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長い石段を登って行くと紅葉が辺り一面に広がっていた。色鮮やかに森を染めた景色が境内を埋め尽くしている。観光客たちもカメラで写真を楽しそうに撮っていた。
「あの枯山水を修復したお寺か……久しぶりに訪れるな。
ご住職もお元気でいらっしゃるだろうか」
黄昏ひりょ(
jb3452)は懐かしさに胸を躍らせていた。
山寺に訪れるのは今年の春以来だ。
不意に本堂から住職の冴場了海が撃退士を迎えに歩いてきた。
「あの節は大変お世話になりました。みなさん元気にしていましたかな?」
了海は久しぶりに再会したひりょと握手を交わして和んだ。
「和尚さま、お久しゅうございます。お役に立てるかわかりませんが、お務め、がんばらせていただきます〜」
深森 木葉(
jb1711)も和尚と会うのは二回目だ。
懐かしい顔ぶれをみて和尚もご満悦の様子だ。さっそく遠いところからやってきた撃退士を労うために本堂へと案内する。
イベントの会場となる境内はまだ準備が全く進んでいなかった。すでに告知は出してしまっていたために急ピッチで作業を始めなくてはならない。
「フェスティバルといえば,私っ! アイドル☆撃退士の川澄文歌におまかせっ」
元気よく川澄文歌(
jb7507)がその場でくるりと一回りしてみせる。文歌のあまりの可愛さにお和尚も何故か鼻の下を伸ばしていたが大丈夫だろうか……。
文歌はカメラを持った月乃宮 恋音(
jb1221)と共に境内の裏手の方へと出かけて行った。
色鮮やかに萌える紅葉に枯山水の石庭。
石灯籠と池に囲まれた静謐な日本庭園をバックに自らが踊る。
♪紅葉に込める 大切な想い…
ここは思い出が蘇る 幻のSanctuary
想い そっと貴方と……♪
バラードの曲に乗せて唄った文歌のPVは後日、恋音の手によって丁寧に編集されてお寺のイベント告知のホームページにアップされた。
「当日はアイドルがお忍びで現れるかも!? みんな見に来てね」
文歌のメッセージ付きのPVは掲載されると瞬く間に反響をよび、当日に大勢のファンが詰めかけるきっかけになったがそれは後の話である。
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「きゃはァ、いいわねェ……もみじ祭りィ……楽しそうじゃないのォ♪」
石段の上を飛びながら黒百合(
ja0422)はイベントに使う重い機材を運んでいく。長い石段が邪魔をしてどうやって運ぶか途方に暮れていた。そんな時、黒百合が運搬役を買って出て瞬く間に長い石段の上へと荷物が運び込まれたのであった。運ばれた荷物は木嶋香里(
jb7748)と恋音が一緒になって境内の方へ運んだ。
みんなが喜んでもらえるイベントにしたいと香里は張り切っている。当日は一緒に行動をする予定である恋音とも息の合った作業を見せていた。
段ボールの荷物を開けると、緋毛氈・野点用腰掛け・茶釜などが入っていた。さらに私物の茶器やお琴なども揃えてある。それを見た和尚も当日が楽しみだと笑った。
「喜んで貰えるイベントにしたいです!」
香里の笑顔に和尚も頼もしそうに境内は任せて自分は本堂の方へと向かう。
ひりょは和尚と共に本堂の前の飾りつけを手伝った。
さすがに高い所は和尚一人では手が届かないために、ひりょが脚立を持ってきて黒百合と協力しながら一つずつ丁寧に仕上げて行く。
皆が準備をしている間に恋音は作成したポスターを持ってふもとに降りた。その姿を途中で見た村人たちは一瞬目を疑った。
「あれは、この村の守り神、豊饒の神の弁財天様!?」
あまりに大きすぎる胸を見て村人たちは勘違いしてしまった。あろうことかその豊饒神から直接ポスターを渡される始末である。
これには村人もびっくり仰天して膝まづいた。
「ははあ〜、弁財天様。この掛け軸、一生の家宝にいたします」
村人は盛大に勘違いしていた……。
恋音は実は野生動物が襲ってこないように狼の尿を播いていた。
もしかして人間にも効果があるのだろうか……。
