地味女子の動きを封じ込める。
そこへ鬼姫が舞いあがって刀で襲いかかった。
地味女子は隠れようとするが、その前に鬼姫の刀の餌食になった。
首を跳ねとばされ、ついに倒れる。
だが、彼女達が戦っている間に正太郎は女子高生オジサンに襲われていた。
誰も助けてくれる人がいない。
自分の身は自分で守る――正太郎は戦っている鬼姫の後ろ姿を見て学んだ。
一瞬、たじろきそうになったが、正太郎は双剣を握りしめた。
そうだ、俺はこんな所で何をやっている。
紅さんに教えて貰ったこの剣があるじゃないか――。
見よう見まねで剣で敵に襲いかかる。
正太郎が葛藤している間も、タマモと将太郎は協力してデブ女子を追い詰めていた。肉体派のデブ女子は張り手で迫るが、真っ向勝負で正太郎は大鎌で食い止める。
「相撲は土俵の上でやりやがれキモデブ女子!」
激しい力の応酬になったが、翔太郎は押し負けない。その隙に背後からタマモが毒気で攻撃する。敵が動きを鈍らせた間にタマモが敵の上腕を引っ張り上げた。
そのまま力技で地面にたたきつける。
将太郎はその瞬間を見逃さなかった。
体重を乗せて飛び上がり、大鎌を一閃する。
「俺だって本命チョコほしいんだよ!」
デブ女子はその脂肪を抉られてその場に絶叫しながら倒れ込んだ。
「鐘田先輩……目の毒になりそうなものはさっさと倒しましょうか」
龍斗は敵を倒した将太郎の元へと駆け付ける。
やっかいな敵がまだ残っていた。
見た目は醜悪だが、攻撃も半端ではない。
すね毛を飛ばしてくる攻撃に流石に正太郎はさすがにぼろぼろになっていた。防戦一方でもうすでに体力の限界が近づいていた。
完全にディアボロに弄ばれていた。
だが、ようやくそこへ戦闘が終わったメンバーが駆け付けてきた。
ベアトリーチェが射撃をして敵の動きを食い止め、その隙にタマモが敵のすね毛攻撃の包囲網を潜って正太郎を救出しにいった。
正太郎は意識を失いかけていたが、無事だった。
不意に鬼姫が険しい顔をして真っ直ぐにディアボロに突っ込んで行く。
弟子がやられて我慢ならなかったのだろう。いつもよりも荒っぽい太刀筋で敵の腕を目がけて縦横無尽に斬った。敵も防戦するがあえなく頭を割られてしまう。
それでも逃げようとする敵に龍斗が後ろから挟み打ちを掛けた。
「翡翠鬼影流は、人殺しの業。対人戦では、滅多に使わない奥義使わせて貰おう」
敵が気が付いた時にはもう遅かった。
相手の腕をとってそのまま引き寄せたかと思うと、そのまま後頭部めがけて必殺の一撃が襲いかかった。ディアボロは絶叫しながらフェンスの向こうへと弾け飛ばされ、遥か下の校庭に激突してついに果ててしまった。
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「そういえば――ここはいったい?」
気絶した正太郎が目覚めたときには全てが終わっていた。
気持ち悪いディアボロは倒されていた。大きな傷は負っていたが、タマモ達が素早く手当てをした御蔭でなんとか無事だった。
散々なバレンタインだった。
モテモテだと浮かれていたら案の定ディアボロの仕業。
正太郎はひどく落ち込んでしまった。
「恰好をつける前に、己を磨け。内側がしっかりしていれば、外見などほとんど関係ないだろう……多分」
龍斗が目を反らしながら厳しい言葉を掛けてくる。
もっとも当の本人は全く外見のことについては気にしていなかったが。
「東君、来年もバレンタインはあるからさ!」
タマモンも正太郎の背中をバシバシ叩いて励ました。
まったく慰めになっていなかった……。
不意に、様子を伺っていた鬼姫がやってきた。
師匠に怒られるのではないか、と肩をすくめた。
カッコ悪い所を見られて惨めだった。
しかし、鬼姫は目をつぶった正太郎の頭を優しく撫でた。
「努力を識る男性は、素敵ですの」
予想外の行動に正太郎は度肝抜かれた。
そんな――あの厳しい紅さんが俺のことを優しく――
やっぱり鬼姫さんは俺のことを。
盛大に思いあがってしまった正太郎は鬼姫に何かを言おうと立ち上がる。
しかし。肝心の鬼姫はベアトリーチェと仲良くしていた。
お互いに何やらプレゼント交換している。
とくにベアトリーチェはオリジナルブレンドのやや甘みのあるすっきりとした香りのフレーバーティーの茶葉を貰って喜んでいた。
その様子を見てショックを受けた正太郎。
思いっ切り勘違いして落ち込んでしまう。
もうこうなったらやけくそだと――さっき貰ったチョコを食べようとして、小包みを開けるとそこには髑髏の形をしたチョコが入っていた……。