あまりの威圧感に村人は恋音に「神聖な何か」を見てしまった。
ふもとに住む村の人々は総出で弁財天様が再び山に戻られるのを最後まで見送ったという――。
それはともかくとして。
一方、荷物を運び終えた黒百合達に和尚が声を掛けた。
「黒百合ちゃん、それに皆ありがとう。おかげで助かった」
和尚から労いの言葉をかけてお礼に渋茶が振る舞われた。
あまりに渋すぎて、流石のひりょは苦虫をつぶしたような顔をしたが、当の黒百合は何杯もお代りをしていた……。
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祭りの当日境内は大勢の観光客で溢れかえっていた。人里離れた山寺の筈なのにこんなにも多くの人々が詰めかけたのは一重に撃退士達の御蔭である。
中にはポスターを大事に抱えた村の人々やアイドルファンの姿もあった。
彼らはおそらく弁財天様である恋音と、アイドルの文歌目当てに来たのだろう。すでに興奮に包まれており今か今かとイベントが始まるのを楽しみにしている様子である。
境内の脇にはたくさんの屋台が並んでいた。
中でもひときわ目に付いたのは、黒百合の料理屋だった。
厨房で次々と作りあげられる、もみじの形をした天ぷら。
香ばしい匂いと見た目の複雑さはこれまでに見たことのない趣向作品だ。
「なんだ、あれ……めちゃくちゃ本格的だ」
思わず観光客が唾を飲み込んだのも無理はない。
この日の為に黒百合は関西地方のとある老舗で修業をしてきたのである。呑みこみが早く天性の資質を開花させた黒百合は瞬く間に技能を習得したのだった。
彼女はいつものように「キャハア……キャハア♪」と楽しそうに不気味な笑みを零しながら天ぷらを高速の速さで仕上げて行く。
「かりっとしていて香ばしい……それに独特のこの風味……まさに芸術だ」
客の一人が思わずそう唸ってしまうような美味しさだった。
黒百合の店は瞬く間に評判を呼んで人だかりができた。
「今日の記念にひとつどうですか?」
紅葉を象った色とりどりのアクセサリーや絵葉書や写真が置いてある。さらには年配向けの落ち着いた色のハンカチーフや若い女性向けの髪留めをあった。
大勢の観光客がひりょの店に集まって品定めをしている。あまりの混雑ぶりにひりょもあわただしく動きながらそれでも一人ずつ丁寧に応対した。
「お兄ちゃん、お母さんとはぐれちゃった……」
不意に泣きそうな女の子が一人。
一目見て迷子だと分かったひりょは店を近くにいた黒百合に任せて、母親を見つけるために奔走した。似たような人がいなか探したり、スピーカーで呼び掛けたりしてやっとのことで母親と子供が再会することができる。
一つ一つの笑顔を大事にしたいから……出来る事を精一杯やらないとな。
何度も頭を下げて帰って行く親子を見て感傷に浸っていた時だった。
「あの写真を撮っていただけないでしょうか?」
不意に恥ずかしそうに若い男女のカップルが声を掛けてきた。
さっきひりょの店で髪止めのシュシュを買って行った女の子だった。もちろん喜んでひりょは二人の写真を何枚か撮ってあげた。
「ありがとうございます。これ記念にどうぞ」
女の子はお礼に先ほど買ったお饅頭をひりょにプレゼントして去って行った。
仲良く歩くカップルの後姿をみて何故か溜息が出るひりょ。
「はあ……俺も、いつかはあんな風に……ううっ」
うらやましすぎて鼻水が思わず出てきてしまう……。
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境内の喧騒と異なって山際にある露天風呂は閑散としていた。しかし、色取り取りの紅葉や枯山水を一望できる景色はまさに絶景だった。
知る人は少なく訪れる人はあまりいない。それだけに秘境の場所ともいえた。
和尚からその場所を特別に教えて貰った木葉と文歌は一緒に温泉につかっていた。
先ほどまでイベントの準備をしていて休む暇がなかったのである。
「露天風呂〜。お風呂はあったかくて、気持ちいいのです〜」
木葉は頭までお湯につかって楽しんでいた。そのままもぐっているとあまりに気持ち良くてそのまま沈んでしまいそうであったが。
露天風呂にいるみんなで句会を行うイベントに参加していた二人は、お題を聞いてすぐに考えを巡らせた。しかし、木葉はなかなか恋については思い浮かばない。
「歌を作るのですか? 秋と恋の歌ですか……。
恋はよくわからないので、秋の歌に絞りますね」
う〜んと唸りながらようやくぱっと閃いて木葉は短歌を詠んだ。
くれなゐに 色葉染めゆく 幽山の 御影を映す 湯煙の鏡
「どうでしょう? 紅に色付いたお山が、お風呂の水面に映し出された様子を詠ってみたのです〜」
露天風呂に映った紅葉を見て木葉は不意に思いついた。
秋の訪れを直接ではなく間接的に表現したこの短歌に参加者一同も唸る。
まだ幼い容姿の木葉が渋い句を詠んだのでみんなも絶賛した。
おまけに自分の名前とも似合っている。
「そう言われると、照れますよ〜」
まんざらでもないように木葉が嬉しそうに笑顔を見せた。
一方で、アイドルなみの美貌の文歌も先ほどから何やら考えていた。
茜さす 君の横顔 仰ぎ見て 暮れゆく秋を 留めんとおもふ
「表の意味は、この幸せな時間がこのまま止まってくれればいいのに…、って意味ですね」
文歌は不意に物想いに耽るように紅葉の山を見つめた。
「もう一つ想いが込められていて、私の恋人は少し体が弱くて、冬は体調を崩しがちなんです……。ですから、秋の終わりを感じると季節の変わり目で体調が崩さないか心配で……。そんな気持ちを詠った歌ですよ」
あまりのプロポーションの良さに参加者の女性陣も思わず感嘆していたが、彼女が作り出した短歌も十分に他のみんなをうならせる出来栄えだった。
ふいに突然、岩場の陰から怪しい物音がした。
「何,覗こうとしてるんですーっ!!」
文歌が叫ぶとキキーと野ザルがしっぽを巻いて逃げて行く所だった。
なんだ、サルかと皆が安堵していたが……。
「やばい、あやうく気づかれて百トンハンマーでやられるところじゃった……。それにしても、文歌ちゃんに愛しの人がいるとは……ううっ、無念じゃ」
実は、和尚がこっそり岩場の陰でこっそり泣いていたのは秘密である……。
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境内の前のライブステージに恋音と香里が登場した。
弁財天の衣装を纏った恋音と紅葉柄の着物姿の香里は拍手で迎えられた。
「紅葉を楽しみながら寛いでくださいね♪
お気軽にお抹茶を頂きながら風景をお楽しみください♪」
地面には毛氈が敷かれ、参加者はその上で香里に茶を振る舞われた。作法に則った優雅な振る舞いに思わず参加者も時を忘れて茶を味わう。
野点の亭主として香里はお客さま1人1人に丁寧に振る舞った。飲みやすい薄茶をお客さま全員に振る舞う。
紅葉の和菓子はとくに子供たちに評判で美味しいと人気だった。お茶請けのモミジの練切りも実に風味があって何度もお代りがされた。
「ここからは日本伝統の音色をお楽しみくださいね♪」
二人はそれぞれ琵琶と琴を弾き始めた。
紅葉に彩られた枯山水を前にして二人は幽玄のメロディを奏でる。
恋音は村の伝承をモチーフにした琵琶を奏でた。
幽玄の中に侘びとさびが込められている。
仄かに物悲しい悲恋の物語に参加者たちはいつしか涙した。
恋音の琵琶に合わせて香里の繊細な琴の音がより一層悲しさを際立たせる。
物語は弁財天に恋をしたある若い村人の話だ。
許される恋に二人は引き裂かれ、ついに弁財天は山へと帰ってしまう。
「ううう、弁財天様……私にその恵みを……」
集まっていた村人達は何故かポスターの掛け軸を広げてその場に膝まづいている。中には平身低頭して参拝している貧乳の女性もいたが……。
恋音と香里が弾き終わると盛大な拍手が送られた。終わるとすぐに弁財天様は貧乳女性のたちに囲まれて少しでもその「恵み」にあやかろうとしてくる。
「今日は本当に有難うございました。今度機会がありましたら、桜の季節にお花見をしようと思いますのでぜひ来てください。待ってますよ」
和尚の感謝の言葉に満足して参加者は長い石段を降りて帰って行った。